かわいいわんこの観察日記

兎杜唯人

文字の大きさ
上 下
8 / 27

七話

しおりを挟む
涼太はソファで膝を抱えて座っていた。トントンとキッチンからは洸哉が料理をする音が聞こえてくる。
ちらりとそちらに視線を向けるもののすぐに背けてしまう。
洸哉が海外に行こうか悩んでいることを聞いてからというもの涼太の頭の中では終わりのない自問自答が繰り返されていた。

「りょうちゃん、ごはんだよ」
「ん…食べる」

立ち上がりリビングに向かえば洸哉が焼き魚を乗せた皿を二人分運んでいた。涼太も箸やグラスを出す。二人で準備した食卓にそれぞれがつけばいただきますと手を合わせて食べ始めた。
会話もなく静かなまま食事が進む。片付けは涼太の担当だった。
だが洸哉は涼太の隣で皿を拭いている。

「りょうちゃん、えっちしたいです」
「…明日撮影は?」
「三日後だから問題ないよ。明日はバイトあるだけ」
「うん…じゃぁ、お風呂先に入ってて?俺もすぐ終わらせてお風呂行くから」
「うん」

見つめあえば洸哉の瞳が少しだけ曇っていることに気づいた。皿を洗う手を止めてタオルで拭く。
冷たいだろうが手を洸哉のほほに伸ばせた猫のようにすり寄ってきた。そのまま洸哉を抱きしめる。
背中に回ってきた腕には力がこもる。涼太は同じように抱きしめた。

「俺、コウくんがいなくなるのが辛い。別れてって言われたのも同じくらい辛い。でも、モデルとしてのコウくんも大好きだから背中を押さなきゃいけないってのもわかる」
「うん…」
「海外に行くって言われたからずっと考えてた。どうしたらいいんだろうって。俺たちが付き合っていた時間は消えるわけじゃないから手放してもやっていけるって思ってた。でも、苦しい」

洸哉は涼太の気持ちがわからないわけではない。自分が告白して、涼太にうなずいてもらってからというもの、大半の時間を共に過ごしてきた。モデルとしてなかなか芽が出ない中でも応援してくれていた。
涼太ならば、きっと海外に行くといえば喜んでくれると思っていた。涼太の声が少し震えた。



「でも、戻ってくるのを待てるかって考えて、それもできない自分もいた。ついてもいけない。こんなどっちつかずで、本当にごめん」
「りょうちゃんらしいなぁ…」
「わ、別れたくないよ。だけど、待てない。俺、コウくんがいない時間なんて考えつかないぐらい好き」
「うん。俺も」
「最後の時まで恋人でいたい。お別れのその時まで、俺をコウくんの恋人のままでいさせて」
「それはりょうちゃんがきつくない?」


声が震えているのもそのはず、涼太は頬を濡らしていた。優しく指先でその涙を拭えば鼻まですする。
笑いをこぼしてから俺もだよ、と出かけた言葉を飲み込んだ。寂しいのは自分も同じでつらいのも同じ。
恋人のままでいたらさよならのときにちゃんと手を離せるだろうか。

「きつくていい。俺のわがままだ。コウくんが許してくれるなら、日本から出るときまで一緒にいさせて。それで、俺をやっぱりコウくんの一番のファンでいさせて」
「すごいわがままだ」

涼太はそっと洸哉の体を話せば再び洗い物を始めた。
その後姿を見つめていた洸哉だが、やがて音を立てずに浴室へと向かっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

さむいよ、さみしいよ、

moka
BL
僕は誰にも愛されない、、、 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人を信じることをやめた奏が学園で色々な人と出会い信じること、愛を知る物語です。

処理中です...