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若頭とその側近、祝う

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御大の生誕祭近くまで皐月の姿を見なかった。
俊介は皐月から声をかけられることもなく、一週間を過ごした。
側近たる皐月がいなくて良いのかと心配する声もあったが、なにも俊介の側近は皐月だけではない。
牙城を始めとした他の者達に手伝わせていた。



「…皐月…」


普段ならば自分のそばにいるはずの姿がないと心もとない。
そうは思っても突き放したのは自分である。遠目に自分の配下へと指示出しする姿もみたし、河嶋となにかふたりきりで話し合う様子もみた。
だが、自分に隠れてなにかするというのならばそれに対して罰を与える必要は少なからずあるだろう。
生誕祭前日の夜、部屋の前の縁側に腰を下ろし柱によりかかりながら外を見ていた。
暁の本拠地周囲には民家の数はとても少ない。堅気の人間も少ない。民家の殆どは暁が関わる大小様々な事業の関係者とその家族、出入りの家政婦たちが住んでいた。
暁は関東一帯を支配するとはいえど、それこそ抗争やなにか大きな事件がない限りは比較的真っ当な商売をしていた。
一部の傘下から文句がないわけではない。だが、先々代からそろそろ極道は時代遅れなのではないか、という空気が広がり御大自身もあまり法に反することを行わない。



『まぁ、極道っていっても今は関東圏をうち、関西圏を神海こうみが支配して、より悪さをするやつがいないかを見張っているようなもんだけどなー。警察にゃ見きれない裏社会専門にしてさ。うちは、一般人に迷惑はかけない。締めるときは締めるし、道理に反することはやらない。今の俺達は昔からしてみるとかなりかっこ悪い極道なのかもな。俺はそれが嫌いじゃないけど』



いつだったか皐月が酒の席で話していた。
ある程度の小物は抑えつけたところで無くせるものではないとわかっている。多少の目こぼしをしながら一般人に麻薬や武器を渡すものには容赦なく制裁を加える。
高齢の幹部たちよりも若手の方が極道という響きに憧れてやって来るだけあって現実と想像の違いに打ちのめされる。

そんなことをとりとめもなく考えていればわずかに木の板がきしむ音がした。
顔を挙げないまま俊介は口を開く。


「約束を忘れたか」
「忘れた…わけじゃないぞ。俺が考えていた作戦はお前が知ってるとまずいんだ。わりと俊は顔に出やすいからな」
「お前と一緒にするな」


俊介の隣に腰を下ろして皐月は笑う。二人でこうして話すのは久しぶりだった。
皐月は俊介を向きはしない。その横顔は悲壮感に満ちているわけでも楽観視しているわけでもない。
くるっと顔の向きが変わり俊介を向いた。思いっきり目が合えば俊介は動きを止めた。
皐月は目が合えばすぐに笑顔になる。

「でもたとえ怪我したとしても今回はそんなに大きなものじゃないと思う。お前のためにも死ぬわけには行かないからさ。だから、俊…」
「断る」
「まだ何も言ってない」

頬を膨らませて講義する姿を眺めながら俊介は、おそらくは皐月が言いたいことと同じことを口にした。



「お前に何事もなく無事に生誕祭を終えられたらお前に俺の時間をやる」
「え、まじ?いいの?丸一日どころか一生離さないけど」
「誰が一生を渡すと……一日だけだ」
「ちぇっ…」


不服そうな皐月だがそれも一瞬でなくなり、俊介に近づいた。
互いの目に互いが映り込む姿が見えるほどに近くなれば俊介は顔を背けようとした。
それよりも一瞬早く皐月の手が俊介の顎を掴み固定した。
唇が重なれば避けようとするものの力が入らない。
体を抱きしめられさらに身動きは取れなくなった。



「…俊…めいっぱい抱きたい…ずーっと牙城に邪魔されてお前のところに通えてないからさ…だめ?」
「…だめだ。明日は生誕祭だろう…それより御大は?近頃姿を見てない」
「元気だよ」

拒否されて残念がりつつも皐月は俊介の頬にキスを落としては甘えるようにすりよる。
俊介が焚き染める香の香りに一体何日触れなかったのか。
髪に鼻先を埋めて息を吸う。たまらない。
俊介は皐月の好きにさせていたがそろそろ我慢は限界になったのか俊介の背中を強く叩く。


「…俊…守るよ…今回で全部終わらせてやるから、そうしたらちゃんと俺の話聞いて」
「聞いてるだろう、いつも。だいたいどうでもいい話ばかりだ」
「うん。まぁ、そうだけどさ…今回は特別だから」


乱してしまった髪を丁寧に整えて皐月は俊介を放した。
名残惜しそうな顔をしていたが立ち上がる。


「ごめんな、明日はそばにいてやれない」
「必要はないだろう」
「まぁそうなんだけどさ…でも、不安とかない?寂しくない?」
「しつこい」

ぴしゃりとはねのけられてしまえばそれ以上をいうわけにはいかない。
少し寂しげに笑えば、おやすみ、と言い残して皐月はその場を離れていく。後ろ姿を見送りながら俊介も立ち上がって部屋に入る。
寝坊するわけには行かない。明日は朝から早い。
いつも以上にここを出入りする人間が増えるし気を抜けばそれこそ自分が怪我をしかねない。
寝室にかけてあるスーツに触れた。若頭となるように命じられてから何度も袖を通してきたオーダーのスーツだが、他の組へ行くことになればもう着ることはなくなる。
初めてスーツを身にまとった日、皐月の顔が輝いていたことを思い出す。自分に関することは何であれ見逃さないようにする皐月が憎めない。
皐月が傍らにいて自分の名前を呼ぶたびに胸が高鳴る。四十を半ば過ぎて、今更なのかもしれない。絶対に皐月には伝えられない一言がある。
音にはならないそれをつぶやき頬を伝ったものを拭った。
気分を平常に戻すかのように長く長く息を吐きだす。一人寝は今日が最後である。冷たい布団に体を横たえて俊介は目を閉じた。




「若頭、織田の頭が御大はどこかと」
「幹部が御大に会えるのは宴の席のあとだと話せ。しつこいようなら俺を呼べ」
「若頭、席次が気に入らないと」
「今の組の力に沿ったものだ。文句があるなら宴に出るなと伝えろ」


朝起きて、生誕祭当日か、と考えたのも一瞬だった。
外に出ればすでに客たる他の組の幹部たちが続々と集まっていた。
牙城を始めとした俊介の直属の者たちは忙しなく幹部の相手をする。市居、常盤ほか皐月の配下はそれぞれ皐月から仕事を受けているらしくこちらに近寄る気配はない。なんなら皐月の気配もない。
眉を顰めつつも御大に朝の挨拶を済ませるべく部屋へと向かった。
宴は夜である。なぜこんな早くから集まるのか、俊介にはわからなかった。

「では、失礼します」

御大の部屋から河嶋がでてくる。大きな荷物を持っていた。
彼は俊介に気づくと目を丸くして見つめてきた。

「若頭…おはようございます」
「あぁ、おはよう…お前がこんな朝から外にいるとは」
「…若に頼まれた仕事がありましたので」
「皐月に…?」

首を傾げた俊介にそれ以上のことは言わず河嶋は一礼して離れていく。その後姿を見送り俊介は室内に声をかけた。

「御大、失礼してよろしいでしょうか」
「…どうした」

僅かな間のあとに声がした。
入ってもよいだろうかと考えていれば、御大の方から入れと声がかかる。
静かに障子を開けて一礼する。顔を上げれば彼はいつものとおりだった。


「おはようございます、御大」
「あぁ。今日はまた一段と騒がしいな」
「御大の生誕を祝う宴ですから。幹部たちが我先にとやってきて……次は、夜からだって招待状に赤文字で記載します」


はぁっとため息をついた俊介の姿に御大は笑いだす。
めったにないその光景に俊介は口を開けた。傍らにいる伴侶も口を開けている。これもまた珍しい。


「お前がそんな物言いをするとは……機嫌が悪そうだな、俊介」
「…ストレスが溜まっているだけです。ご気分を害したのであれば申し訳ありません」
「いいや。どうせあれがお前に何かしたのだろう。いい加減子供じみたことはやめればよいものを」
「……俺は、いやではありません」

ぽつりとこぼれた言葉に御大は表情を凍らせた。
俊介は瞳を御大に向けてわずかな笑みを見せた。



「俺は、御大の息子である皐月を好いています。それでも、あいつは若頭になるべき器です。御大、今日が終わりましたら俺は若頭を退き皐月に譲るつもりでいます。俺はほかの組へ……御大?」


俊介は黙り込んだ御大を見つめた。
はっと我に返った御大は俊介を見返して静かに首を振る。
俊介は少し顔を曇らせるももう一度御大に同じことを繰り返し告げた。

「俊介…」
「俺はもう決めました。俺がいるから皐月があぁなってしまうのならば、俺がどこかへ姿を消したほうがいい。ほかの幹部たちも皐月を立ててくれると思っています。そもそも御大の血を引いているわけじゃない俺が若頭になったのが間違いだった。だから、俺を引きずり降ろそうとするやつらが出てしまい、皐月がケガをしてしまう」

俊介の顔が曇る。皐月を傷つけたいわけじゃない。
皐月もそれをわかってはいよう。血まみれの自分を見たくはないと告げた皐月の声がよみがえる。
自分たちがこんなところに所属していなければ、普通の恋人になれたのだろうかと考えてしまう。 
出会わずにいれただろうか。


「申し訳ありません、御大。戯言を申しました」
「…よい。お前がそうしたいのならば考えよう。だが、皐月はどうあってもお前を手放しはしないだろうな」
「でしょうね」

苦笑いを浮かべて立ち上がる。長話をしすぎてしまった。
そろそろ俊介も準備に入らねばなるまい。御大の前を辞した俊介は牙城の呼ぶ声の方へと行き先を定めた。
俊介のいなくなった部屋で御大は黙っていた。
俊介が、組を出ることを考えていたことは薄々感じていた。彼ならば他のどの組でも必要とされるだろう。だが、皐月はどうするのか。
異常とも思われかねない執着を見せる皐月は、俊介がいなくなると知ればただでは済むまい。
誕生日だというのに気が重い。御大は人知れずにため息をついた。
様々な思いが渦巻く生誕祭が始まろうとしていた。
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