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十三話
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「あの、白金さん…」
「どうした、篠崎」
「急で申し訳ないんですけど明日お休みいただいていいですか」
終業間近、白金は涼太に声をかけられた。本来であれば休みの希望は一か月ほど前に出してもらっていた。
確かその時彼は休みの希望はとくにないということで提出していたはずだ。
「どうした」
「明日恋人が海外に発つんです。見送りたくて…」
「…それはまた急だな」
「本当は少し前に教えてもらっていて、見送りはいらないって言われていたんですけど、俺がわがまま言ってます」
「そうかー…神ノ戸、篠崎の明日の予定は」
「一つ、実際の事例を基にして情報を探させようかと思ったが」
白金の問いかけに神ノ戸は予定を口にした。また実例程度であれば別日の休みを入れ替えるとして問題はないだろう。ただスケジュールを見ると涼太の休みのどこを移動するかの問題が出てくる。極力連勤続きにならないように調整をし、土日のいずれかの出勤を誰しもに頼んでいるが明日の涼太の休みを移動してくる場所がない。
連勤になってしまう。
「…教育者の神ノ戸が問題ないっていうんだが、明日休みにすると結構な連勤になるぞ」
「大丈夫です!俺のわがままですから…」
「そっか。じゃぁ、少し出勤時間をずらして、この日の休みを出勤にして…それと神ノ戸の会議の予定がここにあるからこの日に…」
白金は全員分のスケジュールを見ながらぶつぶつとひとりごとを言っている。神ノ戸は問題なさそうだなと判断する。
「見送るのか」
「はい」
「後悔は」
「してます。でも…コウくんの一番のファンだから…恋人っていう立ち位置でなくなってしまうけど、応援するのに変わりはないです」
「そうか」
神ノ戸が涼太の頭を軽くなでた。白金や室内にいたほかの社員は唖然とする。
涼太は目を丸くしたものの、なぜかうれしくて照れ笑いを浮かべた。
「帰る」
神ノ戸はすぐに涼太から手を放してカバンをもって出て行ってしまった。しばらく室内に静かな空気が流れた。
「…神ノ戸が頭を撫でるなんて初めて見たな」
「本当に!神ノ戸さん、あんな顔できるんですね?!」
「年中不愛想なのに、篠崎くん、なにしたんだ?!」
「そもそもちゃんと表情作れたんだ…」
涼太以外が騒ぐ。そんなに驚くことかと思うも、確かに神ノ戸は表情がない。客前で笑顔を浮かべることがあるものの、対客用、というのがありありとわかる。珍しいものを見た、とつぶやく同僚に苦笑しつつ白金を見れば涼太の休みを決めたのかカレンダーを示してきた。
「ひとまず明日の休みはここから移動する。少し出勤が続くから無理はするなよ。業務も後半のほうで少し軽いものにするように神ノ戸には伝えておくから」
「すみません、俺のわがままで」
「恋人との別れのほうが大事だろ?」
涼太はこみあげてくるものをこらえた。ありがとうございます、と頭を下げる。
気を付けて見送って来いよ、との言葉を背に涼太は帰宅した。
自宅には大きなスーツケースが一つあった。荷物のほとんどは先に空輸したらしい。ものの減った室内を見渡して涼太は眉を下げる。
乗り越えられないものを神が与えることはないのだと、幼少のころ近所にいた人が話していた気がする。
「あ、おかえりーりょうちゃん。ごはんできてるよ、食べるでしょ」
「うん」
「じゃぁ着替えてきてね」
「今日はなに?」
「ハヤシライスにした」
「俺、コウくんのハヤシライス好き」
「知ってる」
スーツから私服に着替える。洸哉は二人分のハヤシライスをテーブルに並べていた。
「明日、お休みもらった」
「お見送り?」
「うん」
「うれしい。一緒に空港まで行こうか」
「うん!」
夕食をとりながら二人は明日の時間を確認しあう。
涼太は風呂に入った洸哉のことを想いながら荷物をまとめた。洸哉に渡すつもりのものだ。向こうに行ってすぐは日用品などが足りないかもしれない。とはいえど持ち込める荷物や洸哉のスーツケースの余裕を把握はしていないためどのぐらい入れるべきか悩んでいた。最悪国際便で郵送しようかとも思う。
「ねぇ、りょうちゃん…」
「うわっ!びっくりしたー…どうしたの、コウくん」
「ん…お礼、ちゃんと言いたくて」
後ろから抱きしめられて心臓が口から飛び出るかと思った。だが家の中には涼太と洸哉しかいない。
洸哉の声がすれば、ばくばくと大きく鳴る心臓を抑えながら問いかける。お礼と言われ首を傾げた。
「この三年が俺にとってどれだけ幸せなものだったか知ってる…?オーディションに落ちまくってたときにりょうちゃんが大きな声で応援してくれたね。撮影でナーバスになっているとき、そっとしてくれていた。俺の癇癪にも付き合ってくれて、俺のことすごく大事にしてくれた。俺、ずっとずっと幸せだった」
「そんなの…当たり前じゃん。転職するっていって俺だってわがままばっかりだったでしょ。でも君が俺の告白断らないでうなずいてくれたから、いまがあるんだよ」
腹部に回った洸哉の腕を涼太はつかんだ。背中があたたかい。
思い返せば三年なんてあっという間だった。
「菅崎洸哉が俺の恋人でいてくれて、俺も幸せでした。きっと、コウくんがいなくなったらしんどくてしんどくてたまらないと思う。立ち直るまでにすごく時間がかかると思う。そのぐらい、俺にとっては大事な人です…」
「うん…ずっと感じてた。りょうちゃんが俺に向けてくれる心の全部…ありがとう。俺、めちゃくちゃがんばってくる。りょうちゃんが、俺のこと胸張って応援できるように、だれよりも輝くね」
「そうしてよ。いつだってどこにいたって、一番のファンでいる」
洸哉が鼻をすする。涼太もつられそうになりながらそれをこらえた。
愛してる、とつぶやく。それへの返答は何もなかった。
「どうした、篠崎」
「急で申し訳ないんですけど明日お休みいただいていいですか」
終業間近、白金は涼太に声をかけられた。本来であれば休みの希望は一か月ほど前に出してもらっていた。
確かその時彼は休みの希望はとくにないということで提出していたはずだ。
「どうした」
「明日恋人が海外に発つんです。見送りたくて…」
「…それはまた急だな」
「本当は少し前に教えてもらっていて、見送りはいらないって言われていたんですけど、俺がわがまま言ってます」
「そうかー…神ノ戸、篠崎の明日の予定は」
「一つ、実際の事例を基にして情報を探させようかと思ったが」
白金の問いかけに神ノ戸は予定を口にした。また実例程度であれば別日の休みを入れ替えるとして問題はないだろう。ただスケジュールを見ると涼太の休みのどこを移動するかの問題が出てくる。極力連勤続きにならないように調整をし、土日のいずれかの出勤を誰しもに頼んでいるが明日の涼太の休みを移動してくる場所がない。
連勤になってしまう。
「…教育者の神ノ戸が問題ないっていうんだが、明日休みにすると結構な連勤になるぞ」
「大丈夫です!俺のわがままですから…」
「そっか。じゃぁ、少し出勤時間をずらして、この日の休みを出勤にして…それと神ノ戸の会議の予定がここにあるからこの日に…」
白金は全員分のスケジュールを見ながらぶつぶつとひとりごとを言っている。神ノ戸は問題なさそうだなと判断する。
「見送るのか」
「はい」
「後悔は」
「してます。でも…コウくんの一番のファンだから…恋人っていう立ち位置でなくなってしまうけど、応援するのに変わりはないです」
「そうか」
神ノ戸が涼太の頭を軽くなでた。白金や室内にいたほかの社員は唖然とする。
涼太は目を丸くしたものの、なぜかうれしくて照れ笑いを浮かべた。
「帰る」
神ノ戸はすぐに涼太から手を放してカバンをもって出て行ってしまった。しばらく室内に静かな空気が流れた。
「…神ノ戸が頭を撫でるなんて初めて見たな」
「本当に!神ノ戸さん、あんな顔できるんですね?!」
「年中不愛想なのに、篠崎くん、なにしたんだ?!」
「そもそもちゃんと表情作れたんだ…」
涼太以外が騒ぐ。そんなに驚くことかと思うも、確かに神ノ戸は表情がない。客前で笑顔を浮かべることがあるものの、対客用、というのがありありとわかる。珍しいものを見た、とつぶやく同僚に苦笑しつつ白金を見れば涼太の休みを決めたのかカレンダーを示してきた。
「ひとまず明日の休みはここから移動する。少し出勤が続くから無理はするなよ。業務も後半のほうで少し軽いものにするように神ノ戸には伝えておくから」
「すみません、俺のわがままで」
「恋人との別れのほうが大事だろ?」
涼太はこみあげてくるものをこらえた。ありがとうございます、と頭を下げる。
気を付けて見送って来いよ、との言葉を背に涼太は帰宅した。
自宅には大きなスーツケースが一つあった。荷物のほとんどは先に空輸したらしい。ものの減った室内を見渡して涼太は眉を下げる。
乗り越えられないものを神が与えることはないのだと、幼少のころ近所にいた人が話していた気がする。
「あ、おかえりーりょうちゃん。ごはんできてるよ、食べるでしょ」
「うん」
「じゃぁ着替えてきてね」
「今日はなに?」
「ハヤシライスにした」
「俺、コウくんのハヤシライス好き」
「知ってる」
スーツから私服に着替える。洸哉は二人分のハヤシライスをテーブルに並べていた。
「明日、お休みもらった」
「お見送り?」
「うん」
「うれしい。一緒に空港まで行こうか」
「うん!」
夕食をとりながら二人は明日の時間を確認しあう。
涼太は風呂に入った洸哉のことを想いながら荷物をまとめた。洸哉に渡すつもりのものだ。向こうに行ってすぐは日用品などが足りないかもしれない。とはいえど持ち込める荷物や洸哉のスーツケースの余裕を把握はしていないためどのぐらい入れるべきか悩んでいた。最悪国際便で郵送しようかとも思う。
「ねぇ、りょうちゃん…」
「うわっ!びっくりしたー…どうしたの、コウくん」
「ん…お礼、ちゃんと言いたくて」
後ろから抱きしめられて心臓が口から飛び出るかと思った。だが家の中には涼太と洸哉しかいない。
洸哉の声がすれば、ばくばくと大きく鳴る心臓を抑えながら問いかける。お礼と言われ首を傾げた。
「この三年が俺にとってどれだけ幸せなものだったか知ってる…?オーディションに落ちまくってたときにりょうちゃんが大きな声で応援してくれたね。撮影でナーバスになっているとき、そっとしてくれていた。俺の癇癪にも付き合ってくれて、俺のことすごく大事にしてくれた。俺、ずっとずっと幸せだった」
「そんなの…当たり前じゃん。転職するっていって俺だってわがままばっかりだったでしょ。でも君が俺の告白断らないでうなずいてくれたから、いまがあるんだよ」
腹部に回った洸哉の腕を涼太はつかんだ。背中があたたかい。
思い返せば三年なんてあっという間だった。
「菅崎洸哉が俺の恋人でいてくれて、俺も幸せでした。きっと、コウくんがいなくなったらしんどくてしんどくてたまらないと思う。立ち直るまでにすごく時間がかかると思う。そのぐらい、俺にとっては大事な人です…」
「うん…ずっと感じてた。りょうちゃんが俺に向けてくれる心の全部…ありがとう。俺、めちゃくちゃがんばってくる。りょうちゃんが、俺のこと胸張って応援できるように、だれよりも輝くね」
「そうしてよ。いつだってどこにいたって、一番のファンでいる」
洸哉が鼻をすする。涼太もつられそうになりながらそれをこらえた。
愛してる、とつぶやく。それへの返答は何もなかった。
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