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兎杜唯人

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誓いの首輪と嫉妬の指輪 4

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ウィリディスが泣き叫んだのを見たのは後にも先にも一度きり、運命の番であり長く恋い焦がれたクロエが死んだと聞かされたときだ。
それ以来感情をなくしたかのような彼を見てきたが、目の前で少し緊張気味の青年に出会ってから変化が起きた。

「君は、自分がどれだけ危険なことを言っているのかわかっているかな」
「わかってます。それを、せんせーが望まないことも」

リューイという青年を連れて戻ったときはその空気の変化にひどく驚いた。
顔を合わせるのは年に一度あるかないか、時折端末を使用して通話はするが実際言葉をかわすのは久々だったと記憶している。
何より、何をするにも無感動で興味を持たなかったウィリディスがわずかに笑顔をみせていたことも、瞳に優しい光をともしていたことも、アクティナとアカテスは驚いた。
ウィリディスを見るリューイの目にも同じ光を見た。互いを想う熱い気持ちを感じた。
彼とならばきっとウィリディスは大丈夫だと思った。年齢がいくつ離れていようとも、互いの心に素直にいられるだろう。

「下手をすれば君は死ぬんだよ。息子くんにまた癒えない傷を負わせるのかい?」
「俺は死ぬつもりはありません」
「わからないよ。クロエちゃんと同じ症状であっという間かもしれない」
「俺は、せんせー…ウィリディスを信じてる。俺がΩ病になっても、ウィリディスなら俺を助けられる」
「信じる信じないの話じゃないんだよ?もしもがあれば」
「ない」
「なんで断言できるんだい?」

リューイはアカテスの問に少し言葉を切った。
考え込むかのように顎に手をやっていたがやがて笑顔になった。

「ウィリディスを愛して、ウィリディスに愛されてるから。正直怖いけど、でも、ウィリディスが俺にくれたもののお返しができるならいいかなって思うんだ。あったかい部屋と食事に服、すてきな養子先、楽しい時間、おれにとっての初めてのことたくさん。お金なんかじゃ返せない。でもこのままなのは俺も嫌だ。大好きなウィリディスのために、俺がしてあげられることをしたい」

リューイの言葉にアカテスは呆けてしまった。
本当に彼は二十年しか生きていないのだろうか。本当はもっと年上なのではないだろうか。
どうしてそこまでできるのかと不思議でならない。好いた相手だとしても、ウィリディスと付き合いが長いわけではない。
命をかけるほどのことがあろうか。

「リューイ君…俺は君を推薦することはできない。何故なら今回依頼したのはあくまでも、犯罪者、というくくりにおいてのみ使うことができる権利だからだ」
「なら、俺は」
「犯罪者になろうとするのなら、俺は君を息子くんのためにも、あの子供たちのためにも閉じ込めなければいけない」

アカテスの言葉はもっともだった。口をつぐむリューイを見つめ小さくため息をつく。

「死ぬかもしれないことに、たかだか一年も一緒にいたわけではない君が命をかける理由はあるのかい…?クロエちゃんが生きていた時を知ることもなく、あの子の奥底にあるだろう気持ちを知ることもなく…」
「…どうしてか、なんて、やっぱり好きだからってほかにないかな…ウィリディスが、笑ってくれるなら俺は嬉しい。ずっと追いかけていた夢が叶うなら…ウィリディスのために、実験結果を出して、クロエさんの体を取り戻してあげたい」

アカテスはそれ以上何も言えなかった。
これ以上アカテスが反対したところでリューイの気持ちを変えることはできないだろうし、何よりウィリディスのためにと心を決めている彼に対してこれ以上の反論は失礼ではないだろうかと感じたからだ。
止めることはできない。ならばアカテスにできるのは一つだけである。

「リューイ君、たとえ息子くんのための実験体だとしても、君自身が戻ってこなければ息子くんは二度と立ち上がれないだろうし、深く傷つく人がいるってことを忘れてはいけないよ。君を兄と慕うレックスくん、シルバくん、クラルスくん、君に兄弟以上の愛を持っているフィーディスくん、それから君が出会った人たち…その中に俺やティナもいるからね」
「……はい」
「君が息子くんを愛しているのなら…ちゃんとそれに応えてごらん。いいね」
「はい」

アカテスは優しく笑うとリューイの頭を撫でてから抱き寄せた。
久しく父親というものを感じていなかったリューイだが、アカテスに抱きしめられるとウィリディス相手とは違った安心感が生まれてくる。
喉にこみあげてきたものを飲み込みながら視線を伏せる。

「君が息子くんを信じるなら、俺たちはその君を信じよう。無理だけはしないように…」
「…っはい」

少し詰まりながらうなずいたリューイの体を放せば背中に手を添えて室内へとリューイを促した。

「あぁ…音楽が始まった。踊る時間だね。ティナがとても楽しみにしていた。ほら、ごらん。みんな番の手を取って踊りだしたから」

くるくる、色とりどりのスーツやドレスが明かりの下でまわる。
その光景に目を奪われればアクティナがやってくる。アカテスと微笑みあい、差し出されたアクティナの手を取ったアカテスは二人揃って踊りの輪へと入っていく。
二人共慣れた様子でくるくると回り、優雅に踊る。
リューイが見ていればレックスとシルバも混ざった。とはいえ、リューイもおろか二人はダンスなど知るはずもないため、手を取り合って見様見真似で回る。
ダンスとは到底言い切れないが、楽しげな笑顔に周囲も釣られて笑う。
クラルスが顔を出したかと思えば引きずってきたのはフィーディスである。
混ざりたそうな顔のクラルスを見て眉を下げていたがやがてダンスに混ざる。

「楽しそうだな」

ライトのせいか、いつもより輝いて見える。
リューイも混ざろうかと思ったが相手はいない。しばらく眺めていればリューイの周りが広くなった。
なぜだろうかと瞬けばその答えがすぐに出た。

「リューイ、俺と踊るか?」
「俺、ドレスじゃないし踊り方知らないよ?」
「かまわん。サポートならいくらでもできる」

ウィリディスがリューイを見つけたのだ。リューイの周囲から人が離れていき、代わりにウィリディスがそばに立つ。リューイは言葉と同時に差し出された手を見つめ音楽に耳を傾ける。
悩んだのは僅かな時間だった。
リューイはウィリディスの手を取る。二人揃ってダンスの輪に入ればウィリディスがリューイの体を支える。
足を踏みそうだと下ばかり見ていれば名前を呼ばれた。

「足踏むかも」
「気にするな。俺に体を預けていればいい」

手を握り、リューイの腰を支える。
ウィリディスを見つめたまま音楽に体を任せる。どのくらいそうしたのか、音楽が止めばリューイは息をついてウィリディスを見上げた。
足を踏むことはなかった。ウィリディスを見つれば頬に手が添えられた。
目を閉じて顔を傾ければ喧騒が一時止む。

「…人前」
「そうだな」
「俺、フィーディスとクラルスのところに行ってくる」

ウィリディスの手をほどけばリューイは背中を向けて二人の姿を探した。
ウィリディスは止めることはせずにそれを見送る。
探していた二人はすぐに見つかった。楽しかった、と頬を赤くするクラルスに水分を取らせていた。

「クラルス、フィーディス、おまたせ」
「りゅーちゃ、僕ねふぃーちゃと踊ったの」
「見てたよ、上手だったな」
「ほんと?じゃぁ次はりゅーちゃと踊るね」
「そうたな。踊ろう」

楽しい、と笑うクラルスにリューイもつられて笑顔になる。
喉が渇いたなとドリンクコーナーに行けばまだ手が付けられていないドリンクがあった。
小さめのグラスに入った薄桃色のドリンクを一気に飲み干す。桃の味がしたと同時にカーッと頭が熱くなった。
予想していたよりも強いアルコールだったらしい。
リューイを追いかけてドリンクコーナーにきたフィーディスとクラルスはその様子に首を傾げつつ自分たちも何か飲もうかとグラスを見つめた。

「りゅーちゃと同じのがいい」
「だめ…これ、酒だから」
「お酒飲んだの、リュー…」
「ん…間違って結構強いやつ飲んじゃった…」

フィーディスがため息をつく。
リューイと同じもの、というクラルスのためにノンアルコールの桃サイダーを代わりに渡した。クラルスは甘い香りに目を細めてちょびちょびと飲んでいた。

「ん…でももう一杯ほしい」
「だめだよ、リュー。明日には帰るんだからそんなに飲んだら明日に響くよ」
「やだ。飲む。これおいしいから」

首を振ったリューイはもう一つグラスを手にするとその中身をすべて煽った。
盛大なため息をついたフィーディスだが止めることはできなさそうだと判断した。

「クラルス、そのジュース飲んだら先生呼んできて」
「せーせ?」
「うん。先生しかリューを止められないから。行ける?」
「行けるよ」

うなずいたクラルスはサイダーを飲み干すとウィリディスの姿を探すためパーティの喧噪へと入っていく。
リューイはそうこうしているうちに三杯目をくびーっと飲み干していた。ぎょっとしたフィーディスは慌ててリューイの手を止めた。
リューイはアルコールが回ったのか、目が据わっている。

「だめだって、リュー…そんなに飲んでいいの?このあと時間がほしいんでしょ?」
「時間…」
「リューのことだから先生と過ごしたいんでしょ?だからもう飲まないで。できる?」

リューイはしばし無言でフィーディスを見つめていた。四杯目に伸ばしかけていた手を引っ込めるとうなずく。

「できる」
「いい子。クラルスが先生を呼んできてくれるから待ってよう」
「うん」

うなずいたリューイをグラスの乗っているテーブルから引き離せばもう手を出せないように両手をつかんでしまう。
不満そうなリューイを見てこちらも眉を寄せるもののウィリディスに引き渡すまでは安心できない。

「ふぃーちゃ、せーせ来たよ」
「どうした、フィーディス、具合でも悪く」
「なったのは俺じゃなくてリューです」

リューイはウィリディスを見ると笑顔になった。
アルコールが回りだしたのか頬は赤くなり、目が潤む。フィーディスが掴む手も熱くなってきた。

「どうした、リューイ」
「せんせー、聞いてよ。フィーディスがもうお酒飲むなって意地悪する」
「フィーディス…」
「強めのカクテルでも飲んだのかこの状態なんですよ」

フィーディスの手を振り払ったリューイはウィリディスに抱きついてけらけらと笑う。
僅かに目を丸くしたウィリディスだがリューイの肩を抱けばフィーディスに目配せした。

「せんせー、どこいくの?」
「部屋に戻る。酔っているお前は寝る必要がある」
「やだ。まだ寝ない」
「なぜだ?まだお腹が空いているなら部屋に持っていけばいいし、この空気を楽しみたいのならば少し壁際で座れば…」
「せんせーと昨日約束したじゃん。あの東屋で抱いてほしいって」

二人の様子をうかがっていた周囲がざわつく。
ウィリディスは酔っているリューイを抱くつもりはなかった。抱き上げて部屋に運ぼうとするもののリューイは抵抗する。

「やだっ。せんせーとセックスする!」
「っリューイ…!」
「だって…昨日ふわふわパジャマの写真撮らなかったのに…今日のためにわがまま我慢したのに…」

リューイの言葉にウィリディスは何も言えなかった。
くすくすと笑う声が聞こえれば顔を向ける。アクティナがこらえきれないと言った様子で笑っていた。

「東屋にはベッドにもなるソファと手触りのいいブランケットもおいてあるよ」
「リューイくんのわがままなんだし、約束したのならそれを守らないと」
「だが、リューイは酔っているんだ」
「約束したことだろう?」

ぐっと言葉に詰まる。
リューイはウィリディスを見上げて眉を下げている。フィーディスですらリューイの味方をしているようでクラルスを連れてどこかに行ってしまっている。

「やだ…寝ない…せんせーとセックスする」
「…わかった」

ため息とともにつぶやかれた言葉にリューイは目を丸くする。
ウィリディスは不安視しているリューイを撫でてから立ち上がるように促した。
リューイは足元をふらつかせながらもウィリディスにしがみついている。

「気分が悪くなったのなら止める。そこだけは譲れない。いいな?」

がくがくとうなずいたリューイはウィリディスとともにパーティの会場を抜けて東屋へと向かって行く。
寒い時期ではないが日が落ちれば水辺はひんやりとした空気に包まれる。それは東屋とて例外ではなかった。
飛び石を渡り東屋へと足を踏み入れればそこにあったソファが様変わりしていた。
座面は横になっても十分なほどに幅があり柔らかな生地でできているうえに、背面は倒すことができる。アカテスの言葉の通り大判のブランケットがなんと二枚もおかれていた。
リューイを座らせ体を冷やさぬようにとブランケットをかけて隣に腰を下ろした。

「少しアルコールが抜けるまで話でもするか」
「…すぐ抱かれたい」
「だめだ。酔ったままではお前が辛いだろう?」
「辛くない」
「リューイ、俺を見て言えるか」

顔をうつむかせたままのリューイに声をかける。
のろのろと顔を上げたリューイの顔を撫でた。リューイはウィリディスの左手を取り指を絡めればパーティ前と同じように手に口づける。

「…俺ね……ウィルが好きだって自覚してからずっと嫉妬してるの」
「誰にだ」
「……そんなの、わかりきってるでしょ。クロエさん」
「…クロエはもう死んでいるのに?いつだったか、お前がそういったのに」
「そうだよ。でも…ウィルの根っこにはクロエさんの存在があるんだ…時折、ウィルを見ているとクロエさんがそこにいるみたいで…俺、クロエさんのこと知らないのに」
「リューイ…」

リューイはほほにウィリディスの手を当てていたがそこに濡れた感触があった。

「いない人に嫉妬なんて見苦しいじゃん…でも、俺は、ウィルを好きなのに…好きで、たまらないのに…全部を俺だけのものにしたいのに、それができなくて」

抱き寄せればリューイは鼻を啜る。
髪を撫で強く抱きしめる。

「俺はお前のすべてを手に入れられないのに、お前は俺のすべてが欲しいと?」
「だって…俺、こんなに誰かを好きになったことなんてない」
「クロエは俺を形づくるものなんだがな」
「わかってるよ。クロエさんがいなければ今のウィルはここにいない…」
「リューイ、お前も俺を形作るものだ。お前がいるから、俺は諦められないでいる」

リューイの顔をあげさせて微笑む。
リューイには告げないが、ウィリディスはレックスたちにも嫉妬する時がある。嫉妬して、嫉妬されて、醜いはずの感情が甘いものに感じる。
さらにいうならばリューイのうなじにある首輪にすら嫉妬や怒りを覚える。それがなければリューイはウィリディスのたった一人の番になるのだ。
柔らかな唇に口づければ桃の香りがする。

「俺…ウィルと偽装結婚してるβにも嫉妬した」

予期することもなかった言葉に意表を突かれ目を丸くするが、ややあってからウィリディスは笑い出す。
笑われたことにリューイは不満げにする。しかしウィリディスの左手を取れば薬指に唇を落とした。
そこに、金属の輪はない。

「いつから指輪しなくなったの?」

リューイに問われて初めて気づいた。
朝起きて着替えと同時に指輪をしていた。だがいま、そこには指輪はない。
長く朝のルーティンとなっていたはずの行為である。
いつから、と考える。リューイたちを住まわせてからしばらくはつけていた。
答えのないウィリディスを見つめリューイが口を開く。

「はじめてここにきたあの夜にはなかった。だって、俺あの日パーティの前にウィルの指に噛み付いたんだもん」
「…いつから、か…さぁ…いつからだったか」

本気でわからない。
リューイに言われて気づくとは思いもしなかった。
リューイから自分の手に目をやった。長く指輪をつけたそこには指輪の跡が残る。

「もし、いつから、というならば、きっと俺の気づかぬうちにお前を愛したときからだろうな。それがいつからなのかは俺にもわからない」

口を開きかけたリューイに口づける。
誰に嫉妬したとしても、今ウィリディスが見ているのはリューイだけである。
死人も偽りの関係を持つ相手も敵うはずがない。
キスの合間に名前を呼ばれ目元を撫で微笑む。
すまない、とクロエに謝った。悲しむだろうか、怒るだろうか、祝福するだろうか。
ウィリディスが抱えていたはずのものをリューイはたやすく無くしてしまう。
ウィリディスがウィリディスらしく生きるために必要なものが塗り替えられる。

「リューイ、俺が俺であるために、俺を愛してそばにいてくれ」

リューイは目を丸くし、そして笑う。
ウィリディスの首に腕を回してリューイから口づけた。
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