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第二段階、死守の外郭
ミイトキイナ作戦(後)
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それでは前回登場した「閣下」について、そろそろ明かしておこうと思う。本朝内地某所、つまりは樺太から台湾までにまたがる日本列島の中でも本州および四国、そして九州をはじめとし瀬戸内海の島々なども含めた内部諸島において、今なお対談場所を何らかの理由によって厳重に情報を封印されている、ある場所において高松宮はある人物に対談を申し込んでいた。その、人物の名は……。
何の用か。かつて関東軍の参謀長であったその人物は高松宮の対談申し込みに対してかなりな怪訝とした表情を見せたという。しかし、高松宮が行った開口一番の一言がその場を一気に緊縮させた。
「現役復帰してもらえないだろうか」
目の前のかつて大佐であったはずの海軍将校は自分に現役へ復帰しろという。そんなことは奴がいる限り不可能だというのに突然何を言い出すのか、そんな怪訝を通り越して怒りの表情でいた相手に対し更に高松宮は告げた。
「東條首相は兄上か私が叱責……いや、説得する。石原莞爾中将閣下、その智慧をお貸し願いたく参上仕った」
かつて東條英機と喧嘩別れをしたことによって軍を去った石原莞爾、その元凶を説得すると言い出したのである。確かに、その「説得」は眼前の「宮様」の立場であれば可能だ。何せ、彼は天皇陛下の弟様である。少なくとも、大日本帝国勢力圏内で彼が出来ないことは存在するはずが無かった。しかし、ただ単に自分を現役に復帰させるためだけに呼び寄せたわけではあるまい。そう思い石原は続きを聞くことにした。
「何、心配はありません。石原閣下が現職に復帰した暁には、陸海軍を統合するための司令本部、その本部長についていただきたく思います。私はただの連合艦隊司令長官でもかまいませんよ」
急に自分が小さく見えた。目の前の宮様は帝国圏内であれば望めば何でも叶うであろう自分の立場を誇るでもなく、また陸海軍における近親憎悪と思われる女性的な対立などものともせず、ただ帝国存亡の危機が起きたために自身の立場というものを可能な限り使い果たして働くといっている。……彼は、続きを聞きたくなった。
「海軍からの方面で陸軍主導についてやかましく言う輩がいるならば私がその相手を致します。石原閣下、どうか思い立ってもらえないでしょうか」
事実上、海軍のトップである、否、それどころか迂闊には動けない立場である天皇陛下以外で、自由闊達に動けるであろう立場としては国のトップと言える存在が、陸軍中将ではあるものの一介の予備役に過ぎない自分に頭を下げているのである。石原は襟を正し、ふかぶかと頭を下げ、そして高松宮に対して返答した。
「高松宮殿下、こちらこそお願いいたします。この石原莞爾、国のためもうひと腰働く所存です。見事職務をまっとうしてみせます」
高松宮が喜んだのは、言うまでも無いが、兄である天皇陛下もまた、「忘れてはいないが、水に流す用意はしてある」と満州事変で損ねた機嫌の張本人に対して、許す態度を見せていたという。
この極秘会談は、高松宮が連合艦隊司令長官に就任した当日の深夜に行われたといわれている。
その、高松宮が次に戦場に選んだ地点、それは次のように語られている。
「とにかく負けないこと、それのみを主軸においた。水際作戦や玉砕など以ての外。
物資は海軍が責任を持って運び、制海権は必ず固持する。陸軍の皆さんには力の限り、敵に出血を強いて耐えて篭もって只管嫌がらせをして欲しいと思った次第」
高松宮の意図とは要点をまとめれば次の通りだ。すなわち、とにかく内南洋や南ビルマなどといった、今まで解放してきた地域の、つまりは「内線作戦」を主眼においたという意味で、彼は決してお飾り将軍とは言い難かった。つまり……、勢力圏の内側まで敵を誘い出して、勝手知ったる場所で伏撃し、ぎったんぎったんに叩きのめして決して生かして帰さない。無論、言うは易く行うは難い。とはいえ、今までの大日本帝国の主眼であった外線への攻撃に比べれば、幾分かリスクは少ないであろう作戦と言えた。
かくして、高松宮号令の結果……ニューギニア中部やビルマ北部に存在していた連合軍はまさかの補給途絶、軽いとは言え飢餓状態に陥った。無論、彼等は救援のために急ぎ作戦を練り始めた。そして、連合国の高松宮号令に相対する手としてまずはニューギニア(というより、モレスビー)を救い出すため合衆国軍が動いた。
一方の高松宮号令を出した側である日本軍としては最低でもカルカッタ~ポートモレスビー~マーシャルの線を保ち、できることならハワイ、インドといったところまで押し出したいところであった。まあさすがに、ハワイやインドまで押し出す国力は無いため、間接的なアプローチの方法が必要不可欠ではあったのだが。
そして会議は紛糾した。補給線はどうなる、いやそもそも兵力は足りるのか、今は防戦に努めるべきではないか。……百家争鳴の如く案が現れては消えていった。そして、その状況を見た高松宮はある決断を行った。それは、かの地ミッドウェーでもう一度、今度は此方が敵軍を叩き潰す。……無論、連合軍がミッドウェーまで前線を下げるためにはそれなりの優勢が必要である。ゆえに、それにあわせて内南洋防衛艦隊もまた編成を変えた。もう一度ミッドウェーで敵軍を叩くまで盾の役割を果たす部隊。その艦隊が内南洋に派遣されることとなった。
……ここに、逆撃内南洋の舞台は整った。マリアナにて、合衆国海軍太平洋艦隊は、再び泡沫と消える。
何の用か。かつて関東軍の参謀長であったその人物は高松宮の対談申し込みに対してかなりな怪訝とした表情を見せたという。しかし、高松宮が行った開口一番の一言がその場を一気に緊縮させた。
「現役復帰してもらえないだろうか」
目の前のかつて大佐であったはずの海軍将校は自分に現役へ復帰しろという。そんなことは奴がいる限り不可能だというのに突然何を言い出すのか、そんな怪訝を通り越して怒りの表情でいた相手に対し更に高松宮は告げた。
「東條首相は兄上か私が叱責……いや、説得する。石原莞爾中将閣下、その智慧をお貸し願いたく参上仕った」
かつて東條英機と喧嘩別れをしたことによって軍を去った石原莞爾、その元凶を説得すると言い出したのである。確かに、その「説得」は眼前の「宮様」の立場であれば可能だ。何せ、彼は天皇陛下の弟様である。少なくとも、大日本帝国勢力圏内で彼が出来ないことは存在するはずが無かった。しかし、ただ単に自分を現役に復帰させるためだけに呼び寄せたわけではあるまい。そう思い石原は続きを聞くことにした。
「何、心配はありません。石原閣下が現職に復帰した暁には、陸海軍を統合するための司令本部、その本部長についていただきたく思います。私はただの連合艦隊司令長官でもかまいませんよ」
急に自分が小さく見えた。目の前の宮様は帝国圏内であれば望めば何でも叶うであろう自分の立場を誇るでもなく、また陸海軍における近親憎悪と思われる女性的な対立などものともせず、ただ帝国存亡の危機が起きたために自身の立場というものを可能な限り使い果たして働くといっている。……彼は、続きを聞きたくなった。
「海軍からの方面で陸軍主導についてやかましく言う輩がいるならば私がその相手を致します。石原閣下、どうか思い立ってもらえないでしょうか」
事実上、海軍のトップである、否、それどころか迂闊には動けない立場である天皇陛下以外で、自由闊達に動けるであろう立場としては国のトップと言える存在が、陸軍中将ではあるものの一介の予備役に過ぎない自分に頭を下げているのである。石原は襟を正し、ふかぶかと頭を下げ、そして高松宮に対して返答した。
「高松宮殿下、こちらこそお願いいたします。この石原莞爾、国のためもうひと腰働く所存です。見事職務をまっとうしてみせます」
高松宮が喜んだのは、言うまでも無いが、兄である天皇陛下もまた、「忘れてはいないが、水に流す用意はしてある」と満州事変で損ねた機嫌の張本人に対して、許す態度を見せていたという。
この極秘会談は、高松宮が連合艦隊司令長官に就任した当日の深夜に行われたといわれている。
その、高松宮が次に戦場に選んだ地点、それは次のように語られている。
「とにかく負けないこと、それのみを主軸においた。水際作戦や玉砕など以ての外。
物資は海軍が責任を持って運び、制海権は必ず固持する。陸軍の皆さんには力の限り、敵に出血を強いて耐えて篭もって只管嫌がらせをして欲しいと思った次第」
高松宮の意図とは要点をまとめれば次の通りだ。すなわち、とにかく内南洋や南ビルマなどといった、今まで解放してきた地域の、つまりは「内線作戦」を主眼においたという意味で、彼は決してお飾り将軍とは言い難かった。つまり……、勢力圏の内側まで敵を誘い出して、勝手知ったる場所で伏撃し、ぎったんぎったんに叩きのめして決して生かして帰さない。無論、言うは易く行うは難い。とはいえ、今までの大日本帝国の主眼であった外線への攻撃に比べれば、幾分かリスクは少ないであろう作戦と言えた。
かくして、高松宮号令の結果……ニューギニア中部やビルマ北部に存在していた連合軍はまさかの補給途絶、軽いとは言え飢餓状態に陥った。無論、彼等は救援のために急ぎ作戦を練り始めた。そして、連合国の高松宮号令に相対する手としてまずはニューギニア(というより、モレスビー)を救い出すため合衆国軍が動いた。
一方の高松宮号令を出した側である日本軍としては最低でもカルカッタ~ポートモレスビー~マーシャルの線を保ち、できることならハワイ、インドといったところまで押し出したいところであった。まあさすがに、ハワイやインドまで押し出す国力は無いため、間接的なアプローチの方法が必要不可欠ではあったのだが。
そして会議は紛糾した。補給線はどうなる、いやそもそも兵力は足りるのか、今は防戦に努めるべきではないか。……百家争鳴の如く案が現れては消えていった。そして、その状況を見た高松宮はある決断を行った。それは、かの地ミッドウェーでもう一度、今度は此方が敵軍を叩き潰す。……無論、連合軍がミッドウェーまで前線を下げるためにはそれなりの優勢が必要である。ゆえに、それにあわせて内南洋防衛艦隊もまた編成を変えた。もう一度ミッドウェーで敵軍を叩くまで盾の役割を果たす部隊。その艦隊が内南洋に派遣されることとなった。
……ここに、逆撃内南洋の舞台は整った。マリアナにて、合衆国海軍太平洋艦隊は、再び泡沫と消える。
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