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第25話 総員、第一種戦闘配備!
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総員、第一種戦闘配備!
男なら一回は言いたい、ロマンの塊めいたセリフ。恥ずかしいから言わんけど。
でも、今の雰囲気はまさにそんな感じ。これから市庁舎に突撃よ。
――と、思っていたら。
「おやぁ……?」
俺の広域探査が、ちょっとした異変をキャッチする。
ソラス入口に移動し、市庁舎に向けて出発しようとしていた矢先のタイミングだ。
「どうしたんですかァ、センパ~イ?」
「ん、いや。どうやら敵さんの方から突撃してくるっぽい感じだなぁ~、って」
俺の返答に、周りの現代冒険者さんらが驚いてこっちを向く。
出動のタイミングはほぼ同じで、タッチの差で先手に回られたかなぁ、これは。
つまり、こっちは攻めではなく守りを余儀なくされるワケで、めんどいなぁ。
「おまえら、ソラスと市庁舎周辺の地理は頭に叩き込んであるよな?」
周りの連中に、俺はそれを確かめる。
「当然ですよ!」
「天館の人間なら『三角』に何があるかは覚えてますとも!」
おうおう、頼りになる答えじゃねぇのさ。
一方で、市庁舎からはこっち方面にワラワラとゾンビが進撃し始めている。
ソラスと市庁舎の距離は、直線にして大体400mほど。
俺達は今、市庁舎側のソラス入り口にいるが、さすがにまだゾンビは見えない。
見えるのは、ソラス前のちょっとした広場と、その向こうに伸びる広めの道路。
車は何台か停まっているが、当然人の姿はなく、閑散とした空気が漂っている。
道路の両脇には、背の低い建物が軒を連ねていた。
天館駅周辺は再来年辺りに再開発される予定だったので、古い建物が多い。
昔ながらの雑貨屋に書店、食堂や、小綺麗な喫茶店などが、ここから見えていた。
人は、俺達以外に誰もいない。
だがむしろ、その方が望ましい。非戦闘員なんて、この状況じゃ邪魔なだけだ。
「敵は四千。こっちは職員が十人。実働が七十。単純数だけなら戦力差五十対一か。普通に考えれば、勝負にならねぇよなぁ、しかも、相手はゾンビだ」
俺は、少し大きめの声を出して、そうやって周りに呼びかけた。
「ゾンビは、死んでる。動く死体だ。だから痛覚も存在せず、肉体が損傷しても構わずに動き続けられる。常人なら耐えきれない痛みでも、平気で無視できる存在だ」
つらつらと、ゾンビの特徴を謳うようにして告げながら、俺は視線を巡らせる。
「おまけに、ゾンビに噛まれたらゾンビになっちまう。映画やゲームでよく見る設定が現実の脅威としてあるワケだ。こりゃ大変だ。サソリやハブの方がまだ可愛いぜ」
そう肩を竦めてから、俺はさらに続けた。
「そしてゾンビの力は人間の数倍。全力を出して自分にダメージがあっても関係ないから常に全開だ。しかも人の位置を特定する能力があって、追いかけてくる」
まさに、ゲームに描かれる通りのゾンビそのまんま。完全にモンスターなワケで。
「さらにふざけたことに、そのバケモノを操る連中がいる。だからこれから戦うゾンビは、ただ無秩序に突っ込んでくるワケじゃない。作戦行動をとる可能性が高い」
そこで、俺は小さく口の端を釣り上げて笑みを作る。
「統率された、人の数倍の力を持つ、致死毒を宿した不死身の兵士がおよそ四千。それが、俺達がこれから戦う相手だ。それに対して、こっちは――」
俺はここに降りる前に英道に渡されたメモに目を落とし、読み上げる。
「Dランク冒険者、三十二人。Cランク冒険者、二十一人。Bランク冒険者、九人。Aランク冒険者、五人。S、SS、SSSランクはいないがその代わりに……」
「殿堂入りが、三人ね」
俺に代わり言ったのは、右手に杖を携えた音夢だった。
マリッサに並ぶ『英雄』と同義の称号『殿堂入り』。そのうちの一人がこいつだ。
「改めて聞くとスゴイ数の差だよね~。ゾンビが四千とか、パないってぇ~」
『フン、だが安心するがよいぞ、れむたん! 何故なら吾輩がここにいるッッ!』
空中でふんぞり返る銀色マスコットなチビドラゴンと、それを従えるテイマー。
小宮玲夢もまた、姉と同じく一年で『殿堂入り』を果たした冒険者だ。
――そして、
「圧倒的な数の差。兵として見た場合のゾンビの恐ろしさ。それらをわざわざ口にしたということは、つまり勇者様は私達にこう言いたいのですね」
最後の『殿堂入り』冒険者が、俺の本意を察し、そのまま言葉を引き継いだ。
「私達であれば、この程度の脅威は取るに足らない。楽勝だ、と」
愛用の大盾を背に担ぎ、太い腕をしっかり組んだ河田秀和が、不敵に笑っていた。
「そういうこった。……さぁ、勇者に見せてくれよ。アルスノウェの一年で身に着けてきた冒険者の『生き残るための戦い方』を!」
このクソったれな世界を自分達の足で歩けるんだと、俺に証明してくれ。
「わかりました。それじゃあ、まずは」
使い込まれた長柄のハルバートを右手に持って、秀和が大股に一歩前に出る。
「敵さん、こっちの方に集めましょうか」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
突然の話になるが、実は、ファンタジー異世界なアルスノウェにはアレがある。
アレだよ、アレ。
冒険者なんてモンが実際するんだから、アレだって当然存在する。
――そう、二つ名だ!
俺が『滅びの勇者』と呼ばれたように、殿堂入りした三人にも二つ名がある。
基本、アルスノウェではSランク以上になると二つ名で呼ばれることが多くなる。
例えば、音夢の二つ名は『癒しの賢者』だ。
直球、かつ安直。かつわかりやすい。本人は恥ずかしいらしいが、諦めるがいい。
それもこれも、治癒魔法を知るや、魔法の種類の見境なしに覚えた音夢が悪い。
古代語魔法、精霊魔法、竜語魔法や、さらにマニアックな魔法種別まで。
とにかく、治癒の魔法であれば何でも覚えた結果が『癒しの賢者』である。
そりゃそうなる。
としか言えんわなぁ、誰だって……。
一方、妹の玲夢の二つ名は『最カワテイマー』だそうな。
元々は『竜王の主』だったらしいが、本人が嫌がって自ら広めたとのこと。
こと、セルフプロデュース力においては、音夢<<<<<玲夢のようだ。
ま、俺からすれば『最カワテイマー』も『竜王の主』と五十歩百歩だが。
とまぁ、そんな感じで、殿堂入りの冒険者ともなれば、必ず二つ名は存在する。
で、なぜこんな話をするかといえば、当然、秀和に関する話だからだ。
この場にいる三人の『殿堂入り』。
その最後の一人である河田秀和の二つ名は――、
「ここは、この『印となる者』にお任せを」
ソラス前の広場。
その真ん中にそびえる銅像の前に立って、秀和が自信ありげにそう告げる。
「よっ、と」
秀和はひとッ跳びで銅像の台座に乗ると、次にもう一度跳躍して銅像の上に乗る。
銅像は、考える人っぽい感じのもので、秀和はその肩と頭を足場としていた。
「ああ、なるほど。あの辺りか」
高い場所からゾンビ軍の現在地点を確認しているのだろう。
それを終えて、秀和はこちらを振り向く。
「皆さん、今から敵をこちらに誘導します。攻撃準備をお願いします!」
「「おおっ!」」
秀和が言い、他の連中がそれに応じる。
そして七十人の冒険者は直ちに動き出し、ゾンビ軍を迎撃する準備に入った。
「よし……」
秀和の空いている方の手に、硝子の小瓶が現れる。
内容量有限の自分用の空間収納庫から取り出したようだ。
蓋を開け、中身をゴクリ。空になった瓶をその辺に放り捨てる。
するとほどなく、秀和の周りの景色が揺らぎ始めた。
体温が異常に上昇することで、周囲の空気が熱せられて揺らぎ始めたのだ。
「……ふぅ、はぁ」
深く呼吸をする秀和は、その身に大量の汗をかいていた。
それは、血が混じった赤い汗。
その汗の、肉を腐らせたような異臭がこっちにまで届いてくる。
「何、このにおい。クサいんですけどー……」
近くで様子を見ていた玲夢がそんなことを言い出す。
俺は取り合わず、秀和を観察し続けた。あいつはハルバートを両手で掲げていた。
すると、ハルバートの長柄から何か光のヴェールのようなものが現れる。
一見しただけで、音夢にはそれが何なのかわかったようだ。
「あれは……、旗?」
魔力によって造形したのであろう真っ赤な大旗が、長柄からはためいていた。
やたらと目立つその鮮烈な赤の旗は、そこに秀和がいるという目印に他ならない。
そして、秀和は深く大きく息を吸って――、
「ウオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ――――ッッ!!!!」
場を揺るがさんばかりの雄叫びに、音夢と玲夢とが咄嗟に耳を塞いだ。
魔力の旗と、汗の臭いと、この雄叫びと。
なるほど、秀和の二つ名が『印となる者』なのもうなずける。
「来ました!」
秀和が報告を寄越してくる。
俺も、広域探査によってとっくに気づいていた。
ソラスを囲うように展開しつつあったゾンビ軍の動きが変わった。
ある程度統制の取れていた軍勢の大半が、一路この広場を目指し始めたのだ。
理由は、もちろん秀和だ。
旗によって視覚で、汗によって嗅覚で、雄叫びによって聴覚で、居場所を示す。
それは、大半の魔物が持っている『人間を狙う本能』を逆手に取った技巧だ。
MMOなんかでタンクが持っている『ターゲット集中スキル』。
秀和はそれをこの場で使って、進撃するゾンビのターゲットを自分に集中させた。
「あ、ゾンビだ!」
玲夢が道路の先に指をさす。
ついに、ここからでも視認でいる距離に、ゾンビ軍が現れた。
すごい数だ。完全に道路を埋め尽くしている。
と、いうことは、だ……、
「来たぞ、攻撃開始だ!」
「すげぇな、これなら目をつむって当たるぜ!」
攻撃準備を終えた冒険者達が、次々に声をあげてゾンビ軍を狙う。
連中がいるのは、ゾンビが進む道路の両脇に連なる建物。その屋根の上だった。
「焔戟!」
「空戟!」
「撃て撃て!」
「矢をケチるな、ここで使い切る気でやれ!」
次々に放たれる魔法と矢が、秀和を目指すゾンビ軍に雨となって降り注ぐ。
当然、ゾンビにそれを防ぐ手段などなく、焼かれ、貫かれ、道路に倒れていく。
「勇者様、おそらく敵の八割方はこっちに集められました」
「ああ、ありがとよ。秀和。おまえ、スゲェよ」
俺が軽く拍手すると、秀和ははにかんだように笑って、前に向き直った。
これが『殿堂入り』と呼ばれる冒険者の力。
たった一人で戦況を作り、たった一人で戦況を覆せる、飛びぬけた実力の持ち主。
「すごいすごぉ~い! でもクサい! ちゃんとあとでシャワー浴びてよね!」
俺と同じように拍手をするが、しかし物言いは辛辣な玲夢。
「それじゃあ、そろそろアタシもガンバっちゃおっかなー!」
次に『殿堂入り』の力を見せてくれるのは『最カワテイマー』のようだった。
男なら一回は言いたい、ロマンの塊めいたセリフ。恥ずかしいから言わんけど。
でも、今の雰囲気はまさにそんな感じ。これから市庁舎に突撃よ。
――と、思っていたら。
「おやぁ……?」
俺の広域探査が、ちょっとした異変をキャッチする。
ソラス入口に移動し、市庁舎に向けて出発しようとしていた矢先のタイミングだ。
「どうしたんですかァ、センパ~イ?」
「ん、いや。どうやら敵さんの方から突撃してくるっぽい感じだなぁ~、って」
俺の返答に、周りの現代冒険者さんらが驚いてこっちを向く。
出動のタイミングはほぼ同じで、タッチの差で先手に回られたかなぁ、これは。
つまり、こっちは攻めではなく守りを余儀なくされるワケで、めんどいなぁ。
「おまえら、ソラスと市庁舎周辺の地理は頭に叩き込んであるよな?」
周りの連中に、俺はそれを確かめる。
「当然ですよ!」
「天館の人間なら『三角』に何があるかは覚えてますとも!」
おうおう、頼りになる答えじゃねぇのさ。
一方で、市庁舎からはこっち方面にワラワラとゾンビが進撃し始めている。
ソラスと市庁舎の距離は、直線にして大体400mほど。
俺達は今、市庁舎側のソラス入り口にいるが、さすがにまだゾンビは見えない。
見えるのは、ソラス前のちょっとした広場と、その向こうに伸びる広めの道路。
車は何台か停まっているが、当然人の姿はなく、閑散とした空気が漂っている。
道路の両脇には、背の低い建物が軒を連ねていた。
天館駅周辺は再来年辺りに再開発される予定だったので、古い建物が多い。
昔ながらの雑貨屋に書店、食堂や、小綺麗な喫茶店などが、ここから見えていた。
人は、俺達以外に誰もいない。
だがむしろ、その方が望ましい。非戦闘員なんて、この状況じゃ邪魔なだけだ。
「敵は四千。こっちは職員が十人。実働が七十。単純数だけなら戦力差五十対一か。普通に考えれば、勝負にならねぇよなぁ、しかも、相手はゾンビだ」
俺は、少し大きめの声を出して、そうやって周りに呼びかけた。
「ゾンビは、死んでる。動く死体だ。だから痛覚も存在せず、肉体が損傷しても構わずに動き続けられる。常人なら耐えきれない痛みでも、平気で無視できる存在だ」
つらつらと、ゾンビの特徴を謳うようにして告げながら、俺は視線を巡らせる。
「おまけに、ゾンビに噛まれたらゾンビになっちまう。映画やゲームでよく見る設定が現実の脅威としてあるワケだ。こりゃ大変だ。サソリやハブの方がまだ可愛いぜ」
そう肩を竦めてから、俺はさらに続けた。
「そしてゾンビの力は人間の数倍。全力を出して自分にダメージがあっても関係ないから常に全開だ。しかも人の位置を特定する能力があって、追いかけてくる」
まさに、ゲームに描かれる通りのゾンビそのまんま。完全にモンスターなワケで。
「さらにふざけたことに、そのバケモノを操る連中がいる。だからこれから戦うゾンビは、ただ無秩序に突っ込んでくるワケじゃない。作戦行動をとる可能性が高い」
そこで、俺は小さく口の端を釣り上げて笑みを作る。
「統率された、人の数倍の力を持つ、致死毒を宿した不死身の兵士がおよそ四千。それが、俺達がこれから戦う相手だ。それに対して、こっちは――」
俺はここに降りる前に英道に渡されたメモに目を落とし、読み上げる。
「Dランク冒険者、三十二人。Cランク冒険者、二十一人。Bランク冒険者、九人。Aランク冒険者、五人。S、SS、SSSランクはいないがその代わりに……」
「殿堂入りが、三人ね」
俺に代わり言ったのは、右手に杖を携えた音夢だった。
マリッサに並ぶ『英雄』と同義の称号『殿堂入り』。そのうちの一人がこいつだ。
「改めて聞くとスゴイ数の差だよね~。ゾンビが四千とか、パないってぇ~」
『フン、だが安心するがよいぞ、れむたん! 何故なら吾輩がここにいるッッ!』
空中でふんぞり返る銀色マスコットなチビドラゴンと、それを従えるテイマー。
小宮玲夢もまた、姉と同じく一年で『殿堂入り』を果たした冒険者だ。
――そして、
「圧倒的な数の差。兵として見た場合のゾンビの恐ろしさ。それらをわざわざ口にしたということは、つまり勇者様は私達にこう言いたいのですね」
最後の『殿堂入り』冒険者が、俺の本意を察し、そのまま言葉を引き継いだ。
「私達であれば、この程度の脅威は取るに足らない。楽勝だ、と」
愛用の大盾を背に担ぎ、太い腕をしっかり組んだ河田秀和が、不敵に笑っていた。
「そういうこった。……さぁ、勇者に見せてくれよ。アルスノウェの一年で身に着けてきた冒険者の『生き残るための戦い方』を!」
このクソったれな世界を自分達の足で歩けるんだと、俺に証明してくれ。
「わかりました。それじゃあ、まずは」
使い込まれた長柄のハルバートを右手に持って、秀和が大股に一歩前に出る。
「敵さん、こっちの方に集めましょうか」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
突然の話になるが、実は、ファンタジー異世界なアルスノウェにはアレがある。
アレだよ、アレ。
冒険者なんてモンが実際するんだから、アレだって当然存在する。
――そう、二つ名だ!
俺が『滅びの勇者』と呼ばれたように、殿堂入りした三人にも二つ名がある。
基本、アルスノウェではSランク以上になると二つ名で呼ばれることが多くなる。
例えば、音夢の二つ名は『癒しの賢者』だ。
直球、かつ安直。かつわかりやすい。本人は恥ずかしいらしいが、諦めるがいい。
それもこれも、治癒魔法を知るや、魔法の種類の見境なしに覚えた音夢が悪い。
古代語魔法、精霊魔法、竜語魔法や、さらにマニアックな魔法種別まで。
とにかく、治癒の魔法であれば何でも覚えた結果が『癒しの賢者』である。
そりゃそうなる。
としか言えんわなぁ、誰だって……。
一方、妹の玲夢の二つ名は『最カワテイマー』だそうな。
元々は『竜王の主』だったらしいが、本人が嫌がって自ら広めたとのこと。
こと、セルフプロデュース力においては、音夢<<<<<玲夢のようだ。
ま、俺からすれば『最カワテイマー』も『竜王の主』と五十歩百歩だが。
とまぁ、そんな感じで、殿堂入りの冒険者ともなれば、必ず二つ名は存在する。
で、なぜこんな話をするかといえば、当然、秀和に関する話だからだ。
この場にいる三人の『殿堂入り』。
その最後の一人である河田秀和の二つ名は――、
「ここは、この『印となる者』にお任せを」
ソラス前の広場。
その真ん中にそびえる銅像の前に立って、秀和が自信ありげにそう告げる。
「よっ、と」
秀和はひとッ跳びで銅像の台座に乗ると、次にもう一度跳躍して銅像の上に乗る。
銅像は、考える人っぽい感じのもので、秀和はその肩と頭を足場としていた。
「ああ、なるほど。あの辺りか」
高い場所からゾンビ軍の現在地点を確認しているのだろう。
それを終えて、秀和はこちらを振り向く。
「皆さん、今から敵をこちらに誘導します。攻撃準備をお願いします!」
「「おおっ!」」
秀和が言い、他の連中がそれに応じる。
そして七十人の冒険者は直ちに動き出し、ゾンビ軍を迎撃する準備に入った。
「よし……」
秀和の空いている方の手に、硝子の小瓶が現れる。
内容量有限の自分用の空間収納庫から取り出したようだ。
蓋を開け、中身をゴクリ。空になった瓶をその辺に放り捨てる。
するとほどなく、秀和の周りの景色が揺らぎ始めた。
体温が異常に上昇することで、周囲の空気が熱せられて揺らぎ始めたのだ。
「……ふぅ、はぁ」
深く呼吸をする秀和は、その身に大量の汗をかいていた。
それは、血が混じった赤い汗。
その汗の、肉を腐らせたような異臭がこっちにまで届いてくる。
「何、このにおい。クサいんですけどー……」
近くで様子を見ていた玲夢がそんなことを言い出す。
俺は取り合わず、秀和を観察し続けた。あいつはハルバートを両手で掲げていた。
すると、ハルバートの長柄から何か光のヴェールのようなものが現れる。
一見しただけで、音夢にはそれが何なのかわかったようだ。
「あれは……、旗?」
魔力によって造形したのであろう真っ赤な大旗が、長柄からはためいていた。
やたらと目立つその鮮烈な赤の旗は、そこに秀和がいるという目印に他ならない。
そして、秀和は深く大きく息を吸って――、
「ウオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ――――ッッ!!!!」
場を揺るがさんばかりの雄叫びに、音夢と玲夢とが咄嗟に耳を塞いだ。
魔力の旗と、汗の臭いと、この雄叫びと。
なるほど、秀和の二つ名が『印となる者』なのもうなずける。
「来ました!」
秀和が報告を寄越してくる。
俺も、広域探査によってとっくに気づいていた。
ソラスを囲うように展開しつつあったゾンビ軍の動きが変わった。
ある程度統制の取れていた軍勢の大半が、一路この広場を目指し始めたのだ。
理由は、もちろん秀和だ。
旗によって視覚で、汗によって嗅覚で、雄叫びによって聴覚で、居場所を示す。
それは、大半の魔物が持っている『人間を狙う本能』を逆手に取った技巧だ。
MMOなんかでタンクが持っている『ターゲット集中スキル』。
秀和はそれをこの場で使って、進撃するゾンビのターゲットを自分に集中させた。
「あ、ゾンビだ!」
玲夢が道路の先に指をさす。
ついに、ここからでも視認でいる距離に、ゾンビ軍が現れた。
すごい数だ。完全に道路を埋め尽くしている。
と、いうことは、だ……、
「来たぞ、攻撃開始だ!」
「すげぇな、これなら目をつむって当たるぜ!」
攻撃準備を終えた冒険者達が、次々に声をあげてゾンビ軍を狙う。
連中がいるのは、ゾンビが進む道路の両脇に連なる建物。その屋根の上だった。
「焔戟!」
「空戟!」
「撃て撃て!」
「矢をケチるな、ここで使い切る気でやれ!」
次々に放たれる魔法と矢が、秀和を目指すゾンビ軍に雨となって降り注ぐ。
当然、ゾンビにそれを防ぐ手段などなく、焼かれ、貫かれ、道路に倒れていく。
「勇者様、おそらく敵の八割方はこっちに集められました」
「ああ、ありがとよ。秀和。おまえ、スゲェよ」
俺が軽く拍手すると、秀和ははにかんだように笑って、前に向き直った。
これが『殿堂入り』と呼ばれる冒険者の力。
たった一人で戦況を作り、たった一人で戦況を覆せる、飛びぬけた実力の持ち主。
「すごいすごぉ~い! でもクサい! ちゃんとあとでシャワー浴びてよね!」
俺と同じように拍手をするが、しかし物言いは辛辣な玲夢。
「それじゃあ、そろそろアタシもガンバっちゃおっかなー!」
次に『殿堂入り』の力を見せてくれるのは『最カワテイマー』のようだった。
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