世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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力のない僕らが願うこと 2

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「おはよう、ウィル。二日酔いの調子はどう?」

部屋に入ったリューイは窓が暗いことに気づき、窓のそばの壁にあるスイッチを押した。
すべては明るくせずに半分ほど開けて振り向いた。

「…それなりだ」
「そっか。ならよかった。朝御飯どうする?一応パン焼いてあるけど卵ゆでてサンドイッチにしようか」

ベッドに近づきまだ少し気だるさが残る様子のウィリディスの顔を見つめた。
ウィリディスはリューイを見つめると少しだけ体を動かした。

「レックスとシルバが、ウィルの手伝いするんだって張り切ってたよ」
「…そうか。そろそろ指示を出さねばな」

重たい体を動かしてウィリディスはベッドを降りた。
リューイがパジャマの端をつかんで足を止める。驚きに振り返ればリューイはウィリディスを見つめていた。

「どうした」 
「俺に、何か言うことない?」
「いうこと…」

ウィリディスは少し考える。
謝れよ、というフォートとクラートの言葉が頭をよぎる。
リューイはウィリディスが発情初日に抱いたことを知っているのだろうか。
そのことだろうか。

「ウィル…」
「……言わねばならないこと…そうだな」

そっと服から手を外させてウィリディスはリューイと向き合った。
言いにくくて仕方がない。
何度か口を開けるも言葉は出てこない。
リューイは促そうとするものの、何も言えなかった。

「リューイ、すまない……俺はお前の発情期に手ひどいことをした」
「手ひどいことって?縛って吊るした?」
「いや」
「おもちゃでも突っ込んだ?」
「いや」
「……フィーディスと一緒に俺に突っ込んだ?」

ふふ、と笑ってリューイは問いかける。
ウィリディスは顔を手で覆ってしまった。

「覚えていたのか」
「なんとなくだけどね…いつもよりも発情して、フィーディスに抱かれれば抱かれるほどたぎったのは覚えてる…それでウィルがきて、俺がウィルを煽って、ウィルが俺を乱暴に抱いた」

そうでしょう?とリューイは首をかしげた。どうやら怒っているわけではないようだと気づく。
ウィリディスは顔から手を離してリューイを見つめた。

「すまなかった。お前が嫌だと強く泣き叫んだのに俺はそれを無視して無理矢理抱いた」
「うん。怖かったし痛かった」
「…どう、償うべきか」
「後悔してお酒たらふく飲んでベロンベロンになったのにまだ……そうだなぁ」

どうやらリューイは酒を飲んだ理由まで知っているらしい。
穴があるなら入りたい。
ウィリディスはリューイの次の言葉を待った。何を言われてもそれが彼に刻み付けた痛みを少しでも癒すならば受けるつもりだった。

「次は俺がどろどろに溶けちゃうぐらいに優しく、丁寧に抱いて?それでできればウィルもいっぱい気持ちよくなって。あと」

リューイは一度言葉を切る。
ガラス越しに見たあのウィリディスの冷たい瞳が思い出された。
ぞくっとすると再び口を開いた。

「あのときのウィルが怖かった。冷たい目で冷たい声で俺をみていた。だから」
「もうそんなことはしない」

ウィリディスの口調は強いものだった。顔をあげたリューイは目を丸くするもすぐ笑顔になる。

「信じていい?」
「あぁ」

ウィリディスがうなずけばリューイは体を寄せてくる。
ウィリディスは無意識にリューイの腰を抱いた。リューイはウィリディスの首に腕を回して目を閉じる。
顔を寄せリューイに口づけた。

「ウィルとのキスが一番気持ちいい」
「そうか…それは喜ぶことだろうか」
「いいと思うよ」

くすり、と笑うリューイに今一度口づけて抱きたい欲求が沸き起こる。
リューイもウィリディスの気持ちを感じたのか首に回した腕に力を込めた。

「だめだよ、ウィル。レックスとシルバが待ってる。朝御飯食べて、俺をどろどろにするのはそれから」
「このあとしていいのか」
「んー。明日もウィルが休みなら構わないけど、二日酔いで休んだわけだし、研究行かないと」
「…そうだな」

リューイの体を放せば二人でリビングにむかう。
リューイはキッチンにたって卵のために鍋にいれた水を温める。
ウィリディスはその間にコーヒーの用意をした。

「先生、起きた?」
「先生、お仕事ちょうだい」

レックスとシルバが駆け寄ってくる。
彼らのために古い実験結果の山を用意してある。湯気の立つカップを机においてから少し待つように告げて自室に戻る。
重たい段ボールを持ち出せばそれをリビングにおいた。

「この中に日付がばらばらになった紙がたくさん入っている。それを日付別にしてほしい。可能ならばタイトルごとにまとめてくれ。ホチキスもあとで持ってこよう。なにかいるものはあるか?」
「大丈夫だと思う。がんばるね」
「俺もがんばる!」

二人は中身を広げてしまって構わないと告げたウィリディスの言葉のままに段ボールの中身をリビングへすべて広げた。
とてつもないほどの量の紙が山となる。卵の様子を見ながらそれを眺めていたリューイは大きく口を開けたまま動きをとめてしまった。
あの山を二人だけで整理するのは大変ではないだろうか。手を出したほうがいいだろうか、しかしあれは二人が自分たちで言い出したことだろうから手伝うべきではないだろうか。

「リューイ、お前は手を出すな。あの二人がやりたいと言い出したのだからな」
「…わかった」

半熟のころ合いで鍋から卵を出せば、丸い小さな器に殻をむいた卵を入れて運んでいく。
二人はひとまず月別に分けていくようだった。月を確認し、置き場所を相談して決めていく。
ウィリディスの家に住む前にも雑事をよくしていたがそれの経験があってのことだろうか。てきぱきと山が振り分けられていく。
月が探せないところは別に置いているが大丈夫だろうか。
ウィリディスを見れば半熟卵に塩を振ってからパンにはさんで食べていた。

「どうした、リューイ」
「あれ、研究したやつをまとめたんだろ…?なんでばらばらになってんの」
「ホチキスがあまり好きではなかったのと必要ないと判断して放り投げたからだな」
「ウィルの怠慢であんなことに…日付が載ってないのがあるみたいだよ」
「それはまたおいおい指示を出す」

二人は楽しそうにやっていた。
自分が見ていても作業を手伝えないのならいる意味はない。ウィリディスにスープの入ったカップを渡してから洗濯をするために上のフロアへと上がっていく。
ウィリディスは一人で静かに食事をとる。時折食べる手を止めては目の前で悩む素振りを見せる二人の子供に助言を与えていた。

「ねぇ、先生、僕たちね、リューちゃんがどうやってお金を稼いでいたか知ってるよ」
「仕事をしていたのだろう?いろいろな場所を転々としていたと聞いたが」
「違うよ、先生…あのね、リュー兄、いろんな男の人と寝ていたよ」
「…どうしてそんなことを知っている」
「みたの」
「みた?」
「レックス、本当に言っちゃうの?怒られない?」

シルバが手を止めてレックスを見つめた。
レックスは手を動かしたままうなずく。

「シルバ、約束しただろ。俺たちは何の力もない子供だ。リュー兄がこの先笑って生きていくために俺たちはできる限りのことをしないといけないって」
「わかってるよ。でも…」
「シルバ…大丈夫。先生は、あそこにいたやつらとは違うよ。リュー兄があんなに幸せそうに笑ってるじゃん」

ウィリディスは話が見えない。二人は自分に何を望んでいるというのだろうか。
以前レックスにリューイを幸せにしてほしいと言われたが同じことを言われるのだろうか。
見つめあう二人は意を決したようにウィリディスを見る。

「…俺たち、先生がリュー兄と、寝ているところを見たことがあるんだ」

ウィリディスは飲んでいたコーヒーを吹き出した。
大きくむせてから、机の上にあった布巾で口元を拭う。

「勝手に見てごめんなさい」
「いや…いつ、見たんだ」

軽くむせながらも問いかける。

「…二か月くらい前…リューちゃんが夜下に降りていったのが気になってついていって…それで」

寝室のドアは閉めていたはず、と思えども自分は超人ではないから閉め損ねた時もあったのかもしれない。
それに二か月ほど前だというのなら自分がほのかにリューイへの想いを抱き始めたころではなかろうか。
もちろんそれは確信ではないが、おそらくそのあたりだろう。

「先生がリュー兄を呼ぶ声がすごく優しかったし、リュー兄もなんか、声がすごく…」
「すごく…?」
「気持ちよさそうだった」

リューイが知ったらどんな顔をするか。
しばらく部屋に引きこもって出てこないのではないだろうか。ウィリディスは言葉が出なかった。
二人はそんなウィリディスの様子を気に留めた様子はなく紙を見ては日付を確認していく。

「先生といるリュー兄があんまりにも幸せそうでキラキラして見えるんだ」
「リューちゃん、いっぱい笑うようになったね。前は少し疲れた様子だったけど、でも先生と一緒にいるようになってからすごく元気になってる」
「それは、安心して眠れる場所ができたからだろう。食事もしっかりとれるようになって…それだけだ」
「リューちゃんの、幸せの形がきっと先生のそばにいることだからだと思う」

シルバの言葉にレックスが大きくうなずいた。
そう言われて嫌な気はしない。そんな自分にウィリディスは気づいていた。
自分の幸せの形も、きっとリューイと一緒にいることだろうから。

「人によって幸せの形って違うんだよってリューちゃんは言ってた。俺とレックスにとっては今の幸せの形はリューちゃんといることだと思ってる。でも、この先は俺たちの家族といることに変わっていく」
「シルバもそう思うんだ?俺もだよ。リュー兄とフィー兄とクラルスとみんなでいるときが幸せだと思う。でも、あの人たちと一緒にいるときもまた幸せなんだ」

二人は顔を見合わせると笑った。
ウィリディスは子供とはこういうものなのだろうかと少し考えた。身近で子供がいるとすればそれは兄であるニキアスとフォートのところである。
研究所にいる番持ちは皆まだそういったことは考えてないというものばかりで、今の今まで子供に触れてこなかった自分にはぴんとこない。
まして、ニキアスやフォートの子供たちはこの二人のように幼いときから自分で働いて稼ぐ、明日には何かあって命を落とすかもしれない状況にはいないからなおさらかもしれない。

「先生、前も言ったけど、俺先生とリュー兄と幸せになってほしい。二人とも、大好きなんだ」
「俺もだよ。フィーちゃんもリューちゃんが大好きみたいだけど、フィーちゃんといるときより先生といるときのほうがリューちゃんはずっと幸せそうだもん」
「リューイが誰といるかを決めるはリューイ自身だろう…」
「うん。わかってる。もしかしたらリュー兄はフィー兄と一緒にいることを選ぶかもしれないし」
「フィーちゃんは俺たち以上にリューちゃんを好きな人はいないって言ってたよ」
「フィー兄はリュー兄のことになると異常だから」

レックスはどこか大人のような口調で告げた。シルバはうんうんと笑ってうなずいている。
ウィリディスは食べ終わった皿をシンクへと運ぶ。皿を洗いつつ二人へと声をかける。

「俺に、どうしてほしい?俺でできることならば叶えてやれる」
「俺たち、リューちゃんに幸せになってもらいたい」
「もちろんフィー兄にも。それから、先生にも」
「俺、にも?」

思いもしなかった言葉にウィリディスは二人を凝視した。
リビングで研究結果の紙を手にして二人は笑顔でこちらを見ている。

「だって先生は俺たちみたいな身寄りのない人間をこうやって住まわせてくれた上にいっぱい勉強教えてくれたでしょ?こんなの罰が当たるって、リューちゃん言っていたけど、罰なんて一回も当たらなかったよ」
「命の恩人っていうやつだよね。その恩人にはもっと幸せになってもらわなきゃ。俺たちにくれた以上の幸せに」
「子供がそんなことを言う必要はない。お前たちはただお前たちのためだけに生きて、望めばいいんだ」

皿を元の場所に戻してから告げた言葉に二人は不満そうに口を尖らせた。
リューイの影響なのだろうか。キッチンを出てそばに近寄ればしゃがみこむ。
まだまだ随分と山になっている研究結果の紙の一枚を手にした。それをなんともなしに眺めながらウィリディスは口を開いた。

「リューイが、幸せだと思えるように…あれがそう望むのならそばにいよう」
「ほんと?」
「あぁ……俺も、きっとそのほうが嬉しい」

それにリューイがそばにいてくれることが自分の幸せにつながるのだろう。

「そうしたら、お前たちは安心できるか?」
「できる!」
「リューちゃんが先生と一緒になったら先生は俺たちのお兄ちゃんになるの」
「なると思う。フィー兄が文句言いそうだけど」
「確かに」

二人の言葉に苦笑を禁じえず頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でまわす。
楽し気な悲鳴をあげた二人から手を放せば肩を抱き寄せた。
リューイが連れてきた子供たちで自分とは何の関係もない。なのにこんなにも大切に思えるのはなぜだろうか。

「先生?」

シルバが不思議そうに呼ぶ。ウィリディスはそっと腕を放して立ち上がった。

「そこのソファで俺も本を読んでいる。わからないことがあれば聞くといい」
「わかった!」

うなずいて再び手を動かした二人を見て小さく笑ってからウィリディスは自分のための本を持ってくる。二人からも見えるソファに座ればページをめくりだした。
リューイがお昼の時間だと呼びに来るまでまた時間はあった。
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