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創作コミュニティー参加やSNSによって生じる承認欲求暴走への具体的な対処法
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○創作コミュニティーとは
※SNSの創作企画に関しては、ここで述べない。創作企画は、他者の世界観に依存しているため、厳密に言えば共作に当たる。複数の著者がいる以上「誰にも読まれない」という状況はまずできないため、このエッセイの主題からは外れるためである。
私が定義する創作コミュニティは「創作者同士が交流する場」のことを指す。主にSNSやブログ、チャットに作られる。
具体的には、以下のような場である。
・参加者(大半が素人)がお互いに創作に関する情報を共有する
・役に立ったノウハウを投稿し合う。
・作品をほめあったり、添削しあったりする
・参加者同士で雑談する(創作に関することも、そうでないことも)
・主催者が開催した勉強会やイベントに、任意で参加できる。
○大雑把なメリット、デメリット
ざっと思い浮かぶ限りでは、以下のようなものがある。
メリット
・愚痴れる。
・仲間ができる。
・共作ができる。
・感想や批評が得られる。
・読者を獲得する機会が得られる。
・ユニークな創作技法を学べる。
・話題やお代、イベントが定期的に提供される。
・共通の話題で盛り上がれる。
・作業報告などを利用することで、モチベーションを高められる。
・執筆の才能がなくても、企画に貢献すれば認知度が上がる。
デメリット
・投稿義務や会話義務、強制参加のイベントが発生することもある
・参加が負担になる
・人間関係のトラブル多々
詳細に関しては、他のサイトや本でも語られているので、省略する。イメージ的には、部活やサークル活動に近い。
○知識だけでは解決できない難題
少し話は変わるが、この文を読んでいる時点で、あなたはすばらしい。
あなたは幾度となく、SNS上で創作者同士の人間関係のトラブルに巻き込まれたり、心ない暴言を見て心を病んだり、妙な人に粘着されたりしたことだろう。それでも、あなたは今日まで執筆をつづけてきた。
もしかしたらその助けとして、自己啓発書・心理学書・メンタルヘルス・マインドフルネス・脳科学書・精神科のエッセイ・SNSの取り扱い説明書・思想書・哲学書などを、一通り読み込んだかもしれない。
精神を安定させることは、執筆を継続する上で大きな助けになる。しかも、人物の心理描写や台詞を考えるのに、役立つからだ。
あなたは、以前よりも格段に自分の心を律することが上手くなった。人間関係のトラブルも一通り体験するか、見聞きした。
おかげでヤバい人を見抜き、避けられるようになった。問題が発生しても、ある程度対処できる自信も実績もある。
そのうえでなお、立ちはだかるものがある。
○「承認欲求モンスター」という悪夢
それは、承認欲である。
承認欲――認められたい、認めて欲しい、評価して欲しいという欲求――は、現代の私たちにとって、最も切実なテーマといっても過言ではない。
創作コミュニティーは、才ある(ように見える)人の集まりだ。
同年代は、自分よりも格上。さらには、若くて才ある新鋭がたくさんいる(ように見える)。
年齢だけを重ねた私のような老害が、自尊心を保つのは非常にむずかしい。泥をすすりながら、報酬もなく、何年も執筆に明け暮れてる私のような根暗が、自分よりも努力していない(ように見える)人の成功を、素直によろこぶには多大な努力を要する。
まして「自分だけ読者が存在しない」という劣等感はすさまじい。油断していると、すぐ承認欲にとらわれ暴走する人――「承認欲求モンスター」になってしまう。
○承認欲求モンスターの兆候
具体的な兆候は、以下の通りである。
・人の悩みにアドバイスしたり、作品の感想を言うフリをして、知識を見せびらかす。
・愚痴をさえぎり、解決策を提示。(多くの場合、愚痴を話す人は解決策を求めているのではなく、ただ誰かに聞いてもらいたいだけ)
・本をコピペしたような創作ノウハウを、自慢げに語ったり、投稿したりする。
・得意分野が話題に上がると、会話やチャットに割りこみ、長々知識を語る。
・返報性の原理を用いて他者を操り、自作品の感想を得ようとする。
・自分より上位のものを「正義」の名の下に引きずり下ろし、自分より下位にした上で、さげすむような陰口をたたく。
・コミュニティ内で発生した言い争いに対して、安全な場所からそれっぽい意見を伝える。
・自身のグチや、自己卑下に見せかけた自慢話をする。「あの頃はすごかったけど今はそうでもないですよ」
・承認欲求モンスターを批判する(同族嫌悪)
つまり、今の、私である。ちくしょうめ。
全てを分かった気になれる気持ちよさ、自分は正しいと思える快感。「読まれない小説」を執筆することでは決して満たせない承認欲を、お手軽に満たすことができる。
ちょっとノウハウ本で読んだことを披露すれば、周りの人がもてはやしてくれる。自分自身は「善意でやっている」と思い込んでいるため、やりたい放題。これを超える快感は、そうないのではないか。
創作サーバーに参加したら、執筆そっちのけで、ボイストークやチャットに精を出すようになる。
では、さらに悪化するとどうなるのか。
○派閥とコミュニティー乗っ取り
「承認欲求モンスター」の行く末は、徒党を組み、コミュニティーを乗っ取ることだ。
具体的には以下の段階を踏む。
①コミュニティ内で自身に賛同する人を集めて派閥を作る。派閥内で共通の目標を提示し、守らせる。
②したがわない人を「アイツらはやる気がない」と、批難・無視・排除。
③派閥を大きくして、コミュニティを私物化する。
コミュニティの主は、文字通り身を削って、このような事態を防ごうとする。創造的なコミュニティを保とうと必死に努力する。成立してしまった時点で、コミュニティの破滅が決定的になるからだ。
しかし、実際に管理者にできることは禁止事項の追加とアナウンス、該当者への直接注意くらいしかない。
そして、「承認欲求モンスター」はその程度では止まらない。
周りの人は「自分よりも努力している(ように見える)・古参だから敬わないとめんどうなことになる・相手にするのすら馬鹿馬鹿しい」などの理由から、不快に思っても指摘しない。ほとんどが、黙ってサーバーから去って行く。
コミュニティの主も、「参加してくれたのにもうしわけない」、「衝突が怖い」、「規模を縮小したくない」、「どうにか彼らとそれ以外を両立させてあげたい」などの理由で、強く出れない。
結果、「承認欲求モンスター」は「これぐらいのことなら、彼らは受け入れてくれるはずだ」と考え、無理を通すようになる。その度にあなたを支持する仲間はがっかりする。しかし、無理は上記の理由ゆえに押し通される。たいした心配もせず、平気かつごう慢に、それを押し通すようになる。
そしてある日、突然、仲間が消えていることに気づくのだ。
そうならないためにも、良心にしたがい理性的に行動するよう心がける必要がある――と、言えたらどんなに楽だったことか……
○承認欲にとらわれた状態では、理性が上手く働かない
あなたの意思とは無関係に、ふと頭に浮かぶ思考やイメージを「自動思考」と言う。「自動思考」が恐ろしいのは、ほとんどの人は、自分がどんなことを考えたのか、意識すらしていない点だ。
「承認欲求モンスター」は、他者を利用し、できる限り楽に、傷つかず、承認欲を満たすよう「自動思考」が組まれてしまっている。
つまり、「承認欲求モンスター」は、承認欲を意識すらしていない。
そして、みなさんご存じの通り、承認欲が暴走しているとき、人は自分の非や未熟さ・欠点に気づけない。認めざるを得ない状況になっても、他者を批判したり、責任転嫁することで、現実の自分を直視することから逃れてしまう。些細なことで自尊心が傷つけられたと感じ、周囲を攻撃する。「あなたがわるい」、「わたしかわいそう」の典型である。
良心に従ったとしても、良心の基準そのものがズレていたら、そこから導き出される結論も、全部ズレてしまう。
「自分は理性的に正しいことをしている」と思い込んだまま、承認欲の傀儡となるのがオチだ。
○承認欲は消せない
では、承認欲を消せばいい!……ともいかない。人間の脳の構造的に、承認欲は捨てられないからだ。
人は集団では大きなちからを発揮する一方、一人では弱い。共同体から排除されることは、死を意味する。
目立ちすぎて反感買うと村八分で死ぬ。
目立たないとパートナーを獲得できず、子孫を残せない。
そこで、噂によって悪評を広めることで、報復を避けつつ、ライバルを蹴落とすという実に合理的な結論へ至った。
結果、人間は噂話――他者評価によって生死が決まる環境で、生き残ってきた。承認欲が、生存に直結する以上、当然脳にはデフォルトで強烈な承認欲が備わっている。
承認欲は、消せない。
表面に出てこないように押さえても、必ず、別なところで形を変えて表出してしまう。
では、具体的にはどう対処すればいいのだろうか。
○承認欲求への対処
ここまで承認欲を悪者にしてきたが、承認欲自体は善でも、悪でもない。ただ、心の構造がそうなっているというだけである。
自身の承認欲が、自分や相手、コミュニティーに対してプラスになっているのであればかまわない。
もしそうでないなら、どうすべきなのか。
具体的に何をすればいいのか。
私なりに考え抜いた結論を述べる。書籍を参考にしているため、少しはマシな対処法になっているはずだ。
①まずは、「承認欲がある」ことを認める。
一番大切なのは、己の心に「承認欲がある」と理解することだ。素直に承認欲があることを認めないと、対処しようがない。
②自分が「承認欲求モンスター」になっていないか、言動をふり返ってみる。
創作仲間と会話やチャット中、あるいは終えた後に「承認欲求モンスター」になっていなかったか、言動をふり返る必要がある。意識的に振りかえらない限り「自動思考」には、気づけないからだ。
ふり返ると言っても、ざっと「あんな話をして楽しかったな~」「こんなことして面白かったな~」と思い起こすだけでいい。
ただし、魚の骨がのどに突っかかるような違和感を感じたときは、要注意。「承認欲求モンスター」になっていないか疑ってみる。特に、上で挙げた特徴に当てはまるときは、危険だ。
「そういやさっき、悩んでいる後輩に、アドバイスして、気持ちよかったな。でも彼、本当は愚痴を聞いてもらいたかっただけだったっぽいよな。しかも私、相手の話をさえぎってたし。もしかして私は、相手の力になりたかったんじゃなくて、優越感に浸りたかっただけなのでは? 後輩も口ではありがたがっていたけど、むしろ嫌がってたんじゃあ……」
このように、自分の認知のゆがみ――思い込みに気づくことで、はじめて承認欲の暴走に気づくことができる。
「自分なりの正しさ」を疑うのは、不快で傷つくこともある苦しい作業だ。しかし「考え方のクセ」や「思い込み」にとらわれないために、やるしかない。
③会話・チャットを中断する。
では、自分が承認欲に気づいたときは、どうすればいいのか。
まず、交流中であったのなら、しゃべるのをやめるか、チャットを打つ手を止める。そのまま交流をつづけても、後で「なんて自分はごう慢なんだ……」と、自己嫌悪に陥るだけだからだ。
執筆中にひらめいたら、別の場所にメモし、執筆を続行する。執筆が終わったら、改めて内省すれば良い。
外界から距離を置いたら、いよいよ承認欲そのものに対処する。
④ただ、静かに見つめる。
承認欲に対処する方法は、ただ一つ。
ただ、静かに見つめる。
肯定も、否定もせず「ああ、自分の心で、承認欲が働いているなぁ」と、ただ静かに見つめる。心の状態や「自動思考」を客観的に理解できれば、それだけで衝動から抜け出せる。衝動から抜け出せれば、心は落ちつきを取り戻す。
そして、自分の心を動かすものの正体が分かれば、冷静に対処できる。
⑤良心に従って行動する
自動思考から抜け出した後は、内蔵感覚を通じての良心に従う。
考え方や価値観は、つきつめれば他の誰かから借りてきた「人工物」「作り物」に過ぎない。これに対し、自分の内側でダイレクトに「これ」と指し示すことのできる体の感じ――「内蔵感覚」は、遥かにリアルでたしかなものだ。
カフェで間違ったメニューを注文したとき「ちょっと違う」「これじゃなかった」という、「うまく言葉にならないけど感じる、ちょっとした違和感」が内蔵感覚である。
内蔵感覚を通じて良心に従うとは、自分自身の良心に従うことだ。自分の良心に従って誠実に行動すれば、望む結果が得られずとも「やれることはやった」と納得することができる。
ドイツの社会心理学者、精神分析家であるエーリッヒフロム曰く「良心は、われわれが人間として機能しているかを判断する」。「自分自身に耳をかたむけるのが難しいのは、この『良心の声を聞く』技術が現代人にはほとんどないもう一つの能力、すなわち、自分一人でいるという能力を必要とするからである」。
自分や相手、コミュニティに迷惑をかけず、プラスに作用するのであれば、そのままでいい。
制御できないようであれば、いったん休めばいい。
誰かに迷惑をかけていたことに気づいたのなら、素直に謝って誠実な対応をすればいい。
よりよい行動や考え方があるなら、実践すればいい。
承認欲を静めた後は、良心に従って、決断し、行動するのみである。
○おわりに
SNSをはじめ、日常生活のありとあらゆるところで、「承認欲求モンスター」は発生する。
中でも創作コミュニティーは、閉じた場であるため、承認欲求モンスターが生まれやすく、目立ちやすく、悪化しやすい。
もし、創作コミュニティーに参加するのなら、自分がそうならないように、最大限注意を払うのが得策だろう。
何せ、今の自分が「承認欲求モンスター」でない確証なんて、どこにもないのだから。
※SNSの創作企画に関しては、ここで述べない。創作企画は、他者の世界観に依存しているため、厳密に言えば共作に当たる。複数の著者がいる以上「誰にも読まれない」という状況はまずできないため、このエッセイの主題からは外れるためである。
私が定義する創作コミュニティは「創作者同士が交流する場」のことを指す。主にSNSやブログ、チャットに作られる。
具体的には、以下のような場である。
・参加者(大半が素人)がお互いに創作に関する情報を共有する
・役に立ったノウハウを投稿し合う。
・作品をほめあったり、添削しあったりする
・参加者同士で雑談する(創作に関することも、そうでないことも)
・主催者が開催した勉強会やイベントに、任意で参加できる。
○大雑把なメリット、デメリット
ざっと思い浮かぶ限りでは、以下のようなものがある。
メリット
・愚痴れる。
・仲間ができる。
・共作ができる。
・感想や批評が得られる。
・読者を獲得する機会が得られる。
・ユニークな創作技法を学べる。
・話題やお代、イベントが定期的に提供される。
・共通の話題で盛り上がれる。
・作業報告などを利用することで、モチベーションを高められる。
・執筆の才能がなくても、企画に貢献すれば認知度が上がる。
デメリット
・投稿義務や会話義務、強制参加のイベントが発生することもある
・参加が負担になる
・人間関係のトラブル多々
詳細に関しては、他のサイトや本でも語られているので、省略する。イメージ的には、部活やサークル活動に近い。
○知識だけでは解決できない難題
少し話は変わるが、この文を読んでいる時点で、あなたはすばらしい。
あなたは幾度となく、SNS上で創作者同士の人間関係のトラブルに巻き込まれたり、心ない暴言を見て心を病んだり、妙な人に粘着されたりしたことだろう。それでも、あなたは今日まで執筆をつづけてきた。
もしかしたらその助けとして、自己啓発書・心理学書・メンタルヘルス・マインドフルネス・脳科学書・精神科のエッセイ・SNSの取り扱い説明書・思想書・哲学書などを、一通り読み込んだかもしれない。
精神を安定させることは、執筆を継続する上で大きな助けになる。しかも、人物の心理描写や台詞を考えるのに、役立つからだ。
あなたは、以前よりも格段に自分の心を律することが上手くなった。人間関係のトラブルも一通り体験するか、見聞きした。
おかげでヤバい人を見抜き、避けられるようになった。問題が発生しても、ある程度対処できる自信も実績もある。
そのうえでなお、立ちはだかるものがある。
○「承認欲求モンスター」という悪夢
それは、承認欲である。
承認欲――認められたい、認めて欲しい、評価して欲しいという欲求――は、現代の私たちにとって、最も切実なテーマといっても過言ではない。
創作コミュニティーは、才ある(ように見える)人の集まりだ。
同年代は、自分よりも格上。さらには、若くて才ある新鋭がたくさんいる(ように見える)。
年齢だけを重ねた私のような老害が、自尊心を保つのは非常にむずかしい。泥をすすりながら、報酬もなく、何年も執筆に明け暮れてる私のような根暗が、自分よりも努力していない(ように見える)人の成功を、素直によろこぶには多大な努力を要する。
まして「自分だけ読者が存在しない」という劣等感はすさまじい。油断していると、すぐ承認欲にとらわれ暴走する人――「承認欲求モンスター」になってしまう。
○承認欲求モンスターの兆候
具体的な兆候は、以下の通りである。
・人の悩みにアドバイスしたり、作品の感想を言うフリをして、知識を見せびらかす。
・愚痴をさえぎり、解決策を提示。(多くの場合、愚痴を話す人は解決策を求めているのではなく、ただ誰かに聞いてもらいたいだけ)
・本をコピペしたような創作ノウハウを、自慢げに語ったり、投稿したりする。
・得意分野が話題に上がると、会話やチャットに割りこみ、長々知識を語る。
・返報性の原理を用いて他者を操り、自作品の感想を得ようとする。
・自分より上位のものを「正義」の名の下に引きずり下ろし、自分より下位にした上で、さげすむような陰口をたたく。
・コミュニティ内で発生した言い争いに対して、安全な場所からそれっぽい意見を伝える。
・自身のグチや、自己卑下に見せかけた自慢話をする。「あの頃はすごかったけど今はそうでもないですよ」
・承認欲求モンスターを批判する(同族嫌悪)
つまり、今の、私である。ちくしょうめ。
全てを分かった気になれる気持ちよさ、自分は正しいと思える快感。「読まれない小説」を執筆することでは決して満たせない承認欲を、お手軽に満たすことができる。
ちょっとノウハウ本で読んだことを披露すれば、周りの人がもてはやしてくれる。自分自身は「善意でやっている」と思い込んでいるため、やりたい放題。これを超える快感は、そうないのではないか。
創作サーバーに参加したら、執筆そっちのけで、ボイストークやチャットに精を出すようになる。
では、さらに悪化するとどうなるのか。
○派閥とコミュニティー乗っ取り
「承認欲求モンスター」の行く末は、徒党を組み、コミュニティーを乗っ取ることだ。
具体的には以下の段階を踏む。
①コミュニティ内で自身に賛同する人を集めて派閥を作る。派閥内で共通の目標を提示し、守らせる。
②したがわない人を「アイツらはやる気がない」と、批難・無視・排除。
③派閥を大きくして、コミュニティを私物化する。
コミュニティの主は、文字通り身を削って、このような事態を防ごうとする。創造的なコミュニティを保とうと必死に努力する。成立してしまった時点で、コミュニティの破滅が決定的になるからだ。
しかし、実際に管理者にできることは禁止事項の追加とアナウンス、該当者への直接注意くらいしかない。
そして、「承認欲求モンスター」はその程度では止まらない。
周りの人は「自分よりも努力している(ように見える)・古参だから敬わないとめんどうなことになる・相手にするのすら馬鹿馬鹿しい」などの理由から、不快に思っても指摘しない。ほとんどが、黙ってサーバーから去って行く。
コミュニティの主も、「参加してくれたのにもうしわけない」、「衝突が怖い」、「規模を縮小したくない」、「どうにか彼らとそれ以外を両立させてあげたい」などの理由で、強く出れない。
結果、「承認欲求モンスター」は「これぐらいのことなら、彼らは受け入れてくれるはずだ」と考え、無理を通すようになる。その度にあなたを支持する仲間はがっかりする。しかし、無理は上記の理由ゆえに押し通される。たいした心配もせず、平気かつごう慢に、それを押し通すようになる。
そしてある日、突然、仲間が消えていることに気づくのだ。
そうならないためにも、良心にしたがい理性的に行動するよう心がける必要がある――と、言えたらどんなに楽だったことか……
○承認欲にとらわれた状態では、理性が上手く働かない
あなたの意思とは無関係に、ふと頭に浮かぶ思考やイメージを「自動思考」と言う。「自動思考」が恐ろしいのは、ほとんどの人は、自分がどんなことを考えたのか、意識すらしていない点だ。
「承認欲求モンスター」は、他者を利用し、できる限り楽に、傷つかず、承認欲を満たすよう「自動思考」が組まれてしまっている。
つまり、「承認欲求モンスター」は、承認欲を意識すらしていない。
そして、みなさんご存じの通り、承認欲が暴走しているとき、人は自分の非や未熟さ・欠点に気づけない。認めざるを得ない状況になっても、他者を批判したり、責任転嫁することで、現実の自分を直視することから逃れてしまう。些細なことで自尊心が傷つけられたと感じ、周囲を攻撃する。「あなたがわるい」、「わたしかわいそう」の典型である。
良心に従ったとしても、良心の基準そのものがズレていたら、そこから導き出される結論も、全部ズレてしまう。
「自分は理性的に正しいことをしている」と思い込んだまま、承認欲の傀儡となるのがオチだ。
○承認欲は消せない
では、承認欲を消せばいい!……ともいかない。人間の脳の構造的に、承認欲は捨てられないからだ。
人は集団では大きなちからを発揮する一方、一人では弱い。共同体から排除されることは、死を意味する。
目立ちすぎて反感買うと村八分で死ぬ。
目立たないとパートナーを獲得できず、子孫を残せない。
そこで、噂によって悪評を広めることで、報復を避けつつ、ライバルを蹴落とすという実に合理的な結論へ至った。
結果、人間は噂話――他者評価によって生死が決まる環境で、生き残ってきた。承認欲が、生存に直結する以上、当然脳にはデフォルトで強烈な承認欲が備わっている。
承認欲は、消せない。
表面に出てこないように押さえても、必ず、別なところで形を変えて表出してしまう。
では、具体的にはどう対処すればいいのだろうか。
○承認欲求への対処
ここまで承認欲を悪者にしてきたが、承認欲自体は善でも、悪でもない。ただ、心の構造がそうなっているというだけである。
自身の承認欲が、自分や相手、コミュニティーに対してプラスになっているのであればかまわない。
もしそうでないなら、どうすべきなのか。
具体的に何をすればいいのか。
私なりに考え抜いた結論を述べる。書籍を参考にしているため、少しはマシな対処法になっているはずだ。
①まずは、「承認欲がある」ことを認める。
一番大切なのは、己の心に「承認欲がある」と理解することだ。素直に承認欲があることを認めないと、対処しようがない。
②自分が「承認欲求モンスター」になっていないか、言動をふり返ってみる。
創作仲間と会話やチャット中、あるいは終えた後に「承認欲求モンスター」になっていなかったか、言動をふり返る必要がある。意識的に振りかえらない限り「自動思考」には、気づけないからだ。
ふり返ると言っても、ざっと「あんな話をして楽しかったな~」「こんなことして面白かったな~」と思い起こすだけでいい。
ただし、魚の骨がのどに突っかかるような違和感を感じたときは、要注意。「承認欲求モンスター」になっていないか疑ってみる。特に、上で挙げた特徴に当てはまるときは、危険だ。
「そういやさっき、悩んでいる後輩に、アドバイスして、気持ちよかったな。でも彼、本当は愚痴を聞いてもらいたかっただけだったっぽいよな。しかも私、相手の話をさえぎってたし。もしかして私は、相手の力になりたかったんじゃなくて、優越感に浸りたかっただけなのでは? 後輩も口ではありがたがっていたけど、むしろ嫌がってたんじゃあ……」
このように、自分の認知のゆがみ――思い込みに気づくことで、はじめて承認欲の暴走に気づくことができる。
「自分なりの正しさ」を疑うのは、不快で傷つくこともある苦しい作業だ。しかし「考え方のクセ」や「思い込み」にとらわれないために、やるしかない。
③会話・チャットを中断する。
では、自分が承認欲に気づいたときは、どうすればいいのか。
まず、交流中であったのなら、しゃべるのをやめるか、チャットを打つ手を止める。そのまま交流をつづけても、後で「なんて自分はごう慢なんだ……」と、自己嫌悪に陥るだけだからだ。
執筆中にひらめいたら、別の場所にメモし、執筆を続行する。執筆が終わったら、改めて内省すれば良い。
外界から距離を置いたら、いよいよ承認欲そのものに対処する。
④ただ、静かに見つめる。
承認欲に対処する方法は、ただ一つ。
ただ、静かに見つめる。
肯定も、否定もせず「ああ、自分の心で、承認欲が働いているなぁ」と、ただ静かに見つめる。心の状態や「自動思考」を客観的に理解できれば、それだけで衝動から抜け出せる。衝動から抜け出せれば、心は落ちつきを取り戻す。
そして、自分の心を動かすものの正体が分かれば、冷静に対処できる。
⑤良心に従って行動する
自動思考から抜け出した後は、内蔵感覚を通じての良心に従う。
考え方や価値観は、つきつめれば他の誰かから借りてきた「人工物」「作り物」に過ぎない。これに対し、自分の内側でダイレクトに「これ」と指し示すことのできる体の感じ――「内蔵感覚」は、遥かにリアルでたしかなものだ。
カフェで間違ったメニューを注文したとき「ちょっと違う」「これじゃなかった」という、「うまく言葉にならないけど感じる、ちょっとした違和感」が内蔵感覚である。
内蔵感覚を通じて良心に従うとは、自分自身の良心に従うことだ。自分の良心に従って誠実に行動すれば、望む結果が得られずとも「やれることはやった」と納得することができる。
ドイツの社会心理学者、精神分析家であるエーリッヒフロム曰く「良心は、われわれが人間として機能しているかを判断する」。「自分自身に耳をかたむけるのが難しいのは、この『良心の声を聞く』技術が現代人にはほとんどないもう一つの能力、すなわち、自分一人でいるという能力を必要とするからである」。
自分や相手、コミュニティに迷惑をかけず、プラスに作用するのであれば、そのままでいい。
制御できないようであれば、いったん休めばいい。
誰かに迷惑をかけていたことに気づいたのなら、素直に謝って誠実な対応をすればいい。
よりよい行動や考え方があるなら、実践すればいい。
承認欲を静めた後は、良心に従って、決断し、行動するのみである。
○おわりに
SNSをはじめ、日常生活のありとあらゆるところで、「承認欲求モンスター」は発生する。
中でも創作コミュニティーは、閉じた場であるため、承認欲求モンスターが生まれやすく、目立ちやすく、悪化しやすい。
もし、創作コミュニティーに参加するのなら、自分がそうならないように、最大限注意を払うのが得策だろう。
何せ、今の自分が「承認欲求モンスター」でない確証なんて、どこにもないのだから。
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