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第39話 目が覚めたら午前様でして

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 目が覚めたら午前様でして。
 ええ、そりゃあもうビックリしましたとも。あれ、いつの間に寝てた?

「あー……」

 真っ暗な中を俺はムクリと身を起こす。
 床に寝てたっぽくて、体の下の感触がどうにも硬い。

 辺りからは酒の匂いが感じられて、これはあれですね、大宴会のあとですね。
 俺は手のひらに魔力の光を生み出して、周りを確認する。

「……うわぁい」

 そこにあったのは死屍累々、どころか屍山血河だった。
 もう、メチャクチャよ、メチャクチャ。

 横倒しになったテーブルがそこかしこ。
 そして床に転がる無数の死体――、っぽい、酔い潰れた令和の冒険者共。

 うぅわ。
 ちょっと誰よ、床にもんじゃ焼きをブチまけてるの。
 あ~、酒の匂いに混じってすっぱい匂いも。やっべぇ、こっちまで吐き気クるわ。

 悲惨。まさに悲惨。
 惨憺たる、いや、もはやこれは酸鼻を極めるとまで言ってしまっていいだろう。
 何だこれは、大学生の新歓パーティーでももうちょっとマシだぞ。

 いつまでもこんなところにいられるか、俺は外に出るぞ!
 と、いうワケで転がる酒瓶を踏まないよう気をつけつつ、俺はその場を後にする。

 レストランを出て、暗い通路。
 俺が寝る前までは明かりはついてたが、今はどこも闇に包まれている。

 こりゃ、電力の供給が止まっちまった。ってことか?
 何故だ、と思う前に、今はこれが当たり前だということに気づく。

 これまで、ソラスや市庁舎の電力供給が普通に続いていた事実。
 思えば、どうしてそこに疑問を及ぼさなかったのか。
 人がいなくなれば、電力供給なんて真っ先に止まっちまうものだろうに。

「……ねくろしす」

 思い当たるものは、それしかなかった。
 ミツ達、天館市政府と協力関係にあったという組織。

 そいつらが何らかの手段で電力を供給していたと考えれば、辻褄は合う。
 供給手段はわからねぇけど、市政府が潰れた以上、電力を供給する理由もない。

 ――電力を供給、だぁ?

「ハハハ、マジかよ」

 自分の思考を反芻して、俺は苦笑交じりに髪を掻いた。
 電力の供給とか簡単に考えちまったが、どンだけの設備があればそれができる。

 最低でも、地方を牛耳れる程度の組織力は必要だろうが。
 さて、ミツを追わなきゃいかんが、簡単にゃあいかなさそうだなぁ。

「ま、いっか。敵は殺す。それだけだしな」

 やるべきことは変わらない。
 身内は守る。敵は殺す。それが、俺という人間のスタンスだ。

「さて、軽く歩くか」

 頭の巡りが戻り始めたところで、俺は気分転換をするべく、通路を歩く。
 屋上にでも行って、外の空気を吸うとしますかね。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 気がついたら、地下駐車場にいた。

「あっれ~?」

 外に出るつもりで、何故か階段を下がった俺がここで首をかしげていますよ。
 まぁ、気分的なものだなー。と、いうことで俺は深く考えずにそこを歩く。

 ソラスの地下駐車場は、地下繁華街のさらに下にある。
 電力の供給がなくなった今、当然ながらここも真っ暗で光源は魔力の照明のみ。

 通路よりも広い駐車場は、その分、深く重々しい闇の中にある。
 俺は靴音を鳴らして歩きながら、光量を強めて辺りにわだかまる闇を押しのけた。

 車が並んでいる。
 軽自動車に、セダンに、ワゴンに、小型トラックなんかもある。

 いずれも、持ち主がいなくなって放置されたものだ。
 俺からすれば、自動車っての家や家電と一緒で、日常の象徴みたいなモンだ。

 それがこんな風に放置されて、まるで自動車の墓場みたいに見えちまう。
 って、考えてる時点で、やっぱ日常は消えてなくなったんだな、と。再確認する。

「今さら、いらん確認だわなぁ……、気分わっる」

 げんなりしつつ俺は歩く。
 やっぱ、外に出た方がよかったなぁ、これ。こんなトコ来て、何やってんだ俺は。
 と、思いながら角を曲がると、そこに光っているものが見えた。

「……あン?」

 闇が濃いだけに、ちょっとした光でもやたら目立つ。
 ってことは、あっちも俺の魔法照明に気づいただろう。隠れても無駄かな。

 だが、しばし待っても特に反応らしいものはない。
 さすがに不思議に思いつつ、俺は、光の方へと歩いていく。

 光は、俺のものと同じく魔法によるもの。
 ただしそれは道具から発生していて、床に置かれた照明用の魔道具からだった。
 それは小型ランタンの形状をしたもので、使用者の魔力により光を生む。

 ランタンの脇には、開いたままの工具箱が置かれている。
 そして、工具箱の近くには、足があった。

 正確には、デケェ車の下に仰向けでもぐりこんでいる誰かの足、だ。
 カチャカチャという音がすることから、車の下で作業をしているのだとわかる。

 俺は、その足に近づいてみた。
 しかし、足の主は気づいた様子もなくカチャカチャやり続けている。

 さらに近づいてみる。
 今度は、わざとい靴音を大きくしつつ。

 しかしやはり、足の主は俺に気づかないまま車の下で作業音を鳴らしている。
 集中してんなー、と思いながら、俺はその場に膝を折って屈んだ。
 すると、作業の音が止まる。

「ふぅ……」

 一息ののちに、ズリズリと背中を這わせて、車の下にいたヤツが出てきた。

「英道さんじゃん」

 工具を片手に這い出てきたのは、河田英道だった。

「おや、勇者様じゃありませんか。おはようございます」

 英道は、ギルド職員の制服ではなく作業用のツナギを着ていた。
 頬にオイルをつけたその顏は、いつもより生き生きしているようにも見える。

「何してるんすか、こんな時間に」
「ちょっと、趣味の機械いじりなどを」

 今、夜明け前ですけど。
 時間にして、午前三時とかそんな時間帯なんですけど。

「このド真夜中に、機械いじり、っすか?」
「何となく、思い立って」

 まぁ、思い立ったが吉日って言葉もあるけどさぁ……。
 そんな感じで軽く呆れていると、英道は「はは」と軽く笑ってから、

「どうにも、寝付けなかったもので」
「寝付けなかった?」

 そういやぁ、大宴会に英道の姿はなかった気がする。
 いや、俺らと一緒に騒いでいた。が、途中からいなくなってたような――、

「まぁ、一応はギルド長という肩書をいただいておりますので、翌日に響かない程度にして引き上げて、寝ようとはしたんですけどね」

 英道はそう言って、俺に向かって軽く笑う。
 それを聞かされた俺は思ったね。立派。この人、マジで立派。スゲェや。ってね。

「しかしながら、寝入ることができず、結局こうして趣味に時間を費やしているのですから、情けない限りです。私もまだまだ落ち着きが足りないというか……」
「いやいやいやいや」

 俺は、首をブンブン横に振る。

「あの大騒ぎの中、途中で切り上げられるとか、その時点でスゲェっすよ?」
「そうですかね。勇者様にそう言っていただけるのは、嬉しいことです」

 英道は笑みを深めた。

「ところで英道さん、寝付けなかった。ってのは? 何か眠れない事情でも?」
「いえ、単に興奮がおさまらなかっただけですよ。他の皆と一緒です」

 照れくさそうに笑って、英道は首にかけたタオルで顔を拭う。

「四千のゾンビとの戦いなんて、普通に考えれば自殺行為でしょう?」
「ま、そうっすね。普通に考えりゃ、ね」

「でも、勝った」
「そうっすね。勝ちましたね」

「当然、勇者様のお力によるところが大きいのはわかっています。でも、それでも我々の力だけで、半分の二千を駆逐できたというのは、何というか、痛快な話だな。と」
「……ええ、俺もそう思うっすよ」

 一週間前のこの人らを思えば、それはまさに愉快痛快この上なし、だろう。
 吉田帝国で数体のゾンビに怯えてた連中が、百倍以上の相手を蹴散らしたのだから。

「これも全て、勇者様のおかげです」
「やめましょうよ、そういうの」

 頭を下げようとする英道を、俺は止める。

「みんな頑張った。だから、勝てた。すげぇのは、頑張ったみんなっすよ」
「……ええ、そうですね」

 俺の言葉に、英道もうなずく。
 そうだ。今回の戦いの本当の勝者は、俺じゃない。七十人の冒険者達だ。
 ゾンビという名の死を乗り越え、生存戦争を生き抜いた。これ以上ない勝利だよな。

「ですから、勇者様」

 と、俺が感慨に浸っていたところに、英道が何かを放ってくる。
 受け取ったそれは、車のキーだった。

「この車のものです」

 英道が、自分がいじっていた車の方を向く。

「実は私は、機械いじりとアウトドアが趣味でして、この車も家族で遠出するために買ったモノなんですが、いかんせん三週間も放置していたので、軽く整備していました」
「はぁ、そうなんすね。……で、それのキーを、どうして俺に?」

「差し上げます」
「へ?」
「この車を、あなた方の旅路にお役立てください」

 …………はい?
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