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第一部 魔王の『力』を受け継ぎまして
第27話 そんな『正義』は踏み潰しまして
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俺は、そこにいる冒険者達と相対し、その全員をザッと見渡す。
皆、傷だらけだった。装備もガタガタで、持っている武器は壊れかけている。
そこからも、よっぽどの激戦だったことが窺える。
そこにいるのはまさに満身創痍の戦士達。だが、今は完全に放心している。
死者が一人も出ていないようなのは、本当に幸いだった。こればかりは安堵する。
ズズ、と、近くから音がする。
また『邪神』から端末が湧いて出ようとしている。
俺はそれを、適当に編み上げた術式で数体まとめて粉砕する。
それを見た冒険者達がビクリと身を震わせる。
そして彼らは、俺の方を睨んでくる。今のショックで大半が我に返ったか。
「……ビスト」
「先に言っておくよ」
俺は別に、こいつらの主張など聞く気はない。
酔っぱらいがまともな意見など言えるはずがない。そんなことは誰でも知ってる。
「こいつらをいくら倒しても、無駄だぞ」
「な……」
「そんな……!」
しっかりと断言する俺に、冒険者達の中の何割かが動揺を見せる。
「この黒いデカブツは、常に周りから式素を取り込んでる。そこから生まれる分身をどれだけ叩いても、土を掘ってるのと何も変わりない。剣で土を殺せるのか?」
「ウ、ウソだッ!」
「そうだ、この分身共を潰していけば、本体だって削れて……!」
俺の説明に、冒険者達は予想通りに噛みついてきた。
決死の覚悟をもって臨んだ戦いが、ただの穴掘り同然と言われればそうもなるか。
ああ、それは辛いだろう。認め難いだろうよ。けどな、
「じゃあ、最終的にアヴェルナが滅ぼすきっかけを作るのはおまえらだな」
「は、はァ……?」
「何を言ってるんだ、おまえは……!」
俺に噛みついてきた連中が揃って驚きを見せるが、何を驚いてやがるんだ。
「だってそうだろ? おまえらはおまえらの浅はかな判断を盲信して、やるだけ無駄な戦いに全力を注ぎ込んでただけだ。それを続ければ、その先に待ってるのは全滅という結末のみ。――で、そこから誰がどうやってこのデカブツを止めるんだ?」
「ぁ……」
「それ、は……」
必死の思いで戦い続けた人々に、俺は冷たい声で現実を叩きつける。
それを楽しいとは思わない。思うはずがない。でも、これは俺がするべきことだ。
「ぉ、俺達は間違っていたのか……?」
冒険者の中の一人が、弱い声でそれを呟く。
場の空気、ってやつはそこにいる人間が多ければ多いほど影響力が高まっていく。
俺の言葉は、彼らにとってはいわば受け入れがたいものでしかない。
しかし、一人でもそれを受け入れる者が現れれば、そこが変化の起点となる。
「じゃあ、俺達がやってきたことは、何だったんだ?」
「僕達の奮闘は、一体……?」
「私、こんなにがんばってたのに……、全部、無駄だったの?」
冒険者達が、現実を知って次々に酔いから覚めていく。
そしてそのあとに訪れるのは、悲嘆、落胆、失意に心が打ちのめされていく。
二日酔いの頭痛など、今、俺が見ているものに比べれば全然生易しい。
皆、必死の思いで戦っていたに違いない。
その戦いによってアヴェルナの未来は拓かれると信じていたことだろう。
だが、その覚悟に意味はなく、その戦いに結果はついてこない。
それを、俺はこいつらに叩きつける必要があった。
現実が見えなくなってたこいつらを無理矢理にでも我に返してやるために。
胸糞悪いぜ、本当によ……。
「――ダメだッ! そいつの言うことを信じるな、みんな!」
だが、変わりかけていた状況に、食ってかかるヤツがいた。
俺に頭突きされた鼻を押さえながら、立ち上がったヴァイスが皆へと訴える。
「大丈夫だ、俺達の戦いは、無意味なんかじゃない! 俺達は街を守るために戦い続けてきたじゃないか! その想いが無駄であるはずがない! そうだろッ!?」
「ヴァイス……」
おうおう、随分とカッコいいことをいてくれるじゃねぇか、この野郎。
だが、ヴァイスが語る内容は全く根拠を欠いている。要するに精神論でしかない。
が、残念なことに、今のこの場ではその精神論こそが大きな力を発揮する。
「そ、そうだ……。俺達は、アヴェルナを守りたいから、戦ってたんだ。その戦いが、無意味なんかであるはずがない。俺達は、俺の決意は、まだ……!」
無意味だよ。
どれだけ熱意を込めて戦っても、そこに結果は伴わないから無意味だよ。
だが、冒険者達の中には、今までの戦いを無駄にしたくないという想いがある。
ヴァイスが叫ぶ精神論はそこにダイレクトに響く。
冒険者達の戦いに、架空とはいえども意味と価値を生じさせるからだ。
自分達のやってきたことは報われる。そう思わせられるからだ。
なるほどね。ヴァイス、か。
こいつの語る言葉には聞く者の心に響くだけの力がある。『正しさ』もある。
アヴェルナの街を守りたいという一念。
その想いに宿る『正しさ』は、俺も認めるところではある。ああ、認めるとも。
だからこそ、思うよ。――心底、反吐が出る。ってさ。
「俺は、戦うぞ!」
ヴァイスが、自分の剣を掲げる。そして、何を思ったかその切っ先を俺に向ける。
「こいつや、ウォードさんみたいな臆病者とは違うんだ。根拠もなしに俺達の戦いが無意味だなんて言う連中に耳を貸す必要はない! みんな、戦うんだ!」
「あ~、根拠。根拠ね~。それはおまえらも一緒だろうがよ……」
だが、同じ無根拠とはいえ、俺とヴァイスとでは明らかな格差がある。
ヴァイスは冒険者達の支持を集め、俺はその逆。これはかなり大きな差である。
「ま、それでも言うんだけどな。おまえらの戦いに意味はない、ってよ」
「見ろ、こいつはそうやって俺達の覚悟に水を差そうとする! 一体何の証拠があって、そんなことを断言できる! どこにもそんな証拠はない! 根拠だってない!」
あーあーあーあー、うるせぇなぁ、こいつ。
わかった、わかったよ。そこまで言うなら教えてやるよ。断言できる根拠をよ。
「俺の前世は魔王だ」
俺は、場にいる皆へと向かって、それを告げた。
「…………え?」
ヴァイスが、俺の告白に一声漏らして、剣の切っ先をこっちに向けたまま凍る。
「俺は、前世から『記憶』と『力』を受け継いでる。だから、おまえらが知らないことも知ってるよ。例えば、あの『邪神』の構造とか性質とか、能力もな」
ツラツラと言葉を続ける俺に、冒険者達も言葉を失っている。
その間も『邪神』の端末は次々に生まれ出てきているので――、
「受け継いだ『力』で、こんなこともできる」
俺は、そこに構築した術式をブチ込んで、端末の群れを消滅させた。
「ちなみに今のは六属性の『混色』だ」
「ろ、六属性……!?」
「そんなの、トップクラスの賢者にだって無理だぞ……!」
冒険者達がどよめく。
こいつらはすでに目にしている。俺が、魔法の一撃で端末を全滅させた光景を。
「じ、じゃあ、本当に……?」
「あいつの言うことは本当で、あの分身は、いくら倒しても……」
「そんな、そんな……」
明確な証拠ではない。
しかし、俺が示した力は、何よりも雄弁に事実を語ってくれた。
「ま、待て、みんな……ッ! 信じるな! お、俺達は……!」
折れていく冒険者達を、ヴァイスは何とか奮起させようとする。
その姿勢は見上げたものだが、俺は一つの問いを投げる。
「なぁ、ヴァイス。おまえは結局、何がしたいんだ?」
「な、何が、したい……?」
「アヴェルナの街を守りたいって気持ちは俺にだってあるよ。そのために、急いでここまで戻ってきた。けど、おまえみたいに自殺行為に走ろうとは思わねぇよ」
「自殺行為、なんかじゃない! ナメるな!」
俺の言葉に、ヴァイスが激昂する。
彼は顔色を真っ赤に染めて、剣を握る手にググッ、と力を込める。
「俺は、俺なりに考えて行動しただけだ! この巨大なモンスターを倒すための最善の手を探って、それで俺なりに出した結論に基づいて、戦い続けてきたんだ!」
なるほど、なるほど。
言っていることにおかしな点はない。やってることも概ね、間違ってはいない。
ただ、知識と経験が足りなくて、出した結論が致命的に間違っていただけ。
「はぁ~……」
俺は、深々とため息をついた。
「そんな底の浅い結論に、そんな未熟な『正義』に、他の連中を巻き込んでんじゃねぇよ、おまえ。死にたいなら一人で死んでくれ。俺も別に止めないからさぁ」
「何を、言う……!」
俺は率直に思ったことを述べるが、それは余計にヴァイスの怒りを誘ったようだ。
「今、このモンスターを抑えられなきゃ、街が滅ぶんだぞ!? だったら命を捨ててでも戦い抜かなきゃダメだろうが! それが俺の覚悟だ。みんなだってそうだろ!」
「それは、まぁ……」
「そ、そうだ。俺達も、ここで命がけで戦わなきゃって、思って……」
ヴァイスに求められて、冒険者達は勢いをなくしながらも同調を示す。
そうかいそうかい、そういうことかい。やっぱり、そういうことだとは思ったよ。
「ちょっと、そこのあんた」
俺は、ヴァイスではない、他の冒険者を指さす。
「お、俺か……?」
それは、さっきも見た、俺が開いた宴会に参加していた冒険者だった。
「あんたは俺と知り合いだよな。一緒に酒を飲んだ仲だ。そうだろ?」
「あ、ああ。そうだが……」
俺の意図をはかりかねているのか、その冒険者は戸惑い混じりにうなずく。
そんな彼に、俺は告げる。
「俺は、あんたが死んだら悲しいぜ」
「何を……」
「あんただけじゃない。そこのあんたも、そっちのあんたも、隣のあんたもだ」
宴会に参加していた面々を指さしていって、俺は同じ言葉を繰り返す。
「あんたらのことだって、俺は死んでほしくない。普通の知り合いが死んで嬉しい人間なんて、世の中、そうそういないよ。そうだろ? 違わないよな?」
「それは、そうだけど……」
冒険者達の間に、困惑の空気が広がっていく。
だけど別に、俺が言ってることは変なことでもないし、特別なことでもない。
「アヴェルナから脱出しようとしてる人達の中にも、あんた達に死んでほしくない人間はたくさんいるんじゃないのか? 俺が言いたいのは、そういうことなんだよ」
「私達に、死んでほしくない……?」
胸が詰まるよ。不快さしかない。ただただ、悲しいだけじゃないか。
だって、そうだろ?
「今日までいた友達や知り合いが、今日を最後に永遠に会えなくなるなんて、楽しくないだろ。あんた達も、そういう人達とまた一緒に酒を酌み交わしたりしたいだろ」
「ぅ、あ……!」
「街を守るなんて、言うことは立派さ。でもよ、それで死ぬ必要がない場で命を投げ出しちまったら、あんた達を好きでいてくれる人たちは悲しむしかないんだぜ? 泣くぜ? 多分、スゲェ泣くぜ? その人達を泣かすのは、あんた達自身なんだぜ?」
そんなこと、想像するだに楽しくない。
そりゃ、冒険者は危険が付きまとう職業だ。命の値段はとびっきり安い。
だが、だからこそ生き残ることを考え続けなきゃいけないと思うんだよ、俺は。
どうしようもない場面でもなけりゃ、命を捨てるなんてあっちゃいけない。
そして、目の前の『邪神』との戦いは、別に、どうしようもない場面ではない。
街の人達の避難が完了すれば、この人達だって逃げて構わないはずだ。
「あんた達はアヴェルナを守りたいと思ってるんだろうけど、だったら、まずはあんた達は自分を守れよ。だって、あんた達だって守られるべき街の一員なんだから」
頼むよ。
俺は、胸中に強くそう念じながら、冒険者達へと向けて語った。
「ぉ、俺は――」
最初に俺が指さした冒険者が、がっくりと膝をつく。
「俺は、死にたくない……!」
そして彼はハラハラと涙を流して、ようやく、その一言を口にした。
「イヤだ! 俺はここで死にたくない! 死にたくない! まだ、生きていたい!」
「そうだ、死にたくない。僕も、まだ死にたくないよ!」
「情けないけど、私も……、イヤ。ここで死ぬのは、イヤよ、やっぱり……!」
冒険者達が武器を投げ捨て、戦いを放棄する。
口々に死の恐怖を叫んで、泣いて、嘆いて、明日も生きていたいと訴える。
「ああ、そうだよな。そうに決まってるよな」
やっと止まってくれた彼らに、俺もそう呟いて、深くうなずいた。
街を救いたい。その想いは正しいが、だからって『正しさ』に酔ってはいけない。
何かに酔った挙句、我を忘れたまま死に至る。
そんなのは、この世で一番みっともない死に様じゃないか。
「な、何でそんなことが言えるんだ、みんな! 街を守るために、ここまで戦ってきたじゃないか! それなのに、今になってそんな臆病風に吹かれるのか!?」
唯一、この場で今なお、戦う姿勢を見せているのはヴァイスだけ。
「ふざけるなよ! あのモンスターを討つためなら命を捨てても構わないと、みんな言ってたじゃないか! それなのに、何を今さら――」
「おまえの言葉はもう、誰にも響かねぇよ」
「……おまえはッ」
ヴァイスが、俺を睨みつける。俺は、ヴァイスを睨み返す。
「ヴァイス。街を守るのと命を投げ出すのはイコールじゃねぇぞ。必要のないことを他人に強要するな。おまえのくだらねぇ『正義』に道連れを作るな」
「く、ぐ、ぉ、俺は……!」
「これ以上、何か言うなら――」
俺は、再び数を増やしつつあった『邪神』の端末を、魔法で消し飛ばす。
「次はおまえが、ああなるぜ」
「…………ッ」
明白な俺の脅しに、ヴァイスは顔から色を失う。
他の冒険者達を死なせるって意味では、モンスターもこいつも同じだ。
だったら俺だって容赦はしない。モンスターと同じなら、対応だって同じにする。
「さて――」
動けずにいるヴァイスの横を通り過ぎて、俺は『邪神』に近づく。
それから、冒険者達の方を振り向いて、
「あんた達の戦いっぷりは立派だったよ! アヴェルナを守りたいっていう想いは、俺にもスゲェよく伝わった! ああ、その想いは絶対に間違っちゃいない!」
そうとも。だから――、
「あんた達のその『正しさ』は、俺が引き受けた」
そして、俺は『邪神』の方へと向き直る。
さぁ、決着をつけようじゃねぇか、レックス・ファーレン。
皆、傷だらけだった。装備もガタガタで、持っている武器は壊れかけている。
そこからも、よっぽどの激戦だったことが窺える。
そこにいるのはまさに満身創痍の戦士達。だが、今は完全に放心している。
死者が一人も出ていないようなのは、本当に幸いだった。こればかりは安堵する。
ズズ、と、近くから音がする。
また『邪神』から端末が湧いて出ようとしている。
俺はそれを、適当に編み上げた術式で数体まとめて粉砕する。
それを見た冒険者達がビクリと身を震わせる。
そして彼らは、俺の方を睨んでくる。今のショックで大半が我に返ったか。
「……ビスト」
「先に言っておくよ」
俺は別に、こいつらの主張など聞く気はない。
酔っぱらいがまともな意見など言えるはずがない。そんなことは誰でも知ってる。
「こいつらをいくら倒しても、無駄だぞ」
「な……」
「そんな……!」
しっかりと断言する俺に、冒険者達の中の何割かが動揺を見せる。
「この黒いデカブツは、常に周りから式素を取り込んでる。そこから生まれる分身をどれだけ叩いても、土を掘ってるのと何も変わりない。剣で土を殺せるのか?」
「ウ、ウソだッ!」
「そうだ、この分身共を潰していけば、本体だって削れて……!」
俺の説明に、冒険者達は予想通りに噛みついてきた。
決死の覚悟をもって臨んだ戦いが、ただの穴掘り同然と言われればそうもなるか。
ああ、それは辛いだろう。認め難いだろうよ。けどな、
「じゃあ、最終的にアヴェルナが滅ぼすきっかけを作るのはおまえらだな」
「は、はァ……?」
「何を言ってるんだ、おまえは……!」
俺に噛みついてきた連中が揃って驚きを見せるが、何を驚いてやがるんだ。
「だってそうだろ? おまえらはおまえらの浅はかな判断を盲信して、やるだけ無駄な戦いに全力を注ぎ込んでただけだ。それを続ければ、その先に待ってるのは全滅という結末のみ。――で、そこから誰がどうやってこのデカブツを止めるんだ?」
「ぁ……」
「それ、は……」
必死の思いで戦い続けた人々に、俺は冷たい声で現実を叩きつける。
それを楽しいとは思わない。思うはずがない。でも、これは俺がするべきことだ。
「ぉ、俺達は間違っていたのか……?」
冒険者の中の一人が、弱い声でそれを呟く。
場の空気、ってやつはそこにいる人間が多ければ多いほど影響力が高まっていく。
俺の言葉は、彼らにとってはいわば受け入れがたいものでしかない。
しかし、一人でもそれを受け入れる者が現れれば、そこが変化の起点となる。
「じゃあ、俺達がやってきたことは、何だったんだ?」
「僕達の奮闘は、一体……?」
「私、こんなにがんばってたのに……、全部、無駄だったの?」
冒険者達が、現実を知って次々に酔いから覚めていく。
そしてそのあとに訪れるのは、悲嘆、落胆、失意に心が打ちのめされていく。
二日酔いの頭痛など、今、俺が見ているものに比べれば全然生易しい。
皆、必死の思いで戦っていたに違いない。
その戦いによってアヴェルナの未来は拓かれると信じていたことだろう。
だが、その覚悟に意味はなく、その戦いに結果はついてこない。
それを、俺はこいつらに叩きつける必要があった。
現実が見えなくなってたこいつらを無理矢理にでも我に返してやるために。
胸糞悪いぜ、本当によ……。
「――ダメだッ! そいつの言うことを信じるな、みんな!」
だが、変わりかけていた状況に、食ってかかるヤツがいた。
俺に頭突きされた鼻を押さえながら、立ち上がったヴァイスが皆へと訴える。
「大丈夫だ、俺達の戦いは、無意味なんかじゃない! 俺達は街を守るために戦い続けてきたじゃないか! その想いが無駄であるはずがない! そうだろッ!?」
「ヴァイス……」
おうおう、随分とカッコいいことをいてくれるじゃねぇか、この野郎。
だが、ヴァイスが語る内容は全く根拠を欠いている。要するに精神論でしかない。
が、残念なことに、今のこの場ではその精神論こそが大きな力を発揮する。
「そ、そうだ……。俺達は、アヴェルナを守りたいから、戦ってたんだ。その戦いが、無意味なんかであるはずがない。俺達は、俺の決意は、まだ……!」
無意味だよ。
どれだけ熱意を込めて戦っても、そこに結果は伴わないから無意味だよ。
だが、冒険者達の中には、今までの戦いを無駄にしたくないという想いがある。
ヴァイスが叫ぶ精神論はそこにダイレクトに響く。
冒険者達の戦いに、架空とはいえども意味と価値を生じさせるからだ。
自分達のやってきたことは報われる。そう思わせられるからだ。
なるほどね。ヴァイス、か。
こいつの語る言葉には聞く者の心に響くだけの力がある。『正しさ』もある。
アヴェルナの街を守りたいという一念。
その想いに宿る『正しさ』は、俺も認めるところではある。ああ、認めるとも。
だからこそ、思うよ。――心底、反吐が出る。ってさ。
「俺は、戦うぞ!」
ヴァイスが、自分の剣を掲げる。そして、何を思ったかその切っ先を俺に向ける。
「こいつや、ウォードさんみたいな臆病者とは違うんだ。根拠もなしに俺達の戦いが無意味だなんて言う連中に耳を貸す必要はない! みんな、戦うんだ!」
「あ~、根拠。根拠ね~。それはおまえらも一緒だろうがよ……」
だが、同じ無根拠とはいえ、俺とヴァイスとでは明らかな格差がある。
ヴァイスは冒険者達の支持を集め、俺はその逆。これはかなり大きな差である。
「ま、それでも言うんだけどな。おまえらの戦いに意味はない、ってよ」
「見ろ、こいつはそうやって俺達の覚悟に水を差そうとする! 一体何の証拠があって、そんなことを断言できる! どこにもそんな証拠はない! 根拠だってない!」
あーあーあーあー、うるせぇなぁ、こいつ。
わかった、わかったよ。そこまで言うなら教えてやるよ。断言できる根拠をよ。
「俺の前世は魔王だ」
俺は、場にいる皆へと向かって、それを告げた。
「…………え?」
ヴァイスが、俺の告白に一声漏らして、剣の切っ先をこっちに向けたまま凍る。
「俺は、前世から『記憶』と『力』を受け継いでる。だから、おまえらが知らないことも知ってるよ。例えば、あの『邪神』の構造とか性質とか、能力もな」
ツラツラと言葉を続ける俺に、冒険者達も言葉を失っている。
その間も『邪神』の端末は次々に生まれ出てきているので――、
「受け継いだ『力』で、こんなこともできる」
俺は、そこに構築した術式をブチ込んで、端末の群れを消滅させた。
「ちなみに今のは六属性の『混色』だ」
「ろ、六属性……!?」
「そんなの、トップクラスの賢者にだって無理だぞ……!」
冒険者達がどよめく。
こいつらはすでに目にしている。俺が、魔法の一撃で端末を全滅させた光景を。
「じ、じゃあ、本当に……?」
「あいつの言うことは本当で、あの分身は、いくら倒しても……」
「そんな、そんな……」
明確な証拠ではない。
しかし、俺が示した力は、何よりも雄弁に事実を語ってくれた。
「ま、待て、みんな……ッ! 信じるな! お、俺達は……!」
折れていく冒険者達を、ヴァイスは何とか奮起させようとする。
その姿勢は見上げたものだが、俺は一つの問いを投げる。
「なぁ、ヴァイス。おまえは結局、何がしたいんだ?」
「な、何が、したい……?」
「アヴェルナの街を守りたいって気持ちは俺にだってあるよ。そのために、急いでここまで戻ってきた。けど、おまえみたいに自殺行為に走ろうとは思わねぇよ」
「自殺行為、なんかじゃない! ナメるな!」
俺の言葉に、ヴァイスが激昂する。
彼は顔色を真っ赤に染めて、剣を握る手にググッ、と力を込める。
「俺は、俺なりに考えて行動しただけだ! この巨大なモンスターを倒すための最善の手を探って、それで俺なりに出した結論に基づいて、戦い続けてきたんだ!」
なるほど、なるほど。
言っていることにおかしな点はない。やってることも概ね、間違ってはいない。
ただ、知識と経験が足りなくて、出した結論が致命的に間違っていただけ。
「はぁ~……」
俺は、深々とため息をついた。
「そんな底の浅い結論に、そんな未熟な『正義』に、他の連中を巻き込んでんじゃねぇよ、おまえ。死にたいなら一人で死んでくれ。俺も別に止めないからさぁ」
「何を、言う……!」
俺は率直に思ったことを述べるが、それは余計にヴァイスの怒りを誘ったようだ。
「今、このモンスターを抑えられなきゃ、街が滅ぶんだぞ!? だったら命を捨ててでも戦い抜かなきゃダメだろうが! それが俺の覚悟だ。みんなだってそうだろ!」
「それは、まぁ……」
「そ、そうだ。俺達も、ここで命がけで戦わなきゃって、思って……」
ヴァイスに求められて、冒険者達は勢いをなくしながらも同調を示す。
そうかいそうかい、そういうことかい。やっぱり、そういうことだとは思ったよ。
「ちょっと、そこのあんた」
俺は、ヴァイスではない、他の冒険者を指さす。
「お、俺か……?」
それは、さっきも見た、俺が開いた宴会に参加していた冒険者だった。
「あんたは俺と知り合いだよな。一緒に酒を飲んだ仲だ。そうだろ?」
「あ、ああ。そうだが……」
俺の意図をはかりかねているのか、その冒険者は戸惑い混じりにうなずく。
そんな彼に、俺は告げる。
「俺は、あんたが死んだら悲しいぜ」
「何を……」
「あんただけじゃない。そこのあんたも、そっちのあんたも、隣のあんたもだ」
宴会に参加していた面々を指さしていって、俺は同じ言葉を繰り返す。
「あんたらのことだって、俺は死んでほしくない。普通の知り合いが死んで嬉しい人間なんて、世の中、そうそういないよ。そうだろ? 違わないよな?」
「それは、そうだけど……」
冒険者達の間に、困惑の空気が広がっていく。
だけど別に、俺が言ってることは変なことでもないし、特別なことでもない。
「アヴェルナから脱出しようとしてる人達の中にも、あんた達に死んでほしくない人間はたくさんいるんじゃないのか? 俺が言いたいのは、そういうことなんだよ」
「私達に、死んでほしくない……?」
胸が詰まるよ。不快さしかない。ただただ、悲しいだけじゃないか。
だって、そうだろ?
「今日までいた友達や知り合いが、今日を最後に永遠に会えなくなるなんて、楽しくないだろ。あんた達も、そういう人達とまた一緒に酒を酌み交わしたりしたいだろ」
「ぅ、あ……!」
「街を守るなんて、言うことは立派さ。でもよ、それで死ぬ必要がない場で命を投げ出しちまったら、あんた達を好きでいてくれる人たちは悲しむしかないんだぜ? 泣くぜ? 多分、スゲェ泣くぜ? その人達を泣かすのは、あんた達自身なんだぜ?」
そんなこと、想像するだに楽しくない。
そりゃ、冒険者は危険が付きまとう職業だ。命の値段はとびっきり安い。
だが、だからこそ生き残ることを考え続けなきゃいけないと思うんだよ、俺は。
どうしようもない場面でもなけりゃ、命を捨てるなんてあっちゃいけない。
そして、目の前の『邪神』との戦いは、別に、どうしようもない場面ではない。
街の人達の避難が完了すれば、この人達だって逃げて構わないはずだ。
「あんた達はアヴェルナを守りたいと思ってるんだろうけど、だったら、まずはあんた達は自分を守れよ。だって、あんた達だって守られるべき街の一員なんだから」
頼むよ。
俺は、胸中に強くそう念じながら、冒険者達へと向けて語った。
「ぉ、俺は――」
最初に俺が指さした冒険者が、がっくりと膝をつく。
「俺は、死にたくない……!」
そして彼はハラハラと涙を流して、ようやく、その一言を口にした。
「イヤだ! 俺はここで死にたくない! 死にたくない! まだ、生きていたい!」
「そうだ、死にたくない。僕も、まだ死にたくないよ!」
「情けないけど、私も……、イヤ。ここで死ぬのは、イヤよ、やっぱり……!」
冒険者達が武器を投げ捨て、戦いを放棄する。
口々に死の恐怖を叫んで、泣いて、嘆いて、明日も生きていたいと訴える。
「ああ、そうだよな。そうに決まってるよな」
やっと止まってくれた彼らに、俺もそう呟いて、深くうなずいた。
街を救いたい。その想いは正しいが、だからって『正しさ』に酔ってはいけない。
何かに酔った挙句、我を忘れたまま死に至る。
そんなのは、この世で一番みっともない死に様じゃないか。
「な、何でそんなことが言えるんだ、みんな! 街を守るために、ここまで戦ってきたじゃないか! それなのに、今になってそんな臆病風に吹かれるのか!?」
唯一、この場で今なお、戦う姿勢を見せているのはヴァイスだけ。
「ふざけるなよ! あのモンスターを討つためなら命を捨てても構わないと、みんな言ってたじゃないか! それなのに、何を今さら――」
「おまえの言葉はもう、誰にも響かねぇよ」
「……おまえはッ」
ヴァイスが、俺を睨みつける。俺は、ヴァイスを睨み返す。
「ヴァイス。街を守るのと命を投げ出すのはイコールじゃねぇぞ。必要のないことを他人に強要するな。おまえのくだらねぇ『正義』に道連れを作るな」
「く、ぐ、ぉ、俺は……!」
「これ以上、何か言うなら――」
俺は、再び数を増やしつつあった『邪神』の端末を、魔法で消し飛ばす。
「次はおまえが、ああなるぜ」
「…………ッ」
明白な俺の脅しに、ヴァイスは顔から色を失う。
他の冒険者達を死なせるって意味では、モンスターもこいつも同じだ。
だったら俺だって容赦はしない。モンスターと同じなら、対応だって同じにする。
「さて――」
動けずにいるヴァイスの横を通り過ぎて、俺は『邪神』に近づく。
それから、冒険者達の方を振り向いて、
「あんた達の戦いっぷりは立派だったよ! アヴェルナを守りたいっていう想いは、俺にもスゲェよく伝わった! ああ、その想いは絶対に間違っちゃいない!」
そうとも。だから――、
「あんた達のその『正しさ』は、俺が引き受けた」
そして、俺は『邪神』の方へと向き直る。
さぁ、決着をつけようじゃねぇか、レックス・ファーレン。
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異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
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主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
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(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
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現在、第三章フェレスト王国エルフ編
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