かわいいわんこの観察日記

兎杜唯人

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はじめまして。

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「今日からこの会社で働くことになりました篠崎涼太です。初日からド緊張してます!覚えることもたくさんあるだろうと思うんで、頭フル回転させてがんばります。よろしくお願いします」

初日の挨拶なんてそんなもんだろう。
涼太はそう思いながら頭を下げる。室内からぱらぱらと拍手が聞こえた。
新卒で入った会社は、人材派遣ならぬ会社派遣。
少ない人数で全国の会社から受けた依頼をこなす。
いくつか分かれた部署の内の一つに涼太は配属された。依頼を受けたあと、適切な会社を見繕う部署だ。
多くの会社の機密事項を扱うこともあるため、新人でこんなところに配属されていいのだろうかと思った。


「篠崎、お前には一年間研修担当がつく。知っての通り、うちの会社は特殊だろう?基本的な仕事の進め方はもちろんのこと、依頼の進め方やデータの扱い方を一年間みっちり叩き込んでもらう。それに適しているのがうちの部署のこの男だ」


部署のトップである白金賢一郎は隣に立つ男を見た。涼太の視線も合わせて動く。
きちんとまとめられた黒い髪に、少し色のはいったレンズのメガネから涼太を見る細い瞳、手足は長く、立ち姿はしゃんとしている。
下げられた名札には、神ノ戸、とある。


「俺と同期でこの部署で最も頭がいい神ノ戸かのと千景だ。一年お前の研修担当になる。ちゃんと教えてもらえよー」
「わかりました。神ノ戸先輩、お願いします」


ちら、と彼は涼太を見てから軽くうなずいた。

「千景は少々ぶっきらぼうだが、何の問題はない。まぁ何かあれば俺に言ってくれ。同期とはいえ、俺のほうが、上、だからな」
「余計な一言だ」

少しかすれ気味の声だった。涼太は指示されるまま自分の机へと向かう。まだ何も乗っていないまっさらな机だ。
隣はそのまま神ノ戸の席となるようだった。
机の上には中身ごとに分類されているらしいファイルが並び、筆記具やメモ用紙が整然と並んでいた。
乱れはなく、神ノ戸の性格をそのまま見ている気がした。


「しばらくは俺について回ってもらう。実際書類や依頼について触れるのはあとまわしだ。篠崎、学生時代にバイトは」
「ゲーセン、カラオケ、飲食店、駅、イベント、いろいろやってます」
「電話対応」
「イベントの申し込みとか、飲食店での予約のときに」
「接客は問題なさそうだな。うちは接客というほどのことはあまりないが、それでも対面で依頼を受けることもある。その時、いかに相手の要望を引き出せるかが大事になる」

淡々と神ノ戸は続ける。ミニノートにその話を書きながら涼太は神ノ戸をみた。
感情が伺えない瞳はわずかに灰色を帯びており、かさつき気味の唇が言葉を紡ぐ。年齢は自分より上なのは確かなのだが、同期だという白金が神ノ戸よりも下に見える。
四十、ということはないだろうが、二十代ということもないだろう。ならば三十代か。
社員が少ないこの会社において、三十代というのはいい管理職なのかもしれない。


「わからないことはいくらでも聞いていい。わからないままにされるほうが迷惑になる。それと昼休憩は各々適当な時間に一時間とっている。しばらく俺と一緒にとることになるが、希望の時間があれば聞く」
「神ノ戸さんと一緒に食べに行くんですか」
「いいや。同じ時間にとるというだけで一緒に食べる必要はない。社食はないから外に行くことになる。道が不安ならば初めのうちは一緒に行くか」
「じゃぁ、それで!」


ぱっと顔を明るくさせて大きくうなずいた。
神ノ戸は少し引き気味になるがわかったと了承した。入社初日は社内の案内をされる。涼太と神ノ戸の所属する部署から全体の統括や人事を行う部署、関連資料の置き場、休憩室、と一通り回ってから元の部署へと戻ってくる。

「初めの一週間は基本的な一日の動きを体験してもらうつもりでいる。俺は篠崎の教育担当にはなったが、さすがに社内会議に連れて行くことはできないから、会議の間はここで教えたことのまとめや疑問点を書いていてもらうことになると思う」
「わかりました」
「ひとまずは以上だ。仕事に入ろう」
「はい」


涼太の初日はあっという間に過ぎていった。定時上りが推奨されているため、時間になれば誰もが片付けて、おつかれさまーと声をかけて出ていく。
涼太は自分の机で今日のことをメモしていた。
昼食は神ノ戸に連れられていった定食屋だった。とんかつが揚げたててサクサクとして、顔が思わず蕩けてしまった。


「千景さん、お仕事終わった?」

部署の入口から声がした。
神ノ戸もまだいたが、聞きなれない声だ。顔を上げて入口を向けば女が一人いた。
肩を過ぎるほどの長さの栗色の髪とルージュが引かれたつやつやの唇、指先まできれいに整えられていた。


「恵、あと少しだ」
「本当?じゃぁ今日は一緒に帰りましょう?」
「わかった」

神ノ戸の知り合いか、と彼女から目を離した。
二人並べば美男美女、というのだろうか。涼太としてはきっちりとメイクしている女性が嫌いなわけではないが、少し彼女のメイクは濃い気がした。

「篠崎、また明日」
「はい」

神ノ戸は鞄を手に出ていく。それを見送った涼太は俺もあと少し、とばかりにペンを走らせた。
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