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第一部 魔王の『力』を受け継ぎまして
第16話 ダンジョン攻略を開始しまして
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ダンジョンの入り口からして、しっかりと幻術による迷彩が施されていた。
「あ~、ここだわ」
「え、どこ?」
「ここだ、ここ。ここ」
俺が指さした先に、ラーナが目を凝らす。
だが、そこにあるのはただの濡れた岩肌で、見た目、どこにも穴などない。
ラーナがこっちを向く。やや頬が膨らんでいるぞ?
「どこにもない!」
「そんなことでむくれんなよ……。幻術だ、幻術」
俺は指先を岩壁に触れさせて、そこに施されている幻術を解体する。
すると、いきなりそこに大きな洞窟の入り口が姿を現す。
「わ、すごい……!」
「ふ~む? 術式が現代のモンっぽいな。三、いや、四属性の『混色』か」
「わかるの?」
あごに手を当てて首をかしげていると、ラーナに尋ねられた。
「ん? ああ、わかるぜ。白・赤・金・銀の魔法を使った術式構成だと思う」
白魔法は光属性に基づいた治癒と浄化の魔法だが、同時に光を扱う魔法でもある。
それを基礎として、物質を扱う金魔法、空間を扱う銀魔法で補強したワケだ。
「最後の赤魔法は?」
「赤は火属性。激化と破壊の魔法でな、他の魔法の効果を増幅できるんだよ」
対となる水の青魔法は、逆に魔法の効果を低減させられる。
赤魔法はバフ魔法に用いられ、青魔法は逆にデバフ魔法の基礎に使われている。
「この幻術、ここ数か月以内に使われたモンだぞ」
「だったらウォードさんに同行してた賢者様の魔法なんじゃないかな?」
と、ラーナが言ってくる。
ああ、そういえばウォードさん、そんなこと言ってたな。
俺達がいるのは、モンスターに滅ぼされた村からもう少し先に行った山の中だ。
少し前、ウォードさん達は廃村を根城にしていた大規模盗賊団を討伐した。
そのときには、たまたまアヴェルナに来てた別の地方の賢者も一緒だったらしい。
で、帰りがけにたまたま、このダンジョンの入り口を見つけたんだとか。
ダンジョン内の『混沌化』についても、その賢者が気づいたとのこと。
なるほどな、それでその賢者がこのダンジョンの入り口に幻術で蓋をしたワケか。
「人を近づけさせないための応急処置だろうな。悪くない判断だと思うぜ」
「そうなんだね~」
と、ラーナがダンジョンの入り口に近づいてジロジロと見回している。
「……どうしたよ?」
「え~? 四属性の『混色』ってすごいな~、って。さすが賢者様だね」
ああ、何事かと思えば――、
「あのですね、ラーナ君」
「は~い?」
「おまえにはまず一か月以内に『手のひらの虹』まで習得してもらうからね?」
「……『手のひらの虹』?」
俺がそれを告げると、意味がわかっていない彼女はキョトンとなる。
そんなラーナに、俺は右手を差し出し、実際にそれを見せた。
「ほれ」
広げた俺の右手に、虹色の光球がポゥと浮かぶ。
「わぁ、綺麗……」
ラーナの視線が、俺が作り出した虹の光球に吸い寄せられる。そうね、綺麗だね。
「これ、無属性含めた全七属性を『混色』させた魔導光な」
「え……」
俺の説明に、ラーナの動きが固まる。
「『手のひらの虹』の意味がわかった? これ、覚えてもらうからね?」
「む、無理だよぉ! そんな高等魔法、できるワケ……」
「人間の側だと高等技術扱いされてっけどさ、魔族の方じゃできて当たり前の初歩的な技術なんだぜ、『混色』って。むしろ、本格的な魔法の習得の入り口なんだよ」
慌てふためいている彼女に説明すると、今度はその大きな瞳が丸くなる。
前々から思ってたけど、こいつは表情豊かだよねぇ。見てて飽きないっていうか。
「そ、そうなんだ……」
「そうなんです。ま、おまえならすぐ覚えられるよ」
「う~ん……」
ラーナは不安げというか、半ば信じられないような顔つきで首をひねる。
だが、こいつのセンスなら七属性の『混色』程度、習得まで時間はかかるまい。
そして、そこからが本当の意味でのラーナの魔法の修練の開始だ。
「最低でもおまえには『マギア』までは覚えてもらうつもりだからよ。気張れよ」
「『マギア』、って……?」
「フフ~ン、気になるだろ~? でも今は秘密。ほら、中に入るぜ」
俺はニヤリと意味深に笑い、そこで話を切ってダンジョンの中へと向かっていく。
すぐに、ラーナがあとについてくる。
「あ、もう! 待ってよぉ~!」
それでは、ドキドキのダンジョン攻略と参りましょうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
肌に絡みついてくるような、やけにねばついた湿気を帯びた空気。
鼻孔をくすぐるのは、濃密な濡れた土の匂い。錆びた鉄の匂いにも感じられる。
通路は、俺とラーナが並んで通れる程度には広く、天井も高い。
事前に聞いていた通りの、人の手が加わっている石造りの道がずっと伸びている。
「ふぅ~む……」
「へぇ~、うわぁ~、わぁ~」
前を見て歩く俺の隣で、ラーナはキョロキョロとせわしなく視線を巡らせている。
「壁も床も、結構古いみたいだね~。わぁ~、雰囲気あるなぁ~」
と、彼女の口から出たのはそんなのん気な感想。
もちろん、光源など一切ない。辺りを照らしているのは俺が生み出した魔導光だ。
「どうよ、ラーナ。念願のダンジョンだが?」
「それはビスト君もでしょ~」
笑いかけると、ラーナは頬を軽く膨らまして言ってくる。全くその通り。
「俺は今の時点で結構楽しいぜ~?」
「うん、それはわたしも。……何があるかわからなくて、ドキドキするね」
それもまた、ラーナの言う通り。
今のところは何もないが、先には必ず何かが待ち受けている。それは確定事項だ。
「何があるかわからないのは怖いことだよ。でも、だから、ね……?」
ああ、皆まで言わずともわかるぜ、ラーナ。
今、俺と彼女が共有している高揚感。得体のしれない気持ちの高ぶり。
この緊張と興奮がないまぜになった感覚こそ冒険の醍醐味だと、俺達は知ってる。
ただ、それを満喫できるかどうかは、ちょっとわからなくなりそうだ。
「ラーナ、止まれ」
「うん」
俺が足を止めると、ラーナもすぐに俺に従って歩みを停止する。
通路はまだ真っすぐ続いている。魔導光が照らす先は、真っ黒な闇が蟠っている。
「……わかるな?」
「うん。すごい、イヤな感じがするね」
俺達が歩みを止めた先、通路には何ら変化はない。ずっと真っすぐ続いている。
だが、俺もラーナも、この先に渦巻いているモノを敏感に察していた。
「ちょっと確認するわ」
俺は、その場で『鑑定』の魔法を行使して、改めて通路を視認する。
「うぅぅぅ~~~~わッ」
そこに見えたモノに、俺は思わず大きな声で唸ってしまった。
床にも、両側の壁面にも、天井にも空間自体にも、微細な光の亀裂が走っている。
それらは全て、魔力回路だ。
少しでも生身で触れれば、通路中に設置された魔法トラップが直ちに発動する。
「赤魔法の地雷に、黒魔法の強酸シャワー。青魔法の筋力低下ゾーンに、金魔法の岩塊落下トラップ。銀魔法の異空間転移トラップまであるのかよ……。うひぃ~!」
誰だよ、こんな殺意マシマシのトラップ仕掛けたヤツ。
足の踏み場もない密度で設置された無数の罠には、さすがの俺もドンビキだ。
ダンジョンのトラップで量と質を両立してんじゃねーよッ!?
「ビスト君……?」
「おう、これは説明するより実際に見せた方が早いだろ。視界、共有するわ」
俺は魔法を使ってラーナの視界に自分の見ている光景を伝達する。
すると、直後に『きゃっ』という彼女の可愛らしい悲鳴が響く。そりゃ驚くわな。
「な、何なの、この光の糸でできた蜘蛛の巣、みたいな……」
「なかなかわかりやすい表現だけど、こいつは全部魔力で形成されたトラップだよ」
「これが、全部……?」
「ああ。一つ起動すれば、他のトラップも連動する親切設計だ」
「…………」
ラーナがゴクリと生唾を飲む。その顔からは、完全に血の気が引いている。
「これに気づかず歩いてたら、俺達、死体も残さずお亡くなりだったぜ」
「わぁ……」
通路の入り口からではなく途中から、というのがまた殺意が高い。
俺達はそれなりの時間を歩いてきている。油断するには十分なくらいの距離を。
「動くなよ、ラーナ」
「うん、わかった……」
罠がひしめく領域の直前で、俺はゆっくり膝をつく。
右手を伸ばし、人差し指だけを石床に触れさせて、そこから魔力を走らせる。
調べるのは、この階層の構造とトラップの総数だ。
それがわかりさえすれば、対処はできる。
「次の階層への階段まで、ここから歩いて五分くらいの距離か」
構造自体は非常に単純で、ひたすら真っすぐ。
だが、その短い距離に仕掛けられた罠の数がとにかく尋常ではない。千以上って。
しかもその一つ一つが、致死性の極めて高い悪質な罠ばかりだ。
「いちいち解除してられねぇな、こりゃ」
時間をかければ『混沌化』の影響で内部構造が変わってしまう可能性もある。
と、なると、取れる選択肢はそう多くはない。というか、一つか。
「ラーナ、ちょっと眩しくなるから、目をつむってろ」
「う、うん……!」
ラーナが目をつむったのを確認して、俺は右手を前に突き出す。
抽出する式素は、光属性の白、火属性の赤、風属性の銀。その三つを『混色』。
「――『破導の煌風』!」
準無詠唱による簡易発動によって、俺の右手から閃光が迸った。
直後、ガシャンというガラスが砕けるような音がして、千を超える罠が消滅する。
「よ~し、いいぜ。ラーナ」
「わ、魔力回路が綺麗さっぱり消えてる……。すごい!」
目を開けたラーナが、表情を朗らかなものにして嬉しそうに手を打った。
「やっぱ、こういうのは力押しに限るぜ」
俺がしたことは簡単だ。
白魔法の『浄化』を赤魔法で増強し、銀魔法で効果範囲を階層全域に拡大した。
つまり、魔法トラップを『浄化』の魔法で無理矢理消し去っただけである。
「よし、進もうぜ」
「進むのもいいけど、お休みしないで大丈夫?」
ラーナは、こっちを心配げに見つめてくる。
何とも鋭いことで。俺は、ちょっと苦笑しそうになってしまう。
「大丈夫だ」
だが代わりに普通に笑って、俺はラーナの頭を撫でた。
「行こう」
「ん、わかった。……でも、疲れたら言ってくれなきゃヤだからね?」
「ああ、もちろんだ」
俺はうなずく。
正直、それなりに魔力を消費した。休みたいという欲求が出てくるくらいには。
だがこの階層はさっさと抜けるべきだ。俺の中の警戒心がそう告げていた。
せっかくの単純構造の階層なのだ。『混沌化』で変化する前に抜けてしまいたい。
「しかしよぉ……」
「どうしたの?」
「これだけ罠があったんだから、この先に宝箱の一つでも欲しいと思わねぇ?」
歩きながら、俺はふと感じた不満をそのまま口にする。
千を超える数の魔法トラップに守られているもの。
それが何かは知らないが、やっぱり冒険者的にはお宝であってほしいワケですよ。
「宝箱、あったりするのかな……?」
ラーナの顔にも期待の色が差す。
やがて、歩いているうちに通路の端に到達。そこにあるのは錆びた鉄の扉だった。
「開けるぜ」
「うん」
やや緊張しつつ、俺は鉄の扉を開ける。特に鍵はかかっていなかった。
ギシ、ギギギと重く軋む音がして、扉は内側へと押されていった。
「……えェ?」
先行させた魔導光に照らされた扉の奥を見て、俺は眉間にしわを寄せた。
そこは割と広い空間になっていて、端っこに下に続く階段があって、あとは――、
「あったね、宝箱……」
敷き詰められる勢いで床に置かれた大量の宝箱を前に、ラーナがそう呟いた。
ありがたみがなさすぎる……ッ!?
「あ~、ここだわ」
「え、どこ?」
「ここだ、ここ。ここ」
俺が指さした先に、ラーナが目を凝らす。
だが、そこにあるのはただの濡れた岩肌で、見た目、どこにも穴などない。
ラーナがこっちを向く。やや頬が膨らんでいるぞ?
「どこにもない!」
「そんなことでむくれんなよ……。幻術だ、幻術」
俺は指先を岩壁に触れさせて、そこに施されている幻術を解体する。
すると、いきなりそこに大きな洞窟の入り口が姿を現す。
「わ、すごい……!」
「ふ~む? 術式が現代のモンっぽいな。三、いや、四属性の『混色』か」
「わかるの?」
あごに手を当てて首をかしげていると、ラーナに尋ねられた。
「ん? ああ、わかるぜ。白・赤・金・銀の魔法を使った術式構成だと思う」
白魔法は光属性に基づいた治癒と浄化の魔法だが、同時に光を扱う魔法でもある。
それを基礎として、物質を扱う金魔法、空間を扱う銀魔法で補強したワケだ。
「最後の赤魔法は?」
「赤は火属性。激化と破壊の魔法でな、他の魔法の効果を増幅できるんだよ」
対となる水の青魔法は、逆に魔法の効果を低減させられる。
赤魔法はバフ魔法に用いられ、青魔法は逆にデバフ魔法の基礎に使われている。
「この幻術、ここ数か月以内に使われたモンだぞ」
「だったらウォードさんに同行してた賢者様の魔法なんじゃないかな?」
と、ラーナが言ってくる。
ああ、そういえばウォードさん、そんなこと言ってたな。
俺達がいるのは、モンスターに滅ぼされた村からもう少し先に行った山の中だ。
少し前、ウォードさん達は廃村を根城にしていた大規模盗賊団を討伐した。
そのときには、たまたまアヴェルナに来てた別の地方の賢者も一緒だったらしい。
で、帰りがけにたまたま、このダンジョンの入り口を見つけたんだとか。
ダンジョン内の『混沌化』についても、その賢者が気づいたとのこと。
なるほどな、それでその賢者がこのダンジョンの入り口に幻術で蓋をしたワケか。
「人を近づけさせないための応急処置だろうな。悪くない判断だと思うぜ」
「そうなんだね~」
と、ラーナがダンジョンの入り口に近づいてジロジロと見回している。
「……どうしたよ?」
「え~? 四属性の『混色』ってすごいな~、って。さすが賢者様だね」
ああ、何事かと思えば――、
「あのですね、ラーナ君」
「は~い?」
「おまえにはまず一か月以内に『手のひらの虹』まで習得してもらうからね?」
「……『手のひらの虹』?」
俺がそれを告げると、意味がわかっていない彼女はキョトンとなる。
そんなラーナに、俺は右手を差し出し、実際にそれを見せた。
「ほれ」
広げた俺の右手に、虹色の光球がポゥと浮かぶ。
「わぁ、綺麗……」
ラーナの視線が、俺が作り出した虹の光球に吸い寄せられる。そうね、綺麗だね。
「これ、無属性含めた全七属性を『混色』させた魔導光な」
「え……」
俺の説明に、ラーナの動きが固まる。
「『手のひらの虹』の意味がわかった? これ、覚えてもらうからね?」
「む、無理だよぉ! そんな高等魔法、できるワケ……」
「人間の側だと高等技術扱いされてっけどさ、魔族の方じゃできて当たり前の初歩的な技術なんだぜ、『混色』って。むしろ、本格的な魔法の習得の入り口なんだよ」
慌てふためいている彼女に説明すると、今度はその大きな瞳が丸くなる。
前々から思ってたけど、こいつは表情豊かだよねぇ。見てて飽きないっていうか。
「そ、そうなんだ……」
「そうなんです。ま、おまえならすぐ覚えられるよ」
「う~ん……」
ラーナは不安げというか、半ば信じられないような顔つきで首をひねる。
だが、こいつのセンスなら七属性の『混色』程度、習得まで時間はかかるまい。
そして、そこからが本当の意味でのラーナの魔法の修練の開始だ。
「最低でもおまえには『マギア』までは覚えてもらうつもりだからよ。気張れよ」
「『マギア』、って……?」
「フフ~ン、気になるだろ~? でも今は秘密。ほら、中に入るぜ」
俺はニヤリと意味深に笑い、そこで話を切ってダンジョンの中へと向かっていく。
すぐに、ラーナがあとについてくる。
「あ、もう! 待ってよぉ~!」
それでは、ドキドキのダンジョン攻略と参りましょうか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
肌に絡みついてくるような、やけにねばついた湿気を帯びた空気。
鼻孔をくすぐるのは、濃密な濡れた土の匂い。錆びた鉄の匂いにも感じられる。
通路は、俺とラーナが並んで通れる程度には広く、天井も高い。
事前に聞いていた通りの、人の手が加わっている石造りの道がずっと伸びている。
「ふぅ~む……」
「へぇ~、うわぁ~、わぁ~」
前を見て歩く俺の隣で、ラーナはキョロキョロとせわしなく視線を巡らせている。
「壁も床も、結構古いみたいだね~。わぁ~、雰囲気あるなぁ~」
と、彼女の口から出たのはそんなのん気な感想。
もちろん、光源など一切ない。辺りを照らしているのは俺が生み出した魔導光だ。
「どうよ、ラーナ。念願のダンジョンだが?」
「それはビスト君もでしょ~」
笑いかけると、ラーナは頬を軽く膨らまして言ってくる。全くその通り。
「俺は今の時点で結構楽しいぜ~?」
「うん、それはわたしも。……何があるかわからなくて、ドキドキするね」
それもまた、ラーナの言う通り。
今のところは何もないが、先には必ず何かが待ち受けている。それは確定事項だ。
「何があるかわからないのは怖いことだよ。でも、だから、ね……?」
ああ、皆まで言わずともわかるぜ、ラーナ。
今、俺と彼女が共有している高揚感。得体のしれない気持ちの高ぶり。
この緊張と興奮がないまぜになった感覚こそ冒険の醍醐味だと、俺達は知ってる。
ただ、それを満喫できるかどうかは、ちょっとわからなくなりそうだ。
「ラーナ、止まれ」
「うん」
俺が足を止めると、ラーナもすぐに俺に従って歩みを停止する。
通路はまだ真っすぐ続いている。魔導光が照らす先は、真っ黒な闇が蟠っている。
「……わかるな?」
「うん。すごい、イヤな感じがするね」
俺達が歩みを止めた先、通路には何ら変化はない。ずっと真っすぐ続いている。
だが、俺もラーナも、この先に渦巻いているモノを敏感に察していた。
「ちょっと確認するわ」
俺は、その場で『鑑定』の魔法を行使して、改めて通路を視認する。
「うぅぅぅ~~~~わッ」
そこに見えたモノに、俺は思わず大きな声で唸ってしまった。
床にも、両側の壁面にも、天井にも空間自体にも、微細な光の亀裂が走っている。
それらは全て、魔力回路だ。
少しでも生身で触れれば、通路中に設置された魔法トラップが直ちに発動する。
「赤魔法の地雷に、黒魔法の強酸シャワー。青魔法の筋力低下ゾーンに、金魔法の岩塊落下トラップ。銀魔法の異空間転移トラップまであるのかよ……。うひぃ~!」
誰だよ、こんな殺意マシマシのトラップ仕掛けたヤツ。
足の踏み場もない密度で設置された無数の罠には、さすがの俺もドンビキだ。
ダンジョンのトラップで量と質を両立してんじゃねーよッ!?
「ビスト君……?」
「おう、これは説明するより実際に見せた方が早いだろ。視界、共有するわ」
俺は魔法を使ってラーナの視界に自分の見ている光景を伝達する。
すると、直後に『きゃっ』という彼女の可愛らしい悲鳴が響く。そりゃ驚くわな。
「な、何なの、この光の糸でできた蜘蛛の巣、みたいな……」
「なかなかわかりやすい表現だけど、こいつは全部魔力で形成されたトラップだよ」
「これが、全部……?」
「ああ。一つ起動すれば、他のトラップも連動する親切設計だ」
「…………」
ラーナがゴクリと生唾を飲む。その顔からは、完全に血の気が引いている。
「これに気づかず歩いてたら、俺達、死体も残さずお亡くなりだったぜ」
「わぁ……」
通路の入り口からではなく途中から、というのがまた殺意が高い。
俺達はそれなりの時間を歩いてきている。油断するには十分なくらいの距離を。
「動くなよ、ラーナ」
「うん、わかった……」
罠がひしめく領域の直前で、俺はゆっくり膝をつく。
右手を伸ばし、人差し指だけを石床に触れさせて、そこから魔力を走らせる。
調べるのは、この階層の構造とトラップの総数だ。
それがわかりさえすれば、対処はできる。
「次の階層への階段まで、ここから歩いて五分くらいの距離か」
構造自体は非常に単純で、ひたすら真っすぐ。
だが、その短い距離に仕掛けられた罠の数がとにかく尋常ではない。千以上って。
しかもその一つ一つが、致死性の極めて高い悪質な罠ばかりだ。
「いちいち解除してられねぇな、こりゃ」
時間をかければ『混沌化』の影響で内部構造が変わってしまう可能性もある。
と、なると、取れる選択肢はそう多くはない。というか、一つか。
「ラーナ、ちょっと眩しくなるから、目をつむってろ」
「う、うん……!」
ラーナが目をつむったのを確認して、俺は右手を前に突き出す。
抽出する式素は、光属性の白、火属性の赤、風属性の銀。その三つを『混色』。
「――『破導の煌風』!」
準無詠唱による簡易発動によって、俺の右手から閃光が迸った。
直後、ガシャンというガラスが砕けるような音がして、千を超える罠が消滅する。
「よ~し、いいぜ。ラーナ」
「わ、魔力回路が綺麗さっぱり消えてる……。すごい!」
目を開けたラーナが、表情を朗らかなものにして嬉しそうに手を打った。
「やっぱ、こういうのは力押しに限るぜ」
俺がしたことは簡単だ。
白魔法の『浄化』を赤魔法で増強し、銀魔法で効果範囲を階層全域に拡大した。
つまり、魔法トラップを『浄化』の魔法で無理矢理消し去っただけである。
「よし、進もうぜ」
「進むのもいいけど、お休みしないで大丈夫?」
ラーナは、こっちを心配げに見つめてくる。
何とも鋭いことで。俺は、ちょっと苦笑しそうになってしまう。
「大丈夫だ」
だが代わりに普通に笑って、俺はラーナの頭を撫でた。
「行こう」
「ん、わかった。……でも、疲れたら言ってくれなきゃヤだからね?」
「ああ、もちろんだ」
俺はうなずく。
正直、それなりに魔力を消費した。休みたいという欲求が出てくるくらいには。
だがこの階層はさっさと抜けるべきだ。俺の中の警戒心がそう告げていた。
せっかくの単純構造の階層なのだ。『混沌化』で変化する前に抜けてしまいたい。
「しかしよぉ……」
「どうしたの?」
「これだけ罠があったんだから、この先に宝箱の一つでも欲しいと思わねぇ?」
歩きながら、俺はふと感じた不満をそのまま口にする。
千を超える数の魔法トラップに守られているもの。
それが何かは知らないが、やっぱり冒険者的にはお宝であってほしいワケですよ。
「宝箱、あったりするのかな……?」
ラーナの顔にも期待の色が差す。
やがて、歩いているうちに通路の端に到達。そこにあるのは錆びた鉄の扉だった。
「開けるぜ」
「うん」
やや緊張しつつ、俺は鉄の扉を開ける。特に鍵はかかっていなかった。
ギシ、ギギギと重く軋む音がして、扉は内側へと押されていった。
「……えェ?」
先行させた魔導光に照らされた扉の奥を見て、俺は眉間にしわを寄せた。
そこは割と広い空間になっていて、端っこに下に続く階段があって、あとは――、
「あったね、宝箱……」
敷き詰められる勢いで床に置かれた大量の宝箱を前に、ラーナがそう呟いた。
ありがたみがなさすぎる……ッ!?
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彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
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