世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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繋がる体と繋がらない心

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フォートからの連絡で寝ぼけていた頭が完全に目覚めた。
目覚めたどころか、もはや朝から怒りしかない状態にしてくれた。

「せんせ…」
「…どうした」
「何が、あったの」 

タクシーを呼び、リューイと二人で乗り込む。本当はリューイを置いていくつもりだったのだが、彼のどこか必死な様子についてきたければ好きにしろ、と言ってしまった。
昨晩あれだけ激しく抱いたのだから体はつらいだろうに、どうして、と思いながらも今はリューイにかまけていられない。
警察署にこんな朝から何の用事なのだろうかと不思議がりつつも、こちらを心配するような様子である。

「…番持ちのΩは、番以外のαに抱かれると拒絶反応を出す…一人、知り合いのところで働くΩがΩ病で運ばれていた。そのΩは、番以外のαに強姦された形跡があったんだ」

リューイが息をのむ。
本来ならこんな話はするべきではないだろう。だが、話さなければ警察署についたとき自分が冷静でいられる自信はなかった。

「その、強姦したと思わしきαが捕まったとフォートから連絡があった。やつの細胞を回収する」
「…なんで…番持ちって、わかるんでしょ…?噛んだあとが残るから。なのに、なんで」
「αの中にはそういったΩの拒絶反応を楽しむ輩もいるということだ」
「…っ!」

リューイは口元を抑えた。
話すべきではなかっただろうかと後悔しても遅い。リューイの肩を抱き寄せて自分にもたれさせる。
ついてきたのはリューイ自身だが、こんな話はすべきではなかった。
だが忘れろ、とは言えない。

「お前の番にはそんな危ない目にあわせるようなやつを選ぶつもりはないから安心しろ」
「…うん」

少し涙ぐんでいるかのような声でリューイはうなずいた。
警察署につけばフォートが入り口前で待っている。
リューイが隣にいることに気づけば驚いたようにこちらを見てきた。

「ついてくるといって聞かなくてな。子供たちがまだ寝ているから早めに終わらせる」
「早めに終わればいいんだけどな」

フォートも苦い顔をしている。
来い、と連れていかれたのは署内にある取調室であった。
マジックミラーになっている個室から、現在取り調べを受けている男の姿が見えた。
頬は落ちくぼみ、見るからに不健康極まりない顔をしている。

「番持ちのΩはそりゃぁいい声で啼くんだよ。それがたまらなくてなぁ…突っ込めばあそこはキュウキュウ締まるし、たまんねぇのよ。この前やった男もそうだったなぁ…」

リューイは上がりかけた悲鳴を堪えた。
フォートもリューイの隣に立つ彼も、取調室の中にいる警官の誰もかれも、男の言葉に眉を寄せている。
リューイは見ていられなくなり顔をそらした。

「外に出ているといい」

フォートがそっと声をかけた。
うなずきかけたリューイだったが、眉間にしわを寄せたまま男をにらむ彼を独りにはしたくない。
首を振り男を見ないようにしながらそばに立っていた。

「あぁ、でも二十年近く前に抱いたガキに勝るものはねぇな。栗毛の髪でくすんだ赤い目をしていた…そうあの居住区中央にある学校の生徒だな」

その言葉に彼だけでなくフォートすら空気が変わった。
リューイは二人の異変にどうしたのかと見つめる。
二人とも表情が硬い。

「あのあまぁい匂いはΩだった。発情期前の、ぎりぎり未発達の子供だ。必死に抵抗してたけどそのまま前も後ろももらって、いやぁ、最高だった」

ガンッ、と大きな音がした。
フォートが歯を食いしばりガラスをたたいたのだ。
取調室内ではゲラゲラと男が笑っている。

「せんせ…」
「……あまりにもくずすぎる…クズ過ぎて、今すぐ殺してやりたいぐらいだ」
「っ!?」
「二十年前で栗毛の髪、くすんだ赤い目……それが俺たちの知っているやつなら今回ばかりは俺も同感だ」
「フォート……取り調べが終わったらあの男から規定量ぎりぎりまで血を抜くように医療室の人間に伝えろ。優しくしなくていい。あの男が言っていることが確かならクロエは…」
「あぁ」

知らぬ名前が聞こえた。
そこまででよかったのか彼は部屋を出ていく。
それを慌てて追いかけて足早に歩いていく後ろをついていった。
彼は人通りの少ないところで壁に背中を預ける。その強く握られた手から赤い筋が垂れた。
何を思っているのだろう、何を感じているのだろう。
リューイにはわからないことだらけである。だが、彼の痛みは強く感じた。

「せんせー、手を開けて。血が出てる」
「触るな」
「せんせーの手は研究するための大事な手でしょ。力抜いて」
「触るなと言っているだろう」

強くはたかれリューイは体を一歩引いた。はっとしてこちらを見る目と目があった。
緑の瞳に動揺が見える。はたかれた手よりも彼の瞳を見ているほうが痛い。
リューイは唇を引き結ぶとそばに近寄り手を取った。爪が食い込んだそこは血を流している。
きっと、フォートもそうなのだろう。彼も強く手を握り締めていたから。

「俺には何があったかなんてわからない。せんせーが、殺してやりたいなんて言うほどのこと…」

リューイがハンカチを出して血のにじむ手のひらに当てた。
顔を上げればその目は落ち着いた光を宿している。先ほど悲鳴を上げかけていた子供とは思えない。

「せんせーは、救えなかった大事な人の代わりに、だれか大勢を救うために研究しているんでしょう?お願いだから、殺したいなんて言わないで…」
「リューイ…」
「せんせーとフォートのつらい気持ち、俺にはわからないし、理解もできない。当事者じゃないから…でも、せんせーが苦しんでるのはわかる気がする。俺じゃ頼りにならないだろうし、話す意味もないだろうけど、抱え込まないで」

リューイの瞳をみていればささくれだった心が落ち着きを取り戻していく。
ハンカチで止血し、洗わねばと周囲に手を洗える場所はないかときょろきょろする姿を抱き寄せた。
せんせー?と声がする。そのまま壁づたいに座り込めばリューイが優しく抱き締めてくれるのがわかった、
大丈夫だよ、とリューイが言った。こみあげてきたものを飲み込みながら何度も深く呼吸する。

「俺は、なんも知らないからさ、フォートもせんせーも、こうして抱き締めるしかできないし、簡単にわかるよなんて言えるはずもない。でも、吐き出せるなら吐き出して。俺が受け止めきれることなんてたかが知れてるけど、がんばるから」
「…すまない」

ポツリともれた言葉にリューイは首をかしげた。
何を謝ったのだろうか。考えてみるもわからない。
ただ小さな子供にするように頭を撫でる。
しばらくして落ち着いたのか静かに体が放される。

「せんせ?」
「大丈夫だ…すまなかった、リューイ」
「ううん」

大丈夫だと笑って告げる。
座り込んでいたため立ち上がればフォートが歩み寄ってきた。
フォートは先ほどのこともあり、二人を探していたのだが座り込んでリューイを抱きしめている姿を遠目から見て、気分でも悪くなったのかと心配してきた。だが、どうやらそうではなかったらしい。

「教授、血の採取が終わった。医療室にあるから受け取っていけ」
「わかった。それで、あいつは?」
「余罪たっぷりありそうだからな。これからこってりしぼりあげてやる。クロエの件もだ」
「……そうか」
「残念だが、死刑にはならない。まぁこの先死ぬまで豚箱に入っているのは間違いないがな」
「それならばいい。二度と出てこなければいいだけのことだ」

リューイはさきほどから出ているクロエという名前が気になって仕方ない。
聞いて教えてくれるわけがないと思っているし、自分が踏み込むべきものではないとも思っている。
そのためこちらに声がかかるまでは黙り込んでいた。

「リューイ、行くぞ。医療室に行って血液を受け取ったら研究室に向かう」
「う、うん」

フォートは肩をすくめつつ二人を見送った。
医療室は警察署の地下にあった。そこにいた医師から血液の入ったクーラーボックスを受け取り再び外へと出る。
タクシーがくるのを待つ間二人は何も話さなかった。
だが、リューイが口を開くよりも先に声を掛けられる。

「大丈夫か」
「何が?」
「体のことだ。昨夜は自制がきかなかった…その…お前が無理だと言っていたのは覚えているんだが止めてやれなかった」

なんということをなんという場所でこの人は口にするのか。
リューイは開いた口が塞がらない。それでもやがてくすくすと笑いだしたリューイを見ていぶかし気な顔をする。

「気持ちよかったからおあいこでしょう?」
「それでも無理な体位もしたし」
「俺は気持ちよかった。せんせーの大きくて太くて」
「リューイ」

冗談めいて告げるリューイの言葉を途中で遮り眉を寄せる。楽しそうに笑う彼にからかわれたのだと知ればため息をつく。
やってきたタクシーに乗れば研究室絵への住所を告げた。
膝の上に乗せられたクーラーボックスが果たして役に立ってくれるだろうか。
役に立ってもらわねば困る。
横目で隣に座り流れていく景色を見つめるリューイを見た。
彼は自分やフォートの過去を何も知らない。知っているものが先ほどの男の言葉を聞いたら慰めるか同じように怒ったかしたのだろうか。
何も知らないから抱きしめることだけしかできない、と彼は言った。変な慰めを言ったわけではない。
あの時、リューイがそばにいなかったらどうなっていただろうか。リューイにすがりつくように抱きしめてしまったのが少し恥ずかしい。

「ねぇせんせー……俺、今までよっぽど平和に生きてきたんだなぁって今更実感した」
「どうした、いきなり」

リューイは苦笑しつつ顔をこちらに向けた。

「俺、Ωになってよかったかも」
「なぜそんなことを言う?Ωでなければ捨てられはしなかったんだぞ」
「そうだね。でも、Ωになって捨てられなければフィーディスたちと会うこともなかったし、こんな世界があるなんて知らなかった。もっと勉強しようなんて思いもしなかっただろうし…それに」

言葉が切れる。
リューイはどう言ったものかと言葉を探した。少しだけ口にするのが照れ臭い。

「…せんせーと会えたのがうれしい」

言ってすぐに視線をそらしてしまった。だからどんな顔をしているのか直接は見なかった。
しかし一瞬タクシーのガラスに反射して見えた顔はめったに見られないほど目を丸くし、ほほを赤くした表情だった。
ガラスに手をついてリューイは視線を伏せる。言ってはまずかっただろうかと思いながらも止められなかったのも事実である。心から出た言葉だった。
リューイの耳は赤い。触れたい衝動が沸き上がるもこらえた。

「ね、その血液どうすんの?」
「ひとまずこいつのDNAと強姦されたΩから検出されたDNAが一致するか確認に使う。そのあとは研究に使うつもりだ」
「Ω病の?」
「あぁ。なぜΩの細胞にたいしてαの細胞が攻撃性を見せるのか気になるしな」
「俺の血とかは、いらないよ、ね」
「血を抜くのは痛いぞ」
「もう分化判別のときに抜いてるし」

リューイは不満げに頬を膨らませる。
子供のような仕草に少しだけなごんだ。
研究室につけばタクシーを降りた。リューイも降りようとするがそれを止める。

「ほかの子供が心配する。鍵はあるな?言った通り今日は戻らない。昨日のこともあるから、ゆっくりしておけ」

運転手に住所を告げて研究室から自宅までの十分すぎる料金を支払いリューイを先に帰宅させた。
研究室に向かえばすでに何人か出勤していた。声をかけ、血液の入ったクーラーボックスを渡し事情を簡潔に伝えてから実験室に入った。
どこまでやっただろうかと昨日までの実験記録を読みだす。
探したいのはα細胞の動きを止めるためのものであったはず。あまりに濃厚な日々を過ごしたためか自分が何をしたいのかわからなくなっていることに気づいた。
これではいけない、と頭を振る。深呼吸を繰り返してから実験の器具を用意すべく立ち上がった。
リューイは家に無事に帰っただろうか。そんなことが頭をよぎるものの脳内のスイッチが切り替われば些細な事だと考えを捨てて没入していった。
そのリューイのほうは心配されていることなどつゆ知らずに家へと戻った。
出かけてくるときに慌ててポケットに突っ込んだ鍵を使いエレベーターに乗り込む。階数表示がどんどんうごいていくのを見つめた。
軽い音とともにエレベーターが開けば室内に入る。

「ただいま…」
「ぁ、リューちゃんだ!フィーちゃん、リューちゃんいたよぉ」

エレベーターのすぐそばにある階段からシルバの声がした。
何もメモを残さずに出て行ってしまったから心配させてしまったようだ。
大きな音を立ててフィーディスが駆け下りてくる。
後ろをシルバがクラルスを抱いて、その後ろをレックスが合わせて降りてきた。

「リュー!」
「フィーディス、みんな…ごめんなー、朝から黙っていなくなって」
「どうしたの。心配したんだよ。こっちのフロアも真っ暗だし、リューはいないし」

フィーディスはリューイの体を触りケガがないことを確認した。
何事もないとわかれば安心して笑みを浮かべる。

「リュー?」

フィーディスは少し顔の暗いリューイを見つめた。
リューイは何も言わない。少し考えてからリューイを抱きしめる。

「レックス、シルバ、ちょっとリューと話があるから上に戻っていて。朝ごはん冷めちゃうから」
「わかったー!」

フィーディスは三人が上に戻っていくのを見終えてからリューイの肩を抱いて下のフロアのリビングへと足を運んだ。
リューイはされるままに一緒についていく。
ソファにリューイを座らせ水をいれたコップを持ってきた。
コップを差し出しながらリューイの隣に腰を下ろす。

「リュー、顔色がよくないよ。何があったの」
「……フォートから、せんせーの端末に連絡があって…せんせーの知り合いの人を強姦した男が捕まったって。せんせーと、警察に行ったんだ」
「なんで、行ったの。彼だけで十分でしょう?リューの知らない人なわけだし」
「うん。でもあの時のせんせーをひとりで行かせたらいけない気がしたんだ」
「リューは優しいからなぁ」

そんな優しいところが魅力ではあるのだが如何せん優しすぎるのも問題である。
優しくて、他人の感情にひどく敏感なのだ。自分の感情よりも他人の感情に気づいてしまいやすい。
リューイの美点であり、弱点でもある場所だ。
フィーディスはリューイの肩を抱いて自分に引き寄せた。少しだけ、風呂上りのときとは違った香りがする。
それは紛れもなくこの部屋の主であるαの香りだ。強く香っていることから昨夜リューイが彼の腕の中にいたことを察する。

「ねぇリュー。いつまでここにいるの」
「…それは」
「俺も働くよ。リューばっかりに働かせられないし」
「フィーディス…うれしい。でも、せんせーがみんなに家族を見つけてくれるって言ってくれたんだ」
「は?あの人が?リューはそれにうなずいたの」

フィーディスの目が据わる。リューイはうなずいた。
いつか話さなければならないことだ。レックスたちも一緒に話したかったが仕方ない。
一番フィーディスが納得しなさそうだとは思っていたのだ。
心の準備も話す用意もできてはいないがこのままフィーディスを説得することに決めた。

「俺は、いいと思うんだ。俺じゃぁ、みんなに勉強も教えられないし…ましてやこんないい服着ておいしいもの食べてってできない。あの生活を続けていてもきっと共倒れになっただけだろうから」
「家族って言ったって偽物でしょう?俺たち全員が一緒に引き取られるわけじゃない」
「そう思うよ。だからもし引き取られることになったら会うことはちゃんと許可してもらえるようには伝えるし、離れたって俺たちは」
「そんなの体のいいただの夢物語でしょう」

フィーディスはリューイの言葉を否定する。
そんなことはないとリューイは首を振った。彼がリューイたちの家族を決めるのにあたって変な家族を選ぶとは到底思えないのだ。
もちろん初めのうちは新しい家族と打ち解けるためになかなか会うことはできないだろう。だが、時間が経てば会うことも許してくれるはずだ。
何より、親の愛を知らないまま育つよりも知っていたほうがずっといい。

「俺はみんなの親にはなれない。その先に責任が持てないし…レックスもシルバもちゃんとした教育を受けるべきだろう?フィーディスだって、絶対にそのほうがいい」
「リューは?新しい家族のところでうまくやれるの?」
「俺は…俺には、番を見つけてくれるって。俺はΩだから、きっといいところのαを見つけてくれるんだよ」

そういうリューイの顔はどこか悲しそうだった。本人は自覚がないのかもしれない。
だが正面からその顔を見つめたフィーディスは唇をかみしめた。腕を引き、リューイの体を抱き寄せる。
腕の中の彼は細いのに強くあろうとしていた。少し抵抗するかのように腕を動かすもフィーディスにかなわないと悟ったのか好きにさせていた。

「リュー…本当にそれでいいの?」
「嫌なんて、言えないよ…少なくとも半年はかかるって言っていたからそれまでは一緒にいられるよ。いっぱい思い出作ろうな」
「リュー…」

泣きそうな顔をしていた。
たまらなかった。フィーディスは顔を近づけリューイと唇を重ねた。
目を見開くリューイは抵抗しようとするものの腕をつかまれてしまい動けなくなる。
舌を引きずり出し絡め互いの唾液を交換する。
唇を放せばリューイの目は丸くなっていた。唇は濡れておりほほは赤く染まる。
フィーディスはごくり、とつばを飲み込んだ。

「リューが悪い…俺、あのせんせーより俺を選んでって言ったよね」

リューイをソファに押し倒す。混乱しているリューイはされるがまま倒れこんだ。
何が起きたのだろうか。どうしてフィーディスにキスをされ、ソファに押し倒されているのだろうか。
フィーディスの手は服の裾を割って入りリューイの素肌を撫でる。
リュー、と呼ぶ声は甘く濡れていた。

「フィー…ディス?待って…何して」
「何してって…リューを抱こうと思った。ずっと我慢してたんだよ。リューは無防備に俺を見て笑うからいけない。何度も何度も一人で抜いた。リューにいれたらどんな感じなんだろうって想像して…リューの喘ぐ顔も声も、全部想像してた」
「やめて…フィーディス、ここじゃだめ…お願いだから止まって…」
「騒いだらレックスたちがきちゃうよ?」

リューイは自分の手で口を覆った。
どうして、と頭の中で何度も自問する。答えがあるはずもないのだが、フィーディスの手が何度も素肌を滑るたびに次々に快感が生まれていく。
弟のように思うフィーディスに触れられているのに嫌だという感情は湧かなかった。
足の間に熱がともれば泣きたくなる。こんな異常な状態なのに体は素直に反応してしまうのだ。
シャツをまくり上げフィーディスの唇が肌に落ちる。
ただそれだけ。だがリューイのそこは確かに熱さを増していた。

「リュー…きれいな肌だね。ここを昨日はあの人も触ったの?なめた?どんな風に触られたのか俺に教えて」
「いやだ…言わない」
「なんで?」

言えるはずもない。誰が好き好んで情事の話を家族にするというのだ。
いやだ、と抵抗する。それでも強く腕を押さえ付けられてしまえば強くは反抗できない。

「やめて、フィーディス。今ならなかったことにできるから」
「しなくていいよ。俺、ずっとこうしたかった。ごめんね、痛いかもしれない」

リューイのズボンを下着ごと膝までさげる。腰を抱えられ秘部がフィーディスの視線にさらされる。
固く閉じたそこをフィーディスは指先でなぞる。ずっと想っていた。考えていた。腕のなかに愛しい彼がいる。
望んだような最初の行為ではないが仕方ない。

「…リュー、好きだよ」

優しい声だった。リューイの制止の声は直後体を襲った痛みにかきけされる。
濡れてもいないそこに押し込まれた固まりはぎちぎちと埋まる。快楽よりも痛みが強い。尻をなにかが伝う。裂けたのだろうか、とどこか冷静に思う。

「リュー…きつい?…ごめんね、痛いね」

いやだ、とリューイは首を振る。
涙が幾筋も頬を伝った。指先で涙をぬぐい腰を引けばリューイを激しい痛みが襲う。
細い悲鳴をあげたリューイの背中が反った。
きつい内部を押し広げるように熱を出し入れした。リューイの声は快楽を受け取っていないことを示す。
リューイ、と名前を呼んで涙に濡れた顔に唇を寄せた。
好き、と囁いた。何度も囁けば届くだろうか。
フィーディスはただひたすらに腰を動かした。リューイが気持ちよくなっているとは思えない。
ほぼ無心で出すことだけを考えた。

「リュー…あと少しだから。あと少しで出るよ」
「やだ…やめて、フィーディス…」

胎内を蹂躙する熱が怖い。いつもと違うフィーディスも、フィーディスが抱えていた思いも怖い。
やめて、とリューイは繰り返す。こんなことは望んでいなかったのに。
フィーディスの動きが早さを増し、大きく熱が跳ねたかと思うと胎内に欲を吐き出された。
納めていたものを抜き出せば交わる赤と白、傷つけてしまったとフィーディスは眉を下げた。

「リュー、ごめんね。お風呂いこう」
「さわるな…」

差し伸ばされた手を払い除ける。目を丸くするフィーディスだが、リューイの顔をみて二の句が継げなかった。
リューイは泣いていた。今までみた泣き顔とは違う。

「リュ…」
「さわるな」

激しい拒絶だった。
リューイは体の痛みを堪えながらソファを降りてよろめきながら浴室に向かう。たらたらと、足を伝い精液と血が流れていく。
ソファの上でフィーディスは動けなかった。傷つける覚悟はしたはずなのに、いざ実際に行ってみると耐えきれなかった。

「リュー…好きなんだ…俺の、"運命"」

フィーディスは手で顔を覆った。泣きはしない。泣いているのはリューイだ。彼を傷つけた自分に泣く資格などない。
唇を噛み、鉄の味がすれば仮面をつける。何事もなかったように振る舞わねばならない。
レックス達下の子供に気づかれたくはない。
深呼吸し痛む心に気づかない振りをする。浴室からシャワーの音がすれば静かに上のフロアへと上がっていった。
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