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蕩けるほどに甘く痺れるほどに辛く 4
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一体何度目を覚まし、そのたびにまたウィリディスに絶頂させられ、また気絶したのか。
リューイはウィリディスの腕の中で目を閉じていた。
体中に赤く痕が残されウィリディスの精液すら乾いてこびりついている。
リューイを抱く腕に力を込めてウィリディスは額に唇を寄せた。
なんと浅ましい。なんと醜い。
泣き叫ぶリューイは普段とは異なり本気でウィリディスを拒絶していた。
だが、止めてやることなどできるはずもなかった。
「リューイ…俺の番になってくれ」
聞こえるはずもない彼に囁く。意識のない間だけしか口にはできなかった。
彼の意識があるときに言ったらどうなるのだろうか。彼は喜ぶだろうか。噛んでほしいと項を差し出すのだろうか。それとも拒絶するだろうか。
気が狂うかと思うほどの嫉妬や恋情に振り回されるなんて思いもしなかった。
リューイの体にこびりついた自分のフェロモンに安心した。
リューイから自分のものではない香りがするのはたまらなく嫌だった。抱いている途中で、クラートが確かにリューイに手を出していないことに気づいた。
端末で喘ぐ声を聴いてすぐに駆け付けたが一度抱いてすぐに風呂に入ったにしてはあまりに香りが薄かったのだ。
「お前相手だとまともな思考すらなくなるか…困ったものだな」
汗で濡れた髪を撫で静かに口づける。リューイはわずかに眉を寄せるも目を覚ます気配はない。
彼を起こさないように静かに体を放せばベッドを降りた。自分もなかなかにひどい格好をしている。とくに服は脱ぎ捨てられてベッドの下でしわくちゃであった。
日付が変わり、朝日が昇ってこようかという時間である。夜までこの部屋を取っているとクラートは話していたから一度ホテルの者に洋服を買ってこさせるのもありだろうかとウィリディスは思った。
まだ眠っているリューイを見てから先に汗を流すためにバスルームへと向かった。
動くと背中に痛みがあった。
鏡を見れば背中にはリューイがたてた爪の跡が残っていた。見れば腕にも何か所か傷ができていた。
その傷すら愛しいと思ってしまう自分は重症だろうか。
シャワーで汗を流して体を洗う。バスルームを出ればタオルを腰に巻いてベッドルームへと戻った。
ベッドに腰かけてリューイの寝顔を見つめる。
「…すまなかった」
ぽつりと謝る。自分で自分を止めることができなかった。
少し腫れたリューイの目を撫でる。わずかに瞼が震えれば静かに瞳が開いた。
「リューイ…」
リューイは目の前にいるのがウィリディスであるとわかれば体をこわばらせた。
伸ばしかけた手を引っ込めたウィリディスは少し苦笑した。そんな反応も当然だろう。
「すまない…動けるようならシャワーでも浴びてくるといい。俺は別の場所にいよう」
「……ウィル…」
離れようとすればリューイが小さく名を呼ぶ。
振り向いてリューイを見つめれば少し体を起こしたリューイはうつむいていた。
「どうした。やはり具合が…」
「違う。こっち、きて」
リューイの呼ぶままにベッドへと上がる。そばにきたウィリディスを見つめてリューイはゆっくりと口を開いた。
「馬鹿。あほ、間抜け…やめてって言ったのに何度もやりやがって…」
リューイの言葉に二の句が継げない。ウィリディスを見つめていたリューイだがやがてため息をついた。
何故ウィリディスがあんなにもひどくリューイを抱いたのかはわからない。もしかしたらそれはリューイにも問題があったのかもしれない。
「…体ばきばきだし、せーしこびりついてるし、あちこちにあんたの噛み跡ついてるし、どうしてくれんの」
「それは…その」
「……俺、次はどろどろに溶けるぐらいにして言ったじゃん」
「あぁ…」
「かなり尻が痛いんだけど。いつもより奥にいれたろ…薬も飲んでないし」
リューイの言葉にウィリディスの顔が青ざめた。
自分ももちろん飲んでいない。それなのにリューイの体に出してしまった。
発情期でないために子供ができる確率としては低いかもしれない。だが、万一にもということは十分ありうる。
「今すぐにかきださねば…!」
「多分遅いと思うよ。デキてるかはわかんないけど」
ため息をついたリューイはそばにあるウィリディスの体に寄りかかった。
ウィリディスは少し体に力を込めた。
気を抜いてはまたリューイを押し倒してしまいそうになる。
「お風呂に連れて行ってよ…今はウィルの匂いしかしないだろ?」
「触れていいのか…」
「夜から明け方まで容赦なく抱いていて今それ言う?」
リューイは心底呆れたようにつぶやいた。ウィリディスはそっとリューイの肌に触れる。
ぴくっと体が揺れるもリューイはウィリディスに体を預けた。静かに抱き上げてバスルームへと連れていく。
リューイはウィリディスの腕や胸元にある細い傷に気が付いた。指先が触れれば頭上から少し息を詰める音がした。
少し視線を上げればウィリディスは痛みをこらえるように眉を寄せていた。
「俺がつけたの…」
「あぁ…抵抗していたからな」
「そう…痛い?」
「お前に比べたらなんともない」
リューイをそっと床に下ろしてシャワーをかける。
胸元や腰にこびりついた二人分の精液を洗い流すには時間がかかった。
洗い流しているその間にもリューイはウィリディスの香りをかいだり腕に触れたりしていた。自分は試されているのだろうかとウィリディスは考えた。
優しく、丁寧にリューイの体を磨く。すべて終わればウィリディスはリューイを足の間に座らせて抱きしめた。
「すまない…」
「ウィル?」
「俺は…お前を手ひどく抱いた…自分でもどうしていいかわからなかった」
「そうだね。いつものウィルじゃないみたいだった」
「お前に、ほかのαが触れたと思うと…」
リューイは小さく笑う。
この男は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
リューイの胸に暖かなものが溢れて仕方がない。
自分を抱いたほかのαに嫉妬するほどに、ウィリディスはリューイを想っているようだ。
リューイはそれがうれしくてならない。ウィリディスもリューイと同じ気持ちを持っている。
涙をこぼしているリューイに気づけば体に痛みがあるのかとウィリディスは焦った。
抱きしめてリューイのほほを撫でる。
「リューイ、どうした…痛むところがあるのか」
「違う…違うよ、ウィル」
ウィリディスはリューイの気持ちに気づいていないのだろうか。
ここで彼に自分の気持ちを告げたら彼はどう思うのだろうか。首輪を外したら彼は項を噛んでくれるだろうか。
「リューイ…本当にすまない。どうしたらいい…お前を泣かせないために俺は何をしてやれる」
「俺が泣き止むためにはウィルが研究を終わらせることが必要だよ…Ωである俺のために、ウィルはちゃんと研究を終わらせて…」
「それで、いいのか」
「それだけじゃないけど、今はそれが一番」
リューイの涙を指先で拭いウィリディスはうなずいた。
顔を寄せてみればリューイは少し悩んだ末にウィリディスとキスをした。
触れるだけのキスだがリューイは微笑んだ。
「ウィル…俺、ウィルといる間はほかのαに抱かれないようにする。フィーディスにも、クラートにも触れられないようにするから。だからもう、嫉妬なんてしなくていいよ」
「嫉妬…?」
「嫉妬だよ。俺を抱いた他のαに嫉妬してる。わかんないの?」
ウィリディスは間抜けた顔をしている。リューイは吹き出すとウィリディスの頬を撫でた。
意識してはいなかったらしい。俺だけに感じろ、なんてことを言いながらどうしてだろうか。
誰がどう見てもウィリディスは嫉妬していたのだ。
「嫉妬…なのか」
「そうだよ」
ウィリディスは嬉しそうなリューイを見て眉を下げた。
リューイは嫌ではないのだろうか。恋人というわけではない相手に嫉妬などされて手ひどく抱かれるなどありがたみのかけらもない。
リューイはウィリディスの頬に口づけた。リューイも嫉妬するときがあるのだとは知らないだろう。
クラートからウィリディスの学生時代の話を聞きそびれてしまったが、仕方ない。その代わりにウィリディスが嫉妬してくれるほどの気持ちを抱いていることをしれた。
「ねぇ、ウィルの学生時代の話が聞きたい」
「面白くはないぞ」
「それでも。クラートから聞く予定だったのにウィルがきちゃったから」
リューイを抱き上げタオルでくるむ。
丁寧に身体を拭いて顔を見つめた。興味津々といった様子のリューイは話すまで言い続けるだろう。
ウィリディスは諦めた。
「わかった。だが服を頼んでからだ」
「服?」
「俺の服はあいにくベッドの下だ」
リューイはしばらくの間があってから納得したのかうなずいた。
リューイはクラートとシャワーを浴びる際に服を脱いでたたんでおいたがウィリディスは違う。
己の感情のままにリューイを抱いたために服は脱ぎ捨てられたのだ。ベッドの上にも一部捨て置かれていたため、しわくちゃというよりも汚れのほうがひどいだろう。
さすがに腰にタオルを巻いただけでは帰れまい。
「その格好でホテルの人の前に出るの」
リューイはじっとウィリディスを見つめた。
細くもなく、太くもなく、適度な厚みのある胸元は露出している。腰に巻いたタオルだけでは心もとないし、何より彼の裸体を他人に見られたくないとリューイは思うのである。
「クラートがガウン脱いでいったんだからそれ着てからな…?」
「そうだな。お前は」
ウィリディスがリューイを見る。先ほどリューイが身に着けていたガウンは残念ながら着ることはできない状態である。
タオルを頭からかぶり、もう一枚を下半身にかけている状態だった。
ウィリディスはベッドルームに戻れば汚れていないベッドに置かれていたガウンを身にまとい、室内にある端末でフロントへと連絡をする。
服を一人分用意してほしいと告げ、リューイのほうへと視線を向ければ朝食も一緒に、と告げた。
服のサイズを聞かれれば自分のサイズを答え、白いシャツとパンツで構わないと告げ端末を切る。
「リューイ、食事も頼んだが問題なかったか」
「うん。すっごくおなか減ったし……ところで、ウィル」
「なんだ」
「クラルスたちは」
リューイの問いかけにウィリディスはしまった、と口元を隠した。
我を忘れてきたらしい。フィーディスがいるから問題はないと思うし、出かけると告げてある以上泊りということも考えてくれるかもしれない。
大きなため息をわざとらしくこぼしてみればウィリディスはしょげていた。
そんな様子を見てリューイは笑いをこらえきれなくなる。
「ウィル、こっちきて」
ソファに座るリューイに呼ばれてウィリディスはそばに近寄る。
隣に座るのかと思いきやリューイの足元に膝をついて見上げてくる。呆然としてしまったリューイだが慌ててウィリディスの手を引っ張り隣に座らせる。
「俺のこと抱いたのそんなに後悔してるの?まったく…ウィルって実は結構子供じゃん?」
「どうしていいかわからなくなってきている…」
「普通にしてればいいんだよ」
「その普通がわからなくなってしまった」
「頭いいのに」
リューイは笑ってからウィリディスをそっと抱きしめる。
恐る恐るといった様子でウィリディスの腕がリューイの背中に回る。
体が密着すればリューイは嬉しそうに微笑んだ。
「ウィル…」
「どうした、リューイ」
「朝食終わって服が届くまで少し時間あったらあと一回だけ抱いてくれる?」
「無理はよくないだろう」
「無理じゃない。俺がしてほしいって思うの」
「だが…昨夜も随分とお前に無理をさせた」
「今更じゃん」
ウィリディスを見上げてくるリューイに根負けする。
わかった、とうなずけば満面の笑みを見せられてしまう。ここでだめだと言ったら機嫌を損ねてしまうのだろう。
リューイのほうから望むのならば自分はそれを叶えるだけである。
「けど、めっちゃ優しくして。ちゃんと約束通り、俺を蕩けるほどに気持ちよくして、それで、ウィルも気持ちよくなって」
「お前はどうしてそうやって……俺を煽るな」
ため息とともに告げられたことにリューイは笑う。そっと体を放してキスを待つかのように目を閉じて少し顔を上に向ける。
リューイの首輪に指先だけで触れたウィリディスは顎に手を添えてリューイに口づけた。
触れるだけですぐに離れてしまえば物足りなさそうにリューイは唇を尖らせる。
「またあとで…蕩けるほどに気持ちよくなるのだろう?」
「ん…」
耳元でささやかれた言葉に赤くなりながらうなずく。
小さく笑えばちょうどドアがノックされた。リューイから距離を取ったウィリディスがドアのほうへと向かう。
ソファの背から少し顔を出して様子を見つめた。
ガウンをまとった後ろ姿がドアを開ける。ドアの向こうにいたのはΩのホテルマンだったらしい。
小さく、ヒッと声がした。リューイは慌ててドアのほうへと向かう。ずり落ちてきたタオルを抑えながらウィリディスに後ろから抱き着いた。
タオルしか身にまとわぬリューイとガウン姿のウィリディスを見てこの部屋で何が行われたか察しのいいΩならば判断できるだろう。
リューイと視線が交わったΩは慌ててウィリディスに袋を渡す。
「朝食をお持ちしましたがいかがいたしましょうか」
リューイがドアの外に目を向ければワゴンに食事が載っている。
リューイの様子を伺い、ウィリディスは口を開いた。
「こちらで適当に済ませる。そのワゴンごと部屋にいれてくれればいい」
「かしこまりました」
ホテルマンからリューイを隠すようにしつつ彼を室内へ招き入れる。
ホテルマンはワゴンを押して中に入ればウィリディスとリューイを見ないようにしてテーブルそばにワゴンを置く。
「それでいい」
「失礼いたします」
ウィリディスが声をかけて退出させた。リューイはぎゅっとウィリディスに抱き着く。
服を手にしたままのウィリディスはリューイの行動の意味が分からない。
腰に抱き着かせたままゆっくりと歩けばワゴンの朝食を覗く。
とろとろの卵にふわふわのパン、いい香りのスープにみずみずしい果実、それらを見てウィリディスは自分が空腹であることに気づいた。
そういえば昨日はリューイが出かけてから何も食事をとっていないななどと考える。リューイがどこに行ったのか気が気でなかったのだ。
「リューイ、食事にしよう」
「うん…」
「どうした」
「あのΩ、ウィルのフェロモンに一瞬飲まれてた…首輪なかったし、こういうホテルで働いてるなら番持ちだと思うけど」
ウィリディスはリューイの言葉に目を丸くした。そんなことを思っていたのか。
口元に笑みを浮かべ食事を並べるために一度リューイの腕を放させた。
リューイは落ちかけたタオルを体に巻き付けて椅子に座る。
リューイの前にパンを置き、それから二人分の朝食の皿を置いた。
コーヒーがポットに入っている。二つのカップに注いでからリューイの分には砂糖二つとミルクを入れて置いた。
「食事と服と一緒にきてしまったな」
「うん。でも夜までいられるなら俺としてはウィルとセックスしたい」
「俺の話とどちらがいい」
「両方」
即答したリューイに苦笑するもののウィリディスも椅子に座り食事を摂る。
リューイはパンにしっかりバターをつけて口にいれていた。
ふかふかの焼き立てパンは想像以上に美味しい。小麦の香りをしっかりと感じることができる。
リューイは果物まですぐ食べきってしまった。
空になったリューイの皿にウィリディスは自分の皿にあったオレンジをおいた。
「食べていいの?」
「あぁ」
「ありがとう!」
リューイはそのオレンジもすぐに食べてしまう。
ウィリディスも食べ終えてワゴンごとドアの外においた。
こうしておけば誰か持っていくだろう。夜までの間ふたりきりの時間を邪魔されたくはない。
「おいしかった」
「それはなによりだ」
ウィリディスを引っ張りリューイはベッドルームに向かう。
シャワーを浴びてスッキリしたのにまた汚してしまうのかと思いながらもリューイからの申し出を断る必要はなかった。
ベッドに座りリューイはウィリディスをどこか緊張した面持ちで見つめる。
「今度は丁寧に抱くからそんな顔をしなくていい」
「わかってるよ」
「本当か?」
「もう…早くして。話も聞きたいから」
リューイに急かされ引き寄せられ、ウィリディスは静かに口づけた。
柔らかな唇の感触と石鹸の香りに情欲が煽られる。
抱きしめ抱きつかれ、二人は官能の渦に飲み込まれていった。
リューイはウィリディスの腕の中で目を閉じていた。
体中に赤く痕が残されウィリディスの精液すら乾いてこびりついている。
リューイを抱く腕に力を込めてウィリディスは額に唇を寄せた。
なんと浅ましい。なんと醜い。
泣き叫ぶリューイは普段とは異なり本気でウィリディスを拒絶していた。
だが、止めてやることなどできるはずもなかった。
「リューイ…俺の番になってくれ」
聞こえるはずもない彼に囁く。意識のない間だけしか口にはできなかった。
彼の意識があるときに言ったらどうなるのだろうか。彼は喜ぶだろうか。噛んでほしいと項を差し出すのだろうか。それとも拒絶するだろうか。
気が狂うかと思うほどの嫉妬や恋情に振り回されるなんて思いもしなかった。
リューイの体にこびりついた自分のフェロモンに安心した。
リューイから自分のものではない香りがするのはたまらなく嫌だった。抱いている途中で、クラートが確かにリューイに手を出していないことに気づいた。
端末で喘ぐ声を聴いてすぐに駆け付けたが一度抱いてすぐに風呂に入ったにしてはあまりに香りが薄かったのだ。
「お前相手だとまともな思考すらなくなるか…困ったものだな」
汗で濡れた髪を撫で静かに口づける。リューイはわずかに眉を寄せるも目を覚ます気配はない。
彼を起こさないように静かに体を放せばベッドを降りた。自分もなかなかにひどい格好をしている。とくに服は脱ぎ捨てられてベッドの下でしわくちゃであった。
日付が変わり、朝日が昇ってこようかという時間である。夜までこの部屋を取っているとクラートは話していたから一度ホテルの者に洋服を買ってこさせるのもありだろうかとウィリディスは思った。
まだ眠っているリューイを見てから先に汗を流すためにバスルームへと向かった。
動くと背中に痛みがあった。
鏡を見れば背中にはリューイがたてた爪の跡が残っていた。見れば腕にも何か所か傷ができていた。
その傷すら愛しいと思ってしまう自分は重症だろうか。
シャワーで汗を流して体を洗う。バスルームを出ればタオルを腰に巻いてベッドルームへと戻った。
ベッドに腰かけてリューイの寝顔を見つめる。
「…すまなかった」
ぽつりと謝る。自分で自分を止めることができなかった。
少し腫れたリューイの目を撫でる。わずかに瞼が震えれば静かに瞳が開いた。
「リューイ…」
リューイは目の前にいるのがウィリディスであるとわかれば体をこわばらせた。
伸ばしかけた手を引っ込めたウィリディスは少し苦笑した。そんな反応も当然だろう。
「すまない…動けるようならシャワーでも浴びてくるといい。俺は別の場所にいよう」
「……ウィル…」
離れようとすればリューイが小さく名を呼ぶ。
振り向いてリューイを見つめれば少し体を起こしたリューイはうつむいていた。
「どうした。やはり具合が…」
「違う。こっち、きて」
リューイの呼ぶままにベッドへと上がる。そばにきたウィリディスを見つめてリューイはゆっくりと口を開いた。
「馬鹿。あほ、間抜け…やめてって言ったのに何度もやりやがって…」
リューイの言葉に二の句が継げない。ウィリディスを見つめていたリューイだがやがてため息をついた。
何故ウィリディスがあんなにもひどくリューイを抱いたのかはわからない。もしかしたらそれはリューイにも問題があったのかもしれない。
「…体ばきばきだし、せーしこびりついてるし、あちこちにあんたの噛み跡ついてるし、どうしてくれんの」
「それは…その」
「……俺、次はどろどろに溶けるぐらいにして言ったじゃん」
「あぁ…」
「かなり尻が痛いんだけど。いつもより奥にいれたろ…薬も飲んでないし」
リューイの言葉にウィリディスの顔が青ざめた。
自分ももちろん飲んでいない。それなのにリューイの体に出してしまった。
発情期でないために子供ができる確率としては低いかもしれない。だが、万一にもということは十分ありうる。
「今すぐにかきださねば…!」
「多分遅いと思うよ。デキてるかはわかんないけど」
ため息をついたリューイはそばにあるウィリディスの体に寄りかかった。
ウィリディスは少し体に力を込めた。
気を抜いてはまたリューイを押し倒してしまいそうになる。
「お風呂に連れて行ってよ…今はウィルの匂いしかしないだろ?」
「触れていいのか…」
「夜から明け方まで容赦なく抱いていて今それ言う?」
リューイは心底呆れたようにつぶやいた。ウィリディスはそっとリューイの肌に触れる。
ぴくっと体が揺れるもリューイはウィリディスに体を預けた。静かに抱き上げてバスルームへと連れていく。
リューイはウィリディスの腕や胸元にある細い傷に気が付いた。指先が触れれば頭上から少し息を詰める音がした。
少し視線を上げればウィリディスは痛みをこらえるように眉を寄せていた。
「俺がつけたの…」
「あぁ…抵抗していたからな」
「そう…痛い?」
「お前に比べたらなんともない」
リューイをそっと床に下ろしてシャワーをかける。
胸元や腰にこびりついた二人分の精液を洗い流すには時間がかかった。
洗い流しているその間にもリューイはウィリディスの香りをかいだり腕に触れたりしていた。自分は試されているのだろうかとウィリディスは考えた。
優しく、丁寧にリューイの体を磨く。すべて終わればウィリディスはリューイを足の間に座らせて抱きしめた。
「すまない…」
「ウィル?」
「俺は…お前を手ひどく抱いた…自分でもどうしていいかわからなかった」
「そうだね。いつものウィルじゃないみたいだった」
「お前に、ほかのαが触れたと思うと…」
リューイは小さく笑う。
この男は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
リューイの胸に暖かなものが溢れて仕方がない。
自分を抱いたほかのαに嫉妬するほどに、ウィリディスはリューイを想っているようだ。
リューイはそれがうれしくてならない。ウィリディスもリューイと同じ気持ちを持っている。
涙をこぼしているリューイに気づけば体に痛みがあるのかとウィリディスは焦った。
抱きしめてリューイのほほを撫でる。
「リューイ、どうした…痛むところがあるのか」
「違う…違うよ、ウィル」
ウィリディスはリューイの気持ちに気づいていないのだろうか。
ここで彼に自分の気持ちを告げたら彼はどう思うのだろうか。首輪を外したら彼は項を噛んでくれるだろうか。
「リューイ…本当にすまない。どうしたらいい…お前を泣かせないために俺は何をしてやれる」
「俺が泣き止むためにはウィルが研究を終わらせることが必要だよ…Ωである俺のために、ウィルはちゃんと研究を終わらせて…」
「それで、いいのか」
「それだけじゃないけど、今はそれが一番」
リューイの涙を指先で拭いウィリディスはうなずいた。
顔を寄せてみればリューイは少し悩んだ末にウィリディスとキスをした。
触れるだけのキスだがリューイは微笑んだ。
「ウィル…俺、ウィルといる間はほかのαに抱かれないようにする。フィーディスにも、クラートにも触れられないようにするから。だからもう、嫉妬なんてしなくていいよ」
「嫉妬…?」
「嫉妬だよ。俺を抱いた他のαに嫉妬してる。わかんないの?」
ウィリディスは間抜けた顔をしている。リューイは吹き出すとウィリディスの頬を撫でた。
意識してはいなかったらしい。俺だけに感じろ、なんてことを言いながらどうしてだろうか。
誰がどう見てもウィリディスは嫉妬していたのだ。
「嫉妬…なのか」
「そうだよ」
ウィリディスは嬉しそうなリューイを見て眉を下げた。
リューイは嫌ではないのだろうか。恋人というわけではない相手に嫉妬などされて手ひどく抱かれるなどありがたみのかけらもない。
リューイはウィリディスの頬に口づけた。リューイも嫉妬するときがあるのだとは知らないだろう。
クラートからウィリディスの学生時代の話を聞きそびれてしまったが、仕方ない。その代わりにウィリディスが嫉妬してくれるほどの気持ちを抱いていることをしれた。
「ねぇ、ウィルの学生時代の話が聞きたい」
「面白くはないぞ」
「それでも。クラートから聞く予定だったのにウィルがきちゃったから」
リューイを抱き上げタオルでくるむ。
丁寧に身体を拭いて顔を見つめた。興味津々といった様子のリューイは話すまで言い続けるだろう。
ウィリディスは諦めた。
「わかった。だが服を頼んでからだ」
「服?」
「俺の服はあいにくベッドの下だ」
リューイはしばらくの間があってから納得したのかうなずいた。
リューイはクラートとシャワーを浴びる際に服を脱いでたたんでおいたがウィリディスは違う。
己の感情のままにリューイを抱いたために服は脱ぎ捨てられたのだ。ベッドの上にも一部捨て置かれていたため、しわくちゃというよりも汚れのほうがひどいだろう。
さすがに腰にタオルを巻いただけでは帰れまい。
「その格好でホテルの人の前に出るの」
リューイはじっとウィリディスを見つめた。
細くもなく、太くもなく、適度な厚みのある胸元は露出している。腰に巻いたタオルだけでは心もとないし、何より彼の裸体を他人に見られたくないとリューイは思うのである。
「クラートがガウン脱いでいったんだからそれ着てからな…?」
「そうだな。お前は」
ウィリディスがリューイを見る。先ほどリューイが身に着けていたガウンは残念ながら着ることはできない状態である。
タオルを頭からかぶり、もう一枚を下半身にかけている状態だった。
ウィリディスはベッドルームに戻れば汚れていないベッドに置かれていたガウンを身にまとい、室内にある端末でフロントへと連絡をする。
服を一人分用意してほしいと告げ、リューイのほうへと視線を向ければ朝食も一緒に、と告げた。
服のサイズを聞かれれば自分のサイズを答え、白いシャツとパンツで構わないと告げ端末を切る。
「リューイ、食事も頼んだが問題なかったか」
「うん。すっごくおなか減ったし……ところで、ウィル」
「なんだ」
「クラルスたちは」
リューイの問いかけにウィリディスはしまった、と口元を隠した。
我を忘れてきたらしい。フィーディスがいるから問題はないと思うし、出かけると告げてある以上泊りということも考えてくれるかもしれない。
大きなため息をわざとらしくこぼしてみればウィリディスはしょげていた。
そんな様子を見てリューイは笑いをこらえきれなくなる。
「ウィル、こっちきて」
ソファに座るリューイに呼ばれてウィリディスはそばに近寄る。
隣に座るのかと思いきやリューイの足元に膝をついて見上げてくる。呆然としてしまったリューイだが慌ててウィリディスの手を引っ張り隣に座らせる。
「俺のこと抱いたのそんなに後悔してるの?まったく…ウィルって実は結構子供じゃん?」
「どうしていいかわからなくなってきている…」
「普通にしてればいいんだよ」
「その普通がわからなくなってしまった」
「頭いいのに」
リューイは笑ってからウィリディスをそっと抱きしめる。
恐る恐るといった様子でウィリディスの腕がリューイの背中に回る。
体が密着すればリューイは嬉しそうに微笑んだ。
「ウィル…」
「どうした、リューイ」
「朝食終わって服が届くまで少し時間あったらあと一回だけ抱いてくれる?」
「無理はよくないだろう」
「無理じゃない。俺がしてほしいって思うの」
「だが…昨夜も随分とお前に無理をさせた」
「今更じゃん」
ウィリディスを見上げてくるリューイに根負けする。
わかった、とうなずけば満面の笑みを見せられてしまう。ここでだめだと言ったら機嫌を損ねてしまうのだろう。
リューイのほうから望むのならば自分はそれを叶えるだけである。
「けど、めっちゃ優しくして。ちゃんと約束通り、俺を蕩けるほどに気持ちよくして、それで、ウィルも気持ちよくなって」
「お前はどうしてそうやって……俺を煽るな」
ため息とともに告げられたことにリューイは笑う。そっと体を放してキスを待つかのように目を閉じて少し顔を上に向ける。
リューイの首輪に指先だけで触れたウィリディスは顎に手を添えてリューイに口づけた。
触れるだけですぐに離れてしまえば物足りなさそうにリューイは唇を尖らせる。
「またあとで…蕩けるほどに気持ちよくなるのだろう?」
「ん…」
耳元でささやかれた言葉に赤くなりながらうなずく。
小さく笑えばちょうどドアがノックされた。リューイから距離を取ったウィリディスがドアのほうへと向かう。
ソファの背から少し顔を出して様子を見つめた。
ガウンをまとった後ろ姿がドアを開ける。ドアの向こうにいたのはΩのホテルマンだったらしい。
小さく、ヒッと声がした。リューイは慌ててドアのほうへと向かう。ずり落ちてきたタオルを抑えながらウィリディスに後ろから抱き着いた。
タオルしか身にまとわぬリューイとガウン姿のウィリディスを見てこの部屋で何が行われたか察しのいいΩならば判断できるだろう。
リューイと視線が交わったΩは慌ててウィリディスに袋を渡す。
「朝食をお持ちしましたがいかがいたしましょうか」
リューイがドアの外に目を向ければワゴンに食事が載っている。
リューイの様子を伺い、ウィリディスは口を開いた。
「こちらで適当に済ませる。そのワゴンごと部屋にいれてくれればいい」
「かしこまりました」
ホテルマンからリューイを隠すようにしつつ彼を室内へ招き入れる。
ホテルマンはワゴンを押して中に入ればウィリディスとリューイを見ないようにしてテーブルそばにワゴンを置く。
「それでいい」
「失礼いたします」
ウィリディスが声をかけて退出させた。リューイはぎゅっとウィリディスに抱き着く。
服を手にしたままのウィリディスはリューイの行動の意味が分からない。
腰に抱き着かせたままゆっくりと歩けばワゴンの朝食を覗く。
とろとろの卵にふわふわのパン、いい香りのスープにみずみずしい果実、それらを見てウィリディスは自分が空腹であることに気づいた。
そういえば昨日はリューイが出かけてから何も食事をとっていないななどと考える。リューイがどこに行ったのか気が気でなかったのだ。
「リューイ、食事にしよう」
「うん…」
「どうした」
「あのΩ、ウィルのフェロモンに一瞬飲まれてた…首輪なかったし、こういうホテルで働いてるなら番持ちだと思うけど」
ウィリディスはリューイの言葉に目を丸くした。そんなことを思っていたのか。
口元に笑みを浮かべ食事を並べるために一度リューイの腕を放させた。
リューイは落ちかけたタオルを体に巻き付けて椅子に座る。
リューイの前にパンを置き、それから二人分の朝食の皿を置いた。
コーヒーがポットに入っている。二つのカップに注いでからリューイの分には砂糖二つとミルクを入れて置いた。
「食事と服と一緒にきてしまったな」
「うん。でも夜までいられるなら俺としてはウィルとセックスしたい」
「俺の話とどちらがいい」
「両方」
即答したリューイに苦笑するもののウィリディスも椅子に座り食事を摂る。
リューイはパンにしっかりバターをつけて口にいれていた。
ふかふかの焼き立てパンは想像以上に美味しい。小麦の香りをしっかりと感じることができる。
リューイは果物まですぐ食べきってしまった。
空になったリューイの皿にウィリディスは自分の皿にあったオレンジをおいた。
「食べていいの?」
「あぁ」
「ありがとう!」
リューイはそのオレンジもすぐに食べてしまう。
ウィリディスも食べ終えてワゴンごとドアの外においた。
こうしておけば誰か持っていくだろう。夜までの間ふたりきりの時間を邪魔されたくはない。
「おいしかった」
「それはなによりだ」
ウィリディスを引っ張りリューイはベッドルームに向かう。
シャワーを浴びてスッキリしたのにまた汚してしまうのかと思いながらもリューイからの申し出を断る必要はなかった。
ベッドに座りリューイはウィリディスをどこか緊張した面持ちで見つめる。
「今度は丁寧に抱くからそんな顔をしなくていい」
「わかってるよ」
「本当か?」
「もう…早くして。話も聞きたいから」
リューイに急かされ引き寄せられ、ウィリディスは静かに口づけた。
柔らかな唇の感触と石鹸の香りに情欲が煽られる。
抱きしめ抱きつかれ、二人は官能の渦に飲み込まれていった。
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