世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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引き寄せられる熱と体

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ゴンッ、と鈍い音が耳のそばでした。それと同時に右半身に鈍い痛みがはしる。
目を開けばさかさまになったフォートとクラートが見えた。二人とも呆然としている。
どうして自分の家に彼らがいるのだろうかと考えた。だが頭が痛くて思考はまとまらない。

「…教授、大丈夫か」
「寝ぼけてソファから落ちるなんてお前らしくもないな?」
「ねぼけ…え?」

二人の言葉の意味が飲み込めない。
自分はさきほどまでこの腕にリューイを抱いていたはずだ。どうして今リューイはここにいないのか。

「いい加減起きろ。お前が俺たちを呼んだんだろう。そこで寝られると店員が迷惑する」

クラートの言葉に床に転がったまま周りを見回す。
天井からオレンジ色のライトが下がる。小さなそれはうすぼんやりとしていて室内に影を落としている。
身体を起こして自分が何から落ちたのか確認するために後ろを向けばどうやらソファからだったらしいと判断がついた。打ち身をしてしまったのが右半身であることを考えてもどうやらテーブルのほうを向いて横たわっていたようである。
何度考えてもこの状態になる前のことが思い出せない。
額を抑えて何も口にしないウィリディスを見る。クラートもフォートも何も言わないものの様子がおかしいことはわかっていた。
そもそも、彼から日付も変わろうかという時間に連絡がきて、金は支払うから付き合えと言われることすらおかしい。
待ち合わせ場所に向かった二人が見たものも異変を感じさせるものだった。

「…リューイと、番になっていた…子供が二人いて」
「ウィリディス、ひとまず水を飲め。お前は酒に弱いくせにがぶがぶ飲みすぎなんだよ」

クラートがガラスのコップに入った水を差し出してくる。それを受け取り一気飲みすれば人心地着いた気がした。
ウィリディスの様子を眺めながらクラートがまず口を開いた。

「お前、どこまで記憶に残っているんだ?」
「どこまで」
「一応言っておくぞ。お前とリューイは番にはなってない、もちろん子供もいない。お前が見ていたのは完全に夢だ」
「まー、わからなくもないけどな。お前の状態はひどいもんだったから」

うんうんとうなずく二人に話が見えない。
ウィリディスはソファに座りなおした。室内を見回す。どこだろうかと思えば何のことはない。
会員制の店である。自分一人のときによく利用するという場所ではないが、三人で飲むときにはいつも使っていた。
個室もあり、客のプライバシーに関して徹底的に口をつぐむ場所である。
机の上にはいくつもの酒の瓶やグラスが置かれていた。つまみの皿らしきものもあるため、長い時間ここにいるようだ。

「……研究室で研究をしていた…疑似的な人体を作り出すのがそろそろ大詰めだったから…近いうちに再度Ω細胞とα細胞がうまくそこで動くのか試すという話をしていたはず…」

うまく回らない頭を必死に回転させてウィリディスは記憶をたどっていった。
時間を遡ろうとするが難しい。そうしている間にフォートが新しく酒を頼む。やってきた店員は新たなグラスと入れ換えにテーブル上をリセットした。

「…リューイが、発情期だった」
「で?」
「一人にして平気かと、朝方聞いたんだ。フィーディスがいるから平気だと…わずかに発情期特有の体温の上昇が見受けられたからピータにも連絡をいれて出掛けた」
「大丈夫じゃなかったわけだ」

ロックグラスを傾けてクラートがいう。
自分ですら記憶がないのになぜわかるのだろう。そんなウィリディスの疑問を感じたかクラートと視線を交わしたフォートが口を開いた。

「お前に呼ばれてきたのは最初はホテルだ。繁華街区の安っぽいところ。部屋にいけば、あらまぁ驚き、ぶっ倒れてるΩ四人と素っ裸のお前がいた」
「倒れていたΩは死んでない。お前の強すぎるαフェロモンに当てられ強制発情状態になった上にほぼ絶倫になったお前に抱かれ潰していたわけだ」
「久しぶりだったな、お前のあのαフェロモン感じたの。クラートが意識のないΩは介抱したから俺はお前をひとまず風呂にいかせたわけだが」
「記憶にない」

だろうな、とフォートは肩をすくめた。
あきれた様子の二人にウィリディスは申し訳なさを感じると同時に少しずつ思い出してきたことがある。
繁華街区を歩いていて自分に声をかけてきたΩがいたから一人じゃ足らないと告げてそのΩの仲間ごとホテルに連れ込んだのだ。
さすがに四人も相手にしていたとは思わなかった。

「想像できるのはリューイの発情に当てられたお前が家を出てほかのΩを食らったってことか」
「リューイはフィーディスが抱いていたわけだしな」

うなずき予測しあう二人を見てはウィリディスは頭を抱えた。できればこの場から逃げ出したい。
フォートがウィリディスをむく。

「…お前、リューイと致した上に四人も追加で抱いたのか」
「さすがにどうなってんだ、お前の性欲」
「俺も驚きだ。いくら発情しているとはいえ、普段すら気絶させるほどに抱いて」

ウィリディスの言葉が止まる。失言だった。
クラートが声に出さないまま『変態』と口を動かすのが見えた。フォートも身を引いている。
しばらく何も言えなかった。

「まぁ、そうでなくてもお前がリューイにべたぼれっていうのはわかりきってるからな」
「そういえば、フォート。お前は番に対して気絶させるほど抱いたことは?」
「ねぇよ。俺とあいつじゃ体格の差がありすぎて抱き殺しかねないからわりと強い抑制剤接種してるんだ」
「ほう…」

クラートの目が細くなる。何か思いついたのか二人から顔を背けてぶつぶつとつぶやいている。
ウィリディスは水の入ったグラスを置いて代わりにアルコールの入っているグラスを手に取った。咎めるようにフォートが見てくるが知ったことではない。一気に煽れば頭の芯が熱を持つ。口元に垂れた酒を手の甲で拭えばフォートが手にあったグラスを奪った。

「ウィル、やめとけ。明日もあるだろ」
「リューイのために家に帰る前に休みになることは伝えてある」
「フォート、お前明日は非番か?」
「運のいいことに非番だよ。ったく…ウィルの財布から出る金だからいいけど」

フォートは文句を言いつつも椅子に座りなおしていた。
クラートはウィリディスと改めて向き合った。

「ウィル、お前今まで抱いてきたΩのなかで気絶させるほど抱いたやつはいたか」
「いない。正直なところ向こうから誘われるばかりでこちらからはほぼ手を出してない」
「モテるアピールか…」
「フォートちょっと黙ってろ」

クラートににらまれてフォートは口をつぐむ。
不満そうに唇を尖らせてはいるがグラスを傾けて二人の会話を聞くことにしたようである。

「リューイは?」
「それを聞くか…」
「いいから答えろ。一つ気になることができた」
「…俺から手を出すこともリューイからくることもある。今まで何度か抱いているが、だいたい俺のほうが理性がなくなる」
「理性の権化が理性をなくすなんて…」
「それはニキアスにも言われた」

フォートが苦笑すれば、クラートは考え込むかのように顎に手を当てた。何を考えているのかはわからないが、彼の中で何かが仮説として持ち上がったようである。
確定事項ではないし、あまりにも情報が少ないためクラートの考えは口にすることが憚られる。
黙り込んだクラートが再度口を開くまで待ちながらウィリディスは記憶をたどっていった。
細部まで思い出すことができないばかりか、ウィリディスの眼下で乱れるリューイの姿が頭をよぎって仕方ない。
甘く、淫らな声でウィリディスの名前を呼んでいた。ぞくっと快感が体を走る。

「ウィリディス、お前こんなところでフェロモン垂れ流すなよ」

フォートの言葉に慌てて考えるのをやめた。
リューイがどうなったのか自分ではいまいちわからない。自分の端末は目の前の机に伏せて置かれている。
それに手を伸ばして何かないかと確認するものの新しいものは特に何もなかった。
リューイの持つ端末からの着信に自分が応答した記録が残っている。

「リューイ…」

記憶のない自分が恨めしかった。せめて記憶があれば何をしでかしたのか容易に判断がつく。
どんな顔をして帰宅すればいいのかウィリディスにはわからなかった。
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