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第二部 新たな『勇者』が現れまして
第36話 これが一番楽だと思いまして
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何か、ルシルに謝られた。
「すいません、すいません。本当にごめんなさい。本当に、私ったら、もぉ~!」
えぇぇぇ……、何この人ォ……。
「あー……、え? えぇと?」
ほら、ラーナも戸惑っちゃってるじゃん。
ちなみに今、俺達はギルド建物三階の依頼打ち合わせ用の個室にいる。
クラリッサさんの仕事部屋の半分ほどの大きさだが、四人で話すには十分だ。
そして、そこに入った途端に、ルシルが泣いて謝り出した。
「あああああ、やっちゃった、やっちゃった~~~~! 私ったらまた~~~~!」
両手に抱えた頭をブンブカ振って、いきなり後悔し始めたワケですよ。
何ともオーバーリアクションで。
これは、さすがに驚くよね。俺もラーナも、ミミコですら動き止めちゃってるよ。
「うううううううううううううう……」
立ち尽くす俺達の前で、ルシルは一人うずくまって頭を抱えている。
さっきまでの凛とした姿から、急に変わりすぎではないだろうか。
「結局、何なの?」
尋ねる俺。
「はいぃ、ちゃんとお話します~」
男性用の貴族服を着たまま肩を落とす今の彼女に、さっきまでの凛々しさは皆無。
とにかく、俺達は打ち合わせ用の卓を囲んで、話を聞くことにした。
「私、生まれつき気弱な性格でして……」
俺達をまともに見ることもできないのか、テーブルを見下ろしてルシルが言う。
「あと、男の人も苦手で、それに加えて前に気弱な性格だって周りに知られて、変な男の人達に囲まれたことがあって、それで、その、あの、えっと……」
ルシルの声が尻すぼみに小さくなって途切れ途切れになっていくゥ!
「大丈夫ですよ、ちゃんと待ってますから頭で整理してから話してくださいね」
「うううう、ごめんなさい……」
ラーナに諭され、謝りつつもルシルは続ける。
「私、領都では全寮制の魔法学校に通ってまして、そこでは男女が同じ学級で授業を受けるので、気が弱いって周りに知られるのが怖くて、それで――」
「演技してた?」
「はい、そうです。でも、時々それが行き過ぎることがあってぇ……」
さっきのキリッとした貴公子然とした姿は、全部演技なワケだ。
かなり堂に入ってるようにも見受けられたし、結構長いこと続けてそうだな。
「すいません、その、失礼なことを言ってしまって、ごめんなさい……」
「もういいっすよ。あんたも色々大変だったんでしょうし」
俺との握手で手袋をした件も、もう特に怒りとかは消えていた。
この人の視点から見ると、アレもだいぶ頑張ってた結果のように思えてくるわ。
こんな気弱な性格で男に怖い目見せられてるんだからなぁ。
相手の性格問わず、この人はきっと男自体が苦手なんだろうなー。難儀な話だ。
「さて、それじゃ仕事の打ち合わせ、しましょうか」
「そうですね。――いや、そうしようじゃないか」
あ、貴公子に戻った。
丸まっていた背がピシっと真っすぐになって、顔つきも強気なそれに変わる。
ハの字だった眉毛が逆ハの字になったのが、一番わかりやすい変化だ。
「では、まず――」
こうして、無事に打ち合わせは開始された。
そして、貴公子モードのルシルから開示されたのは、なかなか厄介な事情だった。
……さ~て、こいつはどうしたモンかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アヴェルナの街の南東。大体馬車で半日行ったくらいのところ。
この辺りは、ゴツゴツとした岩山が連なっていて、あまり見晴らしがよくない。
そこに、放棄された廃墟みたいな砦がある。
まだアヴェルナの街ができる前、この辺りには隣国との国境線があった。
それを監視するために建築された砦は、地形に恵まれていて堅牢だったとされる。
ガザル・フォン・アルナードは、騎士団と共にそこに潜伏している。
この元・領主、隣の国に亡命しようとしてるんだってよ。
アハハハハ、バカじゃねーのか 。
今のところは、ウチの国と隣の国では諍いなんかは起きていない。
だが、この二つの国、仲がいいかというとそこまでではなく、関係は微妙らしい。
今現在、両国が争っていないのは、火種となるような事件が起きていないため。
ところが、ガザルの亡命は、その火種になりうる可能性がある。
これらはルシルから聞いた話だ。
そして彼女がそれを知った理由は、ガザルのもとから逃げてきた兵士にあった。
ガザルは、軍と騎士団を率いて街を出た。
それが逃走であったことを、兵士達は知らされていなかったらしい。
まぁ、それはそうだろ。
守るべき街を放棄するなんて、貴族にとっても兵士にとってもただの恥だ。
全ての兵士がガザルに賛同したとは考えにくい。
実際、ガザルの意志に同調したのは騎士団の三割程度らしい。
他は実質、ガザルと騎士団長に騙され、脅され、無理矢理同行させられただけ。
と、なれば当然、離脱者は出てくる。
ルシルにガザルの居場所と目的を報せたのは、そうした離脱者の一部だった。
ただ、ルシルがその報告を聞いたのは、辺境伯の指示を受けたあとだったことだ。
つまり辺境伯は、ガザルの居場所と目的をまだ知らない。
もしもこの地方トップの辺境伯がそれを知れば、討伐隊の出動は決定的だ。
そうなれば、アルナード家のお取り潰しもなし崩しに確定してしまう。
「私には、家を守る義務があるんです……」
青い顔をしながら、ルシルはそう語る。
「私の家は所詮、男爵家ですけど、それでもたくさんの人が関わっています。たくさんの人の生活をアルナード家が守っているんです。父の怯懦を理由にしてなくしていいワケがありません。それに、父の亡命が成功してしまえば、それがきっかけで多くの人が望まぬ悲劇に見舞われるかもしれない。それは、許されない」
――とのことだ。気は弱いが、筋が通った考え方をしているな、この人。
だからルシルは辺境伯にことの仔細を知られる前に、ガザルを討つことにした。
事態が大きくなる前に、伯から示された条件を満たそうというのだ。
聞けば、ガザルは統治者としては無能ながら、悪い父親ではなかったらしい。
そんな凡庸な男を亡命などという大それた行動に駆り立てたのは、ガザルの親友。
アヴェルナの街を守る騎士団のトップを張る男。
騎士団長のゼパル・ハーウェイ。
こいつがガザルをそそのかした張本人で、その存在はルシルも疎んでいたらしい。
「父は、昔からゼパルにはあまり逆らえないようでした。冒険者だった彼を騎士として取り立てたのも、父が脅されて仕方なく、だったようでして……」
「ヘ、冒険者としては何とも夢のあるお話で」
「ビスト君、そういうこと言ったらダメだよ~?」
ゼパルに軽く悪態をつくと、ラーナに叱られてしまった。こりゃ失礼。
「さて、状況をまとめてみると、だ。ガザルとゼパルは砦にいる。他に残ってる戦力は騎士団の三割ほど。他は大体逃げて離脱してる。辺境伯はまだ亡命の話を知らない。ルシルは伯に知られる前に決着をつけて、この問題を終わらせたいと思ってる」
「は、はい……」
強い風に吹かれながら、ルシルが俺の説明にコクコクとうなずいた。よろしい。
『ふにふに。いつ亡命するかわからないなら、なるはやでキメないとダメだよね~』
「そういうことになるが――、ルシルさんよ」
ミミコに同意を示して、俺はルシルに最後に尋ねる。
「何でしょうか……」
顔色を真っ青にしている彼女へ、俺は念のための確認をする。
「自分の父親を討つ。その覚悟はあるんだな?」
「…………」
ルシルはしばしの沈黙。
泣きそうになっている顔が、その一瞬だけ、キリッと引き締まる。
「はい」
それ以上は、彼女は何も言わなかった。俺も、何も問うことはしなかった。
「じゃ、早速だが爆撃と行こうか」
轟々と吹く風の中、俺は笑ってこれから行なう作戦に言及する。
「ば、爆撃……。本当にやるんですかぁ~~~~!?」
ルシルはその顔をあっという間に恐怖に染め上げて、また泣きそうになっている。
その肩を、ラーナがポンと軽く叩いた。
「ルシルちゃん、ビスト君はね、こういう人なんだよ」
「語弊がある言い方はやめてくださいませんかね?」
「うううううううう、この人達、ムチャクチャだァ~……」
そのムチャクチャな俺達に仕事を依頼したのはおまえなんだぞ。
それにしても風の音がうるさいぜ~。だけど別に星は近くもないぜ~。
もうおわかりかと思うが、俺達は今、空の上にいる。時刻は夜。
真下には、ゴツゴツした岩肌が見えていて、その真ん中に古い砦が見える。
ガザル達は潜んでいる砦だ。
これからあそこに、大質量を落下させて、爆撃しまァァァァァァ――――すッ!
「クックック、俺が編み出した飛行魔法が早くも役に立ったぜ」
例の『邪神』での一件で、俺は思い知った。
短距離空間転移は負担がデカいし、その割に飛べる距離も決して長くはない。
移動速度を考える場合、別の魔法の方がいいんじゃないだろうか。
さらには消費魔力も少なくてお得ではないか。
と、いうことから編み出したのが、今、俺達を支えている飛行魔法だった。
ただし、五属性の『混色』が必要でやや難易度が高い。
今のところ使えるのは俺だけ。ラーナにはいずれ覚えてもらうけど、まだ先の話。
「準備はいいか、ミミコ」
『ヨイサッサ~! こっちはいつだって準備中万端だぜぇ~!』
いつまで経っても準備中ですとでも言いたいのかな?
ま、そんなことはどうでもよろしい。俺は、空中から式素を抽出する。
「さすがに地属性の式素は少ないな。けど、そこは本人に補ってもらうか」
『金魔法はミミにお任せ~!』
ミミコが乗る巨大宝箱が、淡い金色の光を帯びる。
俺はさらにそこに、赤魔法による攻撃力バフと、銀魔法による高速化バフを積む。
幾重にも幾重にもこの巨大宝箱にバフ魔法を施して――、
「うわぁ……」
張り巡らされたバフの魔力が迸らせる輝きに、ルシルが呆然となっている。
だがその顔はまだとっておくべきだ。この一撃の威力を見たあとに。
『ニュッフッフ~、金魔法での質量・重量増加もバッチリだぜェ~!』
「よ~し! それではミミコ隊員、これより突撃だ!」
『いえっさ~、ビスっち隊長~!』
ノリにノる俺とミミコに、ラーナが「楽しそうだねー」とか呟いていた。
いや、でも、砦には減ったとはいえまとまった戦力もいるしね。
レンジ外からの超火力による奇襲での一掃。これが間違いなく最善でしょ。
「それではミミコ、いってらっしゃ~い! 飛行魔法、解除!」
『いってきまぁ~す! 『神の宝箱』、発射ァァァァ~~!』
バヒュンッ!
鋭い音だけを残して、ミミコの宝箱がその場から消えた。
重量と質量を増し、攻撃力と加速度を極限まで上げた、ミミコの宝箱。
その落下は、もはや落下ではない。下方向への超高速の突進としか呼べない。
「あの、宝箱さん、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だからやってんだぜ。この程度じゃ、傷一つつかないよ、あいつは」
不安がるルシルに俺は告げる。
キャラはアレだが、ミミコはかつての魔族最精鋭たる『五禍将』の一人。
あいつが最高傑作と謳うあの巨大宝箱の防御力に、俺は全幅の信頼を置いている。
仮に、傷をつけられるとしたら攻撃力最強を誇った『赤禍の将』くらいだろう。
かくして、ミミコ曰く『神の宝箱』、砦に着弾。
ドゴゴォ~~ンッ、とかいう、ものすげぇ音がした。ここまでしっかりと届いた。
「さ、降りようぜ」
舞い上がった土煙が景色を覆う中、俺は言ってゆっくり高度を落としていく。
「ううう、本当にムチャクチャだぁ……」
「そんなビスト君達に依頼をしたのは、ルシルちゃんなんだからね?」
泣きそうになってるルシルに、ラーナが地味に辛辣だった。
「すいません、すいません。本当にごめんなさい。本当に、私ったら、もぉ~!」
えぇぇぇ……、何この人ォ……。
「あー……、え? えぇと?」
ほら、ラーナも戸惑っちゃってるじゃん。
ちなみに今、俺達はギルド建物三階の依頼打ち合わせ用の個室にいる。
クラリッサさんの仕事部屋の半分ほどの大きさだが、四人で話すには十分だ。
そして、そこに入った途端に、ルシルが泣いて謝り出した。
「あああああ、やっちゃった、やっちゃった~~~~! 私ったらまた~~~~!」
両手に抱えた頭をブンブカ振って、いきなり後悔し始めたワケですよ。
何ともオーバーリアクションで。
これは、さすがに驚くよね。俺もラーナも、ミミコですら動き止めちゃってるよ。
「うううううううううううううう……」
立ち尽くす俺達の前で、ルシルは一人うずくまって頭を抱えている。
さっきまでの凛とした姿から、急に変わりすぎではないだろうか。
「結局、何なの?」
尋ねる俺。
「はいぃ、ちゃんとお話します~」
男性用の貴族服を着たまま肩を落とす今の彼女に、さっきまでの凛々しさは皆無。
とにかく、俺達は打ち合わせ用の卓を囲んで、話を聞くことにした。
「私、生まれつき気弱な性格でして……」
俺達をまともに見ることもできないのか、テーブルを見下ろしてルシルが言う。
「あと、男の人も苦手で、それに加えて前に気弱な性格だって周りに知られて、変な男の人達に囲まれたことがあって、それで、その、あの、えっと……」
ルシルの声が尻すぼみに小さくなって途切れ途切れになっていくゥ!
「大丈夫ですよ、ちゃんと待ってますから頭で整理してから話してくださいね」
「うううう、ごめんなさい……」
ラーナに諭され、謝りつつもルシルは続ける。
「私、領都では全寮制の魔法学校に通ってまして、そこでは男女が同じ学級で授業を受けるので、気が弱いって周りに知られるのが怖くて、それで――」
「演技してた?」
「はい、そうです。でも、時々それが行き過ぎることがあってぇ……」
さっきのキリッとした貴公子然とした姿は、全部演技なワケだ。
かなり堂に入ってるようにも見受けられたし、結構長いこと続けてそうだな。
「すいません、その、失礼なことを言ってしまって、ごめんなさい……」
「もういいっすよ。あんたも色々大変だったんでしょうし」
俺との握手で手袋をした件も、もう特に怒りとかは消えていた。
この人の視点から見ると、アレもだいぶ頑張ってた結果のように思えてくるわ。
こんな気弱な性格で男に怖い目見せられてるんだからなぁ。
相手の性格問わず、この人はきっと男自体が苦手なんだろうなー。難儀な話だ。
「さて、それじゃ仕事の打ち合わせ、しましょうか」
「そうですね。――いや、そうしようじゃないか」
あ、貴公子に戻った。
丸まっていた背がピシっと真っすぐになって、顔つきも強気なそれに変わる。
ハの字だった眉毛が逆ハの字になったのが、一番わかりやすい変化だ。
「では、まず――」
こうして、無事に打ち合わせは開始された。
そして、貴公子モードのルシルから開示されたのは、なかなか厄介な事情だった。
……さ~て、こいつはどうしたモンかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アヴェルナの街の南東。大体馬車で半日行ったくらいのところ。
この辺りは、ゴツゴツとした岩山が連なっていて、あまり見晴らしがよくない。
そこに、放棄された廃墟みたいな砦がある。
まだアヴェルナの街ができる前、この辺りには隣国との国境線があった。
それを監視するために建築された砦は、地形に恵まれていて堅牢だったとされる。
ガザル・フォン・アルナードは、騎士団と共にそこに潜伏している。
この元・領主、隣の国に亡命しようとしてるんだってよ。
アハハハハ、バカじゃねーのか 。
今のところは、ウチの国と隣の国では諍いなんかは起きていない。
だが、この二つの国、仲がいいかというとそこまでではなく、関係は微妙らしい。
今現在、両国が争っていないのは、火種となるような事件が起きていないため。
ところが、ガザルの亡命は、その火種になりうる可能性がある。
これらはルシルから聞いた話だ。
そして彼女がそれを知った理由は、ガザルのもとから逃げてきた兵士にあった。
ガザルは、軍と騎士団を率いて街を出た。
それが逃走であったことを、兵士達は知らされていなかったらしい。
まぁ、それはそうだろ。
守るべき街を放棄するなんて、貴族にとっても兵士にとってもただの恥だ。
全ての兵士がガザルに賛同したとは考えにくい。
実際、ガザルの意志に同調したのは騎士団の三割程度らしい。
他は実質、ガザルと騎士団長に騙され、脅され、無理矢理同行させられただけ。
と、なれば当然、離脱者は出てくる。
ルシルにガザルの居場所と目的を報せたのは、そうした離脱者の一部だった。
ただ、ルシルがその報告を聞いたのは、辺境伯の指示を受けたあとだったことだ。
つまり辺境伯は、ガザルの居場所と目的をまだ知らない。
もしもこの地方トップの辺境伯がそれを知れば、討伐隊の出動は決定的だ。
そうなれば、アルナード家のお取り潰しもなし崩しに確定してしまう。
「私には、家を守る義務があるんです……」
青い顔をしながら、ルシルはそう語る。
「私の家は所詮、男爵家ですけど、それでもたくさんの人が関わっています。たくさんの人の生活をアルナード家が守っているんです。父の怯懦を理由にしてなくしていいワケがありません。それに、父の亡命が成功してしまえば、それがきっかけで多くの人が望まぬ悲劇に見舞われるかもしれない。それは、許されない」
――とのことだ。気は弱いが、筋が通った考え方をしているな、この人。
だからルシルは辺境伯にことの仔細を知られる前に、ガザルを討つことにした。
事態が大きくなる前に、伯から示された条件を満たそうというのだ。
聞けば、ガザルは統治者としては無能ながら、悪い父親ではなかったらしい。
そんな凡庸な男を亡命などという大それた行動に駆り立てたのは、ガザルの親友。
アヴェルナの街を守る騎士団のトップを張る男。
騎士団長のゼパル・ハーウェイ。
こいつがガザルをそそのかした張本人で、その存在はルシルも疎んでいたらしい。
「父は、昔からゼパルにはあまり逆らえないようでした。冒険者だった彼を騎士として取り立てたのも、父が脅されて仕方なく、だったようでして……」
「ヘ、冒険者としては何とも夢のあるお話で」
「ビスト君、そういうこと言ったらダメだよ~?」
ゼパルに軽く悪態をつくと、ラーナに叱られてしまった。こりゃ失礼。
「さて、状況をまとめてみると、だ。ガザルとゼパルは砦にいる。他に残ってる戦力は騎士団の三割ほど。他は大体逃げて離脱してる。辺境伯はまだ亡命の話を知らない。ルシルは伯に知られる前に決着をつけて、この問題を終わらせたいと思ってる」
「は、はい……」
強い風に吹かれながら、ルシルが俺の説明にコクコクとうなずいた。よろしい。
『ふにふに。いつ亡命するかわからないなら、なるはやでキメないとダメだよね~』
「そういうことになるが――、ルシルさんよ」
ミミコに同意を示して、俺はルシルに最後に尋ねる。
「何でしょうか……」
顔色を真っ青にしている彼女へ、俺は念のための確認をする。
「自分の父親を討つ。その覚悟はあるんだな?」
「…………」
ルシルはしばしの沈黙。
泣きそうになっている顔が、その一瞬だけ、キリッと引き締まる。
「はい」
それ以上は、彼女は何も言わなかった。俺も、何も問うことはしなかった。
「じゃ、早速だが爆撃と行こうか」
轟々と吹く風の中、俺は笑ってこれから行なう作戦に言及する。
「ば、爆撃……。本当にやるんですかぁ~~~~!?」
ルシルはその顔をあっという間に恐怖に染め上げて、また泣きそうになっている。
その肩を、ラーナがポンと軽く叩いた。
「ルシルちゃん、ビスト君はね、こういう人なんだよ」
「語弊がある言い方はやめてくださいませんかね?」
「うううううううう、この人達、ムチャクチャだァ~……」
そのムチャクチャな俺達に仕事を依頼したのはおまえなんだぞ。
それにしても風の音がうるさいぜ~。だけど別に星は近くもないぜ~。
もうおわかりかと思うが、俺達は今、空の上にいる。時刻は夜。
真下には、ゴツゴツした岩肌が見えていて、その真ん中に古い砦が見える。
ガザル達は潜んでいる砦だ。
これからあそこに、大質量を落下させて、爆撃しまァァァァァァ――――すッ!
「クックック、俺が編み出した飛行魔法が早くも役に立ったぜ」
例の『邪神』での一件で、俺は思い知った。
短距離空間転移は負担がデカいし、その割に飛べる距離も決して長くはない。
移動速度を考える場合、別の魔法の方がいいんじゃないだろうか。
さらには消費魔力も少なくてお得ではないか。
と、いうことから編み出したのが、今、俺達を支えている飛行魔法だった。
ただし、五属性の『混色』が必要でやや難易度が高い。
今のところ使えるのは俺だけ。ラーナにはいずれ覚えてもらうけど、まだ先の話。
「準備はいいか、ミミコ」
『ヨイサッサ~! こっちはいつだって準備中万端だぜぇ~!』
いつまで経っても準備中ですとでも言いたいのかな?
ま、そんなことはどうでもよろしい。俺は、空中から式素を抽出する。
「さすがに地属性の式素は少ないな。けど、そこは本人に補ってもらうか」
『金魔法はミミにお任せ~!』
ミミコが乗る巨大宝箱が、淡い金色の光を帯びる。
俺はさらにそこに、赤魔法による攻撃力バフと、銀魔法による高速化バフを積む。
幾重にも幾重にもこの巨大宝箱にバフ魔法を施して――、
「うわぁ……」
張り巡らされたバフの魔力が迸らせる輝きに、ルシルが呆然となっている。
だがその顔はまだとっておくべきだ。この一撃の威力を見たあとに。
『ニュッフッフ~、金魔法での質量・重量増加もバッチリだぜェ~!』
「よ~し! それではミミコ隊員、これより突撃だ!」
『いえっさ~、ビスっち隊長~!』
ノリにノる俺とミミコに、ラーナが「楽しそうだねー」とか呟いていた。
いや、でも、砦には減ったとはいえまとまった戦力もいるしね。
レンジ外からの超火力による奇襲での一掃。これが間違いなく最善でしょ。
「それではミミコ、いってらっしゃ~い! 飛行魔法、解除!」
『いってきまぁ~す! 『神の宝箱』、発射ァァァァ~~!』
バヒュンッ!
鋭い音だけを残して、ミミコの宝箱がその場から消えた。
重量と質量を増し、攻撃力と加速度を極限まで上げた、ミミコの宝箱。
その落下は、もはや落下ではない。下方向への超高速の突進としか呼べない。
「あの、宝箱さん、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だからやってんだぜ。この程度じゃ、傷一つつかないよ、あいつは」
不安がるルシルに俺は告げる。
キャラはアレだが、ミミコはかつての魔族最精鋭たる『五禍将』の一人。
あいつが最高傑作と謳うあの巨大宝箱の防御力に、俺は全幅の信頼を置いている。
仮に、傷をつけられるとしたら攻撃力最強を誇った『赤禍の将』くらいだろう。
かくして、ミミコ曰く『神の宝箱』、砦に着弾。
ドゴゴォ~~ンッ、とかいう、ものすげぇ音がした。ここまでしっかりと届いた。
「さ、降りようぜ」
舞い上がった土煙が景色を覆う中、俺は言ってゆっくり高度を落としていく。
「ううう、本当にムチャクチャだぁ……」
「そんなビスト君達に依頼をしたのは、ルシルちゃんなんだからね?」
泣きそうになってるルシルに、ラーナが地味に辛辣だった。
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ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
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