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私が今までないがしろにしてきた「いかに楽しく創作するか」について
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〇創作者の楽園追放
最初期の創作を思い出してみよう。
脳内だけに存在する、小説にすらならなかった、初期の創作群である。
おそらくそれはつたない、二次創作やクロスオーバーだったかもしれない。
自分が映画や小説、アニメやゲームで見た、好きなキャラクターや設定を拝借したもの。
完成度は低く、今考えれば赤面物の設定。
大好きだったヒロインや、王子様と付き合ったり、イチャイチャしたりする。
意味もなく主人公が褒め称えられたり、持てまくったりする。
はたまた、当時自分が嫌だった人やキャラを、コテンパンにやっつけるような、大人げなさ過ぎる物語だったかもしれない。
誰にも見せることなく埋没した作品。
客観的に考えて、面白くもなんともない作品。
でも、妄想していたあの時、自分は楽しかったはずだ。あらすじや、設定だけノートに書き記してにんまりしていたあの瞬間、確かに楽しかったはずだ。
それだけではない。あなたにはあるはずだ。
公に公開しているわけでもない。誰にも読まれないし、今度とも読まれない。読まれるべきでもない作品。今となっては失われてしまった、作品とも言えない妄想の原石が。
・公園で一人つくって満足した砂の山。
・おきにいりのぬいぐるみを使って一人でやったおままごと。
・寝る前に毎日空想して紡いだ、数年にも及ぶ物語。
現実に存在せず、誰にも見られず、読まれず、触れられなかった、作品群。
あの頃、創作を人に見せるということなんか、想ってもいなかった。それでも、作品を作っていた当時は楽しかった。
妄想に妄想を重ねるのは、説明不能なほど、楽しい。
それがなぜ、こうなった。
私達は、「面白い作品」や、「数字を取れる作品」を求め、砂漠を徘徊するゾンビのようになってしまった。見栄やプライド、承認欲求、トラウマ、創作論や社会圧力……。私達は「成長」という名の知恵のリンゴと引き換えに、楽園を追放されてしまった。
本来妄想とは、自分が楽しい気持ちになるためにするもので、それ以上でもそれ以下でもなかったのに。
広大な砂漠の中、存在するかもわからない砂金を求め、徘徊するゾンビに必要なものは何か。
いつでも立ち返ることのできる、オアシスである。
では、私達に取ってのオアシスとは何か。
それは創作の源泉の一つである「妄想するのが楽しい」という気持ちそのものである。
〇いかに楽しく創作するか
私達は、商品を売って金を稼いだり、承認欲求を満たして麻薬的な快感に身を浸すのではない。それが目的であれば、ここまでたどり着く前に、断筆しているはずだ。
にもかかわらず、私達はいまだに「読まれること」「読者の幸福に貢献すること」を最終目標に据えていることが、認知のゆがみを生んでいる。
これら二つは「結果的にそうなる」のであって「目的とするものではない」。
では、私達の目的は何か。
「自分の人生を充実させるため」に、創作しているのだ。
自分の幸福のコップがいっぱいになり、あふれ出した水で他人の人生を充実させる。
自分の腹が空いているのに、他人に食べ物を分けてあげられる人を、聖人と言う。少なくとも、この文章を読んでいる人は、私と同じく聖人ではないはずだ。
まず、自分がお腹いっぱいになることが大切なのだ。自分を二の次にしてはいけない。自分が絶対的に満たされているからこそ、読者に対して全力でサービスができる。
読まれなくても自分がすでに満たされているからこそ、読まれない小説を書ききることができる。何の反応を得られずとも、次回作に取りかかることができる。
いかに楽しく創作するか。
これは、最も見落とされがちで、最も重要なことの一つだと、私は思う。
〇人生を豊かに過ごすための創作
極論、明日死んで、作品が未完のままこの世を去ろうと、「妄想がない人生」よりかは「妄想のある人生」の方が、確実に人生を楽しめたと言える。たとえ作品そのものが完成せずとも、創作自体が「自らの生の充実」という人生最大の目的の一つに、貢献してくれる。最低限の役割は果たしているのである。
もし人生をもう一周することになっても、創作している時間だけは幸福であると言い切れば、それだけで十分、創作の目的を果たしていると言えないだろうか。
素人作家が商業作家に勝る最大の点は、自分が好きなときに、好きな作品を、好きなだけ書けることだ。読者を二の次にできることこそ、素人作家の最大の強みだ。
それを生かさない手はない。
好きに書く。
楽しく書く。
それだけで100点満点。
もし、読んでもらえれば120点満点。
〇報酬なく努力を続けられる人
創作界隈は厳しい。才能だけで生き残れるほど甘くない。努力しなければ報われない。その上、努力のほとんどは報われない。
結果的に、努力が報われずとも、努力し続けられる人が残る。
何の報酬もなく努力し続けられる人には、二種類いる。使命感を持っている人と、努力することそのものが報酬である人だ。
書かねばならない理由がある人と、妄想することそのものを楽しめる人。
あなたには、その両方であって欲しい。
〇言うだけタダだよね
だからといって、無理して楽しむ必要は無い。創作を常時楽しむことは理想論であり、不可能に近い。
それができるようになる前に私は死ぬだろうし、あなたもそうだろう。
ぶっちゃけ小説中盤の中だるみを書くのは苦痛でしかない。自分は興味ないけど執筆上仕方なく設定を考えなければならないときも苦痛。アイデアが思い浮かばないのも苦痛。
何より、楽しむことが義務になってはそれこそ本末転倒。重要なのは妄想を楽しもうという「姿勢」だ。
理想には決して到達できない。だからこそ、生涯をかけて理想を目指し、到達しようとする「姿勢」を維持することこそが、ゴールになる。理想を目指して、眼前の課題に挑み続けること、それこそが到達点。
だから忘れないで欲しい。迷子になったら思い出して欲しい。「妄想を楽しむ心」こそが、創作の源泉の一つであることを。
〇この考えに至った冷厳すぎる事実
ここで、この考えに至った過程を話そう。
アルファポリスのシステム上、ホットランキングに乗らないと読まれない。
アルファポリスのシステム的に、最初の10日で5万字程度投稿しないと、ホットランキングに乗れない。
そこからさらに、ホットランキングから外れるまでの約20日間。一話2500~3000字程度で、二話ずつ更新する必要がある。
よって、10万~15万字程度書きためないと、土俵にすら乗れないのである。
結局のところ、誰にも読まれない状況下で10万時、少なくとも一ヶ月以上は書きためないといけない。しかも、投稿したとしてもホットランキングに乗れるとは限らない。
結局、私達にのこされた道は「読まれない状態で書きためる」になってしまう。
では、実際に書きためるとどうなるのか。
〇隠者になる必要はない
書き留めのメリットは主に三つ。
・ネット環境に左右されず、創作することができる。SNSを見なくてすみ、閲覧数や読者コメント、創作仲間の感想、他人の投稿スピードに一喜一憂することがなくなる。さらば承認欲。
・創作における環境要因を減らせるため、ストレスが減る。
・他人の手を借りず、他人の目に触れずとも、なお創作を楽しめるという、絶対的自信がつく。
デメリットも三つ。
・創作が読まれたときに生じる、麻薬的快楽を得られない。
・とにかくモチベーションが上がらない。期限がないし、読者の反応もない。よって、エタる可能性大(もっとも、エタっても誰にも迷惑はかけない。本人が楽しかったと思えばそれで100点満点)
・創作仲間と疎遠になる。人間関係で煩わされることがなくなるのと引き換えに、企画交流のような疑似二次創作的な創作手法を取れなくなる。
極端な幸福もなければ、極端な絶望もない。 平穏にストレスなく創作するために、他の全てを犠牲にしているような状態である。
当然、読者への配慮や、読まれるための努力もしなくなる。フィードバックが一切ないからである。
世捨て人に近く、進んで目指すような状態ではない。
ではなぜ、それでも「一人で創作を楽しめるようになる」必要があるのか。
〇心のオアシスは緊急避難所
「読まれたい」
「評価されたい」
「ほめられたい」
こういった願いがやる気を刺激してくれるなら、その欲求を否定する理由はない。煩悩であっても、目指すことが「快」であるうちは、大いにやってみる。
私だってできることなら、読者コメントは欲しいし、閲覧数は稼ぎたいし、知識マウントしたい。
だから私も、「普段は」ネットにはびこる多くの創作者のように作品は公開するし、閲覧数は気にするし、SNSで交流したりする。
大切なのは、いざというときに備えて「心の避難所を持つ」ということだ。
欲がふくらみすぎて「面白い作品を書かなければ」という焦りや、「自分の作品はつまらないのでないか」という不安、「結果が出ない」「読んでもらえない」といった不満が積もり、辛くなってしまったとき。
あるいは他人に迷惑をかけてしまったとき。
そんなときに、帰れるオアシスを持つということである。
ここで、マルクス・アウレリウスの自省録から引用する。
『実際いかなる所といえども、自分自身の魂の中にまさる平和な閑寂な隠れ家を見出すことはできないだろう。この場合、それをじいっとながめているといたちまち心が完全に安らかになってくるようなものを自分の内に持っていれば、なおさらのことである』
緊急時に備えて「一人で楽しく妄想する」という心のオアシスは、持っていて損はない。
もちろん、使わないにこしたことはない。
しかし、元来創作が孤独で苦痛な作業である以上、どうしても必要になる時がくる。
辛く苦しく孤独で、誰にも理解されず、誰も解決法を知らない問題にぶち当たり絶望し、創作を止めたくなるような時が。
でも、私達には心のオアシスがある。
ズタボロになったとしても、オアシスでゆっくり休めば、しぶとく立ち上がることができる。辛いことには代わりないかもしれないが、持たざる人よりかは生存率は大きく上がるはずだ。
しなやかな心強さこそ、創作寿命を長める武器になる。
それは私よりもあなたが、一番よくわかっているはずだ。
最初期の創作を思い出してみよう。
脳内だけに存在する、小説にすらならなかった、初期の創作群である。
おそらくそれはつたない、二次創作やクロスオーバーだったかもしれない。
自分が映画や小説、アニメやゲームで見た、好きなキャラクターや設定を拝借したもの。
完成度は低く、今考えれば赤面物の設定。
大好きだったヒロインや、王子様と付き合ったり、イチャイチャしたりする。
意味もなく主人公が褒め称えられたり、持てまくったりする。
はたまた、当時自分が嫌だった人やキャラを、コテンパンにやっつけるような、大人げなさ過ぎる物語だったかもしれない。
誰にも見せることなく埋没した作品。
客観的に考えて、面白くもなんともない作品。
でも、妄想していたあの時、自分は楽しかったはずだ。あらすじや、設定だけノートに書き記してにんまりしていたあの瞬間、確かに楽しかったはずだ。
それだけではない。あなたにはあるはずだ。
公に公開しているわけでもない。誰にも読まれないし、今度とも読まれない。読まれるべきでもない作品。今となっては失われてしまった、作品とも言えない妄想の原石が。
・公園で一人つくって満足した砂の山。
・おきにいりのぬいぐるみを使って一人でやったおままごと。
・寝る前に毎日空想して紡いだ、数年にも及ぶ物語。
現実に存在せず、誰にも見られず、読まれず、触れられなかった、作品群。
あの頃、創作を人に見せるということなんか、想ってもいなかった。それでも、作品を作っていた当時は楽しかった。
妄想に妄想を重ねるのは、説明不能なほど、楽しい。
それがなぜ、こうなった。
私達は、「面白い作品」や、「数字を取れる作品」を求め、砂漠を徘徊するゾンビのようになってしまった。見栄やプライド、承認欲求、トラウマ、創作論や社会圧力……。私達は「成長」という名の知恵のリンゴと引き換えに、楽園を追放されてしまった。
本来妄想とは、自分が楽しい気持ちになるためにするもので、それ以上でもそれ以下でもなかったのに。
広大な砂漠の中、存在するかもわからない砂金を求め、徘徊するゾンビに必要なものは何か。
いつでも立ち返ることのできる、オアシスである。
では、私達に取ってのオアシスとは何か。
それは創作の源泉の一つである「妄想するのが楽しい」という気持ちそのものである。
〇いかに楽しく創作するか
私達は、商品を売って金を稼いだり、承認欲求を満たして麻薬的な快感に身を浸すのではない。それが目的であれば、ここまでたどり着く前に、断筆しているはずだ。
にもかかわらず、私達はいまだに「読まれること」「読者の幸福に貢献すること」を最終目標に据えていることが、認知のゆがみを生んでいる。
これら二つは「結果的にそうなる」のであって「目的とするものではない」。
では、私達の目的は何か。
「自分の人生を充実させるため」に、創作しているのだ。
自分の幸福のコップがいっぱいになり、あふれ出した水で他人の人生を充実させる。
自分の腹が空いているのに、他人に食べ物を分けてあげられる人を、聖人と言う。少なくとも、この文章を読んでいる人は、私と同じく聖人ではないはずだ。
まず、自分がお腹いっぱいになることが大切なのだ。自分を二の次にしてはいけない。自分が絶対的に満たされているからこそ、読者に対して全力でサービスができる。
読まれなくても自分がすでに満たされているからこそ、読まれない小説を書ききることができる。何の反応を得られずとも、次回作に取りかかることができる。
いかに楽しく創作するか。
これは、最も見落とされがちで、最も重要なことの一つだと、私は思う。
〇人生を豊かに過ごすための創作
極論、明日死んで、作品が未完のままこの世を去ろうと、「妄想がない人生」よりかは「妄想のある人生」の方が、確実に人生を楽しめたと言える。たとえ作品そのものが完成せずとも、創作自体が「自らの生の充実」という人生最大の目的の一つに、貢献してくれる。最低限の役割は果たしているのである。
もし人生をもう一周することになっても、創作している時間だけは幸福であると言い切れば、それだけで十分、創作の目的を果たしていると言えないだろうか。
素人作家が商業作家に勝る最大の点は、自分が好きなときに、好きな作品を、好きなだけ書けることだ。読者を二の次にできることこそ、素人作家の最大の強みだ。
それを生かさない手はない。
好きに書く。
楽しく書く。
それだけで100点満点。
もし、読んでもらえれば120点満点。
〇報酬なく努力を続けられる人
創作界隈は厳しい。才能だけで生き残れるほど甘くない。努力しなければ報われない。その上、努力のほとんどは報われない。
結果的に、努力が報われずとも、努力し続けられる人が残る。
何の報酬もなく努力し続けられる人には、二種類いる。使命感を持っている人と、努力することそのものが報酬である人だ。
書かねばならない理由がある人と、妄想することそのものを楽しめる人。
あなたには、その両方であって欲しい。
〇言うだけタダだよね
だからといって、無理して楽しむ必要は無い。創作を常時楽しむことは理想論であり、不可能に近い。
それができるようになる前に私は死ぬだろうし、あなたもそうだろう。
ぶっちゃけ小説中盤の中だるみを書くのは苦痛でしかない。自分は興味ないけど執筆上仕方なく設定を考えなければならないときも苦痛。アイデアが思い浮かばないのも苦痛。
何より、楽しむことが義務になってはそれこそ本末転倒。重要なのは妄想を楽しもうという「姿勢」だ。
理想には決して到達できない。だからこそ、生涯をかけて理想を目指し、到達しようとする「姿勢」を維持することこそが、ゴールになる。理想を目指して、眼前の課題に挑み続けること、それこそが到達点。
だから忘れないで欲しい。迷子になったら思い出して欲しい。「妄想を楽しむ心」こそが、創作の源泉の一つであることを。
〇この考えに至った冷厳すぎる事実
ここで、この考えに至った過程を話そう。
アルファポリスのシステム上、ホットランキングに乗らないと読まれない。
アルファポリスのシステム的に、最初の10日で5万字程度投稿しないと、ホットランキングに乗れない。
そこからさらに、ホットランキングから外れるまでの約20日間。一話2500~3000字程度で、二話ずつ更新する必要がある。
よって、10万~15万字程度書きためないと、土俵にすら乗れないのである。
結局のところ、誰にも読まれない状況下で10万時、少なくとも一ヶ月以上は書きためないといけない。しかも、投稿したとしてもホットランキングに乗れるとは限らない。
結局、私達にのこされた道は「読まれない状態で書きためる」になってしまう。
では、実際に書きためるとどうなるのか。
〇隠者になる必要はない
書き留めのメリットは主に三つ。
・ネット環境に左右されず、創作することができる。SNSを見なくてすみ、閲覧数や読者コメント、創作仲間の感想、他人の投稿スピードに一喜一憂することがなくなる。さらば承認欲。
・創作における環境要因を減らせるため、ストレスが減る。
・他人の手を借りず、他人の目に触れずとも、なお創作を楽しめるという、絶対的自信がつく。
デメリットも三つ。
・創作が読まれたときに生じる、麻薬的快楽を得られない。
・とにかくモチベーションが上がらない。期限がないし、読者の反応もない。よって、エタる可能性大(もっとも、エタっても誰にも迷惑はかけない。本人が楽しかったと思えばそれで100点満点)
・創作仲間と疎遠になる。人間関係で煩わされることがなくなるのと引き換えに、企画交流のような疑似二次創作的な創作手法を取れなくなる。
極端な幸福もなければ、極端な絶望もない。 平穏にストレスなく創作するために、他の全てを犠牲にしているような状態である。
当然、読者への配慮や、読まれるための努力もしなくなる。フィードバックが一切ないからである。
世捨て人に近く、進んで目指すような状態ではない。
ではなぜ、それでも「一人で創作を楽しめるようになる」必要があるのか。
〇心のオアシスは緊急避難所
「読まれたい」
「評価されたい」
「ほめられたい」
こういった願いがやる気を刺激してくれるなら、その欲求を否定する理由はない。煩悩であっても、目指すことが「快」であるうちは、大いにやってみる。
私だってできることなら、読者コメントは欲しいし、閲覧数は稼ぎたいし、知識マウントしたい。
だから私も、「普段は」ネットにはびこる多くの創作者のように作品は公開するし、閲覧数は気にするし、SNSで交流したりする。
大切なのは、いざというときに備えて「心の避難所を持つ」ということだ。
欲がふくらみすぎて「面白い作品を書かなければ」という焦りや、「自分の作品はつまらないのでないか」という不安、「結果が出ない」「読んでもらえない」といった不満が積もり、辛くなってしまったとき。
あるいは他人に迷惑をかけてしまったとき。
そんなときに、帰れるオアシスを持つということである。
ここで、マルクス・アウレリウスの自省録から引用する。
『実際いかなる所といえども、自分自身の魂の中にまさる平和な閑寂な隠れ家を見出すことはできないだろう。この場合、それをじいっとながめているといたちまち心が完全に安らかになってくるようなものを自分の内に持っていれば、なおさらのことである』
緊急時に備えて「一人で楽しく妄想する」という心のオアシスは、持っていて損はない。
もちろん、使わないにこしたことはない。
しかし、元来創作が孤独で苦痛な作業である以上、どうしても必要になる時がくる。
辛く苦しく孤独で、誰にも理解されず、誰も解決法を知らない問題にぶち当たり絶望し、創作を止めたくなるような時が。
でも、私達には心のオアシスがある。
ズタボロになったとしても、オアシスでゆっくり休めば、しぶとく立ち上がることができる。辛いことには代わりないかもしれないが、持たざる人よりかは生存率は大きく上がるはずだ。
しなやかな心強さこそ、創作寿命を長める武器になる。
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