金色竜は空に恋う

兎杜唯人

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竜の一族

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『ノエルの両親に会ったのは遙か昔…お前もまだ生まれていないころだ。ノエルの父であった竜の一族は当代の息子でもあり、竜の一族同士で生まれた純粋な血統だった』



アグノアと知り合ったのは本当に奇跡に近いことだったのかもしれない。
アグノアがまだ子供であったとき、同じようにノエルの父も子供だった。竜の子供たちは鱗の色が様々である。
彼はノエルと同じように黒い鱗を持っていた。

「蛇の一族は竜の一族に似ているんだな。けれど竜の一族は蛇のように脱皮はしない。お前も脱皮するのか?」


当時蛇の一族の代表でもあったのがアグノアの父であった。
代表が変わったために竜の一族へ挨拶に行ったのである。蛇の一族と竜の一族は転化した時の姿が似ている。
もちろん竜の一族は空を駆け、水を滑るように自在に宙を飛ぶが蛇の一族は地を這うだけである。だが、当代は姿が似ているからと特別に目をかけてくれていた。
父に連れられて竜の一族に住まう館へと行った。

都市の中央部、そびえたつ塔の最上で謁見した。
だが子供であったアグノアは当代との謁見を許されるはずもなく控の間で一人取り残されていた。
そこにやってきたのが当代の息子にして、黒真珠のような輝きを放つ黒い鱗を持っていたニガレオスだった。
快活で、初めて見た蛇の一族に興味津々なのがうかがえた。



「脱皮…うん、ある程度大きくなれば…」
「転化してするのか」
「うん。この姿のままではうまく脱げないから」
「皮はどうするんだ」
「古い皮は埋める。それまで俺を守ってくれたものだから」
「なぁ、もし今度お前が脱皮したのなら俺にその皮をくれないか?」


なんてことを言うのだと仰天したのを覚えている。
見てみたい、触ってみたい、そういったことなのだろう。
竜の一族の希望を拒否もできるわけがない。うなずいたアグノアにニガレオスは笑顔を見せた。
それ以来アグノアは竜の一族の住まいに足を運ぶことを特別に許された。頻繁に行けるわけではないが、時折一族側から使者がやってきて短い時間ニガレオスと話をするのである。
もちろん約束をした以上アグノアが脱皮した皮も持っていったこともある。



「知っているか、アグノア。金の鱗を持つ竜は生まれた時からではないらしい」
「そんなこと知るか。竜の一族はその生態すら極秘なんだぞ。俺なんかが知っているわけがない」
「どうして金の鱗になるのか、だれもわからないらしい。父上も、どうして金の鱗になったのか話してはくれないんだ」
「…金の鱗を持ったら長く生きるのだろう」
「あぁ。それと同時にたくさんの子孫を作らなければならない」
「他種族とも?」
「…俺は特に気にしてないが、父上は異端だと、ほかの種族の血が入るのをいいこととは思っていない」

ニガレオスはため息交じりに告げた。
アグノアはニガレオスと知り合って間もないころにちらりと見た当代を思い出す。
巨躯に見合うだけの空気があった。アグノアを見た瞳ですら黄金、口を開けばその圧につぶされてしまうような感覚に陥った。


「どうせだから自分が好きになった相手と子供が欲しいなぁ」
「夢のまた夢だろ。お前は当代の子供の中でも最も優秀なんだから」
「うん、わかってる。とはいえ、アグノア」
「なんだ」
「俺が町に出て行っても何も言わないよな?」
「………は?」


たっぷりの間をおいて、なんのことだとアグノアが問い直す間もなくニガレオスは窓から外に落ちていった。
慌てて駆け寄ってみれば竜へと転化して町へと降りていく。
目立つだろうに、と絶叫したかったがここで絶叫すれば部屋の外にいる護衛が飛び込んでくる。
ニガレオスがいないことに気づけば自分はどうなるのか。そう考えたアグノアは黙っていることにした。
できる限り早めに戻ってきてくれなければ不審に思われかねない。
あまりの不安に叫び出したいのを堪えながら時間がすぎるのを待つ。
ニガレオスが戻ったのは日が沈みかけた頃、興奮した様子でまた窓から戻ってきた。


「ニガレオス、お前こんな時間までどこに」
「聞いてくれ、アグノア。俺は運命の番を見つけた」


嬉しさに頬を染め、アグノアの腕を掴んだニガレオスは言った。
たっぷりの間があっだが、ニガレオスはその言葉の意味を処理しきれない。
運命の番、その言葉がどれだけ重いものかは獣族である自分もわかるつもりだ。
だがそれは自分たちのような一般人に許される存在であり、竜の一族たるニガレオスに、許されるはずもない存在だった。




「人族だ。とても美しい娘だった」

顔のこわばるアグノアに気づくはずもなく、ニガレオスは興奮したまま話を続けた。
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