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二回なりあがる自己中ウズクと「メイドール」
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街道を歩く人は、みんな彼のことを避けていく。
「この世の中、使えねぇやつばっかだ」
今年で二十三になる人間の剣士ウズク。彼は、ボサボサの頭をかきながら、盛大なため息をついた。
この前の魔術師も、レベルは6と高かったが、怖がってばかりで使い物にならなかった。なのに奴らときたら、倫理がどうのとかいって、一斉に冒険者パーティを離脱しやがった。
「ち、せっかくいい手駒がそろってたのによぉ」
いいやつはみんな他のパーティに引き抜かれている。残っているのは低レベルの冒険者だけだ。
かといって、誰かに命をあずけて、ひぃひぃはたらくなんて、考えたくもない。そもそも命令されたくない。
痛いのも、めんどうなのもイヤだ。努力せず、楽して、酒浸りしたい。
「あーあ、自分よりも実力があって、自分のいうことを何でも聞いてくれる、スーパーかわいい女の子はいないねぇかな」
「もしもし、ちょっといいかしら」
声の主は、子猫の亜人だ。
子供用の黒いローブを着ている。黒い三角帽子から突き出た猫耳が、ピクピクうごいている。帽子の縁からは、体毛と同じ金の髪の毛。背中で、しっぽがゆらゆらゆれている。
彼女は、建物と建物の間に、小さな机を置いていた。露天のつもりらしい。中古のガラクタにしか見えないようなものを、スカーフの上に並べている。
「こんにちは、幸運のお客さま」
ウズクは思わず歩みを止めた。いつもなら、間違いなく歩き去ったにちがいない。だが、彼女の後ろに立っている黒い影が、気になってしまう。暗幕がかけられている。形からして、マネキンか何かだろうか。
「アタシはふしぎ魔法具屋のミミコッテ! あなたのなやみを言ってごらんなさい。ニャニャンと願いをかなえる、ふしぎ魔法具をおゆずりするわ! お値段はもちろん、タダよ!」
「ふしぎ魔法具ぅ~?」
剣士は、興味のないふりをした。
「ちびっ子、俺はお前の遊びに付き合っている暇はないんだ。俺は新しい冒険者パーティのメンバーを探さなきゃいけねぇんだよ」
「それならちょうどいいものがあるわ!」
「はぁ?」
ミミコッテが指をならすと、背後の暗幕が消滅した。内側からあらわれたのは、少女の形をした人形だった。黒いドレスの上に、白いエプロンをはおっている。
まるで、生きているかのような精巧さだった。息づかいが聞こえてきそうなほど。
金色の髪にコバルトブルーの瞳。すきとおった白い肌。まるで人形のように――じっさい人形なのだが――整った顔立ち。ウエストは細くくびれており、尻はややせり出していた。
ドレスからのぞく、ほっそりとした手足は、にぎれば折れてしまいそうだった。
「<メイドール>よ!」
ウズクの心臓が一気に高鳴った。あれは、俺が持つべきものだ。ぜったいに手に入れなければならない、そう心が告げていた。
「なんだかしらないが、それをくれ!」
「じゃあいくわよ――」
ミミコッテは右手を空に掲げると、親指の先っぽに中指を乗せた。
「あなたのラッキーくださいニャン♡」
ミミコッテが右薬指をパチンを鳴らすと、ウズクの体が淡い光に包まれた。光がメイドールに注がれていく。
「では、お品者をどうぞ。これでふしぎ魔法具はあなたのもの!」
メイドールは、ドレスの裾をつかむと、ゆっくりおじぎした。長いまつげが、顔に陰影をおとす。よく見れば、うすべに色のアイシャドウが塗られている。
「絶対に不具合はないはずよ。……たぶん」
「ん? 最後になんて言っ――」
「道具をどう使うかは、あなたの心がけ次第よ! ご購入、ありがとうござました!」
ミミコッテは、両手を前にそろえて、深々とおじぎした。同時に、視界がぼやけ、気づいたら、だれもいなくなっていた。
剣士が命令せずとも、メイドールはついてきた。ただ歩くだけで、すれちがう人がみな、メイドールをみる。
給仕用の黒地のロングドレスと白いエプロン。頭には長いリボンのついた、フリル付きカチューシャをかぶり、大変はなやかだ。
長い袖と裾は、球体関節を完ぺきにおおいかくしている。ぱっと見、ゴーレムの一種とは気づかない。
「き、きれい」
「どこの娘?」
「お化粧、何使ってるんだろう?」
聞こえてくる声を聞くだけで、ウズクの承認欲は大いにみたされた。
宿屋の店主の引きつった顔を思い出しつつ、自室のカギを閉めた。
「簡潔に自己紹介をたのむ」
「わたくしはメイド・オブ・オールワークスをもとに作られた、要人護衛モデルのメイドール。動力は頭部に埋め込まれた、永久エネルギー炉です。大気中の魔力を取りこむことで駆動。電子頭脳を搭載しています」
メイドールは、うすピンクのくちびるをゆがませた。
「じゃあ、さ、さっそくメイドっぽいことをやってもらおうか」
メイドールはうなずくと、何やら呪文を唱えた。魔方陣が出現し、掃除用具一式が召喚される。
10分後、部屋の中は完ぺきに洗浄され、すべてのものがあるべき所におさまっていた。しかも、掃除中、一切の物音を立てなかったのである。
あまりの手際のよさに、ウズクはおどろくしかなかった。
ねているだけで、全ての家事が終わる。まるで子供の頃に戻ったかのような、かいてきさだった。いや、それ以上かもしれない。母親とちがって、メイドールは一切文句を言わないし、感じない。人に仕えるのが当然、といったようすで、使われることに疑問すらもたないらしかった。
「さわってみてもいいか?」
「どうぞ」
近づくと、甘い香りがした。香水の類いではない。おそらく、メイドール本体の匂い。
ためしに、ほほにふれてみる。質感は人そのものだ。指先から、ほんのり熱が伝わってくる。横にずらし、桜色のくちびるにふれる。ぷるぷるだ……そのまま手を下ろしていき、あご、くびすじ、さこつのラインをなでていく。
メイドールは、気恥ずかしそうに、身じろぎした。ウズクは楽しくなって、軽く胸をなでた。メイド服越しに伝わってくる感触は、自分が何度も夢見たもの、そのものだった。
「ご主人様」
「なんだ? やめろって言うのか?」
「できれば頭を、頭をお願いします。そこが一番、きもちいいので」
はじめての要求だった。逆らうと、何をされるかわかったものではない。先ほどの自己紹介は、自分の有能さをアピールすると同時に、おどしでもあるのかもしれなかった。
おそるおそる頭をなでる。金色の髪の毛は一本一本が細く、きめ細かい。とてもなでごこちがよく、絹にふれてもここまでの満足感は得られまい。
「ありがとうございます、ご主人様。もし、今後わたくしが役に立ったときは、なでなでを、お願いします」
目をほそめて、うっとりするメイドール。口元がゆるみ、白い歯がみえた。なんていい顔をするのだろう。
「わかった」
彼女をなでているだけでも、自分の心が洗われるようだった。
数日後、冒険者ギルドに彼女をつれていくことにした。
道半ばで、メイドールが聞いてきた。
「冒険者ギルドとは、いかなる場所なのですか?」
「ったく、『紅茶の出がらしをほうきで掃けばチリやホコリはよくとれる』とかは知ってんのに、冒険者ギルドは知らねぇのかよ」
「申し訳ありません。給仕と戦闘以外には疎く……」
甘えるような視線をメイドールは向けてきた。
美少女が頼ってくれるという、めったないシチュエーションにニヤニヤしながら、ウズクは答えた。
「マモノの討伐が冒険者の仕事。んで、冒険者ギルドっていうのはな、冒険者どうしで生活の保護や仕事の安定化のために相互協力を行う組織だ。具体的には、就職支援センターや、宿屋ギルドなど、いろんな機関と提携し、おすすめの宿屋や初心者向きの依頼のあっせんなんかをしてる。パーティを組む手前、登録はほぼ必須だ」
利用できる物を利用するには、法に明るくなくてはならない。面倒ごとを避けるための努力を、ウズクは惜しまない。
「……そうなんですね。さすがです、ご主人様。わたくし、お恥ずかしながら、知りませんでした。わかりやすい説明を、ありがとうございました」
美少女からほめられるのも、悪くない。もしかしてこいつ、俺のことをいい気分にするため、あえて無知なふりをしているのではないか。
なんて使えるやつ。ウズクはほくそ笑んだ。
ギルドに併設されている酒場に入った瞬間、場の空気が変わった。昼間から酒を飲んでいる荒くれどもが、一斉にメイドールを凝視したのだ。清掃員ですら、ほうき杖を止めて、こちらを見ている。
「ウズク、おまえ冗談だろ?」
「おい、そんな奴の言うことなんて聞かずに、俺のパーティで働かないか?」
何人もの冒険者からメイドールはつめよられたが、全て無視した。
ギルドの受付嬢は、鳥人だった。首から上、膝から下は鳥に近い。上腕から手首にかけて、るり色の翼が生えている。手首から先は、かたい皮膚におおわれているものの人の手の形に近い。白いシャツの襟からは、オレンジ色の毛がとびでていた。
カワセミに似た彼女はかなりの美人で、それをほこらない奥ゆかしさまで備えている。が、完全な造形美をほこる、メイドールが相手では分が悪かった。
黒くて丸っこい目を、さらに丸くしながら受付嬢は叫んだ。
「え、えええ!? な、何者なんですかあなたは!? かわいすぎるその外見でゴーレム? しかもレベル15!?」
あまりにも衝撃的だったためか、毛づくろいをはじめてしまった。
ウズクも驚いていた。
えっと……冒険者の平均退役レベルが10だろ? じゃあレベル15って……。
ウズクは考えるのをやめた。とにかく、メイドールはめちゃくちゃ強いのだ。
メイドールは、ほほえみを浮かべると、一礼した。
「どうだぁ? 俺自慢のメイドは」
ウズクは、メイドールの肩に手を置き、ゆえつの笑みをうかべる。
「す、すごいなんてものじゃないです。どこで入手したんですか?」
「魔法具屋から買った」
ウズクは、自慢の人形を散々見せつけながら、登録をすませた。
「よくやったメイドール」
「ありがとうございます、ご主人様」
手を近づけると、メイドールの方から頭をよせてきた。
「かわいいやつめ」
メイドールは、ふぅ、と満足げなため息をつき、目をつむった。
背後から、申し訳なさげな声が聞こえてきた。
「あの、さっそくですが、あなた方にたのみたい依頼が……」
じめじめした洞窟の中。討伐対象であるオルクルたちは、メイドールをにらんでいた。
歪んだ鼻に土気色の肌。不規則な凹凸がおおうジャガイモのような顔。鋭すぎる目つき。黄色く、ガタガタな歯。ピンク色に膨れ上がった、生々しい傷跡。体格は通常、人に劣る。
瘴気から生まれるマモノの中でも、特に忌み嫌われる存在。それが、オルクルだった。 着ている鎧や武器は略奪したものなのか、バラバラかつ劣化が激しい。
突如、荒野に出現した彼らの危険度はBランク下位。この街の冒険者では、対処困難の難敵……だった。
オルクルたちは、無謀にもメイドールへおそいかかった。
悲しい奴らだ。実力の差もわからないなんて。
「行きます」
メイドールは手にした銀の丸盆をなでながら、冷ややかな視線を向ける。
ウズクはメイドールがあらかじめ発動していた<魔道防壁>の呪文で、守られている。メイドール曰く、常時魔力を消費する代わり、鉄壁の防御力を実現する呪文らしい。実際、ギルドの訓練場でためしたときは、<トニトルス:雷撃>ですら、はじいてしまった。
一応、タワーシールドをかまえた。体の前面をおおうことのできる、巨大な盾だ。さらに魔力を消費し、防御力を高める<ランパート:防御>のスキルを起動する。
ウズクは本来、最前線で敵の攻撃を受けとめる盾役だ。敵の攻撃を引きつけるだけで、一定の戦果を出せる。そういう意味では、楽な仕事だった。
「いやぁ、それにしても……」
最初に斬りかかってきたオルクルの剣を、のけぞるだけでかわす。二人目は、棍棒を下ろす前にフライパンで首を打ち、即座に蹴り飛ばす。横から襲ってきた三人目にフライパンの柄を打ち込み、反対側のオルクルを裏拳でふっとばした。ナイフを振りかざす者あれば、倒れた小鬼魔を盾にし、槍で着いてくる者があれば、フライパンで払いのけ顔面パンチ。殴りかかってきたやつは関節技をキメてリリースし、立とうとしたやつは盆の面で頬をぶったたいた後、ふちで側頭を打つ。
赤い土の上に、気絶したオルクルが次々倒れふしていく。
遠くから、オルクルの魔術師が<イグニス:火炎>を乱射してきたが、それすら盆の腹で受け止めてしまった。
「ぬるい」
それを言われたご本人の胸には、何本ものナイフが刺さっていた。盆の上に召喚したティーカップをつまみ、横蹴りを食らわしながら、一口飲む。
「紅茶の方がまだ熱い」
そのまま小鬼魔を一方的に鏖殺してもよかったのだが、こちらとしてはもう少しメイドールの実力を見たい。どう命令しようか。
一匹が背後から不意打ちした。メイドールはとっくの昔に探知していたようだが、よけない。
「マジかよ」
小鬼魔が手にした剣は、メイドールの肌に当たるなり、粉々にくだけてしまった。オルクルの腕力にもおどろかされるが、いまはそれどころではない。
オルクルは顔をしわくちゃにしながら、逃げようとする。
メイドールは、カップをつまみ、ぐるりと回した。こぼれた紅茶が、オルクルの目を正確無比に焼いた。目を押さえて悶絶するオルクルの首を、ふところから取りだした包丁で一閃。
「では、ごきげんよう」
恐るべき性能。エヌ氏は情けない表情で口をひらいたまま、ぼうぜんとしていることしかできない。使役している本人にもかかわらずだ。
強い、強い、強い! ただひたすらに強い! いままで、あんなに苦戦しまくっていたオルクルを一方的に蹂躙している。しかも、まともな武器すら使わず。
「<呪文拡大:数>!」
お盆を脇に抱えると、さらに呪文を唱えた。手を前につき出すと、指の一本一本から<イグニス・ピラ:火炎球>がはなたれる。逃亡していたオルクルたちは、一匹残らず滅却された。
「ご主人様は、ウェルダンがお好みでしたよね?」
「は、ははは」
事実を受け入れるために、しばらく時間が必要だった。それでも、正午を迎える前にギルドに帰還できた。
受付嬢が、目をぱちくりさせながら、麻袋を取りだした。
「チッ……チチチッ……。あ、あの、これ、報酬です……チチッ」
沈黙したギルド内に、受付嬢の声だけが響いた。
メイドールが朝部屋を掃除しているのに気づいたのは、キッチンつきの宿に引っ越してから数週が過ぎた頃。
宿屋の主人に指摘されてのことだ。
「彼女は毎朝六時になると、きみの部屋のドアをピカピカにして、部屋の前を掃く。次に、炉床掃除用の軽石で、宿屋の前を磨き上げてくれるんだ」
彼女は冒険者として活動するとき以外は、プライバシーの重視と、あくまで生活を支える脇役であることから「みえない、聞こえない存在」であることを望んだ。
だから、ウズクは気づかなかった。
彼女はウズクの部屋から、宿屋の外に至るまで毎朝掃除をしていたのである。そして、掃除している姿を通して、「メイドをやとっている」人だと、周囲に知らしめていたのだった。
メイドールは掃除を終えると、きれいなエプロンに着がえる。そして、ウズクが起きるタイミングに合わせて、紅茶の乗ったトレイをもってくるのである。
リビングでウズクが朝食を食べている内に寝室を清掃。ウズクが家を出ると同時にリビングの清掃をし、冒険者ギルドに着くのと同時に、メイドールが合流。
依頼をこなした後は、夕方は服やタオルの裁縫や補修、サイズ調整をも行っているようだ。これも最近になって、やたらと服の着心地がいいことに気づき、注意深く観察した結果だ。
メイドールが裁縫にいそしんでいる間、ウズクは大抵酒場でのんだくれている。
「あいつは、何も要求してこない。食事すらだ! 何から何まであの美人が世話してくれんだ。いいだろぉ~」
「怖くないのか?」
低い声の主は、壮年の犬人だった。
「あん?」
「換えのパーツないだろ。ぶっ壊れたときはどうすんだ?」
真顔だった。本気で気づかうような態度が、余計にウズクのしゃくにさわった。
「オルクルをガキ扱いする強さだぜ。壊れるわけねぇだろうが。ナメめてんのか?」
「チッ、親切心でアドバイスしてやってんのに……」
「なんだァ~やるか? んん?」
「私に魔道防壁を殴る趣味はない」
ウズクが馬鹿さわぎしている間も、メイドールは部屋にぬぎ捨てられた衣類を集めて洗濯。もちろん、衣類の材質を考えて洗い方を変えている。武器の手入れも、このときしているようだった。
洗濯が終わりしだい酒場で合流し、ディナーの給仕を務める。さらには、酒場の調理場を仕えるよう店主に交渉、料理を提供することすらある。
ディナーが終わるとメイドールは先行して宿へ戻る。イスに寝間着をかけ、湯たんぽでベッドを暖めておく。
「いやぁ、ほんっとーに便利なメイドだぜ」
自室のイスに座りながら、ウズクはぼやいた。彼女は今頃食器洗いにせいを出しているころだろう。
呑みに行かない日も、メイドールシェフによるフルコースを食べられる。至れり尽くせりだ。
もちろん買い物も、手紙の受け渡しも、全てメイドールがうけ負った。自分で服を脱ぎ着することすら許さぬ、徹底的な給仕。
「なでてください、ご主人様」
彼女が要求してくるのは、それだけだ。ひざまづき、青い瞳をうるませて、ねだってくる。
「おらよ、メイドール」
ウズクは足を組んだまま、彼女の金色の髪の毛をくしゃくしゃにした。
茶髪のボサボサ頭が、ぐるりと一回転する。丸メガネをかけた若い女性は、ため息をつくとメイドールの手を放した。
「むりだね。もし、何かあっても、ぼくに修理はできない」
修理師は、革の手袋をつけた左手と、メカメカしい右義手を、天井へ向けてぼやいた。
緑色の作業着と、黒のスパッツの組み合わせは、なかなか破壊力がある。肩掛けコルセットも上手く服になじんでいる。胸のデカさもあって、密かなファンは多い。
性格さえよければ、ナンパしていたところなのだが。
「ご主人様、心の声がもれております」
小声で伝えてくれたメイドールをなでてやる。ふるる、っとメイドールはうれしそうに体をふるわせた。
修理師は、じっとりとした目をウズクに向けつつ、改めてぷにぷにした手をとった。
「体のほとんどが有機物で作られている云々以前に、柔らかいロボットっていう概念自体、ぼくには受け入れがたい代物だよ」
「じゃあ、破損したらそれっきりってわけか」
使えねぇやつ。心の中でウズクはぼやいた。
こう見えても彼女は、このあたりで一番腕のいい修理師のはず。彼女が太刀打ちできないとなると、他でもむりだろう。
そうだ、ミミコッテにたのめば……。
「ふしぎ魔法具屋は二度とあなたの前には現れません」
「そうかよ」
「なぁに、悲観しなくていいさ、きみ」
修理師はニシシッ、と義手を口に当てて笑った。
「自動修復機能があるから、よっぽどのことがないかぎり問題ないよ」
「わかった。もういい。お前に頼ろうとした俺がバカだった」
「よくわかってるじゃないか。きみのちっぽけな脳みそじゃあ、ぼくという存在のありがたさは、一生分からないだろうね」
「てんめっ!」
こぶしを振りかぶったが、肩の上からうごかなくなった。何事かと横を向く。ウズクの手首に、メイドールの繊細な手が、絡みついていた。
「カウンターにはシールドが張られています。そのうえ、加圧式の罠呪文まで仕掛けられています」
「アッ、ハハハハハ! そういうことだ、きみ」
修理師の高笑いが、狭い工房に反響する。
居心地が悪くなったウズクは、メイドールを連れて工房を出ようとした。
「最後に一つ忠告しておくよ、きみ」
「あん?」
振りかえると、修理師がため息をついた。
「そんなに言いづらいことなのか?」
「ああ、でも言わないと、ぼくの心にしこりが残る」
メイドールは、いつものメイドスマイルを浮かべている。
眉間にしわを寄せて、修理師は言った。
「彼女を作ったやつ、相当に性格悪いぜ?」
「なぜ?」
「道具に愛着をわかせるよう設定するなんて、ろくなやつじゃない。正直、あわれだよ、きみ」
「……気をつけておくよ」
ウズクは片手をあげて、修理師に別れを告げた。
店を出た後、ようやくメイドールが口を開いた。
「ご主人様、彼女の言うとおりです。わたくしはあくまで使用人。過度に感情移入なされぬよう」
ウズクは、返事をする代わりに、メイドールを抱きしめた。
「やめろ、そんなことを言うな。まるでそのうちお前が、いなくなっちまうみたいな言い方じゃねぇか!」
メイドールは護衛用だけあり、迎撃に関しては言うことなしの性能だった。が、逆に市街地外での隠密や索敵には向かない。
二人は主に、見つけやすく、逃げない敵を狩った。
そんな中の一匹。ライオタウロスは隆々とした人間の体に、獅子の頭をしたマモノだ。ふさふさのたてがみは、返り血で赤く染まっている。
濃い瘴気の中にのみ出現するこのマモノは、並の冒険者を一撃でほふる恐るべき怪力で知られている。Cランクの中でも実力は折り紙付きだった。瘴気が濃い場所、かつたまにしか出現しないのが救いだった。
「がるぅぉぉおお!」
「ひぃ」
うなり声を聞いただけで、体がすくんでしまった。<魔道防壁>は不可視であり、視覚的には生身で相対しているのと変わらない。恐怖のあまり、心臓が飛ぶように鼓動を打つ――
「ご主人様、さがっていてください。返り血で、お洋服が汚れてしまいます」
――が、一瞬で収まった。よく考えたら、無表情でマモノを撲殺するメイドールが一番怖い。
彼女の横には、あらかじめ彼女が召喚しておいた掃除用具一式があった。ホウキ、ぞうきん、水の入ったバケツなどなど。
ウズクはもはや何もつっこまなかった。メイドールが手にすれば、それがなんであれ、暗器になるのだから。
おとなしくタワーシールドに身を隠しつつ<ランパート:守備>と<バリケード:鉄壁>のスキルを起動しておく。新しく習得した<ガーディアン:守護者>も使うかどうか迷った。が、もともとノロい動きが、さらに遅くなるのでやめた。
<魔導防壁>で怪我は皆無だが、衝撃は減衰しない。単純に攻撃を直撃されるのは嫌だし、ふっとばされた先が崖とかもありうる。傷つくのはイヤなので、防御に関しては妥協しない。
スキルの発動を見届けてから、メイドールが動いた。
メイドールはいきなり銀食器を投げつけた。ナイフやフォークはライオタウロスの体に突きささったが、致命打には至らない。むしろ、逆上させてしまったようだ。
ライノタウロスは、意外なほどの速度で駆けてきた。両手の斧をぶんぶん回して、迫ってくる。
メイドールは、ホウキの柄をバケツの持ち手に通すと、遠心力を利用して投てき。
「グオォ!?」
ライオタウロスの足もとに水がまかれた。敵はぬかるんだ地面に足を取られ、よろめく。さらに、すべり込んできたぞうきんを踏んづけてしまい、盛大にすっころんだ。
メイドールは続いてハタキを手に取ると、ライノタウロスの目に突き刺した。
あまりの躊躇のなさに、ウズクは肝を冷やす。
ライオンの牙を回避すると、ホウキを持ち容赦なく殴打する。殴打する。殴打殴打殴打……!
ライオタウロスはそれでも立ち上がった。振り上げた両腕の斧を、一気に振り落とす。
が、メイドールは両腕を交差するだけで、斧を受けとめてしまった。
「ハァ!? どうなってんだありゃ!?」
ライオタウロスの、疲れなど存在しないかのような猛攻撃。その全てを、メイドールはほうきであっさり受け流してしまう。
バトントワリングのように、すさまじい速度でホウキが回転している。よく見れば、敵の斧の力を利用し、上手に攻撃を流していた。まるで、プリマのメイドールを、二流ダンサーのライオタウロスが相手をしているかのような、光景だった。
地面に突きささった斧を足場に、ライオタウロスの頭部へ飛ぶ。片膝を立てながら両手でホウキを持つと、思いっきり柄を頭にぶっさした。
異様な音と共に、ホウキが沈んでいった。
「たてがみにしては少々長すぎましたね」
頭上から飛び出たホウキのブラシ部分を眺めながら、メイドールがぼやいた。
それからというもの、ウズクの生活は一変した。メイドールに同行するだけで、多額の報酬と膨大な経験値を、安全に受けとれる。Bランク以下であれば、どんな依頼でも大成功だった。
泊まる宿もいい宿に変えた。レベルも一気に8まで上がった。至る所で、誰もがウズクをうらやんだ。寂しい男どもの視線をあびながら、メイドールの作ったごうかな食事を食べるのはさいこうだった。
「いや、美少女をさかなに、ジューシーな肉と酒を食らうなんて、夢のようだ」
「あなたの、人望がなせる業です」
「そうだろう、そうだろうとも。にしても、依頼人はどいつもこいつも気が利かない。バカばっかりだ。なんでメイドールばっかりもてはやして、主人の俺を評価しない。なあ、メイドール、お前もそう思うだろ、ん?」
「申し訳ありません、わたくしの実力不足のなせる技です」
「ちがうちがう、べつにお前を責めてんじゃねぇよ。お前は十分よくやっているよぉ~」
ウズクは、ステーキを食べさせてもらいながら、大笑い。つばがかかろうと、メイドールは嫌な顔一つしなかった。
メイドールの優しく、包み込むような給仕は、ウズクをますます増長させた。まるで、子供が母親に感謝しないのと同じように、ウズクはメイドールに対して感謝しなくなった。なでたり、ハグしたりすることも、メイドールに要求されない限り、しなくなった。
「お前はちっさいのによくやっているよ。メイドって本来、高身長じゃなきゃできねぇんだろ? あれ、それはパーラーメイドだけだったか?」
「ありがとうございます、ご主人様。できればなでていただけると……」
「はいはい、なでますよ~っと」
ウズクはさらに、メイドールの仕事ぶりを上から目線で評価したり、容姿や態度をからかったりした。
あびるように酒を飲み、稼いだ金で豪遊する。周囲の人をののしることもあれば、メイドールの目の前で女性をナンパすることすらあった。
でも、どれだけ逃げても、頭をよぎる。「もしメイドールを失ったら、俺は耐えられない」。
失ったときに悲しむくらいだったら、最初から愛着を持たなければいい。
愛着を持つな、愛着を持つな、愛着を持つな、愛着を持つな……。
ウズクは気を紛らわさずには、いられない。
そして、気を紛らわせば紛らわすほど、余計に彼女のことが気になってしまうのだった。
地面に突っ伏しながら、ウズクは舌打ちした。
完全な不意打ちだった。メイドールが対応できなかったのは、はじめてだった。
山道の休憩所で襲いかかってきたのは、足がゾウほどもある黒馬だった。大きな単眼の上に、白い円錐形の一角が伸びている。
広場になっており、石灰岩の石ころと、数本の枯れ木以外何もない。蹴っ飛ばされたらそのまま転落する恐れもある。
メイドールはの呪文を唱え、火かき棒を召喚した。暖炉から灰や燃えがらをかきだす時に使う、フックの着いた棒だ。
明らかに武器にしかみえないそれを、メイドールは振りかぶった。
「しばしお待ちを。即座に終わらせます」
メイドールは空中で回転しながら、黒馬に
棒をたたきつけようとする。
が、黒馬の姿が黒いもやとなり消え、少しはなれた場所にあらわれた。瞬間移動にしかみえなかった。
黒馬もお返しと言わんばかりに、すかさず回転しつつしっぽを振る。突風が周囲に吹き荒れ、枯れ木の幹には傷がきざまれた。断ち切られた枝と小石が、渦を描いている。
接近していたメイドールはもろに食らい、木の葉のように空を舞う。
遠くで見ていたウズクも、余波を食らった。<魔道防壁>でダメージは受けなかったものの、大きくふっとばされ、尻餅をついた。後ろが断崖になっており、おもわずさけんだ。
「メイドール、俺を守れ!」
「動けません」
「何ぃ!?」
メイドールのまわりに、小石や砂が浮遊している。おそらく、風による拘束呪文。全身、ぴくりとも動けないようだった。
まずい。<マジカ・ディスペレ:魔法解除>しようにも、必要動作がある。手がつかえない以上、メイドールは呪文発動できない。
一角獣が妙に高い声で吠えた。一角にいなずまが落ちる。雷を吸収した一角は、限界まで電気エネルギーを増幅。臨界点に達した瞬間、一気にはなたれた。
「あうがぁ!?」
メイドールの服が焼け焦げる。白い肌に、雷模様のあざが刻まれる。横転したまま、痙攣。
黒馬はメイドールへ接近すると、足を振り上げた。
ここに来て、ようやくウズクは気づいた。メイドールが追い詰められていることに。
「よっ、よけろ!」
メイドールは横転して交わそうとする。だが、右腕が奴の足の下敷きになってしまった
残った左腕で、どうにか体をうごかそうとするも、ムリだった。再び振り上げられた黒馬の足が、左腕もすりつぶしたからだ。
「ご主人……」
彼女の腕は、まるでガラス片のように粉々にくだけていた。
とっさに、ウズクは叫んだ。
「俺のバリアを解除し、身を守れ!」
メイドールはすがるようにこちらを見てくる。
「お逃げ――」
バキッ、メリッ、ミシッ、ゴキャッ。生々しい音が、メイドールの言葉をかき消した。
接敵から十秒足らずの決着だった。
黒馬が踏みつけるたび、メイドールの破片が、ひづめの下から吹きだした。
目をそらすことはできなかった。
もっと早く<魔道防壁>を解除していれば……。
もっと冷静に戦況を分析し、早めに退却指示をしていたら……。
そもそも、メイドールを大切にしていれば……未知の敵と交戦することを、許可しなかったはずだ。
「全部俺のせいかよ、ちくしょうがッ!」
命令を遵守したメイドールに、一切落ち度はない。
ウズクは立ち上がった。目の前の黒馬と対峙する。
「俺は、俺をメイドールが支えてくれることを、当たり前の事だと思っていた。感謝すらしていなかった。お前のことなんか、これっぽっちも考えていなかった。好き勝手に振りまわし、ぼろきれみたいにあつかって」
メイドは使用人で、人形は購入者の物。だから、メイドールは、モノ扱いして当然だと思っていた。彼女もそれを望んでいる……と、現実から目をそらしていた。
もし、真実と向き合えば、自分が「人を踏み台にして甘い蜜をすする、醜く、ドス汚れた人」であることを認めざるを得なくなる。不快だし、嫌だし、辛いし、苦しいし、傷つく。だから、何もかもメイドールのせいにした。
「そんなんだから魔道防壁のことすら忘れていたんだ。俺の、くそったれが……。安全な場所で、命を賭けて戦うお前を見物し、利益を横取りしているだけの、タダのクズだった」
完ぺきな彼女の唯一の隙が「なでてほしい」だった。
心の底から道具であるなら、「なでてほしい」などとは望まないはずだ。そんな彼女の弱さに、気づけないくらい――気づけないフリをするくらい――自分は弱かった。どうしようもなく、おろかだったのだ。
自分はメイドールを大切にしてこなかった。「自分が傷つきたくない」という身勝手な理由で。
苦痛回避。それが、自分の行動原理。嫌なことは全部、人のせい。やりたくないことは全部、人に押しつける。それが、今までの自分。
そのせいで、こんな痛ましいことになってしまった。
「ちくしょぉおーーッ!!! それ以上は、やらせねぇーーッ!」
今変わらなければ、一生かわらない。
ウズクは立ち上がった。重すぎる盾を上にかまえて、<ガーディアン>のスキルを起動。メイドールをかばった。
ひづめを受けとめたものの、あまりの威力に足が地面にめり込む。
その状態で、黒馬が再びしっぽを振った。露出した肌が、風に切りさかれてズタボロになった。
「うがあ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」
血潮の色の霧が、ウズクの周囲をおおう。全身の皮膚を剥がされるかのような、想像を絶する痛みがウズクを襲った。視界が真っ白になる。膝をつき、血反吐を吐いた。それでもウズクは、メイドールをかばいつづける。
盾に衝撃。さらに踏みつけてきたのだ。全身が砕け散りそうになる。
「メ……メイドールが受けた痛みにくらべれ……」
言い切る前に、もう一撃。もう、手足の感覚がない。一呼吸おいてから、数段強い衝撃が、何度もおそいかかった。
全身が砕け散りそうだ。ひづめで打たれる度、意識が途切れ、何をしているのかわからなくなる。
でも、力は緩めない。今まで彼女にしてもらったことは、この程度ではあがなえない。
「耐え……切った……か?」
つぶやいた直後、視界が暗転。腹に鈍痛が走る。目を開くと、空と地面が交互にみえた。やがて、背中に衝撃が走り、肺の空気が一気に抜ける。息ができない。苦しい。痛い。
でも、それどころじゃない。ふっとばされたショックで、気づいてしまった。
「めっ、メイドールだけ……じゃねぇ。で、……であう人全員を『自分にとって利益があるか、利益がないか』の尺度でしか見ていな……かった」
みんな、俺の方が間違っていた。俺はこれまで出会ってきた全ての人を、大切にしてこなかった。ギルドの受付嬢も、修理師も、酒場の仲間も……リストラしたウサキョンの泣き顔がフラッシュバックして、余計に悲しくなった。
どうしようもなく、悔しかった。みじめだった。人生を一からやり直したかった。
一見、自分が楽しく過ごせていたようにみえる思い出も、全部ひっくり返ってしまった。
「おっ……俺は――」
バンッと、雷の落ちる音。薄めを開けると、黒馬の一角が、帯電していた。
「――どうしようもない、クズだった。メイドール、ごめん。みんな、ごめん。俺は、最後の最後まで、自分のおろかさに気づけなかった……」
懺悔の言葉を述べる。覚悟を決めて、敵を凝視する。たとえ、耐えられないとわかっていても、この場から逃げるわけにはいかなかった。
体は使い古したぞうきんのようにボロボロで、すでに痛みの感覚すらない。おぼろげにみえる敵の陰は、どんどん大きくなっている。
「でも……耐えて、みせ……る!」
タワーシールドはもう、持てない。ウズクは両手を交差し、深く腰を落とす。
やれることは全部やった。ウズクは腹をくくり、運命の時を待つ。
しかし、その時は、来なかった。
黒馬をおおうように、白い何かがふってきたのだ。あれは……<アラネア・ターム:蜘蛛の巣>だ!
「間に合いましたね、ウズクさん」
ウズクと黒馬の間に、割って入った黒い影。魔術師のローブと、右手の杖には、見覚えがあった。
「ウ、ウサキョン……!?」
「もう大丈夫ですわよ」
ドワーフの癒術師が、<キュレイト:治癒>の呪文をかけてきた。痛みがいくらか楽になる。白いうさ耳の亜人の姿も、はっきりとみえるようになった。そんなにりりしい表情ができたのか、ウサキョン。
おそらく、黒馬の呪文の雷を見て、駆けつけてくれたのだろう。
「ありが……とう。助かった。……ウサキョンもだ。お前たちがいなけりゃ……」
ウサキョンが目を見ひらいた。杖を持っていない左手で、頬をかく。よっぽどおどろいたらしい。
そういえば、誰かに素直な感謝の言葉を伝えたのは、いつ以来だろうか。
「でもよ、薬草みてぇに、ゴフッ……人を使い捨てるようなやつなんか、ぜぇ……雑草の肥やしが……お似合いじゃねぇ、か。なんで助けた?」
「罪悪感、ですかね。実際、わたしが実戦で役に立たなかったのは事実ですし」
「謝罪すんのは……俺だ。……ゴメン……ウサキョン」
氷をまとった剣で、敵に切り込む猪剣士を見ながらつぶやいた。黒魔道士との連係攻撃だろう。目を凍らされ、足を封じられてなお黒馬は、彼らと互角に戦っている。狩人の援護といい、たいしたチームワークだった。
だからこそ、今のウサキョンにわからないはずがないのだ。あのとき、本当に役に立たなかったのは、指導者としてのウズクだったと。
「いいんです。わたし、気にしてませんから」
そんなはずはない。本当は、何で助けた?
弱みをにぎっていじめ抜くためか? それとも、後で利用するためか? 真意を見抜こうと、ウサキョンの瞳を直視する。
ウサキョンは、困ったように首を傾げると、飛び去ってしまった。
その様子から、ウズクは気づいてしまった。
ああそうか。バカは、俺だ。
ウサキョンにとって自分とは、怒ることにすら値しない、ちっぽけな存在。認知すらされない、路上の石ころも同然。
だから、助けたのだ。見知らぬ老人に、ベンチを譲るような感覚で。
ウサキョンは自分とは違い、過去の出来事とらわれ時間を無駄にするような、愚か者じゃなかったのだ。
いや、今は、自分のことはいい。
「それよりも、集めねぇと……全部……ひとかけら、のこさず……」
「うごかないで! まだ……」
ドワーフ癒術師の制止を振りほどく。そして、捜し物を見つけ、抱きかかえた。
「い、命よりも、大事なん……だ……」
メイドールの首を見せると、癒術士はうなずいた。
呪文が聞こえたと同時に、ウズクの意識が途切れた。
工房の扉を開ける。カウンターでは修理師が頬杖をついていた。茶色い丸眼鏡を、スカーフで拭っている。
こちらに気づくなり、メガネをかけ、あざけりの笑みを浮かべた。ベージュの瞳孔が、ぐわっとひろがった。
「なんだい、キミ? ぼくは、おこちゃまの相手をしている暇はないんだけど」
片眉をつり上げながら、ぷいっと横を向いた。横目で、こちらをうかがっている。口元が、笑いをこらえるかのように、ふるえていた。
以前なら殴りかかっていたところだが、あいにく荷物で両手は塞がっている。もっとも、そんな気力は今のウズクにはないのだが。
ウズクは直角に頭を下げた。
「今までの数々の非礼をわびたい。不快な思いをさせてしまい、申し訳なかった。言葉も、態度も、人にものをたのむやつがするものではなかった。反省したし、後悔もしてる。もう二度と、あんなことはしないようにする。でも、もしかしたら、今までの習慣で、無礼を働くかもしれない。その時は、義手でぶんなぐってもかまわない」
修理師の表情が、驚きから当惑へと変化していった。彼女の動揺の大きさを表すかのように、頭頂から飛び出た触覚のような髪の毛が、ゆらゆらとゆれた。
「おい、おいおいおい。おいおいおいおいおい!? どうした、きみ。おどろいたよ。どういう心境の変化だい? その死人のような顔といい、ミイラじみた体といい、何があった」
「どうにもこうにも、自分のクズさに気づいただけだ」
ウズクは、抱えていた箱を、カウンターに置いた。
修理師がフタをひらく。
「そういうことか……ご愁傷様だな。ふむふむ、まるで芸術作品のようなしまいかたじゃないか、きみ」
「俺には、これくらいしか、してやれなかった」
修理師は、箱からメイドールの顔を持ち上げた。左手で、メガネをつっつくと、幾本もの赤い光がはなたれた。光線はメイドールの顔をまんべんなくなでた後、消えた。
「そうとう幸運だね、彼女。致命傷を負う寸前、魔道防壁で急所である頭部を守ったようだ」
そうか、だから頭だけ無事だったのだ。あのときとっさのあがきは、無駄ではなかったのだ。
「完ぺきに修復されても戦闘は無理だ。二度とね。でも、普通のメイドとして働く分には申し分ない程度には、回復するだろう」
「ほ、本当か!?」
「10年かかるけどね。その間、メンテナンスも必要だ。この店に通ってもらう。もちろん、莫大な費用がかかる。最高級のロボットを、一から作り直すも同然だからね。ぼくの仲間の協力も必要になる。だからさっさと別の召使いを雇う方がよっぽど――」
「金と手間と時間さえ工面すれば、治るんだな。よかった……本当によかった」
ウズクの目から、熱いものがあふれだした。一度泣きだすと、止まらなかった。人前にもかかわらず、うおんうおんと大声をあげ、涙をたらしてわめいた。
いつか、治る。それだけで、十分だった。これからを生きるためには、十分すぎるほどの希望だった。
修理師は、義手で頬をかくと、ためらいがちに言った。
「とりあえず、彼女は預かろう。三ヶ月後に、また来ておくれ」
ギルド内の酒場は、ざわついていた。ウズクが、今まで迷惑をかけてきた人たちに、片っ端から謝罪したからだった。最初は気味悪がっていた冒険者たちも、最初の一人がメイドールを連れていないことに気づいてからは、何も言わなくなった。
受付嬢は、相変わらず首をせわしなくうごかして、事務作業にぼっとうしていた。
「あ、ウズクさん、こんにちは」
「今まで、いろいろとすまなかった」
「え、いきなりどうしたんですか?」
ウズクは、メイドールの容態について手短に伝えた。
「ピッピピピピピッ……ピッピ!?」
カワセミ似の受付嬢は、布で金属をみがいている時に出るような、甲高い音を上げながら、首を何度かかたむけた。
あんまりな声に、清掃員が操る箒まで、カウンターの方を向いていた。
「そ、そんなぁ。残念です……」
「復職はむずかしそうだから名簿からは削除しといてくれ。それから、独り身でもできそうな依頼を探してくれないか?」
ウズクの手に巻かれた包帯に目をやってから、受付嬢はつぶやいた。
「あなたも療養した方がいいのでは?」
「いや、一刻も早く、あいつの修理費をかき集める必要がある。かといって、俺のようなクズと組みたがるやつはいねぇし、いたとしても信用できねぇ。たのむ」
背後から声をかけられた。
「俺のパーティなら空きがあるぜ。もっとも、メンバーはみんなお前より十以上年上だがな」
低い声の主は、犬人だった。
「それとも、ガキ扱いは嫌か?」
「仕事に好きも嫌いもねぇよ」
「なら、よろしくな。ぞんぶんにこき使ってやる」
「ああ、すぐ見返してやるさ。お前んとこのルールに則ってな」
受付嬢の甲高い声が、会話をさえぎった。
「じゃあ決まりですね。登録しておきますね。彼、口は悪いですが癖の強い人を扱うのには慣れているので、大丈夫だと思いますよ」
ウズクは、馬車馬のように働いた。まじめに働いているはずなのに、注意を受ける回数はむしろ増した。以前のようなごう慢なやり方の方が、自分には向いているのだろうか。
悩んだ末、渋々犬人に相談した。
「何で、こんなに注意されんだろ」
「簡単さ。期待してんだよ」
「じゃあ、俺は今まで、注意するに値しなかったってことかよ……」
「そういうこった。まあ、気長にやろうぜ。性根は一朝一夕に変わるもんじゃねぇからな。まず考え方変えて、行動を変えて、習慣にして……気の長くなる話さ。でも、心配すんな。うちのパーティはみんな子育て経験してっから、忍耐力は折り紙付きだぜ」
ウズクは耐えた。この程度は耐えられて当然と思った。
メイドについて調べたときに、メイド・オブ・オールワークの言葉の意味を、知ってしまったからである。
朝六時から午後十一時まで、女主人の罵倒をあびつづけながら業務を遂行する。雇用主の見栄と財政難のために、十人以上で行う業務を一人で行うのが彼女らの仕事だった。メイドールがあれほどこき使われても嫌な顔一つをしなかったのは、モデルとなったメイドの境遇が悲惨すぎるからだったのだ。
「必ず期待に応えて見せる」
「ま、身心壊さない程度に頑張れよ」
三ヶ月間、みっちり働いたウズクは、再び修理師の工房へ赴いた。
カウンターに置かれた現金を数えながら、修理師は笑った。
「きっかり三ヶ月分。まさか、本当に稼いでくるとはね」
「俺のことはいい。メイドールはどうなった」
「せかさないでくれ」
と、修理師いいながらカウンターの奥にある扉の中に消えた。
しばらくして、ゆっくりと扉が開く。
「な……」
ウズクは発すべき声を失った。車椅子、そのうえに鎮座しているのは紛れもなく……。
「『ふしぎ魔法具屋ミミコッテ』なる店からスペアボディが届いてね。外見だけは――って聞いてないか」
うつろな瞳以外、在りし日のメイドールそのままだった。
ウズクは神にでも拝むかのように、ひれ伏した。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「せいぜいふさわしい男になるよう努力するんだな、きみ」
「具体的にはどんな?」
修理師は、まじめな顔でしばらく考えた後、力説しはじめた。
「包容力のある男さ。正確には……他人の失敗を暖かく迎え入れて許し、さりげなくリカバリーする。ちょっとした事で怒らない。人の相談をちゃんと聞く。話は遮らない。弱音をすぐに吐かない。相手を全肯定して、悩みや感情を全部受けとめられる。温厚で寛大で頼りになる男さ」
「性転換したメイドールじゃないか」
「そうさ。親が子供に対する愛情、下心を感じさせない純粋な優しさ。何の見返りも求めない無償の愛。それこそが、この世の乙女の欲するものさ。今後は、そういう自分に『なったかのように』行動したまえ。過去の自分が今の自分を作るというのなら、今の行動を変えて未来の自分を作るしかないよ、きみ」
ふぅ、と額の汗を拭い、ひと仕事した感を出す修理師。
彼女に対し、ウズクはぴしゃりと言った。
「お前、恋愛したことある?」
「……まずはその口をぬいつけるところからはじめようか」
ウズクは180度意識を変えた。自分に向けていた関心を、メイドールと周囲の人間に向けることにしたのだ。
もちろん、意識を変えて一年やそこいらで、変われるわけがない。しかし、ウズクは努力した。ひたすら努力した。誠実に仕事にはげみ、先輩や、同僚の信用を得ることを第一の木業とした。また、依頼中も、ガサツな行いは避けた。自分の行いによってメイドールの評判に泥をぬってはならないし、メイドを雇う金銭的余裕を持つには、早く優位な地位に就かなくてはならない。
普通の冒険者は、三年目ぐらいに倦怠期がやってくる。同じような依頼の繰り返しに飽きてきたり、才能に疑問を持ったり、スランプにぶち当たったりだ。
ウズクの場合、その心配はなかった。彼には、絶対に叶えなくてはならない、使命があるからだ。自分の行い全てがメイドールのためになっていると思うと、全てに意味を感じられた。理不尽な依頼者も、態度の悪い後輩も、メイドールの気高さに近づけると考えれば、耐えられた。いままで敵としてしか見れなかった人々も、見方を変えると、仲間や協力者へと変わっていった。
所属しているパーティーとしても、彼を見直さざるをえなくなった。ウズクはたちまち昇進し、パーティのリーダーとなった。理想に一歩近づいたことになる。しかし、地位に甘んじる気配は、少しもあらわさないように努めた。ウズクのごう慢と慢心こそが、メイドールを死地へおいやったのだから。
ウズクは、ますます職務に励んだ。冒険者同士の小競り合いの仲裁、他のギルドとの交渉など、他の人がやりたがらない仕事も積極的に引き受けた。おかげでさまざまな事態に対応できる、器量がそなわった。
そんな功績もみとめられ、ウズクは一層信用された。
私生活はメイドールに捧げた。朝はメイドールに「おはよう」と言うことから始まり、車椅子での散歩。
帰ってきても、絶えずメイドールに声をかけ続けた。メイドールは見えても聞こえても感じてもいない。
限りなく無意味と知りつつ、それでも一緒に出かけ、話しかけ、ナデナデし、ハグする。心を込めて献身的に世話をする。彼の度が過ぎた一途さは、ほめる人もいれば、ドン引きする人もいる。しかし、ウズクは気にならなかった。「メイドールに釣り合うご主人様になる」という確固たる信念があるからだった。ウズクはただただ純粋に、メイドールを世話しつづけた。
修理師との仲も深まった。メイドールのメンテナンスの日以外でも、朝晩の散歩のついでに毎回声をかけたからだ。女性関係についても、ことある度に修理師から助言を求めた。皮肉交じりながらも、的確にアドバイスしてくれる。しかも、なんだかんだ表情豊かで、かわいい。そんな彼女を、ウズクは心の底から尊敬するようになっていた。
彼は疲れを知らぬごとく、ひたすら働き、昇進し、ギルドの中枢部へと接近していった。そのかいあって、まだ若いのに、ギルド役員会議に出席できるようになった。
ウズクはここで考えた。メイドールを雇えるだけの収入も、メイドールに見合う家を買う貯蓄もある。人望もそこそこあるはずだ。もうそろそろ一段落にして、少し休んでもいいのではないか。
しかし、こう考えるのだった。せっかくここまでたどりついたのだ。もう少し辛抱すれば、さらに大きな収穫をもたらすことができるかもしれない。ウズクは後者の道をえらんだ。
そしてついに、目標に到達する日となった。ギルド内で考えうるかぎり、最もメイドールの主人としてふさわしい役職に就いたのだ。つまり、ギルドマスターになったのである。ウズクは実力でかちとった若いギルドマスターということで評判になった。
「まさか、本当にこの日が来るとはな……」
執務室で、書類に印鑑を押しながら、ウズクはぼやいた。
「いよいよ今日ですね」
ギルドマスター秘所に昇格した、カワセミ受付嬢が返した。
「留守の間は、たのんだぞ」
「はい! チチチッ!」
ウズクは立ち上がった。にこやかに敬礼のポーズをとった彼女に会釈し、部屋を出る。
こんな日だというのに、修理師はいつものカウンターで、いつものようにくせっ毛をいじっていた。緑のシャツと黒のスパッツ、左手の義手種に、肩かけのコルセットに至るまで、はじめて出会ったときのまま。
「ずいぶんかわってしまったね、きみ」
「お前が変わらなすぎるだけだ」
「ドワーフに、人間並みの変化を求めるのは酷ってものさ」
丸ぶちメガネをくいっと整えると、修理師は立ち上がった。きびすを返すと、カウンター奥の扉を開けた。
あまりにも夢にみた回数が多すぎて、いざ実現するとなると現実味がない。自分は幻覚を見ているのだろうか? 十年間の歳月は、実は全部幻で、自分はクズ男のままなのではないか。
しかし、修理師の声が、それが現実であることを物語っていた。
「さて――」
カウンターの奥から、車椅子があらわれた。 金色の髪に青い瞳。やや赤みがかった白い肌。幼くも整った……うつろな顔。平たい胸に、細くたおやかな手足。
黒いロングドレスに白いエプロン。フリルのついたカチューシャ。毎日慈しんでいるが、今日は特別愛おしかった。
「――これが、起動のスイッチだ。受け取りたまえ、きみ」
いつになくしおらしい声。渡されたのは、指輪だった。大粒のダイヤが埋め込まれている。
「おい、これ高かったんじゃないのか?」
「支払い済みだよ、きみ。この日のために、メイドールの修理費に組み込んでおいた」
「素直じゃないな」
「……彼女の左手薬指につければ起動する」
修理師は、いまにも泣きだしそうな顔をしていた。うれし涙、でもなさそうだった。
「何か悩みや問題、相談事があるなら、聞くぞ。メイドールが目覚めたら、しばらくの間、忙しくなると思う。今言ってくれると、助かる」
修理師は、口をパクパクさせて、何かを言おうとした。ウズクは、辛抱強く待った。
「あ、ああ……あああッ!」
修理師はしかめっ面のまま、涙を流しはじめた。言葉にならない嗚咽をもらし、肩をいからせ、両手のこぶしを堅く握りしめている。
「……何度、この子の修理をやめようと思ったか」
ウズクは、彼女の態度から事態を察し、絶句した。
「まさか、この指輪ッ――」
「ありがとう、きみ! 話を聞いてくれて! クソ真面目に、ぼくの理想を体現してくれるとは思わなかったよ」
ウズクは、くちびるを噛み、いったん目をつむる。深呼吸をした後、ムリヤリ笑顔をつくった。
「ああ! ここまでこれたのはお前のおかげだ。これからも、遊びに来るぜ! 馬鹿野郎!」
ウズクはメイドールの前にひざまずく。細く繊細な手をとると、指輪をあるべき所へ納めた。
「おはよう、メイドール」
メイドールの瞳に、光りが宿った。
はじめて、メイドールよりも早起きしたな、とウズクは思った――が、その思いは一瞬にして打ち砕かれた。
「ご主人様。3650日間、ありがとうございました。毎朝、声をかけ、散歩して、一緒に買い物して、お召し物も買ってくださって……本当に……」
「ま、まさか!?」
「全部、見て、聞いて、感じておりました。耳がとろけるような甘い言葉も、一言一句記憶しております」
「それは、君の心の中にしまっておいてくれ!」
メイドールは十年ぶりに、ひまわりのような笑みを浮かべた。
車椅子の肘置きに手をつき、ゆっくりと立ち上がる。十年のブランクを感じさせない、なめらかな動作。完ぺきだ。あのメイドールが帰ってきたのだ。
そのままメイドールは修理師の方を向いた。心からの喜びと、心からの悲しみで、泣き笑いしている修理師。メイドールは先ほどのウズクと同じように、修理師の前でひざまずくと、指輪を外した。
「……へ?」
両手器にして、メイドールは指輪を掲げる。
「わたくしを治してくださり、ありがとうございました。メイドとは、女主人の代理にして女主人に監督されるもの。あなたは、わたくしが仕えうるにふさわしいお方。その指輪は、あなたの手から、ご主人様へお渡しください」
思いも寄らぬ言葉に、ウズクは首をひねった。
修理師も、首を傾げながら涙を拭った。そして、困惑しながらも、指輪を受けとった。
そのまま、二人して首を傾げながら、指輪の受け渡しをした。
「おめでとうございます、お二方。あなた方の恋愛成就を、心よりお祝い申し上げます」
メイドールの策略に気づいた二人は、ただただ赤面するしかなかった。
「この世の中、使えねぇやつばっかだ」
今年で二十三になる人間の剣士ウズク。彼は、ボサボサの頭をかきながら、盛大なため息をついた。
この前の魔術師も、レベルは6と高かったが、怖がってばかりで使い物にならなかった。なのに奴らときたら、倫理がどうのとかいって、一斉に冒険者パーティを離脱しやがった。
「ち、せっかくいい手駒がそろってたのによぉ」
いいやつはみんな他のパーティに引き抜かれている。残っているのは低レベルの冒険者だけだ。
かといって、誰かに命をあずけて、ひぃひぃはたらくなんて、考えたくもない。そもそも命令されたくない。
痛いのも、めんどうなのもイヤだ。努力せず、楽して、酒浸りしたい。
「あーあ、自分よりも実力があって、自分のいうことを何でも聞いてくれる、スーパーかわいい女の子はいないねぇかな」
「もしもし、ちょっといいかしら」
声の主は、子猫の亜人だ。
子供用の黒いローブを着ている。黒い三角帽子から突き出た猫耳が、ピクピクうごいている。帽子の縁からは、体毛と同じ金の髪の毛。背中で、しっぽがゆらゆらゆれている。
彼女は、建物と建物の間に、小さな机を置いていた。露天のつもりらしい。中古のガラクタにしか見えないようなものを、スカーフの上に並べている。
「こんにちは、幸運のお客さま」
ウズクは思わず歩みを止めた。いつもなら、間違いなく歩き去ったにちがいない。だが、彼女の後ろに立っている黒い影が、気になってしまう。暗幕がかけられている。形からして、マネキンか何かだろうか。
「アタシはふしぎ魔法具屋のミミコッテ! あなたのなやみを言ってごらんなさい。ニャニャンと願いをかなえる、ふしぎ魔法具をおゆずりするわ! お値段はもちろん、タダよ!」
「ふしぎ魔法具ぅ~?」
剣士は、興味のないふりをした。
「ちびっ子、俺はお前の遊びに付き合っている暇はないんだ。俺は新しい冒険者パーティのメンバーを探さなきゃいけねぇんだよ」
「それならちょうどいいものがあるわ!」
「はぁ?」
ミミコッテが指をならすと、背後の暗幕が消滅した。内側からあらわれたのは、少女の形をした人形だった。黒いドレスの上に、白いエプロンをはおっている。
まるで、生きているかのような精巧さだった。息づかいが聞こえてきそうなほど。
金色の髪にコバルトブルーの瞳。すきとおった白い肌。まるで人形のように――じっさい人形なのだが――整った顔立ち。ウエストは細くくびれており、尻はややせり出していた。
ドレスからのぞく、ほっそりとした手足は、にぎれば折れてしまいそうだった。
「<メイドール>よ!」
ウズクの心臓が一気に高鳴った。あれは、俺が持つべきものだ。ぜったいに手に入れなければならない、そう心が告げていた。
「なんだかしらないが、それをくれ!」
「じゃあいくわよ――」
ミミコッテは右手を空に掲げると、親指の先っぽに中指を乗せた。
「あなたのラッキーくださいニャン♡」
ミミコッテが右薬指をパチンを鳴らすと、ウズクの体が淡い光に包まれた。光がメイドールに注がれていく。
「では、お品者をどうぞ。これでふしぎ魔法具はあなたのもの!」
メイドールは、ドレスの裾をつかむと、ゆっくりおじぎした。長いまつげが、顔に陰影をおとす。よく見れば、うすべに色のアイシャドウが塗られている。
「絶対に不具合はないはずよ。……たぶん」
「ん? 最後になんて言っ――」
「道具をどう使うかは、あなたの心がけ次第よ! ご購入、ありがとうござました!」
ミミコッテは、両手を前にそろえて、深々とおじぎした。同時に、視界がぼやけ、気づいたら、だれもいなくなっていた。
剣士が命令せずとも、メイドールはついてきた。ただ歩くだけで、すれちがう人がみな、メイドールをみる。
給仕用の黒地のロングドレスと白いエプロン。頭には長いリボンのついた、フリル付きカチューシャをかぶり、大変はなやかだ。
長い袖と裾は、球体関節を完ぺきにおおいかくしている。ぱっと見、ゴーレムの一種とは気づかない。
「き、きれい」
「どこの娘?」
「お化粧、何使ってるんだろう?」
聞こえてくる声を聞くだけで、ウズクの承認欲は大いにみたされた。
宿屋の店主の引きつった顔を思い出しつつ、自室のカギを閉めた。
「簡潔に自己紹介をたのむ」
「わたくしはメイド・オブ・オールワークスをもとに作られた、要人護衛モデルのメイドール。動力は頭部に埋め込まれた、永久エネルギー炉です。大気中の魔力を取りこむことで駆動。電子頭脳を搭載しています」
メイドールは、うすピンクのくちびるをゆがませた。
「じゃあ、さ、さっそくメイドっぽいことをやってもらおうか」
メイドールはうなずくと、何やら呪文を唱えた。魔方陣が出現し、掃除用具一式が召喚される。
10分後、部屋の中は完ぺきに洗浄され、すべてのものがあるべき所におさまっていた。しかも、掃除中、一切の物音を立てなかったのである。
あまりの手際のよさに、ウズクはおどろくしかなかった。
ねているだけで、全ての家事が終わる。まるで子供の頃に戻ったかのような、かいてきさだった。いや、それ以上かもしれない。母親とちがって、メイドールは一切文句を言わないし、感じない。人に仕えるのが当然、といったようすで、使われることに疑問すらもたないらしかった。
「さわってみてもいいか?」
「どうぞ」
近づくと、甘い香りがした。香水の類いではない。おそらく、メイドール本体の匂い。
ためしに、ほほにふれてみる。質感は人そのものだ。指先から、ほんのり熱が伝わってくる。横にずらし、桜色のくちびるにふれる。ぷるぷるだ……そのまま手を下ろしていき、あご、くびすじ、さこつのラインをなでていく。
メイドールは、気恥ずかしそうに、身じろぎした。ウズクは楽しくなって、軽く胸をなでた。メイド服越しに伝わってくる感触は、自分が何度も夢見たもの、そのものだった。
「ご主人様」
「なんだ? やめろって言うのか?」
「できれば頭を、頭をお願いします。そこが一番、きもちいいので」
はじめての要求だった。逆らうと、何をされるかわかったものではない。先ほどの自己紹介は、自分の有能さをアピールすると同時に、おどしでもあるのかもしれなかった。
おそるおそる頭をなでる。金色の髪の毛は一本一本が細く、きめ細かい。とてもなでごこちがよく、絹にふれてもここまでの満足感は得られまい。
「ありがとうございます、ご主人様。もし、今後わたくしが役に立ったときは、なでなでを、お願いします」
目をほそめて、うっとりするメイドール。口元がゆるみ、白い歯がみえた。なんていい顔をするのだろう。
「わかった」
彼女をなでているだけでも、自分の心が洗われるようだった。
数日後、冒険者ギルドに彼女をつれていくことにした。
道半ばで、メイドールが聞いてきた。
「冒険者ギルドとは、いかなる場所なのですか?」
「ったく、『紅茶の出がらしをほうきで掃けばチリやホコリはよくとれる』とかは知ってんのに、冒険者ギルドは知らねぇのかよ」
「申し訳ありません。給仕と戦闘以外には疎く……」
甘えるような視線をメイドールは向けてきた。
美少女が頼ってくれるという、めったないシチュエーションにニヤニヤしながら、ウズクは答えた。
「マモノの討伐が冒険者の仕事。んで、冒険者ギルドっていうのはな、冒険者どうしで生活の保護や仕事の安定化のために相互協力を行う組織だ。具体的には、就職支援センターや、宿屋ギルドなど、いろんな機関と提携し、おすすめの宿屋や初心者向きの依頼のあっせんなんかをしてる。パーティを組む手前、登録はほぼ必須だ」
利用できる物を利用するには、法に明るくなくてはならない。面倒ごとを避けるための努力を、ウズクは惜しまない。
「……そうなんですね。さすがです、ご主人様。わたくし、お恥ずかしながら、知りませんでした。わかりやすい説明を、ありがとうございました」
美少女からほめられるのも、悪くない。もしかしてこいつ、俺のことをいい気分にするため、あえて無知なふりをしているのではないか。
なんて使えるやつ。ウズクはほくそ笑んだ。
ギルドに併設されている酒場に入った瞬間、場の空気が変わった。昼間から酒を飲んでいる荒くれどもが、一斉にメイドールを凝視したのだ。清掃員ですら、ほうき杖を止めて、こちらを見ている。
「ウズク、おまえ冗談だろ?」
「おい、そんな奴の言うことなんて聞かずに、俺のパーティで働かないか?」
何人もの冒険者からメイドールはつめよられたが、全て無視した。
ギルドの受付嬢は、鳥人だった。首から上、膝から下は鳥に近い。上腕から手首にかけて、るり色の翼が生えている。手首から先は、かたい皮膚におおわれているものの人の手の形に近い。白いシャツの襟からは、オレンジ色の毛がとびでていた。
カワセミに似た彼女はかなりの美人で、それをほこらない奥ゆかしさまで備えている。が、完全な造形美をほこる、メイドールが相手では分が悪かった。
黒くて丸っこい目を、さらに丸くしながら受付嬢は叫んだ。
「え、えええ!? な、何者なんですかあなたは!? かわいすぎるその外見でゴーレム? しかもレベル15!?」
あまりにも衝撃的だったためか、毛づくろいをはじめてしまった。
ウズクも驚いていた。
えっと……冒険者の平均退役レベルが10だろ? じゃあレベル15って……。
ウズクは考えるのをやめた。とにかく、メイドールはめちゃくちゃ強いのだ。
メイドールは、ほほえみを浮かべると、一礼した。
「どうだぁ? 俺自慢のメイドは」
ウズクは、メイドールの肩に手を置き、ゆえつの笑みをうかべる。
「す、すごいなんてものじゃないです。どこで入手したんですか?」
「魔法具屋から買った」
ウズクは、自慢の人形を散々見せつけながら、登録をすませた。
「よくやったメイドール」
「ありがとうございます、ご主人様」
手を近づけると、メイドールの方から頭をよせてきた。
「かわいいやつめ」
メイドールは、ふぅ、と満足げなため息をつき、目をつむった。
背後から、申し訳なさげな声が聞こえてきた。
「あの、さっそくですが、あなた方にたのみたい依頼が……」
じめじめした洞窟の中。討伐対象であるオルクルたちは、メイドールをにらんでいた。
歪んだ鼻に土気色の肌。不規則な凹凸がおおうジャガイモのような顔。鋭すぎる目つき。黄色く、ガタガタな歯。ピンク色に膨れ上がった、生々しい傷跡。体格は通常、人に劣る。
瘴気から生まれるマモノの中でも、特に忌み嫌われる存在。それが、オルクルだった。 着ている鎧や武器は略奪したものなのか、バラバラかつ劣化が激しい。
突如、荒野に出現した彼らの危険度はBランク下位。この街の冒険者では、対処困難の難敵……だった。
オルクルたちは、無謀にもメイドールへおそいかかった。
悲しい奴らだ。実力の差もわからないなんて。
「行きます」
メイドールは手にした銀の丸盆をなでながら、冷ややかな視線を向ける。
ウズクはメイドールがあらかじめ発動していた<魔道防壁>の呪文で、守られている。メイドール曰く、常時魔力を消費する代わり、鉄壁の防御力を実現する呪文らしい。実際、ギルドの訓練場でためしたときは、<トニトルス:雷撃>ですら、はじいてしまった。
一応、タワーシールドをかまえた。体の前面をおおうことのできる、巨大な盾だ。さらに魔力を消費し、防御力を高める<ランパート:防御>のスキルを起動する。
ウズクは本来、最前線で敵の攻撃を受けとめる盾役だ。敵の攻撃を引きつけるだけで、一定の戦果を出せる。そういう意味では、楽な仕事だった。
「いやぁ、それにしても……」
最初に斬りかかってきたオルクルの剣を、のけぞるだけでかわす。二人目は、棍棒を下ろす前にフライパンで首を打ち、即座に蹴り飛ばす。横から襲ってきた三人目にフライパンの柄を打ち込み、反対側のオルクルを裏拳でふっとばした。ナイフを振りかざす者あれば、倒れた小鬼魔を盾にし、槍で着いてくる者があれば、フライパンで払いのけ顔面パンチ。殴りかかってきたやつは関節技をキメてリリースし、立とうとしたやつは盆の面で頬をぶったたいた後、ふちで側頭を打つ。
赤い土の上に、気絶したオルクルが次々倒れふしていく。
遠くから、オルクルの魔術師が<イグニス:火炎>を乱射してきたが、それすら盆の腹で受け止めてしまった。
「ぬるい」
それを言われたご本人の胸には、何本ものナイフが刺さっていた。盆の上に召喚したティーカップをつまみ、横蹴りを食らわしながら、一口飲む。
「紅茶の方がまだ熱い」
そのまま小鬼魔を一方的に鏖殺してもよかったのだが、こちらとしてはもう少しメイドールの実力を見たい。どう命令しようか。
一匹が背後から不意打ちした。メイドールはとっくの昔に探知していたようだが、よけない。
「マジかよ」
小鬼魔が手にした剣は、メイドールの肌に当たるなり、粉々にくだけてしまった。オルクルの腕力にもおどろかされるが、いまはそれどころではない。
オルクルは顔をしわくちゃにしながら、逃げようとする。
メイドールは、カップをつまみ、ぐるりと回した。こぼれた紅茶が、オルクルの目を正確無比に焼いた。目を押さえて悶絶するオルクルの首を、ふところから取りだした包丁で一閃。
「では、ごきげんよう」
恐るべき性能。エヌ氏は情けない表情で口をひらいたまま、ぼうぜんとしていることしかできない。使役している本人にもかかわらずだ。
強い、強い、強い! ただひたすらに強い! いままで、あんなに苦戦しまくっていたオルクルを一方的に蹂躙している。しかも、まともな武器すら使わず。
「<呪文拡大:数>!」
お盆を脇に抱えると、さらに呪文を唱えた。手を前につき出すと、指の一本一本から<イグニス・ピラ:火炎球>がはなたれる。逃亡していたオルクルたちは、一匹残らず滅却された。
「ご主人様は、ウェルダンがお好みでしたよね?」
「は、ははは」
事実を受け入れるために、しばらく時間が必要だった。それでも、正午を迎える前にギルドに帰還できた。
受付嬢が、目をぱちくりさせながら、麻袋を取りだした。
「チッ……チチチッ……。あ、あの、これ、報酬です……チチッ」
沈黙したギルド内に、受付嬢の声だけが響いた。
メイドールが朝部屋を掃除しているのに気づいたのは、キッチンつきの宿に引っ越してから数週が過ぎた頃。
宿屋の主人に指摘されてのことだ。
「彼女は毎朝六時になると、きみの部屋のドアをピカピカにして、部屋の前を掃く。次に、炉床掃除用の軽石で、宿屋の前を磨き上げてくれるんだ」
彼女は冒険者として活動するとき以外は、プライバシーの重視と、あくまで生活を支える脇役であることから「みえない、聞こえない存在」であることを望んだ。
だから、ウズクは気づかなかった。
彼女はウズクの部屋から、宿屋の外に至るまで毎朝掃除をしていたのである。そして、掃除している姿を通して、「メイドをやとっている」人だと、周囲に知らしめていたのだった。
メイドールは掃除を終えると、きれいなエプロンに着がえる。そして、ウズクが起きるタイミングに合わせて、紅茶の乗ったトレイをもってくるのである。
リビングでウズクが朝食を食べている内に寝室を清掃。ウズクが家を出ると同時にリビングの清掃をし、冒険者ギルドに着くのと同時に、メイドールが合流。
依頼をこなした後は、夕方は服やタオルの裁縫や補修、サイズ調整をも行っているようだ。これも最近になって、やたらと服の着心地がいいことに気づき、注意深く観察した結果だ。
メイドールが裁縫にいそしんでいる間、ウズクは大抵酒場でのんだくれている。
「あいつは、何も要求してこない。食事すらだ! 何から何まであの美人が世話してくれんだ。いいだろぉ~」
「怖くないのか?」
低い声の主は、壮年の犬人だった。
「あん?」
「換えのパーツないだろ。ぶっ壊れたときはどうすんだ?」
真顔だった。本気で気づかうような態度が、余計にウズクのしゃくにさわった。
「オルクルをガキ扱いする強さだぜ。壊れるわけねぇだろうが。ナメめてんのか?」
「チッ、親切心でアドバイスしてやってんのに……」
「なんだァ~やるか? んん?」
「私に魔道防壁を殴る趣味はない」
ウズクが馬鹿さわぎしている間も、メイドールは部屋にぬぎ捨てられた衣類を集めて洗濯。もちろん、衣類の材質を考えて洗い方を変えている。武器の手入れも、このときしているようだった。
洗濯が終わりしだい酒場で合流し、ディナーの給仕を務める。さらには、酒場の調理場を仕えるよう店主に交渉、料理を提供することすらある。
ディナーが終わるとメイドールは先行して宿へ戻る。イスに寝間着をかけ、湯たんぽでベッドを暖めておく。
「いやぁ、ほんっとーに便利なメイドだぜ」
自室のイスに座りながら、ウズクはぼやいた。彼女は今頃食器洗いにせいを出しているころだろう。
呑みに行かない日も、メイドールシェフによるフルコースを食べられる。至れり尽くせりだ。
もちろん買い物も、手紙の受け渡しも、全てメイドールがうけ負った。自分で服を脱ぎ着することすら許さぬ、徹底的な給仕。
「なでてください、ご主人様」
彼女が要求してくるのは、それだけだ。ひざまづき、青い瞳をうるませて、ねだってくる。
「おらよ、メイドール」
ウズクは足を組んだまま、彼女の金色の髪の毛をくしゃくしゃにした。
茶髪のボサボサ頭が、ぐるりと一回転する。丸メガネをかけた若い女性は、ため息をつくとメイドールの手を放した。
「むりだね。もし、何かあっても、ぼくに修理はできない」
修理師は、革の手袋をつけた左手と、メカメカしい右義手を、天井へ向けてぼやいた。
緑色の作業着と、黒のスパッツの組み合わせは、なかなか破壊力がある。肩掛けコルセットも上手く服になじんでいる。胸のデカさもあって、密かなファンは多い。
性格さえよければ、ナンパしていたところなのだが。
「ご主人様、心の声がもれております」
小声で伝えてくれたメイドールをなでてやる。ふるる、っとメイドールはうれしそうに体をふるわせた。
修理師は、じっとりとした目をウズクに向けつつ、改めてぷにぷにした手をとった。
「体のほとんどが有機物で作られている云々以前に、柔らかいロボットっていう概念自体、ぼくには受け入れがたい代物だよ」
「じゃあ、破損したらそれっきりってわけか」
使えねぇやつ。心の中でウズクはぼやいた。
こう見えても彼女は、このあたりで一番腕のいい修理師のはず。彼女が太刀打ちできないとなると、他でもむりだろう。
そうだ、ミミコッテにたのめば……。
「ふしぎ魔法具屋は二度とあなたの前には現れません」
「そうかよ」
「なぁに、悲観しなくていいさ、きみ」
修理師はニシシッ、と義手を口に当てて笑った。
「自動修復機能があるから、よっぽどのことがないかぎり問題ないよ」
「わかった。もういい。お前に頼ろうとした俺がバカだった」
「よくわかってるじゃないか。きみのちっぽけな脳みそじゃあ、ぼくという存在のありがたさは、一生分からないだろうね」
「てんめっ!」
こぶしを振りかぶったが、肩の上からうごかなくなった。何事かと横を向く。ウズクの手首に、メイドールの繊細な手が、絡みついていた。
「カウンターにはシールドが張られています。そのうえ、加圧式の罠呪文まで仕掛けられています」
「アッ、ハハハハハ! そういうことだ、きみ」
修理師の高笑いが、狭い工房に反響する。
居心地が悪くなったウズクは、メイドールを連れて工房を出ようとした。
「最後に一つ忠告しておくよ、きみ」
「あん?」
振りかえると、修理師がため息をついた。
「そんなに言いづらいことなのか?」
「ああ、でも言わないと、ぼくの心にしこりが残る」
メイドールは、いつものメイドスマイルを浮かべている。
眉間にしわを寄せて、修理師は言った。
「彼女を作ったやつ、相当に性格悪いぜ?」
「なぜ?」
「道具に愛着をわかせるよう設定するなんて、ろくなやつじゃない。正直、あわれだよ、きみ」
「……気をつけておくよ」
ウズクは片手をあげて、修理師に別れを告げた。
店を出た後、ようやくメイドールが口を開いた。
「ご主人様、彼女の言うとおりです。わたくしはあくまで使用人。過度に感情移入なされぬよう」
ウズクは、返事をする代わりに、メイドールを抱きしめた。
「やめろ、そんなことを言うな。まるでそのうちお前が、いなくなっちまうみたいな言い方じゃねぇか!」
メイドールは護衛用だけあり、迎撃に関しては言うことなしの性能だった。が、逆に市街地外での隠密や索敵には向かない。
二人は主に、見つけやすく、逃げない敵を狩った。
そんな中の一匹。ライオタウロスは隆々とした人間の体に、獅子の頭をしたマモノだ。ふさふさのたてがみは、返り血で赤く染まっている。
濃い瘴気の中にのみ出現するこのマモノは、並の冒険者を一撃でほふる恐るべき怪力で知られている。Cランクの中でも実力は折り紙付きだった。瘴気が濃い場所、かつたまにしか出現しないのが救いだった。
「がるぅぉぉおお!」
「ひぃ」
うなり声を聞いただけで、体がすくんでしまった。<魔道防壁>は不可視であり、視覚的には生身で相対しているのと変わらない。恐怖のあまり、心臓が飛ぶように鼓動を打つ――
「ご主人様、さがっていてください。返り血で、お洋服が汚れてしまいます」
――が、一瞬で収まった。よく考えたら、無表情でマモノを撲殺するメイドールが一番怖い。
彼女の横には、あらかじめ彼女が召喚しておいた掃除用具一式があった。ホウキ、ぞうきん、水の入ったバケツなどなど。
ウズクはもはや何もつっこまなかった。メイドールが手にすれば、それがなんであれ、暗器になるのだから。
おとなしくタワーシールドに身を隠しつつ<ランパート:守備>と<バリケード:鉄壁>のスキルを起動しておく。新しく習得した<ガーディアン:守護者>も使うかどうか迷った。が、もともとノロい動きが、さらに遅くなるのでやめた。
<魔導防壁>で怪我は皆無だが、衝撃は減衰しない。単純に攻撃を直撃されるのは嫌だし、ふっとばされた先が崖とかもありうる。傷つくのはイヤなので、防御に関しては妥協しない。
スキルの発動を見届けてから、メイドールが動いた。
メイドールはいきなり銀食器を投げつけた。ナイフやフォークはライオタウロスの体に突きささったが、致命打には至らない。むしろ、逆上させてしまったようだ。
ライノタウロスは、意外なほどの速度で駆けてきた。両手の斧をぶんぶん回して、迫ってくる。
メイドールは、ホウキの柄をバケツの持ち手に通すと、遠心力を利用して投てき。
「グオォ!?」
ライオタウロスの足もとに水がまかれた。敵はぬかるんだ地面に足を取られ、よろめく。さらに、すべり込んできたぞうきんを踏んづけてしまい、盛大にすっころんだ。
メイドールは続いてハタキを手に取ると、ライノタウロスの目に突き刺した。
あまりの躊躇のなさに、ウズクは肝を冷やす。
ライオンの牙を回避すると、ホウキを持ち容赦なく殴打する。殴打する。殴打殴打殴打……!
ライオタウロスはそれでも立ち上がった。振り上げた両腕の斧を、一気に振り落とす。
が、メイドールは両腕を交差するだけで、斧を受けとめてしまった。
「ハァ!? どうなってんだありゃ!?」
ライオタウロスの、疲れなど存在しないかのような猛攻撃。その全てを、メイドールはほうきであっさり受け流してしまう。
バトントワリングのように、すさまじい速度でホウキが回転している。よく見れば、敵の斧の力を利用し、上手に攻撃を流していた。まるで、プリマのメイドールを、二流ダンサーのライオタウロスが相手をしているかのような、光景だった。
地面に突きささった斧を足場に、ライオタウロスの頭部へ飛ぶ。片膝を立てながら両手でホウキを持つと、思いっきり柄を頭にぶっさした。
異様な音と共に、ホウキが沈んでいった。
「たてがみにしては少々長すぎましたね」
頭上から飛び出たホウキのブラシ部分を眺めながら、メイドールがぼやいた。
それからというもの、ウズクの生活は一変した。メイドールに同行するだけで、多額の報酬と膨大な経験値を、安全に受けとれる。Bランク以下であれば、どんな依頼でも大成功だった。
泊まる宿もいい宿に変えた。レベルも一気に8まで上がった。至る所で、誰もがウズクをうらやんだ。寂しい男どもの視線をあびながら、メイドールの作ったごうかな食事を食べるのはさいこうだった。
「いや、美少女をさかなに、ジューシーな肉と酒を食らうなんて、夢のようだ」
「あなたの、人望がなせる業です」
「そうだろう、そうだろうとも。にしても、依頼人はどいつもこいつも気が利かない。バカばっかりだ。なんでメイドールばっかりもてはやして、主人の俺を評価しない。なあ、メイドール、お前もそう思うだろ、ん?」
「申し訳ありません、わたくしの実力不足のなせる技です」
「ちがうちがう、べつにお前を責めてんじゃねぇよ。お前は十分よくやっているよぉ~」
ウズクは、ステーキを食べさせてもらいながら、大笑い。つばがかかろうと、メイドールは嫌な顔一つしなかった。
メイドールの優しく、包み込むような給仕は、ウズクをますます増長させた。まるで、子供が母親に感謝しないのと同じように、ウズクはメイドールに対して感謝しなくなった。なでたり、ハグしたりすることも、メイドールに要求されない限り、しなくなった。
「お前はちっさいのによくやっているよ。メイドって本来、高身長じゃなきゃできねぇんだろ? あれ、それはパーラーメイドだけだったか?」
「ありがとうございます、ご主人様。できればなでていただけると……」
「はいはい、なでますよ~っと」
ウズクはさらに、メイドールの仕事ぶりを上から目線で評価したり、容姿や態度をからかったりした。
あびるように酒を飲み、稼いだ金で豪遊する。周囲の人をののしることもあれば、メイドールの目の前で女性をナンパすることすらあった。
でも、どれだけ逃げても、頭をよぎる。「もしメイドールを失ったら、俺は耐えられない」。
失ったときに悲しむくらいだったら、最初から愛着を持たなければいい。
愛着を持つな、愛着を持つな、愛着を持つな、愛着を持つな……。
ウズクは気を紛らわさずには、いられない。
そして、気を紛らわせば紛らわすほど、余計に彼女のことが気になってしまうのだった。
地面に突っ伏しながら、ウズクは舌打ちした。
完全な不意打ちだった。メイドールが対応できなかったのは、はじめてだった。
山道の休憩所で襲いかかってきたのは、足がゾウほどもある黒馬だった。大きな単眼の上に、白い円錐形の一角が伸びている。
広場になっており、石灰岩の石ころと、数本の枯れ木以外何もない。蹴っ飛ばされたらそのまま転落する恐れもある。
メイドールはの呪文を唱え、火かき棒を召喚した。暖炉から灰や燃えがらをかきだす時に使う、フックの着いた棒だ。
明らかに武器にしかみえないそれを、メイドールは振りかぶった。
「しばしお待ちを。即座に終わらせます」
メイドールは空中で回転しながら、黒馬に
棒をたたきつけようとする。
が、黒馬の姿が黒いもやとなり消え、少しはなれた場所にあらわれた。瞬間移動にしかみえなかった。
黒馬もお返しと言わんばかりに、すかさず回転しつつしっぽを振る。突風が周囲に吹き荒れ、枯れ木の幹には傷がきざまれた。断ち切られた枝と小石が、渦を描いている。
接近していたメイドールはもろに食らい、木の葉のように空を舞う。
遠くで見ていたウズクも、余波を食らった。<魔道防壁>でダメージは受けなかったものの、大きくふっとばされ、尻餅をついた。後ろが断崖になっており、おもわずさけんだ。
「メイドール、俺を守れ!」
「動けません」
「何ぃ!?」
メイドールのまわりに、小石や砂が浮遊している。おそらく、風による拘束呪文。全身、ぴくりとも動けないようだった。
まずい。<マジカ・ディスペレ:魔法解除>しようにも、必要動作がある。手がつかえない以上、メイドールは呪文発動できない。
一角獣が妙に高い声で吠えた。一角にいなずまが落ちる。雷を吸収した一角は、限界まで電気エネルギーを増幅。臨界点に達した瞬間、一気にはなたれた。
「あうがぁ!?」
メイドールの服が焼け焦げる。白い肌に、雷模様のあざが刻まれる。横転したまま、痙攣。
黒馬はメイドールへ接近すると、足を振り上げた。
ここに来て、ようやくウズクは気づいた。メイドールが追い詰められていることに。
「よっ、よけろ!」
メイドールは横転して交わそうとする。だが、右腕が奴の足の下敷きになってしまった
残った左腕で、どうにか体をうごかそうとするも、ムリだった。再び振り上げられた黒馬の足が、左腕もすりつぶしたからだ。
「ご主人……」
彼女の腕は、まるでガラス片のように粉々にくだけていた。
とっさに、ウズクは叫んだ。
「俺のバリアを解除し、身を守れ!」
メイドールはすがるようにこちらを見てくる。
「お逃げ――」
バキッ、メリッ、ミシッ、ゴキャッ。生々しい音が、メイドールの言葉をかき消した。
接敵から十秒足らずの決着だった。
黒馬が踏みつけるたび、メイドールの破片が、ひづめの下から吹きだした。
目をそらすことはできなかった。
もっと早く<魔道防壁>を解除していれば……。
もっと冷静に戦況を分析し、早めに退却指示をしていたら……。
そもそも、メイドールを大切にしていれば……未知の敵と交戦することを、許可しなかったはずだ。
「全部俺のせいかよ、ちくしょうがッ!」
命令を遵守したメイドールに、一切落ち度はない。
ウズクは立ち上がった。目の前の黒馬と対峙する。
「俺は、俺をメイドールが支えてくれることを、当たり前の事だと思っていた。感謝すらしていなかった。お前のことなんか、これっぽっちも考えていなかった。好き勝手に振りまわし、ぼろきれみたいにあつかって」
メイドは使用人で、人形は購入者の物。だから、メイドールは、モノ扱いして当然だと思っていた。彼女もそれを望んでいる……と、現実から目をそらしていた。
もし、真実と向き合えば、自分が「人を踏み台にして甘い蜜をすする、醜く、ドス汚れた人」であることを認めざるを得なくなる。不快だし、嫌だし、辛いし、苦しいし、傷つく。だから、何もかもメイドールのせいにした。
「そんなんだから魔道防壁のことすら忘れていたんだ。俺の、くそったれが……。安全な場所で、命を賭けて戦うお前を見物し、利益を横取りしているだけの、タダのクズだった」
完ぺきな彼女の唯一の隙が「なでてほしい」だった。
心の底から道具であるなら、「なでてほしい」などとは望まないはずだ。そんな彼女の弱さに、気づけないくらい――気づけないフリをするくらい――自分は弱かった。どうしようもなく、おろかだったのだ。
自分はメイドールを大切にしてこなかった。「自分が傷つきたくない」という身勝手な理由で。
苦痛回避。それが、自分の行動原理。嫌なことは全部、人のせい。やりたくないことは全部、人に押しつける。それが、今までの自分。
そのせいで、こんな痛ましいことになってしまった。
「ちくしょぉおーーッ!!! それ以上は、やらせねぇーーッ!」
今変わらなければ、一生かわらない。
ウズクは立ち上がった。重すぎる盾を上にかまえて、<ガーディアン>のスキルを起動。メイドールをかばった。
ひづめを受けとめたものの、あまりの威力に足が地面にめり込む。
その状態で、黒馬が再びしっぽを振った。露出した肌が、風に切りさかれてズタボロになった。
「うがあ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!!」
血潮の色の霧が、ウズクの周囲をおおう。全身の皮膚を剥がされるかのような、想像を絶する痛みがウズクを襲った。視界が真っ白になる。膝をつき、血反吐を吐いた。それでもウズクは、メイドールをかばいつづける。
盾に衝撃。さらに踏みつけてきたのだ。全身が砕け散りそうになる。
「メ……メイドールが受けた痛みにくらべれ……」
言い切る前に、もう一撃。もう、手足の感覚がない。一呼吸おいてから、数段強い衝撃が、何度もおそいかかった。
全身が砕け散りそうだ。ひづめで打たれる度、意識が途切れ、何をしているのかわからなくなる。
でも、力は緩めない。今まで彼女にしてもらったことは、この程度ではあがなえない。
「耐え……切った……か?」
つぶやいた直後、視界が暗転。腹に鈍痛が走る。目を開くと、空と地面が交互にみえた。やがて、背中に衝撃が走り、肺の空気が一気に抜ける。息ができない。苦しい。痛い。
でも、それどころじゃない。ふっとばされたショックで、気づいてしまった。
「めっ、メイドールだけ……じゃねぇ。で、……であう人全員を『自分にとって利益があるか、利益がないか』の尺度でしか見ていな……かった」
みんな、俺の方が間違っていた。俺はこれまで出会ってきた全ての人を、大切にしてこなかった。ギルドの受付嬢も、修理師も、酒場の仲間も……リストラしたウサキョンの泣き顔がフラッシュバックして、余計に悲しくなった。
どうしようもなく、悔しかった。みじめだった。人生を一からやり直したかった。
一見、自分が楽しく過ごせていたようにみえる思い出も、全部ひっくり返ってしまった。
「おっ……俺は――」
バンッと、雷の落ちる音。薄めを開けると、黒馬の一角が、帯電していた。
「――どうしようもない、クズだった。メイドール、ごめん。みんな、ごめん。俺は、最後の最後まで、自分のおろかさに気づけなかった……」
懺悔の言葉を述べる。覚悟を決めて、敵を凝視する。たとえ、耐えられないとわかっていても、この場から逃げるわけにはいかなかった。
体は使い古したぞうきんのようにボロボロで、すでに痛みの感覚すらない。おぼろげにみえる敵の陰は、どんどん大きくなっている。
「でも……耐えて、みせ……る!」
タワーシールドはもう、持てない。ウズクは両手を交差し、深く腰を落とす。
やれることは全部やった。ウズクは腹をくくり、運命の時を待つ。
しかし、その時は、来なかった。
黒馬をおおうように、白い何かがふってきたのだ。あれは……<アラネア・ターム:蜘蛛の巣>だ!
「間に合いましたね、ウズクさん」
ウズクと黒馬の間に、割って入った黒い影。魔術師のローブと、右手の杖には、見覚えがあった。
「ウ、ウサキョン……!?」
「もう大丈夫ですわよ」
ドワーフの癒術師が、<キュレイト:治癒>の呪文をかけてきた。痛みがいくらか楽になる。白いうさ耳の亜人の姿も、はっきりとみえるようになった。そんなにりりしい表情ができたのか、ウサキョン。
おそらく、黒馬の呪文の雷を見て、駆けつけてくれたのだろう。
「ありが……とう。助かった。……ウサキョンもだ。お前たちがいなけりゃ……」
ウサキョンが目を見ひらいた。杖を持っていない左手で、頬をかく。よっぽどおどろいたらしい。
そういえば、誰かに素直な感謝の言葉を伝えたのは、いつ以来だろうか。
「でもよ、薬草みてぇに、ゴフッ……人を使い捨てるようなやつなんか、ぜぇ……雑草の肥やしが……お似合いじゃねぇ、か。なんで助けた?」
「罪悪感、ですかね。実際、わたしが実戦で役に立たなかったのは事実ですし」
「謝罪すんのは……俺だ。……ゴメン……ウサキョン」
氷をまとった剣で、敵に切り込む猪剣士を見ながらつぶやいた。黒魔道士との連係攻撃だろう。目を凍らされ、足を封じられてなお黒馬は、彼らと互角に戦っている。狩人の援護といい、たいしたチームワークだった。
だからこそ、今のウサキョンにわからないはずがないのだ。あのとき、本当に役に立たなかったのは、指導者としてのウズクだったと。
「いいんです。わたし、気にしてませんから」
そんなはずはない。本当は、何で助けた?
弱みをにぎっていじめ抜くためか? それとも、後で利用するためか? 真意を見抜こうと、ウサキョンの瞳を直視する。
ウサキョンは、困ったように首を傾げると、飛び去ってしまった。
その様子から、ウズクは気づいてしまった。
ああそうか。バカは、俺だ。
ウサキョンにとって自分とは、怒ることにすら値しない、ちっぽけな存在。認知すらされない、路上の石ころも同然。
だから、助けたのだ。見知らぬ老人に、ベンチを譲るような感覚で。
ウサキョンは自分とは違い、過去の出来事とらわれ時間を無駄にするような、愚か者じゃなかったのだ。
いや、今は、自分のことはいい。
「それよりも、集めねぇと……全部……ひとかけら、のこさず……」
「うごかないで! まだ……」
ドワーフ癒術師の制止を振りほどく。そして、捜し物を見つけ、抱きかかえた。
「い、命よりも、大事なん……だ……」
メイドールの首を見せると、癒術士はうなずいた。
呪文が聞こえたと同時に、ウズクの意識が途切れた。
工房の扉を開ける。カウンターでは修理師が頬杖をついていた。茶色い丸眼鏡を、スカーフで拭っている。
こちらに気づくなり、メガネをかけ、あざけりの笑みを浮かべた。ベージュの瞳孔が、ぐわっとひろがった。
「なんだい、キミ? ぼくは、おこちゃまの相手をしている暇はないんだけど」
片眉をつり上げながら、ぷいっと横を向いた。横目で、こちらをうかがっている。口元が、笑いをこらえるかのように、ふるえていた。
以前なら殴りかかっていたところだが、あいにく荷物で両手は塞がっている。もっとも、そんな気力は今のウズクにはないのだが。
ウズクは直角に頭を下げた。
「今までの数々の非礼をわびたい。不快な思いをさせてしまい、申し訳なかった。言葉も、態度も、人にものをたのむやつがするものではなかった。反省したし、後悔もしてる。もう二度と、あんなことはしないようにする。でも、もしかしたら、今までの習慣で、無礼を働くかもしれない。その時は、義手でぶんなぐってもかまわない」
修理師の表情が、驚きから当惑へと変化していった。彼女の動揺の大きさを表すかのように、頭頂から飛び出た触覚のような髪の毛が、ゆらゆらとゆれた。
「おい、おいおいおい。おいおいおいおいおい!? どうした、きみ。おどろいたよ。どういう心境の変化だい? その死人のような顔といい、ミイラじみた体といい、何があった」
「どうにもこうにも、自分のクズさに気づいただけだ」
ウズクは、抱えていた箱を、カウンターに置いた。
修理師がフタをひらく。
「そういうことか……ご愁傷様だな。ふむふむ、まるで芸術作品のようなしまいかたじゃないか、きみ」
「俺には、これくらいしか、してやれなかった」
修理師は、箱からメイドールの顔を持ち上げた。左手で、メガネをつっつくと、幾本もの赤い光がはなたれた。光線はメイドールの顔をまんべんなくなでた後、消えた。
「そうとう幸運だね、彼女。致命傷を負う寸前、魔道防壁で急所である頭部を守ったようだ」
そうか、だから頭だけ無事だったのだ。あのときとっさのあがきは、無駄ではなかったのだ。
「完ぺきに修復されても戦闘は無理だ。二度とね。でも、普通のメイドとして働く分には申し分ない程度には、回復するだろう」
「ほ、本当か!?」
「10年かかるけどね。その間、メンテナンスも必要だ。この店に通ってもらう。もちろん、莫大な費用がかかる。最高級のロボットを、一から作り直すも同然だからね。ぼくの仲間の協力も必要になる。だからさっさと別の召使いを雇う方がよっぽど――」
「金と手間と時間さえ工面すれば、治るんだな。よかった……本当によかった」
ウズクの目から、熱いものがあふれだした。一度泣きだすと、止まらなかった。人前にもかかわらず、うおんうおんと大声をあげ、涙をたらしてわめいた。
いつか、治る。それだけで、十分だった。これからを生きるためには、十分すぎるほどの希望だった。
修理師は、義手で頬をかくと、ためらいがちに言った。
「とりあえず、彼女は預かろう。三ヶ月後に、また来ておくれ」
ギルド内の酒場は、ざわついていた。ウズクが、今まで迷惑をかけてきた人たちに、片っ端から謝罪したからだった。最初は気味悪がっていた冒険者たちも、最初の一人がメイドールを連れていないことに気づいてからは、何も言わなくなった。
受付嬢は、相変わらず首をせわしなくうごかして、事務作業にぼっとうしていた。
「あ、ウズクさん、こんにちは」
「今まで、いろいろとすまなかった」
「え、いきなりどうしたんですか?」
ウズクは、メイドールの容態について手短に伝えた。
「ピッピピピピピッ……ピッピ!?」
カワセミ似の受付嬢は、布で金属をみがいている時に出るような、甲高い音を上げながら、首を何度かかたむけた。
あんまりな声に、清掃員が操る箒まで、カウンターの方を向いていた。
「そ、そんなぁ。残念です……」
「復職はむずかしそうだから名簿からは削除しといてくれ。それから、独り身でもできそうな依頼を探してくれないか?」
ウズクの手に巻かれた包帯に目をやってから、受付嬢はつぶやいた。
「あなたも療養した方がいいのでは?」
「いや、一刻も早く、あいつの修理費をかき集める必要がある。かといって、俺のようなクズと組みたがるやつはいねぇし、いたとしても信用できねぇ。たのむ」
背後から声をかけられた。
「俺のパーティなら空きがあるぜ。もっとも、メンバーはみんなお前より十以上年上だがな」
低い声の主は、犬人だった。
「それとも、ガキ扱いは嫌か?」
「仕事に好きも嫌いもねぇよ」
「なら、よろしくな。ぞんぶんにこき使ってやる」
「ああ、すぐ見返してやるさ。お前んとこのルールに則ってな」
受付嬢の甲高い声が、会話をさえぎった。
「じゃあ決まりですね。登録しておきますね。彼、口は悪いですが癖の強い人を扱うのには慣れているので、大丈夫だと思いますよ」
ウズクは、馬車馬のように働いた。まじめに働いているはずなのに、注意を受ける回数はむしろ増した。以前のようなごう慢なやり方の方が、自分には向いているのだろうか。
悩んだ末、渋々犬人に相談した。
「何で、こんなに注意されんだろ」
「簡単さ。期待してんだよ」
「じゃあ、俺は今まで、注意するに値しなかったってことかよ……」
「そういうこった。まあ、気長にやろうぜ。性根は一朝一夕に変わるもんじゃねぇからな。まず考え方変えて、行動を変えて、習慣にして……気の長くなる話さ。でも、心配すんな。うちのパーティはみんな子育て経験してっから、忍耐力は折り紙付きだぜ」
ウズクは耐えた。この程度は耐えられて当然と思った。
メイドについて調べたときに、メイド・オブ・オールワークの言葉の意味を、知ってしまったからである。
朝六時から午後十一時まで、女主人の罵倒をあびつづけながら業務を遂行する。雇用主の見栄と財政難のために、十人以上で行う業務を一人で行うのが彼女らの仕事だった。メイドールがあれほどこき使われても嫌な顔一つをしなかったのは、モデルとなったメイドの境遇が悲惨すぎるからだったのだ。
「必ず期待に応えて見せる」
「ま、身心壊さない程度に頑張れよ」
三ヶ月間、みっちり働いたウズクは、再び修理師の工房へ赴いた。
カウンターに置かれた現金を数えながら、修理師は笑った。
「きっかり三ヶ月分。まさか、本当に稼いでくるとはね」
「俺のことはいい。メイドールはどうなった」
「せかさないでくれ」
と、修理師いいながらカウンターの奥にある扉の中に消えた。
しばらくして、ゆっくりと扉が開く。
「な……」
ウズクは発すべき声を失った。車椅子、そのうえに鎮座しているのは紛れもなく……。
「『ふしぎ魔法具屋ミミコッテ』なる店からスペアボディが届いてね。外見だけは――って聞いてないか」
うつろな瞳以外、在りし日のメイドールそのままだった。
ウズクは神にでも拝むかのように、ひれ伏した。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「せいぜいふさわしい男になるよう努力するんだな、きみ」
「具体的にはどんな?」
修理師は、まじめな顔でしばらく考えた後、力説しはじめた。
「包容力のある男さ。正確には……他人の失敗を暖かく迎え入れて許し、さりげなくリカバリーする。ちょっとした事で怒らない。人の相談をちゃんと聞く。話は遮らない。弱音をすぐに吐かない。相手を全肯定して、悩みや感情を全部受けとめられる。温厚で寛大で頼りになる男さ」
「性転換したメイドールじゃないか」
「そうさ。親が子供に対する愛情、下心を感じさせない純粋な優しさ。何の見返りも求めない無償の愛。それこそが、この世の乙女の欲するものさ。今後は、そういう自分に『なったかのように』行動したまえ。過去の自分が今の自分を作るというのなら、今の行動を変えて未来の自分を作るしかないよ、きみ」
ふぅ、と額の汗を拭い、ひと仕事した感を出す修理師。
彼女に対し、ウズクはぴしゃりと言った。
「お前、恋愛したことある?」
「……まずはその口をぬいつけるところからはじめようか」
ウズクは180度意識を変えた。自分に向けていた関心を、メイドールと周囲の人間に向けることにしたのだ。
もちろん、意識を変えて一年やそこいらで、変われるわけがない。しかし、ウズクは努力した。ひたすら努力した。誠実に仕事にはげみ、先輩や、同僚の信用を得ることを第一の木業とした。また、依頼中も、ガサツな行いは避けた。自分の行いによってメイドールの評判に泥をぬってはならないし、メイドを雇う金銭的余裕を持つには、早く優位な地位に就かなくてはならない。
普通の冒険者は、三年目ぐらいに倦怠期がやってくる。同じような依頼の繰り返しに飽きてきたり、才能に疑問を持ったり、スランプにぶち当たったりだ。
ウズクの場合、その心配はなかった。彼には、絶対に叶えなくてはならない、使命があるからだ。自分の行い全てがメイドールのためになっていると思うと、全てに意味を感じられた。理不尽な依頼者も、態度の悪い後輩も、メイドールの気高さに近づけると考えれば、耐えられた。いままで敵としてしか見れなかった人々も、見方を変えると、仲間や協力者へと変わっていった。
所属しているパーティーとしても、彼を見直さざるをえなくなった。ウズクはたちまち昇進し、パーティのリーダーとなった。理想に一歩近づいたことになる。しかし、地位に甘んじる気配は、少しもあらわさないように努めた。ウズクのごう慢と慢心こそが、メイドールを死地へおいやったのだから。
ウズクは、ますます職務に励んだ。冒険者同士の小競り合いの仲裁、他のギルドとの交渉など、他の人がやりたがらない仕事も積極的に引き受けた。おかげでさまざまな事態に対応できる、器量がそなわった。
そんな功績もみとめられ、ウズクは一層信用された。
私生活はメイドールに捧げた。朝はメイドールに「おはよう」と言うことから始まり、車椅子での散歩。
帰ってきても、絶えずメイドールに声をかけ続けた。メイドールは見えても聞こえても感じてもいない。
限りなく無意味と知りつつ、それでも一緒に出かけ、話しかけ、ナデナデし、ハグする。心を込めて献身的に世話をする。彼の度が過ぎた一途さは、ほめる人もいれば、ドン引きする人もいる。しかし、ウズクは気にならなかった。「メイドールに釣り合うご主人様になる」という確固たる信念があるからだった。ウズクはただただ純粋に、メイドールを世話しつづけた。
修理師との仲も深まった。メイドールのメンテナンスの日以外でも、朝晩の散歩のついでに毎回声をかけたからだ。女性関係についても、ことある度に修理師から助言を求めた。皮肉交じりながらも、的確にアドバイスしてくれる。しかも、なんだかんだ表情豊かで、かわいい。そんな彼女を、ウズクは心の底から尊敬するようになっていた。
彼は疲れを知らぬごとく、ひたすら働き、昇進し、ギルドの中枢部へと接近していった。そのかいあって、まだ若いのに、ギルド役員会議に出席できるようになった。
ウズクはここで考えた。メイドールを雇えるだけの収入も、メイドールに見合う家を買う貯蓄もある。人望もそこそこあるはずだ。もうそろそろ一段落にして、少し休んでもいいのではないか。
しかし、こう考えるのだった。せっかくここまでたどりついたのだ。もう少し辛抱すれば、さらに大きな収穫をもたらすことができるかもしれない。ウズクは後者の道をえらんだ。
そしてついに、目標に到達する日となった。ギルド内で考えうるかぎり、最もメイドールの主人としてふさわしい役職に就いたのだ。つまり、ギルドマスターになったのである。ウズクは実力でかちとった若いギルドマスターということで評判になった。
「まさか、本当にこの日が来るとはな……」
執務室で、書類に印鑑を押しながら、ウズクはぼやいた。
「いよいよ今日ですね」
ギルドマスター秘所に昇格した、カワセミ受付嬢が返した。
「留守の間は、たのんだぞ」
「はい! チチチッ!」
ウズクは立ち上がった。にこやかに敬礼のポーズをとった彼女に会釈し、部屋を出る。
こんな日だというのに、修理師はいつものカウンターで、いつものようにくせっ毛をいじっていた。緑のシャツと黒のスパッツ、左手の義手種に、肩かけのコルセットに至るまで、はじめて出会ったときのまま。
「ずいぶんかわってしまったね、きみ」
「お前が変わらなすぎるだけだ」
「ドワーフに、人間並みの変化を求めるのは酷ってものさ」
丸ぶちメガネをくいっと整えると、修理師は立ち上がった。きびすを返すと、カウンター奥の扉を開けた。
あまりにも夢にみた回数が多すぎて、いざ実現するとなると現実味がない。自分は幻覚を見ているのだろうか? 十年間の歳月は、実は全部幻で、自分はクズ男のままなのではないか。
しかし、修理師の声が、それが現実であることを物語っていた。
「さて――」
カウンターの奥から、車椅子があらわれた。 金色の髪に青い瞳。やや赤みがかった白い肌。幼くも整った……うつろな顔。平たい胸に、細くたおやかな手足。
黒いロングドレスに白いエプロン。フリルのついたカチューシャ。毎日慈しんでいるが、今日は特別愛おしかった。
「――これが、起動のスイッチだ。受け取りたまえ、きみ」
いつになくしおらしい声。渡されたのは、指輪だった。大粒のダイヤが埋め込まれている。
「おい、これ高かったんじゃないのか?」
「支払い済みだよ、きみ。この日のために、メイドールの修理費に組み込んでおいた」
「素直じゃないな」
「……彼女の左手薬指につければ起動する」
修理師は、いまにも泣きだしそうな顔をしていた。うれし涙、でもなさそうだった。
「何か悩みや問題、相談事があるなら、聞くぞ。メイドールが目覚めたら、しばらくの間、忙しくなると思う。今言ってくれると、助かる」
修理師は、口をパクパクさせて、何かを言おうとした。ウズクは、辛抱強く待った。
「あ、ああ……あああッ!」
修理師はしかめっ面のまま、涙を流しはじめた。言葉にならない嗚咽をもらし、肩をいからせ、両手のこぶしを堅く握りしめている。
「……何度、この子の修理をやめようと思ったか」
ウズクは、彼女の態度から事態を察し、絶句した。
「まさか、この指輪ッ――」
「ありがとう、きみ! 話を聞いてくれて! クソ真面目に、ぼくの理想を体現してくれるとは思わなかったよ」
ウズクは、くちびるを噛み、いったん目をつむる。深呼吸をした後、ムリヤリ笑顔をつくった。
「ああ! ここまでこれたのはお前のおかげだ。これからも、遊びに来るぜ! 馬鹿野郎!」
ウズクはメイドールの前にひざまずく。細く繊細な手をとると、指輪をあるべき所へ納めた。
「おはよう、メイドール」
メイドールの瞳に、光りが宿った。
はじめて、メイドールよりも早起きしたな、とウズクは思った――が、その思いは一瞬にして打ち砕かれた。
「ご主人様。3650日間、ありがとうございました。毎朝、声をかけ、散歩して、一緒に買い物して、お召し物も買ってくださって……本当に……」
「ま、まさか!?」
「全部、見て、聞いて、感じておりました。耳がとろけるような甘い言葉も、一言一句記憶しております」
「それは、君の心の中にしまっておいてくれ!」
メイドールは十年ぶりに、ひまわりのような笑みを浮かべた。
車椅子の肘置きに手をつき、ゆっくりと立ち上がる。十年のブランクを感じさせない、なめらかな動作。完ぺきだ。あのメイドールが帰ってきたのだ。
そのままメイドールは修理師の方を向いた。心からの喜びと、心からの悲しみで、泣き笑いしている修理師。メイドールは先ほどのウズクと同じように、修理師の前でひざまずくと、指輪を外した。
「……へ?」
両手器にして、メイドールは指輪を掲げる。
「わたくしを治してくださり、ありがとうございました。メイドとは、女主人の代理にして女主人に監督されるもの。あなたは、わたくしが仕えうるにふさわしいお方。その指輪は、あなたの手から、ご主人様へお渡しください」
思いも寄らぬ言葉に、ウズクは首をひねった。
修理師も、首を傾げながら涙を拭った。そして、困惑しながらも、指輪を受けとった。
そのまま、二人して首を傾げながら、指輪の受け渡しをした。
「おめでとうございます、お二方。あなた方の恋愛成就を、心よりお祝い申し上げます」
メイドールの策略に気づいた二人は、ただただ赤面するしかなかった。
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