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美少女鑑賞――起
しおりを挟む会社の仕事が終わり、その青年は最寄りの駅のホームに入った。
電車を待つ間、ちょっぴりドキドキしながら『小説家になりたい』のアプリを開く。
「またブックマーク数0か。趣味で書いてるとはいえ、たまには読まれたいよ」
半分涙声で、アプリを閉じる。
「せめて、あの絵が頭から離れれば、もう少しマシな作品書けるのに……」
幾度と繰り返した、ルーティンのようなものだった。
電車がなかなか来ないことに苛つきながら、周囲を見る。無意識のうちにネタ探しをしてしまう。小説書きのサガだった。
怒濤の勢いで早歩きするビジネスマンの群れ。なぜか一カ所だけ、動きが遅かった。時間が滞留しているかのようだった。
その中心に、少女はいた。
「なんて綺麗な黒髪なんだ」
背中に、黒く、長く、艶やかな髪が揺れていた。いつもだったら『綺麗だな』で終わりだが、なぜか青年は目を離せなかった。
「顔すらみていないのに、惹きつけられるなんて」
姿勢だ。猫背の社会人ゾンビたちと比較したら、一目瞭然だった。
頭頂を糸で引っ張られているみたいに、背筋がピンと伸びている。背中から見られることを意識していなければ、あの姿勢は保てない。
「見とれるあまり、ぶつかってる人までいる!」
青年は、あれほど待ちわびた電車を無視。人をかき分け少女を追う。
狭間から、少女の背中が見えた。
セーラー服の上に広がる、黒色シルクの一枚生地。一糸乱れぬ、濡れ羽色。
「そこの、長い髪の君!」
少女が、さっとふり向いた。
切りそろえられたおかっぱ頭。むき卵のような白肌に、筋の通った小ぶりの鼻。生き生きと輝く、切れ長の目。
完璧だ、と青年は思った。
「きっ、君をモチーフにして、小説を書きたい。ぜひ、取材させて欲しい」
「いい――」
「残念です」
青年は、答えを聞かず、後ろを向いた。
しかし、右手に違和感を感じ、ふり返った。
少女が、こちらの袖を引っ張っていた。
目が合った。
どこも見ていないようで、全てを見透かしているような、神秘的なまなざし。
「いいよ」
老舗の喫茶店。いつも通り、常連客で賑わっている。
店員の裏返った声が、こだました。
「こ、こちらへどうぞ」
客たちが一斉にこちらを向いた。話し声が消え、静寂が訪れる。
青年の隣に立つ、見なれぬ入店者に、誰もが釘付けになっていた。
「ありがとう」
少女がカウンター席に着席したところで、ようやく止まった時が動き始めた。
「オーラが違うわ」
「モデルかな」
「子役であんなきれいな子、いたっけか?」
少女は隣の丸椅子を、指で軽くなぞった。
みずみずしい指先に、磨き抜かれた爪。
「どうぞ?」
少女の声で、青年はあわてて着席した。
あらかじめ話す内容を吟味してはいたものの、いざ対面するとミステリアスな雰囲気にのまれ、何を話せばいいかわからなくなった。
とりあえず、少女に声をかけた動機を話すことにした。
スマホで画像を見せる。
「一年前、僕はこの絵に取り憑かれてしまいました。目黒美咲という画家が描いたものです」
日本画の下絵だ。
長い髪の制服少女。
少女は絵をじっと見つめてから、ぽつりとつぶやいた。
「きれい。どことなく、わたしに似ている……」
「目黒美咲は完成させることなく、断筆してしまいました。でも、僕はどうしても完成した絵を見たい。見たくて見たくて仕方なくて、趣味の小説執筆にも手がつかなくなってしまった。自分で描こうとしたけれど、画才がなかった。小説で書こうにも、モデルがいない」
贅沢に間をおいて、少女は答えた。
「だから、わたしに声をかけたの?」
「無下に振られれば、この絵に対する情熱も尽きるかと思ったんです。スランプから解放され、執筆活動に専念できると……自暴自棄になって」
「同じような格好でかわいい子、たくさんいるでしょ。なんで、その子たちにはしなかったの?」
少女はカップをそっとつまむと、器の半分ほどを手で覆い、香りを存分に楽しんでから、ちゅるりとアールグレイを啜った。
「それです。あなたの場合、一瞬一瞬、ほんのなにげのない仕草が、印象深いんです。ネット動画やテレビでは取り上げられることがない、ささやかな身のこなし。僕はそれに、惹きつけられたんです」
少女は、紅色の唇からカップを離し、ソーサに乗せた。首を傾けると、挑発的な視線を送ってきた。
「じゃあ、今のわたしがどう見えるか言葉にできる?」
「えっと……あくまで主観ですが……」
一枚絵を眺めるように、少女を観察する。
手を重ねて、足は横に流している。その状態で首をこちらへ向け、上目遣いでこちらを見つめていた。
よく見れば、セーラー服の襟にクラス章がついていた。中学2年生で、おそらく14歳。
「首と肩がひねられていて、若々さや活発さを感じる。重ねられた手からは上品で清楚な印象が、傾いた足は柔らく儚げだ。目つきは鋭いけれど、かしげた首は自信なさげ。かわいらしさと、クールさの同居したところが、僕は好きです」
「『すごい』ではなく『好き』なのね」
「専門家でもないのに、技術を評価するなんておこがましいです。事実を述べるだけで精一杯」
少女は、身を乗り出しながら、頷いた。
「わかった。明日から一か月、平日の夕方6時にこの喫茶店で待つ。1日1時間だけ、取材に応じる。おうちの決まりで、撮影はダメ。取材料の代わりに、お会計はあなた持ち。それでいい?」
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