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翼落ちる比翼の鳥
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「ノエルからのお守り持った…じゃ、でかけてくるね。ノエル、ちゅうして」
「気をつけて」
シシリィの頬に口づける。
シシリィは嬉しげに自分の頬を撫でて笑顔ででかけていった。
ディディエは小さくため息をつく。
「ノエル、今日は息苦しいだろうが部屋にいてくれ。カノーテはそばにいるから」
「大丈夫だ。大人しくしている。心配するな」
ディディエはわずかに眉を下げた。
だがそれ以上は何も言わずノエルに鼻先を寄せてから離れていった。
すぐさまカノーテがとことことやってくる。
見上げてくる彼にほんの少しだけ寂しげな笑顔を向けて並んで部屋に戻る。
「寂しいかと聞かれたら多分寂しい」
「当たり前です。シシリィさまもディディエさまもノエルさまをとても大切にされています。番になってからのお三方を見れば当然」
カノーテは胸を反り返らせて告げる。ぴん、と伸びたひげを見て笑えばカノーテも笑い声を上げる。
部屋で二人本を読み、時折他の猫族が運んでくるお茶を飲んだ。
ディディエもシシリィもすぐに終わる用事ではないのだろうか。
窓の外を見て、まだそれほど時間が経ってないことを思い知る。
息を吐きだしてうつむくノエルの傍に寄り添いカノーテは尾を揺らす。
カノーテでは二人の代わりにはなれない。ゴロゴロと甘えるように鳴くものの、ノエルがカノーテを撫でる手は虚ろだった。
「寂しいのは、ノエル様がそれだけお二人のことを愛しいと思われている証拠。僕はお二人が羨ましい」
「カノーテも好きだ」
「にゃぁ」
ノエルの慌てたような言葉にカノーテは笑う。
わかっている。けれど自分ではノエルを笑顔にはできない。
賑やかになるためにシシリィが、安心するためにディディエがそばにいる必要がある。
カノーテは獣の姿になると椅子に座ったノエルの膝に飛び移る。
ノエルはカノーテの小さな体をただひたすらに撫でて二人の帰宅を待った。
『ノエル、ただいまっ!』
シシリィの声にはっとする。
帰ってきたかと思ったが違うらしい。窓の外はもう薄暗い。
膝の上ではカノーテが小さく寝息を立てていた。
帰宅を待ちわびて、考え込みすぎて、昼すらとらずに眠ったらしい。
肩にストールがかかっておりそこからディディエの薫りが伺えた。
「…夢…まだ、シシリィは戻らないのか」
カノーテを抱き上げベッドへと運ぶ。
モゾッと動いたもののカノーテは目を覚まさない。
屋敷の中がやけに静かだった。ストールをカノーテにかければノエルは足音を立てないようにして部屋を出た。
ゆっくり進む。なぜ屋敷の中はこんなにも静かなのか。
誰もいないのだろうか。
暑くはないはずなのに背中を汗が流れていく。
「シシリィ…ディディエ…」
乾いた喉で二人の名前を呼んだ。返答はない。
いつだって、彼らは呼んだら顔を出してくれた。
二人を探して歩く足がもつれる。
嫌な予感に胸が高鳴る。もしかして自分とカノーテ以外誰もいないのではなかろうか。
どこか明かりのある部屋はと探した。日暮れ時の薄暗い屋敷の中で一室明かりが漏れているところがあった。
ほっと息を吐いてノエルはそこに近づいた。
「シシリィは間違いなく竜の一族の住むあの塔に連れ去られた」
部屋の中から聞こえてきたのはディディエの父の声だった。
上がりかけた声を飲み込みドアの外で息を殺す。
「ネリヤの店から出できたあとだろう。近衛兵に捕まったのは」
「ネリヤが告げたのか」
「その可能性もある。だが、この都市でいかなるものであっても近衛兵に逆らえるものはいない」
「あぁくそっ…ネリヤが悪いわけでないのはわかってるし、たぶんシシリィも自分からいったんだとは思うが」
シシリィが、連れ去られた。誰に?近衛兵に。
それは自分が原因なのか。
ノエルは後ずさった。足から力が抜けて座り込む。
助けに行かなければ。シシリィになにかあったら自分は、とそこまで考えてノエルはディディエを思った。
「ノエルには」
「これから伝えに行く。黙ったままにするわけにもいかない。だが塔にはオレ一人で行く」
「ノエルが行かねばお前も死ぬかもしれないのに」
ノエルは上がりかけた悲鳴を堪えた。
だが、かすかに漏れた。
室内の獣族二人は耳ざとくそれを拾った。ドアを開けたディディエは座り込むノエルを見つめた。
「ノエル…聞いていたか」
「…聞いた」
「シシリィを助けに行く」
「俺も。一緒に行く」
ディディエは首を振る。
自分は頼りないだろうがシシリィの番でもあるのだ。それに、自分を探す者たちに捕まったのならば自分が行くのが一番良いのではなかろうか。
「なんと言われようと、俺も行く。俺はシシリィの番で、ディディエの番だ」
「死んだらどうする」
「…死なない、俺はまだディディエとシシリィの好きなものを知らないから。知りたいことが山ほどある…俺をそんなに探すわけも知らない。全部知って、それで帰ってこよう」
ディディエは大きなため息を付いた。
ノエルに何を言っても無駄なようである。だが正直なところノエルの力も欲しかった。
竜の一族の塔へは外から行くつもりだった。だが、空を飛ぶことができるわけなどない。
ディディエはノエルの腕を引く。立ち上がりディディエを見上げてはノエルが口を開いた。
「俺たちの番を迎えに行こう」
「そうだな。遅いって叱られそうだ」
「叱られたら俺も謝る。だから大丈夫だ」
くしゃとノエルの頭を撫でて乱す。
ノエルの心はもう動かせない。一人安全な場所にいるのも望まないだろう。
ディディエは父を振り向いた。
すべてを了承した父に別れを告げてノエルと部屋に一度戻る。
小型ナイフで近衛兵に立ち向かうなど出来はしないだろうがないよりはマシだろう。
ノエルは眠るカノーテを揺り動かした。目を覚ましたカノーテに訳を話せば彼はベッドを降りてノエルとディディエを見上げた。
「僕はここでお待ちします。戦う力のない僕が行っても足手まといになるだけ。この屋敷で皆様がいつお戻りになってもいいように部屋を整えてお待ちしてます」
カノーテを抱きしめ頬ずりをしてノエルはディディエと屋敷を出た。
見つめる先にあるのは竜の一族が住まう塔である。
ノエルのそばでディディエが虎へと転化する。その背にまたがったノエルはまっすぐに前だけを見つめていた。
「気をつけて」
シシリィの頬に口づける。
シシリィは嬉しげに自分の頬を撫でて笑顔ででかけていった。
ディディエは小さくため息をつく。
「ノエル、今日は息苦しいだろうが部屋にいてくれ。カノーテはそばにいるから」
「大丈夫だ。大人しくしている。心配するな」
ディディエはわずかに眉を下げた。
だがそれ以上は何も言わずノエルに鼻先を寄せてから離れていった。
すぐさまカノーテがとことことやってくる。
見上げてくる彼にほんの少しだけ寂しげな笑顔を向けて並んで部屋に戻る。
「寂しいかと聞かれたら多分寂しい」
「当たり前です。シシリィさまもディディエさまもノエルさまをとても大切にされています。番になってからのお三方を見れば当然」
カノーテは胸を反り返らせて告げる。ぴん、と伸びたひげを見て笑えばカノーテも笑い声を上げる。
部屋で二人本を読み、時折他の猫族が運んでくるお茶を飲んだ。
ディディエもシシリィもすぐに終わる用事ではないのだろうか。
窓の外を見て、まだそれほど時間が経ってないことを思い知る。
息を吐きだしてうつむくノエルの傍に寄り添いカノーテは尾を揺らす。
カノーテでは二人の代わりにはなれない。ゴロゴロと甘えるように鳴くものの、ノエルがカノーテを撫でる手は虚ろだった。
「寂しいのは、ノエル様がそれだけお二人のことを愛しいと思われている証拠。僕はお二人が羨ましい」
「カノーテも好きだ」
「にゃぁ」
ノエルの慌てたような言葉にカノーテは笑う。
わかっている。けれど自分ではノエルを笑顔にはできない。
賑やかになるためにシシリィが、安心するためにディディエがそばにいる必要がある。
カノーテは獣の姿になると椅子に座ったノエルの膝に飛び移る。
ノエルはカノーテの小さな体をただひたすらに撫でて二人の帰宅を待った。
『ノエル、ただいまっ!』
シシリィの声にはっとする。
帰ってきたかと思ったが違うらしい。窓の外はもう薄暗い。
膝の上ではカノーテが小さく寝息を立てていた。
帰宅を待ちわびて、考え込みすぎて、昼すらとらずに眠ったらしい。
肩にストールがかかっておりそこからディディエの薫りが伺えた。
「…夢…まだ、シシリィは戻らないのか」
カノーテを抱き上げベッドへと運ぶ。
モゾッと動いたもののカノーテは目を覚まさない。
屋敷の中がやけに静かだった。ストールをカノーテにかければノエルは足音を立てないようにして部屋を出た。
ゆっくり進む。なぜ屋敷の中はこんなにも静かなのか。
誰もいないのだろうか。
暑くはないはずなのに背中を汗が流れていく。
「シシリィ…ディディエ…」
乾いた喉で二人の名前を呼んだ。返答はない。
いつだって、彼らは呼んだら顔を出してくれた。
二人を探して歩く足がもつれる。
嫌な予感に胸が高鳴る。もしかして自分とカノーテ以外誰もいないのではなかろうか。
どこか明かりのある部屋はと探した。日暮れ時の薄暗い屋敷の中で一室明かりが漏れているところがあった。
ほっと息を吐いてノエルはそこに近づいた。
「シシリィは間違いなく竜の一族の住むあの塔に連れ去られた」
部屋の中から聞こえてきたのはディディエの父の声だった。
上がりかけた声を飲み込みドアの外で息を殺す。
「ネリヤの店から出できたあとだろう。近衛兵に捕まったのは」
「ネリヤが告げたのか」
「その可能性もある。だが、この都市でいかなるものであっても近衛兵に逆らえるものはいない」
「あぁくそっ…ネリヤが悪いわけでないのはわかってるし、たぶんシシリィも自分からいったんだとは思うが」
シシリィが、連れ去られた。誰に?近衛兵に。
それは自分が原因なのか。
ノエルは後ずさった。足から力が抜けて座り込む。
助けに行かなければ。シシリィになにかあったら自分は、とそこまで考えてノエルはディディエを思った。
「ノエルには」
「これから伝えに行く。黙ったままにするわけにもいかない。だが塔にはオレ一人で行く」
「ノエルが行かねばお前も死ぬかもしれないのに」
ノエルは上がりかけた悲鳴を堪えた。
だが、かすかに漏れた。
室内の獣族二人は耳ざとくそれを拾った。ドアを開けたディディエは座り込むノエルを見つめた。
「ノエル…聞いていたか」
「…聞いた」
「シシリィを助けに行く」
「俺も。一緒に行く」
ディディエは首を振る。
自分は頼りないだろうがシシリィの番でもあるのだ。それに、自分を探す者たちに捕まったのならば自分が行くのが一番良いのではなかろうか。
「なんと言われようと、俺も行く。俺はシシリィの番で、ディディエの番だ」
「死んだらどうする」
「…死なない、俺はまだディディエとシシリィの好きなものを知らないから。知りたいことが山ほどある…俺をそんなに探すわけも知らない。全部知って、それで帰ってこよう」
ディディエは大きなため息を付いた。
ノエルに何を言っても無駄なようである。だが正直なところノエルの力も欲しかった。
竜の一族の塔へは外から行くつもりだった。だが、空を飛ぶことができるわけなどない。
ディディエはノエルの腕を引く。立ち上がりディディエを見上げてはノエルが口を開いた。
「俺たちの番を迎えに行こう」
「そうだな。遅いって叱られそうだ」
「叱られたら俺も謝る。だから大丈夫だ」
くしゃとノエルの頭を撫でて乱す。
ノエルの心はもう動かせない。一人安全な場所にいるのも望まないだろう。
ディディエは父を振り向いた。
すべてを了承した父に別れを告げてノエルと部屋に一度戻る。
小型ナイフで近衛兵に立ち向かうなど出来はしないだろうがないよりはマシだろう。
ノエルは眠るカノーテを揺り動かした。目を覚ましたカノーテに訳を話せば彼はベッドを降りてノエルとディディエを見上げた。
「僕はここでお待ちします。戦う力のない僕が行っても足手まといになるだけ。この屋敷で皆様がいつお戻りになってもいいように部屋を整えてお待ちしてます」
カノーテを抱きしめ頬ずりをしてノエルはディディエと屋敷を出た。
見つめる先にあるのは竜の一族が住まう塔である。
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