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第21話 ついに来ました、天館市庁舎!

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 ついに来ました、天館市庁舎!
 の、屋上!

「ソラスの屋上と何にも変わんねぇ~……」

 何か凸凹してて、ダクトとかがあって、それだけ。
 天館百貨店の屋上遊園地を少しは見習ってほしいってモンだな、こりゃあ。

「エンターテインメントを志す気持ちが低すぎる。嘆かわしい!」
『そちらの世界のことはわかりませんけれど、トシキ様の言っていることが一方的すぎる無理難題なイチャモンであることは何となくわかりますわ』

 うるせぇな、屋上は気分がピョンピョンする場所なんだよ。
 俺の中ではそうだから、俺はそう主張し続けるのだ。

『わ~、タチ悪いですわ~。開き直りは見苦しいですわよ?』

 ルリエラからの指摘が心に突き刺さって痛いので無視することにした。

『それで、どうして屋上なんかに来ましたの?』
「下から行ったらめんどくさそうなのに絡まれそうだから」

 俺は、膝を折ってその場に屈み、床を一発殴りつけた。
 バゴッ、と鈍い破砕音がして殴った場所に、大きな穴が開く。

「それでは、市長室に突撃!」
『間違いなく最短ルートですわね~』

 まぁね。中学ンときに社会見学で市庁舎来たことあったしね。
 市長室が最上階の一つ下にあることは、しっかり記憶に残っているんだぜ。

「ダイナミック市長室訪問!」

 俺はジャンプして、穴に飛び込んで、勢いのままその階の床も蹴破った。
 ガボォン、とちょっとコミカルな音がして、破片と共に俺は着地する。

「到着ッッ!」
『ここ通路ですわよ』
「何ィ……!?」

 ルリエラの指摘に俺は驚愕し、辺りを見回す。
 右を見る。通路。左を見る。通路。

「いつの間に移動しやがった、市長室!」
『そこまで自分の間違いをお認めになられない姿勢はいっそ潔いですわね』

 ふぅ、どうやら俺が社会見学したときから市長室の位置が変わったらしい。
 そういうこともあるだろう。俺は、改めてこの階にある市長室を探すことにした。

「でりゃあ!」

 聖剣を振って、目にはいる範囲の通路の壁、全部ドガガンと吹き飛ばした。
 何てことでしょう、匠の俺の手によって通路だった場所まで市長室に早変わり。

『これは、探すとは言わない気がしますの』
「探したさ。いっぱい探して、見つからなかったから、やむを得ずだよ」
『いっぱい探して。かっこ一秒かっこ閉じ、ですわね』

 ルリエラの呆れた声が聞こえてくる。
 しかし、ここは別に破壊不可能のダンジョンじゃないのだから、壊していいのだ。

「無茶をするね、相変わらず」

 と、そこで、ルリエラ以外の声が聞こえてくる。
 そしてその声は、俺にとって数年ぶりになる、聞き慣れた声だった。

「…………ミツ」

 吹き飛ばした壁の向こう、絨毯が敷かれたソレっぽい部屋に、そいつはいた。
 何を気取っているのか、髪をオールバックにして、スーツなんぞ着ている。

 天館市の景色を一望できる大きな窓の前に立っているのは、間違いない。
 音夢と同じく、俺にとっての数少ないダチである三ツ谷浩介その人であった。

「久しぶりだ、トシキ。高校卒業以来だから、二年ちょっとぶりかな?」
「ああ、そうなるな。俺からすれば、五年ぶりくらいになるが」

「五年?」
「ああ、ちょっと二年半ほど、異世界に行ってたんでな」

 言って、俺は収納庫から聖剣を取り出し、見せびらかすようにそれを突き出す。
 ミツであれば、俺が握るそれがおもちゃかどうか、すぐに見抜くだろう。

「へぇ、異世界に」
「ああ、異世界だ」

 俺が返すと、ミツは納得したようにうなずいた。

「君が言うなら、その通りなんだろう。荒唐無稽だけど、あり得ない話じゃない」
「普通はあり得ないって言うぜ、そこは」

「いやぁ、僕も僕で、荒唐無稽なことを目標にしてるからね、今」
「何だそれ、気になるじゃねぇか。言ってみろよ」
「実は、僕は今、世界征服を目指して準備をしているんだ」

「へぇ、世界征服かよ」
「ああ、世界征服だよ」

 確かに荒唐無稽。しかし、俺はそれを笑わずにうなずいた。

「おまえが言うなら、その通りなんだろ。荒唐無稽だが、あり得ない話じゃない」
「普通はあり得ないって言うよ、そこは」

 俺とミツは笑い合う。
 高校の頃、冬の屋上でそうしたように、他愛のない話をして。

 ああ、こいつはミツだ。
 間違いなく俺が知る三ツ谷浩介だ。それを確認し、俺の顔から笑みが消える。

「おまえ、人間やめたんだな」
「うん、やめたよ。二週間ほど前にね」

 右目だけをドロリと真っ黒に変えて、ミツは変わらない調子でそう言った。

「なるほどね。それで人間やめて、お仲間で群れて、ゾンビ集めて、目指すところが世界征服だって? 俺のダチはいつから悪の秘密結社の総統になったんだ?」
「こうして、君というヒーローが現れているところなんかも、基本に忠実だね」

 軽く肩を竦めると、ミツも右目を戻して腕を組む。
 俺は本題に入った。

「音夢と別れたってどういうことだよ、おまえ」

 一気に自分の顔つきが険しくなるのがわかる。
 世界征服だとかは、俺にとっちゃどうでもいい。勝手にやってろって話だ。
 だが、この件だけは、確かめなければならない。音夢との件だけは。

「君にそれを話す必要性は感じないな、トシキ」
「ンだとぉ……?」

「君にとって僕の目的がどうでもいいように、僕にとって音夢はどうでもいいんだ」
「本気で言ってンのか、おまえ」

 俺の声が、一段低くなる。

「本気だとも」

 ミツの声も、同じように低く、重いものになった。

「黒い雨を浴びて人間をやめてみるとね、それまで大事だったはずの家族や友人に対する執着がとんと薄くなってね。代わりに、同じ『昏血の者ダンピール』に愛着を感じ始めてね」
「何がだんぴーるだ。くだらねぇ異能バトルごっこはよそでやってろ」

「そうは言うけどね、トシキ。名前は大事だよ。名前は、それを与えられた者に生きる意味と誇りを与える。決して、バカにできたモンじゃないさ」
「どうでもいい、って言ってんだよ」

 俺は聖剣を構える。

「大した殺気だね。これじゃ、吉田君や嶽村君が一蹴されるのもうなずける」

 嶽村は、さっき俺が始末したタンクトップのオッサンだ。
 あれからまだ数分も経っていないのに、もうこいつはその情報を掴んでいるのか。

「『昏血の者』は、お互いに位置を把握することができてね。まぁ、吉田君ほど出来が悪いと、こっちからは掴めても、あっちは何も感じとれないだろうけど」
「出来が悪い、ね。自称皇帝は、あうとさいどとかいう能力を持ってたようだが」

「ああ、ゾンビを操る能力かい? それは『昏化能力アウトサイド』じゃないよ。あれは『昏血の者』なら誰でも持ってる基礎能力さ。吉田君は無能だったから、嶽村君や他の市政府の職員みたいに『昏化能力』は持っていなかったよ」
「だから、『昏血の者』なのに一人だけ外れて、帝国を築いてたってことかよ」

 俺の推測に、ミツは何も答えなかった。ただ笑っている。

「黒い雨――、僕は『昏き賜物ダークマター』と呼んでいるけれど。これを浴びて『昏血の者』となった人間同士でも、実は格差があってね。吉田君は精々適合率1%程度、嶽村君で10~15%程度かな。電力供給には役に立ったんだけどね、彼も」
「結局パシリと雑用任されてただけじゃねぇか、あのオッサン」

 ブチ殺した俺が言うのも何だけどよ。

「で」

 と、俺はミツに促す。

「何だい?」
「さっきからベラベラとそっちの内情ブチまけてくれてんのは、何のサービスよ?」

「ああ、君からすれば僕は悪の秘密結社の総統なんだろう? だったらヒーローを前に赤裸々に語るのは半ば義務じゃないか。僕は伝統と様式美は重んじる側でね」
「そうかい」

 ジリ、と、俺はわずかに前に出る。

「そういうの含め、全部どうでもいいわ。ここでおまえブチのめして、音夢のところに連れてく。ってワケで、覚悟してもしなくてもいいぞ。連れてくのは確定だから」
「やれやれ……」

 ミツが、高校の頃と同じように困ったような笑みを浮かべて首を振る。

「わかっていないね、トシキ。言ったろ、僕は様式美を重んじる、と」
「何だよ……」

「よく考えてみなよ。君は吉田帝国を潰し、市政府の戦力補充手段だった嶽村君の輸送列車まで破壊した上で、ここまで来た。そしてボスである僕と対峙している」
「――――ッ!?」

 悪寒。
 この世界に戻ってきて、俺は初めて、それを感じた。

「そろそろ、ヒーローが辛酸を舐める展開が来ても、おかしくないだろう?」

 ミツの瞳が、肌が、ジワジワと黒く染まっていく。
 反対に、オールバックの黒髪からは色素が抜けて真っ白に変わっていった。

「これが僕の『昏化能力アウトサイド』――、『黒騎士ダークナイト』だ」
「ああ、そうか……、よッ!」

 俺は床を蹴って、ミツの背後に回り込もうとする。
 本能が訴えている。まともに相手をするには危険な相手。一撃で決めろ、と。

 回り込んで、背後から首筋を打ってミツの意識を寸断する。
 それを狙う俺は、常人には認識できない速さで移動しようとするが――、

「見えてるよ、トシキ」

 ミツはあっさりと反応し、俺の動きについてきた。

「もうわかってるよね、この能力は『単純な身体能力の超強化』だ。どうして僕が、市政府のトップに立てていると思う? 他の誰よりも、僕が強いからさ」

 こっちに振り向き、懐に入ってきて、ミツが俺の胸元を右手でポンと押す。
 それだけで、俺の体は凄まじい衝撃に襲われ、吹き飛ばされた。

 後方には、天館市の景色を望むことができるガラス張りの壁。
 そこに背中から突っ込んで、俺の体は窓を派手に突き破って外へと投げ出された。

「……仕方ねぇな」

 破片が散る中で舌を打って、俺は落下を始める直前にミツへと告げる。

「次は、音夢を連れてこいってこったな。なら一週間後だ。逃げるなよ」
「相変わらず強情だね、君は。決戦は来週をご所望か。承ったよ。また会おう」

 肌と目と髪を戻しながら、ミツはにこやかに笑って俺に手を振った。
 クソがッ、と毒づきながら、俺の体は重力に従い、そのまま落下していった。
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