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時計に刻む僕らの思い出 4
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クラルスが珍しく一番に起きた。
左右で彼の兄であるレックスとシルバが寝ている。
体の向きを変えればフィーディスも寝ていた。
体を起こして足元側からベッドを降りればリューイの姿を探す。
リューイと出会ってからどのくらいの時間が経ったのかクラルスにはわからない。
それほどまでにリューイを含めた兄弟たちとの時間は濃かったのだ。
「りゅーちゃ?」
部屋を出ればリューイの姿を探す。普段ならば朝ごはんを作っていたはずだがキッチンに姿はない。
きょろきょろと部屋中を探すものの姿が見えなければ不安になる。
下のフロアにつながっている階段のほうへと向かう。
未だレックスたちは起きては来ない。クラルスは少し悩んだのちに一人で階段を下りていった。
下はクラルスたちの面倒を見てくれている先生の部屋である。
リューイはよくここにいた。
階段を降りきってもそこにリューイの姿はなかった。部屋の主の姿もない。
キッチンを覗き、風呂場を覗き、クラルスはどこにいるのだろうかと考える。
「りゅーちゃぁ…」
名前を呼びながら探してみるものの返答はない。
もう一つだけ部屋はあるがそこは先生の部屋である。勝手に入ることを禁じられている、なんてことはないがクラルスは一人で入ったことはない。
とことこと部屋に近づいてそっとドアを開ける。クラルスたちが普段寝ている部屋とは異なり、不思議な家具がたくさん置かれていた。
ベッドも少しサイズが大きいように思える。中に入ってドアを閉めれば息を殺してベッドに近づく。
胸のあたりがドキドキとしていた。
「せーせ?」
ベッドに近づいてそっと寝ている姿を見れば先生の後頭部が見える。ほっとした。
しかしリューイの姿はない。
「せーせ…りゅーちゃ…」
「…その声、クラルスか…」
もぞもぞと目の前の頭が動けばクラルスのほうに眠たそうな顔が向く。
クラルスを見ればわずかに笑顔になって手を伸ばしてきた。クラルスはその手を身を乗り出して握ればあがってもいいのだろうかと考える。
「どうした。今日はずいぶんと早起きだな…」
「せーせ…りゅーちゃ、いないの」
「リューイ…ここにいる。静かに上がっておいで」
ベッドの上に招かれればゆっくりとベッドに上り先生のそばによる。
彼はクラルスに静かにするように唇に指を当てれば自分の胸元にかけていた布団をゆっくりとめくった。
そこには安心しきった顔で先生の胸元で眠るリューイの顔があった。それを見てクラルスはほっとする。
リューイはどこにも行っていなかった。
「りゅーちゃ…ねてる?」
「あぁ。もう少しだけ寝かせてやってくれるか」
「うん」
うなずいたクラルスを見れば布団をかけ直した先生はゆっくりと体を起こした。
なぜパジャマを着てないのだろうかとクラルスは不思議に思う。
「今日は早起きだがどうした?」
「せーせ、お腹すいた」
「そうか。なら、リューイはこのまま寝かせてやりたいから俺が食事を作ろう」
ベッドから降りた先生の体はクラルスとは異なりがっしりとしていた。
時折シルバとレックスが羨ましそうにしているのをクラルスは見ている。
「何が食べたい?」
シャツとズボンをまといながら彼は問いかけてきた。
クラルスはベッドを降りるとそばに近寄りシャツの裾を握る。
「ふわふわのオムライシュ」
「そうか」
軽く笑った彼はクラルスをつれて部屋を出る。
ついていけば彼は冷蔵庫を漁りケチャップや卵、冷凍していたごはんを取り出す。クラルスがそばで見上げていることに気づけば少し手を止めてからコンロの正面に椅子を持ってきた。
キッチンはアイランド式のため正面から料理をする姿を見ることができる。とはいってもコンロまでは距離が多少なりともあるためクラルスがそのまま立ったとしても見ることはできないだろう。
「クラルス」
名前を呼ばれれば椅子に近寄っていく。イスを固定した先生はクラルスに上がるように示した。
椅子に上り先生を見上げれば彼は笑顔でうなずいた。
「あまり身を乗り出さないように。一応コンロまでは幅はあるが油が跳ねたら火傷をしてしまうから」
「うん」
「いい子だ。ふわふわにできるかどうかはわからないがやってみよう」
彼はクラルスの乗った椅子が不安定でないか確認をしてからコンロの前に立つ。
先にオムライスの中に入れるごはんを炒めてケチャップで味をつける。小さめに切ったマッシュルームも入ったごはんはそれだけでもおいしそうだった。
きれいにしたフライパンにたっぷりのバターを溶かして卵を流しいれる。すぐにかき混ぜてふわふわのオムライスを目指した。
クラルスの期待するようなまなざしを感じる。
「せーせ、できる?」
「あぁ、できる。もう少し待っていてくれ」
きれいにごはんが盛り付けられた皿の上にまとめられたオムレツが乗せられる。
ぽてん、と皿に乗った瞬間に音がしたような気がした。クラルスは皿の上のそれを目を輝かせて凝視する。
「食べるだろう?」
「食べる」
皿とナイフ、スプーンをもって先生はキッチンから出てくる。クラルスも落ちないように気を付けつつ椅子を降りれば、先生が机にオムライスを乗せて椅子を引いてくれた。
クラルスが椅子に座ればその背後から腕を伸ばす。
「よく見てろよ?お前の兄が作るオムライスには程遠いかもしれんが自信作だ」
クラルスの目の前でふっくらとしたオムレツにナイフが入る。
滑るようにナイフは動き、そしてオムレツが開かれた。
とろっと半熟の卵が待ってましたと言わんばかりにあふれてごはんを包む。
「せーせ、上手!」
「あぁ、なかなかにいい出来だ。こぼさないように何か服にかけたほうがいいな」
先生はクラルスから離れると少し姿を消す。戻ってきたときには薄手のタオルを持っていた。それをクラルスの首元に巻けば簡易的なナプキンができた。
食べていいの、と聞きたくて顔を上げれば彼はうなずいた。
「いただきます」
リューイに教えられたとおりにクラルスは手を合わせる。
先生は目を細めてそれを見つめていた。
スプーンを使ってとろふわの卵とごはんをすくう。
ドキドキしながら頬張ればクラルスは目を丸くした。
「せーせ、おいしい!」
「そうか、それはよかった」
先生はクラルスが夢中で食べる様子を見守りつつキッチンの片づけに入ろうとした。
「あー!!クラルス、一人でいいもの食べてる!」
「俺も食べたい!ずるい!」
レックスとシルバの声にクラルスの手が止まった。
二人とも階段を駆け下りてきてはクラルスのそばに行く。皿を覗き込んではいいなーと声を上げている。
「だめ、これ僕の」
「ずるい!俺も食べたい」
「先生、俺たちも!」
「わかったからあまりクラルスに詰め寄るな。こぼしてしまうだろう」
レックスとシルバは先生を振り向いては自分たちの分もと強請った。
二人はクラルスから視線を外したすきをついてもぐもぐとオムライスを頬張る。
先生は二人分のごはんを炒め、クラルスのときと同じように皿に盛ったうえにふかふかのオムレツを乗せた。テーブルまで皿を二つ運べばそれぞれの目の前でオムレツを割り開く。
感激そのものの表情で二人ともオムライスを見る。真っ赤なごはんを包む黄金色の卵からはバターのいい香りがした。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
手を合わせた二人はさっそくオムライスをかきこんだ。
熱かったのか口を開けて息を吸い込みながらそれでもオムライスを飲み込んで顔を輝かせる。先生にはそれで充分だったのかもしれない。
「おいしい!」
「先生、ふわふわの卵おいしい!」
「リュー兄より上手じゃん?」
「うん、リューちゃんはこんなにふわふわにしないもん」
「悪かったな、ふわふわにできなくて」
リューイの声にそろって振り向く。
自分用に買ってきていた大きいサイズのシャツを着てリューイがクラルスの後ろに立っていた。少し首周りのサイズが大きいのか肩が見えている。下半身は何か履いているのだろうかと不安がよぎるものの動けばショートパンツをはいていることがうかがえた。
不満そうな顔をしているリューイを見てレックスが青ざめる。
「…俺もふわふわの食べたい」
「わかった。あと二人分だな」
「二人?」
先生の言葉に全員が首をかしげるも階段へと向けた視線をたどれば納得する。
リューイは階段のところで足を止めているフィーディスのそばに行けば手を引いて戻ってきた。
「おはよ、フィーディス。お前も食べるだろ?せんせーのふわふわオムライス」
「俺はリューの固めのやつでもいい…」
「誉めてるのかけなしてるのかどちらかにしてくれ…」
はぁっとため息をついてからリューイはクラルスのそばに近寄った。
もぐもぐと食べていたクラルスはリューイを見るとそろそろと自分の皿を遠ざけた。そのしぐさにリューイはくすくすと笑う。
「おいしい?」
「うん…」
「そっか。俺も作ってもらうことにした」
「りゅーちゃも?」
「うん。食べたいじゃん、せっかくだし」
クラルスは笑顔のリューイにうなずいた。
ごはんを炒める音がすれば、そのあとすぐにバターの香りが部屋中に広がる。
「せんせー、できた?」
「あと少しだ。座って待っていろ」
「待ちきれないじゃん」
リューイはキッチンへ向かえばその手元を覗く。黄金色の卵を見てはクラルスよりも子供のような笑みを見せた。
フィーディスが不満そうな顔のままなのは見ないふりをし、出来上がった皿を受け取ってはうきうきと机につく。
「りゅーちゃ、きるの?」
「うん。オープンするよ」
リューイは鼻息も荒くナイフを滑らせた。細い切れ込みからとろっと卵が溢れる。
フィーディスも同じようにオムライスを受け取り、やはりまだ不満そうな顔ではあったがレックスの隣に椅子を持ってきて割り開いて食べ始めた。
「せんせー、おいしい!卵ふわふわ」
「そうか。ならばよかった。俺はしばらくオムライスは遠慮しよう…」
「いっぱい作ったもんね」
「せーせ、ごちそうさま」
「満足したか」
「した」
笑顔で皿を受け取ればほほ笑む。
リューイもぱくぱくと食べてはおいしかったのかほほを緩めていた。
幸せ、と時折つぶやいている。
「…レックス、シルバ、今日は一日リューイを借りてもいいか?ピータがくると言っていたから上でいろいろとやるといい」
「うん。大丈夫!お昼は?」
「ピータが作ってくれるそうだ。手伝うのを忘れないようにな?」
「はーい」
レックスとシルバも食べ終わったのか皿をシンクへともっていく。
ピータが来ればリューイの誕生パーティのためのお菓子を練習するだろう。
クラルスはくいっと先生の服を引っ張った。
「どうした、クラルス」
「せーせ、おいしかったの。また作って」
「…わかった。約束しよう」
「うれしい」
クラルスはニコニコとして手を放せばレックスとシルバとともに上のフロアへと上がる。
リューイはスプーンを咥えてじっと見ていた。
「リュー、お行儀悪いよ」
「わかってるよ」
リューイはスプーンでオムライスをすくえば少しだけ眉を下げた。
「どうしたの、おなか一杯?」
「違う…弟にやきもち焼いた」
「ええー…だって、クラルスだって五歳程度だよ?何か良くないことを想ってるとは到底思えないけど」
「俺だってそう思ってるよ…でも、そういうことを冷静に考えられないほど俺…」
「…むかつく」
ぽつりとフィーディスは漏らした。
リューイが聞き返す前に食べ終わった皿をもってフィーディスはうえに上がってしまう。困惑の表情をしたリューイは視線をオムライスに落とした。
「リューイ?」
「…なんでもないよ、ウィル。それより今日は一日俺といてくれるの」
「あぁ」
「そっか」
リューイは嬉しそうに笑いオムライスの残りを平らげた。シンクに持っていった皿を二人で洗えば再びベッドへと戻る。
ふたたび体を重ねることはなくリューイはその日一日をベッドの上で前日夜に読んでいた本の続きを解説付きで読み終えることになった。
左右で彼の兄であるレックスとシルバが寝ている。
体の向きを変えればフィーディスも寝ていた。
体を起こして足元側からベッドを降りればリューイの姿を探す。
リューイと出会ってからどのくらいの時間が経ったのかクラルスにはわからない。
それほどまでにリューイを含めた兄弟たちとの時間は濃かったのだ。
「りゅーちゃ?」
部屋を出ればリューイの姿を探す。普段ならば朝ごはんを作っていたはずだがキッチンに姿はない。
きょろきょろと部屋中を探すものの姿が見えなければ不安になる。
下のフロアにつながっている階段のほうへと向かう。
未だレックスたちは起きては来ない。クラルスは少し悩んだのちに一人で階段を下りていった。
下はクラルスたちの面倒を見てくれている先生の部屋である。
リューイはよくここにいた。
階段を降りきってもそこにリューイの姿はなかった。部屋の主の姿もない。
キッチンを覗き、風呂場を覗き、クラルスはどこにいるのだろうかと考える。
「りゅーちゃぁ…」
名前を呼びながら探してみるものの返答はない。
もう一つだけ部屋はあるがそこは先生の部屋である。勝手に入ることを禁じられている、なんてことはないがクラルスは一人で入ったことはない。
とことこと部屋に近づいてそっとドアを開ける。クラルスたちが普段寝ている部屋とは異なり、不思議な家具がたくさん置かれていた。
ベッドも少しサイズが大きいように思える。中に入ってドアを閉めれば息を殺してベッドに近づく。
胸のあたりがドキドキとしていた。
「せーせ?」
ベッドに近づいてそっと寝ている姿を見れば先生の後頭部が見える。ほっとした。
しかしリューイの姿はない。
「せーせ…りゅーちゃ…」
「…その声、クラルスか…」
もぞもぞと目の前の頭が動けばクラルスのほうに眠たそうな顔が向く。
クラルスを見ればわずかに笑顔になって手を伸ばしてきた。クラルスはその手を身を乗り出して握ればあがってもいいのだろうかと考える。
「どうした。今日はずいぶんと早起きだな…」
「せーせ…りゅーちゃ、いないの」
「リューイ…ここにいる。静かに上がっておいで」
ベッドの上に招かれればゆっくりとベッドに上り先生のそばによる。
彼はクラルスに静かにするように唇に指を当てれば自分の胸元にかけていた布団をゆっくりとめくった。
そこには安心しきった顔で先生の胸元で眠るリューイの顔があった。それを見てクラルスはほっとする。
リューイはどこにも行っていなかった。
「りゅーちゃ…ねてる?」
「あぁ。もう少しだけ寝かせてやってくれるか」
「うん」
うなずいたクラルスを見れば布団をかけ直した先生はゆっくりと体を起こした。
なぜパジャマを着てないのだろうかとクラルスは不思議に思う。
「今日は早起きだがどうした?」
「せーせ、お腹すいた」
「そうか。なら、リューイはこのまま寝かせてやりたいから俺が食事を作ろう」
ベッドから降りた先生の体はクラルスとは異なりがっしりとしていた。
時折シルバとレックスが羨ましそうにしているのをクラルスは見ている。
「何が食べたい?」
シャツとズボンをまといながら彼は問いかけてきた。
クラルスはベッドを降りるとそばに近寄りシャツの裾を握る。
「ふわふわのオムライシュ」
「そうか」
軽く笑った彼はクラルスをつれて部屋を出る。
ついていけば彼は冷蔵庫を漁りケチャップや卵、冷凍していたごはんを取り出す。クラルスがそばで見上げていることに気づけば少し手を止めてからコンロの正面に椅子を持ってきた。
キッチンはアイランド式のため正面から料理をする姿を見ることができる。とはいってもコンロまでは距離が多少なりともあるためクラルスがそのまま立ったとしても見ることはできないだろう。
「クラルス」
名前を呼ばれれば椅子に近寄っていく。イスを固定した先生はクラルスに上がるように示した。
椅子に上り先生を見上げれば彼は笑顔でうなずいた。
「あまり身を乗り出さないように。一応コンロまでは幅はあるが油が跳ねたら火傷をしてしまうから」
「うん」
「いい子だ。ふわふわにできるかどうかはわからないがやってみよう」
彼はクラルスの乗った椅子が不安定でないか確認をしてからコンロの前に立つ。
先にオムライスの中に入れるごはんを炒めてケチャップで味をつける。小さめに切ったマッシュルームも入ったごはんはそれだけでもおいしそうだった。
きれいにしたフライパンにたっぷりのバターを溶かして卵を流しいれる。すぐにかき混ぜてふわふわのオムライスを目指した。
クラルスの期待するようなまなざしを感じる。
「せーせ、できる?」
「あぁ、できる。もう少し待っていてくれ」
きれいにごはんが盛り付けられた皿の上にまとめられたオムレツが乗せられる。
ぽてん、と皿に乗った瞬間に音がしたような気がした。クラルスは皿の上のそれを目を輝かせて凝視する。
「食べるだろう?」
「食べる」
皿とナイフ、スプーンをもって先生はキッチンから出てくる。クラルスも落ちないように気を付けつつ椅子を降りれば、先生が机にオムライスを乗せて椅子を引いてくれた。
クラルスが椅子に座ればその背後から腕を伸ばす。
「よく見てろよ?お前の兄が作るオムライスには程遠いかもしれんが自信作だ」
クラルスの目の前でふっくらとしたオムレツにナイフが入る。
滑るようにナイフは動き、そしてオムレツが開かれた。
とろっと半熟の卵が待ってましたと言わんばかりにあふれてごはんを包む。
「せーせ、上手!」
「あぁ、なかなかにいい出来だ。こぼさないように何か服にかけたほうがいいな」
先生はクラルスから離れると少し姿を消す。戻ってきたときには薄手のタオルを持っていた。それをクラルスの首元に巻けば簡易的なナプキンができた。
食べていいの、と聞きたくて顔を上げれば彼はうなずいた。
「いただきます」
リューイに教えられたとおりにクラルスは手を合わせる。
先生は目を細めてそれを見つめていた。
スプーンを使ってとろふわの卵とごはんをすくう。
ドキドキしながら頬張ればクラルスは目を丸くした。
「せーせ、おいしい!」
「そうか、それはよかった」
先生はクラルスが夢中で食べる様子を見守りつつキッチンの片づけに入ろうとした。
「あー!!クラルス、一人でいいもの食べてる!」
「俺も食べたい!ずるい!」
レックスとシルバの声にクラルスの手が止まった。
二人とも階段を駆け下りてきてはクラルスのそばに行く。皿を覗き込んではいいなーと声を上げている。
「だめ、これ僕の」
「ずるい!俺も食べたい」
「先生、俺たちも!」
「わかったからあまりクラルスに詰め寄るな。こぼしてしまうだろう」
レックスとシルバは先生を振り向いては自分たちの分もと強請った。
二人はクラルスから視線を外したすきをついてもぐもぐとオムライスを頬張る。
先生は二人分のごはんを炒め、クラルスのときと同じように皿に盛ったうえにふかふかのオムレツを乗せた。テーブルまで皿を二つ運べばそれぞれの目の前でオムレツを割り開く。
感激そのものの表情で二人ともオムライスを見る。真っ赤なごはんを包む黄金色の卵からはバターのいい香りがした。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
手を合わせた二人はさっそくオムライスをかきこんだ。
熱かったのか口を開けて息を吸い込みながらそれでもオムライスを飲み込んで顔を輝かせる。先生にはそれで充分だったのかもしれない。
「おいしい!」
「先生、ふわふわの卵おいしい!」
「リュー兄より上手じゃん?」
「うん、リューちゃんはこんなにふわふわにしないもん」
「悪かったな、ふわふわにできなくて」
リューイの声にそろって振り向く。
自分用に買ってきていた大きいサイズのシャツを着てリューイがクラルスの後ろに立っていた。少し首周りのサイズが大きいのか肩が見えている。下半身は何か履いているのだろうかと不安がよぎるものの動けばショートパンツをはいていることがうかがえた。
不満そうな顔をしているリューイを見てレックスが青ざめる。
「…俺もふわふわの食べたい」
「わかった。あと二人分だな」
「二人?」
先生の言葉に全員が首をかしげるも階段へと向けた視線をたどれば納得する。
リューイは階段のところで足を止めているフィーディスのそばに行けば手を引いて戻ってきた。
「おはよ、フィーディス。お前も食べるだろ?せんせーのふわふわオムライス」
「俺はリューの固めのやつでもいい…」
「誉めてるのかけなしてるのかどちらかにしてくれ…」
はぁっとため息をついてからリューイはクラルスのそばに近寄った。
もぐもぐと食べていたクラルスはリューイを見るとそろそろと自分の皿を遠ざけた。そのしぐさにリューイはくすくすと笑う。
「おいしい?」
「うん…」
「そっか。俺も作ってもらうことにした」
「りゅーちゃも?」
「うん。食べたいじゃん、せっかくだし」
クラルスは笑顔のリューイにうなずいた。
ごはんを炒める音がすれば、そのあとすぐにバターの香りが部屋中に広がる。
「せんせー、できた?」
「あと少しだ。座って待っていろ」
「待ちきれないじゃん」
リューイはキッチンへ向かえばその手元を覗く。黄金色の卵を見てはクラルスよりも子供のような笑みを見せた。
フィーディスが不満そうな顔のままなのは見ないふりをし、出来上がった皿を受け取ってはうきうきと机につく。
「りゅーちゃ、きるの?」
「うん。オープンするよ」
リューイは鼻息も荒くナイフを滑らせた。細い切れ込みからとろっと卵が溢れる。
フィーディスも同じようにオムライスを受け取り、やはりまだ不満そうな顔ではあったがレックスの隣に椅子を持ってきて割り開いて食べ始めた。
「せんせー、おいしい!卵ふわふわ」
「そうか。ならばよかった。俺はしばらくオムライスは遠慮しよう…」
「いっぱい作ったもんね」
「せーせ、ごちそうさま」
「満足したか」
「した」
笑顔で皿を受け取ればほほ笑む。
リューイもぱくぱくと食べてはおいしかったのかほほを緩めていた。
幸せ、と時折つぶやいている。
「…レックス、シルバ、今日は一日リューイを借りてもいいか?ピータがくると言っていたから上でいろいろとやるといい」
「うん。大丈夫!お昼は?」
「ピータが作ってくれるそうだ。手伝うのを忘れないようにな?」
「はーい」
レックスとシルバも食べ終わったのか皿をシンクへともっていく。
ピータが来ればリューイの誕生パーティのためのお菓子を練習するだろう。
クラルスはくいっと先生の服を引っ張った。
「どうした、クラルス」
「せーせ、おいしかったの。また作って」
「…わかった。約束しよう」
「うれしい」
クラルスはニコニコとして手を放せばレックスとシルバとともに上のフロアへと上がる。
リューイはスプーンを咥えてじっと見ていた。
「リュー、お行儀悪いよ」
「わかってるよ」
リューイはスプーンでオムライスをすくえば少しだけ眉を下げた。
「どうしたの、おなか一杯?」
「違う…弟にやきもち焼いた」
「ええー…だって、クラルスだって五歳程度だよ?何か良くないことを想ってるとは到底思えないけど」
「俺だってそう思ってるよ…でも、そういうことを冷静に考えられないほど俺…」
「…むかつく」
ぽつりとフィーディスは漏らした。
リューイが聞き返す前に食べ終わった皿をもってフィーディスはうえに上がってしまう。困惑の表情をしたリューイは視線をオムライスに落とした。
「リューイ?」
「…なんでもないよ、ウィル。それより今日は一日俺といてくれるの」
「あぁ」
「そっか」
リューイは嬉しそうに笑いオムライスの残りを平らげた。シンクに持っていった皿を二人で洗えば再びベッドへと戻る。
ふたたび体を重ねることはなくリューイはその日一日をベッドの上で前日夜に読んでいた本の続きを解説付きで読み終えることになった。
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