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紹介します、一応両親です
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窓の外の景色はとてつもない勢いで流れていく。
リューイは窓に手をついて流れていく景色を見つめていた。
今リューイは都市中央から離れた場所にいた。この電車に乗ってから一時間経ったころだろうか。
「物珍しいか」
「うん。都市から出たことないから」
声をかければリューイから返事がくる。そうか、とうなずけば二人の間に沈黙が落ちた。
居心地が悪い。
リューイを繁華街区から連れ出し実家に戻るために急行の電車に乗った。フォートにはすでに連絡をいれてあるが詳細を省いたために文句が大量に戻ってきた。
実家についたら改めて連絡をしようとは思っている。
ボックス席の正面に座るリューイの瞳にはいつもの輝きは見られない。遠くをぼんやりと見つめているだけである。
「リューイ、こちらを見ろ」
「…なんで」
「いいから」
少し強めの口調で告げればリューイの顔が自分を向いた。ほほに涙のあとが残っている。
少し視線を伏せてハンカチを出せばリューイに差し出した。本当は柔らかなタオルのほうが肌を痛めることはないだろうとは思うがこんなことになるとは思いもしてなかったために手持ちがこれしかないのだ。
リューイはそれを受け取り静かに見つめている。
何か言うべきだろうか、言わないほうがいいのだろうか。どっちつかずのままでいればリューイが口を開いた。
「せんせ…ごめんね」
「…お前はよく謝るな」
「そうだね」
リューイは泣き笑いの表情で言った。今度は自分がリューイから視線をそらして窓の外を見つめる。
先ほどまでは窓の外に多くのビルがあったのに今は影一つすら見当たらない。本当に郊外なのだ。
実家に向かうのも電車で直通とはいえどもかなり時間がかかる。そんなところに居を構える理由があるのだが客人を招くのにはとても便利とはいえない。
「…そういえば話していなかったな。これから向かうのは俺の実家になる。時折パーティを主催するんだが、今回は参加しなければならなくて…誰かしらのエスコートをしてくるのが鉄則なもので」
「それで、俺?」
「あぁ。周囲はほぼ全員が番持ちのαとΩだから何も心配する必要はない」
「そっか…」
実家に戻ったらリューイの服を準備するのとそれから体に傷やケガがないかも確認してもらわねばならないだろう。
Ω専属の医師が常駐していなかっただろうかと考える。可能な限り彼の体を気遣える者がいい。
リューイに何があって、家を出ていったのか聞きたくはあった。しかし今それを聞いてしまってはリューイがまた泣き出してしまわないかという不安もある。
駅で購入したお茶を時折飲んではため息を漏らすリューイを見つめた。子供達にはまだリューイが見つかったことは伝えていないし、フォートにも伝えるなとは言ってある。
心配をかけてしまってはいるが何があったか聞いて、そのうえでリューイをどうすべきか考えようと思ったのだ。
リューイがいないと泣いていた子供たちには少し申し訳なく思う。
「せんせー…」
「うん?」
リューイに呼ばれて視線を交わす。少しリューイは泣きそうな顔をしている。
わずかに身を乗り出すもリューイが怯えてしまっては困ると考えて堪える。できる限り優しい声でどうした、と尋ねた。
「俺、最低かな…レックスたちの面倒を今まで見てきたのに今更ほっぽり出して」
「たまには息抜きも必要だろう。悪かったと思うならばお土産でも買って………リューイ、隣にくるか」
返答しながらリューイを見れば苦笑して、空いている隣の席を示した。
リューイは少し渋りつつも腰を上げて隣にくる。うつむいたままの彼にそっと上着を頭からかぶせ顔が見えないようにして肩を抱く。
「…悪いと思うなら土産でも買って行こう。お前も無理をしすぎなんだ。誰にも頼らずお前はがんばって立ち続けてきたのだろう。今更手を放して数日息抜きをして誰がお前を責められる。そんなことをするやつがいるならフォートにでも逮捕してもらえ」
「なにそれ…あの人、そんなに優秀なの」
「あぁ見えてな…伴侶の尻には敷かれているが実力はある」
「変なの」
リューイからわずかに笑い声が漏れた。上着越しに頭を撫でていれば体が震える。泣いているのだろうか。詮索はせずにそのまま頭を撫で続けた。
「まだしばらくかかる。眠るといい。着いたら起こすから」
「…うん」
リューイの体がもたれかかってくる。その体を抱きかかえるようにする。
到着まであと三十分ほどだろうか。自分も眠りたいところではあるがフォート宛てに再度連絡を入れた。
リューイを見つけたこと、どうやら家で何か事件があったらしいこと、実家に数日こもること、その間ピータを置いては行くが時折様子を見てほしいこと、以上をメールにして送った。
すぐに折り返して、『なげぇ、多い!』と文句が返ってくるがその最後に『大事にしてやれよ』と書かれている。実家にリューイを連れていくとはわかっているだろうが、大事にしてやれとはどういうことか。
眉を寄せてメールからは読み取れない真意をつかもうとする。
しかし、フォートのことだからどうせ大した意味もないだろうとすぐに考えることをやめた。
次いでセリーニとレナータへ様々なことを省略しつつ、さしあたり『急遽実家に戻ることになった。数日研究室を空けるため何かあればすぐに連絡を寄こすように』とした。
レナータから『かしこまりました。お気をつけて』と戻ってくるものの、セリーニから『だから言ったじゃないですか、巻き込まれやすいって』と返ってきた。
すまない、と心の内で謝りつつ端末をしまう。
「戻るのは何年ぶりか…」
リューイの寝息を聞きながらふと思う。定期的に連絡はとっているが実家そのものに戻ることはここ最近ではほとんどないといってよかった。
不定期に両親が開くパーティに参加するようにいつも言われてはいたが適当な理由をつけてほとんど参加していないのである。記憶にある限りではレナータを雇ったその年ではないだろうか。
「何を言われるかわかったものではないな」
久方ぶりに実家に戻ったかと思えば番のいないΩを連れてくる。駅まで迎えを頼んだが果たして両親は何を思ったのだろうか。考えただけでも頭痛がした。
これで疲れてはいけないと考えることを放棄する。
車内アナウンスを聞いていれば間もなく目的の駅である。
「リューイ、そろそろつく。起きれるか」
「ん…大丈夫」
リューイに声をかければすぐに身動きして上着から顔を出す。少し目元を拭ってやり涙のあとを消した。
頬が赤らんでいるのは上着をかぶっていたからだろうか。
電車のスピードが落ちていく。荷物というほどの荷物もないが忘れ物がないことを確認すればボックス席を出た。
リューイに手を差し出せば恐る恐る握られる。その手を握り昇降口へと向かって外の景色がゆっくりと止まっていくのを見つめた。
「段差がかなりあるな。気を付けて」
「うん」
電車からホームに降り立つ。時間帯も遅いためかホームに駅員以外の人影はない。
リューイは聞いたことのない駅名を見つめていた。こちらだ、と手を引かれるままについていき改札を抜ければ一台の車が止まっていた。車のそばには初老の女性がいた。
「迎えだ。これから先は車で行く。疲れていないか」
「大丈夫」
「そうか、ならいい」
車に近づいていき女性が開いたドアから車へと乗りこんだ。
ふかふかの座席に沈み込みシートベルトを締める。彼が隣に座りこめばドアが外からしめられた。
車が走り出すが振動も少なく乗り心地がいい。リューイは窓から外を覗いてみるがあたりは暗く様子がわからない。
「ねぇ、せんせ」
「なんだ」
「ここってもうせんせーの家なの?」
「家、というか、敷地ではあるな。小さい町があるんだ」
「……せんせーの家ってなに」
「古くからあるα同士の家系でな…そうだな……この地域では生き神のような扱いを受けている。先々代から様々な事業に手を出して成功しているのもあって山を丸ごと買ってここに一族の町を作った」
「本当にせんせーと住んでる世界が違うって実感する」
リューイのつぶやきにそうかもしれないな、とうなずきを返した。
そんな家であったせいか、ほかと違う考えをよくして遠ざけられたり、逆に祭り上げられたりすることはしょっちゅうだったらしい。何よりあまりに濃いαの血筋であるがために、能力的にも他のαの追随を許さないところがある。
本家筋である父の兄弟たちは都市部で成功し、大きな会社を経営しているものがほとんどだ。
両親がこの片田舎にもほどがある土地に引っ込んでいるのは先ほどリューイに告げた生き神という事情以外にも理由がある。だが、それをリューイに告げる必要はない。
「でかい…」
リューイから漏れた言葉に自分の実家だというのに同じ感想を抱いてしまった。
山奥の開けた場所に大きな洋館がある。そこが自分が生まれた場所であり、現在両親と兄、一部親族と使用人たちが住んでいる場所だ。
中に入れば、おかえりなさいませ、と執事が声をかけてくる。リューイは驚きで目を丸くしたまま呆けている。
「…客間を用意してくれるか。それとパメラを客室に」
「お怪我をされましたかな」
「俺ではなく彼の診察を…」
執事に対し軽く耳打ちすればわずかに目を見開くも、承知いたしました、と返答し部屋の用意をしに行った。
リューイは自分を迎え入れた洋館の豪華さに目を丸くしていた。天井はリューイの記憶にある百貨店よりもはるかに高く、そこから大きなシャンデリアが下がっている。壁際には甲冑も飾られており、見るからに高価なツボや絵画がある。
「リューイ」
「せんせ…すごい、もう俺、何がなんだか」
「あまり気にするな。客間はもう少し落ち着いている」
「客間…」
「しばらくここに泊るといい。俺もいるから」
「……ありがと」
研究があるだろうにいいのだろうか、と思うリューイであるがその気持ちがうれしい。
小さく礼を告げればうなずきが返ってきた。
「あらあらあらあら、かわいい二人目の息子がようやく帰還したわね」
入った扉の正面にある大きな階段のほうで声がした。つややかな甘い声である。
リューイがそちらに意識を向けると同時に体を見えない縄で縛られてしまったかのように動けなくなる。
息がうまく吸えず隣に立つ彼の服をつかんだ。
「母さん、Ω相手にフェロモン全開はやめてもらいたいのだが」
ぴりっとした空気の中で、母さん?とリューイは首を傾げた。
その途端リューイを縛っていた見えない縄がほどかれたかのように呼吸がしやすくなった。
大きく肩で息をするリューイを見てからため息をつく。
「連絡はしただろう、番のいないΩだと。できる限りフェロモンは…」
「まぁぁぁぁっ」
言葉を遮りリューイに抱き着く人がいた。リューイの顔がふわふわとした二つの山に埋もれる。
物理的に呼吸ができなくなりリューイは腕をばたばたとさせた。視界の端で疲れたようにため息をつく姿があった。
甘い香りがする。これはジャスミンだろうか。リューイの苦手な香りではないが、顔が埋もれるこの二つの山から逃げ出さねばならない。
「母さん、やめてあげて。その子が窒息してしまうよ」
今度は男性の声がした。それと同時に顔を覆っていた山が外れる。大きく呼吸を繰り返せば目の前に二人の人間がいるのを認識した。
女性のほうはそれこそ豊満な肉体である。胸元は大きく、その柔らかさは先ほどリューイも体験したとおりである。下肢に行くにつれて引き締まり、女性らしい丸みを帯びた臀がある。身にまとう服も胸元は開いているし、体にフィットしているものではあるが、決していやらしさはない。
化粧も濃いかと思えばメリハリがついているためかしつこさもなく、カールした栗色の髪も丁寧な手入れがされているのがうかがえる。
「こんばんは、小さなΩさん、私はあの子の母のアクティナというの。あまりにあなたがかわいすぎて興奮してしまったわ。ごめんなさいね」
「母さんはかわいいものに目がないからなぁ」
ははは、と笑う隣の男性はスーツを着ていた。
量産品ではないことがリューイの目にも明らかである。腕、足、腰回り、彼の体幅にあわせたものだ。
ネクタイも似合っている。
「私はあの子の父でアカテスという。よくきたね」
穏やかに笑う瞳は柔らかな青、アクティナはそれよりも深い紺であった。
二人ともαなのだろうか。通常α同士のカップルはいがみあうことが多いときく。
「り、リューイ、です」
少し吃りながら告げた。かわいいわ、とアクティナがいう。
そうだね、とうなずくアカテスにリューイは目を瞬いた。
「ゆっくりしていくといい。君はとても特別なお客さんだから」
「またあとでね」
二人は仲良くその場を去る。
リューイは力が抜けてしまいしゃがみこんだ。
圧がすごい。おだやかに笑っているがそこにたつだけでリューイは潰されそうになる。
「リューイ、部屋の用意ができたようだ」
「うん…」
招かれるまま階段を上がり、広くどこまでも伸びるかのような印象を受ける廊下を歩く。
部屋のドアはいずれも重厚で小さな花の絵が飾られていた。
花の絵はどれも異なっており似かよったドアを間違えないようにするものだろうかとリューイは考えた。
ここだ、と足が止まったドアには真っ赤に咲く大振りの花がかかっていた。なんの花だろうかとリューイは見つめた。
「カメリアという花だ。今は咲いていないが雪の時期になると母の庭園で咲く」
ドアを開けつつ、中へとリューイを促した。
室内に踏み込めばあのマンションのフロアより狭いはずなのに、豪華さに圧倒される部屋がそこにはあった。
天蓋つきのベッドは一人で寝るにはあまりにも大きいし、その周囲を取り囲む絨毯はふわふわと柔らかい。
ベッド脇にあるランタンやライトには細かな装飾、やはり壁には絵画、目をぱちくりさせたリューイは大きく息を吐き出した。
到底落ち着くような場所じゃない。
「客室には個別で浴室もある。なにかほしいものがあればベッド脇のベルを鳴らせば誰かしらがくるだろう」
「せんせーはここで寝ないよね」
「そうだな。自室がある」
「そう、だよね」
しゅん、としょげた様子のリューイに首を傾げつつ小さく息を吐き出して口を開いた。
「寝れないというのならお前が眠れるまでここにいよう」
「ほんと?」
リューイの顔が嬉しそうに輝いた。少しでも落ち着くのであれば自分は特に気にしないのである。
うなずきを返せば、若様、と背後から声がかかる。振り向けば黒い縁の丸い形の眼鏡をかけた女性が立っていた。
白衣をきて、聴診器をぶらさげている。まさしく、医者、である。
「悪かったな、パメラ。遅い時間に呼び出してしまって」
「旦那様や奥様のお酒にちょくちょく付き合ってますのでお気になさらず。それよりも患者はどこに?」
「ここだ」
自分の後ろに隠れたリューイを示す。
彼女、パメラは実家に長年仕えている医者だ。彼女自身もΩで通常よりも長く医師としての勉強を続けて正規の免許をとった。
腕は確かであり、実家に勤めるΩたちの健康管理も担っていた。
「リューイ、彼女はパメラ。ひとまず体を診てもらえ」
「俺別にケガなんか…」
「リューイ」
リューイは身を引きかけるも名を呼べばしぶしぶうなずいた。
ケガをしてないはずがない。家に垂れていた精液と血と、電車に乗る前リューイが叫んだことからしても傷はついているはずである。
パメラに背中を押されて部屋を追い出される。
「若様はαですから、これからの診察を見ないように。わかってますね」
「あぁ…」
「せんせー…いて、くれないの」
「部屋の外にいる。俺に見られてもいい気分ではないだろう。パメラの腕は確かだ。きちんと診てもらえ」
「…はい」
眉を下げた様子を見つめつつ静かに部屋を出ていく。
言葉の通りドアのそばに立っていた。
パメラはくすくすと笑いながら携えている鞄をベッド脇の小さな卓へと置いた。
「ではリューイくんといいましたか?ベッドへどうぞ。それと服を脱いで裸になってください。若様の手前、適当な診察をしては私の信用がガタ落ちですから」
「俺、別に本当にだいじょ」
「大丈夫な人間は血の匂いをさせませんよ」
「っ?!そんなしてない……風呂に入ってるし」
「わかります。若様とは違うαの匂いに交じってかすかにではありますが」
パメラに早く、と急かされる。
リューイは泣きそうになりながらベッドに近づいた。初対面の相手の前で服を脱げというのが恥ずかしくてたまらない。
若様が心配しますよ、といえば心配をかけたくないと思ってしまう。恐る恐るといった様子でリューイは服を脱いだ。
外側にはケガや傷ひとつない。先日抱かれたときの跡がかすかに残るだけである。
「…とても恥ずかしいのは承知の上なのですが」
パメラが近づきそっとリューイの腰に触れた。
身長はリューイとあまり変わらない。わずかにおびえた色を宿してパメラを見つめる。リューイを見る目は茶色い。
パメラの手はわきを滑りリューイの臀部を撫でる。ぞくぞくと背筋を駆け上がるものがあり、出しかけた声を口をふさいで抑えた。
ごめんなさい、とパメラはつぶやいて手を臀部の割れ目へと滑らせた。ひっ、とリューイから声が漏れる。細い指がそこにいきあたった。少し入口を撫でてパメラは手を放す。
「…リューイくん、これは若様ではありませんね」
「…違う、せんせーじゃない…せんせーはあんな」
パメラの指先に血が付着している。まだ治りきるはずもない。
パメラは血を拭うと鞄から軟膏を取り出した。
「リューイくん、薬を塗りますからベッドに四つん這いになってください」
「ぇ、えぇ!俺自分で塗れるよ」
「奥まで塗るためには他人にやってもらわなければなりません。若様に頼みますか」
「せんせーにはだめ!」
「ではおとなしく」
パメラの目が据わっている。リューイは真っ赤になりながら言われた通りベッドに四つん這いになった。
恥ずかしすぎて枕を引き寄せそこに顔を埋める。
パメラはゴム手袋をして軟膏を掬い取った。リューイをなだめる様に撫でてから指を静かに押し込んでいく。
抵抗感があったのは最初だけだった。内部に丁寧に軟膏を塗っていく。
リューイは枕をかみしめて刺激に耐えた。やがて静かに指が引き抜かれればぐったりとベッドに倒れこむ。
「ひとまずは終わりですが、リューイくん」
「はい」
「君の発情はすぐにきますか?」
「まだ、こないと思う…あと二か月は」
「そうですか。でしたら安心ですね。できるだけαに……というか、若様に抱かれないようにしてください。ひどい傷ではありませんが性交時痛みがあると思うので」
パメラの言い方に顔が赤くなる。
小さくうなずけばパメラは満足そうに微笑んで軟膏をリューイの手に置いた。
ゴム手袋を手早く袋に入れて口をしばりリューイを見つめる。
「できれば毎日塗ってください。奥まで塗れないようであれば若様の手を借りたほうがいいのですが…それがいやだというならば綿棒にとってやるか…」
「じ、自分でできる…たぶん」
軟膏のケースをいじくりリューイはつぶやいた。傷に薬を塗ってもらうだけなのにわざわざ彼の手を借りるわけにはいかない。
パメラはリューイの気持ちを察しつつ、まぁあの人なら下心なくやるだろうけれど、と思ったりもしていた。それをリューイに告げるやさしさは持ち合わせていないが。
もそもそと服を着終えたリューイを見てうなずいてからドアの外に声をかけた。
「若様、終わりましたよ」
「ありがとう、パメラ」
「いいえ、ではお大事に~あ、しばらく滞在されるんですか」
「あぁ。パーティの間は、な…だが研究所を空けっ放しにはできないから適当なところで帰るつもりだ」
「そうでしたか。ではリューイくんに何か異変がありましたらすぐにお声をくださいね」
「わかった」
パメラを見送り部屋に入る。
リューイは少し下を向いていた。パメラの様子を見る限りひどい状態ではなかったようである。
ベッドに腰かけ足をぶらつかせる様子を見ながら近づきそばに膝をつく。
「…何があったか、話せるか」
そう問えばリューイの瞳がわずかに揺れる。
話そうか、話すまいか、どうやら悩んでいるようだった。
無理に聞き出そうとは思っていないができるならばこの先の対処のためにも聞いておきたいところである。
リューイが話し出すまで静かに待った。
リューイは窓に手をついて流れていく景色を見つめていた。
今リューイは都市中央から離れた場所にいた。この電車に乗ってから一時間経ったころだろうか。
「物珍しいか」
「うん。都市から出たことないから」
声をかければリューイから返事がくる。そうか、とうなずけば二人の間に沈黙が落ちた。
居心地が悪い。
リューイを繁華街区から連れ出し実家に戻るために急行の電車に乗った。フォートにはすでに連絡をいれてあるが詳細を省いたために文句が大量に戻ってきた。
実家についたら改めて連絡をしようとは思っている。
ボックス席の正面に座るリューイの瞳にはいつもの輝きは見られない。遠くをぼんやりと見つめているだけである。
「リューイ、こちらを見ろ」
「…なんで」
「いいから」
少し強めの口調で告げればリューイの顔が自分を向いた。ほほに涙のあとが残っている。
少し視線を伏せてハンカチを出せばリューイに差し出した。本当は柔らかなタオルのほうが肌を痛めることはないだろうとは思うがこんなことになるとは思いもしてなかったために手持ちがこれしかないのだ。
リューイはそれを受け取り静かに見つめている。
何か言うべきだろうか、言わないほうがいいのだろうか。どっちつかずのままでいればリューイが口を開いた。
「せんせ…ごめんね」
「…お前はよく謝るな」
「そうだね」
リューイは泣き笑いの表情で言った。今度は自分がリューイから視線をそらして窓の外を見つめる。
先ほどまでは窓の外に多くのビルがあったのに今は影一つすら見当たらない。本当に郊外なのだ。
実家に向かうのも電車で直通とはいえどもかなり時間がかかる。そんなところに居を構える理由があるのだが客人を招くのにはとても便利とはいえない。
「…そういえば話していなかったな。これから向かうのは俺の実家になる。時折パーティを主催するんだが、今回は参加しなければならなくて…誰かしらのエスコートをしてくるのが鉄則なもので」
「それで、俺?」
「あぁ。周囲はほぼ全員が番持ちのαとΩだから何も心配する必要はない」
「そっか…」
実家に戻ったらリューイの服を準備するのとそれから体に傷やケガがないかも確認してもらわねばならないだろう。
Ω専属の医師が常駐していなかっただろうかと考える。可能な限り彼の体を気遣える者がいい。
リューイに何があって、家を出ていったのか聞きたくはあった。しかし今それを聞いてしまってはリューイがまた泣き出してしまわないかという不安もある。
駅で購入したお茶を時折飲んではため息を漏らすリューイを見つめた。子供達にはまだリューイが見つかったことは伝えていないし、フォートにも伝えるなとは言ってある。
心配をかけてしまってはいるが何があったか聞いて、そのうえでリューイをどうすべきか考えようと思ったのだ。
リューイがいないと泣いていた子供たちには少し申し訳なく思う。
「せんせー…」
「うん?」
リューイに呼ばれて視線を交わす。少しリューイは泣きそうな顔をしている。
わずかに身を乗り出すもリューイが怯えてしまっては困ると考えて堪える。できる限り優しい声でどうした、と尋ねた。
「俺、最低かな…レックスたちの面倒を今まで見てきたのに今更ほっぽり出して」
「たまには息抜きも必要だろう。悪かったと思うならばお土産でも買って………リューイ、隣にくるか」
返答しながらリューイを見れば苦笑して、空いている隣の席を示した。
リューイは少し渋りつつも腰を上げて隣にくる。うつむいたままの彼にそっと上着を頭からかぶせ顔が見えないようにして肩を抱く。
「…悪いと思うなら土産でも買って行こう。お前も無理をしすぎなんだ。誰にも頼らずお前はがんばって立ち続けてきたのだろう。今更手を放して数日息抜きをして誰がお前を責められる。そんなことをするやつがいるならフォートにでも逮捕してもらえ」
「なにそれ…あの人、そんなに優秀なの」
「あぁ見えてな…伴侶の尻には敷かれているが実力はある」
「変なの」
リューイからわずかに笑い声が漏れた。上着越しに頭を撫でていれば体が震える。泣いているのだろうか。詮索はせずにそのまま頭を撫で続けた。
「まだしばらくかかる。眠るといい。着いたら起こすから」
「…うん」
リューイの体がもたれかかってくる。その体を抱きかかえるようにする。
到着まであと三十分ほどだろうか。自分も眠りたいところではあるがフォート宛てに再度連絡を入れた。
リューイを見つけたこと、どうやら家で何か事件があったらしいこと、実家に数日こもること、その間ピータを置いては行くが時折様子を見てほしいこと、以上をメールにして送った。
すぐに折り返して、『なげぇ、多い!』と文句が返ってくるがその最後に『大事にしてやれよ』と書かれている。実家にリューイを連れていくとはわかっているだろうが、大事にしてやれとはどういうことか。
眉を寄せてメールからは読み取れない真意をつかもうとする。
しかし、フォートのことだからどうせ大した意味もないだろうとすぐに考えることをやめた。
次いでセリーニとレナータへ様々なことを省略しつつ、さしあたり『急遽実家に戻ることになった。数日研究室を空けるため何かあればすぐに連絡を寄こすように』とした。
レナータから『かしこまりました。お気をつけて』と戻ってくるものの、セリーニから『だから言ったじゃないですか、巻き込まれやすいって』と返ってきた。
すまない、と心の内で謝りつつ端末をしまう。
「戻るのは何年ぶりか…」
リューイの寝息を聞きながらふと思う。定期的に連絡はとっているが実家そのものに戻ることはここ最近ではほとんどないといってよかった。
不定期に両親が開くパーティに参加するようにいつも言われてはいたが適当な理由をつけてほとんど参加していないのである。記憶にある限りではレナータを雇ったその年ではないだろうか。
「何を言われるかわかったものではないな」
久方ぶりに実家に戻ったかと思えば番のいないΩを連れてくる。駅まで迎えを頼んだが果たして両親は何を思ったのだろうか。考えただけでも頭痛がした。
これで疲れてはいけないと考えることを放棄する。
車内アナウンスを聞いていれば間もなく目的の駅である。
「リューイ、そろそろつく。起きれるか」
「ん…大丈夫」
リューイに声をかければすぐに身動きして上着から顔を出す。少し目元を拭ってやり涙のあとを消した。
頬が赤らんでいるのは上着をかぶっていたからだろうか。
電車のスピードが落ちていく。荷物というほどの荷物もないが忘れ物がないことを確認すればボックス席を出た。
リューイに手を差し出せば恐る恐る握られる。その手を握り昇降口へと向かって外の景色がゆっくりと止まっていくのを見つめた。
「段差がかなりあるな。気を付けて」
「うん」
電車からホームに降り立つ。時間帯も遅いためかホームに駅員以外の人影はない。
リューイは聞いたことのない駅名を見つめていた。こちらだ、と手を引かれるままについていき改札を抜ければ一台の車が止まっていた。車のそばには初老の女性がいた。
「迎えだ。これから先は車で行く。疲れていないか」
「大丈夫」
「そうか、ならいい」
車に近づいていき女性が開いたドアから車へと乗りこんだ。
ふかふかの座席に沈み込みシートベルトを締める。彼が隣に座りこめばドアが外からしめられた。
車が走り出すが振動も少なく乗り心地がいい。リューイは窓から外を覗いてみるがあたりは暗く様子がわからない。
「ねぇ、せんせ」
「なんだ」
「ここってもうせんせーの家なの?」
「家、というか、敷地ではあるな。小さい町があるんだ」
「……せんせーの家ってなに」
「古くからあるα同士の家系でな…そうだな……この地域では生き神のような扱いを受けている。先々代から様々な事業に手を出して成功しているのもあって山を丸ごと買ってここに一族の町を作った」
「本当にせんせーと住んでる世界が違うって実感する」
リューイのつぶやきにそうかもしれないな、とうなずきを返した。
そんな家であったせいか、ほかと違う考えをよくして遠ざけられたり、逆に祭り上げられたりすることはしょっちゅうだったらしい。何よりあまりに濃いαの血筋であるがために、能力的にも他のαの追随を許さないところがある。
本家筋である父の兄弟たちは都市部で成功し、大きな会社を経営しているものがほとんどだ。
両親がこの片田舎にもほどがある土地に引っ込んでいるのは先ほどリューイに告げた生き神という事情以外にも理由がある。だが、それをリューイに告げる必要はない。
「でかい…」
リューイから漏れた言葉に自分の実家だというのに同じ感想を抱いてしまった。
山奥の開けた場所に大きな洋館がある。そこが自分が生まれた場所であり、現在両親と兄、一部親族と使用人たちが住んでいる場所だ。
中に入れば、おかえりなさいませ、と執事が声をかけてくる。リューイは驚きで目を丸くしたまま呆けている。
「…客間を用意してくれるか。それとパメラを客室に」
「お怪我をされましたかな」
「俺ではなく彼の診察を…」
執事に対し軽く耳打ちすればわずかに目を見開くも、承知いたしました、と返答し部屋の用意をしに行った。
リューイは自分を迎え入れた洋館の豪華さに目を丸くしていた。天井はリューイの記憶にある百貨店よりもはるかに高く、そこから大きなシャンデリアが下がっている。壁際には甲冑も飾られており、見るからに高価なツボや絵画がある。
「リューイ」
「せんせ…すごい、もう俺、何がなんだか」
「あまり気にするな。客間はもう少し落ち着いている」
「客間…」
「しばらくここに泊るといい。俺もいるから」
「……ありがと」
研究があるだろうにいいのだろうか、と思うリューイであるがその気持ちがうれしい。
小さく礼を告げればうなずきが返ってきた。
「あらあらあらあら、かわいい二人目の息子がようやく帰還したわね」
入った扉の正面にある大きな階段のほうで声がした。つややかな甘い声である。
リューイがそちらに意識を向けると同時に体を見えない縄で縛られてしまったかのように動けなくなる。
息がうまく吸えず隣に立つ彼の服をつかんだ。
「母さん、Ω相手にフェロモン全開はやめてもらいたいのだが」
ぴりっとした空気の中で、母さん?とリューイは首を傾げた。
その途端リューイを縛っていた見えない縄がほどかれたかのように呼吸がしやすくなった。
大きく肩で息をするリューイを見てからため息をつく。
「連絡はしただろう、番のいないΩだと。できる限りフェロモンは…」
「まぁぁぁぁっ」
言葉を遮りリューイに抱き着く人がいた。リューイの顔がふわふわとした二つの山に埋もれる。
物理的に呼吸ができなくなりリューイは腕をばたばたとさせた。視界の端で疲れたようにため息をつく姿があった。
甘い香りがする。これはジャスミンだろうか。リューイの苦手な香りではないが、顔が埋もれるこの二つの山から逃げ出さねばならない。
「母さん、やめてあげて。その子が窒息してしまうよ」
今度は男性の声がした。それと同時に顔を覆っていた山が外れる。大きく呼吸を繰り返せば目の前に二人の人間がいるのを認識した。
女性のほうはそれこそ豊満な肉体である。胸元は大きく、その柔らかさは先ほどリューイも体験したとおりである。下肢に行くにつれて引き締まり、女性らしい丸みを帯びた臀がある。身にまとう服も胸元は開いているし、体にフィットしているものではあるが、決していやらしさはない。
化粧も濃いかと思えばメリハリがついているためかしつこさもなく、カールした栗色の髪も丁寧な手入れがされているのがうかがえる。
「こんばんは、小さなΩさん、私はあの子の母のアクティナというの。あまりにあなたがかわいすぎて興奮してしまったわ。ごめんなさいね」
「母さんはかわいいものに目がないからなぁ」
ははは、と笑う隣の男性はスーツを着ていた。
量産品ではないことがリューイの目にも明らかである。腕、足、腰回り、彼の体幅にあわせたものだ。
ネクタイも似合っている。
「私はあの子の父でアカテスという。よくきたね」
穏やかに笑う瞳は柔らかな青、アクティナはそれよりも深い紺であった。
二人ともαなのだろうか。通常α同士のカップルはいがみあうことが多いときく。
「り、リューイ、です」
少し吃りながら告げた。かわいいわ、とアクティナがいう。
そうだね、とうなずくアカテスにリューイは目を瞬いた。
「ゆっくりしていくといい。君はとても特別なお客さんだから」
「またあとでね」
二人は仲良くその場を去る。
リューイは力が抜けてしまいしゃがみこんだ。
圧がすごい。おだやかに笑っているがそこにたつだけでリューイは潰されそうになる。
「リューイ、部屋の用意ができたようだ」
「うん…」
招かれるまま階段を上がり、広くどこまでも伸びるかのような印象を受ける廊下を歩く。
部屋のドアはいずれも重厚で小さな花の絵が飾られていた。
花の絵はどれも異なっており似かよったドアを間違えないようにするものだろうかとリューイは考えた。
ここだ、と足が止まったドアには真っ赤に咲く大振りの花がかかっていた。なんの花だろうかとリューイは見つめた。
「カメリアという花だ。今は咲いていないが雪の時期になると母の庭園で咲く」
ドアを開けつつ、中へとリューイを促した。
室内に踏み込めばあのマンションのフロアより狭いはずなのに、豪華さに圧倒される部屋がそこにはあった。
天蓋つきのベッドは一人で寝るにはあまりにも大きいし、その周囲を取り囲む絨毯はふわふわと柔らかい。
ベッド脇にあるランタンやライトには細かな装飾、やはり壁には絵画、目をぱちくりさせたリューイは大きく息を吐き出した。
到底落ち着くような場所じゃない。
「客室には個別で浴室もある。なにかほしいものがあればベッド脇のベルを鳴らせば誰かしらがくるだろう」
「せんせーはここで寝ないよね」
「そうだな。自室がある」
「そう、だよね」
しゅん、としょげた様子のリューイに首を傾げつつ小さく息を吐き出して口を開いた。
「寝れないというのならお前が眠れるまでここにいよう」
「ほんと?」
リューイの顔が嬉しそうに輝いた。少しでも落ち着くのであれば自分は特に気にしないのである。
うなずきを返せば、若様、と背後から声がかかる。振り向けば黒い縁の丸い形の眼鏡をかけた女性が立っていた。
白衣をきて、聴診器をぶらさげている。まさしく、医者、である。
「悪かったな、パメラ。遅い時間に呼び出してしまって」
「旦那様や奥様のお酒にちょくちょく付き合ってますのでお気になさらず。それよりも患者はどこに?」
「ここだ」
自分の後ろに隠れたリューイを示す。
彼女、パメラは実家に長年仕えている医者だ。彼女自身もΩで通常よりも長く医師としての勉強を続けて正規の免許をとった。
腕は確かであり、実家に勤めるΩたちの健康管理も担っていた。
「リューイ、彼女はパメラ。ひとまず体を診てもらえ」
「俺別にケガなんか…」
「リューイ」
リューイは身を引きかけるも名を呼べばしぶしぶうなずいた。
ケガをしてないはずがない。家に垂れていた精液と血と、電車に乗る前リューイが叫んだことからしても傷はついているはずである。
パメラに背中を押されて部屋を追い出される。
「若様はαですから、これからの診察を見ないように。わかってますね」
「あぁ…」
「せんせー…いて、くれないの」
「部屋の外にいる。俺に見られてもいい気分ではないだろう。パメラの腕は確かだ。きちんと診てもらえ」
「…はい」
眉を下げた様子を見つめつつ静かに部屋を出ていく。
言葉の通りドアのそばに立っていた。
パメラはくすくすと笑いながら携えている鞄をベッド脇の小さな卓へと置いた。
「ではリューイくんといいましたか?ベッドへどうぞ。それと服を脱いで裸になってください。若様の手前、適当な診察をしては私の信用がガタ落ちですから」
「俺、別に本当にだいじょ」
「大丈夫な人間は血の匂いをさせませんよ」
「っ?!そんなしてない……風呂に入ってるし」
「わかります。若様とは違うαの匂いに交じってかすかにではありますが」
パメラに早く、と急かされる。
リューイは泣きそうになりながらベッドに近づいた。初対面の相手の前で服を脱げというのが恥ずかしくてたまらない。
若様が心配しますよ、といえば心配をかけたくないと思ってしまう。恐る恐るといった様子でリューイは服を脱いだ。
外側にはケガや傷ひとつない。先日抱かれたときの跡がかすかに残るだけである。
「…とても恥ずかしいのは承知の上なのですが」
パメラが近づきそっとリューイの腰に触れた。
身長はリューイとあまり変わらない。わずかにおびえた色を宿してパメラを見つめる。リューイを見る目は茶色い。
パメラの手はわきを滑りリューイの臀部を撫でる。ぞくぞくと背筋を駆け上がるものがあり、出しかけた声を口をふさいで抑えた。
ごめんなさい、とパメラはつぶやいて手を臀部の割れ目へと滑らせた。ひっ、とリューイから声が漏れる。細い指がそこにいきあたった。少し入口を撫でてパメラは手を放す。
「…リューイくん、これは若様ではありませんね」
「…違う、せんせーじゃない…せんせーはあんな」
パメラの指先に血が付着している。まだ治りきるはずもない。
パメラは血を拭うと鞄から軟膏を取り出した。
「リューイくん、薬を塗りますからベッドに四つん這いになってください」
「ぇ、えぇ!俺自分で塗れるよ」
「奥まで塗るためには他人にやってもらわなければなりません。若様に頼みますか」
「せんせーにはだめ!」
「ではおとなしく」
パメラの目が据わっている。リューイは真っ赤になりながら言われた通りベッドに四つん這いになった。
恥ずかしすぎて枕を引き寄せそこに顔を埋める。
パメラはゴム手袋をして軟膏を掬い取った。リューイをなだめる様に撫でてから指を静かに押し込んでいく。
抵抗感があったのは最初だけだった。内部に丁寧に軟膏を塗っていく。
リューイは枕をかみしめて刺激に耐えた。やがて静かに指が引き抜かれればぐったりとベッドに倒れこむ。
「ひとまずは終わりですが、リューイくん」
「はい」
「君の発情はすぐにきますか?」
「まだ、こないと思う…あと二か月は」
「そうですか。でしたら安心ですね。できるだけαに……というか、若様に抱かれないようにしてください。ひどい傷ではありませんが性交時痛みがあると思うので」
パメラの言い方に顔が赤くなる。
小さくうなずけばパメラは満足そうに微笑んで軟膏をリューイの手に置いた。
ゴム手袋を手早く袋に入れて口をしばりリューイを見つめる。
「できれば毎日塗ってください。奥まで塗れないようであれば若様の手を借りたほうがいいのですが…それがいやだというならば綿棒にとってやるか…」
「じ、自分でできる…たぶん」
軟膏のケースをいじくりリューイはつぶやいた。傷に薬を塗ってもらうだけなのにわざわざ彼の手を借りるわけにはいかない。
パメラはリューイの気持ちを察しつつ、まぁあの人なら下心なくやるだろうけれど、と思ったりもしていた。それをリューイに告げるやさしさは持ち合わせていないが。
もそもそと服を着終えたリューイを見てうなずいてからドアの外に声をかけた。
「若様、終わりましたよ」
「ありがとう、パメラ」
「いいえ、ではお大事に~あ、しばらく滞在されるんですか」
「あぁ。パーティの間は、な…だが研究所を空けっ放しにはできないから適当なところで帰るつもりだ」
「そうでしたか。ではリューイくんに何か異変がありましたらすぐにお声をくださいね」
「わかった」
パメラを見送り部屋に入る。
リューイは少し下を向いていた。パメラの様子を見る限りひどい状態ではなかったようである。
ベッドに腰かけ足をぶらつかせる様子を見ながら近づきそばに膝をつく。
「…何があったか、話せるか」
そう問えばリューイの瞳がわずかに揺れる。
話そうか、話すまいか、どうやら悩んでいるようだった。
無理に聞き出そうとは思っていないができるならばこの先の対処のためにも聞いておきたいところである。
リューイが話し出すまで静かに待った。
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