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十五話
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「ちーたん、書き損じ今日出しまくりですね」
神ノ戸の手が止まる。白金の机に行けば先ほど提出した書類を渡される。よくよく見てみれば小学生レベルの漢字を間違えていた。
「気になる?」
「いいや」
何が、とは問わない。口にすればからかわれるのが目に見えている。ちらりと時計を見た。彼が見送りを終えるのは何時頃だろうか。気にしていないといえばうそになる。恋しい相手がいなくなると口にした彼はそれだけで崩れ落ちそうな気配がしていた。
「人が一人海を渡って海外に行くというだけで泣く。俺にはどうしてもわからない」
「それってわりと多くの人が同じだと思います。よっぽど好きだったってことなんだろうな」
「でも帰ってきてまた会えるんじゃない?」
「さぁ、そこまでは聞いていない」
神ノ戸は首を振る。示された誤字を訂正し再度提出をすれば時計を見た。休憩はとっくにとっていたが、一度部屋を出ていく。ビルの屋上へと上がった。薄く雲が広がる空を見上げれば遠くに上っていく飛行機の姿が見えた。
あの飛行機に彼の恋人は乗っているのだろうかと考えてしまう。明日は出勤すると言っていたがどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。
スマホを操作し、涼太の連絡先を呼び出した。悩んだ末に通話ボタンを押す。こんなに一人を気にするのは初めてだった。
『もしもし』
わずかな間があって涼太の声がした。
ずずっと鼻をすする音がする。
「その…すまない。恋人を見送ると言っていたが、少し気になって。その…篠崎、大丈夫、だろうか」
『だいじょ……ぶ、です』
「その感じだと俺は大丈夫だと信じられないんだが」
『ほんとに、大丈夫で…コウくんは、自分の夢のために海外に行ったんだから、大丈夫だって言わないと』
神ノ戸は少し悩んだ。彼をそのままにしておくべきではないとわかる。だが、赤の他人である自分が行ったところで彼にとって何の慰めになるというのだろうか。
「…篠崎、確か国際線の出る空港だったな。ここからなら一時間半ほどでそちらに迎える。待たせるとは思うが、そこにいられそうか」
『いられます…』
「いい子だ。あとで今いる場所を教えてくれ」
『あの、神ノ戸さん…なんで…来ようとしているんですか』
「さあ…?ただ、たぶん今のお前には寄りかかれる誰かがいたほうがいいだろうと判断したんだ」
屋上から身をひるがえし通話をしたまま階段を下りる。涼太の声が震えている。すぐにつく、と静かに言えば通話を切り白金のもとへを足を速めた。
「あ、神ノ戸。明日なんだけど」
「早退する。明日残業するからそれで埋めてくれ」
「会議の打ち合わせ」
「ラインでできるだろう」
今日の書類は明日出す、と言い残して自分の荷物をつかみ神ノ戸は会社を出た。呆然とした白金はやや間があってから笑い出す。
「しょうがねぇなー?なんでいきなり早退って言ったのかは明日問い詰めようか。なあなあ、だれか俺と賭けしない?」
「白金さんの賭けって負けるのがわかってるんでお断りします」
「神ノ戸さんがどこに行ったかっていうことですよね。なんとなーく想像ついてます」
くすくすと笑う室内の社員たち。神ノ戸が面倒見がいいことは誰しも知っている。なかなか外見から怖い性格だとか冷たいとか思われがちではあるが、研修相手に合う中身を考えるようにしてくれている。現在いる社員の何人かは神ノ戸や白金から研修を受けたものが多い。合わない、とやめたものがいないわけではない。
「無愛想感はあれども慣れてくるとその無愛想の中にちゃんと感情が見え隠れする時あるし」
「涼太くん、犬みたいでかわいいし」
「俺は?」
「白金さんも犬系統ですよね。大型犬」
どんな想像をしたのか笑い声が上がる。その後も続く誰がどんな動物に似ているのか談義を尻目に白金は業務用のスマホを見た。神ノ戸とのやり取りを呼び出して会議の要項を記した。
既読がすぐにつく。そのまま続けて、自宅に戻り次第明日の会議の資料をよこす、とメッセージが届いた。電話しろ、と返してそのままアプリを閉じる。
「まぁ、あの二人なら何も間違いは起こらないだろうさ」
白金は口にする。
「白金さん、それフラグです」
誰かのツッコミで笑う。フラグを折るか立てたままか、楽しみであった。
神ノ戸の手が止まる。白金の机に行けば先ほど提出した書類を渡される。よくよく見てみれば小学生レベルの漢字を間違えていた。
「気になる?」
「いいや」
何が、とは問わない。口にすればからかわれるのが目に見えている。ちらりと時計を見た。彼が見送りを終えるのは何時頃だろうか。気にしていないといえばうそになる。恋しい相手がいなくなると口にした彼はそれだけで崩れ落ちそうな気配がしていた。
「人が一人海を渡って海外に行くというだけで泣く。俺にはどうしてもわからない」
「それってわりと多くの人が同じだと思います。よっぽど好きだったってことなんだろうな」
「でも帰ってきてまた会えるんじゃない?」
「さぁ、そこまでは聞いていない」
神ノ戸は首を振る。示された誤字を訂正し再度提出をすれば時計を見た。休憩はとっくにとっていたが、一度部屋を出ていく。ビルの屋上へと上がった。薄く雲が広がる空を見上げれば遠くに上っていく飛行機の姿が見えた。
あの飛行機に彼の恋人は乗っているのだろうかと考えてしまう。明日は出勤すると言っていたがどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。
スマホを操作し、涼太の連絡先を呼び出した。悩んだ末に通話ボタンを押す。こんなに一人を気にするのは初めてだった。
『もしもし』
わずかな間があって涼太の声がした。
ずずっと鼻をすする音がする。
「その…すまない。恋人を見送ると言っていたが、少し気になって。その…篠崎、大丈夫、だろうか」
『だいじょ……ぶ、です』
「その感じだと俺は大丈夫だと信じられないんだが」
『ほんとに、大丈夫で…コウくんは、自分の夢のために海外に行ったんだから、大丈夫だって言わないと』
神ノ戸は少し悩んだ。彼をそのままにしておくべきではないとわかる。だが、赤の他人である自分が行ったところで彼にとって何の慰めになるというのだろうか。
「…篠崎、確か国際線の出る空港だったな。ここからなら一時間半ほどでそちらに迎える。待たせるとは思うが、そこにいられそうか」
『いられます…』
「いい子だ。あとで今いる場所を教えてくれ」
『あの、神ノ戸さん…なんで…来ようとしているんですか』
「さあ…?ただ、たぶん今のお前には寄りかかれる誰かがいたほうがいいだろうと判断したんだ」
屋上から身をひるがえし通話をしたまま階段を下りる。涼太の声が震えている。すぐにつく、と静かに言えば通話を切り白金のもとへを足を速めた。
「あ、神ノ戸。明日なんだけど」
「早退する。明日残業するからそれで埋めてくれ」
「会議の打ち合わせ」
「ラインでできるだろう」
今日の書類は明日出す、と言い残して自分の荷物をつかみ神ノ戸は会社を出た。呆然とした白金はやや間があってから笑い出す。
「しょうがねぇなー?なんでいきなり早退って言ったのかは明日問い詰めようか。なあなあ、だれか俺と賭けしない?」
「白金さんの賭けって負けるのがわかってるんでお断りします」
「神ノ戸さんがどこに行ったかっていうことですよね。なんとなーく想像ついてます」
くすくすと笑う室内の社員たち。神ノ戸が面倒見がいいことは誰しも知っている。なかなか外見から怖い性格だとか冷たいとか思われがちではあるが、研修相手に合う中身を考えるようにしてくれている。現在いる社員の何人かは神ノ戸や白金から研修を受けたものが多い。合わない、とやめたものがいないわけではない。
「無愛想感はあれども慣れてくるとその無愛想の中にちゃんと感情が見え隠れする時あるし」
「涼太くん、犬みたいでかわいいし」
「俺は?」
「白金さんも犬系統ですよね。大型犬」
どんな想像をしたのか笑い声が上がる。その後も続く誰がどんな動物に似ているのか談義を尻目に白金は業務用のスマホを見た。神ノ戸とのやり取りを呼び出して会議の要項を記した。
既読がすぐにつく。そのまま続けて、自宅に戻り次第明日の会議の資料をよこす、とメッセージが届いた。電話しろ、と返してそのままアプリを閉じる。
「まぁ、あの二人なら何も間違いは起こらないだろうさ」
白金は口にする。
「白金さん、それフラグです」
誰かのツッコミで笑う。フラグを折るか立てたままか、楽しみであった。
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