世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

文字の大きさ
上 下
47 / 102

力のない僕らが願うこと

しおりを挟む
レックスとシルバはそのときまで二人で生きていた。

『ここにいてね。迎えにくるから』

そんなことを同じように言われ二人はそれぞれ別の場所に置いて行かれた。
出会ったのは運がよかったのかもしれない。一目見て、互いに理解した。
"自分たちは捨てられた"と。
二人を産んだ"母親"ができた人間ではないのはそれからしばらくして理解した。二人がどうやって生き延びるかと幼い頭で考えていたときにすれ違った男たちが話していた。
αの男の子供を孕んでは番の契約を迫り、捨てられては子供を殺したり捨てたり売ったりするΩの女がいるのだと。
αとΩというのが何を示しているのかはわからない。だが二人は察した。きっと自分たちも同じだったのだ、と。
殺されたり売られたりしなかっただけましなのかもしれない。
それから二人は互いに盗みをしたりごみ拾い、ときには物乞いのようなことをして生き延びてきた。
だが、彼らが生き延びるために知恵も力も圧倒的に足らなかった。死にかけた二人を偶然にも拾ったのがリューイだった。

「はぁ…俺、こんなにいい人間じゃないんだけど」

路地裏で死にかけていた二人を見つけたリューイはその時もうすでに一緒にいたクラルスと住んでいたあばら小屋に二人を連れてきた。
決して十分とはいえない食料を二人に分けてやり、自分が仕事をして得た服を二人に渡す。

「お前たちも捨てられたんだろうな」

口の端にパンくずをつけたのを拭いながらリューイは少し悲し気につぶやいた。
お前たちも、ということは目の前の彼とその隣の子供もなのだろうかと二人は思った。

「俺はリューイ。こっちはクラルス。お前たちの名前は?」
「レックス…」
「俺は、シルバ」
「レックスに、シルバな?はぁ、まさか十九で三人の子持ちになるなんて誰が思ったよ」

リューイは苦笑しながらレックスとシルバの頭を撫でた。
初めて撫でられた二人は驚きに目を見張る。

「仕方ないから一緒に住むか?もちろん二人にも働いてはもらうけど、二人っきりで生きていくよりは間違いなく楽だぞ」
「いいの?」
「だめだって言われて追い出されたいか?」

慌てて首を振って二人は顔を見合わせた。
信じていいのだろうか、そんな思いが去来する。
二人の様子を見てリューイは苦笑した。怪しむのはごもっともである。
彼らを連れて帰ってきてしまったが正直に言うと苦しい。それでも死んでいく人をこの繁華街区の奥では頻繁に見た。
すべてを救えるわけではないことを理解しているが、二人手をつないで倒れている姿を見て心臓をわしづかみにされた気がしたのだ。

「お前たちだけで生きていくのは大変だろ?こういうときこそお互い様、助け合いってことだな」

リューイが笑顔で告げたのが今でも頭に残っている。
それから二人はクラルスとリューイの家族として生きてきた。
リューイが経済区や繁華街区の表側のほうで働く昼間は、クラルスの面倒をレックスとシルバが見ながら二人でできる仕事を探してはわずかながらの金銭を稼いでいた。
リューイが無理をしているのは目に見えてわかっていた。
ほかの三人にすら満足に食べさせられないからか、あまり食事をとっていないのだ。

「リューちゃん、食べてる?」
「食べてるよ、シルバ。心配するな。近いうちに結構稼いでくるからさ」

二人はリューイが心配でならなかった。
その翌日帰りが遅くなるよと言ってリューイは仕事に行った。
何の仕事をしてきたのか二人にはわからない。戻ってきたリューイはかなりぐったりしていた。
それでもその日の稼ぎだと言って見せられたのは見たこともないお金の束だった。
リューイはそのお金でレックスとシルバに新しい服を買い、日持ちのする食材を買い込んだ。

「リュー兄、なにしたらこんなに稼げるの」
「秘密。シルバたちは知らなくていいよ」
「えー。でも俺たちも手伝ったらリュー兄も楽できるじゃん」
「だめだめ。兄が格好つけられる大事なことを奪わないように」

リューイの言葉に不満はあったがそれから間もなくしてレックスもシルバもリューイがそんなに稼いで来られる理由を知ったのだ。

「シルバ、行こう」
「本当に?」
「うん。リュー兄がどうやって稼いでいるのか知れば俺たちだってまねできるかもしれないだろ」
「うぅん…」

ある夜、シルバとレックスは仕事に行ってくるというリューイの後をつけていくことにした。
気が乗らない様子のシルバであったが、眠るクラルスを誰かに見つからないように小屋の片隅に作った隠し部屋にそっと寝かせてレックスとともにリューイのあとをつけていった。
普段ならばリューイの仕事のメインは経済区での昼のバイトであるが、今夜は違った。
食事を終えてからリューイは身なりを整えて出ていったのだ。
すたすたと歩いていくリューイは繁華街区の入口近くにある平屋の建物に入っていく。
経済区との境目でもあるそこは人の出入りが多い場所でもあった。
二人は顔を見合わせて入るべきか否か考えた。

「レックス、あっちに裏道あるよ」
「いこう。あそこの様子が見られるかも」
「うん」

その建物と隣の建物の間には細い通路があった。大人では無理だが小柄な二人ならばなんとか入れるほどの狭さである。
二人で手をつないで薄暗い通路へ入っていく。建物にはいくつか窓があった。
どこかにリューイはいるのだろうかと時折窓から中を覗き込んだ。
そこは部屋だった。ベッドしかない部屋である。

「いないね、リューちゃん」
「ここに入ったと思ったんだけど」

奥までいけば行き止まりだった。
戻るかと顔を見合わせたときにすぐそばの窓から声がした。

「久しぶりにお前を抱くな、リューイ」
「仕方ないじゃん。俺も色々呼ばれてるし」
「最近また子供を拾ったそうだな。売るつもりか?」
「まさか。死にそうだったから助けたんだよ」
「自分一人で生きていくのもつらいのに」
「いいじゃん、俺の好きでやってることなんだし。今はそんなことよりも楽しくて気持ちいいしよう?」

リューイの声だった。
レックスとシルバは恐る恐る窓から中を覗き込む。
リューイが知らぬ男と抱き合って口づけあっていた。
悲鳴をあげかけたシルバは自分の口を両手でふさいで震えた。
見ている間に二人は服を脱ぎ捨て男がリューイの足の間に顔を埋める。リューイは苦し気な吐息を漏らしてベッドの上で震えていた。

「リューちゃん…なにしてるの」
「わかんない…でも」

今度は男の足の間に顔を埋めてリューイが何かをしている。
見てはいけないものだとわかるのに、なぜか視線は外せなかった。
男の手がリューイの肌を滑りリューイの瞼が悩まし気に震える。
身体が重なりリューイの悲鳴に近い声があがった。

「本当に、若いだけある。締まりもいいし、声もいい。最高のΩだな」

男は腰をリューイに打ち付けながらそんなことを言っていた。
瞳にうっすらと涙を浮かべるリューイは好き勝手に揺さぶられ、やがて体をこわばらせる。
リューイから男の体がどいたあとその肌の上に白い液がついているのが見えた。

「リューイ、やはり俺の番になるつもりはないのか」
「言ったでしょ。ないよ。俺にはクラルスもレックスもシルバもいる…おいてはいけない」
「ふむ」
「また、発情期に呼んで。相手ぐらいはいつでもできるよ」
「リューイ、俺はお前が気に入っているからいうんだぞ」
「わかってる。俺の客の中じゃ一番あんたが優しいし金払いもいい。抱くときだって丁寧にしてくれるし俺も気持ちいいよ。だから、あんたと番になれたらきっと幸せになれるだろうなって思う。でも…やっぱり無理だ」

リューイは少し困ったように笑った。
男は小さくため息をつくとリューイの居座るベッドの上に札束を投げた。
ありがとう、とリューイが告げて男のほほに唇を寄せる。その足の間も濡れていた。

「また、抱きに来て」
「そうだな」

リューイが服をまとえば二人そろって部屋を出ていく。
レックスとシルバは音を立てずに逃げていた。
見てはいけないものを見てしまった気がした。小屋に戻り、隠し部屋からまだ寝ているクラルスを出せばその体を挟むようにして横たわる。
心臓の音がひどくうるさかった。
リューイが時折大金を稼いできたのはあんなことをしていたからなのだと二人は理解した。
到底自分にできることではない。また、自分たちさえいなければリューイはあんなことをしなくて済むのだともわかった。

「レックス…俺たちいないほうがよかった?」
「俺もそう思うよ…いなければきっとリュー兄はあんなことしなくて済んだんだ…リュー兄だけならもっと楽できた」

二人はいなくなるべきだろうかと考えた。でも、それはもうできなかった。
リューイといることの居心地の良さを知ってしまったのだ。
ぽろぽろと涙がこぼれてきた。自分たちの力のなさが恨めしいと思ったのはこれが初めてだった。
泣いているうちに二人は眠ってしまう。戻ってきたリューイは三人の寝顔を覗き込むがレックスとシルバの目元が濡れていることに気づくと悪い夢でも見たのだろうかと心配になる。
優しく目元を拭って二人それぞれに優しく口づけた。
そんなことがあってからレックスとシルバはよりリューイに協力的になった。
リューイが休めるように時折クラルスを押し付けては自分たちで仕事を探しに行く。できることなど知れているが文字通り体を張って自分たちを育ててくれるリューイに報いたかったのだ。
リューイとクラルスと暮らすようになってからどれくらい経ったのだろうか、ある時仕事を終えたリューイが一人の少年を伴っていた。

「フィーディスっていうんだって。捨てられ…たのか?」
「うん。事業が失敗して文無しになって追い出された」

追い出された悲しみすら見せずフィーディスと名乗った少年は一緒に暮らすことになった。
リューイには近づけさせまいとしたレックスとシルバだったが、フィーディスは時折仕事で多くの金銭を稼いできたこともありリューイによく頼られていた。
レックスやシルバにも分け隔てなく接してくれ、いつの間にか五人でいる生活が心地よくなっていた。

「このままがいいね、レックス」
「俺もそう思う。リュー兄も楽しそうだし、フィー兄も楽しそうだし。クラルスなんていつも笑顔だし」
「うん。できればこのままがいいね…」
「そうだね」

それでも時折リューイはどこかに行くことがあった。それは一日だったり三日だったり、まちまちでやはりいつぞや二人が見たような仕事をしているのだろうかと不安にもなった。
だいたいリューイがいなくなるのはフィーディスがクラルスを含めた三人の面倒を見ているときだったから不安はなかった。
しかし帰ってこないリューイを心配して二人は寝付くことができない日もあった。

「リュー、レックスとシルバが君のいない間寝ずに帰ってくるのを待ってるよ」
「…そっか」
「あまり無理はしないで。俺たちのためにってやってるんだろうけど」
「二人とも成長期だろ。今が大事なときじゃん。しっかり食べないとこの先体が丈夫にならないし」
「だからって人数増やさなくても」
「いいの。フィーディスが時折やる仕事も割がいいだろ?それと合わせて結構な額が溜まってきたから小さな部屋くらいは借りれるようになるかもしれないじゃん」

リューイとフィーディスの会話を盗み聞きすることもあった。
リューイに心配をかけたくはないし、迷惑もかけたくはなかった。子供であることがこれほど疎ましいと思ったことはない。
そんな思いが神様に伝わってしまったのだろうか。
突然の連絡もなしにリューイが戻ってこない日があった。取り乱すシルバとレックスをなだめつつフィーディスは心配そうに顔を曇らせていた。
実際はウィリディスとすれ違ったリューイが突然発情して一晩一緒に過ごしていただけなのだが、普段家を空けるときには言い残していくリューイだったために、三人がより心配したのだ。

「……ここ、だな」
「ここ、ね」

朝になっても戻らぬリューイを心配して泣き疲れたシルバを抱えたレックスの耳に声が聞こえた。
知らぬ声に表情を硬くしてシルバとクラルスをかばうように立ちふさがる。その時ちょうどフィーディスはリューイを探しに外にいたのだ。
小屋の中に姿を見せたのはレックスの倍以上はあろうかという大男だった。

「だ、誰だ!」
「俺はフォティア。お前は…あのガキの連れか?」

レックスの後ろでクラルスが知らない顔を見て泣きじゃくる。シルバもがたがたと震えていた。

「フォート、あなたの顔じゃ子供たちが驚くわ」
「む…それも、そうか」

男が退けば小柄な女性が進み出てきた。
栗色の瞳と赤茶色の髪の女性である。大男の胸元程度の体の大きさしかない。フィーディスよりも少し背が高いくらいだろうか。
優しく微笑み、少し距離を取ったところにしゃがみこむ。

「初めまして。私はアイリーン。あなたたちを迎えにきたのよ」
「迎え…どこからだ」
「そんなに怖い顔をしないで。リューイくんは私たちが保護したの。一緒にいらっしゃい」

リューイの名前が出てくればシルバが服を引っ張る。振り向いて顔を見合わせた。
自分たちだけでは判断ができない。せめてフィーディスがいてくれれば。

「レックス、シルバ、その人たちは誰」
「フィーちゃん!」
「最後の一人か」
「…どなたですか」
「フォティア、警官だ。あっちは俺の番。お前たちを迎えに来た」

フィーディスは厳しい顔をしてフォティアと名乗った男を見つめる。男は胸元から小さなバッジを出せばそれを見せた。
フィーディスはバッジと男と見比べてそれからレックスたちのもとに歩いてくる。

「おいで、あの人の言っていることは本当かもしれない」
「フィー兄、どうして…リュー兄は」
「大丈夫。嘘じゃない。きっとついていけばリューに会えるよ」

泣き止まないクラルスを抱き上げてフィーディスは立ち上がる。レックスとシルバは互いに強く手を握ってフィーディスの言葉に従った。
連れていかれた先は見たこともないほどの大きなマンションの一室だった。
何やら事件に巻き込まれたらしいリューイと再会し、そこに住むことになって、あれよあれよという間に養子の話が出た。
リューイから離れたくはなかった。それでも自分のことのように喜ぶリューイを見て二人、一度は嫌だと告げたものの、その先はいやだとは言えなかった。
それはもしかしたらリューイが自分たちの面倒を見てくれたウィリディスに対して決して心を寄せているのを感じたからかもしれない。
自分たちのためにリューイは無茶をしていた。そんなリューイが自分の幸せを手にしてくれるのであればこれほど喜ばしいことはないだろう。

「ねぇ、レックス。俺決めたんだ。リューちゃんと先生が見つけてくれた養子先に行こうと思うの」
「俺もだよ、シルバ。でも寂しいね。クラルスとリュー兄とフィー兄と一緒にいられなくなるの」
「うん。でも、リューちゃんは幸せになるよ」
「俺もそう思う」

一度だけ、リューイがウィリディスに抱かれているところを二人は覗き見してしまった。
気持ちいい、とリューイは何度も言っていた。ウィリディスもリューイの名前を愛しそうに呼ぶ。
リューイが時折口にするαというのもΩというのもいまだに何を示しているのかはわからない。
それでもパズルのピースのようにリューイと彼はぴったりと収まっていた。
だからレックスとシルバはただひたすらに願うのだ。
大事な大事な兄であるリューイが、そんなリューイを同じく大事にするウィリディスと一緒になるのならこれ以上喜ばしいことはないだろう。

「レックス」
「なに、シルバ」
「どこに行っても、俺たちは家族だよね」
「そうだよ。俺もシルバもクラルスもリュー兄もフィー兄も、どこに行っても何年経っても俺たちは家族だ」

約束、と小指を差し出す。静かに絡まった指を見て二人は笑った。

「シルバ、レックス、買い物行くから手伝ってー」

リューイの声が聞こえた。二人はぱっと笑顔になると絡めた指をほどいて我先にとリューイのもとへと向かって行く。

「リューちゃん、今日のごはんなに?」
「今日?ん~餃子かなぁ」
「やったー!揚げたい!」
「だめだめ、焼こうよ」
「揚げるの!」
「焼く!」
「はいはい、どっちもやるから」

リューイは二人をなだめて連れ出す。
シルバとレックスは左右からリューイの手を握る。
きょとんとしたリューイだったがそれを振りほどくことはせずに笑顔で握り返した。
リューイごしに二人は視線を合わせ願わくば、この大事な兄がこの先、彼が一番に想う人と幸せになりますように、と心のなかで願った。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

消えない思い

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:121

ローズゼラニウムの箱庭で

BL / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:1,713

僕とあなたの地獄-しあわせ-

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:250

抱き締めても良いですか?

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:342

ひとりぼっちの嫌われ獣人のもとに現れたのは運命の番でした

BL / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:522

異世界で大切なモノを見つけました【完結】

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:941

処理中です...