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第36話 一週間に一人必要なんだと、ミツは言った
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一週間に一人必要なんだと、ミツは言った。
「食べるのを我慢しようとすると、途端に飢餓感で気が狂いそうになるんだ……」
それを言うミツの声は、苦いものに満ちていた。
俺も音夢も、まるで懺悔のようなミツの言い方に、何も反応できずにいた。
ミツの独白が続く。
「僕は今まで、三人食べた」
三人。
全ての始まりである黒い雨が降ってから三週間。そういうことだろう。
「空から『昏き賜物』が降り注いだ日、僕は音夢と会う約束をしてた。音夢に本当のことを伝えて、もし許してもらえたなら、指輪を渡すつもりだった……」
「……ッ」
諦観に満ちたミツの独白に、音夢が何かを言おうとしてやめた。
きつく唇を噛み締めるその顔に、何と言葉をかければいいかもわからなかった。
「外にいた多くの人達が、黒い雨を浴びた途端に倒れていった。でも、どういうワケか、僕は倒れなかった。忌々しいことに『昏き賜物』に適合してしまったんだ」
口を動かすことさえ辛いだろうに、ミツはその顔を本当に忌まわしげに歪めた。
そこに、演技の色は微塵もない。俺達にはわかる。
「僕は倒れはしなかった。でもその代わりに、強烈な『飢え』に襲われたんだ。腹が空くとか、のどが渇くとか、そんな生易しいものじゃない。血も水も栄養も、僕が生きるために必要なもの全てが体から失せて干からび切ったような、そんな錯覚に陥ったんだ」
「……ひでぇな」
ミツの話を聞きながら、俺はアルスノウェでの日々を思い返した。
冒険者として過ごした最初の一年と、勇者として魔王軍とドンパチかました二年目。
苦境に立たされたことは何度もあって、食料不足なんて茶飯事だった。
だから俺も、ある程度『飢える苦しさ』は知っているつもりだ。
だが、その俺でさえ、今のミツが語る『枯死するほどの飢え』は想像の埒外だった。
「走ったよ、走った。飢えて、飢えて、とにかくその飢えを満たすことだけを考えて、僕は近くのコンビニに駆け込んだんだ。でも――」
ああ、そういうことか。
ミツがそこで言葉を切った理由。俺は、予想がついてしまった。
もし予想通りなら、そうだよな。躊躇うよな、そんなこと。
語らずに済むのならば、語りたくないに決まっている。つまりはそういう内容なのだ。
「コンビニにあったどの食べ物も、飲み物も、まるで欲しいと思えなかった。そこにあったもので『僕の飢えを満たしてくれたもの』は……」
コンビニの店員か、さもなくばそこに居合わせた別の客、だったのだろう。
「我に返ったとき、僕はコンビニの店内のへたりこんでた。顏も手も、全身血まみれで、僕の目の前には血だまりがあって、そこに『人だったもの』が転がってたよ」
「う……」
その光景を想像したのか、音夢が口に手を当てて顔を背けた。
「店内には誰もいなくて、外を見ればゾンビで溢れかえってた。でも、僕はゾンビに何も感じなかった。怖いとも思わなかった。そして自分がしでかしたことを認識して、やっと気づいたよ。ああ、もう僕は、人間じゃないんだ、ってね……」
「……それが、何で市政府のトップなんて話になってんだよ」
俺は、顔をしかめて指摘する。
するとミツは「だよね」と苦笑して、その辺りを語り出した。
「最初はね、一刻も早く死ななきゃって思ってた。食べたものを吐き出そうとしても吐けないんだ。人じゃなくなった僕の体は、他人の血肉をあっという間に吸収して、滋養に変えてた。そんな自分が、たまらなく禍々しいものに思えてならなかったよ」
「だが、死ななかった。何か理由があるんだな?」
「うん。僕が自ら命を絶つ前に、美崎さんが現れたんだ」
美崎夕子。
ミツの秘書を名乗っていた、転移系の異能を持つ女。今はどこかに逃げたが。
「彼女は僕に言ってきた。どうせ死ぬなら、白紙に帰ったこの世界で好きなことをやって、それから死ねばいいんじゃないか、って感じのことをね」
「おまえは、それに――」
「乗ったさ。全力で乗ったよ。人じゃなくなって、禁忌を犯した僕は、もう君達に合わせる顔もなくなった。だったら好きにやろう。そして野垂れ死のう。そう思った」
バカ野郎が。
ミツの話を聞きながら、俺はのどの奥でそう呻いた。
市政府だ何だと言いながら、結局、ミツはただヤケッぱちになってただけだった。
だが、仮に俺がそばにいたところで、こいつの絶望を拭うことはできたか。
そう自問して、考えて、しかし答えは出せず、俺はミツを罵ることもできなかった。
「市政府を結成して、今日までの間に、あと二人、僕は食った。一人は成人男性でもう一人は、さっきも言った女の子さ。どっちも、吉田帝国から供給されたものだよ」
「そうか、吉田帝国は、おまえらの食料保管庫でもあったのか……」
やっぱ潰して正解だったな、あの帝国。
と、思っていると、ミツの顔が今度は怒りの色を帯びていく。
「何が、吉田帝国だ。何が、天館市政府だ……!」
「……ミツ」
「僕以外の連中は、自分が人じゃなくなったことを自慢してた。泣き叫ぶ他人を、ゲラゲラ笑っていたぶりながら食ってた。連中の顔を見るたび、僕は吐き気がしたよ」
まさに、吐き捨てるかのような物言い。
しかし浮かべていた怒りもすぐに失せて、また諦め調子の笑みが浮かぶ。
「でも、どう言い繕ったところで、結局は僕も同じ穴の狢なんだ。時間が経つと、またあの飢餓感に襲われて、僕も他の誰かを食い殺すんだ。……我を忘れて、頬張るんだ!」
言葉として紡がれてはいるが、もはやそれはミツの慟哭そのものだった。
「ずっと、耳から離れないんだよ。最後に食べた女の子の『助けて、死にたくない』っていう声が。ずっとずっと、耳の奥に鳴り響き続けてるんだ。今も……」
「……もういい、わかった」
俺には、そこで止めることしかできなかった。
人でなくなってから今日まで、こいつがどれほどの絶望に苛まれ続けてきたのか。
それを、俺はきっと理解しきれない。
まさに想像を絶する。ってヤツだ。それだけ、ミツの絶望は底なしに深い。
語り終えて多少すっきりしたのか、ミツの表情がにわかにやわらぐ。
そしてこいつは、俺達に向けて言ったのだ。
「――僕を、殺してくれ」
と。
「……ミツ?」
「何を言ってるの、三ツ谷君?」
俺と音夢は、そろってキョトンとなってしまう。
「元々、僕は君達に殺してもらうために、ここに来てもらったんだ。頼むよ、トシキ」
「おまえ、本気で言って……」
「本気だよ。僕はもう、君達の友人でいる資格を失ったんだ。だから――」
「よいしょ」
言いかけたミツの腹を、音夢がおもむろに踏みつけた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」
「うんうん、それだけ大声で叫べるなら元気ね。じゃ、治すわね」
音夢はビクンビクンしてるミツを見下ろし、硝子の小瓶を取り出す。
えぇ……、何してるのこの女、こっわ……。
「ま、待て、待ってくれ、音夢。……治す、って?」
「治すは治すよ。ひとまず傷を治すわね。話はそれから改めてってことで」
悶えるミツに、音夢はチャカチャカ動きながら告げていく。
小瓶の蓋を外し~の、中の水をパッパとミツの体に振りかけ~の。
「待て、僕はもう、生きていたくいないんだ。君達の負担になる気は……!」
「うっさいわね。橘君に負けたんだから、あなたの命を握ってるのはあなたじゃなくて橘君よ。そして橘君は橘君だから、あなたは治るしかないのよ。はい、論破」
「…………」
論破されてやんの。ざまぁ。超ざまぁ。
「僕は、人を食べたんだぞ? 絶対に許されないことを、したんだぞ……?」
「それを言うなら、俺も散々人を殺してきたしなぁ」
俺は後ろ頭を掻きながら、呆気に取られているミツに言う。
「まぁ、おまえが死にたくて仕方がないのはわかったし、きっとその絶望を俺らは理解しきれないけど――、おまえ、俺に負けたしな。大人しく治されて生きろ。な!」
「な、じゃなくて……!」
ミツは必死になるが、だったら俺に勝てばよかったのである。
でも結局負けてボロボロズタボロ雑巾になった以上、ミツに決定権はない。
「僕は、生きてちゃいけないんだ。僕が生きてたら、また誰かを……!」
「うん、それはな、我慢しろ」
俺は、最善の解決策を提案する。
「簡単に言わないでくれよ、トシキ! とんでもない飢餓感なんだぞ!」
「うん、だな。わかった、辛かったな。大変だったな。だが我慢しろ」
「僕の話を聞いてくれよ!?」
「うるせぇ、殺すぞ」
「だから、殺してくれってば!」
「やなこった」
「何なんだよ!?」
さっきからピーチクパーチクうるせぇなぁ、こいつは。
「頑張れ、気合を入れろ。踏ん張って我慢しろ。それで終わる話だ」
「そんな簡単に……!」
「簡単じゃなくても、できるさ。おまえは俺と音夢のダチの、三ツ谷浩介なんだから」
俺はミツに向かって断言する。
根拠なんて『こいつがミツだから』で十分だ。俺と音夢には、それで十分すぎる。
「……もし、僕が我慢しきれずに誰かを襲ったら?」
「そのときはせっかく治してもらったのにまた九死一生に逆戻りだねー、クソ痛いねー」
ちなみに俺は『壊し具合』を割と完璧にコントロールできる。
なので『死なない程度に痛めつけること』に関しては、世界でも屈指を自負している。
「イヤだ、それはイヤだ!?」
「じゃあ我慢しやがりましょうね~。大丈夫、ミツならできるって!」
俺、渾身のサムズアップ。もちろん根拠はない。
「ねぇ、せっかくかけた水が乾いちゃうから、その前に治したいんだけど」
「おっと、すまん。どくわ」
音夢に促され、俺は脇に退く。
これで、ゾンビを滅ぼす以外にやることが増えた。ミツを人に戻す手段を探す。
まずはミツが治ったあとで、協力組織とやらの話を聞こう。
その連中、何か情報を持ってるかもしれない。と、俺がこの先を考えていると、
「そうですか。市長は、生き残られたのですね」
聞き覚えのある声がした。
「三ツ谷君……!?」
続くようにして、悲鳴にも似た音夢の叫び。
最初に聞こえた声の主を探していた俺は、その叫びにミツの方を見る。
音夢が治そうとしていたはずのミツの姿はそこにはなかった。
「それでは、賭けはこちらの勝ちということになりますね、市長」
再度の声。俺と音夢はそちらを向く。
そこには片手でミツを抱え上げる美崎夕子の姿があった。
「食べるのを我慢しようとすると、途端に飢餓感で気が狂いそうになるんだ……」
それを言うミツの声は、苦いものに満ちていた。
俺も音夢も、まるで懺悔のようなミツの言い方に、何も反応できずにいた。
ミツの独白が続く。
「僕は今まで、三人食べた」
三人。
全ての始まりである黒い雨が降ってから三週間。そういうことだろう。
「空から『昏き賜物』が降り注いだ日、僕は音夢と会う約束をしてた。音夢に本当のことを伝えて、もし許してもらえたなら、指輪を渡すつもりだった……」
「……ッ」
諦観に満ちたミツの独白に、音夢が何かを言おうとしてやめた。
きつく唇を噛み締めるその顔に、何と言葉をかければいいかもわからなかった。
「外にいた多くの人達が、黒い雨を浴びた途端に倒れていった。でも、どういうワケか、僕は倒れなかった。忌々しいことに『昏き賜物』に適合してしまったんだ」
口を動かすことさえ辛いだろうに、ミツはその顔を本当に忌まわしげに歪めた。
そこに、演技の色は微塵もない。俺達にはわかる。
「僕は倒れはしなかった。でもその代わりに、強烈な『飢え』に襲われたんだ。腹が空くとか、のどが渇くとか、そんな生易しいものじゃない。血も水も栄養も、僕が生きるために必要なもの全てが体から失せて干からび切ったような、そんな錯覚に陥ったんだ」
「……ひでぇな」
ミツの話を聞きながら、俺はアルスノウェでの日々を思い返した。
冒険者として過ごした最初の一年と、勇者として魔王軍とドンパチかました二年目。
苦境に立たされたことは何度もあって、食料不足なんて茶飯事だった。
だから俺も、ある程度『飢える苦しさ』は知っているつもりだ。
だが、その俺でさえ、今のミツが語る『枯死するほどの飢え』は想像の埒外だった。
「走ったよ、走った。飢えて、飢えて、とにかくその飢えを満たすことだけを考えて、僕は近くのコンビニに駆け込んだんだ。でも――」
ああ、そういうことか。
ミツがそこで言葉を切った理由。俺は、予想がついてしまった。
もし予想通りなら、そうだよな。躊躇うよな、そんなこと。
語らずに済むのならば、語りたくないに決まっている。つまりはそういう内容なのだ。
「コンビニにあったどの食べ物も、飲み物も、まるで欲しいと思えなかった。そこにあったもので『僕の飢えを満たしてくれたもの』は……」
コンビニの店員か、さもなくばそこに居合わせた別の客、だったのだろう。
「我に返ったとき、僕はコンビニの店内のへたりこんでた。顏も手も、全身血まみれで、僕の目の前には血だまりがあって、そこに『人だったもの』が転がってたよ」
「う……」
その光景を想像したのか、音夢が口に手を当てて顔を背けた。
「店内には誰もいなくて、外を見ればゾンビで溢れかえってた。でも、僕はゾンビに何も感じなかった。怖いとも思わなかった。そして自分がしでかしたことを認識して、やっと気づいたよ。ああ、もう僕は、人間じゃないんだ、ってね……」
「……それが、何で市政府のトップなんて話になってんだよ」
俺は、顔をしかめて指摘する。
するとミツは「だよね」と苦笑して、その辺りを語り出した。
「最初はね、一刻も早く死ななきゃって思ってた。食べたものを吐き出そうとしても吐けないんだ。人じゃなくなった僕の体は、他人の血肉をあっという間に吸収して、滋養に変えてた。そんな自分が、たまらなく禍々しいものに思えてならなかったよ」
「だが、死ななかった。何か理由があるんだな?」
「うん。僕が自ら命を絶つ前に、美崎さんが現れたんだ」
美崎夕子。
ミツの秘書を名乗っていた、転移系の異能を持つ女。今はどこかに逃げたが。
「彼女は僕に言ってきた。どうせ死ぬなら、白紙に帰ったこの世界で好きなことをやって、それから死ねばいいんじゃないか、って感じのことをね」
「おまえは、それに――」
「乗ったさ。全力で乗ったよ。人じゃなくなって、禁忌を犯した僕は、もう君達に合わせる顔もなくなった。だったら好きにやろう。そして野垂れ死のう。そう思った」
バカ野郎が。
ミツの話を聞きながら、俺はのどの奥でそう呻いた。
市政府だ何だと言いながら、結局、ミツはただヤケッぱちになってただけだった。
だが、仮に俺がそばにいたところで、こいつの絶望を拭うことはできたか。
そう自問して、考えて、しかし答えは出せず、俺はミツを罵ることもできなかった。
「市政府を結成して、今日までの間に、あと二人、僕は食った。一人は成人男性でもう一人は、さっきも言った女の子さ。どっちも、吉田帝国から供給されたものだよ」
「そうか、吉田帝国は、おまえらの食料保管庫でもあったのか……」
やっぱ潰して正解だったな、あの帝国。
と、思っていると、ミツの顔が今度は怒りの色を帯びていく。
「何が、吉田帝国だ。何が、天館市政府だ……!」
「……ミツ」
「僕以外の連中は、自分が人じゃなくなったことを自慢してた。泣き叫ぶ他人を、ゲラゲラ笑っていたぶりながら食ってた。連中の顔を見るたび、僕は吐き気がしたよ」
まさに、吐き捨てるかのような物言い。
しかし浮かべていた怒りもすぐに失せて、また諦め調子の笑みが浮かぶ。
「でも、どう言い繕ったところで、結局は僕も同じ穴の狢なんだ。時間が経つと、またあの飢餓感に襲われて、僕も他の誰かを食い殺すんだ。……我を忘れて、頬張るんだ!」
言葉として紡がれてはいるが、もはやそれはミツの慟哭そのものだった。
「ずっと、耳から離れないんだよ。最後に食べた女の子の『助けて、死にたくない』っていう声が。ずっとずっと、耳の奥に鳴り響き続けてるんだ。今も……」
「……もういい、わかった」
俺には、そこで止めることしかできなかった。
人でなくなってから今日まで、こいつがどれほどの絶望に苛まれ続けてきたのか。
それを、俺はきっと理解しきれない。
まさに想像を絶する。ってヤツだ。それだけ、ミツの絶望は底なしに深い。
語り終えて多少すっきりしたのか、ミツの表情がにわかにやわらぐ。
そしてこいつは、俺達に向けて言ったのだ。
「――僕を、殺してくれ」
と。
「……ミツ?」
「何を言ってるの、三ツ谷君?」
俺と音夢は、そろってキョトンとなってしまう。
「元々、僕は君達に殺してもらうために、ここに来てもらったんだ。頼むよ、トシキ」
「おまえ、本気で言って……」
「本気だよ。僕はもう、君達の友人でいる資格を失ったんだ。だから――」
「よいしょ」
言いかけたミツの腹を、音夢がおもむろに踏みつけた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」
「うんうん、それだけ大声で叫べるなら元気ね。じゃ、治すわね」
音夢はビクンビクンしてるミツを見下ろし、硝子の小瓶を取り出す。
えぇ……、何してるのこの女、こっわ……。
「ま、待て、待ってくれ、音夢。……治す、って?」
「治すは治すよ。ひとまず傷を治すわね。話はそれから改めてってことで」
悶えるミツに、音夢はチャカチャカ動きながら告げていく。
小瓶の蓋を外し~の、中の水をパッパとミツの体に振りかけ~の。
「待て、僕はもう、生きていたくいないんだ。君達の負担になる気は……!」
「うっさいわね。橘君に負けたんだから、あなたの命を握ってるのはあなたじゃなくて橘君よ。そして橘君は橘君だから、あなたは治るしかないのよ。はい、論破」
「…………」
論破されてやんの。ざまぁ。超ざまぁ。
「僕は、人を食べたんだぞ? 絶対に許されないことを、したんだぞ……?」
「それを言うなら、俺も散々人を殺してきたしなぁ」
俺は後ろ頭を掻きながら、呆気に取られているミツに言う。
「まぁ、おまえが死にたくて仕方がないのはわかったし、きっとその絶望を俺らは理解しきれないけど――、おまえ、俺に負けたしな。大人しく治されて生きろ。な!」
「な、じゃなくて……!」
ミツは必死になるが、だったら俺に勝てばよかったのである。
でも結局負けてボロボロズタボロ雑巾になった以上、ミツに決定権はない。
「僕は、生きてちゃいけないんだ。僕が生きてたら、また誰かを……!」
「うん、それはな、我慢しろ」
俺は、最善の解決策を提案する。
「簡単に言わないでくれよ、トシキ! とんでもない飢餓感なんだぞ!」
「うん、だな。わかった、辛かったな。大変だったな。だが我慢しろ」
「僕の話を聞いてくれよ!?」
「うるせぇ、殺すぞ」
「だから、殺してくれってば!」
「やなこった」
「何なんだよ!?」
さっきからピーチクパーチクうるせぇなぁ、こいつは。
「頑張れ、気合を入れろ。踏ん張って我慢しろ。それで終わる話だ」
「そんな簡単に……!」
「簡単じゃなくても、できるさ。おまえは俺と音夢のダチの、三ツ谷浩介なんだから」
俺はミツに向かって断言する。
根拠なんて『こいつがミツだから』で十分だ。俺と音夢には、それで十分すぎる。
「……もし、僕が我慢しきれずに誰かを襲ったら?」
「そのときはせっかく治してもらったのにまた九死一生に逆戻りだねー、クソ痛いねー」
ちなみに俺は『壊し具合』を割と完璧にコントロールできる。
なので『死なない程度に痛めつけること』に関しては、世界でも屈指を自負している。
「イヤだ、それはイヤだ!?」
「じゃあ我慢しやがりましょうね~。大丈夫、ミツならできるって!」
俺、渾身のサムズアップ。もちろん根拠はない。
「ねぇ、せっかくかけた水が乾いちゃうから、その前に治したいんだけど」
「おっと、すまん。どくわ」
音夢に促され、俺は脇に退く。
これで、ゾンビを滅ぼす以外にやることが増えた。ミツを人に戻す手段を探す。
まずはミツが治ったあとで、協力組織とやらの話を聞こう。
その連中、何か情報を持ってるかもしれない。と、俺がこの先を考えていると、
「そうですか。市長は、生き残られたのですね」
聞き覚えのある声がした。
「三ツ谷君……!?」
続くようにして、悲鳴にも似た音夢の叫び。
最初に聞こえた声の主を探していた俺は、その叫びにミツの方を見る。
音夢が治そうとしていたはずのミツの姿はそこにはなかった。
「それでは、賭けはこちらの勝ちということになりますね、市長」
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