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ダス・ノイエ・ウェルト・プロイェクト

ダス・ノイエ・ウェルト・プロイェクト(前)

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 大日本帝国は、その意志のもと白人種をヨーロッパ以外から駆逐した。一方、元の木阿弥となった白人種だが、彼らも心得たもので今度はドイツ第三帝国ならば盟友国だから叩かれないだろうという安易な考えで糾合し始めた。日独冷戦になるかと思われた事態であったが、なんとドイツ第三帝国は白人種の中でもさらに選別を開始。如何に白人といえども自身の思想ナチズムに従わない白人は殺戮する構えでいた。当たり前ではあるが、彼らは敵味方に分かれて先程まで戦っていた仲である。だが、それにはある裏工作が働いていた……。

「フューラー、ヤーパンからの情報など信用しても宜しいのですか?」
 情報大臣であるカナリスの元にも届いていたその情報は、ピカソの名前を初めとして蓋然性は高かったもののその情報の出所は大いに疑問であった。何せ、日本とは同盟相手であると同時に競合相手であるのだ、その日本がわざわざナチスの団結を促すとは思いづらい。故に、カナリスはヒトラーに疑問を投げかけたのだ。だが。
「やむを得まい。血は水よりも濃いとはいうが、我々はまず一つにまとまる必要があるのだ」
 そもそも、ファシストの語源は「ファスケス」、即ち斧をひとまとめにしたものである。ナチスは共産党のような悪しき内ゲバこそしなかったものの、それに近いことは優生学の名の下に度々行っていた。
「はあ……」

 通称、「連合国在住民の反ナチリスト」であるが、何故その情報がナチス上層部に渡ったのか、それを知る術はない。
 ただ一つ言えること、それは……。

「ま、喩え白人種が一つにまとまったとしても絶対総量が一定を割っていたら勝つのはこっちさね」
 遠くを見てせせら笑う石原莞爾。その光景がいかにも奇妙に見えたのか、たまりかねて参謀が声を掛けた。
「将軍?」
「気にするな、それよりも、現地の人間に説明は行き渡ったな?」
 説明、その内容とは言ってしまえばサハラ砂漠を始めとした天嶮の地域を緩衝地帯として速やかに白人を排除したり部族間、宗派間の対立を乗り越えうる要綱であった。その通称、「八紘一宇取扱説明書」は日本が有色人種の代表国としてという前提はあったものの、今まで白人の軛に喘いでいた彼らからすると天恵の慈雨ですらあった。何せ、眼前の彼らは日露戦争という聖戦を戦い抜いた国家である、諸国が世界の父と讃えるのも無理からぬことであった。
「はい、不思議そうな顔をしていましたが、理解は出来たものと心得ます」
「おう、なら大丈夫だ」

 ……この貴重な数年を、大日本帝国は諸国を白人種の軛から解放する運動に充てて、ドイツ第三帝国は国家民族の意思を統一することに充てたと言うことである。

 昭和三十五年一月一日、画期的な条約が発動された。正式名称は「欧州相互不可侵条約」だが、通称である「第三帝国立法」の方が通りが良い。それは即ち、ドイツ第三帝国がヨーロッパを統一したと同時に、ヨーロッパ諸国がひとまず諍いを捨て、眼前の大日本帝国に立ち向かうというものであった。だが、これには非常に巧妙な「裏事情」が存在した。そう、それは……。
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