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兎杜唯人

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誓いの首輪と嫉妬の指輪 3

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「羊の毛は何にするのリューちゃん」
「そうだな…そのままだと使えないだろうから糸にしないといけないよな」
「ちゃんと糸にして何かしらに利用できるようにしてから送ってあげるわ」
「リュー兄、マフラー作ってよ」
「マフラー?俺が作れると思ってるの…?」
「できるよー」

簡単じゃないだろうなぁとつぶやきながらリューイは窓の外を見る。
スタッフが心を込めて作ってくれた弁当を食べた休憩明け、アクティナたちとともに羊の毛刈りを見た。
刈った毛はいつもならば様々に加工して都市へと運ばれていくが今回は特別にリューイたちに与えてくれるという。
一番顔が輝いたのはクラルスに相違ないがレックスとシルバも顔が輝いていた。
羊の毛刈りを見たあとは牛の乳しぼりを体験し、仔牛を見た。子羊もいたようで親との体の大きさの差に驚いていた。
クラルスはルーナとたくさん遊んだうえに羊ももふもふと触ってきたようでニコニコしっぱなしだった。

「明日でみんなは帰っちゃうでしょう?だから我が家で働いている人みんな集めてパーティしようかと思うのだけどまだ元気はあるかしら」
「そっか…明日で帰っちゃう…」
「帰るの?ルーナとばいばいするの…?」
「そうだよ。クラルスにもレックスにもシルバにも、フィーディスと俺にも待ってる人がいるから。それにせんせーだって研究しないといけないだろ。いつまでもいられないからさ」
「いつだって遊びに来ていいわよ」

顔を暗くする弟たちにどう言葉をかけようかとリューイは悩んだ。
養子先に行ってしまえば二度と来ることができないのだろうか。アクティナは遊びに来ていいというがそうやすやすとはこれまい。

「レックス、シルバ、クラルス…母がそういうのだからいつ来てもいいだろう。母だけじゃなく、うちで働く者たちみんなが喜ぶ」
「いいの?」
「もちろんだ。あぁ…だがちゃんとお前たちの家族にも伝えて、来るときは連絡をしなければならないぞ」
「うん!ちゃんと連絡するよ」
「またルーナに会える?」

ウィリディスが横から口を出した。
言われた言葉に嬉しそうにするさまを眺めてリューイはほっとする。
喜ぶさまを見つめては先程から何も話さないフィーディスへと向いた。

「眠いなら寄りかかっていいからな?」
「うん…」
「久々にフィーディスとはしゃいだな。楽しかった」
「俺も」

リューイにもたれるフィーディスは笑みを浮かべる。気づけばあれだけ聞こえていた声がなくなっていた。
三人とも十分すぎるほどにはしゃいで満足したらしい。
ちらりと見えたその寝顔は幸せそうだった。

「かわいいなぁ…今夜はパーティーなんだって」
「ほんと?楽しみ」
「アクティナさんのことだからみんなで同じ服かも」
「うん」
「たくさん食べて歌って楽しいだろうな」

リューイはもたれかかる顔を覗いた。フィーディスも寝てしまった。
ゆっくり走る車の中は静かな寝息だけが聞こえる。
眠る顔を愛おしげに見つめたリューイは同じように目を閉じた。
眠れるわけはないのだが静かな呼吸を感じていると心が凪いでいく気がした。

「リューイ、そろそろ着く。動けるか」

ウィリディスの声にはっと顔を上げれば振動がフィーディスにも伝わったのか顔をノロノロと上げる。

「大丈夫、レックスたちは?」
「リュー兄、ついたぁ?」
「ついたよ」

眠たげな目をこすり互いに凭れていたレックスとシルバは顔を上げる。
クラルスはウィリディスに抱き上げられていた。大きなあくびを漏らすものの何度か瞬きすればリューイに笑みを向けた。

「さて、しばらく夜の支度があるからみんなはお部屋にいてね。寝ちゃいやよ?今夜は特別だもの」
「うん」
「用意ができたらメイドが行くわ。お洋服を着替えてね。リューイくんのは部屋に用意してあるけど、メイドが身支度しに行くからそれまでは着ちゃだめよ?」
「わかりました」

車を降りて各々部屋に向かう。ウィリディスの腕から降りたクラルスはリューイの手にそろそろと手を伸ばした。指先が手に触ればリューイはクラルスの手を握る。
アクティナとアカテスはリューイたちと別れて屋敷へ入った。

「リューちゃん、写真撮った?」
「…楽しすぎて忘れた!」

シルバの言葉にリューイは気づく。
自分も楽しんでしまい写真を一枚も残せていない。
ショックを受けたリューイをなだめるようにシルバが撫でる。

「楽しかったら良かったじゃない。リューちゃん、いつもよりきらきらしてたよ?」
「けどやっぱり残したかった」

ショックを受けたまま部屋に戻る。ベッドに転がってしまうと寝てしまいかねないためレックスとシルバはソファに座る。
クラルスはカバンに入れたままのニウエを出して二人の足元で遊んでいる。

「パーティーやるの?」
「おれはそう聞いたよ。ここで働いてる人たちみんな参加して楽しむみたい」
「リュー兄の誕生パーティーよりいっぱい人が来るんだね」
「そうだな…賑やかできっと楽しいよ」

フィーディスと並びしばらく時間がすぎるのを待つがやがて部屋のドアがノックされてメイドが数人やってくる。
各々ハンガーに掛かったスーツを持っていた。

「じゃぁまたあとで」

リューイが泊まる部屋の前にもメイドが控えていた。リューイと同い年と思わしき二人はリューイをみるとお着替えに参りました、と声を揃えた。
櫛や香水の瓶を手にしている。楽しみで仕方がないという顔をしていた。

「お、お願いします…」
「はい!」

部屋に三人で入ればリューイが止める間もなく丸裸にされる。丸裸に、とは言ってもリューイの下着はつけているし、念のため白い肌着も着ていたから肌に残された無数の跡は見られていないと思っている。
二人は手際よくネイビーのスリーピーススーツをリューイに着せていく。自分でも着られるのになと思いながらもこれが彼女たちの仕事である以上リューイが手を出して仕事を奪うわけにはいかない。
スーツをまとえば今度は髪に手が伸びる。丁寧に櫛をいれて髪をとかし、少量のオイルでゆるくカールさせた。
胸元には同じ素材でできたネクタイをしめ、耳にはやはりイヤリングを付ける。

「若様からのイヤリング、少し大きめですね」
「リューイ様を自分のものだと主張しているのがありありとわかるのですが、もう少し小ぶりなもののほうがリューイ様には似合うと思います」
「本当に……リューイ様、あとは香水だけですがお気に召す香りはございますか」
「香水…ううん、大丈夫です」
「そうですか。では私たちはこれにて失礼いたします。後程若様が迎えに来られるかと思いますのでご一緒に会場までお越しくださいね」
「はい。ありがとうございました」

メイドたちははしゃぎながら部屋を出ていった。
残されたリューイは無意識にイヤリングに触れた。
ウィリディスの嫉妬心は理解している。リューイは何度か深呼吸をしてからウィリディスの迎えを待った。
メイドが出て行ってしばらくすれば遠慮がちなノックが聞こえた。

「ウィル?」
「あぁ。開けて平気か」
「大丈夫だよ」

ウィリディスはどんな格好なのだろうか。
ドアが開いてウィリディスが入ってくる。
リューイは自分が目を覚ましているのか不安になった。
リューイと同じくスリーピースの黒いスーツにブルーのネクタイを締めている。
髪は丁寧に整えられオールバックにされていた。体のラインが浮き出るほどにぴったりとしたスーツだが、姿勢が正しいこともあり見目がいい。
口を開けて微動だにしないリューイを心配し、ウィリディスが近寄ってくる。

「どうした、リューイ。遊びすぎて疲れでもしたか」
「ううん…そうじゃ、なくて」

どう表現したらいいのだろうか。かっこいい、ではありきたりすぎる。だが残念なことにリューイはそう語彙力があるわけではない。
何と伝えれば自分が感じたことをウィリディスに告げられるのか困ってしまった。

「香水はつけなかったのか」
「うん…だって、俺の香りはウィルの香りだろ…?」
「そうだったな」

ウィリディスは目を丸くするもののリューイの顎を静かにすくう。
リューイの耳を飾るイヤリングを満足げに見つめ優しく口づけた。
一度唇を放せば耳にも口づけ、首輪のすぐそばにも顔を寄せた。

「俺も」
「わかっている。好きにしてくれ」

きれいに整えられた髪から視線を静かに顔へと移動させ、かっちりと止められたシャツの首元にたどり着く。
少し背伸びをして顔を寄せれば首筋に歯を立てる。ぞくぞくとした。
ウィリディスと指を絡めて手をつなげばその手にも唇を寄せる。自分のほほをウィリディスの手で撫で手の甲にも口づけた。

「好き…ウィル…大好き」
「あぁ…俺もだ」
「ん…」

今一度ウィリディスに口づけられリューイは幸せに浸る。
このまま二人きりで過ごしたいと思うものの、唇にウィリディスの指が当たれば我に返る。

「行こう」
「うん」

ウィリディスに促されて進みかけるも腕をつかまれてリューイの足は止まる。

「忘れていた。お前の手でつけてはくれないか」

ウィリディスが差し出したのはリューイの瞳の色と合わせたブローチである。
もともとブローチはシルバーの土台のため黒いスーツにとても映える。
ブローチを受け取ったリューイはウィリディスの胸元にブローチを飾った。

「うん、いい感じ」
「ありがとう。これをつけるから、とほかのものを断った」
「嬉しい」

ほほえみあえばリューイはウィリディスの胸元で誇らしげに輝くブローチを見つめた。
それを指で撫で笑みをこぼせば足取りも軽くなる。

「美味しい料理ある?」
「山程。厨房でみんなが腕をふるったらしいからな」
「楽しみ」

ウィリディスが連れてきたのは前もパーティを行った場所だった。
扉を開けば音楽がまず聞こえてくる。
それから楽しそうな笑い声と会話、あの時よりは幾分シンプルな色の洪水、鼻をくすぐる料理の香り。
リューイはわくわくとした。
レックスたちはどこにいるのだろうか。
ウィリディスと歩けばすぐに見つけた。
レックスは赤、シルバは青の、色違いだがいずれもチェック模様のスーツ、クラルスは襟元に白いラインが入ったネイビーのスーツ、フィーディスはワインレッドのスリーピーススーツだった、
フィーディス以外はスーツと同じ生地の蝶ネクタイをしている。よくみればクラルスが抱くニウエもクラルスと揃いの蝶ネクタイをしていた。

「弟が可愛くて過呼吸になれる」
「りゅーちゃ、見て、ニウエとおそろい」
「最高に似合うよ。フィーディスもかっこいい」
「俺達は?」
「レックスもシルバもかっこいい…写真撮りたい」

大げさなため息をつくリューイを見つめてレックスとシルバはかっこいいねと囁きあうがウィリディスを見ればそのギャップに目を丸くした。
普段のウィリディスを思えば同一人物には見えない。

「せ、先生…めちゃくちゃかっこいい!」
「いつもそんな恰好だったらもっとリューちゃんが好きになっちゃうよ」
「普段もこの格好では堅苦しくてしょうがないだろう?」
「でもでも、すごく目立つ。絶対リュー兄もかっこいいって思った!」

そうだろうか、とウィリディスがリューイを向く。リューイはフィーディスとともにクラルスと話していた。
ウィリディスを見つめて驚いたように固まってはいたが果たしてどう思っていたのだろうか。
リューイを見つめていれば会場の中のざわつきが収まっていく。

「あら、息子くんとリューイ君も来たわね。じゃぁそろそろパーティを始めましょうか」
「みんな、いつもありがとう。今夜は普段の慰労パーティとは違うけれど小さなお客様たちがいるから是非とも一緒に楽しんでいってほしい」

アクティナとアカテスの言葉に数人がリューイたちを向く。
笑顔を向けられたレックスとシルバがもじもじとする。それでもはにかんだ顔を見せれば周囲から、かわいいという声がぽつぽつと聴かれた。
時折小さな子供の姿がうかがえるがここで働いている者たちの家族だろうかとリューイは考える。ニキアスの家族の姿は見えない。二人ともαだからリューイがいる以上顔を出せないのだろうかと考えてしまった。

「どうした、リューイ」
「…せんせーのお兄さんの家族、きてないのかなって」
「気になるのか」
「せっかくのパーティなのに俺がいるせいで来られないのかな…」
「いや、二人ともあまりこういった場が好きではないんだ。働く者たちをねぎらう日があるんだが、その日にはちゃんと出てきている。気にするな…」
「ん……でも」
「リューイ、今日はお前たちのためのパーティだ。そんな顔をせずに楽しむといい」

ウィリディスの言葉に重なるようにして、乾杯の言葉が広がっていく。
レックスとシルバは連れ立って料理を取りにテーブルへと向かって行く。

「りゅーちゃ、ごはん食べよう」
「リュー、おいしそうなものがあるよ。行こう」
「うん」

二人の言葉にうなずいたリューイはウィリディスのそばを離れて人波に入っていく。
ウィリディスは一人嘆息してから自分も料理を取りに行った。テーブルには種々様々に料理や酒が並ぶ。
今日のパーティも、昔からこの家で行われてきた働く者たちのための慰労パーティも朝準備を終えた後は配膳や片付けなどを外部の信用のおける企業に委託をして楽しむ。
家族を連れてくることも許可されているため普段は屋敷に来ることのない子供たちがやってきてよりにぎやかになる。
現にレックスとシルバに子供たちが近寄ってきて声をかけた。二人は知らない相手に少し戸惑うも幾分か言葉を交わせばはしゃぎながら料理を食べている。

「あ、ハムがある」
「リュー、ハムが好き?」
「好き。ベーコン巻もあるじゃん。んんー!おいしい…」
「りゅーちゃ、これ、好き」
「なになに?」
「あのね、お野菜漬けたやつ」
「生ハムでピクルス巻いたみたいよ。クラルス、しょっぱくない?」
「ぽりぽりする」

にんじんのピクルスを巻いた生ハムを食べながらクラルスは幸せそうにしている。
リューイはその様子を見て同じように笑えばフィーディスへと視線を向けた。

「フィーディス、少し俺に力かしてくれる?」
「なんで?」
「時間が欲しいんだ」
「…何のための時間かは聞かないけど予想は外れてないだろうから本当は手伝いたくないことも知っておいて」
「うん」
「リューが、笑うから手伝うんだよ?」

フィーディスがうなずけばリューイはありがとうとつぶやいた。
クラルスと話しつつ食事をしていれば何人か顔を覚えた者が声をかけてくる。
二言三言言葉を交わせばまた次が来る。
クラルスはニウエとおそろいの蝶ネクタイに気づいてもらえれば満面の笑みを見せていた。

「楽しそうね」
「あ、はい!すごく楽しいです」

アクティナとアカテスがやってくる。
アクティナはその美しさに引けを取らない程の赤いパーティドレス、アカテスは黒のタキシード姿だった。
それぞれの胸元には白い花が飾られている。

「てぃーちゃ、おいしい」
「本当?喜んでもらえると作った厨房の者が喜ぶわ。たくさん食べてね」
「うん」
「スーツもありがとうございます…みんなすごく似合っていて俺も嬉しいです」
「そう?ふふ、本当は息子くんとリューイくんは白のお揃いにしようかと思ったのよ。でもそれがいいわね」

おそろい、と聞いて僅かに頬に赤みがさすも頭を振ってからリューイははにかむ。
クラルスは変わらずもぐもぐと食事をするしフィーディスはそれを見ながら時折レックスたちの呼び声にも耳を傾ける。

「……そうだ。あの、アカテスさん、もしいま大丈夫なら少し時間もらえますか」
「いいよ。ティナ」
「えぇ。もうしばらくしたらダンスの時間だから早めにね?クラルスくん、フィーディスくん、私と少し会場回らない?テーブルごとに違う料理があるのよ」

クラルスはアクティナから差し出された手を握る。
フィーディスはリューイを見てからアクティナに従った。その場に残されたリューイとアカテスは会場から誰もいないテラスへと移動した。

「どうかしたのかな?」
「…せんせーの実験のことで相談があるんです」

少し緊張感のあるリューイの声にアカテスの眉が僅かに動く。しかし彼はリューイの話の中身を想像できただろうに、何も言わずに静かに先を促した。

「実験体に、俺を推すことはできますか」
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