世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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蕩けるほどに甘く痺れるほどに辛く

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リューイは壁に寄りかかり端末をいじっていた。
七分丈のボーダーシャツに黒のパンツと白のスエードシューズを履いている。顔にかかる髪を避ければ耳にイヤリングが光る。
イヤリングはウィリディスと一緒に出たパーティの際に着けていたものである。
リューイはイヤリングに触れて小さく息を吐き出した。
休日の繁華街区はにぎわっている。
奥に行けば行くほど治安は悪くなるものの経済区や居住区との境目は百貨店やホテル、テーマパークなどが立ち並んでいる。

「リューイ、お待たせ。悪いな、遅くなって」
「……別にいいけど、クラート、今日平日だよ?」
「うん?そうだな」
「病院は?」
「臨時休診日なんだよ」

リューイの目の前に姿を見せたクラートは、白のカットソーにネイビーのカーディガンを着ている。パンツはグレーのチェック柄であり、そこに医者としての姿はうかがえなかった。
見慣れない姿に目をぱちくりさせて上から下まで眺める。

「変か?」
「ううん。そういう格好するとクラートも年相応だなって」
「どういう意味だ」
「かっこいいってこと」
「誉められているっていうことだな」

クラートは笑うとリューイに手を差し出した。
少し戸惑いながらリューイはその手を握る。

「俺たちはた目からしたら恋人同士にでも見えてると思うか?」
「それは困る」

リューイの言葉にクラートは声を上げて笑った。
その姿を見上げつつリューイは昨夜を思い出す。
いつものように食事を取りウィリディスに薬を飲ませたまでは良かった。
ウィリディスが退院してからもう一週間が過ぎている。
その間にレナータやゼリーニから連絡がありウィリディスは書類を受け取っていた。
もうしばらくしたら研究所も再開できるという。ソワソワと落ち着きのないウィリディスをみてリューイがほっとしたのはいうまでもない。
そんな中でクラートから連絡があったのだ。

『明日暇なら付き合ってくれないか』
「いいけど、どこに?」
『まだ決めてないんだ。ひとまず待ち合わせ場所送るから。十時に集合な』

勝手に約束を取り付けて連絡は切れた。
リューイはそのことをウィリディスに伝えるか悩みながらも結局伝えなかった。
今ウィリディスはレックスとシルバがまとめた研究結果を見直していた。二人の手伝いは無事に終わったようで今は他の手伝いがないかと聞いているらしい。
ウィリディスは自分がいなかった間に届いたたくさんの郵便物の仕分けをさせていた。
話しかけようと思いながらこの一週間事務的な会話しかしていない。

「リューちゃん、顔暗い」
「せんせーと、最近会話してないなって思って」

リューイの言葉に、シルバはそれは一大事だ、とウィリディスの部屋に向かう。
扉をノックすればすぐに返答があった。

「先生、今平気?」
「どうした、シルバ。何か聞きたいことでもあったか」

ウィリディスは書類をめくる手を止めてシルバを見た。優しい顔である。
シルバはほっとしてそばに近寄っていく。

「すまない、お前たちが作業してくれたものは確認が終わってない。急ぎならばピータに伝えておくから買いに行くといい」
「うん。ねぇ、先生。リューちゃんと喧嘩したの?」

シルバの問いかけにウィリディスは返答に窮した。
ウィリディスはシルバと向き合う。
シルバは眉を下げて泣きそうな顔でウィリディスを見つめていた。

「喧嘩はしていない。ただ、俺がリューイを避けているんだ」
「どうして?リューちゃんのこと嫌いになっちゃった?」
「逆だ…好いているから、触れることができない今あまり近寄るべきじゃない」

まだ子供のシルバにはわからないだろうか。好いているからこそ今そばによればきっとクラートの言葉を忘れて抱いてしまう。
またなにかあればリューイの顔が曇りかねないし、今度は自分が治らないかもしれない。
研究も中途半端なままで終わらせたくはないのだ。

「そのうち、シルバにもわかるかもしれないな。触れたくても触れられない時があるのだ」
「俺にも?あるかなぁ」
「かならずあるとは言い切れない。だが、お前に愛しく思う相手ができたときにわかるかもしれない」
「愛しい…リューちゃんじゃなくて?」
「リューイへの好きは家族の好きだろう?そうではない。今の俺のこの気持ちはよいものであるのと同時にひどく重たく暗いものだ」

ウィリディスの言葉はシルバにはしっくりこない。
少し考えるも納得はできなかった。
ウィリディスはそれでもよいのかシルバを相手にその後しばらくとりとめもない会話をした。

「俺、先生みたいな研究者になりたい」
「研究者はいいと思うが俺のようになっては家族に心配をかけるだけだから気をつけなければな」
「御飯食べなかったり寝なかったりするもんね」

からかうような言葉にウィリディスもうなずく。
シルバは話に満足すれば、リューちゃんは明日でかけるみたいだよと言い残して部屋を出ていった。
リューイは二人がそんな会話をしていることなど露知らずにいた。
翌日リューイは出かけると言い残して待ち合わせ場所に向かい、今に至る。
クラートと手は繋がれたままだ。

「どこにいくの」
「買い物。俺の憂さ晴らしに付き合ってくれ」

クラートに連れて行かれるままリューイは百貨店に入る。
服や家具などブランド店舗が立ち並ぶ豪華な空間にリューイは目がくらんで仕方がない。
クラートは服を見てリューイにいろいろと試着させる。
リューイが気に入ったものがあれば次々に購入していった。
憂さ晴らしとはクラートが欲しいものを買うのではないのだろうか。何故リューイの服が買われていくのか。

「クラート、もうそろそろ俺の買い物はいいよ」
「そうか?まだ買い足りないんだけど」

そう言いながらも次はアクセサリーブランドを見て回る。
イヤリングやネックレス、ブレスレットにリング、リューイはきらきらとした店舗にいづらくてたまらなかった。

「リューイ、これなんてどうだ?」
「何が…」

クラートはリューイの手を取れば右手の人差し指に青い宝石の入ったリングを付けた。
少しぶかついておりリューイの指でくるくると回る。

「大きいか」
「サイズはお直しもできますよ。そちらの番の予定の方へですか」
「そんなところだ」
「違うからな」

クラートと店員の会話を即否定すればクラートは楽し気に笑う。
リューイの耳にひかるイヤリングをそっと外せばそれを店員に見せた。
イヤリングを見た店員の目が丸くなる。

「初めて見ました、こんな上質なもの…それにストーンの内側に丁寧な刻印がされて……」

店員は片目に器具をつけてリューイのイヤリングをまじまじと見つめる。
途中別の店員に声をかけてそれを見せれば、見せられた店員もひどく驚いていた。

「お客様、これをどちらで」
「もらい物…だけど」
「もらい物…あなたはこの価値がわからないかもしれませんが、この宝石は千年に一度とれるかとれないかという上質すぎるものです」

言われた言葉にリューイはぽかん、としていた。やっぱりな、とクラートが笑う。
やっぱりとは何だ、自分が身に着けていたものがそんなにとんでもない代物だったというのか。
顔が青ざめるリューイを横目で見つめクラートはイヤリングを受け取る。元のようにそれをリューイの耳元に飾れば唇を寄せた。

「く、クラート!」
「ははっ。あいつがどんな思いでそれを選んだのか知りたいもんだな。混ざり物のない緑一色の宝石をひとめにつきやすいところにつけさせるなんて…真似はできねぇな」
「…何がしたかったんだよ」
「リューイ、そのイヤリング大事にしろよ。へたするとこの世に二つとないものだぞ」
「どうしてそんなとんでもないものをせんせーが…」
「あいつの家がそういう家系だからってしか言えないな」

リューイは困惑の色を浮かべた。
うまくはぐらかされてしまった気しかしないが店を出ていくクラートのあとを追いかける。
クラートと並んではその顔を見つめた。

「なぁ、クラート。次はどこに行くの」
「そうだな。わりと買い物して歩き回ったし何か食うか」
「うん」

リューイはクラートの隣を歩きながらイヤリングに何度も触れた。
とても値が張るということを知ってそれを重たくも思った。だが、ウィリディスがリューイのために選んだものであるから手放すつもりもなかった。
クラートはそんなリューイを見て笑う。笑われたリューイは手をイヤリングから放して軽くにらんだ。

「何が食べたい?」
「オムライス」
「お子様」
「うっせぇ」

笑うクラートの背中を力強くたたけば、いてっ、とつぶやいたクラートは悪かったと謝る。
不貞腐れたリューイの機嫌を取るためクラートは百貨店の最上階にあるレストランへと連れて行った。
ウィリディスの部屋ほどではないが窓際は視界を遮るものがなく比較的遠くまで見渡せた。
クラートはその窓際の席へとリューイを連れていく。

「このレストランにメニューはないから食べたいものを言ってみるといい。相当な難題でもない限りは出すぞ」
「そうなの?え、どうしよう、オムライスは食べたいけど…」

リューイはどんなオムライスを頼もうかと悩む。
目の前で悩む顔を見つめてクラートは端末を出していた。
何もするな、とただ一言だけメッセージが届いていた。リューイが自分で伝えたとは思えない。どこからか、おそらくはリューイの弟たちから知れたのだろう。
何もするつもりはない、今は。どんなオムライスがいいか決めたらしいリューイが顔を上げた。
それを見て店員を呼ぶ。

「俺、半熟のオムライスがいい。できればソースがトマトのやつで…それからマッシュルームと玉ねぎ入れてほしい。中はバターライスで…」
「俺は魚のムニエルとバゲット。辛口のワインも一緒に。それからデザートにキイチゴのシャーベットを二つ。コーヒーのホットとカフェオレで」

クラートの言葉を最後に店員は席を離れていく。
リューイはクラートへと視線を向けた。クラートは少し遠くへと視線を向けている。
憂さ晴らしといっていたが何かあったのだろうか。聞いたら答えるだろうか。
リューイは水の入ったグラスを傾けて少し考える。

「…今日はホテルも取ってあるんだがどうだ?」
「俺、帰るつもりだったんだけど」
「付き合うつもりはないか?」

リューイはクラートの言葉に大げさにため息をついて見せた。
腕を組んで目の前の男を見つめる。不満そうな顔をしたのも一瞬でリューイは笑った。

「いいよ。今日はクラートの憂さ晴らしに付き合うって決めたから俺にできることならなんでもやる」

泊まりになるなら連絡しないとだめかな、とつぶやいている。
クラートはおかしくなって笑ってしまった。
いきなり笑い出したクラートを見てはリューイは片眉を上げていぶかし気に見つめる。

「まったく…俺に手を出されたらどうするつもりだ?」
「クラートが俺に手を出すとは思ってない。それに出すとしてもきっと理由があるだろうから」
「お前本当にまっすぐすぎて、人に騙されやすそうだな」
「疑うのに疲れただけ。もしそのせいで何かあったとしてもそれは自分が選んだ結果だからな」

苦笑して告げれば会話を断ち切るようにしてリューイが注文したオムライスが運ばれてくる。
混ざりけのない黄色いオムライスである。サラダとスープは食事を頼んだものにはついてくるらしい。
それから少ししてクラートが注文したものも運ばれてくる。
クラートの分だけのはずだったワインも二つあった。

「俺も?」
「気を利かせたんだろ。飲むか?」
「うん、飲む」
「それじゃぁ、乾杯」

軽くグラスを掲げてほほ笑むクラートにリューイも合わせた。
一口ワインを飲んでからリューイはさっそくオムライスに静かにスプーンを入れた。
とろっとした半熟の卵がその中にあるライスを包み込む。
ごくり、とつばを飲み込んだリューイは大きく口を開けてオムライスを頬張った。
口いっぱいにバターの香りが広がる。いったいいくつ卵を使っているのだろうか。リューイの好みど真ん中の半熟卵が幸せを運んでくる。

「おいしい…」
「お前の表情全部からそれがわかるよ。よっぽどなんだな」
「うん。中のライスのバターの量も、この卵の半熟加減も最高に俺好み。とろふわぁって表現できちゃうぐらい。俺もこういうの作りたい…せんせーも好きだといいなぁ」

思わず漏れた一言なのだろう。
リューイのつぶやきにクラートは一口サイズにしたバゲットをソースにつけた手を止めてしまっていた。
火加減だろうか、油だろうか、リューイはつぶやきながらも次々にオムライスを口にいれていく。
手がワインにも伸びてグラスを空けていく。店員がボトルをもってやってくるものの大丈夫だと断ればリューイははっとして食べる手を止めた。

「お前本当に教授が好きだな。まったくうらやましいにもほどがあるぞ」
「…俺なんか変なこと言った?」
「せんせーも好きだといいなって」

何か変なことを言ったわけではない。心の奥からの願いだったようにクラートは思えた。
リューイはクラートの様子に何か恥ずかしいことを言ってしまったようだと判断してそのあとは何も言わずにオムライスを食べていた。
しかしやはりおいしいのか顔は緩んでいる。クラートはリューイの妨げにならないように静かに端末を起動させて目の前のリューイの顔を写真に収めた。自分が想っていたよりもシャッター音が大きく気づかれていないかと心配したが、リューイは特別気にした様子はなくサラダとスープも平らげてスプーンを置いた。
互いにきれいになった皿が下げられればコーヒーとカフェオレ、それからガラスの器に入ったキイチゴのシャーベットが運ばれてきた。
リューイはそれも気に入ったのかぺろりと平らげてしまう。

「満足したか、リューイ」
「うん、すごく満足。ありがとう、クラート」
「こちらこそ。お前の嬉しそうな笑顔が何よりうれしい。それじゃぁ、そろそろホテルに行くか」
「あ、ねえ、クラート」
「なんだ」

鞄をもって立ち上がったクラートをリューイは呼び止める。
不思議そうな顔をしたクラートは首を傾げた。

「クラートが買ってくれた服、俺受け取ってないんだけど」
「あぁ。あれ全部教授の家に送るように手配した」
「……せんせー、なんというか」
「俺からのプレゼントだって言っておけばいいだろ?」

笑いながら食事代を支払いに向かうクラートを追いかけた。
レジで何か書いていると思っていたがまさかそんなことをしているとは夢にも思わなかった。
家にあの大量の服が全部届くのだろうか。眉を寄せたリューイに気づけば、クラートは髪を乱すように撫でた。

「気にするな。お前と一緒で俺は今日随分と楽しいから」
「一緒にいるだけじゃん」
「いいんだよ。お前が楽しそうだから十分だ」

クラートの言葉に偽りはない。
リューイは今日は自分のためではなくクラートの憂さ晴らしなのだからと自分に言い聞かせた。

「リューイ、帰るかもう少し俺に付き合うか、決めろ。これからホテルに行くぞ。とはいってもそこらへんのラブホではないからそこは安心しておけ」
「言い方が露骨すぎるよ、クラート」

リューイは苦笑してからクラートの腕に自分の腕を絡めた。
目を少し丸くしたクラートはリューイの行動に返事をもらい歩き出した。
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