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第一部 魔王の『力』を受け継ぎまして

第31話 忘れ得ぬ記憶となりまして

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「王宮魔術師のくせに……恥を知りなさい!」
 
 サビナの一喝にも、3人は退こうとしない。
 その理由が、ジョゼフィーネには、理解できなかった。
 血が流れているということは、痛いはずだ。
 怖いとは思わないのだろうか。
 
 死ぬかもしれないのに。
 
 前世の記憶にあるゲームとは違う。
 死ねば、蘇ることはできない。
 ここでの命はひとつきり。
 失ったら、終わりなのだ。
 
 3人から交互に、攻撃が飛んでくる。
 おそらく、腕は、サビナのほうが上だと思った。
 彼らは、似たような魔術しか使わない。
 対して、サビナは、様々な魔術を使っている。
 
 氷の矢や黒いたがねのようなもの、岩のつぶて
 大量に飛んでくる、それらをサビナは、簡単に弾き返していた。
 どれもサビナには、かすりもしない。
 もちろん、サビナの後ろにいるジョゼフィーネにも、だ。
 1人対3人でも、サビナなら大丈夫そうに思える。
 
「どうしても退かないつもりね」
 
 サビナの動きが速過ぎて、見えなかった。
 が、3人の体の周りで、何かがパシンッと砕ける。
 直後、水滴が、その体にまとわりついていた。
 
「死んでも恨まないでちょうだい」
 
 バチバチッという音と光。
 雷系統の魔術だと察する。
 ここはゲームの世界ではないが、ゲームに出てきた魔法と似ていた。
 だから、ある程度は、なにが起きているかが、わかる。
 
(げ、現実だと……やっぱり、怖い……でも、サビナは私を助けようとして……)
 
 戦ってくれているのだ。
 なにもできないことが、もどかしくなる。
 これまでのジョゼフィーネなら、後ずさりして逃げていたところだ。
 どうせなにもできないのだからと諦めて、なにもできないことにもどかしさなど感じなかったに違いない。
 
 しゅう…と、煙が上がっている。
 この世界に、電気というものはないが、雷に磁気が伴うのは知っていた。
 先に水滴まみれになっていた3人は、まともに電流を食らっている。
 
 ローブが黒く焦げていた。
 その下から見える肌も赤くただれている。
 きっと火傷をしているのだ。
 まだ立っているのが不思議なくらいの大怪我に見える。
 
「国王付の魔術師……いい気になるなよ」
 
 3人の内の1人が、そう言った。
 サビナと、さらに距離を取る。
 それから、手をサッと振った。
 3人の傷が治っていく。
 
 前に、ジョゼフィーネもリロイにかけてもらったことがあった。
 治癒の魔術を使ったに違いない。
 リロイが使った時とは違い、あっという間、ではなかったけれども。
 同じ魔術でも、使う人間の力により効果が違うらしい。
 
 思ったジョゼフィーネの背中に、ぞくりと嫌な気配が漂う。
 体が痛い。
 馴染みのある「悪意」が自分に向けられるのを悟った。
 瞬間的に、逃げようとしたジョゼフィーネの首筋に、ごつっという衝撃。
 
「サビ……」
 
 意識を失いかけながらも、必死で手を伸ばした。
 サビナもジョゼフィーネの手を掴もうとする。
 が、間に合わない。
 4人目の魔術師がいたのだ。
 
 3人は囮だったのかもしれない。
 思う間にも、周りが真っ暗になった。
 サビナの姿が遠ざかっていく。
 
(……さ、びな…………でぃ……ん……)
 
 意識を失ったのだと、頭の隅で、気づいていた。
 また自分は「ヘマ」をしたのだ、とも思っている。
 サビナが、あんなにも頑張ってくれたのに。
 
 暗い記憶の中に、ジョゼフィーネは落ちていた。
 彼女の周りは、活字だらけ。
 大きくなったり小さくなったりして、取り囲んでくる。
 ジョゼフィーネが、ずっと恐れていたものばかりだ。
 
 『は? トモダチ? なに言ってんの?』
 
 そう、友達ではなかった。
 友達だったと信じたかっただけだ。
 どこかのグループに属していなければ、との思いもあった。
 それが「普通」で、みんな、あたり前にやれている。
 
 はみ出すのが怖かった。
 みんなと同じ、が、できない自分が恥ずかしくて、怖くて。
 1人になるのが嫌だったのだ。
 
 『前から思ってたけど、あんた、ウザい』
 
 そうかもしれない。
 真面目さなんて振りかざせば、周りにうっとうしがられる。
 なんとなく感じていたものの、自分の中の「正しさ」と、折り合いがつけられなかった。
 正しいことを正しいと言いたかったのだ。
 
 本当には、今だって。
 
 『こいつさ、あんたらの悪口ばっか言ってんの』
 
 嘘などついていない。
 誰に信じてもらえなくても、自分だけは知っている。
 それで良かったのだ。
 自分の正しさを、自らで折り曲げなければ、1人でも立っていられたはず。
 
 彼女が引きこもったのは、自分の正しさを自分自身で諦めたからだ。
 悪意に負け、信じるものを放り出した。
 そのことが、最も彼女自身を傷つけている。
 
 ジョゼフィーネの意識に、活字ではないものが落ちてきた。
 声だ。
 優しくて、ジョゼフィーネを認めてくれて、つつんでくれる、声だった。
 
 『お前がお前を嫌いでも、俺はお前が愛しい。お前がお前を守らぬのであれば、俺がお前を守ってやりたく思う』
 
 彼がくれた、いくつもの言葉を思い出す。
 代わりに、ジョゼフィーネの周りを漂っていた嫌な活字が消えていった。
 やり直すのではなく、新しく始めるのだと、そんなふうに思う。
 無意識の中、ジョゼフィーネはディーナリアスの隣で笑っている自分を、見た。
 
(一緒に、字引き……作って……文献……調査……私も……手伝う……)
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