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10.蟻化した猿
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「犯罪はゼロだ。五十年間、思考犯罪を含めてのゼロだ」
「ありえない」
「当然だ。人を野放しにしていたら絶対に達成できない。人の本質は、蟻化した猿だ。人に人に人を束ねるのは不可能。人を束ねるのは人ではなく、規律だ。遺伝子レベルで、徹底的に刻み込んだ鉄の掟だ」
総統は飲料を飲み干すと、一気にまくし立てた。
「まず出生管理センターにて『適職』にあわせ遺伝子を操作する。出産と同時に体内術式を埋め込んだ上、意識フィルタリングする。それらによってホルモンを制御。精神を安定状態に維持。さらに『適職』に関わる行動をとると意図的に快感物質を放出。意図的にゾーン状態を作り出すなどして、若者でも『適職』に対して職人級の成果を出す可能性を、大幅に高めている」
たとえば、と彼は言った。
人生の40%は『○○したら××する』が占める。すなわち、無意識の行動、習慣である。
「二つの実験を紹介しよう。一つ目、スイッチを持たせて脳波を測定した結果、本人が意図を自覚する前に『スイッチを押す』脳波が計測できる。二つ目、電極をぶっ刺され快感を操作されたラットは『自分の意志』で行動していると思い込んだ。これらの実験から言えることは、『生物とは脳が一定の手順に従って、信号を処理していく過程でしかない』ということだ」
過去の記憶とそれに伴った感情によって、扁桃体が行動に対する『快』『不快』を決める。人の行動は『快』であり『手軽』、かつ『高頻度で反復する』ほど強化され、おおよそ50~60日で習慣化する。
「つまり扁桃体、もしくは感情を支配すれば、それだけでも、人の行動の40%は制御できるわけだ。残り60%も遺伝子操作と各種フィルタリング、情操教育や環境整備などでどうとでもなる」
一呼吸おいて、総統は身もふたもないことを言った。
「いや、それで顕在意識を操作できても、潜在意識を操作することはできない」
「鋭い指摘だ。習慣づけは潜在意識にも作用するが、絶対ではない。そこで、他にわれわれがとっている主な手段は二つある。一つは言語管制だ。言語削除、言語改正を行うことによって、国民の思考を制限している。言語で言い表せない概念を、一から想像することは不可能に近い。二つ目は、自己暗示だ。睡眠前を初めとする、脳が無防備なタイミングになると、『心の底から望む鮮明かつ詳細な成功イメージを思い抱き、今まで生きてきた中で最高の情動を結びつけつつ、指定された言葉を呟く』ように習慣づけしている。それによって脳の潜在意識を書き換えてしまうのだ」
パチンと指をならすと、うららかな女性の音声が流れた。
『アファメーション語録NO.228。われわれは、怒らず、恐れず、悲しまず、誠実、親切、愉快に、力と、勇気と、信念とを持ち、社会に対する責務を果たし、まことに平和と幸福とを失わざる、立派な人である』
就寝前、国民たち一人一人が、ロボットのように決まりきった仕草で、国のスローガンやイデオロギーを口にしながら微笑んでいる様子を想像し、圭太はゾッとした。
「人の行動や思考を制御するのは、われわれからしたら、どうということはないんだ。所詮人は、遺伝子という名の設計図を元に作られた、一瞬一瞬与えられた状況に自動反応する、機械に過ぎないのだから」
「いっ、いや、それでも完璧に人を制御できるとは思えません。リアルタイムで全ての住民を監視できるわけじゃありませんから。アファメーション……でしたっけ? それだって、国民全員が実際にやっているか、わかりっこないじゃありませんか」
「君の言う通り、その方法では無理だ。しかし……」
「ありえない」
「当然だ。人を野放しにしていたら絶対に達成できない。人の本質は、蟻化した猿だ。人に人に人を束ねるのは不可能。人を束ねるのは人ではなく、規律だ。遺伝子レベルで、徹底的に刻み込んだ鉄の掟だ」
総統は飲料を飲み干すと、一気にまくし立てた。
「まず出生管理センターにて『適職』にあわせ遺伝子を操作する。出産と同時に体内術式を埋め込んだ上、意識フィルタリングする。それらによってホルモンを制御。精神を安定状態に維持。さらに『適職』に関わる行動をとると意図的に快感物質を放出。意図的にゾーン状態を作り出すなどして、若者でも『適職』に対して職人級の成果を出す可能性を、大幅に高めている」
たとえば、と彼は言った。
人生の40%は『○○したら××する』が占める。すなわち、無意識の行動、習慣である。
「二つの実験を紹介しよう。一つ目、スイッチを持たせて脳波を測定した結果、本人が意図を自覚する前に『スイッチを押す』脳波が計測できる。二つ目、電極をぶっ刺され快感を操作されたラットは『自分の意志』で行動していると思い込んだ。これらの実験から言えることは、『生物とは脳が一定の手順に従って、信号を処理していく過程でしかない』ということだ」
過去の記憶とそれに伴った感情によって、扁桃体が行動に対する『快』『不快』を決める。人の行動は『快』であり『手軽』、かつ『高頻度で反復する』ほど強化され、おおよそ50~60日で習慣化する。
「つまり扁桃体、もしくは感情を支配すれば、それだけでも、人の行動の40%は制御できるわけだ。残り60%も遺伝子操作と各種フィルタリング、情操教育や環境整備などでどうとでもなる」
一呼吸おいて、総統は身もふたもないことを言った。
「いや、それで顕在意識を操作できても、潜在意識を操作することはできない」
「鋭い指摘だ。習慣づけは潜在意識にも作用するが、絶対ではない。そこで、他にわれわれがとっている主な手段は二つある。一つは言語管制だ。言語削除、言語改正を行うことによって、国民の思考を制限している。言語で言い表せない概念を、一から想像することは不可能に近い。二つ目は、自己暗示だ。睡眠前を初めとする、脳が無防備なタイミングになると、『心の底から望む鮮明かつ詳細な成功イメージを思い抱き、今まで生きてきた中で最高の情動を結びつけつつ、指定された言葉を呟く』ように習慣づけしている。それによって脳の潜在意識を書き換えてしまうのだ」
パチンと指をならすと、うららかな女性の音声が流れた。
『アファメーション語録NO.228。われわれは、怒らず、恐れず、悲しまず、誠実、親切、愉快に、力と、勇気と、信念とを持ち、社会に対する責務を果たし、まことに平和と幸福とを失わざる、立派な人である』
就寝前、国民たち一人一人が、ロボットのように決まりきった仕草で、国のスローガンやイデオロギーを口にしながら微笑んでいる様子を想像し、圭太はゾッとした。
「人の行動や思考を制御するのは、われわれからしたら、どうということはないんだ。所詮人は、遺伝子という名の設計図を元に作られた、一瞬一瞬与えられた状況に自動反応する、機械に過ぎないのだから」
「いっ、いや、それでも完璧に人を制御できるとは思えません。リアルタイムで全ての住民を監視できるわけじゃありませんから。アファメーション……でしたっけ? それだって、国民全員が実際にやっているか、わかりっこないじゃありませんか」
「君の言う通り、その方法では無理だ。しかし……」
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