上 下
20 / 57
ソビエト、参戦

死線・ディマプール(後)

しおりを挟む

「首尾はどうだった?」
 問う師団長。彼が放った密使は、実に効率的にイギリス軍を解体し得た。それは心理学の初歩の部類であったが、それを戦地にて行える将がこの時期どれだけ居ただろうか?
「ばっちり攪乱できました!」
「ふむ、具体的には?」
「期限を今日から二日間に決めて、二日間でディマプールの司令部を陥落できたらビルマをあげると言いました!」
 ……それは、完全にグルカ人を捨て石とする謀略であった。それは、なぜなら。
「で、結果は?」
「ふふふ、奴ら今日から二日間我々が休息を取ると思っていないようです。確実に死にますよこれは!」
「くっくっく……。今まで苦しめてきた罰だ。ああ言ったとも、確かにグルカ兵がこの二日間でディマプールの司令部を落とせたらビルマぐらいくれてやる。
 ……落とせれば、な」
 ……即ち、師団長は自分たちが休息している最中にイギリス軍が攻めてこないようにと、念押しのためにグルカ人に甘言を振りまき、イギリス軍と同士討ちをさせ、そして相手が混乱した頃合いを見計らって異次元の方向から戦略的奇襲を掛けるつもりだったのだ。
「しっかし、師団長も悪いこと考えますねえ……。」
「おお、佐藤か。」
 佐藤、本名を佐藤信有という彼は、名家出身ではあったが華族ではなかった。この時代になっても尚、名家士族の類いは将校団にある程度の割合が存在していた。だが、彼が師団長に苦言したのは、別の事情があった。
「我々の兵を一人も損失させないで、グルカ族とイギリス軍を仲たがいさせてなおかつイギリス兵を疲弊させた上に、あわよくばディマプールを占領するつもりでしょう?」
「そうは言うが、これを考えたのはお前だよな?」
「ええ、それが何か?」
 ……そう、謀略自体は佐藤が考えたのだ。では、なぜ佐藤は師団長に「悪いことを考えた」と苦言したのか。それは、この後の師団長の処遇を考えたら一目瞭然であった。続きを見ていこう。
「……いや、なんでもない。そんじゃ、二日間寝るぞ!歩哨を立てておけよ!」
 斯くして、謀略は成りイギリス軍は突如としたグルカ人の造反に驚き、そして錯乱した。
 まだ味方であるはずのグルカ兵を処刑する者、逆に敵になったグルカ兵に背中を預けばっさりやられる者、そしてその虚を突いて突撃するインド国民兵部隊。
 だが、戦局は彼すらも考えていない事態に変転した。事実上二日間でディマプールは落ちてしまったのだ。確かに謀略に関わっていない日本軍の空爆や砲撃などによって陥落に拍車がかかったのは事実である、が後に語るところに「まさか本当に二日間でディマプールが落ちるほどイギリス軍が弱っているとは思わなかった。約定は必ず果たす、今はただただ反省している。」と営倉という名前のジャングルの中の小屋でぶつぶつつぶやくかの師団長が発見されるのはそう遠い日ではなかった。
しおりを挟む

処理中です...