上 下
7 / 42

第7話 吉田帝国は最高です

しおりを挟む
 吉田帝国は最高です。
 と、でも言うつもりじゃねぇだろうな、このロンゲのにいちゃん。

「国民ナンバー113!」
「はい!」

 と、俺が棒立ちになっている隣で、にいちゃんに呼ばれた音夢がピシッと背筋を伸ばす。
 一方で、ロンゲのにいちゃんは両腕を後ろに回して、何か教官っぽいポーズ。

「吉田帝国、挨拶!」

 いきなり、にいちゃんが腹の底から声を張り上げた。
 応援団の団長とかがやってるヤツを想像すると、わかりやすいかもしれない。

「吉田帝国は最イケです!」

 続いて、音夢がそんなことを叫び出す。
 最高ですじゃないんかーい、と、傍で聞かされている俺は、内心に呟いた。

「オイ、そこの貴様!」

 ロンゲのにいちゃんが、俺をジロリとねめつけてくる。

「え? 俺?」
「そうだ。どうした。何故繰り返さん! 吉田帝国をナメてるのか!?」

 にいちゃんが、ものすごい剣幕で詰め寄ってくる。
 顏もいかついし、ガタイもいいので、普通のヤツならとんでもない圧を感じるだろう。
 が、いかんせん身長10m越えのサイクロプス程じゃないので、ビビりはしない。

「すみません! すみません! この人、まだ帝国に来たばっかりで!」

 隣の音夢がペコペコと頭を下げたあとで、俺の腕を引っ張って顔を近づけてきた。

「いい、橘君? 今はとにかく、何も言わずに私のマネをして。お願いだから」
「えぇ、今のやるのぉ~……?」

 小声でヒソヒソと俺に耳打ちしてくる音夢。
 ちょっと待って、今のクソダサいの、俺もやんなきゃいけないのかよ……。

「いいから、おねがいだから!」
「あ~、わ~ったよ、やればいいんだろうが……」

 俺達が小声でやり取りをしている間にも、にいちゃんをこっちを睨んできていた。
 その視線に、俺は違和感を覚える。

 デカデカと『吉田』と書かれたTシャツを着ている、ロンゲのにいちゃん。
 その手には多少凹んだ鉄パイプを持ち、その外見はどこから見ても立派にチンピラだ。

 しかし、瞳と顔つき、それに全身に纏う雰囲気がチンピラのそれではない。
 真っすぐにこっちを睨むその視線から感じるのは、使命感。もしくは、妙な誇り高さ。

 この感覚は、むしろ俺にとっては慣れ親しんだものだ。
 アルスノウェでは、毎日のように感じていた。
 味方の国の兵士や騎士が、魔王軍との戦いで見せていた、祖国を守らんとする気概。

 これは、忠誠心だ。
 このにいちゃんはどこかの誰かに、己の命を捧げるレベルで忠誠を誓っている。

 だが、忠誠心? こんな面白い見た目のヤツが?
 と、俺の中にあった違和感は、あっという間に疑問に変わった。

「橘君、いい? 私に続いて、ちゃんとやってね?」
「わかったよ。俺だっていきなりこんなところで敵を作るつもりはねぇっての」

 音夢に念を押され、俺は渋い顔をしつつうなずく。
 ロンゲのにいちゃんが再び応援団長のポーズをとって、叫び出した。

「吉田帝国、挨拶!」

 続いて、音夢が叫ぶ。

「吉田帝国は最イケです!」

 次に、俺も言う。

「よしだてーこくはさいいけです」
「声に感謝の念が足りていない! やり直し!」

 にいちゃんが鉄パイプで床を叩いて威嚇してくる。感謝の念って何なんだよ。

「橘君……」
「ごめんて。わかったから、そんな咎めるような目で見てくんな!」

 ああ、もう、めんどくせぇな!

「吉田帝国は最逝けです!」

 俺は若干ニュアンスを変えて今度こそ大声で言った。
 すると、俺の小細工に気づきもせず、にいちゃんは腕を組んで満足そうにうなずいた。

「そうだ。それでいい。貴様ら『名ばかりの吉田』は吉田帝国がなければ生き延びることもできない下民だ。俺達に生かされている事実を噛み締め、常に感謝を忘れるな!」

 あァ? 何だこの野郎?

「はい、わかりました! ありがとうございます! いつも感謝しています!」

 俺がカチンときた瞬間、音夢が俺とロンゲの間に割って入ってきた。

「うむ、よろしい。では国民ナンバー113。この新たなる『名ばかりの吉田』の世話は貴様に任せる。ナンバーの振り分けは追って通達する。物資は預かる。下がってよし!」
「はい! ありがとうございます、吉田帝国は最イケです!」

 怒りのやり場を潰された俺の前で、音夢は深々と頭を下げる。
 そして、カップ麺が入った段ボールをロンゲに渡して、また俺の腕を掴んでくる。

「それでは、失礼します! お疲れ様です! ほら、行くわよ!」
「そんな引っ張んなって、行くから!」

 音夢と俺が中に入ると、すぐに後ろからガラガラとシャッターが下りる音がする。
 やっと、意味わかんねぇやり取りから解放されたか。と、俺が思ったそのとき、

「おい、待て!」

 俺達の背中に向けて、ロンゲがまた何か言ってきた。
 音夢がビクリと身を震わせて、足を止めてロンゲの方を恐る恐る振り返る。

「あの、何でしょうか……?」
「貴様ではない、国民ナンバー113。そっちの新たな『名ばかりの吉田』だ」

 俺かよ。
 っつーか、さっきから吉田吉田うるせぇなぁ、この野郎。

「あの、俺、橘利己っつー名前があるんすけど?」
「ちょっと、橘君……!」

 髪を掻きながら言う俺に、音夢が顔を青くする。
 何だよ、その反応は。
 こういうときに俺がどういうアクションするかは、よく知ってるだろうに。

「……フン」

 しかし、ロンゲは俺の反論に怒りを見せることもなく、鼻で笑うだけ。
 この余裕に、あからさまな見下しの目つき。これもやはり、チンピラっぽくはない。

 ただのチンピラなら、そもそもこんな余裕は見せてこない。
 俺が言い返した時点で殴りかかるかして、格の違いを見せてこようとするだろう。
 それをしてこないってことは、やはりこいつの中身はチンピラとは別物、か。

「吉田帝国に来た以上、貴様の名前に意味なんてないんだよ。新参で、まだ帝国に何も貢献していない貴様は『名ばかりの吉田』。そして、ここで回収班の管理統制を任されている俺は『Tシャツの吉田』だ。貴様とは身分が違うんだ。口の利き方に気をつけろ!」
「…………『Tシャツの吉田』」

 何か、さらにどうでもいいネーミングが出てきたぞ。
 だがその割に、このロンゲ、自分が『Tシャツの吉田』であることを自慢している。
 さっきからこいつが見せている『誇り』は、この辺りに起因してそうだな。

「すいませんっした」
「わかったのならばいい。それと、貴様は24時間以内に『贄』を供出するように」

 ひとまず頭を下げると、今度は『贄』なるワードが出てきた。
 ヤベェな、そろそろ俺の常識フィルターがぶっ壊れちまいそうだぞ。

 吉田帝国、『名ばかりの吉田』、『Tシャツの吉田』、『贄』。
 ネーミングセンスの右往左往が激しすぎる。
 せめてネタか厨二かのどちらかに振り切れてるならまだわかるが、混在させんな。

「行け。そして帝国に精々貢献するがいい」

 そして、俺達はようやくロンゲの『Tシャツの吉田』から解放された。
 通路を進むと、音夢が安堵したように長々と息を吐く。

「……寿命が縮んだわ」
「何が寿命だよ、小宮音夢ともあろう者が、あんな野郎にヘコヘコしやがって」

 歩きながら、俺は唇を尖らせる。
 俺が知る音夢は、理不尽に偉ぶる相手を前にして、簡単に頭を下げる女ではない。
 だが、

「勘弁してよ、橘君。もう私達、高校生じゃないのよ。それに」
「それに?」

「私達がこうして生きていられるのも、吉田帝国のおかげなんだからね?」
「……へいへい」

 私達、ね。
 俺はつっけんどんに返しつつ、周りに視線を走らせた。

 天館ジョイフルストリートと名付けられた地下繁華街。
 あのロンゲのいたところに行くまでは、全ての店にシャッターが下りていた。
 しかし、今はそれはなく、店と思しき場所は開いていて、しかもそこに人がいた。

 洋服店らしき看板が掲げられている狭い空間に、三人ほどが身を寄せ合っている。
 ブロックを椅子代わりにして座る三人は、全員が肩を落とし、うなだれていた。

 他も、似たような感じだ。
 さっきまでの無機質な空気から一転、何とも重く湿った雰囲気に満ちている。
 相変わらず明滅している照明が、息苦しい場の空気を強調している。

「こいつらは」
「全員、私と同じ『名ばかりの吉田』よ」

「……何なんだよ、その『名ばかりの吉田』ってのは」
「それは――」

 と、音夢が答え終わる前に足を止めて「ここよ」と告げてくる。

「着いたわ。ここが、今の私の家よ」

 見上げると、そこには『占い館』と書かれた看板があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

異世界転移した先で女の子と入れ替わった!?

灰色のネズミ
ファンタジー
現代に生きる少年は勇者として異世界に召喚されたが、誰も予想できなかった奇跡によって異世界の女の子と入れ替わってしまった。勇者として賛美される元少女……戻りたい少年は元の自分に近づくために、頑張る話。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...