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六話
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「ちーたん、まーじで篠崎、どうした」
「その呼び方はやめろ、賢一郎。殴るぞ」
屋上で、白金はベンチに座る神ノ戸に近寄った。神ノ戸は一度顔を上げてからため息をついた。隣に腰を下ろした白金は懐からたばこを取り出して口に咥える。
「完全プライベートだ…掘り返してやるな」
「振られでもしたか」
「デリカシーはないのか、お前は」
「ないなあ。少なくともお前がここにきてたばこ口にしてるのを見たら相当なことなんだろうなってのはわかるし」
神ノ戸は火のついていないたばこを口にしていた。普段は吸うことはない。だが考えに煮詰まったときや極端なストレスを感じた時にはこうして他人の迷惑にならないように屋上へやってきて一人で吸う。
白金はヘビースモーカーだったが結婚と子供が産まれたのを機に減らしている。
白金に自身のことを言い当てられて指にたばこを挟んでぶらつかせる。
「俺は篠崎にいいアドバイスをしてやることはできない。俺自身、泣くほど人を好きになったことはないからな」
「確かに。ちーたん、学生のときからモテてたけどちーたんから告白ってなかったもんなぁ」
「賢一郎、その呼び方はやめろ。二度目だ」
「いいじゃん、腐れ縁だし。かわいいでしょ、ちーたん」
白金は神ノ戸を見て笑った。それ以上反論する気も起きないままに視線を背けた。
涼太は仕事が始まれば神ノ戸に話したことは作り話だったかのようにふるまった。神ノ戸も立ち入ったことを聞くわけにも行かず、丁寧に研修を進めていた。だがゆっくりである。
隣で煙が漂った。
「まぁ、若いってことだな。好きな相手に真剣に向き合えるのはいいことだ」
「だからちゃんとアドバイスをしてやれたか不安になる」
「…千景のことだからさ、どうせあいつに肩入れしてんだろうなってのはわかる。けど俺にプライベートだって言いながらお前が踏み込むのは違うと思うぞ」
宙に消えていく煙を見ながら白金は言った。ポケットからライターを出して自分のたばこに火をつける。口に咥えて神ノ戸はぼんやりと眼下を見つめた。
踏み込みすぎてしまった自覚がないわけではない。隣の白金は笑っている。
距離を置いたほうがいいのだろうか。だが、それもしてやることはできないことを自分でもわかっている。面倒見がいいとよく言われる。自分では意識しているわけではない。
「千景は多分恵さんとは結婚しないだろうよ。いつもと同じだ。お前が振られる」
「わかっている。いつそれを言われるか待っているところだ」
「好きになろうとはしないのかよ」
「…なろうとはしている。彼女のいいところを見て、ともに時間を過ごして、性格も知っている。だが、それだけだ。人を好きになる方法なんて知らない」
携帯灰皿でたばこをもみ消しながら白金は悩んでいるのであろう神ノ戸の頭を撫でた。むっとした顔を向けてくる同期が、表情が表に出ないだけで実は心がとても熱いことは長い付き合いの中で知っている。
「タイミングだ。お前と相手の波長が合えば、双方惹かれると俺は思う。それが男であれ女であれ、お前は多分そいつをちゃんと好きになるよ。時間がかかるタイプなんだろうな。相手を知って、それからその相手と自分が釣り合うか考えて、それでようやく好きになりだす。相手からしてみれば、いい加減にせぇや、ってことだとは思うぞ」
短くなったたばこを灰皿に入れ、神ノ戸はベンチから立ち上がる。白金と並んで屋上を出ればフロアへと戻っていく。部署に戻れば涼太の周囲に何人か社員がいた。何かあったのかと片眉をあげるものの笑い声があがれば悪いことが起きたわけではないと察する。
「はいはーい。昼休憩終わりの時間だろ。さ、交代の時間だ。午後も頑張ろうな」
白金の声に全員が振り向いた。口々に、わかりましたー、と告げて涼太以外はそれぞれの仕事へと戻っていく。
涼太は神ノ戸を見ると少しだけ恥ずかしそうに笑って見せた。
「神ノ戸先輩、すみません、迷惑かけました」
「いい。気にはしていないから」
「…はい」
涼太は顔は笑っている。だがやはりまだ心の整理はつかないのだろうと容易に予想はついた。
どうしたものか、と神ノ戸は少し考えた。やがて自分の鞄を漁れば先日コンビニでつい手に取ってしまったチョコレート菓子を一つ涼太の手に置いた。今若者世代に人気だというキャラクターがプリントされたものである。涼太は予想外のものを神ノ戸から渡されて少し硬直する。
「何も気にしなくていい。それでも食べて少ししたら研修を続ける」
「え、は…はい」
手の上のチョコ菓子を見て涼太は笑みを深めた。神ノ戸は涼太から視線を外すものの、白金が一連の流れを見ていたことには気づかなかった。
「その呼び方はやめろ、賢一郎。殴るぞ」
屋上で、白金はベンチに座る神ノ戸に近寄った。神ノ戸は一度顔を上げてからため息をついた。隣に腰を下ろした白金は懐からたばこを取り出して口に咥える。
「完全プライベートだ…掘り返してやるな」
「振られでもしたか」
「デリカシーはないのか、お前は」
「ないなあ。少なくともお前がここにきてたばこ口にしてるのを見たら相当なことなんだろうなってのはわかるし」
神ノ戸は火のついていないたばこを口にしていた。普段は吸うことはない。だが考えに煮詰まったときや極端なストレスを感じた時にはこうして他人の迷惑にならないように屋上へやってきて一人で吸う。
白金はヘビースモーカーだったが結婚と子供が産まれたのを機に減らしている。
白金に自身のことを言い当てられて指にたばこを挟んでぶらつかせる。
「俺は篠崎にいいアドバイスをしてやることはできない。俺自身、泣くほど人を好きになったことはないからな」
「確かに。ちーたん、学生のときからモテてたけどちーたんから告白ってなかったもんなぁ」
「賢一郎、その呼び方はやめろ。二度目だ」
「いいじゃん、腐れ縁だし。かわいいでしょ、ちーたん」
白金は神ノ戸を見て笑った。それ以上反論する気も起きないままに視線を背けた。
涼太は仕事が始まれば神ノ戸に話したことは作り話だったかのようにふるまった。神ノ戸も立ち入ったことを聞くわけにも行かず、丁寧に研修を進めていた。だがゆっくりである。
隣で煙が漂った。
「まぁ、若いってことだな。好きな相手に真剣に向き合えるのはいいことだ」
「だからちゃんとアドバイスをしてやれたか不安になる」
「…千景のことだからさ、どうせあいつに肩入れしてんだろうなってのはわかる。けど俺にプライベートだって言いながらお前が踏み込むのは違うと思うぞ」
宙に消えていく煙を見ながら白金は言った。ポケットからライターを出して自分のたばこに火をつける。口に咥えて神ノ戸はぼんやりと眼下を見つめた。
踏み込みすぎてしまった自覚がないわけではない。隣の白金は笑っている。
距離を置いたほうがいいのだろうか。だが、それもしてやることはできないことを自分でもわかっている。面倒見がいいとよく言われる。自分では意識しているわけではない。
「千景は多分恵さんとは結婚しないだろうよ。いつもと同じだ。お前が振られる」
「わかっている。いつそれを言われるか待っているところだ」
「好きになろうとはしないのかよ」
「…なろうとはしている。彼女のいいところを見て、ともに時間を過ごして、性格も知っている。だが、それだけだ。人を好きになる方法なんて知らない」
携帯灰皿でたばこをもみ消しながら白金は悩んでいるのであろう神ノ戸の頭を撫でた。むっとした顔を向けてくる同期が、表情が表に出ないだけで実は心がとても熱いことは長い付き合いの中で知っている。
「タイミングだ。お前と相手の波長が合えば、双方惹かれると俺は思う。それが男であれ女であれ、お前は多分そいつをちゃんと好きになるよ。時間がかかるタイプなんだろうな。相手を知って、それからその相手と自分が釣り合うか考えて、それでようやく好きになりだす。相手からしてみれば、いい加減にせぇや、ってことだとは思うぞ」
短くなったたばこを灰皿に入れ、神ノ戸はベンチから立ち上がる。白金と並んで屋上を出ればフロアへと戻っていく。部署に戻れば涼太の周囲に何人か社員がいた。何かあったのかと片眉をあげるものの笑い声があがれば悪いことが起きたわけではないと察する。
「はいはーい。昼休憩終わりの時間だろ。さ、交代の時間だ。午後も頑張ろうな」
白金の声に全員が振り向いた。口々に、わかりましたー、と告げて涼太以外はそれぞれの仕事へと戻っていく。
涼太は神ノ戸を見ると少しだけ恥ずかしそうに笑って見せた。
「神ノ戸先輩、すみません、迷惑かけました」
「いい。気にはしていないから」
「…はい」
涼太は顔は笑っている。だがやはりまだ心の整理はつかないのだろうと容易に予想はついた。
どうしたものか、と神ノ戸は少し考えた。やがて自分の鞄を漁れば先日コンビニでつい手に取ってしまったチョコレート菓子を一つ涼太の手に置いた。今若者世代に人気だというキャラクターがプリントされたものである。涼太は予想外のものを神ノ戸から渡されて少し硬直する。
「何も気にしなくていい。それでも食べて少ししたら研修を続ける」
「え、は…はい」
手の上のチョコ菓子を見て涼太は笑みを深めた。神ノ戸は涼太から視線を外すものの、白金が一連の流れを見ていたことには気づかなかった。
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