異世界帰りの元勇者・オブ・ザ・デッド

はんぺん千代丸

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第23話 秀和、地獄から生きて帰ったってよ

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 秀和、地獄から生きて帰ったってよ。

「私が転移した先は、父とは別の場所だったんです」

 ハリウッドのタフガイ俳優みたいになって戻ってきた秀和が、そう語る。

「……どこに転移したんだよ?」
捩れヶ谷ねじれがたにです」

 うわぁ。本当に地獄だァ。

「捩れヶ谷?」

 どうやら知らないらしい音夢が、俺の方を見てくる。
 すると、先にルリエラが短く答えた。

『今現在の、魔王軍の本拠地ですわ』
「え、魔王軍って、まだ存在してるんですか?」
「してる。っつっても、主要な戦力はほぼほぼ俺が潰して、事実上の残党だがな」

 アルスノウェで暴虐の限りを尽くした魔王軍。
 その生き残りが集まっている場所が、西の最果てにある『捩れヶ谷』だ。

「アルスノウェには『天穴』っていう魔力が噴き出る場所が幾つかあってな。『捩れヶ谷』もその一つで、魔力の発生ポイントを魔王軍が占領してるおかげで、人類側もなかなか攻めきれずにいる、って状況だ。それと――」
「それと?」

「『捩れヶ谷』は、人類と魔王軍の総力戦が行われた場所でもある。その影響もあって、『天穴』の周辺一帯が異常環境化して、そこに生息してるモンスターが巨大化してたり、他にも色々ととんでもないことになってたはずだぜ」

 今の地名である『捩れヶ谷』は、この環境の異常化に由来している。

「ええ、そのようです。そんな場所に、息子は転移してしまったんです」

 秀和の隣に立って、英道が肩を落とす。
 アルスノウェに行く前と、親子の身長差が完全に逆転している。現実感ないなー。

「私はきっと、強くなりたかったんです。あの魔法陣は、その当人にとって最適な場所に転移させるものだと聞きました。父に護られ、勇者様に助けていただいた私は、己の無力を噛み締め、悔やんでいたのです。だから――」
「とにかく『強くなれる環境がある場所』に転移したワケか……」

 だからって、そのわがままボディは一体何事だ?

「今の『捩れヶ谷』は『一日が十日になる異常』が発生しているようでして」

 何だ、そのバカみたいな異常は。

「五日分の昼と五日分の夜が繰り返される環境下で、魔王軍の残党と人類側の連合軍が血みどろの激戦を繰り広げていました。私も、そこに加わって戦い続けたんです」
「……一年、いや、事実上の十年分、か」

 そりゃあ経験も積めるし、肉体も成長するわなぁ。納得はできる。

「とにかく、戦い漬けの日々でした。夜が長く続いても、睡眠時間もロクに確保できず、食事も戦いながら、なんていうのは日常茶飯事でした。それに魔王が遺した『世界呪せかいじゅ』の影響もあって、人類側は優勢でこそあれ、常に余裕はありませんでしたから」

 ……ああ、『世界呪』、ね。

 魔王が死に際に残した最後っ屁。
 世界そのものにかけられたあの呪いは、未だにアルスノウェを苦しめてるワケか。
 だが、それを差し引いても秀和がくぐってきた鉄火場はかなりのモンだ。

「強くならなきゃ死ぬ。まさに地獄……、だったワケだ」

 そんな場所で、実質十年。よく生き残れたと思うわ。
 これには、さすがに俺も感嘆するしかない。そして、思いがけない拾い物だ。

「秀和。おまえのジョブは、タンクか?」
「そうです。どんな攻撃でも、私は防いでみせますよ」
「頼もしいこと言ってくれるね」

 俺は、秀和の鎧の胸部分をコツンと叩いた。
 すると歴戦の十一歳は、どこか照れ臭そうに笑って後ろ髪を掻いた。

 俺は秀和から離れて、屋上を見渡す。
 ザッと数えて、その場にいるのは八十人ほど。百人全員は戻ってこれなかったか。

『そればかりは仕方がありませんわね。何事にも運不運は付きまとうもの。むしろ、八割以上が生きてこの場に戻れただけでも望外の成果といえるでしょう』
「まぁな」

 ルリエラの言う通りではある。
 俺は、場と機会を与えたに過ぎない。一人一人の結果にまでは、責任を持てない。

「おまえら!」

 俺は、その場にいる全員に向かって呼びかける。

「日本に帰ってきて思うところはいろいろあるだろうが、とにかく今日は休め! 詳しい話は明日、改めて俺がする! 今日はこれで解散! あとは好きにしろ!」
「「おお!」」

 俺が言うと、場にいる多くが返事を寄越す。
 明らかに、アルスノウェに行く前とは空気が違う。皆、前を向いている感がある。
 それからは、三々五々に散って今日一日を自由に過ごすことになった。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 俺は音夢と玲夢を連れて、ソラスの八階にあるスポーツジムへと向かった。
 この一週間の過ごした、今現在の俺のねぐらがここだ。

 ジムは広いし、シャワーと仮眠室もあって、なかなか快適に過ごすことができる。
 電気設備は、雷属性の魔法アイテムを電力源にして、無理やり動かしている。

「その辺に適当に座ってくれ」

 居間代わりに使っている休憩室。
 椅子があり、テーブルがあり、自販機があって、しかも広い。

「お邪魔しま~っす!」
『ぬぅ、何だこの狭い部屋は! 卵を一つ置けば満杯ではないか!』

 玲夢が嬉々として座り、マスコットのグラたんが入った途端に不満を口にする。
 そりゃあ、街三つ分の空間を巣にするドラゴン様にしてみりゃ、狭かろうよ。

「あ~、グラたん、そういうこと言うんだぁ~。アタシ、哀しーなー」
『何という素晴らしき住居! 吾輩、感激のあまりつい本音と反対のコトをッ!』

 光の速さで手のひら返すのはいいが、せめて自分の主人の棒読みに気づけ、竜王。

「さて――」

 音夢達が椅子に座ったところで、俺も座って音夢の方を見る。

「…………」

 音夢は、その手にスマホを持って、俯いていた。
 思いつめたようなその表情から、考えていることが透けて見える。

「ミツのこと、考えてんだろ」
「……うん」

 音夢は素直にうなずいた。

「先に、教えてくれ。おまえとミツが別れたって、どういうことだ」
「マリッサさんと最初に会ったときのこと、だよね」

 どうやら音夢も覚えているようだ。こいつの体感じゃ、一年前のことなのに。

「これ、見て」

 音夢から、スマホを渡された。

「保存の魔法を使ってあるから、電池は切れてないわ。画面は待ち受けじゃなくて、メールの画面にしてあるから、そのまま見てくれて大丈夫よ」
「いや、大丈夫よ、って……」

 そうは言われても、さすがに他人の、しかも女子のスマホを覗くとか……。

「あー、センパイ、キョドってる~! ゾンビやっつけるのは平気なクセに~!」
『グハハッハハ、情けなきかな『滅びの勇者』よ! 女の秘密を覗く程度のことで狼狽するとはな! 吾輩ならばまるで動じず、当然のように許可も取らずに覗くぞ!』

「グラたん、それはアタシでもヒく」
『え』

 クッ、ちょっと悔しい。
 目の前の主従コントに少しだけ心が和んでしまった。

「いいから、見て」
「わかったよ」

 音夢にさらに促され、俺は覚悟を決めてスマホの画面に目をやった。
 そこには、送り主に『三ツ谷』とあり、メール本文はただ短く一文だけ、

『別れよう。さようなら。』

 と、だけあった。

「何だよ、こりゃあ……」
「それだけよ。あの日、黒い雨が降って一時間くらいして、そのメールが来たの」

 黒い雨が降ってから。
 その言葉に、俺は先週市庁舎で出会ったミツのコトを思い出す。

「納得は?」
「してるワケないでしょ。こんな一方的な話」

 そりゃあそうだ。音夢からすれば、それこそ青天の霹靂だったろうからな。

「でも、ゾンビが現れて、私は玲夢と一緒に逃げるのが精一杯で、何とか『天館ソラス』に辿り着いて、そこから吉田帝国に参加して――、だから」
「ミツに確かめるヒマなんてありゃしなかったワケだ。仕方ねぇ話だけどよ」

 俺はスマホを音夢に返して、腕を組む。
 椅子に背をもたせると、小さく軋み音を立てて、俺を支えた。

「会ったんでしょ、三ツ谷君と」
「ああ、会った」

「どこで?」
「……あーっとな」

 若干ではあるが、話すのに躊躇を覚える。
 音夢の視線がこっちを鋭く突き刺している。思い詰めてるのが丸わかりだ。

「――市庁舎で会った」

 だが、結局俺は話すことにした。
 ミツの前に音夢を連れていく。俺は先週、ミツ本人にそう約束したからな。

「ミツは、あいつは――」

 俺は、ミツに会うまでのいきさつと、会ってからの出来事を全て音夢に話した。
 ミツが人間ではなくなったことも。
 そしてあいつが、音夢のことを『どうでもいい』と突き放したことも。

「何それ、ヒドい!」

 怒ったのは、意外にも音夢ではなく玲夢の方だった。

「ミツセンパイ、そんなヒドい人だったんだ!」
「さぁな。人間やめて、精神的にも何か変化があったのかもだが……」

 プンプンしている玲夢とは対照的に、音夢はずっと押し黙ったままだ。

「音夢、俺はおまえをミツのところに連れていくぜ」
「センパイ、そんなおセッカイ、しなくていいと思いまーす! ほっとこーよ!」

 玲夢が騒ぎ出すが、そういうワケにもいかねぇだろうが。
 音夢も、ついさっき納得できないと口にしたばかりだ。このままにしておけるか。

「明日だ。それまでに、ミツに言いたいことをまとめておけ」
「言いたいことはいっぱいあるわ。でも、やることはもう決まってるの」

 音夢が、顔を上げて俺を見た。
 その瞳には、メラメラと怒りの炎が燃え滾っていた。俺の背筋が、寒くなる。

「とにかく、一発殴るわ」

 ああ、避けられないヤツだ。
 いくらミツが人間やめて『黒騎士』とかいうの使っても、絶対、避けられない。
 音夢の本気の攻撃は、対俺達特攻だ。その速度は光にも達する。

「うん、思いっきりカマしてやれ」

 心の中でミツに『ざまぁ』と言いながら、俺は、優しくうなずいたのだった。
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