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若頭とその側近、激突する 4
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夢うつつに俊介の声を聴いた気がした。
皐月、と何度も名前を呼ばれて目を開けた。目を開ければどこかに行こうとしている姿が映った。
行かないで、と言葉にする。自分を好きにならなくてもいい。でも自分から距離を置かないでほしい。
「泣くな…もういい年した男だろうに」
呆れた声が降ってきた。
頬を冷たいものがなぞっていく。沈香が香れば安心できた。
俊介、と言葉をこぼして再び意識は眠りについた。
だから目を覚ましたとき、隣で俊介が横になっていたことに気づけばひどく驚いた。
それも着物姿で、布団すら敷いていない畳の上で、自分の腕を枕代わりにしている。声が出ない皐月だったが、気配に敏感らしい俊介はふっと目を開けた。
冬の明け方を思い起こさせる青い瞳が皐月を映す。いつだってその目に映りたい、自分だけを見てほしいという思いでいっぱいだったが、今この状況ではむしろ逃げたい気持ちでいっぱいになった。
「起きたか…」
「俊…」
「痛みは」
「ない…」
「熱も」
「なさそう…」
「そうか」
淡々と交わされる言葉のラリーにドキドキしながら俊介が立ち上がり外に出ていく姿を見送った。
肩の傷は縫われ、腰回りの傷には包帯が当てられている。
上條に手当をされてからの記憶が一切ない。おそらく麻酔を打たれたのだろうが、出血もひどかったことにより意識を失ったのだろう。
のろのろと上体を起こす。痛みはないに等しいが、縫われたばかりの肩はひきつったような感覚がある。
部屋の中を見回せばきれいなはずの部屋があれていた。
中身の入っていないボトルがいくつも転がり、血の付いた包帯が散乱する。おそらくたたまれていたのであろうふかふかのタオルも今はしんなりとして乱れていた。
俊介がいつも寝ているこの部屋にはものがない。書類仕事があればこの部屋の隣にある机で行っているし、必要な着替えなども同じく隣の部屋にある。
ただ寝るためだけの部屋で、布団以外何もなかった。
だが、どうしてここまで物が散乱しているのだろうか。
ぐるぐると頭が回る皐月の耳に足音が聞こえてきた。
「…起き上がれたか。ならばこれを」
俊介が手にしていたのは白い陶器の器に入った粥だった。
梅干しが一つ添えられ、小さな椀に卵のスープも入っている。
布団のそばに再び腰を下ろせば俊介は皐月を見た。何故かその空気が優しい気がしてなお一層ドキドキとする。
「食べられるか」
「え、あ。うん…うん?」
優しい声音に一体何があったのかとドキドキしてならない。
レンゲを受け取り粥を冷ましながら一口食べる。俊介が作ったわけではないだろうが、見られながら食べるのは少し緊張する。
「…俊…」
「なんだ」
「食べにくいからあんまり見ないで」
赤くなりながらレンゲをおいた。俊介は鼻を鳴らせば立ち上がり部屋を出ていく。
一安心し粥を食べ終えてから今何日かと考える。そんなにひどい怪我をした感じではないため日にちはそんなに経っていないだろう。
立ち上がろうとしたがよろめいてしまった。畳に手を付けは肩に痛みが走る。
呻いて体を丸めた。
「皐月?」
「あー、あはは…起きようとしたら失敗した」
「バカが…」
外に出てすぐに聞こえてうめき声に身を翻して戻った俊介は皐月に手を貸して体を起こす。
やはり俊介が優しい。少し困惑しながら俊介を見つめた。
皐月が見ているのに気づけば俊介は顔を上げる。
話さねば、と思うもののそう考えれば考えるほど言葉が出てこなくなる。
「…皐月、俺に話すことはないか」
「話すこと?」
「あぁ…言うことがあるだろう…俺も、お前に言わねばならないことがある」
きゅっと皐月が唇を噛み締めた。
俊介は何が言いたい。粥の器を置いた俊介は正座して膝の上で手を握りしめる。
本当は告げるつもりはなかった。だが、皐月がこれ以上無理をするならば伝えねばならない。
「…お前がこれ以上無茶をするならば俺はお前を側近から下ろす」
「うそだろ!そんなのいやだ」
「ならばどうして俺に隠れてこんな無理をする。それも昨日今日じゃないだろう。下手をしたら俺がお前を側近にしたあたりから」
俊介の言葉に皐月は言いよどむ。
知られたくなくて隠していた。俊介はきっと気にするだろうから。
だがいつまでも隠しきれるものではないとわかってもいた。
どう話すべきか悩んだ。
言いよどむ姿に俊介が先に口を開いた。
「皐月、やはりお前を俺の側近から外す。牙城や他のものに当たらせる」
「それはいやだっつってんだろ!っ…」
大きな声を出したせいで傷に痛みが走る。
傷口を押さえてしばらく痛みをやり過ごす。
「ならば話せ、どうしてお前はそんな無茶をする」
「……嫌なんだよ」
「何がだ」
「お前が、傷つくことが……俺が若頭になったら間違いなくその補佐はお前だ。俺は俊以外を補佐とは認めない…だけど、補佐になればお前は俺をかばってケガをするのはわかっていた。二十年前だってそうだ。俺を守るためにお前はここに消えない傷を作っただろう」
皐月の手が俊介の手袋をした手をとった。
ふいに上條の言葉が頭をよぎる。夜になると俊介がケガをしたと上條のもとに駆け込んできたという皐月、本当は俊介が想像しているよりもずっと傷ついているのかもしれない。
俊介の手を額に押し当てて皐月は声を絞り出す。
「けどお前が若頭になれば俺がそばで守れると思った。血だらけで倒れているお前をもう見なくて済むと…お前を失わずに済むと思ったんだ。きっと俺がしていることを知ればお前は止めるだろうから黙っていた…お前が立つその場所を支えたかった」
ごめん、と消えそうな声で皐月は告げた。
俊介の手を持つ皐月の手は震えていた。
彼はあまりにも自分を想いすぎている。傷ついてほしくないのは俊介も同じだった。二十年前、彼をかばって血を流した自分に泣きついていた幼い子供に、二度と泣いてしくなかった。
ため息を漏らしてどうしたものかと考え込んでしまう。俊介に赦しでも乞うかのような姿に言おうと思っていた小言もすべて吹き飛んでしまった。
皐月が握る俊介の手に力を籠めるとはっと顔を上げてくる。体を寄せて瞳を間近で覗き込んだ。
「皐月、お前が俺にケガをしてほしくないというのならば約束しろ。今後一切俺に黙ってケガを負うようなことをするな。俺のために誰かをつぶすならちゃんと俺に言え。そして俺もつれていけ。それができないのなら行くな」
「……俊もつれて行ってケガしたら」
「お前より場数は踏んでいる。それに、俺がいればお前が無茶をすることもなくなるだろう。だいたい、俺がそうやすやすとケガなんてするはずもないだろう」
いやだ、と言えるはずもなかった。
俊介を見てうなずけばその体が離れていく。
せっかく俊介がそばにいたのに離れてしまうのがひどく寂しかった。俊介の腕を掴めばわずかに目を丸くして皐月を見つめる。
先日は押し倒してその身を蹂躙したというのにどうしてか今はひどく恥ずかしかった。
「…俊、約束、するから…その……俺のこと、側近から外さないで…あと、できれば、たまにでいいから…抱きたい」
「待て、前半はともかく後半はなんだ」
「俺、もう俊でないと抜けない。それに、俊がそばにおいてくれても、あと一か月の間にお前と……」
皐月が言葉を切った。
それから俊介の手を放す。言いよどむ姿に俊介としてもその先が気になってしまう。
皐月と再び向き合ってその言葉の先を促した。
「…親父の生誕祭までにお前を落とさないと、俺は次代のための種馬になるし、お前はほかの組に出向だし……種馬なんて一千万歩譲ったとしても、俊がここからいなくなるのは耐えられない。俊がいるから俺は頑張れるわけだし、姿見えなくなるのが一番つらい」
種馬…出向…予期せぬ言葉に俊介の頭が真っ白になる。
そんなことを言いだすのは御大と姐さんだろうとすぐに予想はついた。
それでも、少しだけ嬉しいと思う自分がそこにはいた。顔を曇らせる皐月を見つめ俊介はかすかに笑った。
犬のようだと思った。ただひたすらに忠実に飼い主である俊介にしっぽを振る。それが愛しいと思うと同時に自分が逃げられないことも悟った。
皐月の肩に手を当てた。痛みにわずかに顔をしかめた皐月だが俊介を見上げる。
少し体重をかけその体を布団に押し倒した。俊介からそんなことをされるとは思ってもいなかった皐月は受け身を取ることもできず布団に転がる。
着ものごしにも引き締まった身体を感じることができる。
皐月を見下ろした俊介は顔を寄せた。
「俺を手放したくないとわがままを一人前に言えるのならば、努力することだな…俺は、そんなに軽くないことを知っているだろう」
「……知ってる…俺、二十年かけてもお前から好きって言葉引き出せてねぇんだもん…でも、若頭してるときの俊もそうじゃないときの俊も全部丸ごと好きだから頑張る」
「まずはそのケガを治してから言うんだな」
額に指弾を当ててからその体から退く。
皐月は顔を赤らめて俊介の姿を追った。
「側近であるお前が回復しない限り俺は仕事にも行けない。さっさと治せ、皐月」
「…うん」
障子が俊介の姿を隠せば皐月は己の顔を手で覆った。
自分を見下ろしてくる俊介の姿が焼き付いている。自分の腰部分をまたいでいたために気づかれはしなかっただろうが、皐月の半身は痛いほどに張っていた。
布団に倒れこんだときにまた傷口に痛みがあったがそれが気にならないほどの衝撃だった。
抱いてもいいだろうか、嫌がられないだろうか。もし次抱くとしたら先日よりももっと優しく丁寧にすべきだろうか。
布団の中でぐるぐるとそんなことを考える。
俊介、と小さく名前を呼ぶ。好きだと口にした。皐月のその言葉に応えはない。だが、一か月の間に絶対に口説き落として見せる。
心の中でぐっとこぶしを握り締めるも、この先俊介を同行させたうえで俊介の敵をつぶしに行かねばならない。
普段は市居や常盤といった皐月に追従する配下と、一部の幹部たちの配下を用いて動き回っている。
俊介がともに来るのならば俊介側の配下も手駒として加える必要があるだろうし、何より生誕祭で考えていたことができなくなってしまう。
俊介と約束はしたが守れないことがある。どうにかして俊介にばれる前に片付けたいと考えながらも、頭の中はふわふわとお花畑状態だった。
「あー……河嶋に連絡しとかねぇとな…少し変えねぇと……でも俊に話すべきなのかなぁ…ぜってぇ止めに来るだろ…でも、やっぱりあいつが知っていたら行動できねぇし」
傷の痛みも気にならなくなるほどに皐月は考え込んでしまう。しかし皐月、と名を呼ぶ俊介の声が突如よみがえって考えていたことがすべて吹き飛んでしまった。
一からまた考え直しか、と笑ってしまうもののそれもまたいい。
傷の痛みがなくなるまでどうやら俊介の寝室で寝ていられるようで幸せだと感じた。
皐月、と何度も名前を呼ばれて目を開けた。目を開ければどこかに行こうとしている姿が映った。
行かないで、と言葉にする。自分を好きにならなくてもいい。でも自分から距離を置かないでほしい。
「泣くな…もういい年した男だろうに」
呆れた声が降ってきた。
頬を冷たいものがなぞっていく。沈香が香れば安心できた。
俊介、と言葉をこぼして再び意識は眠りについた。
だから目を覚ましたとき、隣で俊介が横になっていたことに気づけばひどく驚いた。
それも着物姿で、布団すら敷いていない畳の上で、自分の腕を枕代わりにしている。声が出ない皐月だったが、気配に敏感らしい俊介はふっと目を開けた。
冬の明け方を思い起こさせる青い瞳が皐月を映す。いつだってその目に映りたい、自分だけを見てほしいという思いでいっぱいだったが、今この状況ではむしろ逃げたい気持ちでいっぱいになった。
「起きたか…」
「俊…」
「痛みは」
「ない…」
「熱も」
「なさそう…」
「そうか」
淡々と交わされる言葉のラリーにドキドキしながら俊介が立ち上がり外に出ていく姿を見送った。
肩の傷は縫われ、腰回りの傷には包帯が当てられている。
上條に手当をされてからの記憶が一切ない。おそらく麻酔を打たれたのだろうが、出血もひどかったことにより意識を失ったのだろう。
のろのろと上体を起こす。痛みはないに等しいが、縫われたばかりの肩はひきつったような感覚がある。
部屋の中を見回せばきれいなはずの部屋があれていた。
中身の入っていないボトルがいくつも転がり、血の付いた包帯が散乱する。おそらくたたまれていたのであろうふかふかのタオルも今はしんなりとして乱れていた。
俊介がいつも寝ているこの部屋にはものがない。書類仕事があればこの部屋の隣にある机で行っているし、必要な着替えなども同じく隣の部屋にある。
ただ寝るためだけの部屋で、布団以外何もなかった。
だが、どうしてここまで物が散乱しているのだろうか。
ぐるぐると頭が回る皐月の耳に足音が聞こえてきた。
「…起き上がれたか。ならばこれを」
俊介が手にしていたのは白い陶器の器に入った粥だった。
梅干しが一つ添えられ、小さな椀に卵のスープも入っている。
布団のそばに再び腰を下ろせば俊介は皐月を見た。何故かその空気が優しい気がしてなお一層ドキドキとする。
「食べられるか」
「え、あ。うん…うん?」
優しい声音に一体何があったのかとドキドキしてならない。
レンゲを受け取り粥を冷ましながら一口食べる。俊介が作ったわけではないだろうが、見られながら食べるのは少し緊張する。
「…俊…」
「なんだ」
「食べにくいからあんまり見ないで」
赤くなりながらレンゲをおいた。俊介は鼻を鳴らせば立ち上がり部屋を出ていく。
一安心し粥を食べ終えてから今何日かと考える。そんなにひどい怪我をした感じではないため日にちはそんなに経っていないだろう。
立ち上がろうとしたがよろめいてしまった。畳に手を付けは肩に痛みが走る。
呻いて体を丸めた。
「皐月?」
「あー、あはは…起きようとしたら失敗した」
「バカが…」
外に出てすぐに聞こえてうめき声に身を翻して戻った俊介は皐月に手を貸して体を起こす。
やはり俊介が優しい。少し困惑しながら俊介を見つめた。
皐月が見ているのに気づけば俊介は顔を上げる。
話さねば、と思うもののそう考えれば考えるほど言葉が出てこなくなる。
「…皐月、俺に話すことはないか」
「話すこと?」
「あぁ…言うことがあるだろう…俺も、お前に言わねばならないことがある」
きゅっと皐月が唇を噛み締めた。
俊介は何が言いたい。粥の器を置いた俊介は正座して膝の上で手を握りしめる。
本当は告げるつもりはなかった。だが、皐月がこれ以上無理をするならば伝えねばならない。
「…お前がこれ以上無茶をするならば俺はお前を側近から下ろす」
「うそだろ!そんなのいやだ」
「ならばどうして俺に隠れてこんな無理をする。それも昨日今日じゃないだろう。下手をしたら俺がお前を側近にしたあたりから」
俊介の言葉に皐月は言いよどむ。
知られたくなくて隠していた。俊介はきっと気にするだろうから。
だがいつまでも隠しきれるものではないとわかってもいた。
どう話すべきか悩んだ。
言いよどむ姿に俊介が先に口を開いた。
「皐月、やはりお前を俺の側近から外す。牙城や他のものに当たらせる」
「それはいやだっつってんだろ!っ…」
大きな声を出したせいで傷に痛みが走る。
傷口を押さえてしばらく痛みをやり過ごす。
「ならば話せ、どうしてお前はそんな無茶をする」
「……嫌なんだよ」
「何がだ」
「お前が、傷つくことが……俺が若頭になったら間違いなくその補佐はお前だ。俺は俊以外を補佐とは認めない…だけど、補佐になればお前は俺をかばってケガをするのはわかっていた。二十年前だってそうだ。俺を守るためにお前はここに消えない傷を作っただろう」
皐月の手が俊介の手袋をした手をとった。
ふいに上條の言葉が頭をよぎる。夜になると俊介がケガをしたと上條のもとに駆け込んできたという皐月、本当は俊介が想像しているよりもずっと傷ついているのかもしれない。
俊介の手を額に押し当てて皐月は声を絞り出す。
「けどお前が若頭になれば俺がそばで守れると思った。血だらけで倒れているお前をもう見なくて済むと…お前を失わずに済むと思ったんだ。きっと俺がしていることを知ればお前は止めるだろうから黙っていた…お前が立つその場所を支えたかった」
ごめん、と消えそうな声で皐月は告げた。
俊介の手を持つ皐月の手は震えていた。
彼はあまりにも自分を想いすぎている。傷ついてほしくないのは俊介も同じだった。二十年前、彼をかばって血を流した自分に泣きついていた幼い子供に、二度と泣いてしくなかった。
ため息を漏らしてどうしたものかと考え込んでしまう。俊介に赦しでも乞うかのような姿に言おうと思っていた小言もすべて吹き飛んでしまった。
皐月が握る俊介の手に力を籠めるとはっと顔を上げてくる。体を寄せて瞳を間近で覗き込んだ。
「皐月、お前が俺にケガをしてほしくないというのならば約束しろ。今後一切俺に黙ってケガを負うようなことをするな。俺のために誰かをつぶすならちゃんと俺に言え。そして俺もつれていけ。それができないのなら行くな」
「……俊もつれて行ってケガしたら」
「お前より場数は踏んでいる。それに、俺がいればお前が無茶をすることもなくなるだろう。だいたい、俺がそうやすやすとケガなんてするはずもないだろう」
いやだ、と言えるはずもなかった。
俊介を見てうなずけばその体が離れていく。
せっかく俊介がそばにいたのに離れてしまうのがひどく寂しかった。俊介の腕を掴めばわずかに目を丸くして皐月を見つめる。
先日は押し倒してその身を蹂躙したというのにどうしてか今はひどく恥ずかしかった。
「…俊、約束、するから…その……俺のこと、側近から外さないで…あと、できれば、たまにでいいから…抱きたい」
「待て、前半はともかく後半はなんだ」
「俺、もう俊でないと抜けない。それに、俊がそばにおいてくれても、あと一か月の間にお前と……」
皐月が言葉を切った。
それから俊介の手を放す。言いよどむ姿に俊介としてもその先が気になってしまう。
皐月と再び向き合ってその言葉の先を促した。
「…親父の生誕祭までにお前を落とさないと、俺は次代のための種馬になるし、お前はほかの組に出向だし……種馬なんて一千万歩譲ったとしても、俊がここからいなくなるのは耐えられない。俊がいるから俺は頑張れるわけだし、姿見えなくなるのが一番つらい」
種馬…出向…予期せぬ言葉に俊介の頭が真っ白になる。
そんなことを言いだすのは御大と姐さんだろうとすぐに予想はついた。
それでも、少しだけ嬉しいと思う自分がそこにはいた。顔を曇らせる皐月を見つめ俊介はかすかに笑った。
犬のようだと思った。ただひたすらに忠実に飼い主である俊介にしっぽを振る。それが愛しいと思うと同時に自分が逃げられないことも悟った。
皐月の肩に手を当てた。痛みにわずかに顔をしかめた皐月だが俊介を見上げる。
少し体重をかけその体を布団に押し倒した。俊介からそんなことをされるとは思ってもいなかった皐月は受け身を取ることもできず布団に転がる。
着ものごしにも引き締まった身体を感じることができる。
皐月を見下ろした俊介は顔を寄せた。
「俺を手放したくないとわがままを一人前に言えるのならば、努力することだな…俺は、そんなに軽くないことを知っているだろう」
「……知ってる…俺、二十年かけてもお前から好きって言葉引き出せてねぇんだもん…でも、若頭してるときの俊もそうじゃないときの俊も全部丸ごと好きだから頑張る」
「まずはそのケガを治してから言うんだな」
額に指弾を当ててからその体から退く。
皐月は顔を赤らめて俊介の姿を追った。
「側近であるお前が回復しない限り俺は仕事にも行けない。さっさと治せ、皐月」
「…うん」
障子が俊介の姿を隠せば皐月は己の顔を手で覆った。
自分を見下ろしてくる俊介の姿が焼き付いている。自分の腰部分をまたいでいたために気づかれはしなかっただろうが、皐月の半身は痛いほどに張っていた。
布団に倒れこんだときにまた傷口に痛みがあったがそれが気にならないほどの衝撃だった。
抱いてもいいだろうか、嫌がられないだろうか。もし次抱くとしたら先日よりももっと優しく丁寧にすべきだろうか。
布団の中でぐるぐるとそんなことを考える。
俊介、と小さく名前を呼ぶ。好きだと口にした。皐月のその言葉に応えはない。だが、一か月の間に絶対に口説き落として見せる。
心の中でぐっとこぶしを握り締めるも、この先俊介を同行させたうえで俊介の敵をつぶしに行かねばならない。
普段は市居や常盤といった皐月に追従する配下と、一部の幹部たちの配下を用いて動き回っている。
俊介がともに来るのならば俊介側の配下も手駒として加える必要があるだろうし、何より生誕祭で考えていたことができなくなってしまう。
俊介と約束はしたが守れないことがある。どうにかして俊介にばれる前に片付けたいと考えながらも、頭の中はふわふわとお花畑状態だった。
「あー……河嶋に連絡しとかねぇとな…少し変えねぇと……でも俊に話すべきなのかなぁ…ぜってぇ止めに来るだろ…でも、やっぱりあいつが知っていたら行動できねぇし」
傷の痛みも気にならなくなるほどに皐月は考え込んでしまう。しかし皐月、と名を呼ぶ俊介の声が突如よみがえって考えていたことがすべて吹き飛んでしまった。
一からまた考え直しか、と笑ってしまうもののそれもまたいい。
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