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三話
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神ノ戸の彼女の話を聞いてから一ヶ月、その日はようやくメインとも言える仕事の研修を始めた日だった。より濃密な説明に涼太の頭はヒートしそうになり、それを感じ取った神ノ戸が早めの休憩をいれた。
熱々の親子丼を頬張りながら涼太は目の前で同じように親子丼に手を伸ばす神ノ戸を見る。
「どうした」
「先月先輩の彼女の話を聞いて、そっかーって思って」
「白金になにか言われたか」
「や、白金さんは少し先輩の話をしたかと思えば延々家族のことを惚気けていて」
神ノ戸は眉を寄せる。いつものこととはいえ、新人にたいする洗礼が独特である。白金自身が悪い人間でもないし、ひたすら話すのを聞き流すだけだから苦ではないが、神ノ戸は聞き飽きたというのもある。
「あいつの話は聞き流せばいい。好きなだけ話したら満足する」
「めちゃくちゃお子さんの写真見せられました」
「それが好きなんだ。家族を愛しているいい証拠だろう」
先輩は?と口から出かけた言葉を飲み込み涼太は七味を親子丼にふりかけた。神ノ戸は長いだけあって会社近辺の食事処を複数知っていた。
神ノ戸がいないとき涼太はコンビニに行くよりもこうしと教えてもらったところを回ることが多い。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。戻るか」
神ノ戸は立ち上がり二人分の会計をしてしまう。
自分も、と言ったのだが、連れ回しているから、と神ノ戸は払わせてくれない。それが不満で偶に彼の机にコンビニで見つけたお菓子を置いている。神ノ戸は甘いものが好きだろうかと思いながら、食べなければ適当に他の社員にあげるだろうと踏んでいたわけだが、神ノ戸は涼太が作業しているときにたまにそのお菓子をつまんでいた。
とくに会議や商談から戻ったときにはとくに。
もしかしたら甘いものが好きなのかもしれないと涼太は珍しいお菓子やご当地のものを見つけたときにも置いていた。
「そろそろお前も担当をつけてもいいのかもしれない」
「担当?」
「あぁ。俺たちの仕事は必要としている職種の会社同士を引き合わせることだ。大企業であればいくつか傘下の企業を持っているからあまり必要とはされないんだが、中小企業の多くはそういうことがない。だから、仕事の受注や依頼などを希望する会社がいくつも登録している」
社に戻りながらも神ノ戸は説明をしていく。彼の言う担当とはすなわち顧客のニーズを把握し、適宜紹介を行うことらしい。
人材派遣ならぬ会社派遣というわけだ。
「年度末までは俺とともにやろう。だから力まなくていい」
「はい」
ドキドキしていた涼太はそれを見透かされていたと苦笑いする。はじめはよくあるニーズから手を出すという。
希望の会社を探す手順、双方の情報のつなぎ方、契約が決まりそうならば橋渡しもするという。適当に神ノ戸が作った架空の会社2つを検索する手順を実際に行う。
「おー、篠崎、ぶったおれてるな」
「知恵熱を出さないだけ一昨年の新卒よりはましだな」
「まぁ、ここでやめるやつも多いからな…踏ん張りどころだろう」
「見込みはある」
「お前がそう言うなんて珍しいな、千景」
終業時間、教えられたことを理解することに必死になるあまり、頭痛がしてきた。机に突っ伏して痛みが引くのを待っていたら、白金と神ノ戸の会話が耳に入る。
涼太が起きているとは思っていないらしい。
二人はそのまま今のところの涼太の研修内容とその進度、評価を行う。自分の評価が気になって仕方がないが、涼太は聞こえるそれを片っ端から忘れるように努めた。
「恵さんに結婚迫られたって?」
「どこからそんな話を掴んでくるんだ」
「はっはー、そりゃもちろん周囲の女の子たちからだよ」
聞いていいのかわからないが白金の口調はからかいを含んだものであり、神ノ戸もそれに対し怒る雰囲気は感じられない。
そのあとに聴こえた声は少し疲れていた。
「どうせ、少ししたら向こうから別れを切り出す」
「お前はそのパターンが本当多いよな…いい男だと思うんだけど」
「感情が読めないんだそうだ。好きなのかどうかわからないと」
「それを考えると恵さんはもったほうだな」
かさかさ、と紙をいじる音がする。その音に混じって神ノ戸が溜息を零すのが聴こえた。
「好きかどうかなんて俺のほうが聞きたいぐらいだ」
「女の子はわかりやすいほうが安心するらしいからな。お前は慣れなきゃわかりにくい」
「余計なお世話だ」
こつこつ、と近寄る音がする。神ノ戸が近づいてきたらしい。
涼太の肩にそっと手が置かれた。
「篠崎、起きているか。そろそろ施錠が始まる時間だ。俺たちも帰るから起きろ」
軽くゆすられ、あたかもそれで起きましたとでもいうように軽くうめいて目を開ける。
少し寝ぼけた顔はできただろうか。苦笑い気味の白金と無表情の神ノ戸が涼太を見ている。
「いきなりすべてをできなくていい。少しずつやって慣れろ」
「そうそう。俺も千景も立ち上げからのメンバーだけど、お前は新人にしては良く出来てるほうだから無茶すんな」
二人は涼太を慰めるためかそう口にした。白金と神ノ戸が会社の始めからいたとはつゆ知らず、目を瞬く。
ふたりとも何歳なんだ、と頭の中で疑問がわきあがった。
「立ち上げとはいってもあくまでシステムの話だろう。実際は大学卒業までは関わらなかった」
「お前は院にも行ったしなー?いやー、懐かしい」
白金は笑いながら荷物を手にして涼太のそばを歩いていく。涼太も慌てて机の上を片付けて自分のカバンを持った。神ノ戸が室内の消灯をして涼太のあとに部屋を出た。
「千景、飲みに行こうか」
「断る。明日は休みで出かけるつもりだ」
「なんだよ、つれねぇな…篠崎は?」
「あ、俺は…」
どちらでもかまわない。だが、もしかしたら、と頭を横切るものがある。
「帰ります…ごめんなさい」
「疲れているやつを飲みに誘うな」
「ちぇー…じゃあ俺も帰る。かわいい嫁さんが待ってるから」
白金とは反対方向のため駅で別れる。神ノ戸とは途中まで方向が同じだ。
比較的空いた車内、隣り合って座りながらしばし無言が続いた。
「あの、先輩、明日どこかに行くんですか」
「あぁ。今、ちょうど国立美術館で気になっていた展示会を行っている。それを見に」
「美術好きなんですか」
「好き、ではあるな。好ましい、というほうが正しいかもしれない」
神ノ戸の声が珍しく弾んでいた。あまり美術品に興味がない涼太はその声を聞きながら笑った。
「じゃぁ今度おすすめがあったら俺も連れて行ってください。あんまり展示会とか行ったことがないんで、見やすいものがあれば」
「…わかった。探しておこう」
わざわざ探す必要はないのに、と思いながらも神ノ戸の言葉にうなずいた。涼太の降りる駅が近づく。
また明日、と離れて電車を降りた。後ろでドアが閉まり電車が走り出す。それを見送り涼太は家路についた。
熱々の親子丼を頬張りながら涼太は目の前で同じように親子丼に手を伸ばす神ノ戸を見る。
「どうした」
「先月先輩の彼女の話を聞いて、そっかーって思って」
「白金になにか言われたか」
「や、白金さんは少し先輩の話をしたかと思えば延々家族のことを惚気けていて」
神ノ戸は眉を寄せる。いつものこととはいえ、新人にたいする洗礼が独特である。白金自身が悪い人間でもないし、ひたすら話すのを聞き流すだけだから苦ではないが、神ノ戸は聞き飽きたというのもある。
「あいつの話は聞き流せばいい。好きなだけ話したら満足する」
「めちゃくちゃお子さんの写真見せられました」
「それが好きなんだ。家族を愛しているいい証拠だろう」
先輩は?と口から出かけた言葉を飲み込み涼太は七味を親子丼にふりかけた。神ノ戸は長いだけあって会社近辺の食事処を複数知っていた。
神ノ戸がいないとき涼太はコンビニに行くよりもこうしと教えてもらったところを回ることが多い。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。戻るか」
神ノ戸は立ち上がり二人分の会計をしてしまう。
自分も、と言ったのだが、連れ回しているから、と神ノ戸は払わせてくれない。それが不満で偶に彼の机にコンビニで見つけたお菓子を置いている。神ノ戸は甘いものが好きだろうかと思いながら、食べなければ適当に他の社員にあげるだろうと踏んでいたわけだが、神ノ戸は涼太が作業しているときにたまにそのお菓子をつまんでいた。
とくに会議や商談から戻ったときにはとくに。
もしかしたら甘いものが好きなのかもしれないと涼太は珍しいお菓子やご当地のものを見つけたときにも置いていた。
「そろそろお前も担当をつけてもいいのかもしれない」
「担当?」
「あぁ。俺たちの仕事は必要としている職種の会社同士を引き合わせることだ。大企業であればいくつか傘下の企業を持っているからあまり必要とはされないんだが、中小企業の多くはそういうことがない。だから、仕事の受注や依頼などを希望する会社がいくつも登録している」
社に戻りながらも神ノ戸は説明をしていく。彼の言う担当とはすなわち顧客のニーズを把握し、適宜紹介を行うことらしい。
人材派遣ならぬ会社派遣というわけだ。
「年度末までは俺とともにやろう。だから力まなくていい」
「はい」
ドキドキしていた涼太はそれを見透かされていたと苦笑いする。はじめはよくあるニーズから手を出すという。
希望の会社を探す手順、双方の情報のつなぎ方、契約が決まりそうならば橋渡しもするという。適当に神ノ戸が作った架空の会社2つを検索する手順を実際に行う。
「おー、篠崎、ぶったおれてるな」
「知恵熱を出さないだけ一昨年の新卒よりはましだな」
「まぁ、ここでやめるやつも多いからな…踏ん張りどころだろう」
「見込みはある」
「お前がそう言うなんて珍しいな、千景」
終業時間、教えられたことを理解することに必死になるあまり、頭痛がしてきた。机に突っ伏して痛みが引くのを待っていたら、白金と神ノ戸の会話が耳に入る。
涼太が起きているとは思っていないらしい。
二人はそのまま今のところの涼太の研修内容とその進度、評価を行う。自分の評価が気になって仕方がないが、涼太は聞こえるそれを片っ端から忘れるように努めた。
「恵さんに結婚迫られたって?」
「どこからそんな話を掴んでくるんだ」
「はっはー、そりゃもちろん周囲の女の子たちからだよ」
聞いていいのかわからないが白金の口調はからかいを含んだものであり、神ノ戸もそれに対し怒る雰囲気は感じられない。
そのあとに聴こえた声は少し疲れていた。
「どうせ、少ししたら向こうから別れを切り出す」
「お前はそのパターンが本当多いよな…いい男だと思うんだけど」
「感情が読めないんだそうだ。好きなのかどうかわからないと」
「それを考えると恵さんはもったほうだな」
かさかさ、と紙をいじる音がする。その音に混じって神ノ戸が溜息を零すのが聴こえた。
「好きかどうかなんて俺のほうが聞きたいぐらいだ」
「女の子はわかりやすいほうが安心するらしいからな。お前は慣れなきゃわかりにくい」
「余計なお世話だ」
こつこつ、と近寄る音がする。神ノ戸が近づいてきたらしい。
涼太の肩にそっと手が置かれた。
「篠崎、起きているか。そろそろ施錠が始まる時間だ。俺たちも帰るから起きろ」
軽くゆすられ、あたかもそれで起きましたとでもいうように軽くうめいて目を開ける。
少し寝ぼけた顔はできただろうか。苦笑い気味の白金と無表情の神ノ戸が涼太を見ている。
「いきなりすべてをできなくていい。少しずつやって慣れろ」
「そうそう。俺も千景も立ち上げからのメンバーだけど、お前は新人にしては良く出来てるほうだから無茶すんな」
二人は涼太を慰めるためかそう口にした。白金と神ノ戸が会社の始めからいたとはつゆ知らず、目を瞬く。
ふたりとも何歳なんだ、と頭の中で疑問がわきあがった。
「立ち上げとはいってもあくまでシステムの話だろう。実際は大学卒業までは関わらなかった」
「お前は院にも行ったしなー?いやー、懐かしい」
白金は笑いながら荷物を手にして涼太のそばを歩いていく。涼太も慌てて机の上を片付けて自分のカバンを持った。神ノ戸が室内の消灯をして涼太のあとに部屋を出た。
「千景、飲みに行こうか」
「断る。明日は休みで出かけるつもりだ」
「なんだよ、つれねぇな…篠崎は?」
「あ、俺は…」
どちらでもかまわない。だが、もしかしたら、と頭を横切るものがある。
「帰ります…ごめんなさい」
「疲れているやつを飲みに誘うな」
「ちぇー…じゃあ俺も帰る。かわいい嫁さんが待ってるから」
白金とは反対方向のため駅で別れる。神ノ戸とは途中まで方向が同じだ。
比較的空いた車内、隣り合って座りながらしばし無言が続いた。
「あの、先輩、明日どこかに行くんですか」
「あぁ。今、ちょうど国立美術館で気になっていた展示会を行っている。それを見に」
「美術好きなんですか」
「好き、ではあるな。好ましい、というほうが正しいかもしれない」
神ノ戸の声が珍しく弾んでいた。あまり美術品に興味がない涼太はその声を聞きながら笑った。
「じゃぁ今度おすすめがあったら俺も連れて行ってください。あんまり展示会とか行ったことがないんで、見やすいものがあれば」
「…わかった。探しておこう」
わざわざ探す必要はないのに、と思いながらも神ノ戸の言葉にうなずいた。涼太の降りる駅が近づく。
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