正しい歴史への直し方 ＝吾まだ死せず・改＝ ※現在、10万文字目指し増補改訂作業中！

ダス・ノイエ・ウェルト・プロイェクト

ダス・ノイエ・ウェルト・プロイェクト（後）

　昭和三十五年四月二十日、世界有数のリゾート地、パレスチナにて日独密会が行われていた。会議参加者は今尚秘匿とされているので私も人物名を書く手間を省略し、その分様相描写を確しっかりとしたいと思う。

「漸く、ここまで持って行けましたな」
　窓を見上げる日本代表。彼は眼前のドイツ代表に対してにこやかに問いかけた。
「ああ、此方としても異存は無い。私の目標は元々生存圏の確保。いかなアーリア人とて世界全てなどは重すぎる」
　一方で、ドイツ代表もそれに対して頷き、漸くといった様相で皺だらけの顔を更にくしゃくしゃに笑い始めた。
「それは此方とて同じ事。八紘一宇など所詮は虚喝はったり。第一、油のための戦争などは私の戦争目的に反する」
　本国の連中が聞いたら大激怒するだろうな、そう思いながらも彼は眼前のドイツ代表に対して茶を勧めた。
「それでは、協定としては……」
　茶を飲みながら、答えるドイツ代表。そこには世界地図と地球儀が置かれていた。
「ええ、まずはウラル山脈、そして大西洋、更には地中海、そして北極海」
　それは、ウラル山脈より西、大西洋より東、地中海より北、北極海よりも南といった広大なヨーロッパ地方全てが、ある一人の男の手に渡ることを意味していた。尤も、その男は古希を過ぎてそこまで残り余命があるかと言われれば疑問符がつくのだが、後継者を指名している以上は無用の心配であった。
「では、其方の領分としては」
　日本代表の領分を聞くドイツ代表。とはいえ、それは最早最終確認に過ぎず、いわば儀式のようなものであった。
「ええ、満蒙や蘭印仏印などは当然として呂宋、まあ北はバイカル湖当たりで手を打ちましょうか」
　それは極東シベリアより南、インドネシアより北、そして広大な旧太平洋地域を全て大日本帝国が統括することを意味した。
「では、あの大陸は……」
　あの大陸、まあ言う必要も無いだろう。その大陸の存在こそが、諸悪の根源とも言えるのだから。
「意図的に発展を遅らせましょう、それは貴国としても理にかなっている」
　即ち、そういうことだ。こと、この会議によって旧アメリカ合衆国地域は意図的に世界の競争から脱落させられることになる。
「そうですな、所詮スラブやアングロサクソンは蛮族集団、それはドイツ第三帝国の理念を理解できないことからも明らか」
　それは、ドイツ代表の少なからざる本音でもあった。無論、アングロもサクソンもドイツ地域なのだが、彼らは巧妙にアングロサクソンの民族的劣位を喧伝することにしたようだ。
「それはそうと、表で殴り合う用意は……」
　前線の兵に「取説」が配られたのは、まあそういうことであった。
「あれこそあくまで虚喝（はったり）でしょう。我々は有色人種の横暴を許しはしない、という構えで」
　ローマ式敬礼を行うドイツ代表。それに対して。
「此方は白色人種の暴虐に対して天誅を下す、と」
　陸軍式の敬礼で応答する日本代表。とはいえ、軍服を見る限り陸海どちらの代表でもなかったのだが。
「ははは」
「ははは」
　そして、二人は呵々大笑し、互いの陣営に帰っていった。

　……そう、この日独は最初から「ぐる」だったのである。
　即ち、英仏を初めとした旧連合国は端っから捨て駒にして端役、旧アメリカ合衆国に至ってはただの大陸規模の演習場にすぎないことが確約されたのが、この条約である。