世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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水も滴るなんとやら。濡れた素肌に唇を寄せて 2

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プールにはルーナもいた。
クラルスの周りを泳いでいる。クラルスはしっかりと浮き輪に掴まり波に揺れ水面を見ている。

「クラルス、楽しい?」

腰の高さほどの深さの場所だった。
水の抵抗を感じながらリューイは歩いてクラルスのもとに行く。ルーナが近づいてきて頭を押し付けてきた。
なだめるように頭を撫でてやりながら笑顔のクラルスがすべてを物語る。

「りゅーちゃ、お水冷たい」
「うん」
「ぷかぷかするの気持ちいい」
「うんうん」
「あのね、しゅーってしたいんだけどあそこ深いからだめよーっててぃーちゃに言われたの」
「しゅー…って、あぁ」

クラルスの言うしゅー、とは今もレックスが笑い声をあげて水に滑り落ちてきたあのウォータースライダーのことだろう。
勢いをつけて滑り落ちてくるためあの周囲はクラルスもレックスたちも足がつかないほどの深さになっている。泳ぐのに慣れているわけではないため危険が伴う。
水が冷たくて気持ちいいとはいってもただクラゲのように漂っているだけではつまらないのだろう。
腕にしがみつくクラルスを引っ張りプールサイドに腰を下ろして足だけ水に入れているウィリディスのもとへ寄った。

「ねぇ、せんせー。クラルスのこと抱っこしてあのスライダーから滑り落ちてこれない?」
「できないことはないが……」
「あそこね、深いんだって。クラルス一人で滑って落ちてきて何かあったら大変じゃん?」
「なるほど。クラルス、俺と滑るか?」
「いいの?」
「もちろんだ。危なくないように全力を尽くそう」

ウィリディスの言葉にクラルスはぱぁっと顔を輝かせた。
大きくうなずいたクラルスを水から上げたウィリディスは反対側のサイドにあるスライダーの登り口へと向かって行く。
クラルスが先ほどまで使っていた浮き輪にしがみついて水面に浮かびながら二人の姿を目で追いかける。
クラルスはワクワクしているのかてっぺんまでつけばウィリディスを振り返る。
ウィリディスは先にスライダーに座ればクラルスを足の間に座らせた。二人の姿に気づいたらしいレックスとシルバが到着地点から離れていく。

「ほら、ルーナ。クラルスが手を振ってるぞ」

リューイとルーナに向けて手を振っているクラルスにウィリディスが何かを囁けばうなずいたクラルスとともに滑り落ちてくる。
かすかな悲鳴のようなものも聞こえた次の瞬間にはもう水柱が立っていた。
水面に浮かんだウィリディスはクラルスを腕に抱えている。頭からびっしょりと濡れたクラルスは目を丸くしてウィリディスを見上げていた。

「大丈夫か、クラルス。水を飲んだりは…」
「へーき。びっくりした」
「あっというまだったからな」
「楽しかった」
「そうか。それはよかった」
「せーせ、ありがとー」
「どういたしまして」

クラルスを腕に抱いたまま浅いところへとウィリディスは泳いでくる。泳げるのか、とリューイは感心しながらクラルスのもとに向かって行くルーナを追いかけた。プールのへりに近いところが一番浅くクラルスの顎の下あたりで水面が止まっていた。

「クラルス、どうだった」
「楽しかったー!」
「そうか、それはよかった。はい、浮き輪」
「りゅーちゃはやらないの?」
「俺、あぁいうの苦手なんだよ」
「せーせが一緒なら怖くないよ」
「そういう問題でもないんだなぁ」

苦笑するリューイはクラルスの隣で水に浮かぶ。漂う様子を見つめていたクラルスだったが浮き輪に掴まればリューイの隣に浮かんだ。
レックスとシルバがばちゃばちゃと大きな音を立てて二人のもとに来る。
フィーディスはプールサイドを歩いてやってきた。

「リューちゃんは泳がないの」
「俺こうしてるだけでいいやー…」
「泳ごうよー。俺たちとあれ滑ろう」
「だから俺怖いんだって。なんだ怖いのを俺にすすめるかなぁ…あ、どうせだからボールでも投げるか?」
「ビーチバレー!」
「この前テレビで見たよ」

ビーチじゃないけどなという突っ込みは流され話を聞いていたウィリディスがビニールでできたボールを持ってくる。
浅いところだけにするように、とウィリディスは声をかける。楽しくなって深みにはまってしまっては大変である。
ぽーんと投げられたボールは水面に落ちる。レックスとシルバが競って取りに向かう。しかしそれよりも先にルーナがボールにたどり着いて鼻で水面を転がした。
ぱちゃぱちゃと水面を蹴るクラルスはルーナのそばに行こうとする。ルーナはそれを見てボールを放り出してクラルスのもとへと向かった。

「ルーナ、ボールほしい?」
「じゃぁ次はルーナね!」

シルバより少し早くボールを手にしたレックスが不安定ながらボールを投げる。
飛んでいったボールをルーナが追いかけて鼻先で転がしながらクラルスのもとに持ってくる。
クラルスはボールを受け取るとルーナの濡れた頭を撫でた。

「しーちゃ、ボール」
「オッケー!こい!」

クラルスの投げたボールはシルバの遙か頭上を越えていく。
腕力がついたなぁ、と思っていればフィーディスが泳いでボールを拾ってきた。

「泳げたんだな、フィーディス」
「うん。はい、シルバ」
「ありがとう、フィーちゃん。フィーちゃん、泳ぐの上手だね」
「教えようか」
「いいの?」
「シルバがやるなら俺も!」

ボール遊びから泳ぐことに夢中になってしまったレックスとシルバを悲し気に見ていたクラルスはリューイとウィリディスを向く。
苦笑して二人がそばに行けば腕を伸ばしてきたクラルスを抱く。

「俺たちは俺たちで遊ぼうか。クラルスが泳ぎたいなら一緒にやるけど」
「遊びたい」
「うん、じゃぁ、遊ぼうか」
「みんなー!いったん休憩にしましょう?おやつも用意してあるからいったんあがっていらっしゃい」

アクティナの声がした。
レックスとシルバが先にプールから上がっていく。
クラルスをプールサイドに上げればルーナも一緒にあがって大きく身を震わせた。
飛び散った水滴に笑い声が上がる。
フィーディスがボールと浮き輪をもって上がればリューイを向いた。
Tシャツを着てはいるがそのシャツは水にぬれて肌に貼りついている。
冷たい水のせいでどうやら硬くなってしまったらしい胸元の突起が浮かび上がっている。
正直いやらしい。
フィーディスはそれを指摘せずにルーナとクラルスとアクティナのもとに行ってしまった。

「どうしたんだ、あいつ」
「いいたいことはわかった」
「え、そうなの?なになに」

ウィリディスを向けば何も言わずにリューイを見下ろす。
ただその視線の先を見てリューイは叫び声を上げそうになった。

「ただの裸よりも強調される分、より…というところだろうな」
「着てなかったら着てなかったで問題なのに、着たらこれって…笑ってはいるけどウィルのせいでもあるんだからな」
「そうか、それはすまない。次は自重しよう」
「うそ、絶対自重しないだろ」

真っ赤になったリューイを見て笑いながらウィリディスは水から上がる。
意識してしまって恥ずかしいばかりのリューイを見てからプールを離れればタオルを持って戻る。

「リューイ、タオルをかけておけば気にはならないだろう?」
「…わかった」

うなずいたリューイはプールから上がりしっかりとタオルを肩に巻く。
胸元は隠れる。ほっと息をついてからアクティナたちが用意したテーブルに向かった。
アクティナはまた紅茶を淹れたらしい。
湯気まで香るあたたかなカップを受け取ればリューイは息を吹きかけて少し冷ます。
レックスやシルバはたっぷりのはちみつをいれていた。
甘い紅茶に顔を綻ばせる様子を見ながら自分ももっと精進せねばと決める。
まだアクティナのおいしさには届かない。

「あのね、ルーナがすごく泳ぐの上手なの」
「フィー兄と勝負したらどっちが速いかなぁ」
「ルーナだよ。ルーナのほうが、ぴゅーって行けるもん」
「じゃぁフィーちゃんに泳ぎ教えて貰う前に勝負しなきゃ」
「フィー兄、いい?」
「ルーナのほうが速いと思うけどなぁ」

フィーディスはミルクをたっぷり入れた紅茶を飲む。
ミルクも濃厚だが紅茶の香りと味がしっかり出ているためか負けることはない。
ミルクの甘味だけでも十分満足できる。

「おいしい…」
「あら、ありがとう。まだあるわよ。色んな種類があるのだけどお好きな香りはあるかしら」

フィーディスがこぼした一言を聞き逃さなかったアクティナの目が輝く。
どの茶葉がいいかしらと様々に缶を開けてフィーディスに渡す。
アカテスがいないな、と顔をプールに向けたリューイはウィリディスとアカテスが泳ぐ姿を見つけた。
近付いて二人が泳ぐ姿を見つめた。全体的に広いプールであるが、深いところはそれほど広さがあるわけではない。
ゆるく流すだけの二人は競っている様子はない。

「どうしたのかな、リューイくん」

アカテスの声にハッと我に返る。
リューイがしゃがみこむ縁のところまで二人はやってきていた。
二人とも髪が濡れていつもと雰囲気が異なっている。濡れた鎖骨を見るとリューイはドキドキとしてしまった。

「…息子くん、ティナから紅茶をもらってきてくれるかい?淹れたての濃いやつがいいなぁ。それからホットミルクと蜂蜜もね?」
「…わかった」

水から上がったウィリディスはリューイとアカテスをそこにおいてアクティナのもとへと歩いていく。
水が体を伝って落ちていく。

「息子君とは仲良くやっているようだね」

プールサイドに座ったアカテスはリューイに話しかけた。肩を大げさなほどに揺らしてリューイはアカテスを見つめた。

「ふふ、そうか。うん、いいことだね。息子くんは本当にあまり人と付き合ってこなかったから君と出会ってからきっといい経験がたくさんできているんだろうね。少しまとう空気が変わっているんだ」
「そう、なんですか」
「うん。優しくなった。君やあの子たちを見る目がとてもやさしいね」

アカテスの言葉にリューイは言葉を発することができなかった。
アカテスはそれでもかまわないのか言葉をつづける。

「だから、君を手放せなくなっているね」
「……俺だってせんせーを手放せません」
「愛してる?」
「はい」
「…なら、君を引き取りたいと申し出ている家には断りを入れたほうがいい?」
「…それはロシ家であってますか」
「気づいていたのかい?」

アカテスは驚いたように目を丸くする。
リューイは苦笑してアカテスから視線をそらし誰もいなくなったプールを見つめた。
いつから気づいていたか、なんて自分でもわかってはいない。だが、ただ捨てられたにしてはあまりにもおかしかったのだ。
年齢と体格もそうだが、働いてきたというにはあまりにも多い金銭、どこか良家の子供ではないかという身のこなし…養子先に行くというのにリューイを迎えにくるという。

「多分、確信が持てたのは俺自身がせんせーを好きだって気づいたあたりなんだと思う」

俺の運命、とささやくフィーディスを思い出す。
それに反応した自分がいた。フィーディスが?と思ったときがないわけではない。
きゅっと手を握る。

「俺の、運命の番はたぶん、フィーディスなんだ。本当の名前も、αであることも、どうして隠しているのかはわからないけど、俺の中にあるΩはフィーディスに反応する」
「惹かれはしない?」
「運命の番が惹かれ合うのは知っているけど、でも俺は」

カップを持って戻ってくる姿を見つめた。
リューイがただひとり心に決めたのはウィリディスだけである。
もし、フィーディスが、本当にαで、リューイの運命の番なのだとしたら、ウィリディスへの気持ちはなくなってしまうのだろうか。

「…約束なんて、しなきゃよかった」

一筋だけ流れた涙を見たのはアカテスしかいない。
涙と同時にこぼれた言葉も聞いたのもアカテスだけ。アカテスはそのことをウィリディスはおろかアクティナにも告げることはなかった。
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