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第一部 魔王の『力』を受け継ぎまして
第8話 初依頼が終わりまして
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夕刻、ギルドに到着してから報告した。
「職員さん、空からボスモンスターが降ってきました!」
――って。
「え、何言ってるニャン?」
カウンターの向こうで対応に出てくれた猫の獣人の職員さんはキョトンとした。
ニャン語尾のその人の名前はマヤ・ルナ。
ウチのラビ姉の幼馴染で、ラーナの孤児院の先輩だ。
マヤさんの視線が、正面の俺から隣のラーナへと移る。
その視線が物語っている。『ラーナちゃん、この人はアホなの?』、って感じで。
ところが、ラーナも若干居心地悪そうにしながら、マヤさんに言うのだ。
「本当なの」
「え」
ラーナからの俺へのフォロー。固まるマヤさん。
「本当に、ボスモンスターが空から降ってきたの」
「ええッ!?」
ラーナからのダメ押しの報告。驚愕するマヤさん。
「え、え? ちょ、あの、ラーナちゃん? え、ま、まさか、本当に……?」
途端にマヤさんは汗ダラダラになって、俺とラーナをせわしなく交互に見てくる。
その挙動不審っぷりに、周りの冒険者やギルド職員まで奇異の目を向けてくる。
だが、それに気づくことなく、マヤさんはついに大声を爆ぜさせた。
「ほッ、本当に空からボスモンスターが降ってきたのォ!?」
悲鳴にも似たマヤさんの声に、こっちを眺めていた連中が一斉に反応する。
「何ぃッ! 空からボスが!?」
「え、何それ、空からボスってどういうこと!」
依頼報酬を受けとって、本日のお仕事を終了した冒険者の先輩方。
そんな先輩方への対応を終えて、やっと一息ついていた感じの周りの職員さん。
そうした、やることのない方々が一気に俺達の方へと集まってくる。
当然のように、連中の視線は俺とラーナ、そしてマヤさんに集中するワケで……。
「……くふぅ」
思わず声が漏れ出てしまう。
これは、思っていた以上に居心地が悪い……ッ!
注目されている。今、俺達はとても注目されている。
素養鑑定のときよりも、さらに。
別に人に見られるのが苦痛ってワケじゃないが、何か見世物になってる気分だ。
今だけのこととはいえ、やっぱ目立つのは性に合わないわ、俺。
「が、がんばって、ビスト君」
「ぉぅ」
ラーナの励ましに応じて出した自分の声もちっちゃいよぉ!
「……とりあえず、お話聞かせてくれるかニャン?」
マヤさんが、俺達に説明を要求してくる。
あの、個室とかでの事情聴取とか――、あ、ダメですか。そうですか……。
すでに周りに大量の冒険者やら職員やらが集まっている。
今さら、隠し立てすることは不可能か。しゃあない、ここで説明しよう。
「ええっと、アヴェルナ平原で薬草採取をしてるときに――」
俺は、平原であったことをマヤさんに説明する。無論、ふんだんに脚色を入れて。
新人Gランク冒険者がボスモンスターを倒せるワケがない。
だから俺は、空から落ちてきた大黒犬が地面に激突して死んだことにした。
「それで、薬草採取中に空から音がして、二人で何があったかと見上げたら、急に家よりデカいモンスターが頭から地面に落ちて、動かなくなったんですよ」
「はぇ~……」
説明を終えた俺に、マヤさんは感嘆の声を漏らす。
俺の隣で、ラーナが補足を加えてくれた。
「降ってきたのは大黒犬だったの。爪とか牙は手持ちの道具だと採れなかったから、体毛を少しだけ持ってきたの。これだよ」
証拠代わりに、ラーナが一掴み程度の量の黒い毛をマヤさんに差し出す。
そこに周りから視線が集中する。大黒犬と聞いて冒険者も職員も色めきだってる。
「マジっぽいな、あの毛。平原で出現災害かよ」
「あいつら、よく生きて帰れたな……」
「あれ、あの二人。もしかして『天才』と『万能』の二人じゃないか?」
やめろ、ラーナと俺をその異名っぽい呼び方で呼ぶな。頼むから。
関心を寄せるなら、俺達ではなく空から降ってきた大黒犬の方にしてくれ。
「これが、大黒犬の体毛……?」
ラーナから受け取ったそれを、マヤさんはマジマジと見つめる。
職員には『鑑定』の魔法を使える人もいるはずだ。すぐに本物とわかるだろう。
「ラーナちゃん、その大黒犬の発見地点って、平原のどの辺かわかりますか?」
黒い体毛を『鑑定』スキルを使える職員に渡して、マヤさんがラーナに尋ねる。
マヤさん、素だとですます口調だったっけ、そういえば。
「あ、地図を広げますね」
完全にニャン語尾抜けてるのが、ちょっと面白い。
だが周りから多数の視線を浴びる中で笑うワケにもいかず、俺は何とか堪える。
「ビスト君……」
「ああ」
ラーナに促され、俺は広げられた地図を見て大黒犬の出現地点に指をさす。
「確か、ここだった」
「わかりました。すぐに職員を向かわせて確認しましょう」
マヤさんが、周りにいる職員に目配せをする。
すると、そのうちの一人がうなずいて、そのまま足早に奥へと入っていく。
馬にでも乗って、実際に現場に赴くつもりだな、これは。
「職員が戻ってくるまで、少しその辺で待っていてくださいね、二人とも」
「うん、マヤ姉さん。あっちで待ってるね」
ラーナがうなずいて、俺達は待合用の長椅子に座って職員が戻るまで待機する。
で、こうなると当然――、
「オイ、新人! 出現災害に遭遇したって本当か!? 大黒犬だって?」
「ボスモンスターが空から降ってきたって何だよ、教えてくれ、何があったんだ!」
先輩の皆さんが、俺達を取り囲んでくるワケだ。
この場にたかってくる連中は、揃いも揃ってキラキラおめめのワクワク顔よ。
面白そうな話には遠慮なく食いついてくる。
この辺りも、冒険者ってヤツのどうしようもないサガの一つか……。
「ぇっと、ぁ、あの……」
ただ、圧が強すぎてラーナが完全に委縮しきってるのはいただけねぇなァ!
「わ~かった! わ~かったって! 話してやるから数で圧をかけてくるなぁ!」
さすがに堪えきれず、俺は思い切り声を荒げた。
すると周りの先輩方の視線がラーナから俺に集中する。うぐぐぐ、圧高ェ~……。
「だから、俺とラーナが薬草採取に出た先で――」
相変わらずの居心地の悪さを何とか耐えつつ、俺は話し始める。
その裏側で、俺は自分の目的を思い返すことでこの状況を乗り切ろうとした。
確かに、俺とラーナは今、かなり注目の的になってしまっている。
だが、それはおそらく数日も続かずに終わる一過性のものになるはずだ。
話題性の核心は『空から降ってきた大黒犬』であり、俺達ではない。
俺とラーナは所詮、たまたまそれを発見しただけのGランク冒険者に過ぎない。
空高くに出現して落下しした間抜けなボスモンスター。
そんな感じの話はしばらく話題になるだろう。
だが、それを発見した俺達のことは、時間が経つごとにボヤけていくはずだ。
俺もラーナも、それでいい。
有名になんてなるつもりもないし、普通にコツコツやれりゃいいんだ。俺は。
ラーナは違うかもしれないが、それでも納得はしてくれたし。
しいていうなら、薬草採取の報酬に多少なりとも色付けてもらえたら嬉しいな。
今回の報告が『+α』の項目に含まれてるといいんだけどなー。
「ラーナちゃ~ん、ビストく~ん!」
と、大体語り終えたところで、マヤさんが俺達を呼ぶ声が聞こえる。
「よし、行くか、ラーナ」
「やっとだね~」
ラーナも安堵の表情で立ち上がって、俺達は再びマヤさんがいるカウンターへ。
先輩冒険者の圧から開放されたのも嬉しいが、やっぱり楽しみなのは報酬だ。
孤児院を出て初めて得る労働の対価。
これから先、日常になるそれも、今日だけは特別な意味を持つ。
「確認できたニャン。言われた場所に本当に大黒犬の死体があったニャン」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~!」」」
教えてくれたニャン語尾マヤさんに、聞き耳を立ててた連中が一斉に声をあげた。
あんたら、俺の話も聞き終わったんだからそろそろ散ってくれよ……。
「それで、ここから先は本日の依頼報酬の支払いになるニャ~ン」
「ヘ~~イ!」
「は~~い!」
俺とラーナ、共にいいお返事。来た来た、初仕事の初報酬。
例え金額は低くとも、実際に働いて得たという部分が重要なんだぞー。ウヒヒ。
「じゃあまず、薬草採取の分、銀貨8枚ニャン」
カウンターに置かれる、銀貨8枚。
一人分ではなく全部で8枚。俺とラーナでそれぞれ4枚ずつだ。
ああ、いいね、いいっすね~!
このチャリンチャリンという音が、照明を受ける銀の光沢が、最高っすね~!
Eランクまではギルド経営の宿があり、出世払いで泊まることができる。
だから、食費だけ気にしていれば、あとは金をどう使うかは自由だ。
貯めるか遊ぶか、次への投資に回すか。
が、ここで遊ぶようなヤツは長続きはしない。装備購入を見越しての貯蓄一択よ。
「それで、次に、薬草の中に希少薬草も少しあったから、その分の追加報酬ニャン」
「お、マジか!」
かごいっぱいに摘んだ甲斐があったぜ。
チャリリンという音と共に、カウンターに置かれたのは銀貨6枚。
オイオイ、これは幸先いいのでは?
初報酬で銀貨10枚超えるのはなかなかのモンじゃねぇかな。
ちなみに、普通の職人の一日辺りの稼ぎの平均が銀貨10~15枚ほど。
東の国の通貨単位の『イェン』に直すと、銀貨1枚が1000イェン程度らしい。
本日の俺とラーナの報酬は、一人辺り7000イェンということだ。
桁が増えることで、随分と稼いだような気分になっちゃうね。
「最後に、大黒犬の発見と報告に対するギルドからの特別報酬+功労金ニャン」
「何と、ダブルで!?」
俺は驚いた。追加報酬だけに留まらないとは。
これは、冒険者ギルド有能と言わざるを得まい。やる気出ますって、こんなの!
ちなみに、金額はいくらだろうか。これ重要ね。
どうしよう、銀貨10枚とかもらえたら。
一人辺りの稼ぎが銀貨10枚を越えるんですけど? それってヤバいんですけど?
「はい、これニャン」
「え」
言って、マヤさんがカウンターに置いた貨幣は、たったの2枚。
ただし――、何か金色してるように見えるんですけど、それ。
「出現災害対応規定に基づいて、報告者の二人には特別報酬として金貨1枚と、それに加えてギルドマスターから功労金としてさらに金貨1枚をお支払いするニャン!」
「き、きき、金貨ァァァァァァァァァァァ――――ッ!?」
「すごい、本物なんて初めて見ちゃった……」
割とある胸を張って言うマヤさんを前に、俺は驚愕し、ラーナも目を見開く。
待って、待って待って待って。
それはさすがに想定外すぎるんだが? ちょっと、ドンビキなんだが?
金貨。本物の金貨……。
それ1枚で銀貨100枚分の価値がある、とてもお高いあの金貨。え、ホントに?
と、俺もラーナも揃って呆けているところに、さらにマヤさんが畳みかけてくる。
そう、これで終わりではなかったのだ……!
「大黒犬の死体についてだけど、所有権は発見者の二人に与えられる規則ニャン。ボスモンスターの素材は希少で価値が高いニャン。ギルドでの買取希望の場合、査定結果にもよるけど、あの大きさなら金貨10枚は固いと思うニャン!」
「き、金貨、10枚……?」
それってつまり、銀貨に直して1000枚分、ってこと……!?
「オイ、マジかよ。あいつら……」
「初依頼で金貨10枚とか、聞いたことねぇんだけど……?」
マズいマズいマズい、周りの連中がさっきとは別の意味でザワめき始めている。
だが、そんなことは気にする様子もなく、マヤさんがきいてくる。
「どうするニャン? 素材、買い取るかニャン?」
「あ、はい。買取で……」
今の俺達に他に売るツテなどない。ギルドに任せる以外の選択肢は何もなかった。
かくして、現在の俺達の報酬、最低でも金貨12枚+銀貨14枚、です。
意味わかんねぇ。本気で意味わからんのですけど?
だが、さすがにこれで終わり――、
「ありがとニャ~ン。じゃ、最後の最後ニャ~ン!」
まだあったァ~~~~!?
「え、他にもまだあるの……?」
ほら、ラーナも顔色青くなってるじゃないですか、マヤさ~ん!
もう俺もラーナも、お腹いっぱいなんです。これ以上は勘弁してくださいよ~!
「大黒犬の死体から多数の魔石が発見されたニャン! そのうち二つがCランクの魔石で、買い取る場合はどっちも最低でも金貨5枚以上でお買い上げするニャ~ン!」
「「「オオオオオオオオ、高ランク魔石、キタァ――――ッ!」」」
来ちゃったかァ~!
高ランクの魔石、来ちゃったかァ~!
「高ランクの魔石は魔法武器の素材にもなるから売らないのも選択の一つだと思うニャン。でもオーダーメイドの魔法武器はお値段かなりお高めニャン。低ランク冒険者のうちだとギルドに売るのが最善だと思うニャン。どうするニャ~ン?」
「か、買取希望で……」
「ありがとうございますニャ~ン! 査定が終わり次第、お支払いするニャン!」
「ハイ、オネガイシマス……」
ニコニコ笑うマヤさんに答える俺は、きっと口から煙を吐いていた。
こうして、俺とラーナの冒険者としての初依頼は終わりを告げた。
本日の報酬――、最低、金貨22枚と銀貨14枚以上。
東方の通貨価値に換算して、2214000イェン相当、となる。
こうして、俺達は『初依頼報酬史上最高額の新人冒険者』の称号を得てしまった。
い、いらなすぎる……ッ!
「職員さん、空からボスモンスターが降ってきました!」
――って。
「え、何言ってるニャン?」
カウンターの向こうで対応に出てくれた猫の獣人の職員さんはキョトンとした。
ニャン語尾のその人の名前はマヤ・ルナ。
ウチのラビ姉の幼馴染で、ラーナの孤児院の先輩だ。
マヤさんの視線が、正面の俺から隣のラーナへと移る。
その視線が物語っている。『ラーナちゃん、この人はアホなの?』、って感じで。
ところが、ラーナも若干居心地悪そうにしながら、マヤさんに言うのだ。
「本当なの」
「え」
ラーナからの俺へのフォロー。固まるマヤさん。
「本当に、ボスモンスターが空から降ってきたの」
「ええッ!?」
ラーナからのダメ押しの報告。驚愕するマヤさん。
「え、え? ちょ、あの、ラーナちゃん? え、ま、まさか、本当に……?」
途端にマヤさんは汗ダラダラになって、俺とラーナをせわしなく交互に見てくる。
その挙動不審っぷりに、周りの冒険者やギルド職員まで奇異の目を向けてくる。
だが、それに気づくことなく、マヤさんはついに大声を爆ぜさせた。
「ほッ、本当に空からボスモンスターが降ってきたのォ!?」
悲鳴にも似たマヤさんの声に、こっちを眺めていた連中が一斉に反応する。
「何ぃッ! 空からボスが!?」
「え、何それ、空からボスってどういうこと!」
依頼報酬を受けとって、本日のお仕事を終了した冒険者の先輩方。
そんな先輩方への対応を終えて、やっと一息ついていた感じの周りの職員さん。
そうした、やることのない方々が一気に俺達の方へと集まってくる。
当然のように、連中の視線は俺とラーナ、そしてマヤさんに集中するワケで……。
「……くふぅ」
思わず声が漏れ出てしまう。
これは、思っていた以上に居心地が悪い……ッ!
注目されている。今、俺達はとても注目されている。
素養鑑定のときよりも、さらに。
別に人に見られるのが苦痛ってワケじゃないが、何か見世物になってる気分だ。
今だけのこととはいえ、やっぱ目立つのは性に合わないわ、俺。
「が、がんばって、ビスト君」
「ぉぅ」
ラーナの励ましに応じて出した自分の声もちっちゃいよぉ!
「……とりあえず、お話聞かせてくれるかニャン?」
マヤさんが、俺達に説明を要求してくる。
あの、個室とかでの事情聴取とか――、あ、ダメですか。そうですか……。
すでに周りに大量の冒険者やら職員やらが集まっている。
今さら、隠し立てすることは不可能か。しゃあない、ここで説明しよう。
「ええっと、アヴェルナ平原で薬草採取をしてるときに――」
俺は、平原であったことをマヤさんに説明する。無論、ふんだんに脚色を入れて。
新人Gランク冒険者がボスモンスターを倒せるワケがない。
だから俺は、空から落ちてきた大黒犬が地面に激突して死んだことにした。
「それで、薬草採取中に空から音がして、二人で何があったかと見上げたら、急に家よりデカいモンスターが頭から地面に落ちて、動かなくなったんですよ」
「はぇ~……」
説明を終えた俺に、マヤさんは感嘆の声を漏らす。
俺の隣で、ラーナが補足を加えてくれた。
「降ってきたのは大黒犬だったの。爪とか牙は手持ちの道具だと採れなかったから、体毛を少しだけ持ってきたの。これだよ」
証拠代わりに、ラーナが一掴み程度の量の黒い毛をマヤさんに差し出す。
そこに周りから視線が集中する。大黒犬と聞いて冒険者も職員も色めきだってる。
「マジっぽいな、あの毛。平原で出現災害かよ」
「あいつら、よく生きて帰れたな……」
「あれ、あの二人。もしかして『天才』と『万能』の二人じゃないか?」
やめろ、ラーナと俺をその異名っぽい呼び方で呼ぶな。頼むから。
関心を寄せるなら、俺達ではなく空から降ってきた大黒犬の方にしてくれ。
「これが、大黒犬の体毛……?」
ラーナから受け取ったそれを、マヤさんはマジマジと見つめる。
職員には『鑑定』の魔法を使える人もいるはずだ。すぐに本物とわかるだろう。
「ラーナちゃん、その大黒犬の発見地点って、平原のどの辺かわかりますか?」
黒い体毛を『鑑定』スキルを使える職員に渡して、マヤさんがラーナに尋ねる。
マヤさん、素だとですます口調だったっけ、そういえば。
「あ、地図を広げますね」
完全にニャン語尾抜けてるのが、ちょっと面白い。
だが周りから多数の視線を浴びる中で笑うワケにもいかず、俺は何とか堪える。
「ビスト君……」
「ああ」
ラーナに促され、俺は広げられた地図を見て大黒犬の出現地点に指をさす。
「確か、ここだった」
「わかりました。すぐに職員を向かわせて確認しましょう」
マヤさんが、周りにいる職員に目配せをする。
すると、そのうちの一人がうなずいて、そのまま足早に奥へと入っていく。
馬にでも乗って、実際に現場に赴くつもりだな、これは。
「職員が戻ってくるまで、少しその辺で待っていてくださいね、二人とも」
「うん、マヤ姉さん。あっちで待ってるね」
ラーナがうなずいて、俺達は待合用の長椅子に座って職員が戻るまで待機する。
で、こうなると当然――、
「オイ、新人! 出現災害に遭遇したって本当か!? 大黒犬だって?」
「ボスモンスターが空から降ってきたって何だよ、教えてくれ、何があったんだ!」
先輩の皆さんが、俺達を取り囲んでくるワケだ。
この場にたかってくる連中は、揃いも揃ってキラキラおめめのワクワク顔よ。
面白そうな話には遠慮なく食いついてくる。
この辺りも、冒険者ってヤツのどうしようもないサガの一つか……。
「ぇっと、ぁ、あの……」
ただ、圧が強すぎてラーナが完全に委縮しきってるのはいただけねぇなァ!
「わ~かった! わ~かったって! 話してやるから数で圧をかけてくるなぁ!」
さすがに堪えきれず、俺は思い切り声を荒げた。
すると周りの先輩方の視線がラーナから俺に集中する。うぐぐぐ、圧高ェ~……。
「だから、俺とラーナが薬草採取に出た先で――」
相変わらずの居心地の悪さを何とか耐えつつ、俺は話し始める。
その裏側で、俺は自分の目的を思い返すことでこの状況を乗り切ろうとした。
確かに、俺とラーナは今、かなり注目の的になってしまっている。
だが、それはおそらく数日も続かずに終わる一過性のものになるはずだ。
話題性の核心は『空から降ってきた大黒犬』であり、俺達ではない。
俺とラーナは所詮、たまたまそれを発見しただけのGランク冒険者に過ぎない。
空高くに出現して落下しした間抜けなボスモンスター。
そんな感じの話はしばらく話題になるだろう。
だが、それを発見した俺達のことは、時間が経つごとにボヤけていくはずだ。
俺もラーナも、それでいい。
有名になんてなるつもりもないし、普通にコツコツやれりゃいいんだ。俺は。
ラーナは違うかもしれないが、それでも納得はしてくれたし。
しいていうなら、薬草採取の報酬に多少なりとも色付けてもらえたら嬉しいな。
今回の報告が『+α』の項目に含まれてるといいんだけどなー。
「ラーナちゃ~ん、ビストく~ん!」
と、大体語り終えたところで、マヤさんが俺達を呼ぶ声が聞こえる。
「よし、行くか、ラーナ」
「やっとだね~」
ラーナも安堵の表情で立ち上がって、俺達は再びマヤさんがいるカウンターへ。
先輩冒険者の圧から開放されたのも嬉しいが、やっぱり楽しみなのは報酬だ。
孤児院を出て初めて得る労働の対価。
これから先、日常になるそれも、今日だけは特別な意味を持つ。
「確認できたニャン。言われた場所に本当に大黒犬の死体があったニャン」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~!」」」
教えてくれたニャン語尾マヤさんに、聞き耳を立ててた連中が一斉に声をあげた。
あんたら、俺の話も聞き終わったんだからそろそろ散ってくれよ……。
「それで、ここから先は本日の依頼報酬の支払いになるニャ~ン」
「ヘ~~イ!」
「は~~い!」
俺とラーナ、共にいいお返事。来た来た、初仕事の初報酬。
例え金額は低くとも、実際に働いて得たという部分が重要なんだぞー。ウヒヒ。
「じゃあまず、薬草採取の分、銀貨8枚ニャン」
カウンターに置かれる、銀貨8枚。
一人分ではなく全部で8枚。俺とラーナでそれぞれ4枚ずつだ。
ああ、いいね、いいっすね~!
このチャリンチャリンという音が、照明を受ける銀の光沢が、最高っすね~!
Eランクまではギルド経営の宿があり、出世払いで泊まることができる。
だから、食費だけ気にしていれば、あとは金をどう使うかは自由だ。
貯めるか遊ぶか、次への投資に回すか。
が、ここで遊ぶようなヤツは長続きはしない。装備購入を見越しての貯蓄一択よ。
「それで、次に、薬草の中に希少薬草も少しあったから、その分の追加報酬ニャン」
「お、マジか!」
かごいっぱいに摘んだ甲斐があったぜ。
チャリリンという音と共に、カウンターに置かれたのは銀貨6枚。
オイオイ、これは幸先いいのでは?
初報酬で銀貨10枚超えるのはなかなかのモンじゃねぇかな。
ちなみに、普通の職人の一日辺りの稼ぎの平均が銀貨10~15枚ほど。
東の国の通貨単位の『イェン』に直すと、銀貨1枚が1000イェン程度らしい。
本日の俺とラーナの報酬は、一人辺り7000イェンということだ。
桁が増えることで、随分と稼いだような気分になっちゃうね。
「最後に、大黒犬の発見と報告に対するギルドからの特別報酬+功労金ニャン」
「何と、ダブルで!?」
俺は驚いた。追加報酬だけに留まらないとは。
これは、冒険者ギルド有能と言わざるを得まい。やる気出ますって、こんなの!
ちなみに、金額はいくらだろうか。これ重要ね。
どうしよう、銀貨10枚とかもらえたら。
一人辺りの稼ぎが銀貨10枚を越えるんですけど? それってヤバいんですけど?
「はい、これニャン」
「え」
言って、マヤさんがカウンターに置いた貨幣は、たったの2枚。
ただし――、何か金色してるように見えるんですけど、それ。
「出現災害対応規定に基づいて、報告者の二人には特別報酬として金貨1枚と、それに加えてギルドマスターから功労金としてさらに金貨1枚をお支払いするニャン!」
「き、きき、金貨ァァァァァァァァァァァ――――ッ!?」
「すごい、本物なんて初めて見ちゃった……」
割とある胸を張って言うマヤさんを前に、俺は驚愕し、ラーナも目を見開く。
待って、待って待って待って。
それはさすがに想定外すぎるんだが? ちょっと、ドンビキなんだが?
金貨。本物の金貨……。
それ1枚で銀貨100枚分の価値がある、とてもお高いあの金貨。え、ホントに?
と、俺もラーナも揃って呆けているところに、さらにマヤさんが畳みかけてくる。
そう、これで終わりではなかったのだ……!
「大黒犬の死体についてだけど、所有権は発見者の二人に与えられる規則ニャン。ボスモンスターの素材は希少で価値が高いニャン。ギルドでの買取希望の場合、査定結果にもよるけど、あの大きさなら金貨10枚は固いと思うニャン!」
「き、金貨、10枚……?」
それってつまり、銀貨に直して1000枚分、ってこと……!?
「オイ、マジかよ。あいつら……」
「初依頼で金貨10枚とか、聞いたことねぇんだけど……?」
マズいマズいマズい、周りの連中がさっきとは別の意味でザワめき始めている。
だが、そんなことは気にする様子もなく、マヤさんがきいてくる。
「どうするニャン? 素材、買い取るかニャン?」
「あ、はい。買取で……」
今の俺達に他に売るツテなどない。ギルドに任せる以外の選択肢は何もなかった。
かくして、現在の俺達の報酬、最低でも金貨12枚+銀貨14枚、です。
意味わかんねぇ。本気で意味わからんのですけど?
だが、さすがにこれで終わり――、
「ありがとニャ~ン。じゃ、最後の最後ニャ~ン!」
まだあったァ~~~~!?
「え、他にもまだあるの……?」
ほら、ラーナも顔色青くなってるじゃないですか、マヤさ~ん!
もう俺もラーナも、お腹いっぱいなんです。これ以上は勘弁してくださいよ~!
「大黒犬の死体から多数の魔石が発見されたニャン! そのうち二つがCランクの魔石で、買い取る場合はどっちも最低でも金貨5枚以上でお買い上げするニャ~ン!」
「「「オオオオオオオオ、高ランク魔石、キタァ――――ッ!」」」
来ちゃったかァ~!
高ランクの魔石、来ちゃったかァ~!
「高ランクの魔石は魔法武器の素材にもなるから売らないのも選択の一つだと思うニャン。でもオーダーメイドの魔法武器はお値段かなりお高めニャン。低ランク冒険者のうちだとギルドに売るのが最善だと思うニャン。どうするニャ~ン?」
「か、買取希望で……」
「ありがとうございますニャ~ン! 査定が終わり次第、お支払いするニャン!」
「ハイ、オネガイシマス……」
ニコニコ笑うマヤさんに答える俺は、きっと口から煙を吐いていた。
こうして、俺とラーナの冒険者としての初依頼は終わりを告げた。
本日の報酬――、最低、金貨22枚と銀貨14枚以上。
東方の通貨価値に換算して、2214000イェン相当、となる。
こうして、俺達は『初依頼報酬史上最高額の新人冒険者』の称号を得てしまった。
い、いらなすぎる……ッ!
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だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
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ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
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転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
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ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
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(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
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