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美少女鑑賞――転
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休日、取材の後にそのまま人形展へ向かおうとしたところ、少女が「このままついて行きたい」と言い出した。
いざ人形展へおもむくと、なぜか少女に人だかりができていた。
「『外見に仕草が合わされば人形に勝る』なんて、理想論だ」
人がかぶり物をすることで完璧な顔面を手にした覆面や、人形が多少の外見を犠牲にすることで仕草を手にした着ぐるみなら、まだわかる。だが、生身の人間には不可能に近い。
「まして、ガロに掲載されたり、地上波で放送されるレベルの人形作家たちだぞ!?」
青年は驚くと共に、複雑な気分でもあった。
展示されている人形は、販売されている。
商品より目立つのは実質、営業妨害だ。
人形作家の中には、青年が応援している作家もいた。
好きな作家が全力で作った人形が、外見で不利なはずの人間に完全敗北している様は、あまり気分がよくない。
「それにしても、仕草がちょっと……」
少女は、友達から『髪を染めよう』とか『もっと派手な服を着よう』と提案されても、外見を変えなかったと言っていた。仕草も同じように、自分が一番、自分に似合っていると思う仕草を選びとっているはずだ。
しかし、『その場において自然である』が大前提。
今の彼女の仕草は、自然の範囲を逸脱していないが、あきらかに人を意識している。
自ら美しさをおとしめているようなものだ。
「承認欲のない彼女が、一体誰に?」
その場で答えはでなかった。
コーヒーを一杯のみ、両肩で伸びをしてから、タイプライターを開く。
そこからは、時の流れがあっという間だ。文字を打ち、何度も上書きすれば、打つことを繰り返す。
キーボードに手を置き、少女の様を、ゆっくり一行タイプしていく。
ぬらりと光るピンク色の舌先。整列した歯。切りそろえられた前髪。うなじに見える産毛。袖から見える華奢な手首。前屈みになったときスカートに浮かぶ曲線。すらりと長い脚に、ふくらはぎのなだらかな膨らみ。靴下越しの丸っこい足指……。
原稿に、秘めたる想いを、告白する。
心に素直に夢中で、文を書き続けると訪れる、真っ白な時間。
これがたまらなく、愛おしい。
完成しない限り、片思いは続くのだ。
我に返ると、急に両目の疲れを感じ、タイプライターを閉じる。
ある日、少女が提案してきた。
「書いている様子、見せて? その分、延長するから」
「退屈なだけですよ」
「それでもいいの」
バッグから、道具を取り出し、さっそく執筆を開始する。
スマホで電子書籍リーダーを開きつつ、電子タイプライターで文字を打つのだ。
スマホで『所有書籍の一覧画面』を開いたところで、少女がのぞき込んできた。
頬に感じる吐息とぬくもりと、すみれのような爽やかで甘い香りで、青年の心臓が、全身を脈打つ。
「これ全部、小説の参考書?」
「20冊買って、ようやく落ち着きました」
「実践はしてるの?」
「ノートにまとめた上で、3冊30万字ほど執筆を済ませています。今回の小説は、脚本術を元にプロットを作成。登場する場所は、全部現地取材を済ませてあります。図書資料も8冊ほど読みました。文体は童話作家のショートショートを模写して整えています」
「入念ね」
「僕なりの誠意です。どんな手を使ってでも、あなたの美しさを小説に刻み込んで見せる」
少女が、両手を青年の肩に乗せてきた。
「ありがとう。あまり無理しないようにね」
「任せてください」
青年はそう言って、肩に両手を乗せられたときの感触を、タイプすることに集中した。
月末が近づいてきた。
リンゴに口づけするポーズを解いて、少女は聞いてきた。
「執筆、順調?」
「創作意欲が止まりません。寝食を忘れて書いています。月末には完成する予定です」
「表紙はどうするの」
「AIイラスト……ですかね」
「目黒美咲に描いてもらえないの?」
青年は顔を伏せた。
「残念ながら、一年前で更新が止まっています。描いてもらうのは、無理です。申し訳ありません」
「SNSで相談してみた?」
「『期待に応えたいのはやまやまですが、今の私に絵は描けません』と返信されました」
「あなたの小説の表紙は、彼女の絵以外、ありえない」
引かない少女に、青年は折れた。
「ダメ元でやってみましょう。あなたの力を貸して頂きたい」
目黒美咲は、布団を被り震えていた。
学生じゃない。生活がかかっている。預金は減り続けるばかり。
年間何十もの展示に参加して、毎週新作を描き続けなければならない。
好きな漫画も、映画も、アニメも、ゲームも何もかも絶ち、あり合わせの食事を機械的に食べながら、絵を描き続けた。
何も買わず何時間も作家と話したがる奴に、アドバイスという名のセクハラかましてくる奴、作品そっちのけで作家本人の写真を撮ろうとする奴や、『買った代わりに』と後出し謎交渉してくる奴。個展の売上金の持ち逃げに、最終日に台風が来て来場者2名……。
ありとあらゆる物を犠牲に、ありとあらゆるトラブルを乗り越え、画家商売を続けてきた。
なのに、突然、描けなくなった。
きっかけは、友人の一言だった。
「稼いだお金で、何がしたいの?」
生きるためには、描かなければならない。
でも、描こうとすればするほど、指が止まる。
あの問いのせいだ。
「何のために、描くのだろう。何のために、生きるのだろう」
この問いが、頭を占領する。
どんなに寝ても眠れない。
頭はいつも、もうろうで、自信は既に砕けている。
そんなときだ。
ファンの一人からDMが来た。
一年前から応援してくださっている方だ。
個展に足を運び、直接あいさつしに来てくれた人だ。無下にはできない。
DMの冒頭には、こう書いてあった。
『彼女に一度、直接会ってくださいませんか?』。
メールを開いたのを後悔した。
どういう意味だ? まるでわけがわからない。
あの日会ったあと、彼も気が触れてしまったのだろうか。
頭が痛くなった。吐き気もする。
すぐさま断ろうとした。
「こ、これは!」
その時だった。添付された画像が目に入ったのは。
黒く、長く、艶やかな黒髪の少女だった。
どのくらいの時間、画像を見つめていたのかわからない。気付いたら、彼女を見て、考えていた。
「彼女はなんでこんなに魅力的なんだろう」
「私はどうやったら彼女を描けるだろう」
描くことに、前向きな自分がそこにいた。
目黒美咲は少女を見た瞬間、硬直した。
誰だってそうだ。青年だってそうだった。
「か、彼女が……」
「おねがいします。どうか、わたしをモデルに、彼の小説の表紙を描いて頂けないでしょうか」
少女の礼に合わせ、青年も頭を下げた。
「僕の小説のことはどうでもいいです。彼女をモデルに描いてはくれませんか」
青年が頭を上げたとき、目黒美咲の瞳に、生き生きとした輝きが蘇っていた。
「私はもともと、美しい女性を美しく描こうとしていました。それがいつの間にか、お金と生活のために、絵を描くようになってしまった」
目黒美咲も深々とお辞儀した。
「自分の好きなものを描いてみたい。自分の好きなように描いてみたい。ぜひ、彼女をモデルに、描かせてください」
「お支払方法は――」
青年の言葉を遮り、目黒美咲は言った。
「今回は、特別ですよ」
いざ人形展へおもむくと、なぜか少女に人だかりができていた。
「『外見に仕草が合わされば人形に勝る』なんて、理想論だ」
人がかぶり物をすることで完璧な顔面を手にした覆面や、人形が多少の外見を犠牲にすることで仕草を手にした着ぐるみなら、まだわかる。だが、生身の人間には不可能に近い。
「まして、ガロに掲載されたり、地上波で放送されるレベルの人形作家たちだぞ!?」
青年は驚くと共に、複雑な気分でもあった。
展示されている人形は、販売されている。
商品より目立つのは実質、営業妨害だ。
人形作家の中には、青年が応援している作家もいた。
好きな作家が全力で作った人形が、外見で不利なはずの人間に完全敗北している様は、あまり気分がよくない。
「それにしても、仕草がちょっと……」
少女は、友達から『髪を染めよう』とか『もっと派手な服を着よう』と提案されても、外見を変えなかったと言っていた。仕草も同じように、自分が一番、自分に似合っていると思う仕草を選びとっているはずだ。
しかし、『その場において自然である』が大前提。
今の彼女の仕草は、自然の範囲を逸脱していないが、あきらかに人を意識している。
自ら美しさをおとしめているようなものだ。
「承認欲のない彼女が、一体誰に?」
その場で答えはでなかった。
コーヒーを一杯のみ、両肩で伸びをしてから、タイプライターを開く。
そこからは、時の流れがあっという間だ。文字を打ち、何度も上書きすれば、打つことを繰り返す。
キーボードに手を置き、少女の様を、ゆっくり一行タイプしていく。
ぬらりと光るピンク色の舌先。整列した歯。切りそろえられた前髪。うなじに見える産毛。袖から見える華奢な手首。前屈みになったときスカートに浮かぶ曲線。すらりと長い脚に、ふくらはぎのなだらかな膨らみ。靴下越しの丸っこい足指……。
原稿に、秘めたる想いを、告白する。
心に素直に夢中で、文を書き続けると訪れる、真っ白な時間。
これがたまらなく、愛おしい。
完成しない限り、片思いは続くのだ。
我に返ると、急に両目の疲れを感じ、タイプライターを閉じる。
ある日、少女が提案してきた。
「書いている様子、見せて? その分、延長するから」
「退屈なだけですよ」
「それでもいいの」
バッグから、道具を取り出し、さっそく執筆を開始する。
スマホで電子書籍リーダーを開きつつ、電子タイプライターで文字を打つのだ。
スマホで『所有書籍の一覧画面』を開いたところで、少女がのぞき込んできた。
頬に感じる吐息とぬくもりと、すみれのような爽やかで甘い香りで、青年の心臓が、全身を脈打つ。
「これ全部、小説の参考書?」
「20冊買って、ようやく落ち着きました」
「実践はしてるの?」
「ノートにまとめた上で、3冊30万字ほど執筆を済ませています。今回の小説は、脚本術を元にプロットを作成。登場する場所は、全部現地取材を済ませてあります。図書資料も8冊ほど読みました。文体は童話作家のショートショートを模写して整えています」
「入念ね」
「僕なりの誠意です。どんな手を使ってでも、あなたの美しさを小説に刻み込んで見せる」
少女が、両手を青年の肩に乗せてきた。
「ありがとう。あまり無理しないようにね」
「任せてください」
青年はそう言って、肩に両手を乗せられたときの感触を、タイプすることに集中した。
月末が近づいてきた。
リンゴに口づけするポーズを解いて、少女は聞いてきた。
「執筆、順調?」
「創作意欲が止まりません。寝食を忘れて書いています。月末には完成する予定です」
「表紙はどうするの」
「AIイラスト……ですかね」
「目黒美咲に描いてもらえないの?」
青年は顔を伏せた。
「残念ながら、一年前で更新が止まっています。描いてもらうのは、無理です。申し訳ありません」
「SNSで相談してみた?」
「『期待に応えたいのはやまやまですが、今の私に絵は描けません』と返信されました」
「あなたの小説の表紙は、彼女の絵以外、ありえない」
引かない少女に、青年は折れた。
「ダメ元でやってみましょう。あなたの力を貸して頂きたい」
目黒美咲は、布団を被り震えていた。
学生じゃない。生活がかかっている。預金は減り続けるばかり。
年間何十もの展示に参加して、毎週新作を描き続けなければならない。
好きな漫画も、映画も、アニメも、ゲームも何もかも絶ち、あり合わせの食事を機械的に食べながら、絵を描き続けた。
何も買わず何時間も作家と話したがる奴に、アドバイスという名のセクハラかましてくる奴、作品そっちのけで作家本人の写真を撮ろうとする奴や、『買った代わりに』と後出し謎交渉してくる奴。個展の売上金の持ち逃げに、最終日に台風が来て来場者2名……。
ありとあらゆる物を犠牲に、ありとあらゆるトラブルを乗り越え、画家商売を続けてきた。
なのに、突然、描けなくなった。
きっかけは、友人の一言だった。
「稼いだお金で、何がしたいの?」
生きるためには、描かなければならない。
でも、描こうとすればするほど、指が止まる。
あの問いのせいだ。
「何のために、描くのだろう。何のために、生きるのだろう」
この問いが、頭を占領する。
どんなに寝ても眠れない。
頭はいつも、もうろうで、自信は既に砕けている。
そんなときだ。
ファンの一人からDMが来た。
一年前から応援してくださっている方だ。
個展に足を運び、直接あいさつしに来てくれた人だ。無下にはできない。
DMの冒頭には、こう書いてあった。
『彼女に一度、直接会ってくださいませんか?』。
メールを開いたのを後悔した。
どういう意味だ? まるでわけがわからない。
あの日会ったあと、彼も気が触れてしまったのだろうか。
頭が痛くなった。吐き気もする。
すぐさま断ろうとした。
「こ、これは!」
その時だった。添付された画像が目に入ったのは。
黒く、長く、艶やかな黒髪の少女だった。
どのくらいの時間、画像を見つめていたのかわからない。気付いたら、彼女を見て、考えていた。
「彼女はなんでこんなに魅力的なんだろう」
「私はどうやったら彼女を描けるだろう」
描くことに、前向きな自分がそこにいた。
目黒美咲は少女を見た瞬間、硬直した。
誰だってそうだ。青年だってそうだった。
「か、彼女が……」
「おねがいします。どうか、わたしをモデルに、彼の小説の表紙を描いて頂けないでしょうか」
少女の礼に合わせ、青年も頭を下げた。
「僕の小説のことはどうでもいいです。彼女をモデルに描いてはくれませんか」
青年が頭を上げたとき、目黒美咲の瞳に、生き生きとした輝きが蘇っていた。
「私はもともと、美しい女性を美しく描こうとしていました。それがいつの間にか、お金と生活のために、絵を描くようになってしまった」
目黒美咲も深々とお辞儀した。
「自分の好きなものを描いてみたい。自分の好きなように描いてみたい。ぜひ、彼女をモデルに、描かせてください」
「お支払方法は――」
青年の言葉を遮り、目黒美咲は言った。
「今回は、特別ですよ」
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