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12.フェイルセーフ
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「それだけではない。二十年にわたる義務教育。人権の有権年齢の引き上げ。禁書指定、歴史改ざんをはじめとした情報統制。革新技術の隠匿を初めとして、さまざまな技術を応用してこその、犯罪件数ゼロだ。今の社会はみんな幸福だ。抑圧された情動も、月に一度の《最適感情解放呪文》によって、最高のベッドで眠るよりも快適に解消できる」
いや、そんなことをしたら誰かしらが気づくに決まっている。圭太は疑問をぶつけようとして、気づいた。
国民が違和感を感じても、意識フィルタリングで違和感そのものを、瞬時に消しさられてしまう。そもそも、信じる以外の選択肢が存在しないのだ。
「ここまでで、何かわからないことはあるかね」
悩んだ末に、圭太は発言した。
「人権の有権年齢とは?」
「二十歳。この街で人として認められる年齢。二十歳未満の子供は、その命を、文科省によって管理されている」
「生殺与奪を政府が握っているということですか」
「われわれの支配技術は、限りなく完璧に近いが、完璧ではない。精神支配が適切に機能するには、扁桃体が正常、かつ当人が魔力を制御できることが必要不可欠だからね」
「ひどい」と発するのを見越したように、総統は話続けた。
「処分する割合としては、おおよそ入学した生徒のうち3%程度だ。反社会人格を始め精神に異常がある者、強度の発達障害、原発性魔力失調症など重篤な病を持つ者などだ」
排除された子供たちは、工場で「命のカプセル」に加工される。これは公然の事実で、国民も了承している。
容認できるかっ! と圭太は叫びたくなった。
「なぜ憤るのかね。君の国では人工中絶が認められているだろう。同じように、人未満の存在を学校から中絶することに、何の問題があるのかね?」
「子供は……人ではないと?」
「人とは、満二十以上の成人のことをいう。二十歳未満は胎児と同じだ。母体の腹の中にいるか、外に出ているか、ただそれだけの差でしかない」
「私の価値観から言ったら、母体の外に出た時点で人です」
一呼吸おいて、重々しく総統は語った。
「では、体外に出た時点で人は人であると仮定しよう。それでも、問題がある。住民全員が、子供の頃から、伝説級の魔術師なのだよ。もし事故が起これば、人肉の味を知ったヒグマが赤ちゃんのように見えるレベルの、残酷凄惨な大量殺戮しかねない。一人の暴走が、幾万の生死に直結する以上、どうにもならない問題だ」
とつぜん、のどがカラカラになり、手がふるえてきた。額の汗をぬぐい、深呼吸する。それでもなお、続きが気になってしまう。
「ま、まさか」
「そう。この平和を手にするために、多くの人が犠牲になった。あまり気持ちの良い話ではないけど」
聞いている途中で、はきそうになった。生々しい語り口。どうにもならない人間の暴力性。
三代目総統が、武力を持たないデモ隊1984名を、魔法によって融合させ肉塊にした話。鬱を患った魔力失調症の男の影響で、15397人が自殺した話。
五代目総統を決める際の派閥争いで、数万人の罪なき人々がエネルギー生産のための生贄にされた挙句、闘争によって人口の七割が死んだ話。
「立ち入り禁止エリアは覚えているかな。あの奥の光景を、君に見せよう。50年前の大犯罪だ」
うねっている。すべてが。
粘土をもちいて精巧につくられた都市を、子供が中途半端にこね回したような景色だった。固いはずの建物や木が渦をまいてかみ合っている。密着している部分にいたっては、完全に同化していた。地面と建物の境が消え、いびつなグラデーションになっている。
奥に進むともっとひどい。都市で造られたマーブル模様とでも形容するしかない、奇怪な景観が広がっていた。薬物中毒者が見る幻覚でも見ているかのようだった。ライト型魔導器を片手に飛び回っているゴーレムの姿が見えなければ、現実のものとして受け入れられなかっただろう。
「残念ながら150年から200年に一度は、こういうことが起こる。悲惨だろう。この後も大変なんだ。土地を汚染した魔力――呪詛を浄化し、都市を再建するまでに100年以上もかかるのだから」
「まさか……人がこれをしたんですか?」
「公には化け物の仕業だと報道されている。が、真実はそうだ。彼は生まれつき前頭葉の付近に、治療不能の腫瘍を患っていた。出生直後に腫瘍の進行は止められたものの、その影響でサイコパス同様の思考回路になってしまった。だが、前頭葉そのものには異常が見られなかったため、われわれは見逃してしまった。たぐいまれなる天才的才能の持ち主で、抹消するのが惜しかったのもある」
総統の口調はおだやかだった。それが逆に、なんとも言えない不気味さをかもし出していた。
「われわれが気づく前に、彼は自分の遺伝子や意識フィルタリングを改ざん。我々の目を騙しつつ、管理下から抜け出した。『人は社会の奴隷ではない。社会は人がより快適に生きるための道具でしかない。道具に殺されるなんてばかばかしい。社会は個人の価値観に従って、生きていくのに便利な範囲で使えばいい』、という理解不能かつ破滅的な異常思想を実践するために。その結果が、これだ。ゴーレム総出で対応したものの、国土の2割が呪詛で汚染された」
「なぜ一個人にここまでの力を与えるんですか。これでは、国民全員が火薬庫のようなものではありませんか!」
「派手に爆発する火薬のほうが、見つけやすいからだ。人命は必要なときに必要な分、必要なだけ生産できる。しかし、異端思想は社会そのものを破壊してしまう。一度崩れた社会は再生産できない。だからこそ、あえて人々に力を与えることで『対話ではどうにもならない』、『武力で自分の考えを世の中に知らしめる必要がある』という短絡的発想に至るよう、思考誘導している。一種のフェイルセーフのようなものだ」
狂っている。
圭太は思わず席を立ち上がり、怒鳴ってしまった。
いや、そんなことをしたら誰かしらが気づくに決まっている。圭太は疑問をぶつけようとして、気づいた。
国民が違和感を感じても、意識フィルタリングで違和感そのものを、瞬時に消しさられてしまう。そもそも、信じる以外の選択肢が存在しないのだ。
「ここまでで、何かわからないことはあるかね」
悩んだ末に、圭太は発言した。
「人権の有権年齢とは?」
「二十歳。この街で人として認められる年齢。二十歳未満の子供は、その命を、文科省によって管理されている」
「生殺与奪を政府が握っているということですか」
「われわれの支配技術は、限りなく完璧に近いが、完璧ではない。精神支配が適切に機能するには、扁桃体が正常、かつ当人が魔力を制御できることが必要不可欠だからね」
「ひどい」と発するのを見越したように、総統は話続けた。
「処分する割合としては、おおよそ入学した生徒のうち3%程度だ。反社会人格を始め精神に異常がある者、強度の発達障害、原発性魔力失調症など重篤な病を持つ者などだ」
排除された子供たちは、工場で「命のカプセル」に加工される。これは公然の事実で、国民も了承している。
容認できるかっ! と圭太は叫びたくなった。
「なぜ憤るのかね。君の国では人工中絶が認められているだろう。同じように、人未満の存在を学校から中絶することに、何の問題があるのかね?」
「子供は……人ではないと?」
「人とは、満二十以上の成人のことをいう。二十歳未満は胎児と同じだ。母体の腹の中にいるか、外に出ているか、ただそれだけの差でしかない」
「私の価値観から言ったら、母体の外に出た時点で人です」
一呼吸おいて、重々しく総統は語った。
「では、体外に出た時点で人は人であると仮定しよう。それでも、問題がある。住民全員が、子供の頃から、伝説級の魔術師なのだよ。もし事故が起これば、人肉の味を知ったヒグマが赤ちゃんのように見えるレベルの、残酷凄惨な大量殺戮しかねない。一人の暴走が、幾万の生死に直結する以上、どうにもならない問題だ」
とつぜん、のどがカラカラになり、手がふるえてきた。額の汗をぬぐい、深呼吸する。それでもなお、続きが気になってしまう。
「ま、まさか」
「そう。この平和を手にするために、多くの人が犠牲になった。あまり気持ちの良い話ではないけど」
聞いている途中で、はきそうになった。生々しい語り口。どうにもならない人間の暴力性。
三代目総統が、武力を持たないデモ隊1984名を、魔法によって融合させ肉塊にした話。鬱を患った魔力失調症の男の影響で、15397人が自殺した話。
五代目総統を決める際の派閥争いで、数万人の罪なき人々がエネルギー生産のための生贄にされた挙句、闘争によって人口の七割が死んだ話。
「立ち入り禁止エリアは覚えているかな。あの奥の光景を、君に見せよう。50年前の大犯罪だ」
うねっている。すべてが。
粘土をもちいて精巧につくられた都市を、子供が中途半端にこね回したような景色だった。固いはずの建物や木が渦をまいてかみ合っている。密着している部分にいたっては、完全に同化していた。地面と建物の境が消え、いびつなグラデーションになっている。
奥に進むともっとひどい。都市で造られたマーブル模様とでも形容するしかない、奇怪な景観が広がっていた。薬物中毒者が見る幻覚でも見ているかのようだった。ライト型魔導器を片手に飛び回っているゴーレムの姿が見えなければ、現実のものとして受け入れられなかっただろう。
「残念ながら150年から200年に一度は、こういうことが起こる。悲惨だろう。この後も大変なんだ。土地を汚染した魔力――呪詛を浄化し、都市を再建するまでに100年以上もかかるのだから」
「まさか……人がこれをしたんですか?」
「公には化け物の仕業だと報道されている。が、真実はそうだ。彼は生まれつき前頭葉の付近に、治療不能の腫瘍を患っていた。出生直後に腫瘍の進行は止められたものの、その影響でサイコパス同様の思考回路になってしまった。だが、前頭葉そのものには異常が見られなかったため、われわれは見逃してしまった。たぐいまれなる天才的才能の持ち主で、抹消するのが惜しかったのもある」
総統の口調はおだやかだった。それが逆に、なんとも言えない不気味さをかもし出していた。
「われわれが気づく前に、彼は自分の遺伝子や意識フィルタリングを改ざん。我々の目を騙しつつ、管理下から抜け出した。『人は社会の奴隷ではない。社会は人がより快適に生きるための道具でしかない。道具に殺されるなんてばかばかしい。社会は個人の価値観に従って、生きていくのに便利な範囲で使えばいい』、という理解不能かつ破滅的な異常思想を実践するために。その結果が、これだ。ゴーレム総出で対応したものの、国土の2割が呪詛で汚染された」
「なぜ一個人にここまでの力を与えるんですか。これでは、国民全員が火薬庫のようなものではありませんか!」
「派手に爆発する火薬のほうが、見つけやすいからだ。人命は必要なときに必要な分、必要なだけ生産できる。しかし、異端思想は社会そのものを破壊してしまう。一度崩れた社会は再生産できない。だからこそ、あえて人々に力を与えることで『対話ではどうにもならない』、『武力で自分の考えを世の中に知らしめる必要がある』という短絡的発想に至るよう、思考誘導している。一種のフェイルセーフのようなものだ」
狂っている。
圭太は思わず席を立ち上がり、怒鳴ってしまった。
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