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第1話 やっと戻れるんだ、あの平和な日常に!

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 やっと戻れるんだ、あの平和な日常に!
 そう思うと、この二年半の辛く苦しかった日々も不思議と――、いや辛く苦しかったわ。
 無理無理、最初から最後まで三日に一回は死にかけてたモン、俺。

「……表情がコロコロ変わっておいででしてよ、勇者様」
「違う、もう俺は勇者タチバナ・トシキじゃない! 元勇者のたちばな利己としきだ!」

 テーブルの向かい側で俺を見て苦笑している女に向かって、俺は告げる。
 ここは、異界神域アルテュノンにある、女神の庭園だ。
 かつて一介の大学生でしかなかった俺は、この場に勇者として召喚された。

 召喚したのは目の前にいる異世界アルスノウェの女神、ルリエラである。
 全身に淡い光を纏い、純白の装束に身を包んだ銀髪碧眼の超絶美人。
 百人が見れば百人とも『女神様!』と祈り出すような別嬪だが、俺ァもう見飽きたね。

 一方で、俺は長い黒髪に鳶色の目。
 それなりに大きな体格で、今は全身を白銀色の鎧で固めている。

 そこは色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが漂う楽園の景色。
 丸いテーブルを挟んで座る二人、互いの前には紅茶が入ったカップが置かれている。

「で、ルリエラさんよぉ、わかってんよなぁ?」

 俺は椅子の上に片膝を立て、右肘をテーブルに置いて身を乗り出す。
 それに対し、ルリエラは涼しい顔で紅茶を飲んで、小さく息をついた。

「そんな、凄まなくてもわかっておりますわ。勇者様を日本にお送りします」
「元勇者な。そこ間違えんな? 俺ァ、ちゃんと務めは果たしたからな?」

 俺が異世界に召喚された理由は、お決まりの理由ながら魔王討伐だ。
 まだ学生やってた頃からそれ系の小説やらアニメやら見ていて、知識はあった。

 しかし、本で読むのと実際にやるのとでは大違い。
 さっきも述べたが、チート能力があっても三日に一回は死にかける日々だった。

 おかげ様で、俺も鍛えられて、何とか二年半で魔王を討つことに成功した。
 今じゃ、武術も魔法も大体極めて、異世界で俺に勝てるヤツはいない。
 だが同時に、俺の価値観もベイビーだった頃に比べれば、だいぶ荒んでしまった。

「帰りたいんだよ。俺は、とにかく日本に帰りたいんだよ!」
「あらあら、二年前は、さらば退屈な日々よ。チートだ! ハーレムだ! 異世界転移だ! って散々騒いでいらしたのに、変われば変わるものですわね」

 うるさいよ、女神のカタチをした隠しボスがよ。
 元々おまえが最初から自分の世界で実力発揮できてりゃ俺いらなかっただろうが。

「とは言われましても、神は自分の管轄世界には直接介入できない決まりですので」
「あ、ちくしょう、また心読みやがったな。クッソ~」
「ウフフ、大した精神防壁でしたが、わずかばかり綻びがありましてよ?」

 この女、全力で戦えば俺と互角の実力持ってるんだよなー。
 まぁ、神様の決まり、とやらでそれができないから俺を呼んだらしいが。

「言っておきますけれど、本気で惜しいと思っているのですよ?」

 紅茶のカップを置いて、ルリエラが俺を見る。

「トシキ様はたぐいまれなる勇士の素質を秘めた御方。本音を申し上げれば、アルスノウェにお残りいただいて、各国にその血と種を分けて欲しかったのですが……」
「いやどす」

 俺は即答する。
 まぁね、勇者なんてやってりゃいるワケですよ、ヒロインの一人や二人。
 あ、ごめん。ウソついた。五人や十人じゃきかないわ。

 大体がどっかの国の王女とか、どっかの宗教の聖女とか、そういう子達ね。
 国とかを背負っている以上、目の前の女神が言ったみたいな打算もあったろうさ。

 でも、全員がそれ以上に真剣に俺を想ってくれた。
 だけど俺は、それに応えなかった。応えられなかった。
 異世界に来てからの二年半、鋼の克己心をもって、俺は童貞を貫いた。

 だって、帰りたかったからね!
 ただの大学生に戻って、三日に一回死にかける日々から脱したかったんだ!
 アルスノウェに来て三か月目には『絶対帰る!』って決心してたモン。

 それに、魔王を討っても次に待ってるのは大国同士のケンカだ。
 そんなものに付き合わされるのはゴメンだね。
 やれと言われたことはやったんだ。延長戦も残業も、謹んでブン投げ捨ててやる。

 以上の理由から、俺はどの子の想いにも応じることはしなかった。
 一度でも応じたら、そこから生じるしがらみに絡めとられて帰れなくなってたよ。
 身内にはとことん弱くなるのが、俺の長所であり弱点でもあるのだ。

「あう~、もったいないですわ~。もったいないですわ~」

 しかし、俺が務めを果たしたというのに、目の前の女神型隠しボスは駄々をこねる。

「いいから、はよ俺を戻せ。今さら約束を反故にするとかは言わせんぞ」
「わかっておりましてよ。神たるもの、人を欺くような不実はいたしません」

 一瞬、キリっとなるルリエラだが、すぐにまたテーブルに突っ伏す。

「でもやっぱりもったいないですわ~。欲しかったですわ~、勇者様の子種~」
「可愛い女の子が子種とか言うんじゃありません!!?」

 神たるものが、軽々しくシモネタを口にするんじゃねぇ!

「でも~、ほら~、トシキ様も退屈な日々がとか~、言ってたじゃないですか~」

 駄々っ子モード入りやがったな、こいつ。めんどくせぇな。

「何言われようと知るか。平穏で退屈な日々こそ至宝だと俺は知ったんだ」

 本当にね、平和がつまらないとか抜かしてた昔の俺の贅沢さと来たらね。
 今の俺だったら、そんなこと言ってるヤツは半殺しにして回復して半殺しにするね。

 平和。マジ尊いよ、平和。
 これ以上の財産はないよ。平和な日常、最高。変わらない日々に乾杯!

「で、最後の確認だが、元の世界での時間はあんまり経ってないんだな?」

 俺が尋ねると、ルリエラがあごに指をあてて軽く首をかしげる。

「う~ん、そうですわねぇ。多少の幅はありますが、概ね二週間以内でしょうか」

 二週間以内、か。
 俺が召喚されたのは夜寝てたときだから、二週間行方不明って感じかぁ。

 通ってた大学が近かったのもあって、俺は両親と一緒に実家暮らし。
 お袋は割と子煩悩なところがあるので捜索願とか出しちゃってる気がする。

 ……う~ん、まぁ、若気の至りで旅に出たとでもしておくか。

 しこたま怒られることになるだろうが、お袋の説教も今となっては懐かしい。
 と、親のことを考えたらいよいよ望郷の念が俺の中でピークに達する。

「ルリエラ、やって」
「はいは~い、仕方がないですわねぇ~」

 散々渋っていたルリエラも、俺の決意を変えられないと悟ったようで唇を尖らせた。

「でも、念話チャンネルは繋いだままにしておきますわね。アルスノウェに戻りたくなりましたら、いつでもわたくしに呼びかけてくださいまし。大歓迎ですわ」
「うるせぇ、俺は帰るんだ! 今こそ懐かしきマイホームへ、帰シュピーン!」

 叫び終わる前に、俺は光に包まれて日本に送還された。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 シュピーン。と。
 床に一瞬青白い光の魔法陣が発生して、俺は日本の自宅に戻ってきた。

 おお、長らく離れていた懐かしの我が家。その二階の我が部屋。
 ラノベと漫画だらけの本棚に、俺のPC、俺のベッド、俺の机、俺の部屋の窓!

「うおおおおおおおお、帰ってきたぜェェェェェェェェェェ!」

 俺は思わず、ガッツポーズをしていた。
 ベッド脇にある全身鏡に、俺の姿が映っている。それは二年半前の俺そのもの。
 野暮ったい黒いジャージに長くなる前の普通の髪形。う~ん、ダサい。

「やったぜぇ! 帰ってきたぜ! さらば戦乱、ただいま平和!」

 帰れたのが嬉しすぎて、自分でもワケわからんテンションになる。
 だけど、二年半ぶりの自分の部屋がとにかく懐かしくて、脳みそが変になってる。

 俺は、自分の部屋の空気を思い切り吸い込んだ。
 ああああああ、感じる。このちょっとしたホコリ臭さ。これこそ平和の臭い。

 数日、掃除をサボった感がありありと感じられてならない。
 そこに混じっている慣れ親しんだ焦げ臭さも、俺の記憶を刺激して――、

「…………焦げ臭さ?」

 俺は動きを止める。
 鼻先をすんすんさせると、確かにあった。平和に似つかわしくない妙な焦げ臭さ。
 アルスノウェの戦場でも感じたそれを鼻先に嗅いで、俺は窓に駆け寄った。

 焦げ臭さのもとは、窓からすぐに見えた。
 激突し、燃料が引火したらしく派手に燃え上がっている自動車がそれだ。
 そしてその周りを、虚ろな足取りで歩いている多数の人影。

「う~……」
「ぁ~……」

 とか言いつつ、腐りかけた肉体のままさまようその姿を、俺は知っている。

「ゾンビやんけ……」

 それを視認した俺は、半笑いになりながら呟いた。

「日本、滅びてるんだが?」
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