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蕩けるほどに甘く痺れるほどに辛く 6
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レックスは大きな足音に目を覚ました。隣ではシルバとクラルスが健やかな寝息を立てている。
更にその隣りにいたはずのフィーディスがいない。少し体を起こしてみればベッドから離れて窓際で静かに読書をしていた。相当集中しているのかレックスが起きたことには気が付かない。
その邪魔にならないようにそろそろとベッドを降りて部屋を出た。
大きな音は下のフロアからだった。下にはリューイとウィリディスがいる。
二人は3日前に泊まりで出かけていた。
否、もともとはリューイだけが出掛けていたのだが、同じ日に血相を変えたウィリディスが飛び出していったその翌日遅くに二人で戻ったのだ。
リューイが出掛けた日の夜、ウィリディスの代わりだとクラートがやってきた。たくさんのピザやハンバーガーなど普段の食卓にはあまり並ばないものを携えていた。
リューイには内緒だ、と笑った彼は悪戯に成功した子供のような顔だった。
リューイとウィリディスが帰宅してから二人は少し変わったように見える。
リューイを見つめるウィリディスにどこか陰りができた。リューイのほうは少しだけウィリディスと距離をおいていた。
だが、2日に一度リューイはウィリディスと寝ている。寝ているとはいってもいつぞやとは異なり本当に寝ているだけらしい。
レックスは静かに下のフロアへと降りていく。
「ウィル、お弁当忘れないで」
「すまない。無理しなくてもいいんだが」
「今日から研究所再開するのにまたお昼食べないでいたら倒れるだろ」
リューイとウィリディスの会話が聞こえてくる。レックスは階段に座り込み手すりの間から様子を窺った。シャツ姿のリューイがチェック柄の布で包んだお弁当箱をウィリディスに渡している。ウィリディスはそれを大切そうに受け取ると鞄に入れた
「病み上がりなんだから無理すんなよ?」
「わかっている」
「具合悪くなったらさっさと帰って来いよ」
「もちろんだ」
それから、とリューイは言葉をつづけるもウィリディスの手によって口をふさがれる。
不満そうに見上げてくる瞳を見つめウィリディスは優しく微笑んだ。
「お前に心配はかけない…そうしたら、安心するな?」
「する…」
「そうか。ならばそろそろ行かないと」
「ウィル」
「なんだ」
体が離れたウィリディスの腕をリューイは引いた。振り向いたウィリディスにキスをする。
一度離れたはずの二人は何度も口づけを交わした。
抱きつくリューイを抱きとめ優しく頭を撫でるウィリディスがふと顔を上げる。
レックスと目があった。
「おはよう、レックス。今朝は随分と早起きだな」
「れっ?!」
ウィリディスの言葉にリューイが首が折れるのではないだろうかというほどの勢いで振り向いた。
階段から覗き見するレックスを見つければリューイはとたんに赤くなる。
「おおはお、おはよう、レックス?!」
「おはよう、リュー兄、先生」
見つかっては仕方がない。レックスは階段を降りきった。
レックスを見つけたタイミングでウィリディスは出掛けていく。
今日から研究所を再開できると昨日聞いた。
リューイと二人でウィリディスを見送れば、とたんに居心地の悪い沈黙が落ちる。
リューイはレックスの脇で頭を抱えてしゃがみこんだ。恥ずかしかったらしい。
リューイとウィリディスのキスなどわりと頻繁に見ている気がする。
二人の纏う空気はクリームのたくさん乗ったケーキのように甘く、わたがしのように柔らかく、見ているとほっこりしてくる。
「リュー兄、先生とうまくいってる?」
「レックスが気にすることじゃないだろ」
「気にする。大好きなお兄ちゃんが、幸せだと俺たちも嬉しいから」
リューイは顔を上げる。驚きを浮かべているが何にそんな驚いたのだろうか。
レックスはリューイを見返す。
「も、もう一回言って、レックス」
「大好きなお兄ちゃんが幸せだと俺たちも嬉しいから」
恥ずかしさマックスな赤い顔から一転してリューイは嬉しげに笑った。
立ち上がれば強くレックスを抱きしめる。
「はじめてレックスにお兄ちゃんなんて言われたな。すごくむず痒いけどすごく嬉しい」
「…リュー兄は、お兄ちゃんじゃん、俺たちみんなの」
久々にリューイに抱きしめられた気がする。
普段はクラルスが抱きついているし、抱きしめられるのもシルバと一緒だったりする。
いいタイミングとばかりにレックスはリューイに強く抱きついて甘えてみた。
リューイは少し息を呑むがレックスの好きにさせる。
「リュー兄…」
「ん?どうしたー?」
「先生と寝てるけど、えっちなことしてる?」
ぶっとリューイは噴出した。レックスはいたってまじめである。
答えていいものなのかとリューイは悩んでしまう。健全な青少年の育成としてはまだ早いような気がしているのだ。
リューイはレックスを連れてソファに座った。
「どうして、俺とせんせーがえっちなことしてるなんて聞くんだよ」
「だって…ちゅーしてるじゃん…」
「う…そ、それだけでえっちなことしてるってことになるなら、俺が今ここでレックスにちゅーしたらどうなる?」
「それはリュー兄からの愛情表現でしょ」
じーっというような効果音をつける勢いでレックスはリューイを見つめる。
どうこたえるべきかと頭を悩ませるリューイよりも先にレックスが口を再び開いた。
「フィー兄が言っていたよ。ずっと一緒にいたいって強く思う人とはえっちなことしたくなるんだって。えっちなことして、一つになるんだって」
「フィーディス…なんつーことを教えてるんだ」
頭を抱えるリューイだったがレックスを見て答えないわけにもいかないと感じた。
はぐらかすことだってできるだろうが、そんなことをしてはレックスからの信頼はなくなってしまう。
「えっちなこと、してるよ。もともとそれがここに住む条件だったから…でも、ここ最近はそんな条件じゃなくて、俺がせんせーに抱いてほしいからえっちなことしてる割合のほうが大きいかもしれない」
リューイの隣でレックスは彼の横顔を見上げる。幸せそうな色が見える。
リューイはレックスへ視線を落としてほほ笑む。
「レックスにだけだぞ、これいうの。俺、この前せんせーに首輪を外してほしいって言ってもらえたんだ」
リューイは話しながら自分の首輪へと手を伸ばす。
レックスにはその首輪の意味は分からない。しかし、リューイにとっては大事なものなのだとわかっていた。それを外してほしいと言われたことを口にしたリューイは嬉しそうな様子だった。
リューイにとって、大事な相手に首輪を外してほしいと言われることは喜ぶことらしいと判断できる。
「首輪を外したら俺はこの先ずっとせんせーと一緒にいられる。せんせーは少なくとも、俺のことを想ってくれている。そう知ったんだ」
「でも今外してないよね」
「…せんせーにそう言ってもらえるよりも前に、フィーディスと約束してたんだ。あいつが俺を迎えにくるのを待ってるからって」
「でもリュー兄は先生が好きなんでしょ?フィー兄だってそれを知ってるじゃん」
「うん、知ってる。めちゃくちゃよくわかってるよ」
レックスは唇を尖らせる。リューイは笑ってその尖った唇を指でつついた。
彼には自分とウィリディス、それからフィーディスの複雑な関係はわからないと思う。
少なくともフィーディスに何度も好きだと囁かれ、笑顔を向けられるたびに心が揺らぐ自分がいる。
ウィリディスに想いを抱く自分もいる。
あってはならないのに、二人に惹かれる自分が確かにいるのだ。
「俺はフィーディスが迎えに来ても多分首輪を外すことはないと思う」
「どうして?」
「俺がせんせーに抱いてる大事な思いを消したくはないから」
レックスはリューイを見つめそれから腰に抱きついた。
なんだかリューイが泣きそうな気がしたのだ。背中に触れるリューイの手はいつもと同じく暖かかった。
優しく撫でられざわついていた心が穏やかになる。
「リュー兄は、それで幸せになる?俺とシルバは先生と一緒のほうがリュー兄は幸せだと思ってた」
「優しいなレックスは…でもしあわせのカタチは一つじゃないよ。だから、俺とフィーディスが一緒になったとしてもそれが不幸せなわけじゃない」
困惑した表情を浮かべるレックスを見つめてリューイは笑った。レックスの頭をくしゃくしゃと撫でまわしてはどう説明しようかと考える。
自分の語彙力ではうまく説明できない気がする。
レックスはリューイをまっすぐに見つめて自分の言葉を待っている。
「…幸せのカタチは人によって違う…隣に立つ人によっても違うと思うんだ。たとえば、俺とせんせーが一緒にいることの幸せのカタチがきれいな緑色でふわふわした形をしているのなら、俺とフィーディスが一緒にいるのは青色で丸っこいかもしれないだろ。誰と一緒にいてどんな幸せをつかむかは本人次第なんだ」
「…俺とリュー兄の幸せはどんな色?」
「俺とレックスか。きっと元気いっぱいなオレンジだと思う。俺とクラルスならふわふわの手触りできれいな水色だろうし、シルバとなら黄色だな」
リューイの言葉にレックスは顔を明るくさせた。自分ならどのような色になるだろうと考える。
リューイはその様子を見つめて笑った。
しかし少しするとレックスの腹部から切ない音が聞こえてくる。リューイは口を開けていたがやがて笑いをこぼす。
真っ赤になったレックスは自分の腹をおさえた。
「朝早いもんな。そろそろ起きる時間だし、ごはん作ろうか。レックス手伝ってくれる?」
「うん!何作るの」
「何がいいかなぁ」
レックスと上のフロアのキッチンに向かう。
いつもならここでリューイ一人が朝食を作るが今日はレックスも一緒である。
冷蔵庫を覗けばほうれん草やベーコンがある。炒めるのもありかもしれないし、サラダに使ってもいい。
いつかみたスムージーというのでもいいかもしれない。
「レックス、どうやって食べたい?ほうれん草とベーコンがあるんだ。炒める?」
「あのね、リュー兄、この前サンドイッチ食べたからそれがいい」
「サンドイッチか。待ってろ、今レシピ探すから」
リューイは端末を開いてほうれん草のサンドイッチのレシピを調べる。
レックスはその間にパンを用意していた。レシピを見つけたリューイは冷蔵庫を漁りほかに野菜がないか確認している。
人参と大根を見つけるとそれもいれることにした。
ピーラーを準備してレックスに渡す。
「人参と大根洗って、千切りにして」
「わかった」
リューイの言うままにレックスは作業に取り掛かった。
リューイはレシピを読み進め、ほうれん草を湯がき、ゆで卵を作り出す。レックスが出したパンはレシピとは異なり、普通の食パンであるがそれでもかまわないだろう。
レックスが手を切らないように注意を向けつつ湯がいたほうれん草を小さめに切ってベーコンと炒めた。
「あ、レックスがもう起きてる!」
「れーちゃ、起きてる?」
「おはよう、シルバ、クラルス。顔洗っておいで」
寝室から二つの声がすればリューイはフライパンから視線を上げて二人を見た。
シルバはレックスがすでに起きていたことに驚いているようでクラルスに引っ張られて洗面所へと行きながら目を丸くしていた。
レックスはニコニコとしてシルバを見返す。
「早起きしたからリュー兄の手伝いしてるんだ」
「えー…俺もしたかった」
シルバはクラルスと洗面所へと消えていく。嬉しそうなレックスは千切りにした大根を水でさらしながら人参へと取り掛かる。
ゆで卵を取り出して殻をむけば半分にカットする。炒めたほうれん草とベーコンは別の皿に取り出して置いていた。
冷蔵庫からバターとマヨネーズを出せば二つを合わせて混ぜパンに塗る。レックスは人参もやり終えるとリューイにそれを渡した。
「リューちゃん、俺も何かやりたい」
「おー、悪い。ほとんど終わりなんだ。フィーディス起こしてきてくれる?」
「ぶー…」
「昼はシルバに頼むから」
「わかった!」
シルバは不満そうな様子から一転して笑顔になれば寝室へと戻っていく。
クラルスは背伸びをしてほうれん草とベーコン、千切りにした人参と大根をサンドしていくリューイの手元を見ていた。
パンで挟めばラップをしてしばらく置いておく。リューイはレックスに指示をだしてコーヒーの用意をしていた。
「ほうれん草のジュースってできるの?」
「できると思うぞ。飲んでみたい?」
「うん」
「じゃぁ、今日ピータさんと買い物行って何かフルーツも買っておいで。ほうれん草だけじゃおいしくないだろうから。その間にレシピみておくよ」
「やったー!」
歓声を上げた姿を見て笑いながらサンドイッチにナイフを入れる。
きれいに切れた断面に満足すれば皿にのせて机へと運んでいく。シルバがフィーディスを引っ張ってきて五人そろう。
冷蔵庫から昨夜作った冷製スープを出せばそれをそれぞれのカップへと注いで並べた。
「さて、朝ごはんにするか」
「いただきます」
「いただきまーす!」
「リューちゃん、今日買い物行く?」
「ピータさんとの買い出しをレックスに頼んだ。何か欲しいのあるのか?」
「うん」
シルバがレックスを見る。レックスもうなずいた。
目をぱちくりさせてからリューイはうなずいた。
「じゃぁ今日の買い出しはレックスとシルバに頼もうか」
「はーい」
「じゃぁ俺はクラルスの面倒見てるからリューは一人好きなことをしていてね」
「いいの?」
「いいよ。約束したじゃん」
「じゃぁそうする」
うなずいたリューイを見てフィーディスは満足そうに笑った。
レックスとシルバは二人でこそこそと話している。うなずきあえば嬉しそうにしている。
何か楽しみにしていたことでもあるのだろうか。リューイは首を傾げつつサンドイッチにかぶりつく。
初めて作ったにしては上出来である。
千切りにした人参や大根がこぼれてしまうのが難点だろうか。現にクラルスがぼろぼろとこぼしてしまっている。
次作るときはサンドイッチをペーパーで包めばよかろうか、と頭の片隅にいれてリューイは今日やりたいことを考え出した。
更にその隣りにいたはずのフィーディスがいない。少し体を起こしてみればベッドから離れて窓際で静かに読書をしていた。相当集中しているのかレックスが起きたことには気が付かない。
その邪魔にならないようにそろそろとベッドを降りて部屋を出た。
大きな音は下のフロアからだった。下にはリューイとウィリディスがいる。
二人は3日前に泊まりで出かけていた。
否、もともとはリューイだけが出掛けていたのだが、同じ日に血相を変えたウィリディスが飛び出していったその翌日遅くに二人で戻ったのだ。
リューイが出掛けた日の夜、ウィリディスの代わりだとクラートがやってきた。たくさんのピザやハンバーガーなど普段の食卓にはあまり並ばないものを携えていた。
リューイには内緒だ、と笑った彼は悪戯に成功した子供のような顔だった。
リューイとウィリディスが帰宅してから二人は少し変わったように見える。
リューイを見つめるウィリディスにどこか陰りができた。リューイのほうは少しだけウィリディスと距離をおいていた。
だが、2日に一度リューイはウィリディスと寝ている。寝ているとはいってもいつぞやとは異なり本当に寝ているだけらしい。
レックスは静かに下のフロアへと降りていく。
「ウィル、お弁当忘れないで」
「すまない。無理しなくてもいいんだが」
「今日から研究所再開するのにまたお昼食べないでいたら倒れるだろ」
リューイとウィリディスの会話が聞こえてくる。レックスは階段に座り込み手すりの間から様子を窺った。シャツ姿のリューイがチェック柄の布で包んだお弁当箱をウィリディスに渡している。ウィリディスはそれを大切そうに受け取ると鞄に入れた
「病み上がりなんだから無理すんなよ?」
「わかっている」
「具合悪くなったらさっさと帰って来いよ」
「もちろんだ」
それから、とリューイは言葉をつづけるもウィリディスの手によって口をふさがれる。
不満そうに見上げてくる瞳を見つめウィリディスは優しく微笑んだ。
「お前に心配はかけない…そうしたら、安心するな?」
「する…」
「そうか。ならばそろそろ行かないと」
「ウィル」
「なんだ」
体が離れたウィリディスの腕をリューイは引いた。振り向いたウィリディスにキスをする。
一度離れたはずの二人は何度も口づけを交わした。
抱きつくリューイを抱きとめ優しく頭を撫でるウィリディスがふと顔を上げる。
レックスと目があった。
「おはよう、レックス。今朝は随分と早起きだな」
「れっ?!」
ウィリディスの言葉にリューイが首が折れるのではないだろうかというほどの勢いで振り向いた。
階段から覗き見するレックスを見つければリューイはとたんに赤くなる。
「おおはお、おはよう、レックス?!」
「おはよう、リュー兄、先生」
見つかっては仕方がない。レックスは階段を降りきった。
レックスを見つけたタイミングでウィリディスは出掛けていく。
今日から研究所を再開できると昨日聞いた。
リューイと二人でウィリディスを見送れば、とたんに居心地の悪い沈黙が落ちる。
リューイはレックスの脇で頭を抱えてしゃがみこんだ。恥ずかしかったらしい。
リューイとウィリディスのキスなどわりと頻繁に見ている気がする。
二人の纏う空気はクリームのたくさん乗ったケーキのように甘く、わたがしのように柔らかく、見ているとほっこりしてくる。
「リュー兄、先生とうまくいってる?」
「レックスが気にすることじゃないだろ」
「気にする。大好きなお兄ちゃんが、幸せだと俺たちも嬉しいから」
リューイは顔を上げる。驚きを浮かべているが何にそんな驚いたのだろうか。
レックスはリューイを見返す。
「も、もう一回言って、レックス」
「大好きなお兄ちゃんが幸せだと俺たちも嬉しいから」
恥ずかしさマックスな赤い顔から一転してリューイは嬉しげに笑った。
立ち上がれば強くレックスを抱きしめる。
「はじめてレックスにお兄ちゃんなんて言われたな。すごくむず痒いけどすごく嬉しい」
「…リュー兄は、お兄ちゃんじゃん、俺たちみんなの」
久々にリューイに抱きしめられた気がする。
普段はクラルスが抱きついているし、抱きしめられるのもシルバと一緒だったりする。
いいタイミングとばかりにレックスはリューイに強く抱きついて甘えてみた。
リューイは少し息を呑むがレックスの好きにさせる。
「リュー兄…」
「ん?どうしたー?」
「先生と寝てるけど、えっちなことしてる?」
ぶっとリューイは噴出した。レックスはいたってまじめである。
答えていいものなのかとリューイは悩んでしまう。健全な青少年の育成としてはまだ早いような気がしているのだ。
リューイはレックスを連れてソファに座った。
「どうして、俺とせんせーがえっちなことしてるなんて聞くんだよ」
「だって…ちゅーしてるじゃん…」
「う…そ、それだけでえっちなことしてるってことになるなら、俺が今ここでレックスにちゅーしたらどうなる?」
「それはリュー兄からの愛情表現でしょ」
じーっというような効果音をつける勢いでレックスはリューイを見つめる。
どうこたえるべきかと頭を悩ませるリューイよりも先にレックスが口を再び開いた。
「フィー兄が言っていたよ。ずっと一緒にいたいって強く思う人とはえっちなことしたくなるんだって。えっちなことして、一つになるんだって」
「フィーディス…なんつーことを教えてるんだ」
頭を抱えるリューイだったがレックスを見て答えないわけにもいかないと感じた。
はぐらかすことだってできるだろうが、そんなことをしてはレックスからの信頼はなくなってしまう。
「えっちなこと、してるよ。もともとそれがここに住む条件だったから…でも、ここ最近はそんな条件じゃなくて、俺がせんせーに抱いてほしいからえっちなことしてる割合のほうが大きいかもしれない」
リューイの隣でレックスは彼の横顔を見上げる。幸せそうな色が見える。
リューイはレックスへ視線を落としてほほ笑む。
「レックスにだけだぞ、これいうの。俺、この前せんせーに首輪を外してほしいって言ってもらえたんだ」
リューイは話しながら自分の首輪へと手を伸ばす。
レックスにはその首輪の意味は分からない。しかし、リューイにとっては大事なものなのだとわかっていた。それを外してほしいと言われたことを口にしたリューイは嬉しそうな様子だった。
リューイにとって、大事な相手に首輪を外してほしいと言われることは喜ぶことらしいと判断できる。
「首輪を外したら俺はこの先ずっとせんせーと一緒にいられる。せんせーは少なくとも、俺のことを想ってくれている。そう知ったんだ」
「でも今外してないよね」
「…せんせーにそう言ってもらえるよりも前に、フィーディスと約束してたんだ。あいつが俺を迎えにくるのを待ってるからって」
「でもリュー兄は先生が好きなんでしょ?フィー兄だってそれを知ってるじゃん」
「うん、知ってる。めちゃくちゃよくわかってるよ」
レックスは唇を尖らせる。リューイは笑ってその尖った唇を指でつついた。
彼には自分とウィリディス、それからフィーディスの複雑な関係はわからないと思う。
少なくともフィーディスに何度も好きだと囁かれ、笑顔を向けられるたびに心が揺らぐ自分がいる。
ウィリディスに想いを抱く自分もいる。
あってはならないのに、二人に惹かれる自分が確かにいるのだ。
「俺はフィーディスが迎えに来ても多分首輪を外すことはないと思う」
「どうして?」
「俺がせんせーに抱いてる大事な思いを消したくはないから」
レックスはリューイを見つめそれから腰に抱きついた。
なんだかリューイが泣きそうな気がしたのだ。背中に触れるリューイの手はいつもと同じく暖かかった。
優しく撫でられざわついていた心が穏やかになる。
「リュー兄は、それで幸せになる?俺とシルバは先生と一緒のほうがリュー兄は幸せだと思ってた」
「優しいなレックスは…でもしあわせのカタチは一つじゃないよ。だから、俺とフィーディスが一緒になったとしてもそれが不幸せなわけじゃない」
困惑した表情を浮かべるレックスを見つめてリューイは笑った。レックスの頭をくしゃくしゃと撫でまわしてはどう説明しようかと考える。
自分の語彙力ではうまく説明できない気がする。
レックスはリューイをまっすぐに見つめて自分の言葉を待っている。
「…幸せのカタチは人によって違う…隣に立つ人によっても違うと思うんだ。たとえば、俺とせんせーが一緒にいることの幸せのカタチがきれいな緑色でふわふわした形をしているのなら、俺とフィーディスが一緒にいるのは青色で丸っこいかもしれないだろ。誰と一緒にいてどんな幸せをつかむかは本人次第なんだ」
「…俺とリュー兄の幸せはどんな色?」
「俺とレックスか。きっと元気いっぱいなオレンジだと思う。俺とクラルスならふわふわの手触りできれいな水色だろうし、シルバとなら黄色だな」
リューイの言葉にレックスは顔を明るくさせた。自分ならどのような色になるだろうと考える。
リューイはその様子を見つめて笑った。
しかし少しするとレックスの腹部から切ない音が聞こえてくる。リューイは口を開けていたがやがて笑いをこぼす。
真っ赤になったレックスは自分の腹をおさえた。
「朝早いもんな。そろそろ起きる時間だし、ごはん作ろうか。レックス手伝ってくれる?」
「うん!何作るの」
「何がいいかなぁ」
レックスと上のフロアのキッチンに向かう。
いつもならここでリューイ一人が朝食を作るが今日はレックスも一緒である。
冷蔵庫を覗けばほうれん草やベーコンがある。炒めるのもありかもしれないし、サラダに使ってもいい。
いつかみたスムージーというのでもいいかもしれない。
「レックス、どうやって食べたい?ほうれん草とベーコンがあるんだ。炒める?」
「あのね、リュー兄、この前サンドイッチ食べたからそれがいい」
「サンドイッチか。待ってろ、今レシピ探すから」
リューイは端末を開いてほうれん草のサンドイッチのレシピを調べる。
レックスはその間にパンを用意していた。レシピを見つけたリューイは冷蔵庫を漁りほかに野菜がないか確認している。
人参と大根を見つけるとそれもいれることにした。
ピーラーを準備してレックスに渡す。
「人参と大根洗って、千切りにして」
「わかった」
リューイの言うままにレックスは作業に取り掛かった。
リューイはレシピを読み進め、ほうれん草を湯がき、ゆで卵を作り出す。レックスが出したパンはレシピとは異なり、普通の食パンであるがそれでもかまわないだろう。
レックスが手を切らないように注意を向けつつ湯がいたほうれん草を小さめに切ってベーコンと炒めた。
「あ、レックスがもう起きてる!」
「れーちゃ、起きてる?」
「おはよう、シルバ、クラルス。顔洗っておいで」
寝室から二つの声がすればリューイはフライパンから視線を上げて二人を見た。
シルバはレックスがすでに起きていたことに驚いているようでクラルスに引っ張られて洗面所へと行きながら目を丸くしていた。
レックスはニコニコとしてシルバを見返す。
「早起きしたからリュー兄の手伝いしてるんだ」
「えー…俺もしたかった」
シルバはクラルスと洗面所へと消えていく。嬉しそうなレックスは千切りにした大根を水でさらしながら人参へと取り掛かる。
ゆで卵を取り出して殻をむけば半分にカットする。炒めたほうれん草とベーコンは別の皿に取り出して置いていた。
冷蔵庫からバターとマヨネーズを出せば二つを合わせて混ぜパンに塗る。レックスは人参もやり終えるとリューイにそれを渡した。
「リューちゃん、俺も何かやりたい」
「おー、悪い。ほとんど終わりなんだ。フィーディス起こしてきてくれる?」
「ぶー…」
「昼はシルバに頼むから」
「わかった!」
シルバは不満そうな様子から一転して笑顔になれば寝室へと戻っていく。
クラルスは背伸びをしてほうれん草とベーコン、千切りにした人参と大根をサンドしていくリューイの手元を見ていた。
パンで挟めばラップをしてしばらく置いておく。リューイはレックスに指示をだしてコーヒーの用意をしていた。
「ほうれん草のジュースってできるの?」
「できると思うぞ。飲んでみたい?」
「うん」
「じゃぁ、今日ピータさんと買い物行って何かフルーツも買っておいで。ほうれん草だけじゃおいしくないだろうから。その間にレシピみておくよ」
「やったー!」
歓声を上げた姿を見て笑いながらサンドイッチにナイフを入れる。
きれいに切れた断面に満足すれば皿にのせて机へと運んでいく。シルバがフィーディスを引っ張ってきて五人そろう。
冷蔵庫から昨夜作った冷製スープを出せばそれをそれぞれのカップへと注いで並べた。
「さて、朝ごはんにするか」
「いただきます」
「いただきまーす!」
「リューちゃん、今日買い物行く?」
「ピータさんとの買い出しをレックスに頼んだ。何か欲しいのあるのか?」
「うん」
シルバがレックスを見る。レックスもうなずいた。
目をぱちくりさせてからリューイはうなずいた。
「じゃぁ今日の買い出しはレックスとシルバに頼もうか」
「はーい」
「じゃぁ俺はクラルスの面倒見てるからリューは一人好きなことをしていてね」
「いいの?」
「いいよ。約束したじゃん」
「じゃぁそうする」
うなずいたリューイを見てフィーディスは満足そうに笑った。
レックスとシルバは二人でこそこそと話している。うなずきあえば嬉しそうにしている。
何か楽しみにしていたことでもあるのだろうか。リューイは首を傾げつつサンドイッチにかぶりつく。
初めて作ったにしては上出来である。
千切りにした人参や大根がこぼれてしまうのが難点だろうか。現にクラルスがぼろぼろとこぼしてしまっている。
次作るときはサンドイッチをペーパーで包めばよかろうか、と頭の片隅にいれてリューイは今日やりたいことを考え出した。
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