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十七話
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「うわ…この卵焼きふわふわ…なにこれ…おいしい…大根おろしがあう…こっちのおさかなも塩加減がいい…うわぁ、ごはんうま…」
目の前に並べられた料理は和洋食問わず注文されたが、涼太は次々とほおばっていく。おいしいと目を輝かせる様子を目の前にしながら神ノ戸は静かに一口卵焼きをほおばる。懐かしい出汁の味がした。
「おつゆ、おいしい……あ、ご、ごめんなさい。俺、はしゃいじゃって」
「いや、かまわない。それだけおいしいというような空気が出ているのなら作った人間もうれしいと思う」
涼太は一度箸をおいて神ノ戸を見つめた。神ノ戸は涼太の視線に気づくと自分も箸をおく。
「…コウ君がいなくて悲しいのに、料理に喜ぶなんて単純ですよね」
「旨いものを素直に旨いと言えるならば心はまだ栄養を欲している。折れきってないということだ。単純とはまた違う。悲しみもまた一つの要素だ。人が人であるために必要なものだと俺は思う」
だから気に病むな。
そういわれた気がした。うつむいた涼太の口元に里芋が差し出された。視線を上げれば神ノ戸が挟んだものを差し出してきている。いわゆる、あーん、という状態であった。だが涼太はそれを何も考えずに頬張った。
ねっとりとした里芋はしっかりとした味が付けられており涼太のほほが緩む。
「喜びたいときに喜び、悲しみたいときに悲しむ、というのは動物として当たり前のことだ。それができなくなったら人の感情とは終わったも同然だと思う」
神ノ戸は自分も里芋をほおばって咀嚼する。好みの味付けだった。涼太は再び箸を手にしてもぐもぐと食事をとる。涼太の様子を見つめつつ少しほっとする神ノ戸は一人店員を呼んで締めの料理を頼んだ。
締めはきのこの炊き込みご飯であり、食後に自家製餡の羊羹も追加した。涼太には聞いてないが甘いものは問題ないだろうと判断する。目の前の料理を二人ともきれいに平らげる。
「失礼します。本日の締めはキノコの炊き込みご飯を準備いたしました」
「うわぁ…いいにおいがする」
個室の戸が開かれ、部屋中にふわりと漂ったのはきのこの香であろうか。涼太は胸いっぱいにそれを吸い込んで顔をほころばせる。涼太のしぐさに笑いをこぼしながら二人の前に小さな釜が置かれた。木製の蓋がそっと持ち上げられると湯気とともに再びきのこの香りが広がった。
腹いっぱいだったはずなのに、その香りだけでまた空腹を覚えてしまう。そわそわとする涼太の前に丁寧に盛り付けられた茶碗が置かれた。
店員が部屋を出ていくと神ノ戸は涼太から顔をそらして肩を震わせた。子供のようだったろうかという不安がありつつも目の前の誘惑には勝てない。涼太は、いただきます、と手を合わせて茶碗を持ち上げた。たっぷりのきのこが入ったごはんはうっすらと色づいている。水ではなく、出汁で炊かれているのだ。自分では作ることのない料理ばかりだった。
一口口にいれたごはんは適度な硬さであり、鼻に抜けるいい香りがした。噛みしめて次々とごはんをほおばる。
我に戻った神ノ戸も目の前の茶碗を持ち上げるとご飯をほおばる。幸せだと思った。
「おいしい…幸せです」
「それはよかった。俺もつれてきたかいがあるというものだ」
「俺じゃ絶対こんなお店入らないから新鮮です」
「また来ようか」
「いや、でもめっちゃ駅から時間かかるし、絶対お金かかるでしょうし…っていうか、今日だって俺そんなにお金ない!」
「いい。今回は俺が来たくて来たし、お前を連れてきたのは俺の勝手だ。また次回来るときに割り勘にすればいい」
神ノ戸は茶碗に米粒一つ残さずに食べきった。涼太もそれを見習いつつ、箸をおいてから姿勢を正す。食後のお茶を、と外に声をかけようかと思っていた神ノ戸は涼太の動きに自分も姿勢を正した。
「ありがとうございます。ごめんなさい。俺、迷惑かけて」
「……篠崎、今日のことは俺が好きでやったことだ。ごめんなさい、というのなら明日からの仕事で取り戻してくれればいい。それからたまに俺に付き合ってくれ」
「…でも」
「俺はそれで十分だ」
神ノ戸はそれ以上を涼太には言わせなかった。羊羹と湯呑がそれぞれ運ばれてくれば二人の間に会話がそれ以上続かなかった。
人工甘味料のくどい甘さではなく、小豆本来の甘さを感じながら好みの濃さのお茶を静かに飲む。涼太は羊羹まできれいに食べきった。わりと食べるほうなのだなと神ノ戸は考える。
「ごちそうさまでした」
「気に入ったか」
「はい。頻繁には来られないお店だし、これだけおいしかったら、しばらくは思い出すだけでおなか減りそうです」
涼太の言葉に、この店の店員も喜ぶだろう。神ノ戸はわずかに微笑み立ち上がる。精算をするため先に涼太を外に出して会計をする。
「どこかでみた顔やと思ったら、なんや神ノ戸さんちの息子さんでしたか」
「…両親を知って?」
「はい。ここに店を出す際にえろうお世話になりました。息子さんがきてくださるとは…またご贔屓に」
神ノ戸を知る店員は柔和な笑みを浮かべる。軽く頷いてから店を出て涼太の姿を探す。涼太は飛行機の姿を目で追っていた。だが、神ノ戸の姿を見れば微笑む。
タクシー呼びました、と言われて軽く頷けば十分程店の前で待つ。
やってきたタクシーに乗り換えがしやすい駅まで頼む。お腹が膨れた涼太はとろとろと眠たくなってきた。かくっ、と首が傾げば神ノ戸が目をやる。
寝てはだめだと思いながらも瞼は重くなる。涼太は駅に着く前に少しのあいだ眠りに落ちていった。
目の前に並べられた料理は和洋食問わず注文されたが、涼太は次々とほおばっていく。おいしいと目を輝かせる様子を目の前にしながら神ノ戸は静かに一口卵焼きをほおばる。懐かしい出汁の味がした。
「おつゆ、おいしい……あ、ご、ごめんなさい。俺、はしゃいじゃって」
「いや、かまわない。それだけおいしいというような空気が出ているのなら作った人間もうれしいと思う」
涼太は一度箸をおいて神ノ戸を見つめた。神ノ戸は涼太の視線に気づくと自分も箸をおく。
「…コウ君がいなくて悲しいのに、料理に喜ぶなんて単純ですよね」
「旨いものを素直に旨いと言えるならば心はまだ栄養を欲している。折れきってないということだ。単純とはまた違う。悲しみもまた一つの要素だ。人が人であるために必要なものだと俺は思う」
だから気に病むな。
そういわれた気がした。うつむいた涼太の口元に里芋が差し出された。視線を上げれば神ノ戸が挟んだものを差し出してきている。いわゆる、あーん、という状態であった。だが涼太はそれを何も考えずに頬張った。
ねっとりとした里芋はしっかりとした味が付けられており涼太のほほが緩む。
「喜びたいときに喜び、悲しみたいときに悲しむ、というのは動物として当たり前のことだ。それができなくなったら人の感情とは終わったも同然だと思う」
神ノ戸は自分も里芋をほおばって咀嚼する。好みの味付けだった。涼太は再び箸を手にしてもぐもぐと食事をとる。涼太の様子を見つめつつ少しほっとする神ノ戸は一人店員を呼んで締めの料理を頼んだ。
締めはきのこの炊き込みご飯であり、食後に自家製餡の羊羹も追加した。涼太には聞いてないが甘いものは問題ないだろうと判断する。目の前の料理を二人ともきれいに平らげる。
「失礼します。本日の締めはキノコの炊き込みご飯を準備いたしました」
「うわぁ…いいにおいがする」
個室の戸が開かれ、部屋中にふわりと漂ったのはきのこの香であろうか。涼太は胸いっぱいにそれを吸い込んで顔をほころばせる。涼太のしぐさに笑いをこぼしながら二人の前に小さな釜が置かれた。木製の蓋がそっと持ち上げられると湯気とともに再びきのこの香りが広がった。
腹いっぱいだったはずなのに、その香りだけでまた空腹を覚えてしまう。そわそわとする涼太の前に丁寧に盛り付けられた茶碗が置かれた。
店員が部屋を出ていくと神ノ戸は涼太から顔をそらして肩を震わせた。子供のようだったろうかという不安がありつつも目の前の誘惑には勝てない。涼太は、いただきます、と手を合わせて茶碗を持ち上げた。たっぷりのきのこが入ったごはんはうっすらと色づいている。水ではなく、出汁で炊かれているのだ。自分では作ることのない料理ばかりだった。
一口口にいれたごはんは適度な硬さであり、鼻に抜けるいい香りがした。噛みしめて次々とごはんをほおばる。
我に戻った神ノ戸も目の前の茶碗を持ち上げるとご飯をほおばる。幸せだと思った。
「おいしい…幸せです」
「それはよかった。俺もつれてきたかいがあるというものだ」
「俺じゃ絶対こんなお店入らないから新鮮です」
「また来ようか」
「いや、でもめっちゃ駅から時間かかるし、絶対お金かかるでしょうし…っていうか、今日だって俺そんなにお金ない!」
「いい。今回は俺が来たくて来たし、お前を連れてきたのは俺の勝手だ。また次回来るときに割り勘にすればいい」
神ノ戸は茶碗に米粒一つ残さずに食べきった。涼太もそれを見習いつつ、箸をおいてから姿勢を正す。食後のお茶を、と外に声をかけようかと思っていた神ノ戸は涼太の動きに自分も姿勢を正した。
「ありがとうございます。ごめんなさい。俺、迷惑かけて」
「……篠崎、今日のことは俺が好きでやったことだ。ごめんなさい、というのなら明日からの仕事で取り戻してくれればいい。それからたまに俺に付き合ってくれ」
「…でも」
「俺はそれで十分だ」
神ノ戸はそれ以上を涼太には言わせなかった。羊羹と湯呑がそれぞれ運ばれてくれば二人の間に会話がそれ以上続かなかった。
人工甘味料のくどい甘さではなく、小豆本来の甘さを感じながら好みの濃さのお茶を静かに飲む。涼太は羊羹まできれいに食べきった。わりと食べるほうなのだなと神ノ戸は考える。
「ごちそうさまでした」
「気に入ったか」
「はい。頻繁には来られないお店だし、これだけおいしかったら、しばらくは思い出すだけでおなか減りそうです」
涼太の言葉に、この店の店員も喜ぶだろう。神ノ戸はわずかに微笑み立ち上がる。精算をするため先に涼太を外に出して会計をする。
「どこかでみた顔やと思ったら、なんや神ノ戸さんちの息子さんでしたか」
「…両親を知って?」
「はい。ここに店を出す際にえろうお世話になりました。息子さんがきてくださるとは…またご贔屓に」
神ノ戸を知る店員は柔和な笑みを浮かべる。軽く頷いてから店を出て涼太の姿を探す。涼太は飛行機の姿を目で追っていた。だが、神ノ戸の姿を見れば微笑む。
タクシー呼びました、と言われて軽く頷けば十分程店の前で待つ。
やってきたタクシーに乗り換えがしやすい駅まで頼む。お腹が膨れた涼太はとろとろと眠たくなってきた。かくっ、と首が傾げば神ノ戸が目をやる。
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