世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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水も滴るなんとやら。濡れた素肌に唇を寄せて 3

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「フィー兄、速かった!」
「ルーナといい勝負だったね」
「すごいなフィーディス…ルーナもよくがんばったな」

休憩の後フィーディスとルーナは泳ぎの勝負をした。
もともと競泳のために作られたプールではないため、プールの外周を泳いで競うという形になった。
結果はルーナが速かった。
しかしフィーディスも負けてはいなかった。

「フィーちゃん、泳ぎ教えて!」
「俺も!」
「僕、ルーナと泳ぐ」

プールにすっかり慣れて楽しそうにはしゃぐ姿を見つめながらリューイは水に揺られる。浮き輪に身を預けて揺られるままになるのはとても気持ちよかった。
水面が大きく揺れて顔を向ければウィリディスがプールに入っていた。

「泳ぐの?」
「深いところに行かないように見ている」
「そう」

フィーディスに掴まってバタ足をするレックスとシルバを見つめているリューイをウィリディスは見つめた。
手を伸ばし濡れた髪を撫でる。
顔をウィリディスに向けたリューイは少しはにかんだ。髪を撫でていき少しうなじに届くほどの毛先をつまむ。

「白髪でもあった?」
「その年齢で白髪などあっても困るだろう」
「じゃぁなに」
「伸びたな…」
「そうだね。ウィルと出会ってから半年近くだもん。あぁ、そろそろ次の発情期か…」

時間が流れるのは早いものである。
ウィリディスは前回のリューイの発情期を思い出していた。
あの時のように今回もリューイがおかしくなったらどうするか。

「ウィル…ねぇ…俺のためにまた時間くれる?」
「もちろんだ」
「じゃぁ次の発情期は二人きりがいい。ほかのだれにも邪魔されずに抱いて」

リューイのおねだりに髪を撫でていた手が止まった。
前の発情期から間もなく三か月が経とうとしている。二人きり、と言われてもおそらくレックスたちが養子先と一緒になるのはリューイの発情期明けだろう。

「…ごめん、無理言った」
「そうじゃない。お前と二人になったとして、レックスたちをどうしたものかと思ってな。一週間お前の体調不良を言い訳にすることもできるが、余計な心配をかけてしまうだろう」
「そうだね…」
「昼間は普段辛いか?」
「あんまり」

首をふるリューイを見つめ近場で研究室の誰かが発情に入るか考えていた。
ウィリディスがいなければ最終的な実験はできない。
いっそリューイの発情期間、全て休みにするか。そのためにはほかの意見も聞かなければなるまい。
実験の回数が重なるばかりで考察ができてないものもいるだろう。

「夜。部屋の鍵を締めてお前とふたりきりになるならば構わないな…昼は無理をせずに過ごせばいい。俺がいる。今回は頼ってくれるんだな?」
「うん…」

リューイは少し恥ずかしそうにしつつうなずいた。
軽く頭を撫でればレックスに呼ばれてウィリディスはそちらに向かって行く。
火照ったほほを水で冷やすかのように頭までプールに沈み込む。
水面を水中から見れば日の光がキラキラしている。
こぽ、と吐き出した泡が浮かび上がって消えていく。

「リュー!」

ざばぁっと体が持ち上がる。ぽたぽたと前髪から雫を落としながらリューイは慌てた様子のフィーディスを見つめた。
背中にフィーディスの手が当たるのがわかる。

「どうしたの、気分悪い?沈み込んで大丈夫?」
「あ…あぁ。大丈夫だよ。ごめんな。ちょっと頭冷やしたくて沈んだんだ。心配させたな」

背中に回った腕に力がこもる。
苦笑するほかないリューイは静かにフィーディスに抱き着いた。

「今日は何もしないから俺たちと寝ようよ」
「うん?いいぞ。みんなまたあのふわふわのパジャマ着て同じベッドに寝ような」
「うん…絶対だよ」

約束と指切りをして二人はシルバに呼ばれて振り向いた。
シルバはじゃぼじゃぼと溺れかけているのではと思えるほどの動きで二人のもとにやってくる。
足がつく場所で立ち上がれば息を切らしながらフィーディスを見て笑った。

「フィーちゃん、泳げた!」
「うん、できたね。レックスは?」
「今先生と泳ぎの練習してるよ」
「楽しいな、フィーディス。水の中に入っちゃうと写真が撮れないのが難点なんだが」
「…あの人たちが、カメラマン呼んでるみたいでわりとさっきからシャッター音がしてるよ」

シルバはフィーディスに練習の成果を見せて満足したのかまたじゃぼじゃぼと音をさせて戻っていく。
それを見送りつつフィーディスの言葉にリューイは周辺を見回した。だがカメラマンと思わしき姿はないように思える。

「かなり性能のいい望遠レンズ使ってるのかな。リューがシャッター切ってるのはいいけど自分が映らないから気にかけてくれたんじゃない?」
「あー…それはうれしいな。じゃぁ俺たちもいっぱい遊ばないと」

そういえばリューイはなぜいつもみんなの写真を残そうとしているのだろうか。意味があるのだとしたら何だろうか。

「ねぇリュー…どうしていつも俺たちの写真を撮ってるの」
「…いつかさ、俺たちに家族ができて別れることがあってもみんなの笑顔を残しておけたらいいだろ?養子先に行く前に今までの記録を全部印刷してアルバムにしようかなって思ってるんだ。それを見ればいつだって寂しくないぞ」

フィーディスの腕を引っ張りながらリューイは深みに落ちる。
支えようとしたフィーディスも一緒に水へと落ちていく。水中でリューイを抱きしめたフィーディスはほほに伸ばされたリューイの手に導かれるようにしてキスをした。
放したくない、だけどリューイはフィーディスから離れてしまう。
近くにあったように思えたリューイの心がすごく遠くに感じてしまう。
水面に顔を出せば、ぽーっとしたリューイがフィーディスを見つめている。酸欠で頭が働かないのだろうかと心配していればリューイはいきなり笑い出した。
水を飲んで気でも狂ってしまったのだろうか、と本気で心配する。

「ごめん、ごめん。びっくりさせたな。うん、さっきのキス気持ちよかった」
「うぇ?!待って…どういうこと…」
「そのまんま。キラキラした光にフィーディスが包まれて神秘的だなぁって思ったんだけど…周囲の環境が変わるだけで気持ちよさも変わるとは思いもしなかった」
「……また沈めるよ」
「やだ。ほら、クラルスがびっくりしてこっちに来ようと頑張ってる。ルーナが浮き輪のロープ噛んで連れてきてくれてる」

浮き輪にしがみつき、ルーナに引っ張られるままクラルスはリューイに腕を伸ばした。
ルーナはフィーディスの匂いを嗅いでは三人の周囲をぐるぐると回っている。

「りゅーちゃ、沈んだ?」
「うん。足を踏み外して驚いて」
「大丈夫?」
「大丈夫。あー、でもそろそろもう一回休憩入れたい」
「結構水の中で動くと疲れるもんね。クラルス、ルーナ、おいで」
「うん」

浮き輪のひもをフィーディスが引き、ルーナを傍らに従えてプールサイドへ向かって行く。リューイは水中を進みながらレックスとシルバ、ウィリディスのもとへと向かった。

「せんせー、もう一回休憩しよう。ずっと水の中だとふやけちゃうし、思ったより体も冷えるだろ」
「ふやけちゃうの?大変!」
「うん、大変。ほら、俺にもう一回泳ぎの成果見せて」
「わかった!」

レックスとシルバはまだまだ泳いでいるという風には表現できないほどであったが、一生懸命足をばたつかせてプールサイドに向かって行く。
くすくすと笑いながらリューイは隣を見上げた。

「ウィル」
「なんだ」
「えいっ」

名前を呼んで自分を見た瞬間にリューイはウィリディスの体を力の限り押した。
そんなことをされるとは夢にも思わなかったウィリディスは容易く水中に倒れる。
その体を追うようにしてリューイも水中にもぐれば目を見張るウィリディスがいた。
小さく笑い、ウィリディスに口づける。リューイの体に腕が回り抱きしめられれば自分たち二人だけの世界にいるように思えた。

「…ふはっ…ははは、ごめんね、ウィル」
「…けほっ…どうした、いきなり」
「なんとなく」

リューイはウィリディスの手を引っ張り進んでいく。水の抵抗のためか歩みは普段よりも遅い。
プールサイドにつけば二人も水から上がる。
レックスとシルバはアクティナが座る椅子のそばでタオルを広げて横になっている。
クラルスはタオルに座りそばに横たわるルーナに寄りかかっていた。

「たのしそうね、リューイくん」
「…楽しいです」
「リュー、はい、お茶」
「ありがとー」

リューイはウィリディスの手を放してお茶を受け取ろうとした。
しかしウィリディスは手を離さず代わりにお茶を受け取った。
ウィリディスとフィーディスの間で見えない火花が散る。

「あらあら…若いわねぇ」
「隠さなくなったことはいいことだね。私達ができなかったことをリューイくんがやってくれているわけだ」

アカテスは笑う。アクティナも大きくうなずいた。
幼少からあまり感情を出さず喜怒哀楽の変化が乏しかったウィリディスだが、リューイと出会ってから驚くほどに表情に変化が出た。

「リューがお茶を飲めないのでその手を離してもらえませんか」
「片手は空いているだろう」
「せんせーが持っていたら飲めないよ」

ウィリディスからお茶を受け取れば軽く冷ましてからリューイはくぴ、と飲む。
ほっと息を吐けばウィリディスの手を引いてクラルスの隣に腰を下ろした。
クラルスはルーナの濡れた毛を撫でながら目を閉じている。
クラルスの小さな手に撫でられルーナは気持ちよさそうだった。

「クラルス、俺も撫でて」

リューイが声をかければ少し驚いた様子のクラルスだったが、笑顔になれば立ち上がりリューイに手を伸ばして濡れた頭を撫でる。
笑い声を漏らすリューイに引き寄せられ、レックスとシルバもクラルスに撫でて、と言いにきた。
リューイを撫でていたクラルスは自分の手とリューイを見比べて困った顔をする。
レックスとシルバを撫でるには手が足らないということだろう。

「レックス、シルバはクラルスが撫でてくれるから二人は俺のこと撫でてー」
「リューちゃんを俺たちで?フィーちゃんが仲間はずれだよ」
「フィーディスも混ざりたい?撫であい」

じっと見つめていたフィーディスだがリューイの言葉には静かに首を振る。

「りゅーちゃはなでなでいいの?」
「俺はクラルスにもういっぱいしてもらったからいいよ。シルバとレックスをしてあげて」
「うん。なでなでするね」
「いい子」

クラルスは自分の前に座ったレックスとシルバを交互に撫でた。二人はくすぐったそうに笑えばクラルスの小さな手に頭をくしゃくしゃにされている。
穏やかな時間だった。
アクティナとアカテスはリューイたちを笑顔で見つめている。
気づけば、心地よい風と遊び回った体の疲れから、撫で合いをしていたはずの三人はリューイにもたれて寝息を立てていた。
クラルスがリューイの腿に頭を乗せている。ルーナも目を閉じていた。

「みんなが寝ているうちにリューイくんも遊んできたら?」
「俺はいいです。滑るのも怖いし、わりとたくさんはしゃいだし」
「あら、遠慮しなくていいのよ?」
「遠慮ではなく…」

眉を下げたリューイはウィリディスを見た。
両親からの期待に満ちた目を受けてしまえばウィリディスもリューイの味方はできない。

「リューイ、写真を撮りたいんだろう。せっかくだからいくか?」
「うえぇ…やだ…」
「俺が下にいるから怖くはない」
「落ちるのよりも早いのが嫌だ」
「目を閉じればあっという間だ」
「……ご褒美」
「お前の好きなように」

ううぅ、と唸りながらリューイはクラルスを起こさないようにそっとタオルに寝かせると立ち上がった。
ウィリディスがともにプールに向かえば一人でプールサイドにできたスライダーに登る。
高いところが嫌いならそもそもウィリディスの部屋にはいられないだろう。
スライダーも安全設計として、滑る途中でスライダーから飛び出さないように縁は高めになっている。
水が流れ落ちており摩擦が殆ど無い。ゆえに滑る。かなりの速さで下まで落ちる。
座ったリューイだがなかなか手が離せないでいる。
ウィリディスはリューイとぶつからぬように離れた場所で待ち構えていた。

「怖くない怖くない怖くない…」
「リューイ」
「…怖く、ない…」

リューイとウィリディスの視線がかち合う。
ウィリディスがうなずけばリューイは目を強くつぶり手を放した。
水が流れる勢いのままリューイは滑り落ちてくる。
大きな水柱が立つ。
ウィリディスは水に潜り気泡に埋もれたリューイを抱き寄せる。
水中でウィリディスを見たリューイに笑いかければ先程リューイにされたことをやり返す。
体を抱き寄せ、口づけた。
水の中では周りの音がしない。口を放せば互いに息が泡となって登っていく。

「…次はもうやんない」

水面に顔を出したリューイは開口一番に告げた。
ウィリディスは笑ってから髪をかきあげた。

「わすれんなよ、ご褒美」
「わかっている。欲しいものを考えておくといい」

ウィリディスにつかまりながらリューイは己の唇に触れた。
水の中なのに熱を感じた。
ご褒美なんて決まっている。ウィリディスもわかっているのだろう。

「…アイス食べたい」
「体を冷やしても知らないぞ」
「熱々のお風呂で温まるから大丈夫」

呆れたと言葉にはしないがため息を付いたウィリディスだった。
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