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若頭とその側近、激突する 2
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「皐月様っ」
尋常でない俊介の声に常盤が駆け寄ってきた。
気づかれてしまった皐月は隠すことを諦めた。自分の体に触れる俊介の手を外せばその掌にベッタリと血がついている。
縁側に膝をついた常盤は市居の手から包帯を奪う。市居は皐月の服を手早く脱がした。喧嘩するくせにこの二人はこういうところの連携が早い。
右の肩に一箇所深い切り傷がある。脇腹にも複数の傷跡があった。ひどいものはないが、何分深いものが多い。何をどうしたらこんな傷ができるのか。
「市居、縫合がいる。あと止血剤」
「上條さん、呼んでくる。皐月様、ちゃんと意識保てよ?」
「痛すぎて気絶できないから安心しろ」
市居が走ってその場を離れた。常盤は最も出血のひどい肩口に布を押し当て止血する。気持ちいいほどにぱっくりと切り裂かれたそこを見て不安になる。
眉を下げて皐月を見上げる常盤に気づけば当の本人は笑みを浮かべた。
「常盤も手当うまくなったな」
「茶化さないでください。どうして戻ってすぐに上條さんのところに行かなかったんですか。怪我したらさっさといけって俺たちにはいつも言いますよね。だからいつも傷跡が残るんです」
くわっと牙をむき出して常盤が叫んだ。
俊介は皐月の体を見た。大小新旧様々な傷跡がある。
知らなかった、その言葉では済まされないだろう。俊介といるときにはいつも自分をかばっていた。けれど、皐月が前線に出ることはなかったし、誰が向かってきたとしてもその天性の運動能力で立ち向かっていた。
だから勝手に、こんな怪我などありはしないと思っていた。
そばに膝をついた俊介に視線を向けて皐月が手を伸ばしてくる。
一瞬だけ迷いが見えるものの自分の手が血に汚れてないのを確認してから俊介を引き寄せる。
「若頭、俺は大丈夫。すぐ治るから気にするな」
「気にするな?できるわけがないだろう!お前、俺に隠れて何をしていた。この怪我の量、つい最近ってわけじゃないだろう。俺の……俺のそばに付いてからお前は何をしていた!」
皐月と目を合わせればそう叫んでいた。
常盤の手が止まる。皐月は何も答えなかった。
俊介の頭に血が上る。どうして何も言わない。
「答えろ、皐月。若頭命令だ」
「…言えない。俺は俺の考えでやったんだ」
二人のにらみ合いが続く。常盤は二人を交互に見つめていた。
だがすぐに皐月はしおしおとする。血が流れ出ていくためでもあるが、知られたくないことを知られてしまったためでもある。
うつむいた皐月を見つめ、自分を抱く腕を外せば体の痛みに耐えながら立ち上がる。常盤が顔を上げて俊介を見る中、どたどたと足音がした。
市居が腕を引っ張りながら連れてくるのは、暁お抱えの医者である上條であった。
無精髭に白髪交じりの乱れた髪、足元は少々古臭い靴下という姿であるその男は、皐月を見ると眉を寄せた。髪と同じくぼさぼさの眉を見ていると、皐月は毛虫を思い出す。
一見すると無免許ではないだろうかと思うほどに医者らしからぬ姿ではあるが、一応免許も持っているらしい。市居と、引きずられてきた彼はその場のただならぬ空気に怯みながらも青ざめる皐月を見てすぐ傍にやってきた。
「珍しくぼろぼろじゃないか。市居、常盤、二人で若を部屋に」
「上條、俺の部屋を使え」
「若頭はどちらへ」
少しふらつく俊介を見つめつつ上條は問う。
皐月に視線を落とす俊介は口を開く。そこから溢れたのは隠しきれない怒りに満ちたものだった。
「御大のもとに…俺に話せないことでも御大には話しているだろうから聞き出してくる」
「御大が知ってるか…?」
「御大が知らないなら、そこにいる皐月の手足に聞くまでだ」
皐月の体を抱き上げ運ぼうとしていた市居と常盤は突き刺さる視線に体を震わせた。
皐月から俊介には話すなと厳命はされているし、自分たちの直接のトップは皐月であることに違いはない。だが、俊介の圧に飲み込まれそうになる。
動きの止まった二人を見てから上條は溜息を零し俊介の視線から二人をかばうように立ち上がった。
俊介はそれ以上二人に構うことはなく歩き去る。長く息を吐き出した二人に布団に皐月を寝かせるように指示を出してから俊介が歩み去った方を見る。
年を経て様々なことを経験し見聞きした上條にはまだまだ年若いとも言える二人の気持ちが手にとるようにわかった。自分以外の組にいて長い幹部はもちろん御大もわかっている。
「お前たちも大変だな?若も若頭もちゃんとわかりあえてない。若の気持ちは間違いなく伝わってないし、若頭があんなに切れ散らかす理由だって若はわかってない」
「皐月も若頭もちゃんと話さないからだな」
「腹わって話せていたらまた別だと?アホらしい…若頭は、皐月様を避けている。本当なら若頭となるべくは皐月様だったのに、どうして自分が、と。たとえ腹をわって話せていたとしても、理解ができないことをどうして飲み込めるというんだ」
血に濡れた布を取り払い新しいもので止血を続ける。
上條は煮沸済みの針と縫合用の糸を取り出す。ほぼ意識のないに等しい皐月だが、念の為に麻酔をかける。
常盤に上部、市居に下部を固定させ肩口の縫合を始めた。
御大のもとに向かいながら空を見上げればいっそ清々しいほどに晴天である。
いつもならばこの時間はスーツ姿に身なりを整えている俊介が夜着として使用している着物姿で足音も荒く歩き去るのを幾人もの組員が見ていた。
御大が一日の殆どを過ごす部屋へ向かいその前で一度息を吸う。心臓はまだ皐月への怒りに満ちている。
冷静でいられる自信はない。
「御大、朝から失礼いたします」
「俊介か?皐月から今日は一日休ませると聞いていたがどうした」
「っ…その皐月についてお聞きしたいことがあります。よろしいでしょうか」
休ませると、御大に告げていたのか。それは、あんなふうに抱かれた自分が起き上がれなくなることを想定した上だったのか、また別の理由か。
そこはまた皐月に問うことにして、入れ、と短く告げられ室内に入る。
御大は部屋の中で毎朝日課となっている新聞を拡げていた。気になる記事には印を入れる。あとで切り抜き、スクラップにしているらしい。
「金相場が上がりだしたか……株の変動も大きい部分があるな…注視せねばならないか」
「御大…」
新聞から目が俊介に向く。
齢六十とはいえどもこの世界に生きて長い御大の眼光は鋭い。
少し威圧感に飲まれながらもその前に正座し背筋を伸ばす。
「皐月は昨夜どこでなにをしていたのですか」
「さて…」
「組員を動かすには、俺か自分が属する幹部たちのいずれか、またはあなたの許可がいります。それは皐月でも同じはず。けれど、皐月は俺以外のどの幹部の下には属しません。俺に許可を求めてこなかったのならば、あなたに許可を求めたはず。御大は無駄なことを嫌いますし、なにより理由なく抗争を起こすことを禁じている。ならば」
俊介の言葉が止まる。
御大は俊介を何も言わずに見つめていた。その瞳にはなんの感情も伺えない。
手を握りしめ頭を下げる。御大の気に触ったのは確かだろう。だが、俊介は知らねばならない。
自分の知らないところで皐月は怪我をした。それも今回だけではない。今までにも…きっと俊介が若頭になって皐月が側近になったその時からだ。
知らなかった、では済ませたくはない。
「……あれは、お前のためにいつも動いている。昨夜も、松川の一派がお前を引きずり下ろし皐月を若頭にすると画策していた証拠を得て潰したまで」
「っ!」
「組員として動き出し、市居と常盤や他の配下を得てからも変わらぬ。あれはただ若頭としてのお前を助けその立場を守るために動いている」
「俺は、そんなこと望んでいません…」
「だろうな…お前を若頭にと言い出したときもいったいどれだけの幹部を説得したことか」
やれやれと肩をすくめる御大を見つめ俊介は言葉が出ない。
望んでない。若頭ではなく、若頭となった皐月を守るならばいざしらず、その反対の立場は望まなかった。
だが、皐月の言葉と俊介のそもそもの働きに幹部たちは悩んでいたことも知っている。
皐月はまだ年若い、ならばすでに実績があり末端の幹部とはいえど多くの組員に顔を知られ人望を集める俊介が一時的に若頭となり、その下で皐月を養育すればよいのではなかろうか、という話になったのだ。
手を握りしめて俊介はうつむく。
御大は怒るでもなく、悲しむでもなく、静かに俊介をみていた。
いずれ皐月のしていることが俊介にばれるとは思っていた。
そのときは皐月自ら話すものだと思っていたが違ったらしい。
「…皐月は、お前が大事だから」
「そんなの…っそんなこと、皐月が傷ついていい話にはならないでしょう!俺はあいつを傷つけたいわけじゃない。あいつに守られて安穏と生きたいわけじゃない」
「わかっている」
「なら、どうして俺を若頭にしたんですか。皐月が若頭になれば、あいつはあんなに傷つかなくて済んだのに」
御大は皐月の叫びをただ聞くだけだった。
唇を噛みしめる姿を見て息子である皐月の少々浅はかな考えを残念に思いながらも、二人をどうしたものかと同時に考える。
「…皐月は」
「肩口にひどい傷があり上條先生が手当中です」
「…そうか…松川ならば、地下にいる。話があれば行くといい。それと若頭だが、俺はお前から変えるつもりはない。ほとんどの幹部も同じだ。お前が組員となってからの動きは目覚ましいものがある。皐月の考えもわからないではない。あれが傷つくのが嫌だというならば、話し合え」
俊介は小さくうなずく。
御大はさっさと行けというかのように手をふった。新たな誌面を手にしたからおそらくは記事をひとり静かに読みたいのだろう。
御大の前を辞した俊介は部屋に戻らず地下への階段へ足を向けた。途中己の配下を見つけ声をかけついてこさせた。
基本的に地下は使われることはない。一度組に属した以上裏切ることは許されないためである。抜けることに関してはそれが暁にとってマイナスでないと判断されれば許される。
締めるところはきっちりと締め、それ以外に関してはある程度の自由をもたせる暁の空気に引き寄せられるものも多い。
だが、それが気に入らぬというものも少なからず出ることは確かだった。
「若頭、今回はいったい…」
「松川が裏切った。挙げ句皐月に怪我を……」
俊介のあとをついてくる男は傘下の組から俊介のもとに引き抜いた男であった。
かつてはその組で拷問紛いのことを行って情報収集を行っていたらしい。やり方が荒く、情報を得る率は低かったが俊介の元でいくらか学んだことにより、俊介の欲しい情報を的確に得られるまでに成長した。
数少ない、俊介直属の配下である。
「松川に吐かせろ。こいつと同じように、俺を引きずり下ろし皐月を若頭に据えたがる者がいないか、な」
地下は座敷牢が並ぶ。その一部屋に松川はいた。
どうやら皐月たちが乗り込んだときに切ったらしい唇は青紫色になり、青あざが服の裾から見える。
俊介を見れば憎々しげに見上げてきた。
「お前さえいなければ、若は今頃俺を側近にしていた」
「残念だな。あいつはお前なんかを側近にするほど馬鹿ではない。もっとマシなやつを側近にしただろう。牙城、一時間で戻る。先程言ったことを聞き出せ。それ以上も聞けるなら聞け」
「かしこまりました」
俊介に向かって罵りの言葉を上げる松川を一瞥し俊介は身を翻した。
座敷牢が開く音と松川のかすかな悲鳴を背に地下を出る。体が重いがそれを考えないようにする。
上條は皐月の手当を終えただろうか。容態はどうだろうか。
考えれば考えるほどに不安が襲う。その不安に急かされるようにして俊介は自室へと向かっていった。
尋常でない俊介の声に常盤が駆け寄ってきた。
気づかれてしまった皐月は隠すことを諦めた。自分の体に触れる俊介の手を外せばその掌にベッタリと血がついている。
縁側に膝をついた常盤は市居の手から包帯を奪う。市居は皐月の服を手早く脱がした。喧嘩するくせにこの二人はこういうところの連携が早い。
右の肩に一箇所深い切り傷がある。脇腹にも複数の傷跡があった。ひどいものはないが、何分深いものが多い。何をどうしたらこんな傷ができるのか。
「市居、縫合がいる。あと止血剤」
「上條さん、呼んでくる。皐月様、ちゃんと意識保てよ?」
「痛すぎて気絶できないから安心しろ」
市居が走ってその場を離れた。常盤は最も出血のひどい肩口に布を押し当て止血する。気持ちいいほどにぱっくりと切り裂かれたそこを見て不安になる。
眉を下げて皐月を見上げる常盤に気づけば当の本人は笑みを浮かべた。
「常盤も手当うまくなったな」
「茶化さないでください。どうして戻ってすぐに上條さんのところに行かなかったんですか。怪我したらさっさといけって俺たちにはいつも言いますよね。だからいつも傷跡が残るんです」
くわっと牙をむき出して常盤が叫んだ。
俊介は皐月の体を見た。大小新旧様々な傷跡がある。
知らなかった、その言葉では済まされないだろう。俊介といるときにはいつも自分をかばっていた。けれど、皐月が前線に出ることはなかったし、誰が向かってきたとしてもその天性の運動能力で立ち向かっていた。
だから勝手に、こんな怪我などありはしないと思っていた。
そばに膝をついた俊介に視線を向けて皐月が手を伸ばしてくる。
一瞬だけ迷いが見えるものの自分の手が血に汚れてないのを確認してから俊介を引き寄せる。
「若頭、俺は大丈夫。すぐ治るから気にするな」
「気にするな?できるわけがないだろう!お前、俺に隠れて何をしていた。この怪我の量、つい最近ってわけじゃないだろう。俺の……俺のそばに付いてからお前は何をしていた!」
皐月と目を合わせればそう叫んでいた。
常盤の手が止まる。皐月は何も答えなかった。
俊介の頭に血が上る。どうして何も言わない。
「答えろ、皐月。若頭命令だ」
「…言えない。俺は俺の考えでやったんだ」
二人のにらみ合いが続く。常盤は二人を交互に見つめていた。
だがすぐに皐月はしおしおとする。血が流れ出ていくためでもあるが、知られたくないことを知られてしまったためでもある。
うつむいた皐月を見つめ、自分を抱く腕を外せば体の痛みに耐えながら立ち上がる。常盤が顔を上げて俊介を見る中、どたどたと足音がした。
市居が腕を引っ張りながら連れてくるのは、暁お抱えの医者である上條であった。
無精髭に白髪交じりの乱れた髪、足元は少々古臭い靴下という姿であるその男は、皐月を見ると眉を寄せた。髪と同じくぼさぼさの眉を見ていると、皐月は毛虫を思い出す。
一見すると無免許ではないだろうかと思うほどに医者らしからぬ姿ではあるが、一応免許も持っているらしい。市居と、引きずられてきた彼はその場のただならぬ空気に怯みながらも青ざめる皐月を見てすぐ傍にやってきた。
「珍しくぼろぼろじゃないか。市居、常盤、二人で若を部屋に」
「上條、俺の部屋を使え」
「若頭はどちらへ」
少しふらつく俊介を見つめつつ上條は問う。
皐月に視線を落とす俊介は口を開く。そこから溢れたのは隠しきれない怒りに満ちたものだった。
「御大のもとに…俺に話せないことでも御大には話しているだろうから聞き出してくる」
「御大が知ってるか…?」
「御大が知らないなら、そこにいる皐月の手足に聞くまでだ」
皐月の体を抱き上げ運ぼうとしていた市居と常盤は突き刺さる視線に体を震わせた。
皐月から俊介には話すなと厳命はされているし、自分たちの直接のトップは皐月であることに違いはない。だが、俊介の圧に飲み込まれそうになる。
動きの止まった二人を見てから上條は溜息を零し俊介の視線から二人をかばうように立ち上がった。
俊介はそれ以上二人に構うことはなく歩き去る。長く息を吐き出した二人に布団に皐月を寝かせるように指示を出してから俊介が歩み去った方を見る。
年を経て様々なことを経験し見聞きした上條にはまだまだ年若いとも言える二人の気持ちが手にとるようにわかった。自分以外の組にいて長い幹部はもちろん御大もわかっている。
「お前たちも大変だな?若も若頭もちゃんとわかりあえてない。若の気持ちは間違いなく伝わってないし、若頭があんなに切れ散らかす理由だって若はわかってない」
「皐月も若頭もちゃんと話さないからだな」
「腹わって話せていたらまた別だと?アホらしい…若頭は、皐月様を避けている。本当なら若頭となるべくは皐月様だったのに、どうして自分が、と。たとえ腹をわって話せていたとしても、理解ができないことをどうして飲み込めるというんだ」
血に濡れた布を取り払い新しいもので止血を続ける。
上條は煮沸済みの針と縫合用の糸を取り出す。ほぼ意識のないに等しい皐月だが、念の為に麻酔をかける。
常盤に上部、市居に下部を固定させ肩口の縫合を始めた。
御大のもとに向かいながら空を見上げればいっそ清々しいほどに晴天である。
いつもならばこの時間はスーツ姿に身なりを整えている俊介が夜着として使用している着物姿で足音も荒く歩き去るのを幾人もの組員が見ていた。
御大が一日の殆どを過ごす部屋へ向かいその前で一度息を吸う。心臓はまだ皐月への怒りに満ちている。
冷静でいられる自信はない。
「御大、朝から失礼いたします」
「俊介か?皐月から今日は一日休ませると聞いていたがどうした」
「っ…その皐月についてお聞きしたいことがあります。よろしいでしょうか」
休ませると、御大に告げていたのか。それは、あんなふうに抱かれた自分が起き上がれなくなることを想定した上だったのか、また別の理由か。
そこはまた皐月に問うことにして、入れ、と短く告げられ室内に入る。
御大は部屋の中で毎朝日課となっている新聞を拡げていた。気になる記事には印を入れる。あとで切り抜き、スクラップにしているらしい。
「金相場が上がりだしたか……株の変動も大きい部分があるな…注視せねばならないか」
「御大…」
新聞から目が俊介に向く。
齢六十とはいえどもこの世界に生きて長い御大の眼光は鋭い。
少し威圧感に飲まれながらもその前に正座し背筋を伸ばす。
「皐月は昨夜どこでなにをしていたのですか」
「さて…」
「組員を動かすには、俺か自分が属する幹部たちのいずれか、またはあなたの許可がいります。それは皐月でも同じはず。けれど、皐月は俺以外のどの幹部の下には属しません。俺に許可を求めてこなかったのならば、あなたに許可を求めたはず。御大は無駄なことを嫌いますし、なにより理由なく抗争を起こすことを禁じている。ならば」
俊介の言葉が止まる。
御大は俊介を何も言わずに見つめていた。その瞳にはなんの感情も伺えない。
手を握りしめ頭を下げる。御大の気に触ったのは確かだろう。だが、俊介は知らねばならない。
自分の知らないところで皐月は怪我をした。それも今回だけではない。今までにも…きっと俊介が若頭になって皐月が側近になったその時からだ。
知らなかった、では済ませたくはない。
「……あれは、お前のためにいつも動いている。昨夜も、松川の一派がお前を引きずり下ろし皐月を若頭にすると画策していた証拠を得て潰したまで」
「っ!」
「組員として動き出し、市居と常盤や他の配下を得てからも変わらぬ。あれはただ若頭としてのお前を助けその立場を守るために動いている」
「俺は、そんなこと望んでいません…」
「だろうな…お前を若頭にと言い出したときもいったいどれだけの幹部を説得したことか」
やれやれと肩をすくめる御大を見つめ俊介は言葉が出ない。
望んでない。若頭ではなく、若頭となった皐月を守るならばいざしらず、その反対の立場は望まなかった。
だが、皐月の言葉と俊介のそもそもの働きに幹部たちは悩んでいたことも知っている。
皐月はまだ年若い、ならばすでに実績があり末端の幹部とはいえど多くの組員に顔を知られ人望を集める俊介が一時的に若頭となり、その下で皐月を養育すればよいのではなかろうか、という話になったのだ。
手を握りしめて俊介はうつむく。
御大は怒るでもなく、悲しむでもなく、静かに俊介をみていた。
いずれ皐月のしていることが俊介にばれるとは思っていた。
そのときは皐月自ら話すものだと思っていたが違ったらしい。
「…皐月は、お前が大事だから」
「そんなの…っそんなこと、皐月が傷ついていい話にはならないでしょう!俺はあいつを傷つけたいわけじゃない。あいつに守られて安穏と生きたいわけじゃない」
「わかっている」
「なら、どうして俺を若頭にしたんですか。皐月が若頭になれば、あいつはあんなに傷つかなくて済んだのに」
御大は皐月の叫びをただ聞くだけだった。
唇を噛みしめる姿を見て息子である皐月の少々浅はかな考えを残念に思いながらも、二人をどうしたものかと同時に考える。
「…皐月は」
「肩口にひどい傷があり上條先生が手当中です」
「…そうか…松川ならば、地下にいる。話があれば行くといい。それと若頭だが、俺はお前から変えるつもりはない。ほとんどの幹部も同じだ。お前が組員となってからの動きは目覚ましいものがある。皐月の考えもわからないではない。あれが傷つくのが嫌だというならば、話し合え」
俊介は小さくうなずく。
御大はさっさと行けというかのように手をふった。新たな誌面を手にしたからおそらくは記事をひとり静かに読みたいのだろう。
御大の前を辞した俊介は部屋に戻らず地下への階段へ足を向けた。途中己の配下を見つけ声をかけついてこさせた。
基本的に地下は使われることはない。一度組に属した以上裏切ることは許されないためである。抜けることに関してはそれが暁にとってマイナスでないと判断されれば許される。
締めるところはきっちりと締め、それ以外に関してはある程度の自由をもたせる暁の空気に引き寄せられるものも多い。
だが、それが気に入らぬというものも少なからず出ることは確かだった。
「若頭、今回はいったい…」
「松川が裏切った。挙げ句皐月に怪我を……」
俊介のあとをついてくる男は傘下の組から俊介のもとに引き抜いた男であった。
かつてはその組で拷問紛いのことを行って情報収集を行っていたらしい。やり方が荒く、情報を得る率は低かったが俊介の元でいくらか学んだことにより、俊介の欲しい情報を的確に得られるまでに成長した。
数少ない、俊介直属の配下である。
「松川に吐かせろ。こいつと同じように、俺を引きずり下ろし皐月を若頭に据えたがる者がいないか、な」
地下は座敷牢が並ぶ。その一部屋に松川はいた。
どうやら皐月たちが乗り込んだときに切ったらしい唇は青紫色になり、青あざが服の裾から見える。
俊介を見れば憎々しげに見上げてきた。
「お前さえいなければ、若は今頃俺を側近にしていた」
「残念だな。あいつはお前なんかを側近にするほど馬鹿ではない。もっとマシなやつを側近にしただろう。牙城、一時間で戻る。先程言ったことを聞き出せ。それ以上も聞けるなら聞け」
「かしこまりました」
俊介に向かって罵りの言葉を上げる松川を一瞥し俊介は身を翻した。
座敷牢が開く音と松川のかすかな悲鳴を背に地下を出る。体が重いがそれを考えないようにする。
上條は皐月の手当を終えただろうか。容態はどうだろうか。
考えれば考えるほどに不安が襲う。その不安に急かされるようにして俊介は自室へと向かっていった。
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