世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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炎のごとく燃える君 6

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「リューちゃん、ずっとそわそわしているね」
「先生から連絡があったんだって」
「せーせ、くる?」

リューイがアクティナと話しているその時、レックスとシルバは休憩と称して中庭の端に腰を下ろしている。
クラルスはルーナとともに二人のそばにいるがフィーディスは馬を乗り回していた。
クラルスはルーナに抱き着いている。ルーナはクラルスが常時抱えている白い犬のぬいぐるみを見つめた。

「ルーナ、それはね、クラルスの友達でニウエっていうの。君にそっくりでしょう?」

シルバの言葉にルーナは一声鳴いた。顔を近づけてニウエの匂いを嗅ぐ。
クラルスはニウエを持ち上げてルーナに見せた。

「ニウエとルーナはお友達?」
「友達だよ。クラルスが友達になったんだから」
「うれしい。ルーナ、ニウエと仲良くしてね」

クラルスのほほを舐めてルーナが返事をする。
クラルスはくすくすと笑いながらルーナの首に再び抱き着いた。

「おーい、休憩終わった?」
「リュー兄が呼んでる。まだだよー」

クラルスは名残惜しそうにルーナから離れてシルバとレックスと並んで走る。
あとからルーナも追いかけてきた。

「ちょっと休憩しよう。水分とらないと倒れちゃうぞ」
「今日はね、新鮮な野菜をジュースにしたのよ」
「野菜ジュース?」
「トマトは?」
「ふふ、入ってるのもあるわ。いくつか用意してもらったのよ。好きなものが見つかるといいのだけど」

テーブルに並べられたクッキーとグラスを見てはしゃぐ。
リューイもつられて笑顔になれば適当にグラスを一つとった。まるで吸血鬼が飲む血液のように真っ赤なそれは口に含めばトマトの香りがした。

「おぉ、めっちゃトマト…」
「トマトだと先生が飲めないねー」
「先生、トマト嫌いだもんね」
「最近は嫌な顔しつつ食べてくれるんだぞ」

リューイがほほを膨らませつつ告げた。
アクティナは軽く目を見張る。ウィリディスがトマトを嫌うのは知っていたがそれを食べさせるとはなかなかである。
子供たちは口々にジュースにはこれが入っている、あれが入っていると口々に話していた。
クッキーにも野菜が入っているらしい。一つ食べてそのさくっとした食感にほほをほころばせる。

「リューちゃん、これ家でも作って」
「じゃぁあとでみんなで厨房行って作り方教えてもらおうね」
「うん」
「気に入ったの?」
「うん、おいしい」

レックスが笑顔でうなずきを返せばアクティナは嬉しそうに笑う。
ぱくぱくと消えていくクッキーを見ては追加したほうがいいだろうかと考える。
リューイは端末を構えては何度もシャッターを切った。あとでウィリディスがやってきたのなら見せたいのである。

「かわいいなぁ…ほら、もっとこっち見て」
「リュー兄も食べないの?」
「食べるよ。でも最高に俺の弟たちの笑顔がいいからもっと見たいってのも本当かな」
「じゃぁリューには俺が食べさせてあげるよ。ほら」

脇からフィーディスが手を伸ばしてリューイの口もとにクッキーを運んだ。
もぐもぐと頬張りつつフィーディスにも端末を向けて写真を撮った。
少し意表を突かれたか目を丸くしたフィーディスの顔が残った。

「フィーディスもかわいいじゃん」
「俺はかわいくないよ」
「かわいいよ。ほらこの顔見て」
「かわいくないよ」

ため息を漏らしてフィーディスはリューイの口にクッキーを押し込んだ。
もぐもぐと口を動かすリューイはフィーディスを見てわずかに微笑んだ。

「おいしい」
「リューちゃん、俺からもあーんして」
「あー」

リューイは口を大きく開ける。そこにシルバはクッキーを入れた。
おいしい?と聞いてくるシルバにうなずきを返せばレックスもクッキーを差し出してくる。
ぱくぱくと食べているクラルスは顔を上げれば二枚を両手でつかんでレックスとシルバにそれぞれ差し出している。
二人ともクラルスが差し出しているクッキーを食べて仲良く笑っていた。

「おいしいね」
「うん、おいしい。ニウエもおいしいって」
「ねぇリューちゃん、いつ先生くるの?」
「こっちに向かうよって連絡きたよ。俺たちがここに来るまでかなり時間がかかっただろ。だからそんなすぐにはこないよ」
「そっかぁ」
「先生にリュー兄は早く会いたい?」
「うん、会いたい」

小さくつぶやいたリューイは苦笑を漏らす。
クラルスがアクティナからルーナのためのおやつをもらったことに気づけばそれをあげる様子を見つめていた。
クラルスはルーナに、お手、と言って笑顔で見つめている。
クラルスの手よりもはるかに大きな前足がぽすんとクラルスの手に乗る。感激したようにクラルスはリューイに顔を向けた。
クラルスはルーナのために手のひらにおやつを乗せた。ぺろっと肉厚の舌がクラルスのそこからおやつをなめとっていく。

「くすぐったい」
「そっか」
「おいしい?」

クラルスはにこにことしてルーナを見つめた。
ルーナは丸い目でクラルスを見かえせばしっぽを振った。
穏やかな時間であった。

「リューイくん、そろそろ息子くん来るみたいだけどどうする?」
「迎えに行きます」

一度休憩をはさんでレックスたちはまたルーナや馬と戯れていた。
今度はリューイも混ざったが少し疲れてしまったのもありアクティナと雑談をしていた。
その途中のことである。
日も傾きかけて執事やメイドたちが夜の支度にとりかかっていた。
今夜はこの場所で食事らしい。

「そういえばアカテスさんは…」
「今夜は別件で仕事なのよ。明日には戻ってくるわ」
「そうですか」
「じゃぁ、執事を来させるから待っててね」

アクティナは足取りも軽く屋敷へと戻っていく。
リューイはそれを見送りながらはしゃぐ弟たちの姿を見て今夜はぐっすり寝れそうだなと笑った。

「お待たせ。リューイくん、すぐに行ける?」
「行けます」
「あとね」

アクティナが一緒に戻ってきた執事を示した。
それは紛れもなく駅まで迎えに来た執事である。ぱっと顔を明るくしたリューイはクラルスを呼んだ。
ルーナと走り回っていたクラルスは息を荒くしていたがリューイが呼べば笑顔で走り寄ってくる。
一緒にルーナも来た。

「クラルス、この人だろ。さっき口にした人」
「うん」
「いかがなされましたかな」

リューイに近寄りそれから執事を見たクラルスは笑顔になった。とことこと歩み寄れば執事のほうは膝をついて目線の高さを合わせた。

「あのね、ニウエが喜んでたの」
「ニウエ様が…?何かしましたでしょうか」
「僕のお友達、お席作ってくれてありがとうって」

アクティナがリューイをつつく。
二人の様子を見ながらリューイは彼がクラルスの持つぬいぐるみのために席を用意したうえにシートベルトまできちんとつけてくれたことを話した。
周囲から見ればただのぬいぐるみである。車に乗るときなどクラルスの膝の上にあればいいと思うのだろう。
しかしたとえぬいぐるみだったとしてもクラルスにとっては大事なかけがえのない友人なのだ。一つの命あるものとして扱ってくれたのがたまらなくうれしかったらしい。
ポケットを探り、小さな飴玉を出せばクラルスはそれを差し出した。

「あげる」
「よろしいのですか。クラルス様の大事なおやつでは?」
「いいの。僕もうれしかったから」
「そうですか。では、大切にいただきます」
「うん!」

リューイは胸が熱くなった。
こみあげてくるものを慌てて飲み込むとクラルスに近寄る。
クラルスはリューイを見て幸せそうな顔をしていた。

「よかったな、クラルス」
「うん!」

くしゃくしゃと頭を撫でればルーナとともにシルバたちの元へと走っていった。
リューイは執事に頭を下げる。

「このようなお礼を頂いたのは初めてです。小さなお客人に喜んでいただけて何より」
「彼はうちでも長く務めていてね?みんなから頼られているのだけど」

アクティナの言葉に執事は軽く首をふる。
リューイは笑えばそのまま彼とともに車に乗り駅へと向かった。

「若様からの連絡では急行に乗れたとのことでしたので駅についてからそう遠くないうちに来るかと思います」

執事の言葉にリューイはとたんにソワソワとした。
朝別れてから日にちが経ったわけではないのだが距離があるためか長く離れていた気がする。
ミラーごしに後部席に座るリューイを見て執事は口元に笑みを浮かべた。

「駅につきましたら列車が来るまで来るまでお待ち下さい。ほぼ利用する人間はおりませんが、大事なお客様に万一のことがあれば奥様、旦那様まして若様に顔向けできません」
「わかりました」

素直にうなずいたリューイは駅前に車が止まれば窓を開けて改札を見つめる。
何本か電車を見送れば、あれですねという執事の言葉に車を出て改札の前まで向かう。
降りてくる人影は2つ、リューイは薄暗い中迷うことなく目的の人物に飛びついた。

「リューイ?どうしてここに」
「早くウィルに会いたくてきた」
「…そうか」

ウィリディスは緩む口元を抑えた。リューイの髪を撫でて口づけようとするものの後ろから肩に手が置かれると体が跳ねた。
リューイが視線を向ければ満面の笑みを浮かべたアカテスがいた。

「アカテスさん…?アクティナさんはお仕事で明日まで戻らないって言っていたのに」
「うん。ティナに会いたくて頑張って仕事終わらせたんだ。それより息子くん、だめだよ。部屋ならともかくこんなところでなんて」

アカテスの言葉に真っ赤になればリューイはそそくさとウィリディスから離れる。

「車に乗って帰ろう。時間的にもごはんの時間だね。今日は子供たちが来るからティナが張り切ってメニューを考えていたよ」
「わかった。リューイ」

ウィリディスに声をかけられたリューイはうなずけばアカテスとともに車に乗り込んだ。
ウィリディスの隣に腰を下ろしてからリューイはほっと息をついた。それからアカテスに声をかける。
助手席に座ったアカテスは顔だけをリューイに向けた。

「誕生日プレゼント、ありがとうございました」
「喜んでくれたかな」
「はい。俺、万年筆って初めてだからまだ使い慣れないけどそのうち慣れたら手紙書いていいですか」
「なんと…!もちろんだよ。今手紙を書く人間なんていないからね。とてもうれしいよ。ティナと一緒に待ってるね」

うなずいたリューイはウィリディスを見つめた。
ウィリディスは優しくリューイを見返す。アカテスは二人の様子を見ながら微笑んだ。

「いい子だね、本当に」
「リューイ様だけでなく、ほかのお子様がとても良い子でして我々使用人一同とても微笑ましくなっております」
「だろうね」
「アクティナ様が朝からずっと楽しそうでしてそれも喜ばしいものです」

アカテスはうんうんとうなずいた。
後ろの二人が手をつないで微笑みあっていることなど知る由もない。

「それでね、ニウエによく似た犬がいて、ルーナって名前なんだけどすぐにクラルスと仲良くなったんだ。レックスとシルバは馬に乗ってた。あとで写真見せるから」
「あぁ」
「それからアクティナさんがだしてくれたクッキーがすごくおいしかったんだ。野菜使ったジュースもおいしくて。作り方聞いて覚えるからせんせーも飲んでね?トマトいっぱい使うから」
「それはやめてくれ…」
「えー、いいじゃん。せんせー、生のトマトはだめだって言ってたけどケチャップは食べられるでしょ。だからジュースにして食べよう」

ぶふっとアカテスが噴き出した。
珍しい様子に執事は驚くものの運転中ということもあり様子をうかがうことはできない。
後ろの二人の会話はほほえましくもあり、聞いていて楽しくもあった。

「せんせー、研究またとまっちゃった?」
「あぁ…どうしても納得がいかない。作用するものは絞り込めているんだ。だが俺たちの中でこれだと断定できるものがない」
「せんせ…」
「ついたよ、リューイくん、息子くん」

リューイの言葉を途中で切ったアカテスの声にはっとした。
屋敷に戻ってくればリューイは少し雑にシートベルトを外した。車のドアを開けてウィリディスよりも先に降りる。
アカテスが執事に礼を告げて先に歩いていく姿が見えた。リューイはそれを追いかける。

「…若様」
「なんだ」
「リューイ様は若様を慕っておられるのですね」
「…あぁ」
「たった一度の人生、どうか後悔などなさいませんよう。あなたさまも、リューイ様も。お二人が一緒に笑っておられると場が明るくなります」
「そう、見えるのか」
「はい。クロエ様を亡くされて塞ぎこまれて、長く研究に明け暮れた若様を覚えておりますので、今リューイ様と笑っておられる姿を見ると胸がいっぱいになります」

執事の言葉にウィリディスは柄にもなく照れた。
だが、小さくすまない、とつぶやくとリューイのあとを追いかける。執事はそれ以上何も言わずに車をしまいに向かった。
できることならばこの先も、とウィリディスは願う。歩いてくるウィリディスの姿に気づいたレックスとシルバが笑顔で走り寄ってくる姿に軽く手を上げつつ、アカテスを驚き一杯の顔で出迎えるアクティナへと視線をやった。
全身で喜びを表す母をどこかうらやましそうにリューイが見ているような気がした。
リューイの部屋は以前来た時と同じらしい。扉の花の絵が気になって少し前に頭の整理がてら調べてみた。

「私の胸の中で炎のように輝く…か。言われてみればそうだな」

誰にともなくつぶやいたウィリディスは自分の胸に手を当てた。確かに炎のように強く燃える想いがここにはある。
下手をすれば自分の魂さえ焼け焦げてしまいそうなその思いを消すこともできずにウィリディスは抱えていた。リューイも同じだろうか。
研究のことですら納得がいかないことのほうが多いのに、リューイのことまで考えてしまうと頭の中が整理しきれない。
重たく息を吐き出したウィリディスにリューイは近づく。

「ウィル…疲れてるなら寝る?」
「いや…」

心配そうな瞳を見つめ腰に腕を回す。
引き寄せられるままに体を寄せたリューイは少し顔を傾げた。
舌を絡めることはなくそのままただ唇を重ねる。目を丸くするリューイだったがウィリディスの胸に顔を埋めればすがるように服を握り締めた。

「ウィル…夜、部屋にいるから」
「それは…」
「ごはん、食べすぎるなよ」

顔を上げたリューイは笑って離れていく。
ウィリディスは顔を手で覆ってしゃがみこんだ。リューイから誘われるなどいつ以来か。
荷物預かりますね、とメイドが声をかけてくる。
鞄を渡したウィリディスは己を奮い立たせるとリューイのあとを追いかけて中庭へと向かって行った。
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