世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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炎のごとく燃える君

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「……もしもし」

クラートはけだるい体を動かしてベッド脇のライトの下に置かれた端末を手にした。
今日は休診日である。布団から手を伸ばしたせいで冷えた体を温めるためまた布団にもぐれば端末の向こうから声がした。

『クラート、今平気?診察中?』
「リューイか。どうした…今日は休みだから平気だ」
『そっか、よかった……それで、俺少し話があって』

端末ごしのリューイの声が緊張しているようだと感じた。
眠い頭を無理に起こしてリューイの話に耳を傾ける。

『この前は俺の誕生日、祝ってくれてありがとう。うれしかった…』
「教授と無事にいちゃついたか?」
『発情剤いれてないって言ったくせに』
「はは、悪いな。冗談だ」
『まったく………せんせーと、話したんだ。せんせーね、俺のこと愛してるって』

リューイの言葉にクラートの思考が一瞬で真っ白になった。
聞いてる?とリューイの言葉がするがまったくもって頭には入ってこない。あのウィリディスが愛していると言ったのか。
ウィリディスの気持ちはわかっていたがそこまで言うとは思いもしなかった。
リューイがフィーディスのもとに行くことも小耳に挟んでいたし何よりウィリディス自身が少し怖気づいているとも感じたからだ。

『俺も、あ、あ…愛している、って言った』
「はーー…朝から何を聞かされているんだ、俺は」

長く呆れまじりの声を漏らしてから寝返りを打つ。
惚気か、と突っ込みながらも口元は笑みを形作った。

「で、首輪は?」
『外してない』
「やっぱりかー…お前、自分の幸せ捨ててるの?」
『捨ててないよ。俺には約束が』
「その約束を盾にして番になることから逃げてんだろ」

クラートの声が低くなる。
リューイがわずかに息を呑む気配がした。ウィリディスはその場にいなさそうではあるがバレたら何を言われるかわかったものではない。
リューイは告げ口などはしないだろうが。

「お前は約束したからと言って番にはならない。だが教授には愛を囁く。そんなの都合が良いだけだろ。教授にもあのガキにも不誠実だ。二人ともお前の選択を尊重するだろうが、お前はそれでいいの?あいつらにとっていいお兄ちゃんでいたいだけなら、教授に愛してるなんて言うべきじゃなかった」
『そんなの…せんせーは一度俺を番にはしないって言ったんだ。他に相手がいるからって。だから俺はフィーディスを待つってうなずいたのに、俺だけが悪いの?Ωじゃないクラートにはわからない苦しみだろ。好きな相手には一度振られてるんだから』

クラートは口から出かけた言葉を飲み込んだ。
リューイに悪気がないことはわかっている。むしろ今の今までいろんなことがあっただろうに不満を漏らさなかった彼がすごいのだ。
さらに彼のほうがまだ若く経験も浅い。感情のコントロールの仕方などわかるはずもないだろう。
だが、クラートは堪えきれなかった。

「リューイ、俺はお前がうらやましいよ。恋した相手と結ばれることができる。お前が一番大事に思うのは誰だ?お前のことはまじめで面白くて、あの教授相手に好きだなんて言うとは思わなかった。でもな…教授にしろあのガキんちょにしろ、お前はうなじを噛まれれば相手と番になってずっと一緒にいられる。だが俺は…どう頑張っても無理なんだよ。俺は、αである限り俺が好いた相手がαなら結ばれることはないんだよ…!」

絞り出すような声だった。リューイの返答は聞こえなかった。
クラートの目の前から伸びてきた手が端末を奪い通話を切ったのだ。
端末を机に机に放り投げ腕はそのままクラートの体を抱く。むき出しの肌に同じくむき出しの肌が当たる。

「俺は、αだけどクラートを愛してる」
「…一緒にはなれなくても?」
「それでもこうして同じ時間を過ごせる」
「スピロ、お前が好きなのに、そのお前はΩとの番契約を決めて、俺はお前とセックスした…お前はお前の道を歩けるのに俺が縛り付けた」

スピロはクラートの髪をかきあげて額に口づけた。
唇から首筋へと唇を滑らせ肌を撫でる。

「わがままなぐらいがかわいい。あの少年もそのぐらいわがままになればかわいいだろうに。それよりもクラート…もう一回抱きたい」
「またかよ。お前、男を抱きなれてるみたいだけど誰かで練習したのかよ」

クラートは体を起こす。αらしく引き締まった肩や腰に赤いあとが残っていた。
横たわるスピロにまたがれば昨夜さんざん押し込められた部分がわずかにひきつった痛みを伝えてくる。
クラートを見上げるスピロの目には隠し切れない恋情がある。

「愛してる、クラート…」
「…俺も」

クラートからスピロにキスをするもののまだ問いかけの返答をもらってないなと思い出す。
腰を撫でる手を止めてじとっと見つめた。
スピロはクラートの考えなどわかるはずもなく首を傾げている。

「練習したのか」

手を止められたスピロはわずかに視線をさまよわせる。
体を起こして膝の上に座るクラートを抱き寄せて肩口に顔を埋めた。

「最後まではしてない。どう解すのかとか、どこ触ったら感じるかとか、いつかクラートを抱くことがあれば、と思って」
「最後までしてないのか?相手はΩだろ?」
「あんたがよかったんだ、はじめては」

クラートはため息を付いた。だがスピロの体を抱きしめて嬉しくなる。

「俺が初めて得たいと思ったのはクラートの心だ。クラートに近づくために勉強したし興味がなかった分野の研究もした。αだとしてもそばにいたかったんだ」
「お前熱心だな。そこまでしてほしいものか?」
「クラートは、同じαから見てもかっこいいと思うぞ?惹かれてやまない。俺がΩならお前に噛んでもらうために何でもするのにな」

ずるい、とクラートは思う。真剣な眼差しに酔う。
酒に勢いを借りてスピロに想いを告げた。同じ思いを返してくれた上に抱かれた。
αがαを抱く。異端であることに間違いはない。それも男女ではなく男同士でもある。
スピロは丁寧にクラートをほぐし、快感を高めて繋がった。

「クラートにも抱かれたい」
「俺より若干体格いいくせに」

クラートの手を取り手のひらに唇を押し付ける。
不満をあらわにするがスピロは気にした様子はない。

「クラートはお母さん似だろう?院長にはあまり似てない」
「そうだよ。だから俺はαであるけどαらしさは少ない。鍛えて筋肉こそついたけど体格は平均以下だ」
「今ぐらいのお前が一番ちょうどいい」

スピロの言葉に喜ぶべきなのだろうかとクラートは少し考えた。
スピロはクラートの肌を撫でて幸せそうにしている。

「俺が抱くのは今度、な?今日ははじめてのお前に俺を存分に味あわせてやるよ」

クラートはスピロに自分から口づけた。戯れのように軽いものを繰り返せば後頭部に手がまわり舌が絡む。
無我夢中で舌を絡めていれば体が再び快楽を求めだす。
目の前のとろけた顔を見つめてスピロは微笑んだ。
体の位置が入れ替わればクラートはベッドに横たわりスピロを見上げる。
降ってきた唇を受け止めながら体をまさぐる手が熱いことに気づく。

「スピロ、俺よりいくつ下?」
「二つ。大学の見学のときにみたあんたに惚れたんだ」
「そこまでは聞いてない」

スピロの指がクラートの臀を撫でる。Ωを抱いていたから何をされるかはわかっているが、自分がされるのには慣れない。
わずかに体に力が入るものの宥めるようにキスをされ、優しい手つきで兆しだした己をいじられる。
スピロに抱かれると考えれば自然と興奮する。
自分はαとしてなにか欠落しているのだろうか。そんな事を考えつつスピロの首に腕を回せば二人で深くつながった。


「…強迫性障害?」
「障害とまでは行かないかもしれないが、あの青年、その片鱗があるのかもしれない」

スピロと思う存分に愛し合いベッドにうつ伏せに横たわるクラートは唐突なスピロの言葉にオウム返しをした。
スピロも同じくクラートの隣でうつ伏せになりながら口を開く。

「厳密には違うのかもしれない。しかし約束が何よりも大事でそれを必ず守らなければならないといけないというような考えを持っているのだとしたら、教授と思い合いながらもうなずかず、約束をしたというもうひとりのほうに行く意味がわかる気がする」
「約束を守る…当たり前なんだがな、人として。けど、あのがきんちょ…もといフィーディスは誰よりリューイの気持ちを知っているはずだ。今はαとしてのフェロモンを薬で抑えているからΩへの固執も少ないし、リューイの運命の番だったとしてもその影響は少ないとみていい」
「あの青年は、"約束を破ったら大変なことになる"とでも思い込んでいるんだろうな。本人も気づかないほど根強いそれを取り除かない限りは彼は自分や相手の気持ちよりも約束を優先するだろう」
「どうにかなるのか」
「俺は専門じゃない」

スピロは首を振る。
二人で話したことだから結論はわからない。だが、リューイが約束事に強く縛られているのはわかった。
捨てられる前に何かあったのだろうか。探ってみてもよいのかもしれない。
クラートは顔を曇らせた。

「クラート、どうしてあの青年にそこまで肩入れする?Ωだろう?」
「そうだよ、Ωだ。でも……俺と違って家族に捨てられて一人で生きながら子供を拾って、どれだけ大変な思いをしたのかって考えると、つい肩入れしたくなる」
「絆されたのか」
「あいつ、体売ってたんだぜ?奇跡的にもΩ病を発症せずに生きてこれて、それでフィーディス以外の三人も死なせることなく…とはいっても平均よりもずいぶん栄養状態は悪かったが、育ててきた。教授に惚れてるって気づいてからは面白くて面白くて……スピロ?」

クラートは言葉を途中で切った。不満をあらわにするスピロを見つめては小さく笑う。
スピロを見つめて笑みを浮かべれば手を伸ばし眉間の皺をいじる。

「弟みたいなもんだぞ。俺にとってはめちゃくちゃかわいいんだからな?」
「わかってる。俺に惚れてるお前がほかの男なんか見えるはずもないしな」

スピロがクラートの鼻先にキスをする。
今度は少しクラートが不安そうな顔をした。リューイが本当に何かしらの強迫観念を持っているのだとしたら改善できるように手は貸してやりたいと思う。
だがクラートの知り合いにそういったことを専門にしている医者はいない。

「教授に伝えておくべきか」
「やめておいたほうがいい」
「なんでだよ。リューイにそういった現象がみられるってわかってるのとわかってないのじゃ心の持ちようが変わるだろ」
「二人のことに首を突っ込まなくていい」

スピロはクラートを抱きしめる。長く恋焦がれた彼がスピロにとってはどうでもいい二人のことで頭を悩ませるのは面白くなかった。
クラートの頭の中を自分でいっぱいにしたくてたまらないのである。
幾度も達したため体は重いがクラートを抱いたままキスをする。

「クラート、あと少しだけ俺のことだけを考えていて」
「お前のことばっかり考えてるよ」
「嘘ばっかり」
「本当だよ。手が空けばお前のことばかりだ。信じろよ、俺のこと好きなんだろう?」

いたずらに笑うクラートを見つめスピロは言葉に詰まった。
スピロだって同じである。休憩中などは特にクラートのことを考えていた。
だからこそ今目の前にある笑顔に釘付けになる。体に回した腕に力を籠めれば苦しいとつぶやきながらもされるままになる。
クラートの腹が空腹を訴えればスピロは一拍置いて笑った。

「飯、作ってくるからクラートはこのままベッドにいろ。特に食べたいものがないなら適当に作るけど」
「ない。スピロの手料理初めてだからなんでもいい」
「……失敗しても知らないからな」

そんなつぶやきを残してスピロは部屋を出ていく。
クラートはベッドの背もたれに体を預けてから放り投げられたままだった端末を手に取った。
メール画面を開いて少し指をさまよわせる。アドレス帳からウィリディスの名前を呼びだせばいくつか文面を入力してから送信した。
ほどなくして返信が来る。今日は研究室にいるらしい彼からは、帰宅後伝えるとの一文だけだった。
明日は患者の入り次第ではあるが半休にしてもいいだろうか。
端末をオフにして元の場所に戻る。部屋の外から皿を出す音が聞こえてきた。
スピロが横たわっていた場所に触れてわずかに残る温かさに微笑んだ。

「愛してる…か。夢みたいだな。どちらかがαでなければ項を差し出すものを…けど、αじゃなかったら俺たちは会ってなかったかもな」

αだったからこそ大学へ進学した。αだったからこそスピロはクラートを見つけてくれた。
αでなかったらきっと出会いなどなかった。身を焦がすほどの想いを抱くことなどありはしなかったかもしれない。
クラートは苦笑を漏らした。体内にスピロの熱が残っているように感じてしまう。
快楽に顔をゆがめて息を乱していた姿を思い出せば知らず知らずに体は高ぶってしまう。こんなに自分は性欲が強かったのかと思いながらも、落ち着くために何度も深呼吸を繰り返した。
体が落ち着いたころにスピロが顔を出した。食事ができたらしい。
ひきつったように痛む体を引きずってクラートはベッドを降りた。
腰を優しく支えるスピロにシャツを着せられて二人でリビングに向かう。
机の上には半分ほど焦げた食パンと、それほどではないにしろ焦げた部分の目立つ食パンが乗った皿が二枚、ジャムとバターの盛り付けられた皿があった。
湯気を立てるカップからはわずかにコーヒーの香りがする。しかし色が薄い。

「…スピロ、料理は?」
「あまり自炊をしないから…次はうまくできるようにする」
「ははっ、そうか。なら楽しみにしてる」

焦げたパンを見て笑ったクラートは椅子に座る。
二人で向かいあい、いただきます、と手を合わせればかなり遅い朝食を二人でとりはじめた。
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